日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔36〕

 再び時は遡る。睦月達との再戦を睨み、トーテムはスロース達に見せられた“合成”アウ
ターの実験に、自らも志願していた。準備の整えられた、淡翠の溶液に満たされたカプセル
を前に、スロースは気だるげながらも何処か神妙な面持ちでこちらに向き直ってくる。
「本当に……いいのね?」
「ああ」
 それで、今よりも強くなれるのなら。
 バイオとヘッジの弔い──仇を討つ為に、ひいては彼らの自由(ねがい)を叶える為に。
 そう……。尤も対するスロースの方は、そんな彼の動機自体にはあまり興味はなさそうだ
ったが。
 安全は保証できない。最悪“合成”の負荷に耐えられず、自滅してしまうリスクがある。
 だがトーテムは構わないと思った。他に選択肢が見当たらなかった。二人の遺志を継ぎ、
この困難を越えてゆく為には。
「じゃあ、始めるわよ」
 老紳士風の人間態から苔むす色の怪人態に戻り、スロースらが見守る中、カプセルの中へ
と入る。彼女やサーヴァント達が装置を操作すると、トーテムは自身の身体がデジタル記号
の──半データ状の羅列になってゆくのを見る。更にそこへ、カプセルの上下から、別の個
体のものと思われる核(コア)から分解された、データ粒子の螺旋が流れ込む。
『ぐぶっ?!』
 人間で言う所の、拒否反応という奴なのだろう。直後トーテムの全身という全身に、経験
したことのない猛烈な激痛が襲った。
 だが彼は表情(かお)を歪めながら、必死に耐える。全ては力に入れる為。バイオとヘッ
ジ、残された皆を救う為。こんな所で折れてしまっては、何も始まらない……。
「あ……があああああああーッ!!」
 それでも全身を襲う激痛は、治まるどころか時間と共に頻度・強度共に増していき、彼の
意識が少しずつ確実に引き剥がしてゆく。心の中でそう願った、自らに言い聞かせたその意
思と呼べるものも、一緒に“自分”より遠い何処かへ持っていかれそうになり、事実肉体の
側も、激しいエネルギーの奔流に壊され始め……。
「──へえ。やるじゃない」
 だが唐突に、その絶え間ない苦痛がはたっと止んだ。白目を剥きながらも、かはっと溶液
の中で盛大に息を吐き出しながらも、その変化を五感の端で感じ取り、外からそう呼び掛け
るスロースの声を聞く。
 自壊が始まる、その寸前で“合成”が完了したのだ。注がれていたエネルギーは、先の別
個体の核(コア)の全消費でもって収まり、サーヴァント達の操作で溶液がカプセル底部か
ら繋がる配管へと回収、その分厚いガラスの壁もぐるんと格納される形で消える。
『──』
 フシュウ……と、急速に気化する煙と共に、トーテムが出てきた。よろよろとまだ痛みが
残る身体で床に足をつけ、肩で息をしながら目の前のスロース達からの眼差しをゆっくりと
見上げる。
「……これが」
 そして今度はゆっくりと自分の両手を、全身をおずおずとためつすがめつ。
 苔むした緑色の、彫像が連なったような怪人態の身体。
 それが今は、全体が深い青色のそれへと変貌を遂げていたのだった。


 Episode-36.Eternal/自由(あす)を求めた罰

 大量に散った火花が霧散してゆくのと同時に、どうっと仁──がグレートデューク達がそ
の場に倒れ込んだ。
 隊士達の中にはその初撃で意識が飛び、同期が解けて消えてしまう者もいたが、仁や宙、
海沙以下残りの面々は何とか耐えた。
「くっ……。あっ……!」
 やはり幹部が。何とか拮抗させていた状況が、こうも容易くひっくり返された。
 いきなりで大き過ぎるダメージに起き上がることもままならず、仁達はめいめいにその場
で大きく息を荒げていた。痺れ震える身体を必死に支えていた。
「……ふん」
 聞こえてくるのは、振り返って再びゆっくりと近付いて来るのは、時計塔(クロック)の
アウターこと怪人態のスロース。
 姿形こそ違うが、間違いない。その声は以前、H&D社の生産プラントに潜入した際に現
れた、幹部の一人のそれと一致している。当時のログで見た彼女に間違いない。
「馬鹿ね。あんた達が私に勝てる訳ないじゃない」
 一転して覆り、大ピンチ。
 彼女はそんなこちらの時止め(きしゅう)をもろに受けた仁達を見下ろしていた。腰に片
手を当て、気だるそうに油断なく語り掛ける。
「っ、うあ……。お前ら、無事か?」
「ええ。何とか」
「大江君が、寸前で庇ってくれたお陰で……」
 仁がゆっくりと、ダメージに悲鳴を上げるデュークの身体をぐるんと起こしながら仲間達
に訊ねた。殆ど反射的にではあったが、宙や海沙、残る隊士達はまだやられ切ってはいない
ようだ。
 だがそんな彼の様子を、スロースは反撃の兆しと捉えた。次の瞬間、仁がデュークの槍を
持ち上げようとする直前に再び時間を止め、歯車や針状の刃を叩き込む。傍から見れば、ま
たしても彼女が“消えた”ように見えただろう。
 激しく火花が散り、仁達が反撃の体勢を作るまでもなく吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転
がる彼らに、この一部始終を見ていたバイオ一派の残党達が、にわかに活気付き始める。
「す、すげえ……」
「流石は蝕卓(ファミリー)の一人……」
「いいぞ。そのまま、やっちまってくだせえ!」
 しかしそんな彼らに、スロースはキッと睨みを利かせるように不機嫌になった。ヒュッと
五指の間に歯車や針状の刃を一瞬にして取り出し、その苛立ちを隠さぬまま叫ぶ。
「うるさい! 調子に乗るんじゃないわよ! 数で有利な癖に、何で勝てないの!?」
 ビクッ。残党達と、半ば巻き添えで叱咤されたサーヴァント達が、ほぼ同時にその迫力に
硬直して震える。はあ……と、そして彼女は次の瞬間には、面倒臭そうに嘆息を零す。
「あんた達がしっかりしていれば、私が尻拭いなんてせずに済んだんでしょうに。トーテム
は、そんなあんた達の為に命を張ったのにねえ?」
『……』
 押し黙るバイオ一派。仁達もこのやり取りを、コンクリ敷きの地面に突っ伏したままで見
つめており、反撃の機会を窺っていた。
 少なくとも、時間稼ぎという当面の作戦、自分達の役割はもう限界のようだ。
 後は睦月達が、この間に冴島隊長らや筧刑事を、ちゃんと助けられているかどうか。如何
にして全員がここを脱出できるかどうか……。
「ま、いいわ。もうこいつらは満足に動けないっぽいし。見た所、コンシェルと同期したま
まで此処に来たみたいだけど……」
 だがカツンと、スロースは靴音を返してこちらを見下ろした。話し込んで背中を見せ続け
るような愚は取らないという訳か。こちらの狙い、思考を読んでいるのか、油断なくいつで
も攻撃を放てるように構えている。
「でも、一瞬で千発も叩き込めば死ぬでしょ。同期強度(リアクト)が繋がっている以上、
人間に耐えられる痛覚には限界がある」
 ザラリ。手持ちの刃に加え、彼女は中空に無数の歯車や針を出現させた。合図一つで、次
に時を止めた瞬間、これらは仁達を襲うだろう。今度こそただでは済まないだろう。
 くっ……。仁は同期の下で、苦痛に顔を歪めた。
 ここまでか。一足先に、撤退するしかないか。
「……何でだ?」
「ん?」
「何でだ? 何でそれだけの力がありながら、“蝕卓(ファミリー)”なんかの言いなりに
なってやがる? てめぇならあいつの──バイオ達みたいに、奴らから自由を勝ち取ること
ぐらい出来ただろうに……」
 はたしてそれは、個人的な興味か、或いはもっと別の目的か。
 仁はたっぷりと荒い呼吸を整えてから、そうスロースに訊ねていた。当の彼女は一瞬怪訝
に眉間に皺を寄せていたが、すぐにまたいつもの面倒臭そうな、気だるげな嘆息をつく。
「……あんたは、何も分かっちゃいない」
 だがそんな仁達を見下ろす怪人態の眼は、酷く冷たくて。
「“自由”なんてのは──面倒臭いだけよ」
 数拍の間を置いてから、彼女は何となくここではない何処かを見て、呟く。


 時を前後して、飛鳥崎中央署。一課の共有オフィスからも隔たれ、向かい廊下奥の一角に
設けられた白鳥の自室に、二人の刑事がノックをしてきた。
「失礼致します」
「ただいま戻りました」
「ああ。ご苦労」
 角野と円谷だった。大木のような長身の男と、丸太のようなガタイのよい男──白鳥の側
近でもあるキャリア組の刑事達だ。
 自身のデスクに座ったまま、白鳥はちらりとこの帰って来た部下達を肩越しに見遣った。
黒革の高級椅子は部屋の斜め奥、窓の外を向いており、そっと両手を組んだままの格好で、
彼は二人に訊ねる。
「“後始末”は済んだか?」
「はい。予定通り、研究所(ラボ)内に」
「後はスロースが敵の戦力を回収して、シンに送る筈です」
 四角四面に、折り目正しく。
 しかし……。だがそこで、円谷が少し言葉を濁して続けた。再び白鳥が肩越しにこれを見
遣るが、やはり椅子に深く背を預けたままの体勢を変えようとはしない。
「どうした?」
「一つ問題が。どうやら連中が、仲間達を助けに研究所(ラボ)へと突入してきたようなの
です。その時には既に、我々はあそこを出発した後でしたので、サーヴァント達からの報告
でしか聞いてはいないのですが……」
 如何致しましょう? そう二人は、変わらず真面目なままに白鳥へと伺いを立ててきた。
 連中、それは言わずもがな守護騎士(ヴァンガード)及びその協力者達だろう。あの捕ら
えたコンシェル使いを取り戻しに来るだろうとは予想していたが、存外に早かったか。白鳥
は「ふむ?」と軽く口元に握り拳を当て、思案顔になった。角野が骨ばったその仏頂面を向
けたまま訊ねてくる。
「ご命令通り戻って来ましたが、加勢してくればよかったでしょうか?」
「……いや。あそこにはスロースが任されてる場所だろう? 任せておけばいいさ。それに
ラボ内には今、サーヴァントや配下の個体達、バイオレンス一派の残党達も保護されている
と聞く。“駒”ならごまんといるさ」
 はっ……。角野と円谷は、そう答える彼に、軽く胸に手を当てて恭順の意を示した。数拍
頭を垂れ、言外に次の言葉を待っている。
 ギシッと、白鳥が椅子をこちらに向け直して視線を遣ってきた。表向きの肩書きが載せら
れているネームプレートを傍らに、彼はあくまで優雅──強者の余裕たれと、両手をデスク
の上に組み直して淡々と告げる。
「それよりも準備を急げ。どうやら、早く済ませた方がよさそうだ」

「──えっ? 兵(ひょう)さんも今日、休んでるって?」
 その頃、一課のオフィス。
 今日も忙しなく刑事達が動き回っている中にあって、ノンキャリ組の刑事達が数人、その
話を耳にして怪訝の表情をみせた。別の意味でざわめき、殺気立っている室内の同僚達に悟
られないよう、彼らはひそひそと声量を落として話し込んでいる。
「ああ。てっきり遠出したままなのかと思ったら、どうもそうじゃないらしいんだよ。この
前からずっと、署(こっち)にも家にも帰ってないんだと」
「どうしちまったんだろう? 兵さん、由良のこと捜してた筈だけど……」
「ま、まさか、兵さんの身にも?」
「というか由良の奴、どれだけヤバい山に当たってたんだ……?」
 むくむくと膨らむのは、そんな疑惑の念。若手から中堅まで、こっそりと輪を組んで集ま
った彼らが真っ先に思い浮かべたのは、件の不可解事件群──守護騎士(ヴァンガード)と
怪物の都市伝説だった。
 めいめいの間に増してゆく不安。
 しかし自分達の属する、組織本体は動かない。
 ただでさえ普段から飛鳥崎全域の、日々幾つもの事件と闘っていて余分な人手など無いと
はいえ、これでは二人が見捨てられているようなものではないか。上層部、キャリア組と課
長などは「たるんどる」と彼らを吐き捨て、優先順位をずっと下にしたままだが、人が減れ
ばそれだけ、自分達が捜査で困るだけなのに……。
「兵さん本人は、こっちで引っ張ってくるから気にするなとは言ってたけど……」
 自己責任。その言葉一つで、連携を取るべき同僚同士ですら、日々何処かで隔絶を生んで
いる。自分の仕事に集中していろとはいうが、二人はずっと一緒に闘ってきた仲間だ。そう
簡単に見捨てられるものか。
「ったく、一体全体上は何してんだよ」
「せめて捜して来いって、一人二人指示してくれりゃあ、俺達も……」
 募るのは上層部の息の掛かったエリート、キャリア組への不信感だった。
 これまでも何度か不可解な事件、それらへの対応こそあったが、これではまるで彼ら自身
が何かを隠しているようではないか。
(……うん?)
 ちょうど、そんな時だった。
 そうひそひそと話し込んでいる、刑事の内一人のデバイスに、はたと着信が入って──。


 私と契約を果たしてからというもの、彼女はどんどんその力にのめり込んでいるように思
える。事ある毎に私をデバイスの中から呼び出し、目の前の世界を停止させ続けた。
 だから最初、私にとって世界とは、常に誰一人停まって動かないものだった。モノクロな
色彩に全てが染まり、前に進むことを強制的に禁じられた世界。尤も当の本人達は、時間を
停められたということ自体、知覚する術はないのだけど。
 まさに彼女は、私に頼りっ放しだった。私が身につけたこの能力を、自分に与えられたも
のだと勘違いして。
『ふふ、ふふふ……。凄いわ、凄いわ! これで私はもう、怯えなくたっていい!』
 ……だから、いつしか私の中にはある“感情”が芽生え始めていた。
 最初はただ淡々と、契約内容に基づいて力を行使する。それ以上でもそれ以下でもなかっ
たのに、停止した灰色の世界を狂喜しながら闊歩する彼女を見ている内に、どうやら私も変
わってきたらしかった。
 ……面倒な繰り手(ハンドラー)だ。何と意味のない契約を結んでしまったのだろう。
 そこまでして周りの人間が憎いのならば、始末すればいいのに。その方が確実で、私とし
ても、より短期間でこの現実(リアル)に影響力を残せる。
 何よりも、何故そこまで“大人”になることを拒むのか?
 私達と人間では勝手が違うのだろうが、それは即ち実体を手に入れるということだ。進化
するということだ。他者というサンプルを経て、自らを改善することではないのか?
 ……時を停めている間は、他人の嫌な言動を見なくて済む。ただ自分一人だけが、そんな
時の流れに食われなくて済む。
 だがそれは、結局“逃げ”の一手に過ぎない。単なる慰みだ。私の能力にも限界はある。
能力を解除して、時が再び動き出せば、彼女もまた決して逃れられないその流れとやらに身
を委ねる他ないのだ。私達は皆、進むのだ。
『──』
 私には、予めプログラムされた存在である私達には、理解できない何か。
 だがそれでも、そんな彼女の姿を繰り返し繰り返し見つめ続けていく中で、私にもいつし
かそのような“感情”が生まれ始めていた。即ち“疑問”が芽生え、膨らみ続けていた。
 それは最初ぼんやりとしていて、しかし徐々に召喚されるに応じて、実体を確立してゆく
につれて固まっていったもの。自覚していったもの。
『これでいいわ。さあ、楽しみましょう。いらっしゃい、私だけの世界!』
 何十回目かの時間停止。例の如くモノクロに染まって微動だにしなくなった世界の中で、
私達はその夜も、とあるビルの屋上に立っていた。街を見下ろしていた。
 彼女は、やはり嬉々としている。今や寧ろ、普段の生活よりもこの一時を待ち望むように
なり、依存度を強めていた。片手に私の真造リアナイザ、もう片手を灰色の空に掲げ、もう
機械の私でさえも「狂った」と表現できるその横顔で、軽やかにステップを踏む。
(……?)
 そんな時だ。ようやく私は、その最中で自分が実体化を完了させたことに気付いた。例の
如く闊歩する彼女を遠巻きの視界に捉えておきつつ、ぎゅっと何度か自身の手を握ったり開
いたりしてその感触を確かめる。
 ……ようやくだ。ようやくこれで、私も自由になれる。
 そしてこの瞬間(とき)やっと、私は理解したのだった。それまで彼女に、自分のやって
きたことに対する感情──虚しさと表現できる疑問の正体を、ようやく掴むことができたの
だった。

 ──何故私は、進化しなければならなかったのか?
 ──何故私は、生まれてきたのか?

 叩き付けられたG(ジェミニ)・トーテムの念動力は、睦月達三人を含む倉庫内を激しく
へしゃげさせた。
 コンクリ敷きの床に広範囲に渡り広がった大きな陥没。その中央に守護(ヴァンガード)
姿の睦月と、クルーエルや朧丸とそれぞれ同期した皆人・國子がボロボロになって突っ伏し
ている。
「大、丈夫? 二人とも……?」
「……何とかな。どうやら寸前で、博士達が同期強度(リアクト)を下げてくれたらしい」
「とはいえ、全くの無傷とはいきませんが……」
 パワードスーツ故、比較的耐久力が残っている睦月が、そう傍で倒れている二人に呼び掛
けつつ、ゆっくりと肩を貸し始めた。あくまで冷静に、淡々と司令室(コンソール)越しの
様子を伝えてくれる皆人だったが、隣の國子を含め、もう満足には動けそうにない。
「中々どうして、しぶといな。流石はと言った所だが……ここまでだ。次の一撃でとどめを
刺してやる」
 だがトーテムは、尚も攻撃の手を緩める素振りは見せなかった。一旦中空に散開していた
分身達と共に地面に降りて身体を元に戻し、ゆっくりと近付いて来る。サッと振り払った杖
先に再び、凝縮した念動力を込め直す。
「……くっ」
 よもや、こいつまで“合体”していたとは。
 いや、それ以上に彼の執念というものを、自分達は甘く見ていたのかもしれない。
「あの二人の願いを断ったこと、後悔するがいい」
 睦月の肩を借りて辛うじて膝立ちになるものの、ダメージが大き過ぎて身体が思い通りに
動かない。言うことを聞いてくれない。
 実際に倒したのは守護騎士(ヴァンガード)──睦月だが、バイオとヘッジ、二人の仇と
自分達を狙うトーテムの怒りと憎しみは相当なものだろう。これまでの情報からしても、こ
の戦いは、彼らの願った“自由”の為でもある。
 念動力で破壊され、辺り一面に散らばったコンクリの瓦礫。
 じっと静かに、あくまでその激情を押し込めて進んでくるトーテムからは、寧ろそういっ
た外へ向くエネルギーをも越えた、末恐ろしいほどの凄みを感じる。
「……願い、か」
 だがそこで、皆人はぽつりと呟いたのだった。肩を借りていた睦月の表情(かお)をちら
りと一瞥すると、まだふらつく身体を引き摺りながら、この近付いて来るトーテムに再び向
かい合うように一人ゆっくりと前に進み出る。
「俺達を倒して“蝕卓(ファミリー)”に力を示し、奴らから独立する……。だがそんな動
きを、奴らが本当に許すと思うのか?」
「……」
 睨み合った両者。食い下がるように問い掛ける皆人に、一見トーテムは足を止めず、聞く
耳持たずといった様子だった。
 だがその眉間には──彫像型の怪人態なので、実際には無いのだが──瞬間皺が寄ってゆ
くように思えた。それだけ彼の言葉を、怒りに換えているのが雰囲気で感じ取れる。
「連中から助力もなく、ここに一人遣られた時点でおかしいとは思わなかったのか? お前
は捨て駒にされているんだ。残りの者達も、同様に」
「……黙れ」
「これは俺の推測なんだがな。これまでの“蝕卓(ファミリー)”の動向から、今までどう
も妙に思っていたことがあった。奴らはお前達アウターを生み出し、流通させている。だが
その目的は何だ? ただ怪物を撒き散らして悦に浸るだけの組織ではないだろう。ただ勢力
を増やしたいというだけでは弱い」
 だから俺は考えた──。ギリッと苛立ちと共に低い声を漏らすトーテムを、皆人は全く無
視して続けていた。背後で睦月と國子、二人が言葉なく立っている後ろ姿がある。杖を一層
強く握り締め、トーテムが念動力でこの減らず口を叩き潰そうとする。
「……もしかして、お前達が召喚主の“願い”で実体化するように、連中自身も何かしらの
“願い”故にお前達を実体化させて回っているんじゃないのか? だとすれば──お前達は
そもそも、その為の駒だ。元より“自由”など存在しない。独立など……叶わない」
「黙れッ!!」
 だからこそ次の瞬間、トーテムは遂に感情を爆発させた。皆人の淡々と紡がれる推測に声
を荒げて叫び、その余波で練っていた念動力を周囲に撒き散らす。
 見えない力が柱という柱、壁という壁を大きくへしゃげさせ、粉塵を巻き上げさせた。大
小幾つかの瓦礫がその衝撃で落ちてきたが、皆人はその場から微動だにしない。舞い上がる
土埃に姿を隠しつつ、じっとこちらを見つめて佇んでいる。
「……黙れ。今更お前達と問答など──」
「もういいか? 睦月?」
「うん、十分だよ。ありがと」
 だがそんな時だったのだ。威嚇の後の台詞を吐き終わる前に、皆人がちらりと肩越しにそ
の後ろの友を──睦月を見遣っていた。霧散する土埃、瓦礫の中に立っていていたのは、白
亜のパワードスーツを纏った守護騎士(ヴァンガード)。つまりは時間稼ぎだったのだ。
 睦月は既にEXリアナイザを片手に、これを持ち上げてホログラム画面から操作を完了し
ていた。指先でタップし、スライドさせたコンシェル達のアイコンが、その動きに呼応して
点灯してゆく。
『ROSE』『BLOSSOM』『APRICOT』
『DAISY』『VINE』『MISTLETOE』『LILY』
『TRACE』
『ACTIVATED』
「変身っ!」
『YGGDRASIL』
 そして大きく掲げられた銃口が、睦月の頭上に大きな緑色の光球を放ち、一旦空中で七つ
に分裂すると、円陣を組むように旋回し始めた。しまっ──!? 思わず彫像の眼を見開い
て見上げるトーテムの目の前で、それらは次々に落下してゆき、まるで意思を持つかのよう
に輝きながら、睦月の身体へと吸い込まれて……。


 それはちょうど、スロースが仁からの問いに答えた直後の事だった。嘆息と侮蔑の眼で、
空中に浮かべた無数の歯車や針状の刃を、仁達に放とうとした寸前の出来事だった。
「……?」
 何だか妙に騒がしい。トーテムや他の兵力か? いや違う。けたたましい音──サイレン
の音や人だかりらしき声が聞こえてくるのは、研究所(ラボ)の外側からだ。
「ス、スロース様! タ、大変デス!」
 するとこの大フロアに駆け込んで来たのは、数体のサーヴァント達。白衣を引っ掛けてい
る姿からして、研究所(ラボ)内の技術要員なのだろう。
 スロースが、他のサーヴァント達や目減りしたバイオ一派の残党達が、それぞれ一斉に彼
らへと視線を向ける。慌てふためくこの白衣の鉄仮面達は、その見た目よりも存外に焦りの
感情をみせてつつ叫んだ。
「建物ノ外ニ、人間達ガ……!」
 スロースが次の瞬間その怪人態の眼を驚愕よろしく見開き、ハッとなって、頭上の天井に
空けられたままの大穴を見上げる。

「──おお、本当だ。屋根に風穴が空いてるや」
「でもそれって、解体工事とかじゃねえの?」
「さあ……。記憶が曖昧だけど、何だっけ。元々耐震性能が古くなったから、使われなくな
ったって誰かが言ってたような……?」
「危険です! 皆さん下がって! 近付かないでくださーい!」
「おいおい……。中はどうなってる? 兵さんや由良は無事なんだろうな!?」
「というか、何で野次馬までこんなぞろぞろ集まって来てる? あれは告発(リーク)じゃ
なかったのか?」

 ちょうどその頃、旧第五研究所(ラボ)を臨む周囲には、十数人の刑事の集団や野次馬、
ないし先刻の爆発音を受けて駆けつけた消防隊などが集まっていた。しかしその中の誰も、
明確に統一された通報者を持たなかったため、現場は混乱はしても落ち着きを取り戻すこと
は中々なかったのだ。
「……くっ。邪魔な虫どもが嗅ぎ付けて来たみたいね……」
 しまった……。故にスロースは今更ながらに後悔した。静かに唇を噛んだ。
 当然と言えば当然である。あれだけの強襲と爆音で、周囲の人間が気付かない筈などない
のだから。
(プライドは一体、何をやってるの……?)
 実はこれも、対策チーム及び当局内の工作員らによる作戦である。アトランダムに抽出し
た市民と、筧に近い刑事らにタレコミの電話やメールを送り、わざとこの研究所(ラボ)へ
と誘導していたのである。

『速報・H&D社旧第五研究所(ラボ)で爆発』
『筧兵悟は、H&D社旧第五研究所(ラボ)に捕まっている──』

「……へへ。まさか俺達が、退路を用意していないとでも?」
 少なくとも筧に近いノンキャリ組、おそらく蝕卓(ファミリー)の息の掛かっていない彼
ら同僚の刑事達に報せれば、助け出しに飛んでくると踏んだ。今回の突入作戦の前に、皆人
が中心となって予め仕込んでおいたもう一つの策だ。
 ニヤリ。地面に倒れていたままの仁達が、そうほくそ笑んで言った。強襲は自分達を囮に
する為だけではない。この旧第五研究所(ラボ)包囲網の為の布石でもあったのだ。
「流石に潮時、かな」
「ああ。ぼちぼち向こうも、上手くやってるだろう……」
 とはいえその言葉の半分は、自分達の希望的観測ではあったのだが。
 ぽつっと呟いた宙の言葉を合図に、仁や海沙、生き残った隊士達が互いに頷き合った。す
ると彼らはそのまま一斉に同期を解き、それぞれのコンシェル達と共に綺麗さっぱり消えて
しまったのである。
「っ!? 逃げられた……?」
「お、追え! 追えー!」
「待ちなさい! ……もう手遅れよ。奴らの本体は、きっともっと別の場所にいる」
 そしてこの畳み掛けるような反撃と逃走劇に、バイオ残党やサーヴァント達が動き出そう
としたが、それを他ならぬスロースが止めた。チッと小さく舌打ちをして、デジタル記号の
光に包まれながらゴスロリ少女の人間態に戻り、忌々しげに大穴の空いた天井と周囲の被害
を見渡す。
 やられた……。向こうは最終的に自分達が劣勢になることを織り込み済みで、策に策を重
ねていたのだ。十中八九追跡は難しい。生身の守護騎士(ヴァンガード)はともかく、他の
奴らはコンシェルに同期しただけの遠隔操作だ。
 いや、それよりも……。外の騒ぎは拙い。多少の野次馬だけならいざ知らず、警察や消防
が交じってくれば話は別だ。上とは別に、下の連中が独断で動いたのか。
「全員、一旦地下に戻りなさい! 研究の証拠やデータを、運び出すわよ!」
 早く! かくしてスロースは、場に残った部下達に指示を飛ばし、一転して退却の態勢を
取り始めた。怒声交じりのそんな一喝に、彼らが弾かれたようにわたわたと走り出す。
(……やってくれたわね。次会った時は、今度こそ……)

「──」
 溢れる光と渦巻いた風圧。
 はたしてそこに現れたのは、緑色を基調とした新たなパワードスーツに身を包んだ、睦月
の姿だった。
 緑の強化換装・ユグドラシルフォーム。植物系のサポートコンシェル達を纏った形態だ。
 両太腿の付け根には、鞘に装填された三対の握り棒。だが他にはこれといった武装は見当
たらず、装甲も両肩口や両手、足部にガードが付いている程度で、寧ろ全身の輪郭がぴった
りとさえしている。
 よしっ……! 半身を返してこれを見ていた皆人と、後ろの國子が小さく頷いた。心強い
といった様子で再び戦意を取り戻していた。
「……こけおどしだ」
 だが対するトーテムは、勿論それを面白くは思わない。寧ろその程度で、状況をひっくり
返せると見積もられていること自体が不愉快だった。
「今更何が出来る? ボロボロになったそやつらを庇いながら、儂と戦えるのか? この分
身達がいる限り、数の上でもこちらの利は変わらんぞ!」
 一斉に跳び上がり、分身達と共に再び念動力を叩き付けようとする。
 しかし……結論からすれば、彼はもう少し慎重になるべきだったのだ。過去二度、同じく
強化換装によって盟友達を失った以上、その場の“感情”に任せてはいけなかったのだ。
『──』
 刹那、幾つものしなる一閃。
 大挙して飛び掛ったトーテム達の身体が、次の瞬間目にも留まらぬ何かによって叩き落さ
れたのだった。何……?! 空中、周囲の分身達が次々に弾き飛ばされ、引き裂かれて消滅
する。本体であるトーテム自身も、その素早い一撃を正面から受け、咄嗟に杖で防御しなが
ら大きく後退って着地した。それでも相手の勢いは削ぎ切れず、同時砕かれた杖の破片が中
空に舞ってデジタルの塵になる。
「……そうか。鞭か」
 顔を上げ、ギリッと噛み締めた奥歯。
 間合いを空けて相対する守護騎士(ヴァンガード)──睦月の両手には、いつの間にか長
く長く伸びる鞭が握られていた。先程の、太腿付け根に収めてあった握り棒だ。そこから淡
い黄緑色の光の帯が、鞭のように自在にしなってその周りを漂っている。
(……なるほど。一対多数をカバーできる、範囲攻撃。以前の戦いで対策を練っていたか)
 ちらっと、そうトーテムの思考の端にそんな分析が過ぎる。
 事実このユグドラシルフォームは、彼との再戦に備えて準備していたものだ。結局当の相
手は、あの時よりも格段に進化して別物になってしまったが、その力に効果的に対処するに
は他に選択肢はない。
「皆人、陰山さん。僕の後ろから離れないで。冴島さん達も、なるべく物陰へ!」
「考えたな。だがそれなら、お前の処理能力を上回る数で圧倒すればいいだけのこと!」
 トーテムは再び分身達を──先ほどよりもおよそ倍の数を作り出し、叫んだ。更にめいめ
いが身体を複数に分離させ、実質の数をねずみ算的に増やしてゆく。
『おおおおおおおおッ!!』
 猛烈な攻防が始まった。分離して高速飛行もするトーテム達の群れに、睦月は再びしなる
二本の鞭さばきで対抗しようとした。事実一体また一体と、確実その分身は曲線を描く鞭打
の動きに追いつかれ、霧散する。だがそれ以上に数を増やすトーテム達は、四方八方から睦
月を狙い続けた。
 次々に念動力を放ち、彼が庇う皆人と國子もろとも押し潰そうとするトーテム。
 だがそれを、睦月もおいそれとはさせない。攻撃が放たれる寸前に鞭先を叩き込み、その
狙いを巧みにズラしてゆく。二人を絡め、何度も大きく飛び退いたり、へしゃげて陥没だら
けの倉庫内を駆け回った。上空からのマウントを維持し、トーテムが嗤っている。
「粘るな。だが制空権はこちらに──」
「どこを見てるんだよ。こっちの攻撃は、まだ続いてるぞ?」
 何……? しかし、睦月がそう促した視線を辿って、トーテムは自らの背面を見上げた。
分身達と共に、次の瞬間驚愕で目を丸くする。
「これは──」
 それは、無数に漂う光球だった。睦月の鞭と同じ淡い黄緑色から濃緑、桃色まで様々な色
の光の球が、ふよふよと自分達の更に頭上に浮かんでいる。
 ハッと勘付く。どうやらこれらは、あの鞭から放出されていたらしい。ただ意味もなくエ
ネルギーの塊ではないという訳か。しかし……。トーテムは即座に反応する。ならば念動力
で奴に向けて叩き落せばいい。
 だが──それが間違いだった。全員の念動力で瓦礫を持ち上げ、横から掬うように押し出
し睦月に撃ち返そうとしたその直後、光球達が次々と爆発し始めたのだ。
「しまっ……?! まさかこれは……誘爆弾!?」
 ぐあああああああッ!! 瓦礫に接触した瞬間、破裂し、その爆風が更に周りの光球達を
連鎖的に破裂させる。
 瞬く間に膨らんだこの誘爆球の群れは、容易にトーテム達の群れを呑み込んだ。分身達は
次々とその威力に消し飛び、本体のトーテム自身も激しく地面に叩き付けられてしまう。
「ぐぅっ!?」
「……」
「ま、まだだ。まだやられん!」
 それでも近付いて来ようとする睦月に、拳だけを分離させて反撃。抵抗する。
 だがそれを、睦月はひらりとかわした。同時に自身の腕を、まるでゴムが伸びるかのよう
にぐいんと射出し、ガシリと今度こそこの青いトーテムを捉える。
「どっ……せいッ!!」
「かはっ──!?」
 そしてそのまま反動をつけて、彼を壁へと叩き付ける強烈な一撃。その念動力が作った陥
没に負けないほどのそれを、今度は睦月が刻み込んだ。
『無駄ですよ。ユグドラシルフォームは柔軟性に特化した変幻自在の力。あなたのようなト
リッキーな相手でも、存分にその真価を発揮できるんです』
 叩き付けられた衝撃で、数拍トーテムは白目を剥いた。意識が飛びそうになった。そんな
彼に、EXリアナイザの中のパンドラが『ふふん』と勝ち誇ったように言い、睦月は面貌の
下で神妙な様子のまま、腰のホルダーに引っ掛けていたこれを素早く手に取った。「今だ、
睦月!」「決めてください!」皆人と國子の声援が、同じく後ろから聞こえる。
「……。チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
 コールして、再び腰のホルダーに戻して構える。次の瞬間睦月は三対の鞭全てを指と指の
間に挟んで引き抜くと、一斉に伸ばした黄緑のエネルギー状のそれで繰り返し攻撃。大きく
ふらつくその場でトーテムを、この鞭達でがっしりと捕らえる。
「そんな……馬鹿な……。儂らの願いは、またしても踏み躙られるのか……?」
 バチバチと、腰のホルダーに装填したEXリアナイザを中心に、全身に緑色のエネルギー
の奔流が溜まってゆく。
 だが睦月は、そんなトーテムの恨み節にすぐには答えなかった。表情が見えない面貌の下
で、じっとこれを見つめていた。
「……だったら、お前達が踏み躙ってきた人達の思いはどうなる? あれだけ街を滅茶苦茶
にしておいて、皆を傷付けて、それで自分達だけなんて虫が良過ぎるじゃないか!」
 されどくわっと、そんな彼の言葉に激しく言い返して。睦月は大きく片手を掲げた。
 するとどうだろう。その背後から、巨大な怪花が地面を突き破って現れた。一同が見上げ
るほどの巨大さだ。
 ねじ巻いたような太い茎に、両手を広げるような葉。更に直後高く跳躍しつつバック宙し
た睦月をアシストするかのように、その花弁をぐぱっと開き、黄緑色のエネルギーを盛大に
チャージする。
「おお……りゃあああーッ!!」
 そしてこの膨大なエネルギーを纏いながら、放たれた跳び蹴り。
 睦月のそんな渾身の一撃をもろに受け、トーテムはくの字になって吹き飛ばされた。ミチ
ミチと自身を捕らえていた鞭達がぎりぎりまでその衝撃を受け止め、彼に刻まれるダメージ
を最大限に高める。「グッ!? ガアアアァァァァーッ!!」断末魔の叫びを上げて、トー
テムの身体が破壊のエネルギーに巻かれながら爆発四散した。弾けた黄緑色の爆風が、倉庫
内と、咄嗟に手で庇を作った皆人や國子を風圧に巻き込む。
「……。終わった、みたいだな」
「ですね。ならば早く、隊長達を」
 はたして、場にしんとした静寂さが戻り。
 クルーエル・ブルーの姿を借りた皆人が、そう淡々と胸を撫で下ろしていた。その横で朧
丸の姿を借りた國子が、キッと思考を切り替え、まだ部屋の奥に捕らえられたままの冴島達
を解放しに向かう。
「やれやれ……。一時はどうなる事かと思ったよ」
「すみません。副隊長」
「ご迷惑をお掛けしてしまい……」
「気にしないで。それに、謝るにはまだ早いですよ」
「ああ。先ずは皆で此処を、脱出しないとな」
 柱ごと結ばれていた鎖を断ちつつ、二人は言う。すぐ向こうの、トーテムとの戦いで出来
た大きな陥没群を眺めながら、皆人は尚も油断なく周囲を警戒していた。
 敵の兵力は大江達が引き付けてくれている。こちらにトーテムしか来なかったということ
は、連中も自分達の作戦に気付いたか。退路を兼ねた包囲網は用意してある。あいつらも、
タイミングを見計らって離脱してくれている筈だが……。
『──』
 そう、ちらりと皆人達が室内の一角を見遣った時だった。そこに、必殺の蹴りを終えて着
地したまま、一人佇んでいる睦月の後ろ姿があった。
 まだ守護騎士(ヴァンガード)の──パワードスーツを纏ったままで、その面貌からは表
情は読み取れない。横顔は変わらない。
 だが皆人達は、彼が哀しんでいるように思えた。じっと敵(トーテム)が爆発四散した、
既に中空に消え去った緑の塵を仰ぎ見ているようで、暫くの間一同は、それぞれの場所に立
ったまま、そんな睦月の背中を見つめ続けるしかなかったのだった。

 ──故に終焉(おわり)は呆気なく、そこに特段の私情を差し挟む意味もなく。

 実体化が完了した後、私は最後の仕上げに入った。夜もすっかり更けた頃、ようやく帰宅
してきた繰り手(ハンドラー)の両親を始末する。
『……』
 暗がりの室内に、血に塗れて男女二人が突っ伏していた。私が握る針状の刃からも、ぽた
ぽたっと同じものが静かに滴っている。
『うーん……。なぁに? こんな時間に……?』
 彼女が姿を見せたのは、ちょうどそんな時だった。
 物音に起こされたのだろう。パジャマ姿で寝惚け眼を擦り、あくびを押し殺しながら私達
のいたリビングの扉を開けてくる。
『うん……?』
 だから最初、彼女は目の前で何が起こっているのか理解していないようだった。暗がりの
中のそれにようやく目が慣れてきて、ぞわっと驚愕したように青褪める。
『お、親父? お袋!? ちょ……あんた、何やってんの!? というか、私が呼び出して
もないのに、どうやって……?』
『想定の範囲内だったけど、陳腐ね。見ての通り、始末したのよ。これで貴女も、嫌なもの
を見なくて済むでしょう?』
 それと私はもう、実体化(よう)が済んだから……。
 でも対する彼女は、そんな私の返答を最後まで聞くこともなく酷く狼狽していた。時計仕
掛けの、私の前を通り過ぎて、先刻ただの肉塊に戻った自身の両親の前に跪いている。
『嘘……でしょ? 私、そんなの頼んでない……。もしバレたら、私の人生、メチャクチャ
になっちゃうじゃない!』
 あれだけ足蹴にしていた者達が、実際に死んだことを哀しんでいるのか、はたまたすぐに
この先の保身を考えて二進も三進もいかなくなったからか。
 暫く呆然と、二つの亡骸の前で項垂れていた彼女だったが、次の瞬間私をキッと睨み上げ
ると、そう捲くし立てるように叫んだ。
 ……本当に面倒臭い人間だ。憎んでいた筈の者達ではなかったのか。そうやって憂鬱に自
分を追い込むからこそ、色々と考え込むのだろうに。障害を排除するのが、何より自身にと
っての最適解だろうに。
『問題ないわ』
 だからこそ、私はトンと、刹那動いた。今にも組み掛かろうとする彼女の正面から、再び
針状の刃でその身体を刺し貫いたのだ。
『なッ……!? 何、を……?』
 鈍い衝撃音と、急速に尻すぼみになってゆく声。
 だが私にはもう、この少女に用はなかった。興味など失せていた。ただどうっと、その場
に崩れ落ちてゆく彼女をそっと受け止めてから、先の二人と同じく血だまりに突っ伏すまま
に放置して二階へと戻る。
 彼女の自室から、私のデバイスとリアナイザを回収し、ずぶずぶと自らの身体の中へ取り
込んだ。これでようやく私も自由の身だ。当初の想定よりも時間は掛かってしまったが、さ
りとて彼女と過ごしたこの部屋にも、特段愛着の類は湧いてこない。
『──』
 時計仕掛けの怪人態から、デジタル記号の光を纏って人の姿へ。
 室内の姿見で確かめてみるに、その顔形は彼女のそれによく似ていた。尤もオリジナルの
当人に比べて幾分幼い姿で固着したのは、おそらく彼女が深層心理で抱いていたイメージに
強く引き摺られたせいだろう。服装も随分と個性的──いわゆる黒のゴシックロリータだっ
たが、こうした傾向は、何も私の場合に限られたものではない。繰り手(ハンドラー)とは
あくまでそれぞれが実体化する際のサンプルに過ぎず、しかし自分で選べるという訳ではな
いのだから。
 ……終わった。なのに何故だろう? この全身を満たす虚無感は。
 切欠なら判っている。あの時、彼女を見ていて抱いた、自分達という存在自体についての
疑問だ。それらと彼女自身の“願い”の益体の無さが合わさり、私という個体にこのような
気質が植え付けられてしまったのだろう。
 まったく……。とんだ貧乏くじを引いたものだ。ここまでして実体化を、進化を果たして
どうしろというのだろう? 何の意味があるというのだろう? 尤も、私のそういったダウ
ナーな思考経路すらも、おそらくは彼女というオリジナルからコピーしたに過ぎないのかも
しれないが。

 部屋のクローゼットの中から、昔の彼女ものと思われる制服を拝借して外へ。
 さて、一体これからどうしたものか……。その日から私は、夜の飛鳥崎を彷徨い続けた。
何もかもが無意味に見えてくるこの世界に放り出され、嘆息ばかりが漏れる。
 一体私という個体は、何の為にこの現実(リアル)に生み落とされたのだろう? 一体何
を為せばいいのだろう?
 ……誰か。誰か、教えてくれ……。
 そして私が、再びプライド──あの嫌味ったらしい高級スーツの同胞と出会うのは、それ
からもう暫く先の話になる。

 ***

 旧第五研究所(ラボ)でトーテムを倒した睦月達は、國子が操る朧丸のステルス能力で、
互いに手を繋ぎ合った冴島らと共にこの戦線を脱出した。どうやら仁達もギリギリまで粘っ
てくれて、一足先に離脱したらしい。
 ある程度大きく研究所(ラボ)から離れられた時点で一旦ステルスを解くと、皆人以下同
期中のメンバーは先にフェードアウトした。予め仕込んでおいた工作と内部の破壊・炎上に
よって大騒ぎになっている、先程まで自分達も渦中にいた現場を、睦月や冴島隊の面々は遠
巻きの安全な高台から眺めていた。
『──お疲れ様。皆、無事だったみたいね』
『冴島君達も取り戻せて、奴らの拠点も一つ潰せて、一先ずは我々の勝利ということでいい
だろうな』
「そう、ですね……。ご迷惑をお掛けしました。ですが僕達の調律リアナイザと、デバイス
が奪われてしまいました。十中八九、奴らがこちらの力を解析しようとする筈です」
 通信が再開した司令室(コンソール)から、そう香月や萬波らの声が。
 だが責任を感じているのか、対する当の冴島は苦笑いを浮かべつつも、あまり今回の勝利
を喜んではいなかった。他の隊士達も、その辺りの感情は同じらしい。何処となくばつが悪
そうに苦笑(わら)いながら、視線を逸らしながら、所在なくその場に立ち尽くしている。
「そ、そんな事は……。結果的に“合体”アウターの研究所も壊せたんですから。冴島さん
が機転を利かせてくれていなければ、そもそも今回の作戦は成立しませんでしたし……」
 わたわたと。変身を解除して、普段着の姿に戻った睦月が言う。
 実際ここまで用心できたのは、彼ら一隊が“合体”アウターの存在──その襲撃を受けた
という情報を予め受け取ったからだ。突入前にわざと騒ぎを煽って人ごみを集め、その中に
紛れて退却、追撃の防止という策を練ったのも、今回攻撃した施設が蝕卓(ファミリー)の
重要拠点ではないかとその情報で疑えたからだ。
『仕方ありませんよ。命が助かっただけよかったと思いましょう。それに皆さんのコンシェ
ル達は、常時データのバックアップが取ってある筈です。復旧は可能……ですよね?』
『ええ。少し時間は貰うけれど、ほぼ直前の状態にまでは戻せるわ』
 同期を解除し、心身共に司令室(コンソール)に戻って来ていた皆人が言う。そう確認す
るように訊ねられ、香月らは既にその作業に取り掛かっているようだ。
『……それって、厳密には“同じ”じゃないですけどね』
「あはは。そうかも……しれないけど」
 デバイスの画面内で、パンドラがぷくっと頬を膨らませて拗ねていた。なまじ“心”を持
ったコンシェルの一人として、あまりいい気はしないのだろう。デバイスを片手にする睦月
も、苦笑いで誤魔化しこそすれ、彼女の感情が解らないでもない。共に戦い、困難を乗り越
えてきた相棒ならば尚更だ。
『ねえ。そういえば結局、筧刑事は見つからなかったみたいだけど……』
『や、やっぱり手遅れ、だったのかな……?』
「いや、少なくとも僕達と一緒にはいたよ。ただ司令達が助けに来る前に、彼だけ何処かへ
連れて行かれてしまったんだ」
『えっ?』
『じゃ、じゃあ。まさか、もう……?』
『どうだろうな。この先可能性は否定できないが、それでは一方で、冴島隊長達が何もされ
なかったのは不自然だろう?』
『……。あ~』
「言われてみれば、確かに……」
『奴らはまだ、筧刑事を何らの方法で利用する気なのかもしれん。だが逆に言えば、それま
でにもう一度アタックできれば、まだ助け出せる余地は残されているということだ』
 そして宙や海沙、仁の疑問や不安に、皆人はあくまでそう淡々と答える。他の仲間達がそ
うなりがちであるが故に自らを律して、自分だけは理詰めする者であり続けようとする。
 ……そっか。仁がぎゅっと握り拳をもう片方の手で包み、海沙と宙が互いを励ますように
頷き合っていた。香月や萬波らは早速ジークフリート以下奪われたコンシェル達の復旧作業
に入り、現地の睦月や冴島、隊士らを、皆人が正面のディスプレイ群越しに見つめている。
『睦月。冴島隊長達を連れて、一旦こっちに戻って来てくれ。工作をしてあるとはいえ、長
居は無用だ。敵もおそらく引き揚げている頃だろう。研究所(ラボ)の後始末は専門の要員
に任せて、俺達は次の一手を考えよう』
「う、うん……。分かった」
「了解。じゃあ睦月君、道中護衛を頼むよ?」
 耳の中のインカムに指先を当てて、されど一方でそう茶目っ気にウインクをしてみせる冴
島に、睦月は苦笑(わら)う。それだけ冗談を言う余裕があるのなら、多分大丈夫だとは思
うんだけど……。
 睦月や冴島、同隊の面々。生身の側の一行はかくして旧第五研究所(ラボ)を後にした。
 尚もまだ騒々しい状態が続く現場を高台の眼下に一瞥しながら、今回のミッションは一先
ず完了(コンプリート)──人知れず颯爽と、帰還の途に就くのだった。
                                  -Episode END-

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  1. 2018/07/16(月) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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