日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「カウンツ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:幻、残り、主人公】


『──あと、六〇〇です』
 彼がそんな声を聞いたのは、初夏のコンクリートジャングルの中を一人歩いていた最中の
出来事でした。
 いつものように、スーツ姿で外回り。しつこく垂れてくる汗を、何度もハンカチで拭って
いた途中で、彼ははたっと弾かれたようにその顔を上げました。
 ……まるで直接、脳内に語りかけられたかのような。
 しかしいざ周りを見渡せど、自分に声を掛けてきたらしい人物は見当たりません。広々と
した交差点には行き交う無数の他人びとこそいましたが、彼らは皆一様に忙しなく、やけに
不機嫌面でもって前へ前へと進んでいました。歩きながら誰かとスマホで誰かと話している
人もいましたし、或いは一心不乱に画面をタップしていて、こちらを見てすらいない人も珍
しくはありませんでした。
(? 何だったんだ……?)
 彼はぼんやりとその場に立ったまま、目を瞬いていました。
 今年も暑い暑いとは聞いていたが、まさか幻聴まで聞こえるとは。いよいよ自分も若いと
は言えなくなってきたか。身体を過信してはいけない頃合になってきたか……。
『──あと、五〇〇です』
 ですが、彼はすぐにそれの声が気のせいではなかったと思い知ることになります。
 また聞こえてきたのでした。淡々と、まるで電話の向こうで時報を告げるように、頭の中
に直接先ほどの声が聞こえてきます。
 一体何なんだ? 彼は再びバッと顔を上げ、辺りを見渡していました。
 といっても、今度は誰が喋っているかではなく、この声に周りの人達が気付いているのか
どうかを。しかし暫くじっと行き交う他人びとらを右に左に、横目を遣って確認しようとし
ますが、誰一人として同じような反応をしている人物は見当たりません。
『──あと、四〇〇です』
 ポク、ポク、ポク、ポク。
 まるで電話の時報サービスだ。彼は思いました。それと同時に、その刻々と刻まれる音が
どうにも怪しくて、得体の知れない不安に駆られます。
 何より、自分の聞き間違いでなければ……減っている。
 どうやら単なる時間経過のカウントではないらしい。それだけは何となく理解し始めてい
ました。さりとて、彼は一体全体どうしたらいいのか分かりません。ただでさえ連日の暑さ
でぼうっとしている思考に、目の前の熱気で揺らぐ景色に、一定のリズムで鳴り続けるこの
音と声が嫌に耳に響いてくるのです。
『──あと、三〇〇です』
『──あと、二〇〇です』
『──あと、一〇〇です』
 そうしている間にも、彼の頭の中には時間経過を告げる声が聞こえてきます。彼は最初こ
そ立ち止まっていましたが、やがてふるふると首を横に振り、再び歩き始めていました。
 ……何が何だか分からない。ただどうやら、自分はこの暑さにやられてしまったらしい。
 一旦何処か近くの、建物の中に入ろう。涼しい場所で休もう。
 ただでさえ成果が上がらないのだ。営業(むかうべき)先は残っているのだ。今の内に立
て直しておかないと、いざ向こうを訪ねた時に大ポカをしてしまうかもしれない。まだ幸い
時間には余裕があるから、少しぐらい涼んでも文句は言われないだろう……。
『──ゼロです』
 ですが、そんな時でした。はたして減り続けたこの声のカウントが〇になった直後、彼の
目の前で思わぬトラブルが起こったのです。
「ぐぅっ……?!」
 少し先を行っていた中年のサラリーマン男性が、人ごみの中で急に苦しそうに胸元を押さ
えるとその場に倒れ込んだのでした。周りの人々が、行き交う人々が異変に気付いてざわざ
わと波紋を広げます。彼もそんな“外野”の一人でした。「どうした?」「発作か?」様子
に気付いて何人かがこの男性に駆け寄り、呼び掛けています。或いはここぞと言わんばかり
にスマホのカメラを向けている人々の群れに向かって「誰か! 救急車!」と叫んでいる姿
が確認できます。
(人が、倒れた? ゼロになった瞬間に?)
 まさか。しかし当の彼は、そんな野次馬達に埋もれながら、全く別の事に思い至り始めて
いたのでした。事実そうしている間も、彼の頭の中に直接語りかけるように、カウントの声
は続いています。
『──あと、六〇〇です』
 元に、戻っていました。最初に聞こえた数値に戻っていました。
 嗚呼そうか。秒なのか……。彼は「関係ない、関係ない」と言い聞かせていた先ほどまで
の自分とは打って変わり、再びそう理解したくない理解に顔を歪ませていました。ポクポク
と、やはり先ほどと同じようにカウントは続いています。一音一音が、間違いなくきっかり
一秒分の間を置いて聞こえてきます。
『──あと、五〇〇です』
「っ……!」
 だから、彼は次の瞬間、半ば逃げるようにその場から駆け出して行きました。その姿に場
に居合わせていた何人かがちらっと視線を向けていた筈でしたが、今の彼にはもうそんな細
かなことを気にしている余裕はありません。
 ……間違いない。突然聞こえ出したこのアナウンスの意味に、戦慄して。
 おそらくこの声は、カウントダウンなのだと。六〇〇から始まり、それらがゼロになった
瞬間、他人が倒れる。何かしら、良くない事が起きる。
 まさか。彼は自分でもそう、自らが出してしまった直感(こたえ)を否定したくて堪りま
せんでした。何故そんなことが起こるのか分からない。何故そんなことが自分にだけ起こる
のかが分からない。
『──ゼロです』
 途中、何度かカウントがゼロまで減りました。その度に、近くにいた誰かが倒れたり、何
かの事故に巻き込まれたりしました。その度に、彼は恐ろしくなってその場から逃げ出し続
けました。
『──ゼロです』
 その瞬間、ふうっと日傘の老婦人が倒れました。熱中症だったようです。
 その瞬間、肩のぶつかり合った男性同士が、プツンと口論になって取っ組み合いの喧嘩を
始めてしまいました。互いに拳を振るい、その流血沙汰に周囲が騒然としました。
『──ゼロです』
 その瞬間、信号を無視したバイクが通行人を撥ねて盛大に転びました。頭上のビル壁で作
業をしていた清掃員のゴンドラから、洗剤の入ったバケツが落下し、真下を歩いていた青年
を直撃しました。辺りに、悲鳴に次ぐ悲鳴が上がってゆきます。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……!!」
 冗談じゃない。彼は必死になって逃げ惑っていました。ゼロです。その声が脳内に直接響
いた瞬間、周りの誰かが犠牲になるのを、ギュッと心臓が握り潰されそうな心地になるのを
懸命に抑えながら、彼はどんどん逃げ続けました。営業先との約束など、その間にとっくに
どうでもよくなっていました。仮に全てを無視して元々の予定に順じていれば、十中八九、
目の前でクライアントが死ぬことになります。
 とにかく遠くへ……。他人のいない所へ……。
 彼にできることは、それだけでした。全くもって突然で、理不尽で、避けようのないこの
頭の中に響いてくる声の災いから逃れる為には、こうするしかありませんでした。少なくと
も六〇〇秒に一回──つまり十分に一回、誰かに不幸が訪れるのなら、あんな大通りに突っ
立っていては大変な事になる……。
「ママ~、今日は何処に行くの?」
「この前話したお店屋さんよ。パパの誕生日祝い、したくない?」
 しかしそんな時、彼はまたしても会ってしまったのでした。人ごみだらけの表通りから随
分と走り回って、人気の少ない郊外まで来たというのに、横断歩道の向こうから親子連れの
母子がこちらに向かって歩いて来たのでした。仲睦まじく、彼女は幼い我が子の手を取って
やりながらそう優しく微笑(わら)っています。
「だ、駄目だ! こっちに来るなあ!!」
 彼はぐしゃぐしゃに顔を顰めて、叫んでいました。ですが勿論ながら、彼の抱えている音
と声など、この二人は知る由もありません。不審者を見るように、この幼い女の子を庇うよ
うにしながら、彼と横断歩道上ですれ違おうとします。
『──ゼロです』
 しかし、頭の中に響いてくるカウントは容赦なく何十回目かのゼロを記録しました。直後
彼を警戒してがら空きになっていた後ろ──女の子の背後から、カーブを曲がり損ねた大型
トラックが突っ込んで来ます。
『!?』
「危ないッ!!」
 ……はたして、女の子は無事でした。車体が直撃するすんでの所で彼に突き飛ばされ、難
を逃れたのです。代わりに咄嗟にこれを庇った彼自身が、この直撃を受けてブロック塀との
間に挟まれて流血。辺り一面に赤を撒き散らして白目を剥いています。
「あ、あっ……」
「ママー!」
 大きくへしゃげ、霞む視界の向こうに、自分が助かったのだと理解して母親の元に駆け出
す彼女の姿がありました。この母親も、事態の異常さにショックで震えていましたが、我が
子がそう無事で抱きついて来るのを目の当たりにして辛うじて正気を保ち、がしっとこれを
強く強く抱き締め返します。
「……」
 彼は、理解していました。そして安堵していました。
 それは嗚呼、あの子達は助かったんだなという気持ちと、ようやくこの得たいの知れない
犠牲を止められたのだという、ある種の狂った達成感でした。本来犠牲になる筈だった彼女
達ではなく自分が取って代わったせいなのか、或いはただ単純に五感から何からが一緒に潰
れてしまっただけなのか、先ほどまであれほど淡々と、もう永遠に続くのかと思っていた音
が声が、彼にはもう聞こえてきません。
(……はは。ざっけんな)
 血反吐を垂らしながら、薄れゆく意識の中で苦笑(わら)って。
 ああ、よかった。
 これでやっと、終わる……。
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん。あのおじちゃんが、助けてくれた……の?」
 暫く抱き締めていた愛娘を気持ち引き剥がし、この女性はその小さな身体をざっと確認し
ながら訊ねていました。寧ろ母親の彼女より、当のこの女の子の方がしっかりとしていて、
答えながらゆっくりと彼と横転トラックの突っ込んで行った先を見遣ろうとします。
「大丈夫。もう大丈夫だから……」
 彼女は再びぎゅっと、この愛娘を抱き締めていました。それは安堵した、というよりも、
この子にあんな惨たらしいものを見せたくないという思いからでした。実際に言葉を交わし
た訳でも、ましてや顔見知りでもないあのスーツの男性には悪いが、とんだ災難を連れてき
てくれたものだ……。燻るのは残った警戒心と、目の前の出来事への怒りです。
『──です』
 ちょうど、そんな時でした。ふと彼女の耳に、妙に抑揚のない声が聞こえてきました。
 何だろう? 彼女は娘を抱いたまま、ついっと顔を上げて周りを見渡しますが、そもそも
この場にはまだ、自分達以外の人間の姿は見当たりません。そんな母親の様子を、胸の中の
娘はきょとんと小首を傾げて見上げています。
『──あと、六〇〇です』
 ですが、直後彼女は、その声が単なる聞き間違いではないと知りました。
 まるで頭の中に直接語り掛けられるような。ポクポクポクと、まるで時報サービスのそれ
ように、何処からともなく、淡々と数値を告げる声音が聞こえます。
                                      (了)

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  1. 2018/07/15(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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