日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「不楽」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:十字架、冷酷、魅惑的】


 ここでは仮に、Tと呼ぶことにしよう。
 彼はこれと言って取り立てた特徴のない、大人しい青年だった。寧ろ舞台の主役などでは
なく、無数の物言わぬ端役──背景の一人であったと言っていい。
 そんなTに転機が訪れたのは、ある年の春先の事だった。彼が空き時間を潰す為に入った
飲食店に、とある若者の一団が居座っていたのだ。
「──でさあ。そいつが言ったんだよ」
「ぎゃははは! 何だそれ、馬っ鹿じゃねーの?」
 ここでは仮に、Kと呼ぶことにしよう。
 彼は仲間達と一緒に、店内の一角を占拠していた。食い散らかした料理の上に、煙草の吸
殻を突っ込んで、真昼間から大声で騒いでいる。
 居合わせた他の客達が、それを不快に思わない筈はなかった。ただ下手に関わって、自分
だけが損をするのは御免被りたかったからだ。結果、誰もこの傍迷惑な一団に注意すること
もできず、じっと密かに眉間に皺を寄せながら黙っているしかなかった。見て見ぬふりをし
て、立ち去るのを待つしなかった。
「きゃっ!?」
 そんな時だったのだ。近くをとてとてと小走りで通り過ぎようとした小さな男の子が、K
らのテーブルの横で盛大に転んだ。廊下側に足を投げ出していた彼らに引っ掛かり、体勢を
崩してしまったのだ。
 刹那、店内の空気が一度ざわつく。そして次の瞬間、この男の子は転んだ痛みでわんわん
と泣き出してしまった。「あ……?」Kとその仲間達が、如何にも柄の悪そうな眼光でこの
男の子を睨み、取り囲もうとする。
「うるせぇガキだな。泣くんじゃねえよ、どっかいけ」
「おい、こいつの親は何処だ! さっさと連れてかねえか!」
 きっとこの子を連れて来た母親はいたのだろう。記憶では店の別な一角で、彼らの威圧的
な態度を見て思わず震えていたと言われている。他の客達も、また面倒な事になったなとは
思いつつも、やはり自分には直接関係ないとにわかに視線を逸らし始める。
「……そ、そんな大きな声で言わなくてもいいじゃないですか。相手はまだ子供ですよ?」
 そんな時、現れたのがTだったのだ。彼もまた周りの客達と同様、参ったことになったな
と思いながら、それでも目の前で小さな子供が困っているのを放っておけず、とにかく彼ら
からこの子を遠ざけようと身体が動いていたのだ。
「よしよし……。大丈夫、怪我はない? お母さんは何処かな?」
 だから、元より彼らと事を構えようとは、T自身微塵も思っていなかったのだ。ただ泣い
てぐずるこの男の子の横に屈んで視線を合わせ、優しく宥めるように声を掛けている。
「……おい」
「何だあ、ゴラ。やんのか、てめえ?」
 しかし当の対するK達は、そうではなかった。こちらに背を向け、この男の子をあやして
いるTに、酷く不機嫌になって立ち上がると、近付いて取り囲んできたのだった。
「えっ?」
「一丁前にカッコつけやがって。ムカつく野郎だな」
「せっかく楽しんでたのに水を差すたあ……いい度胸してんじゃねえか」
 そこからが、トラブルだった。悲劇の始まりだった。思わず振り向き、退こうとしたTの
胸倉を、K達はむんずと掴んで立たせると、間髪入れずにがその横っ面に拳を打ち込んでき
たのだ。始まってしまった……! そんな瞬間に居合わせた他の客達が、誰からともなく悲
鳴を上げ始める。
「な、何をす──」
「うるせえっ! おい、お前ら。こいつタコにしちまえ!」
 応ッ! いきなり頬を殴られて驚くTに、K以下仲間達が次々に襲い掛かり始めた。何度
も緩みそうになる胸倉の手を掴み直し、ふらつく彼を何度も殴る。或いは殴ろうとして回避
される。
 当の男の子は、既に逃げ出していた。ようやく母親が飛び出してきて、我が子をはっしと
抱えて怯えている。他の客達に守られて、されど彼らの殆どはTに加勢しようとはしない。
「や、止め──ッ!!」
 故に、この場にいた誰が、その結末を予想できただろうか?
 一対多数で寄って集って暴力を振るわれ、必死になって抵抗しようとしていたTが、逃れ
ようと咄嗟にKを突き飛ばし、そのまま彼が間仕切りの角に頭をぶつけて動かなくなってし
まったなどとは。
『……』
 Tを含め、場に居合わせた客達、この母子(おやこ)、騒ぎを聞いて駆けつけた店員らが
見たのは、ぐったりと間仕切りを背にずれ落ち、目を見開いて物言わなくなってしまったK
の姿だった。彼の仲間達が、数拍呆然として立ち尽くし、しかし次の瞬間その一人が彼に駆
け寄って呼び掛けても反応がないさまを見て──理解する。
「し、死んでる……」
『っ──?!』
 それが、Tの人生における転機だった。
 この日を境に、彼は人を殺した人間となってしまったのだ。

 事態を重くみた店長が、大慌てで警察に通報したことで、TやKの仲間達、場に居合わせ
た面々は半ばなし崩し的に当局に拘束・聴取される結果となった。
 それでも、事件の大まかな流れは誰もが見ていたものだ。解明それ自体は比較的容易で、
やがてTはKへの殺害容疑で逮捕・起訴されることとなる。
 ……尤も、状況からしてTに明確な殺意があった訳ではなく、何よりも初犯で本人が酷く
反省しているという点が大きかった。弁護側から正当防衛こそ主張されたが、事実として人
一人を殺してしまったという面は否定できず、結局彼は数年を牢の中で過ごすことになる。
 正直Tは自身、事件当時にどんな風に人々から見られていたかを知らない。個別具体的に
それらの言説を目にすることができたのは、実際に出所した後のことだ。不慮の事故、K達
がそもそも悪いという意見もあったが、それ以上に『要らぬ正義感なんて発揮するからだ』
とあの時の行いを哂う者が一定数いたことが、やはりというべきか、Tには辛かった。

「──すまんね。君をこれ以上、雇い続ける訳にはいかないんだよ」
「──もしかしてあんた、例のチンピラ殺し? うはー、本物なんて初めて見た!」
「──ねえねえ。知ってる?」
「ええ。例の犯人、この辺に引っ越してきたんでしょう? 物騒よねえ……」

 しかし服役を終えて戻って来た現実は、そんな頭の中の世界以上に厳しくて。
 悪意をもって隠し通そうというつもりではなかったし、それが自分が背負った罪なのだと
言い聞かせ続けたが、それでも人々は“理解”してはくれない。彼という前科者に、社会は
総じて寛容ではなかった。
 出所後、何とかサポートを受けながら就いた職場からも、ある日明確な理由を──おそら
くは犯歴がバレたことでクビになり、SNSには自分の顔が出回っていた。人目に付かない
暮らしを望んで引越しを繰り返しても、その行く先々で、自らを噂する人々は絶えない。
 ……だったらずっと、閉じ込めておけばよかったのに。
 Tは何度もそう、彼らを内心で恨んだ。寛容だの人権だのと言いながら、結局リスクや火
の粉を被る可能性が出てくると、その殆どは瞬く間に掌を返す。それで人一人の命が奪われ
たという社会の天秤の帳尻合わせというよりも、単に一度自分達が押した烙印、異分子それ
自体を意識したくないという本音ばかりが透けて見える。
 とはいえ、T自身また刑務所に戻りたいとは決して思わなかった。あそこは罪人を閉じ込
める為の場所。あそこに居続ければ、いずれ自分は本当に壊れてしまっていただろう。中に
は“常連”として出たり入ったりするような人種もいるが、まだ自分はそこまで落ちぶれた
つもりも、落ちぶれる気もない。

「──よう。やっと見つけたぜ? お前が○○だな?」
 そんな、沈みかける心と闘い続けていたある日の夜の事だった。
 幾つか職を点々とし、たっぷりと夜半までシフトに入っていた帰り道、Tはその行く先に
一人の男が立ちはだかるのに出くわした。遠く頭上のビル群のネオンが照らす明かりを逆光
にして、その男はTを血走った眼で睨み付けている。
「? あなたは……?」
「××の兄、と言えば分かるだろう」
 故にTは次の瞬間、背筋が凍る思いを味わった。男が名乗ったのは、かつて自分が殺して
しまったKの兄だったのだ。彼は懐から一本のサバイバルナイフを取り出す。それだけで、
今この場で自分に何をしようとしているのかは、明白だった。
「八年前は、弟をよくも……。俺は、この時を待っていたんだ。死ねぇ、弟の仇ッ!!」
 自分よりも一回りは大柄で年上。その鍛えられた身体が、分厚い刃物を握り締めて突撃し
てくる。Tは咄嗟に飛び退いてこれを回避、近くのごみ箱を盛大にぶちまけながら大きくよ
ろめいた。
「逃げるんじゃねえよ。てめえは……てめえだけは、絶対に許さねえ!」
 殺される。本能と理性がそれぞれにガリガリと己を削り合って主張し、Tは何度も後退り
しながら逃げようとしていた。この復讐に燃える男を見ていた。
 ……どうして、こんなことに。
 本を正せば、自分があの時K達から子供を庇ったからだ。人殺しと呼ばれ、刑務所を出た
後も後ろ指を差され続ける今の生活を思えば、正直馬鹿な事をしたと思わない訳ではなかっ
たが、一方でKのような人間を、あのままのさばらせて良かったのかという“正義感”が内
心湧く時もある。
 ……それは所詮、自らを正当化する為だ。そうした感情を心の何処かで抱く自分を、実際
にあの子を庇い、人一人をこの世から消してしまった事実を、どうにかして「正しい」こと
だと理屈付けたかった。
 だが、こうして直接敵意を──復讐の刃を向けてくるKの兄を見て思う。
 そんな内側のことは、些末なことだ。半ば成り行きだったとはいえ、自分はあの日、一人
の人間を殺めてしまった。それはどうしたってひっくり返らない事実だ。どれだけあの行い
を自分や誰かが「正しい」と言い放っても、そこへ否を唱えて怒る者達はきっといる……。
「……」
 だから、Tは一瞬フッと諦めの境地に至りかけた。こうも“理不尽”に、社会に彼に咎を
指し示され続けられるのなら、いっそこのまま殺されてしまおうかと思った。それが自分が
背負うことになった、罪と報いの果てというのなら。ここで死んで、もう楽になってしまえ
ばいいやと思って──。
(楽……?)
 しかし次の瞬間だった。ふとTは、他ならぬ自らの内心の言葉に怪訝を示し、ハッと我に
返ったのだった。
 死んで、楽になる? 嗚呼そうか。自分はあの時から、何も進歩していないじゃないか。
結局相手のことを考えずに、自分にとって都合のいいことや、満足だけを優先して、結果周
りの誰かを巻き込んでしまうんだ。自分に向けられ続ける非難も、何処かで上っ面しか知ら
ない外野の戯言だと、心の底で哂い、憎んでいたのではないか。
「てめえは……てめえだけはッ!!」
 目の前で、刃を向けて感情を爆発させているKの兄。
 嗚呼そうだ。このまま死んではいけない。彼に、自分を殺させてはいけない。
 もしこのまま、彼の本懐通りになってしまったなら、結局自分と同じ道を歩ませることに
なってしまう。他ならぬ彼を身代りに、自分だけがまた楽をすることになってしまう……。
「くっ──!」
 二度三度、再三向けられて回避した刃を握る、相手の手を取り、次の瞬間Tは反撃に転じ
ていた。その際、引っ張って遠ざけようとした刃が肩口を裂いたが、痛みに叫んでなどいら
れない。最早獣のように唸り声を上げるKの兄を必死に押さえながら、何とかこのナイフを
彼の手から離させようとする。
「おい! お前達、何をしてる!?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。路地の向かいを通り掛かった一人の巡査が、血相を変え
ながら、その場で自転車を乗り捨ててこちらに駆けつけて来たのだった。
「ぐっ……!? 離せ、離せぇ!」
「……。これで……」
 じわりと、肩口から赤い染みが広がる。ズキズキと痛みが五感を刺激し続ける。
 彼の肩越しからこの巡査が向かってくるのを、こちらに叫んでいるのを見て、Tは安堵し
ていた。必死にナイフを握る相手の手に、腕や上半身に組み付きながら、Tは何処か魘され
たかのように薄暗く苦笑(わら)っていて──。
                                      (了)

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  1. 2018/07/08(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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