日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「抱き締めて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:夏、指輪、見えない】

※今回、盛り過ぎました。11000字弱あります。
なので読了の際には予めそのつもりでm(_ _;)m



 ──これからの人生、俺と一緒に分け合ってくれないか?
 あの時、約束してくれたのに。照れ臭そうに笑いながら、受け入れてくれたのに。

「はあっ、はあっ……!!」
 突然の報せを受けて、涼介は大慌てで駆けつけた。彼女の両親が教えてくれた病院へとタ
クシーを乗りつけ、料金を払う時間もじれったいまま、玄関に転がり込んだ。既に待ってく
れていた病院のスタッフらに案内されて病棟の外れに向かい、霊安室の扉を開ける。
『……』
 そこには既に、白い布を被せられた人間が寝かされていた。
 中には医師や数名の看護婦、現場から合流したと思しき刑事が三人、そして壁際の椅子に
はぐったりと焦燥した彼女の両親、妹の真冬(まふゆ)が項垂れている。
 扉を開けた音と反応して、そんな面々の視線が一斉にこちらに持ち上がり、向けられた。
涼介は只々自身の跳ねる心拍音を聞きながら、これに瞳を揺らして突っ立つしかない。
「……婚約者の、永瀬さんですか?」
「は、はい。その、夏月(なつき)は……?」
 こちらの姿を認めて、カツンと一歩前に出て確認してくる刑事達のリーダー格。
 ほぼ反射的に涼介は頷いていた。それよりも、一刻も早く聞かされた“事実”を確認した
かった。彼らがちらっと目配せをし、看護婦の一人が顔に掛けてあった白布に手をやる。
「──っ!?」
「駆けつけた時には、既に意識はありませんでした。頭を酷く打っていたようで」
「こちらとしても、出来る限り手は尽くしましたが……」
『……』
 簡素な寝台の上に据えられた、変わり果てた恋人の姿。
 涼介は絶句し、されどごくりと息を呑みつつゆっくりとその傍らへと近付いて行った。耳
に入れど頭に残らないまま、刑事や医師らがそれぞれそう、まるで言い訳のように付け加え
てくる。激しく吹き飛ばされ、後頭部を打ちつけた割には随分と白いなと思ったが、これも
おそらくは目立たぬよう処理が加えてあるのだろう。顔面ではなかったのが幸いか。それで
も首から下、他の白布に隠れた残りは、もっと悲惨な状態になっているのではと想像する。
 夏月が死んだ。交差点に突っ込んで来た車に跳ねられて。
 最初、その電話を受けた時、何の冗談かと思った。ピシリと、それまで当たり前にあった
世界が一瞬にしてひび割れ、真っ青になってゆくような心地がした。
 ……嘘だと言ってくれ。だが事実だ。
 彼の目の前には、間違いなく冷たくなった彼女の姿があった。生気を失い、こちらの魂の
芯から、もうこの人は二度と戻らないんだと現実を突きつけてくる。
「そんな……。一昨日会った時は、あんな元気で、俺をからかったりもして……。何で、何
でこいつがこんな目に? 何でいきなり……」
 殆ど意識とは無関係に全身が震える。今まで経験したことのないほどに引き攣った涼介の
表情は、やがてその心をメキメキッと握り潰し始めた。集まった彼女の両親も、その四つ下
の妹も同じく──いや、それ以上に堪え切れない悲しみに表情(かお)を歪ませ、或いは思
わず目を逸らして太腿の上の拳を握り締めている。
「ごめんなさい、涼介君。私達も連絡があってびっくりして、それで……」
「本当、とんだ馬鹿娘だ。何で私達を、涼介君を置いて……」
「……」
 それは幸いだったのか、不幸の一端でしかなかったのか。
 寝台を挟んだ向こうでそう吐き出すように嘆く彼女の両親の姿に、涼介は内心はたっと自
身の感情を頬で殴られるような感触を覚えていた。
 俺だけが悲しんでるんじゃない。血の繋がった義父さんと義母さんの方が、真冬ちゃんの
方がよっぽど辛くて苦しい筈だ。湧き出る怒りを向ける相手を見失っている筈だ。実際気丈
に悪態をついてみせる父親の横で、真冬ちゃんは「お姉ちゃん……」と顔をぐしゃぐしゃに
して泣きじゃくっている。
「……相手は?」
「今、警察に捕まって取り調べを受けてるわ。その内顔と名前が判るんだろうけど……」
 彼女の母が言う。
 だがはたしてその時、自分達は冷静でいられるのか。
「永瀬さん」
 ちょうどそんな時だった。涼介達のやり取りが止む合間を待っていたかのように、若手の
刑事がこちらへ進み出てきた。
「……これを。現場から回収したものです」
 貴方が持っていた方が、良いと思いますので。
 そう言われて渡されたのは、涼介らにも見覚えのある指輪だった。小粒な宝石が埋め込ま
れた、シルバーのペアリング──彼女に渡した婚約指輪だった。
「っ──! うぅ……ッ!?」
 彼女の家族三人が、場に集まった面々が見つめていた。この若手の刑事から受け取ったそ
の指輪を、涼介は激しく動揺しながらも大切に大切に受け取った。
「あ、ああ……」
 忘れもしないあの日、将来を誓い合い、愛する彼女に贈った自分の気持ちの精一杯。
 とめどなく嗚咽が漏れた。これがまるでスイッチを切り替えたように、堰を切ったように
涙が溢れ始めた。
「あああぁぁぁぁぁッ……!!」
 同時、大きく膝から崩れ落ちる。
 その日涼介は、間違いなく人生の絶頂からどん底へと落ちた。
 ──筈だった。

『ねぇねぇ、ねぇねぇ。折角お休みなんだから遊びに行こうよー』
 あの突然の別れから、半年ほどが経った。実際涼介は中々信じられず、受け入れることが
できないでいたが、彼女は思わぬ形で蘇ったのだ。
 尤も、一度死んだという事実はひっくり返らない。彼が遺品としてかつて自分が贈った婚
約指輪を受け取ってからほどなく、彼女は“幽霊”として目の前に現れたのだった。
「……」
 そんなとある日の一齣。涼介はアパートの自室で、そう左右上下から覗き込んではおねだ
りをしてくる半透明の浮遊する夏月に、ぶすっと渋面を作ったまま座り込んでいた。
 ひょこっ、ひょこっとこちらの身体もすり抜けてくる彼女の視線から、何度もそっぽを向
くように目を逸らす。壁側のテレビは点けっ放しになっているが、正直BGM代わりにもな
っていなかった。未だ慣れぬ気恥ずかしさと戸惑いと、色んな感情が彼を揉みくちゃにして
久しい。
「……遊びにってなあ。俺が損するの、分かってんだろう?」
 肩越しに振り返って、今度はジト目で。
 涼平はそう生前と変わらぬ──いや、それ以上に悪戯っぽい彼女に向かって言った。鎖を
通して首から下げた、あの時の指輪がチャリンと小さく揺れる。
 突然、魂だけの姿となって現れた恋人。
 だがその姿や声を視たり聞いたりできるのは、どうやらこの指輪を持っている人間だけで
あるらしい。そのせいで、今日まで何度も失敗してきてしまった。
 何せ傍から見れば、何もない空間に向かって自分が話しかけているのだから。普通の感覚
から怪訝に思うか、気持ち悪がられるだろう。実際それが判らないまま、何度か友人や同僚
にドン引きされてしまった。まさか「死んだ恋人が蘇ったんです!」などと正直に言える筈
もない。大方ああ、ショックのせいでそこまで……。と憐れまれたらマシな方だろう。尤も
いわゆる霊感がある者の場合はまた違うのかもしれないが、生憎そういった知り合いは周り
にはいないので確かめようがない。
「大体、普段からくっ付いてきてるだろ? 他人の目がある時以外はだんまりしてなくても
いいからさ」
『それとこれとはまた別じゃん。あたしは涼ちゃんともっと思い出を作りたいの!』
 なので努めて淡々と宥めようとすると、ぷくーっと、やたら元気な幽霊な彼女は頬を膨ら
ませて若干ご機嫌斜め。栗色の髪は、毛先が軽く丸まった、生来の活発な感じを強めている
ミドルショート。服装は事故時のものなのか、スカート系ではなく動き易いパンツ系と対色
のブルゾン姿。
 ふわりと、こちらの正面に移動してきて、そう悪びれる様子もなく真っ直ぐに。
 ……そういうとこだぞ。涼介は思わず心持ち視線を逸らし、小さな嘆息と共に頬を赤く染
めていた。
 気持ちは解らないでもない。彼女も彼女で、突然死んでしまった事実とこうして幽霊では
あれどこの世に留まれている現状から、少しでもこの先作れていただろう自分との記憶を増
やしたいのだろう。仮に何かの切欠で成仏してしまったら、その記憶自体もどうなるか分か
らないが、今は涼介自身もその点については考えたくもなかった。
「……はあ」
 ポリポリと後ろ髪を掻きながら、一見困惑しているようで実はもっと照れ臭くって。
 確かに、彼女が目の前に現れた時は大いにびっくりし、何故? の気持ちばかりが強かっ
たが、あれから半年ほど経った今となっては、たとえ幽霊であろうとも再び彼女と一緒にい
られる日常に“救われて”いるのもまた事実だった。もしあのまま、突然の別れのままに二
度と会えなくなっていたら、正直立ち直れていたか自信はなかったのだから。
『??』
 ちらっと、今度は涼介の方から横目に視線を向けて。
 夏月は相変わらず目の前で、ふよふよと浮かびながら頭に疑問符を浮かべている。こうし
て接していると、本当にあの日死んだなんてことが嘘のように思えてならない。
「仕方ないなあ。その代わり、あんまり人でごった返してない所な? ……その方が、落ち
着いて過ごせるだろうし」
 するとぱぁっと、彼女の表情が嬉々で明るくなった。満面の笑みを浮かべ、直接触れられ
ないと分かっていながらも、半ば反射的に抱きついてくる。
『やったー! 涼ちゃんありがとー!』
「……っ」
 彼女の体温を感じている訳ではない。繰り返すが、もうその為の肉体は存在しない。
 なのに涼介は、次の瞬間ほうっと自身の身体が火照るのを感じた。顔が赤くなっていた。
もう彼女は死んでいるのに、生き返った訳じゃないのに……。
 だが涼介は、そんなこの生活を、内心何処かで当たり前のように楽しんでさえいた。

 ──お姉ちゃんが死んでから、涼介さんの様子が変になってしまいました。

 でも無理はないのかなあ。私達だけじゃなく、お姉ちゃんが死んで悲しんでいるのは、涼
介さんだって同じな筈だもの。ううん、恋人同士だった分、もしかしたら私以上に辛い思い
をしている可能性だって否定できない。
 ……お姉ちゃんは涼介さんが大好きだった。涼介さんも、いつも笑顔なお姉ちゃんの方を
選んでいた。それは事実。
 だからあの日以来、涼介さんが時々誰もいない空間に向かって話しかけるように──遂に
おかしくなってしまったんじゃないか? と聞いて、私は正直哀しかったし、同時にちょっ
と溜飲が下がった。でもそれは、本当は凄くいけないことなんだけど……。
 ……私が初めて涼介さんと出会ったのは、お姉ちゃんが涼介さんと付き合い始めて、私に
紹介してくれた時のこと。ちょっと気弱っぽい──尻に敷かれている感じだったけど、一方
でとても優しい人なんだなって、暫く話している内に分かった。お姉ちゃんみたいな割と無
茶をする人を、そっと受け止めてフォローもしてくれる、素敵な人なんだって。
 どうだったんだろう? あの時にはもう、二人は結婚の意思を決めていたのかな?
 少なくともあの場でそういった話は出なかった。まだお父さんとお母さんに顔合わせ、と
いう段階ではなかったのかもしれない。
 でも……そんなことを考えて、私は正直心の中で嫉妬していたんだと思う。よりにもよっ
てお姉ちゃんの恋人さんを、一目見て話して、好きに……なってしまっていた。
 だからずっと、それはいけないことだと私は自分に言い聞かせてきた。お姉ちゃんが涼介
さんにプロポーズされたって聞いた時も、家に挨拶に連れて来た時も、私はそんな二人を祝
福した。しなきゃいけないって思った。
 でも……そんな矢先に、お姉ちゃんは突然事故でいなくなってしまって。涼介さんも、そ
のショックからかおかしくなってしまって。
 何とかしなくちゃと思った。そうして今日もこうして涼介さんのアパートの前までやって
来たのだけど、やっぱり勇気が出なくて向かいの道からじっと見上げることしかできない。
実際問題、会って何と言えばいいのだろう? 元気を出してください? このままじゃあ本
当に取り返しのつかないことになってしまいます? 違うな……。もし涼介さんが私の思っ
ている以上に、狂ってしまっていたら、そもそもそんな言葉をまともに聞いてくれやしない
んじゃないか? 逆に怒らせてしまうんじゃないか? 夏月は此処にいる、とか……。
 それが怖かった。涼介さんの症状を悪化させてしまうこと、それ以上に、そのせいで涼介
さんに嫌われてしまうことが。
 ……ヤな女だなあ。私は一体、何をしたいんだろう?
 見つかってもいないのに居た堪れなくなって、私は今日も結局扉を叩くことさえ出来ずに
すごすごと来た道を帰り始めてしまっていた。ネガティブなイメージ、仮定ばかりが頭の中
でぐるぐる回って、やっぱり怖くなってしまったんだ。
 ……お姉ちゃん。
 どうして、そんなに早く死んでしまったの?

「やあ。ごめんね? 急に呼び出したりなんかして」
「い、いえっ! そんな事は……」
 そんな、更に暫くしたある日のこと。
 真冬は突然、他ならぬ涼介から連絡を受けた。折り入って話があるから、時間を作ってく
れないかと。
 ……涼介さん、おかしくなったんじゃないのかな?
 最初真冬は戸惑ったが、それでも応じないという選択肢はなかった。彼に会うと分かって
つい気合いを入れてオシャレをしてきたつもりだったのだが……指定されたのは、やけに人
気の無い裏通りの一角だったのだ。
「りょ、涼介さんの頼みなら、何だって……」
「? えっ、何て?」
「ふわいっ!? なな、何でもないですっ!」
 肩甲骨ほどまでに伸びた真っ直ぐな黒髪と、淡い青系と統一したブラウスとスカート。
 もじもじとそう小さく呟いた真冬に、涼介は疑問符を浮かべるが、すぐに彼女当人によっ
て遮られる。姉と対照的に、相変わらず恥ずかしがり屋さんだなと思いつつも、涼介は数度
目を瞬いてから早速本題に入ることにした。胸元、シャツの下から鎖を手繰って例の指輪を
取り出す。
「今日は他でもない、夏月のことで話があるんだ。とりあえずこれ、受け取って」
「!? こ、これって、涼介さんがお姉ちゃんに送った……」
 差し出された指輪、かつて彼が姉に贈り、今ではその遺品となった婚約指輪。
 真冬は思わず目を見開いて、彼の掌に乗ったこれを見つめた。そして差し出されるまま、
そっと彼の掌から自分の掌へと、この亡き姉ゆかりの品を受け取る。
『──やっほ、真冬♪』
「ッ?! ……!?」
 だからこそ、受けた衝撃は先程の比ではなかった。指輪を受け取った瞬間、目の前に突如
として現れたのは、中空に浮かんで透けている、死んだ筈の姉の姿だったのだから。
「お、お姉ちゃん!?」
『おうおう。予想はしてたけど、分かり易いリアクションするなー。ま、自分で言うのも何
だけど、無理もないけどさ』
 驚愕する真冬とは対照的に、当の夏月はけらけらと笑っていた。久しぶりに直接対面した
妹の様子に、とりあえす安堵したかのようにも見える。
『あたしの姿、見えるよね? 声、聞こえてる? これまでのパターンからして、こうすれ
ば真冬にも認識できる筈なんだけど……』
「う、うん。見えてるよ? 聞こえるよ? でもどうして? お姉ちゃんは確かにあの日、
死んじゃった筈じゃあ……」
『うん。死んだよ、一回はね。でも、あたしも実はよく分かってないんだけど、その指輪を
梃子にこっちに留まっちゃったみたいでさあ』
 割とディープな内容なのに、当の本人はあっけらかんとした様子で。
 それが彼女の美徳と言えば美徳なのだろう。夏月は順を追って、大まかに真冬に事の次第
を説明し始めた。あの日確かに自分は、事故に遭って死んでしまったこと。しかし涼介のく
れた指輪に宿る形で、幽霊としてではありながらこの世に留まったまま目を覚ましたこと。
以降その指輪を返却された彼と共に、憑きっ切りで共同生活を送っていたこと。
『本当ならもっと早くに話したかったんだけどね。色々と判らないことも多くて、涼ちゃん
以外と話せる方法とかを探してたんだ』
「……」
 ぼろりと、真冬の目から大粒の涙が溢れる。
 はたしてそれは、もう二度と会えないと思っていた姉との再会に対する感動か、或いはも
っと別の負い目(かんじょう)が入り混じってのものだったのか。
 ちらっと見れば、少し離れた所に陣取りなおして、涼介がこちらを見ている。フッと静か
に優しい微笑みを向けてきて、待機してくれている。
(そうか。涼介さんは、お姉ちゃんと会わせてくれる為に今日……)
 故にようやく理解して、真冬はまた一段と涙で視界を潤ませた。ズズッと鼻をすすりなが
ら袖口でゴシゴシと急いで涙を拭い、この思いもよらなかった機会を逃すまいとする。
「……よかった。本当に良かったよお……」
『あはは。ごめんね? あんたにも父さんにも母さんにも、すっかり心配かけちゃって』
 だが対する夏月の方は、ここで一旦居住まいを正し、少し真面目な表情(かお)になって
いた。ここからが本題というように、一度横目に向こうの涼介の姿を見遣って、次の瞬間こ
の妹にとんでもない提案をぶん投げてくる。
『……ところで真冬ってさ。涼ちゃんのこと好きなの?』
「はっ?!」
 ボンッと、真冬の顔が真っ赤になった。あたふたと慌てて同じように涼介の方を見、され
どするにこの姉の方に向き直って、わたわたと両手を振りながら必死に否定しようとする。
「なななななっ! 何でいきなり、そんなことを……!?」
『いきなりも何も、今日あんたを呼び出したのはその為だもん。……にしても、やっぱり図
星かあ。涼ちゃんも罪深いねえ。ま、あたし達に関してはそれで良かったんだけどさ』
「……?」
 ふるふる。
 姉が一体何を言わんとしているのかよく分からなかったが、真冬は真っ赤になったまま、
思考が完全にフリーズしていた。赤くなった身体が小刻みに揺れている。湯気が立つように
ふらつき、ニヤニヤとこちらを見てほくそ笑む姉の姿を見つめている。
「な、何で……?」
『うん? そりゃあ気付くっしょ。何年姉妹やってると思ってんのよ。バレバレよ? それ
にだからこそ、あたしも覚悟を決めた訳だしさ?』
「バ、バレ……」
 そんなに分かり易かったのか。というか、覚悟とは一体。
 急騰する羞恥心の一方で、真冬はようやく思考の隅にそんな疑問を差し挟める余裕を持て
始めていた。まだ火照っている頬をむぎゅっと両手で押さえながら、訪ね返す。
「そ、それで話って何なの? まさか私をからかう為に呼んだんじゃないよね?」
『勿論。だから折り入って話があるんだけどね……。真冬。涼ちゃん、貰ってくれない?』
「……へっ?」
 だから、そう実に唐突に、本来なら深刻な筈の話題に、真冬の思考はまた一旦停止した。
 しかしそんな驚きも束の間、彼女の感情の中に湧いてきたのは──“怒り”に近しいそれ
だった。じわっと再び涙が、今度はまだ別種のそれが溢れてきて、次の瞬間思わず叫ぶ。
「な、何言ってるのよ、お姉ちゃんッ!!」
 怒声。そんな彼女の姿に、遠巻きの涼介も驚いていた。
 指輪は手筈通り、彼女に一旦預けているので夏月の姿も声も分からないが、どうやら姉妹
で大事な話を──それも只事ではない話をしているらしいことは解る。
『何をって、そのままの意味よ。私はもう……本当の意味では涼ちゃんと一緒にはいてあげ
られないから』
 反面、姉・夏月の方は落ち着いていた。妹がこんなリアクションをすることを予め想定し
ていたのだろうか。
『あたし自身、こうして予想外の形でまた涼ちゃんやあんたにも会えたけど、本当ならもう
あたしはこの世の人間じゃない。死んだんだよ。だから涼ちゃんにも“次”に向かって歩き
出して欲しいんだ。でも正直言って、他の誰とも知らない女に渡すのもなあと思って……。
だったら前々から同じように涼ちゃんが好きだった、あんたに託した方があたしも安心でき
るかなって』
 訥々、努めて淡々と話しているように見える彼女を見上げて、暫く真冬は絶句したように
押し黙っていた。頭ではその理屈を理解していても、自身の感情が中々それを許してはくれ
なかった。
「……何よそれ。私にお姉ちゃんの代わりになれっていうの? 私の気持ちを知ってて、そ
れでも涼介さんの傍に居てくれって?」
 ぎゅっと拳を握り締めた。キッと上げた顔には、大粒の涙が滲んでいた。当の夏月の方も
それをじっと、静かに唇を結んだまま見つめている。
「そんなの、勝手過ぎるよ! 私はそんな安い女じゃない! 大体、肝心の涼介さんがオッ
ケーしてくれると思ってるの!? 半年経ってるからって、お姉ちゃんを綺麗さっぱり忘れ
られる訳ないじゃない!」
『……やっぱりなあ。本当、あんたは自分を責め過ぎだよ。何でそう自分の気持ちを押し込
めるかなあ? 少なくとも私は“死んで”るんだ。もう抑え込む必要なんてないと、私は思
うんだけどね』
「っ──」
 だから、それらを全て見通していたからこそ、そんな苦笑いを零す姉の姿に真冬は思わず
二の句を継げなくなった。喉の途中が引っ掛かったように、息を呑み、唇を結ぶ。夏月はそ
んな素直になれない妹の為にも、改めてそっと優しく寄り添って囁く。
『何も、私はそんな風にあんたのことを思っちゃいないんだよ? 寧ろずっと心配してたん
だからね? 生きてる内は、まだあたし自身の幸せがあって何も言わなかったけど、今なら
ちゃんと言える。……もう、あたしを気にせずに思いを打ち明けても、いいんだよ』
 ぼろっと、真冬の目から涙が零れた。もう魂だけの存在になって、直接触れられている訳
ではないのに、そんな姉の声が感触が、そっとささくれ立った心を優しく繰り返し撫でてく
れているような心地がした。
『改めてお願い。もしあんたが、涼ちゃんがいいっていうなら……涼ちゃんをお願い』
 うぐっ! 次から次へと零れる涙に、真冬の身体が震え出した。強がっていた心もたちま
ちそんな姉の思いに鎮められ、今度はもう彼女への感謝と謝罪の気持ちしか湧いてこない。
「ああ……ああああああああーッ!!」
 気付けば泣き喚いていた。裏通りの人気の無さをいいことに──実際そんなことはとうに
忘れていて、真冬は心の底から泣きじゃくった。遠巻きで涼介が、まるで見えない姉と抱き
合うかのように泣いている彼女を、驚きつつも不思議と「よかった」と思える安堵感で見つ
めている。どうやら二人の大事な話とやらも、折り合いがついたようだ。
 フッと静かに、涼介は優しい笑みを口元に浮かべて微笑(わら)う。

「大丈夫? 落ち着いた?」
「……はい。恥ずかしい所を見せてしまってすみません」
 そうして真冬がようやく泣き止んだのを待ってから。涼介は二人と改めて合流した。手に
は例の指輪を返して貰っており、また中空に浮かぶ夏月の姿が視えるようになっている。
 涼介は「それで? そもそも一体何の話だったんだよ?」と小声で訊いたのだが、当の夏
月は『まーだ、内緒♪』と悪戯っぽく笑って答えてくれない。
 ……まったく。真冬ちゃんと話がしたいから連絡を取ってくれと頼んできた癖に、肝心の
内容までは結局当日になっても教えてくれなかった。
 すぐ目の前で、面と向かって彼女がもじもじとしている。
 気のせいだろうか。何だかさっきよりも、その顔が赤くなったままなのような……。
『ほらほら、真冬。言っちゃえ言っちゃえ』
「ううっ……」
「? おい、夏月。真冬ちゃんに何を吹き込んだ? 幽霊にもなっておいて。困らせちゃ駄
目だろう」
 いや、死者になったからこそ、自分達の道徳の外にあるのか? まぁこいつは生きてる時
から、割とフリーダムだったしなあ……。
 ちょうど、そんな時だった。「あのっ!」と真冬が意を決するように一度きゅっと唇を結
んでから声を張ると、そう少し驚いてこちらを見てきた涼介を見上げた。よほど緊張してい
るのか、その高鳴る心臓の鼓動がこの至近距離越しからでも分かる。
「あ、あの。お姉ちゃんがこんなことになっちゃって、まだ涼介さんも気持ちの整理がつい
ていないとは思うんですが……」
「う、うん」
「……す、好きです! 私も、以前から涼介さんのことが! こ、こんなこといきなり言わ
れても困らせるだけだろうし、涼介さんにはお姉ちゃんがいるから、でもっ……!」
「……」
 故に、涼介は目を真ん丸に大きく見開いた。直前の彼女の様子で、まさかとは思いはした
が、本当にそうだとは。だが本人も言い訳がましく付け加えているように、これが突然の告
白であるとは重々承知しているのだろう。
「というか、夏月。お前、まさか今日この為に……?」
 ジトッと、少し厳しめな眼差しで、傍らの夏月を睨んでみる。
 すると案の定、当の本人はわざとらしく下手くそな口笛を吹いて、知らぬ存ぜずを通そう
と試みていた。……確定だ。こんな状況、ただでさえ奥手な真冬ちゃんにこんな冒険をさせ
るなんて、こいつの差し金としか思えない。
(……でも)
 だが一方で、当の彼女の気持ちについてはまた別だ。少なくとも彼女は、真剣に自分に思
いを伝えてくれたのだと思う。自分が知る限り──普段おちゃらけている姉とは違って──
こんな時にこんな冗談を言うような子じゃあない。
 いいのか、涼介。答えなくて。目の前で女の子が、こんなに必死になっているのに。
「俺、は……」
 口篭りながら、考える。正直嬉しいし、同時に迷っている。彼女も言ったが、今生前恋人
だった夏月本人が、すぐ傍にいる。ここでホイホイ彼女に乗り換えるというのは、実際どう
なのだろう? だが今この状況、告白を受けたという時点で、それは十中八九姉である当人
の差し金であると考えて間違いはない……。
「わ、分かっています。すぐに答えは出ないだろうってことは。で、でも、この気持ちは本
当ですっ! 本気ですっ! だから、だから……いきなりお姉ちゃんみたいに結婚なんての
は無理だとしても、先ずはお、お付き合いからでも……!」
 されど顔を真っ赤にして、必死に訴えかけてくる真冬。
 やはりと涼介は思考の端で思った。やはり今回のこれは夏月の差し金だ。大方もう幽霊に
なった自分の代わりにと、本人曰く前々から同じく好きだった妹の背中を押したのだろう。
「……」
 いいのか、夏月?
 だから、涼介は絶対にこれだけは確認しておきたくて。彼は直前ちらっと、もう一度傍ら
に浮かんでいる夏月の方を見遣った。コクッと優しく微笑みながら頷く彼女に、涼介は深く
呼吸を整えてから、覚悟を決めた。
「……うん、分かった。それが二人の意思だっていうんなら。真冬ちゃん。俺なんかでいい
っていうんなら……よろしく」
 今でこそ夏月は未だ自分と一緒にいるが、結局は幽霊なのだ。あの頃と全く同じようには
なれない。なろうと足掻いても、できない。
 つうっと、彼女の頬から一条の涙が伝った。ふるふると震え、おそらくは歓喜とそれ以上
の安堵に打ちひしがれている。『よかったね、真冬?』横でそう姉らしく夏月が静かに呼び
掛けているのが聞こえる。涼介も微笑(わら)った。ダッと、それまで抑え続けていた最後
の感情の一線を越えるように、真冬がこちらに向かって泣きながら抱き付いてきた。
「う、うわあああああああんっ!! 涼介さん、涼介さーん!!」
 胸元に沈み込む華奢な彼女の感触。
 涼介は一切の抵抗もなく、これをそっと抱き締めた。きっとそれが今自分にできる最大の
応答だと、直感的に理解したから。かつての恋人に負けないくらい、この一生懸命な彼女が
愛おしく思えたから。
『ふふっ、よかった……。これで、一件落着』
 あとは今度、父さんと母さんにも会わなきゃね……?
 片手に指輪を握った涼介の手を、真冬がそっと包むように取りながら。
 そう他に邪魔する者がいない裏路地で、お互いに抱き合いながら、涼介達はようやく一つ
の区切りを迎えたらしかったのだった。
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2018/06/24(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)共感の輪が向かう果て | ホーム | (雑記)封じるべきは己が意思にて>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1007-a8d672d8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (186)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (107)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (45)
【企画処】 (455)
週刊三題 (445)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (393)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month