日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔35〕

 いつだって強く思う。この世界は、嫌(ヤ)な奴ばっかりだって。

 私が物心付いた頃には、親父とお袋の仲はもう冷え切ってた。記憶の隅にこびり付いてる
のは、言い争う二人の怒声や罵声、獣みたいな横顔。
 物を投げ付け合っている時も珍しくなかった。取っ組み合いの喧嘩になる事も少なくなか
った。でも、遠巻きに見れてる内はいい。その矛先が私に向けられる日だってあったから。
あいつらの匙加減一つで、一体何度理不尽な目に遭わされてきたか。

 ……こいつらは、家が同じだけの他人だ。いや、同じ人間だとすら思いたくない。
 いつだって苛々する。どうして私だけ、こんなハズレくじを。
 あの二人だけの話じゃない。学校でもクラスの奴らは、毎日飽きもせず“仲良しごっこ”
の下で、互いの足を蹴り合ってる。女子特有の陰険さと、誰が決めたのかもはっきりとしな
いペースに、ルールに合わせなきゃいけないっていう面倒さ。本当に息が詰まる。
 なのに先公達は、分かった風に──実際は分かってても見て見ぬふりをして、何としてで
も私達に“問題がない”ってことにしたがって。
 地区の連中もそうだ。事ある毎に“見守り”だ何だと言って、放課後の私達の行動まで監
視してくる。無駄にニコニコしてくる裏で、何を考えてるのか分かったモンじゃない。それ
ぞれの仕事に、家庭に戻れば、そいつらがクソ野郎じゃないなんて保証は何処にもありはし
ないんだから。
 大人なんて皆そんなものだ。テレビの向こうでも、毎日のように芸能人や政治家、金持ち
連中のスキャンダルを嬉々として伝えてる──寄って集って誰かの足を引っ張ることばかり
に熱を上げている。進歩することを自分達から放り出して、代わりに残ってるカスを我先に
と争って、食い潰し続けているようにも見える。
 ……本当に、腐ってやがる。
 なのにあいつらは、口を揃えて私に言うんだ。
 必死になって勉強しろ、この国を担う人間になれ。その為の集積都市なんだと、口酸っぱ
く説教してくるけど、何で“こんな国”を支えなきゃいけない? “こんな国”を支える為
に大人にならなきゃいけない? 自分達がクソであることを理解しようとさえしないで、責
任ばかり押し付けてくるような連中の尻を拭く為に、私は生まれてきたんじゃない。お前ら
の“予備”になる為に、私は生まれてきたんじゃない。

 ……そんなの、絶対に嫌だ。
 でももし、そうしてああやって、汚く醜くなることが“大人”なんだと言うのなら。
 私は絶対、大人になんてなりたくない──。


 Episode-35.Eternal/永遠(とわ)を望んだ罪

(……んぅ?)
 痛みによる覚醒が先だったか、それとも自然なそれが先だったか。
 筧ははたっと、無遠慮に全身を引き揚げられるかのように意識を取り戻した。身体のあち
こちから訴えかけてくる鈍痛の一方で、目覚めかけの思考は、此処は何処だろう? 何があ
ったのだろう? と“確認”を急ごうとする。
 目覚めた場所は、コンクリ敷きの殺風景でだだっ広いフロアだった。
 何かの施設、工場だろうか? しかし目立って稼動している機材の類はなく、おそらくは
倉庫の類だろうと筧は見当をつけた。幾つか等間隔に建っている円柱。その一つに、自分は
鎖を後ろ手に巻き付けられて縛られているようだ。
(……そうか。俺は……)
 そうして数拍遅れて、彼は直前までの記憶を思い出す。
 自分は新しい手掛かりを、糸口を求めて再び情報屋(すぎうら)を訪ね、そして──。
「よかった。目が覚めたみたいですね」
 すると、そんなこちらの様子に気付いたのか、隣から声を掛けてくる者達がいる。
 冴島だった。先刻まで、実質護衛として自分を尾けていた冴島以下対策チームの面々が、
自分と同じように鎖でぐるぐる巻きにされて捕らわれている。
「大丈夫ですか?」
「傷は、痛みませんか?」
 真っ直ぐにこちらを、心配そうに見つめてくる冴島達。でも、だからこそ筧は思わず無言
のまま眉間に皺を寄せ、きゅっと唇を結んだ。衝いて出るのは、どうしても憎まれ口だ。
「……先ずは、手前の心配をしろ。あっさり捕まってんじゃねえよ」
「あはは。面目ない」
 苦笑いを零す冴島。だがおそらくその本心は、寧ろ逆の激情だろう。
 どうやら自分達は、お互い敵にやられたらしい。力を込めてみるが、しっかりと巻かれた
鎖の長さと重さは、そう簡単に解けそうになかった。
 あり得ると何処かで想像していたシチュエーションとはいえ、さて一体どうやって逃げれ
ばいいだろうか……?
「あら? 起きてたのね」
「無駄ですよお。外は兵隊達が常時巡回してますし、逃げられやしませんって」
 そんな時である。正面向こうの扉が開いたかと思うと、ゴスロリ服の少女──スロースと
サーヴァント達、にたにたと影を差して嗤う人間態のライアーこと杉浦、更にじっと黙して
彼女らに同行する老紳士姿のトーテムが近付いて来た。
「……っ! 杉浦、てめえ……!」
 体勢的に、心理的にも見下ろされる格好。
 杉浦の、自らを嵌めた張本人の姿を再び目の当たりにして、筧の表情が怒りに歪む。
 裏切られた。筧の本心はそこに在った。奴は唇の怪人、アウターだったのだ。敵は自分の
すぐ近くに潜んでいたのだ。
「ひひっ」
「……いつからだ? 一体いつから、お前は……」
「うん? ああ。こいつのオリジナルの話ッスか? 出所してすぐッスよ。あんたも馬鹿な
人だ。刑事だってんなら、もっと他人を疑うべきなんです」
「……」
 こちらの感情に、問いに答えつつも、そう鼻で笑うライアー。
 筧はようやく理解していた。由良が残したあの血文字は“ASL”じゃない。“ASU”
と書こうとして、力尽きたのだ。ASU、明日──あの夜、翌日自分と一緒に会いに行く筈
だったこいつに殺られたのだと、伝える為に。
「お前が……由良を……ッ!!」
「ええ。色々嗅ぎ回ってたんでね」
「一応言っておくけど……。捜そうとしても無駄よ? 今頃はグラトニーの腹の中だから」
『っ──?!』
 故に、ライアーの言葉を継いだスロースの発言に、筧や冴島達の表情は引き攣って。
 目の下がヒクついて、青褪める。行方が知れなくなった時点で、あの血文字が残されてい
た時点で、予想はしていた。だがこうして実際に、本当にもう取り返せないのだと知らしめ
られてしまっては……。
「大体、元を正せば、あんたがきちんと二人を始末し損ねたからこんな面倒な事になってる
んでしょう? ヘラヘラ笑ってるんじゃないわよ」
「うっ。それは、そうッスけど……」
 しかし当の本人達は、そんな筧らの気持ちなど微塵も気に留めてはいない。
 スロースは筧達が捕らわれたその目の前で、そうジト目を遣ってライアーを詰っている。
そんな態度を批判されこそしたが、それでも尚ライアーは苦笑(わら)って誤魔化そうとし
ていた。何せ相手は“蝕卓(ファミリー)”七席の一角だ。その気になれば、自分一人くら
い始末するなど造作もない。
「……ま、いいけど。モタついてる間に邪魔者は増えたにせよ、一応こうして実りはあった
訳だしね?」
 言って、彼女は見下ろすように冴島達を睥睨する。
 彼ら対策チームが敵であるのは、彼女達の側からしても同じこと。その情報を現物で確保
できたというのは大きいのだ。
 だがそんな彼女に、それまで黙していたトーテムが、やや怒気を内包しつつ訊ねた。
「……スロース殿。何故彼らを始末しなかったのですか? 捕らえたのですか」
 ピリピリッと、静かに震える場の空気。
 彼からすれば、冴島達──厳密には睦月こと守護騎士(ヴァンガード)だが──は、盟友
バイオとヘッジホックの仇でもある。自らの力が及ばなかったと言ってしまえばそれまでで
はあるが、彼女ら蝕卓(ファミリー)上層部が捕獲の方針を採った事に、彼は内心ずっと不
満だったのである。
「勘違いしないでちょうだい。私達は“尻拭い”まではしないわよ? それにライアー達は
あくまでプライドの部下だしね。文句ならあいつに言ってよ。そこの刑事はともかくとして
も、こいつらの持つリアナイザは一度ちゃんと調べる必要があるわ。本人共々、分析に掛け
たいってシンが、ね……」
 まあ、だからと言って直接本拠(ホーム)に連れて行ってバレたら面倒だから、こうして
私が厄介事を引き受けざるを得なくなったんだけど。
 はあ、とあからさまにそう嘆息をついてみせながら、スロースは言った。トーテムもこう
整然と説明され、突き放されてしまうと、ムキになって二の句を継ぐ愚は採れなかった。眉
間に皺を寄せたまま、気持ち引き下がって再び押し黙る。そんな彼女達のやり取りを見てい
た冴島も、じっと目を細めてこの状況を理解していた。
(……なるほど。やはりそうなるか)
 ライノセスとムーンに敗れた後、こうして五体満足に無事なのは、自分達から搾れるだけ
情報を搾り取る為。プライドというのは、確か同じ幹部の一人だった筈だ。彼もまた、今回
の一連の事件に関わっているらしい。となると、自分達はまだもう少し生かされる可能性は
あるが、一方このままでは筧刑事の身が危ない。
(どうにかして、脱出しないとな……)
 あの時、咄嗟に逃した部下は、自分の目論見通りメッセンジャーとしての役割を果たして
くれただろうか? 助けは来るだろうか? 風の中に巻き込んだから、一人だけなら見つか
らずに済んだと信じたいが……。
 少なくとも自分達が戻らない以上、司令達はもう捜索に乗り出しているだろう。各員や調
律リアナイザの反応を辿ってくると考えられるが、それらも含めて今自分達は、敵に所持品
の殆どを奪われてしまっている。状況は、かなり厳しい。
「ところで」
 ちょうどその時だった。ふとスロースが、トーテムに向かって問う。ざっと人間態の彼の
全身を確認するように眺めてから、その瞳にダウナーながらの警戒色が混じる。
「あなた、此処に来るまでに尾けられてないでしょうね? シンからの指示とはいえ、此処
は大事な研究所(ラボ)よ。あんたの部下達も、いつまでも置いてはおけないからね?」
「分かっています。それは大丈夫でしょう。もう、発信機(あれ)が仕込まれていた粘々は
吹き飛びましたから」
 自らの身体を、二の腕を撫で、静かに唇を結ぶトーテム。
 廃工場での戦いで、暴走態と化したヘッジホックを粉砕した一撃。その衝撃の余波は、彼
に纏わり付いていた発信機入りの粘着弾をも吹き飛ばしていた。
 一人また一人、盟友の死が脳裏に蘇る。
 だがこれでもう、奴らが自分達を追跡する手段は無くなった筈だ。
「……そう」
 されど対するスロースは、その名の通り気だるげにすぐに興味を失って。
 身を包むゴスロリ服と、胸元に抱える継ぎ接ぎだらけのテディベアを翻し、彼女は一同に
背を向けて歩き始めた。でも……。そして肩越しに、ついっと首を傾げるようにして、去り
際に指示を出す。
「全員、警備の強化を──迎え撃つ準備をしておきなさい。連中がいつ嗅ぎ付けて来るか、
分かったモンじゃないでしょう?」

 対ヘッジホック、廃工場での戦いから一夜明けて。
 司令室(コンソール)に集まった、睦月達対策チームの面々は、新たな救出作戦の為の打
ち合わせを行っていた。
 正面のスクリーン群には、飛鳥崎のとあるエリアの地図が詳細に表示され、集まった仲間
達を前に、そのリーダーたる皆人が口を開いている。
『今回の俺達の目的は、冴島隊及び筧刑事の救出だ。だが、由良刑事のケースを考えると、
後者は既に殺害されてしまっている可能性もある。その時は、冴島隊長達の救出に集中して
くれ。戦力はなるべく大きくまとまって動かした方がいい』
 彼の中では、筧の命は半ば諦めているのか。
 睦月や海沙、宙などは口にこそせど静かに眉根を寄せ、唇を結んでいたが、確かに情で足
を止めていて無事に帰って来れるほど、今回進入する先は生易しい場所ではない。
 冴島に逃がされた隊士の話では、現れたアウター達は彼らを連れ去って行ったという。
 おそらくは調律リアナイザと、こちら側の人間の身体検査が目的だろう。加えて冴島達を
圧倒したというその二体のアウターは、今までにないタイプだった。まるでアウター同士を
合体させたような……。実際に遭遇してみないと分からないが、単純に倍の力を備えている
とすれば、厄介だ。
『奴らが逃げ込んだ先は、H&D東アジア支社、旧第五研究所(ラボ)。現在は使われてい
ない事になっているが、隠れ蓑としてこれほど奴らにとって好都合な場所はない。やはり社
の上層部に連中のシンパが潜んでいると考えるべきだが……今は後回しだな』
 皆人のクルーエル・ブルー、激情の紅(テリブル・レッド)形態が突き止めたトーテムの
潜伏先。そこは以前潜入捜査を試みるも、蝕卓(ファミリー)の幹部達に手酷い返り討ちに
遭ったあのH&D社の関連施設だった。
 激情の紅(テリブル・レッド)は本来、装甲を犠牲にしつつ、一度攻撃した相手をどこま
でも追尾して貫く、クルーエル・ブルーの必殺形態だ。皆人は今回その能力の性質を、トー
テム追討と冴島達の居場所特定に利用したのだった。
 データ上では、現在建て替え予定により使われていない筈の場所。
 だが、そこから辿れる組織の名前は、今回の一件に蝕卓(ファミリー)が関わっていると
示すにはあまりにも充分過ぎた。先ず間違いないと考えてよいだろう。
『状況からして、トーテムと件の二体、及び筧刑事を襲ったアウターや幹部達も絡んでいる
可能性が高い。総力戦になる。皆、気を引き締めて臨んでくれ!』
『了解!』
 そんな気丈に張り上げた皆人の声色に、睦月ら面々が力を込めて応える。それぞれに調律
リアナイザを、EXリアナイザもといパンドラを握り締め、いざ冴島達救出の為に駆け出し
てゆく。出撃し、司令室(コンソール)を後にする。
『……お願いね。睦月、皆。無理だけは絶対にしないで』
『敵陣の只中に突っ込む以上、通信は最小限だ。不在中の指揮は、私と香月君で執ろう。全
力でサポートさせて貰う』

「──巡回ルートに死角を作るな! 目を光らせろ! ネズミ一匹逃がすんじゃないぞ!」
「行動する時は必ず二人以上を維持しろ! 何か問題が起きたら、迷わず報告だ!」
 一方その頃、冴島達が捕らえられた先、H&D社の旧第五研究所(ラボ)では、スロース
の指示でサーヴァントや元バイオ一派のアウター達が研究所(ラボ)内に配置され、警戒を
強めていた。怪人態のままで歩き回り、既に表の体裁など捨てている。この時期、このタイ
ミングで侵入者が現れようものなら、問答無用で始末するという構えだ。
「……さあ、何処から来るかしら? 如何攻めて来るかしら?」
 そんな研究所(ラボ)内の一室で、スロースも不敵に笑いながらその時を待っている。普
段の気だるさはややなりを潜め、面倒を押し付けられた責任と内心の苛立ちを、攻めて来る
であろう睦月達に向けてやろうと企んでいる。
『──ぉ、──ぉぉぉッ!』
 だが、そんな彼女達の用意周到な布陣は、次の瞬間全く別の方向から崩されたのだった。
 まるで不意を突いて横から張り倒されたような、そんな感覚。研究所(ラボ)内で大真面
目に目を光らせていた面々の頭上から、段々と大きな音が近付いて来る。「……何だあ?」
と、誰からともなくその小さな異変に顔を上げようとする。
「ドラッシャアァァァーッ!!」
 そう、頭上からである。グレートデュークの巨大な鉄白馬(チャリオットモード)が、仲
間達を乗せてフロアの天井を盛大にぶち抜き、飛び降りてきたのだった。
「……?! なっ、なあっ!?」
「敵襲、敵襲ーッ!!」
 サーヴァント達が、元バイオ一派のアウター達が見上げ、仰天して叫ぶ。

 相手が警戒しているであろう事を見越し、敢えてその裏の裏をかいた、正面からの奇襲。
 睦月達の救出作戦が、始まった。


 親父とお袋の仲は、日ごとに悪くはなっても、良くなることはなかった。
 気が付けばもうすっかり日常の光景になった二人の喧嘩の中で、何度も「出ていけ」とか
「離婚」といったワードが出てくるようになったなと、私は感じていた。
 それだけなら、別に不思議じゃない。仲が悪いなんてのは昔っから分かってたから。
 でもむかついたのは、そんな段階になってくると、段々あいつらが競うように私を味方に
つけようと擦り寄ってきたことだ。『勿論、俺についてくるよな?』『何言ってるの。私で
しょう?』……ふざけんな。今まで散々、巻き添えにしてボコ殴っておいて。今更私を相手
に“勝つ”ダシにしようとしてる魂胆が丸見えで、頷く訳ないだろうが。
 本当、うんざりだった。何でこんなクソみたいな奴らが私の親なんだろう?
 そんなに喧嘩をして、憎み合うぐらいなら──何で私を産んだんだよ?

 絶望の上に絶望を塗りたくって。でも、そんな言い方だけでも全然足りなくって。
 いつしか私の頭の中は、目の前の現実への嫌悪感でいっぱいになっておた。四六時中そん
な鬱々とした考えが私を支配して、ろくに過ごせたモンじゃない。
 勉強も、友達付き合いも、どんどん億劫になっていった。どうせこいつらも、本当はクソ
みたいな連中ばっかりなんだと思い始めたら、止められなくって。そんなことばっかり考え
てる自分にも苛々して。
 何をやっても……身が入らない。
 そんなだから、周りの人間からは一人また一人と嫌がられたし、実際私から離れていった
んだけど、こっちだって気持ちは同じだと強がった。寧ろまだ気が楽だと自分に言い聞かせ
続けた。
 ……それでも、時間だけは容赦なく流れる。刻一刻と、つまりは“大人”になっていく。
『はあ』
 もう何度、ため息をついたか分からない。そうやってわざと口に出さなきゃ、とっくに私
は潰れて駄目になっていた。それが“楽”だと分かってて、中々できなかったのは、ひとえ
にそっちに流れたら、何となく奴らが喜ぶだけだと思ったから。思う壺だと思ったから。
 ……憂鬱だ。一ミリも頭に入らない授業を何回も受けて、クソの役にも立たない仲良しご
っこをやらされて、一人帰り道を歩く。
 でも家に帰ったって、あの二人の喧嘩に、ピリピリとした空気の中に巻き込まれるだけだ
し、いつも私はできる限り遠回りをして、道草を食いながら時間を過ごしていた。
 夕暮れになり、段々と落ちてくる日の中で、何処からともなく人という人が街のあちこち
から湧いてくる。そんな姿がまた鬱陶しくて、だけどそうやって時を無駄に過ごすしかない
自分自身に苛立って、私はぶつけようのないこの気持ちを抱えていた。何もかも、私の邪魔
ばかりをして、立ち向かう気概さえとうに削ぎ落としていた。

『──やあ』
 そんな時だったんだ。いつものように日暮れ近い街でぶらぶらしている私の前に、そいつ
が現れたのは。
 如何にも成功してますよっていう感じの、いけ好かない感じの男だった。高そうなスーツ
を着こなして、何が面白いのか私の姿を認めると、一人悠然とした足取りで近付いて来る。
目の前に立って、見下ろしてくる。
『いい眼をしている。絶望しているということは、それだけ内包している感情も大きいとい
う証拠だ』
 最初、何を言われているかよく分からなかった。というより、その無駄に自信に満ち溢れ
ている感じが気に食わなかった。まるで、私と正反対だな……。ぼうっとその着ている高そ
うなスーツに、アイスでも押し付けてやれば少しはスッキリするだろうか? そう思っても
実行する気力も持ち合わせもなかった。
 するとこいつは、言ったんだ。周りには人が行き交っているのに、まるで誰一人として私
達に気付いていないようなセカイの中で、奴は懐から一個の短銃型の──リアナイザを取り
出すと、私に差し出してきたんだ。
『もし今を変えたいのなら、引き金をひくといい』
『君の願いは叶う』

 時を前後して、トーテムがスロース達と合流──旧第五研究所(ラボ)に到着してまだ間
もない頃。
「これ、は……?」
 彼女に案内されて、彼は研究所(ラボ)内深くのとあるエリアに足を踏み入れていた。
 そこにずらりと並んでいたのは、淡い翠色の溶液に満たされた大型のカプセル群。中には
同胞と思しき怪人達が一人一人、封じられるようにして浮かび、眠っている。
「“合成”された個体達よ。ベースとなる個体に、別のデータ化した個体を注入する。基本
一個体に一つの能力という原則を超えて、より強力な個体に生まれ変わるわ。それは即ち、
より生存率を高めることに繋がる」
 大型カプセルの並ぶ廊下をカツ、カツンと進みながら、スロースはそう気だるげに淡々と
答える。彼女曰くこの施設は、その研究の為に宛がわれた場所だという。
 そんなモルモットたる同胞達を、時折横目で眺めながら、トーテムは一人静かに眉根を寄
せていた。正直言って、不快だった。
 確かに個々が強くなれば生存確率は上がる──極めて“合理的”ではあるのだろう。
 だがそれは、自分達の“命”を弄ぶということだ。元よりあの男は、蝕卓(ファミリー)
は自分達のことを体のよい駒ぐらいにしか考えていないのだろうが、こう目に見えて文字通
り使い潰されてゆく過程を見せつけられると、少なくとも良い感情は湧かない。
(……やはり、奴らと“約束”するなど無理だったのだ。ヘッジ、バイオ……)
 脳裏に、バイオとヘッジホック──相次いで失った友の姿が掠めた。
 加えてこの研究所(ラボ)内には、まだ二人と共に率いていた仲間達が残っている。自分
と同じように避難して来ている。彼らの為にも、ここで露骨に彼女ら蝕卓(ファミリー)と
対峙すべきではない。
「あの二人もよ」
 そうして渋面を作って黙っていると、ふとスロースが再び口を開いた。促されるようにし
て視線を向けると、進行方向奥の曲がり角の向こうから、大木のような長身の男と丸太のよ
うにガタイのよい男が出て来た。角野と円谷だ。やや遅れてついて来た杉浦──ライアーと
共に、ちょうど冴島や隊士達、筧を繋いできた所だった。
 最初、トーテムはこの見慣れない人間達に少し身構えそうになったが、すぐにその気配で
同胞だと知れた。特にスロースが示したあのスーツ姿の二人からは、自分達とは一線を画す
力を感じる。それだけ、彼女の任されている“合成”とやらは彼らを強力にするのか……。
「そっちは終わった?」
「ああ。まだ気を失ったままだ。暫くすれば目を覚ますだろうが」
「……? 誰か、他にも連れて来られているのか?」
「ん? ああ、もしかしてあんた、例の直訴トリオ? 気にしないでくれよ。ちょっと俺達
を嗅ぎ回ってた敵を捕まえてきただけだからさ」
 スロースが彼らの方に近付いてゆく。彫りの深い長身の方、角野はそんな彼女にニコリと
もせず、無愛想に答えている。その後ろでやり取りを見ていたトーテムの問いに、ライアー
がニヤリとほくそ笑みながら返した。
 敵──守護騎士(ヴァンガード)の仲間か!
 その返答にトーテムは思わず、ギリッと口の中で歯を噛み締める。
「ライアー。あまり喋るな」
「そもそもあいつらを取ったのは、俺達だ。失敗した奴が出しゃばるんじゃない」
 ひっ! す、すいやせん……。すると角野と円谷が向けてきた視線に、ライアーが反射的
に畏まって頭を下げていた。やはり彼らの力関係は、この二人の方が上らしい。先刻までに
彼らと守護騎士(ヴァンガード)の間に何があったかのは知らないが、どうやら自分やヘッ
ジが、バイオの仇討ちに躍起になっていたのと同時期に、事態は色々と進んでいたらしい。
「で? 気絶したままってことは、まだ情報は採れてないのね?」
「ああ」
「そこまでは俺達の仕事じゃない。あんたが勝手にやっててくれ」
 あっそ……。スロースは少し唇を尖がらせていたが、さりとてこの二人に強く詰め寄るつ
もりはないようだ。彼女に対する口の利き方も然り、どうやら彼らは、彼女とはまた別の幹
部の下についているらしい。そうでもなければ、ここまで七席の一人に対してこうも大きな
態度は取れないだろう。
「……スロース殿。その“合成”とやらを受ければ、私も守護騎士(ヴァンガード)に勝て
るようになるのでしょうか?」
 だからこそ、トーテムはたっぷりと内心の躊躇いを置いてから言った。目の前で「では、
もう帰るぞ」と言って、再び歩き出そうとした角野と円谷を含めた彼女らを、ついっとこち
らに注目させる。
「少なくとも今よりは、ね……。でも、全ての個体がその負荷に耐えられる訳じゃないわ。
最悪、そのまま自滅するわよ?」
 彼女らはじっとこちらを見ていた。その言わんとすることを、それぞれ知っている事情に
差はありながら、四人はすぐに理解したからだ。
「……。そうですか」
 短く一言。だが次に呟いたその言葉は、変わらぬ眼差しで──いや、先程よりも一層強い
決意をもって、言外の意思表示へと代えてゆく。
「……ふぅん?」
 そんな、真っ直ぐ自分に向けられたトーテムの眼。
 するとスロースは、怪訝な様子の角野や円谷、ライアーを背景にして、そう何処か意味深
な様子で小首を傾げると、静かに嗤う。

「──らっしゃあああ! 全員、勢いを崩すな! このまま連中を押し切るぞ!」
『応ッ!』
 時を戻して、現在。
 旧第五研究所(ラボ)の真上から強襲を仕掛けた仁達は、グレートデュークが通常形態に
戻ってそう雄叫びを上げるや否や、一斉に場に居合わせたアウター達に挑み掛かり始めた。
これに大いに慌てふためいたのは、当のアウター達である。
 何せ、天井をぶち抜いてくるという予想斜め上の登場の仕方をしてきたものだから、完全
に初動において後れを取った。その間に強襲の勢いを借りて突っ込んでくる、彼らが同期し
たコンシェル達によって、仲間達が一人また一人と巻き込まれて吹き飛ばされる。
「くっ、くそう!」
「あいつら、バイオさんとヘッジさんを殺っただけじゃあ飽き足らずに……」
「ウロタエルナ、落チ着ケ!」
「数ハコチラノ方ガ上ダ、囲ミ込ンデ押サエ付ケロ!」
 対策チームの面々と、アウター達の乱戦模様。
 防御の堅いデュークや他の隊士らのコンシェルを前衛、壁役(タンク)とし、その後ろで
二丁小銃をばら撒く宙のMr.カノンなど中衛組が敵の集中を散らし、更にそのまた背後に
海沙のビブリオが、直接戦闘には向かない分、後衛としてその分析能力でもって敵の動きを
予測する。
 予め相談しておいた役割分担を徹底することで、数の上で劣る仁達は、当初から善戦を続
けることができた。四方から向かってくる敵アウターの攻撃を、ビブリオが知らせ、紙一重
の防御と回避、受け流しを行いつつ一体一体確実にカウンターを浴びせる。
 こと突撃槍(ランス)など重量武器を持つ面子は、存分にその役割を発揮した。反撃する
その一振りごとにまとめて敵を吹き飛ばし、結果次の行動を有利に進めることができる。
(応援が集まって来てやがるな……。だが、それでいい)
 突然の敵襲は、すぐさま研究所(ラボ)中に伝わり、仁達の降り立ったフロアに次第に増
援のアウター達が駆けつけ始めていた。
 デュークの大盾でこれら攻撃をを防ぎながら、同期の向こう側の仁は観察する。その殆ど
は量産型のサーヴァントの姿だが、中には進化済みの個体が十数体ほど交じっている。おそ
らくはあの時逃げ出した、バイオ一派の残党だろう。
「こん、のおぉぉぉッ!!」
「くっ──邪魔だあ!」
 その内の一体が繰り出す長刀を受け流し、突撃槍(ランス)を叩き込む。
 流石に敵のアジトというだけのことはある。相手も必死だ。尤も残党達の方は、もう後が
ないと解っているからなのか、殊更必死になって攻め立ててくるように思えたが。
(だがそれは好都合……。頼んだぜ? 佐原、三条、陰山)

 端的に言えば、仁や海沙、宙、隊士達は囮だった。あくまで今回の目的は冴島達の救出で
あり、戦闘は本来二の次なのである。
 それでも敢えて敵の真正面から攻め入ったのには、二つの理由があった。
 一つは、満遍なく敷かれているであろう警備網を、騒ぎを起こすことで乱すこと。
 そしてもう一つは、その強襲に紛れて“本命”を潜入させること──。
「……どうやら第一段階は、上手くいったようだな」
 研究所(ラボ)内の奥深く。巡回していたサーヴァント達の姿がなくなったのを念入りに
確認してから、守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月、クルーエルと朧丸にそれぞれ同期した
皆人と國子が、彼女のステルス能力の解除によって現れる。物陰に隠れて息を潜め、ほうっ
と一先ずの安堵の呟きを漏らした。
「海沙と宙、大丈夫かな? 大江君や隊士の皆さんも一緒ではあるけど……」
「初動で如何に戦力を削れたかと、時間の勝負ですね。あまり長くはもたない筈です」
 もう正式にメンバーに加わっているとはいえ、睦月はやはり幼馴染達が心配だった。その
パワートスーツの横顔に、國子こと朧丸が淡々と言う。それはこのミッションに臨む、三人
全員が肝に銘じておくべき事実だった。
 ──鉄白馬形態(チャリオットモード)のデュークが、ド派手に敵アジトの天井をぶち破
って突入する。必然、そこを守るアウター達は、その姿にのみ注意を向けるだろう。
 睦月達はそこを突いた。予め三人だけが朧丸のステルス能力で手を繋ぎ、この騒ぎに乗じ
て研究所(ラボ)の奥深くへ潜入、可及的速やかに冴島達を救出する……というのが、今回
の作戦の全容だった。
 案の定、手薄になった研究所(ラボ)の深部を、三人は辺りに注意しながら進む。
 すると暫くして、一行の前に奇妙なものが現れた。淡翠の溶液に満たされた、大型のカプ
セル群が、ずらりと奥へ続く長い廊下の左右に設置されていたのだった。
「っ!? これって……」
「アウター、だな。しかも複数のモチーフを持っている個体に見える」
「例の“合体”アウターでしょうか?」
「おそらくな。この研究所(ラボ)は、その実験施設として使われているんだろう。冴島隊
長達を助けたら、此処も念入りに破壊しておいた方がよさそうだな」
 彼ほどの使い手を脅かすほどの個体が、量産されるようになったら困る。
 カプセルの中で眠るように浮かんでいる、見た事もない姿のアウター達を、皆人らは暫し
神妙な面持ちで見つめていた。敵も馬鹿の一つ覚えではないのだ。こちらが日夜研究・開発
を続けているように、彼らも新たな力を手に入れようとしている。
『……』
 一方でEXリアナイザの中のパンドラは、敵味方の違いあれど、カプセルの中で眠るこの
同じコンシェル達の姿に複雑な思いを抱いていた。
 哀しげに眉を下げる。酷いと感じたのは、これがまさに“命”を弄ぶ所業だと思ったから
だった。しかし自分達は、所詮データの塊でしかないのもまた事実……。
『っ! マスター、司令。この奥に複数の生体反応! これは……志郎達です!』
 しかしちょうどそんな時だった。彼女の感知能力に、覚えのある反応群が引っ掛かった。
睦月が、皆人や國子が、それぞれにハッと顔を上げる。
 指し示されたのは、進行方向奥のT字路。パンドラ曰く、その突き当たりにある部屋の中
から、冴島達の気配がするのだという。
 近くに巡回中のサーヴァントがいないことを確認しつつ、睦月達はその場所へと急いだ。
観音開きの扉に付けられていた、分厚い南京錠を朧丸の太刀で切り落とすと、三人──パン
ドラを含めた四人は、一斉にこの中へと突入する。
「冴島隊長! 筧刑事!」
「助けに来ました! 無事ですか!?」
 そこは、地図的には地下フロア。元々何かの倉庫か機材室だったのか、内部はだだっ広い
コンクリ敷きで、点々と貫かれている丸柱の幾つかに、冴島達が鎖をぐるぐる巻きにされて
捕らわれているのが分かる。
 筧の姿はなかった。既に別の場所に移されてしまったか、或いは……。
 だが、國子と睦月の声に、何故か冴島達は焦った様子でこちらを見返していた。ガチャガ
チャと身動きもままならぬ鎖を鳴らしながら、自分達に近付いて来ようとしている三人に向
かって叫ぶ。
「だ、駄目です! ここに来ちゃあ……!」
「駄目だ、すぐに逃げるんだ! これは罠だ!」
 しかし彼らが叫んだ時には、もう遅かった。冴島達の姿を認め、室内の中ほどまで駆け出
した睦月達の後ろで、バタンと大きく扉が閉まる音がした。苦渋に顔を顰める冴島達。ハッ
となって三人が振り向くと、そこには見覚えるのある人物が一人立ちはだかっていた。
「──」
 老紳士風の男、トーテム。
 そのかつて何処か飄々と、老成していた眼差しは、今確かに睦月達を強い敵意でもって見
つめていて……。


 再び、改めて対峙したトーテムの姿からは、以前よりも剣呑さが増したように見えた。
 睦月達は咄嗟に、背後の捕らわれたままの冴島達を庇うように、一歩正面に振り向き直っ
て身構える。元より全く戦闘をせずに済むとは考えていなかったのだ。幸い、相手は一人。
こっちは三人。今度こそと、睦月達はEXリアナイザと短剣、太刀をそれぞれに構える。
「馬鹿め。お前達の目論見など、とうにバレている」
 だがしかし、そこで一同は異変を目の当たりにした。静かに、されど秘めた敵意を濃く吐
き出すように呟いたトーテムが、デジタル記号の光を纏って怪人態に変身したのだ。
「──」
 その姿は……元々の苔むした石色から、全体に深い青に。
 睦月達は思わず、面貌の下で目を見開いていた。明らかに以前とは異なっている。纏う力
が、以前よりも大きくなっているような気がする。
(これはまさか……。だが、ならばその力を発揮する前に!)
 先手必勝! 皆人ことクルーエル・ブルーは、最初から激情の紅(テリブル・レッド)形
態になって装甲をパージし、蒸気噴き出す全身をそのままに、真っ先にその伸縮する刃を射
出した。
 こいつには一度、この状態で一撃を与えている。
 何か能力を出してくる前に、何処までも追尾して叩き潰す──!
『──』
 だが次の瞬間、トーテムは“トーテム達”になった。青いその身体が一瞬鈍くブレたかと
思うと、テリブルの刃が直進するその寸前で幾人もの姿に分裂し、これを避けたのだ。
「っ、増えた!?」
「これは……分身?」
 ずらりと睦月達を取り囲むように、円陣を作りながらあっという間に増殖──もとい分身
してゆくトーテム。
 皆人のテリブルが放った刃は、数度屈折を繰り返しながら、その元々の一体にヒットさせ
ること自体はできた。だがそれは、あくまで数多に分身した内の一体を吹き飛ばすだけで、
トーテム達全体にはまるでダメージが入っていない。一人分欠けた包囲の穴を、すぐにまた
別の隣の一体が、分身し直して埋めてしまう。
「……新しい能力、か。まさかとは思ったが、お前も例の新型になったというのか」
 伸縮した刃を手元に戻し、テリブル越しに皆人が呟く。
 トーテムは答えなかった。だが分身したままで一斉に杖を握り締め、強い敵意を向けてく
るそのさまは、肯定と言って過ぎるくらいの態度であっただろう。
「これで数もこちらが上。取らせて貰うぞ、バイオとヘッジの仇を!」
 トーテム改め、G(ジェミニ)・トーテム。
 従来の分離する身体と念動力に加え、無数に分身する能力を備えた“合成態”だ。一対三
をあっという間にひっくり返し、数の力と共に睦月達に襲い掛かる。
「くっ……! おわっ!?」
「こ、このままでは……。皆人様、私のお傍に!」
「そうも言って、られないだろう! この数を俺達だけでどう捌く?」
 次々に襲い掛かってくるトーテムの分身達。数に翻弄され、一方を防御されれば別方向か
ら杖の打撃を加えられるといったダメージを繰り返し、睦月達は防戦一方を強いられた。
 少しでも数を減らそうと各個撃破を試みるが、元々の身体を分離・浮遊させる能力を使わ
れて攻撃もろくに通らない。空振りする。その間に分離したパーツと分身が合わさって数は
益々増え、辺りはまさにトーテムの嵐とでもいうべき状況に陥っていた。
「司令、睦月君!」
 円柱に括り付けられたままの、冴島達が悲痛な声で睦月達の名を呼ぶ。
 幸いなのは、トーテムが彼らまで狙っては来ないということだ。もし人質として矛先を向
けられたら、こちらが益々不利になる。……いや、それ以上にこのアウターは、執拗なまで
に睦月を、守護騎士(ヴァンガード)を標的に据えて攻め立てているようにも見える。
「くそっ! 数が……。数が多過ぎる!」
 最初の一手でテリブルとなり、装甲をパージしたのが裏目に出た。
 ピンチの友や國子を守ろうとせども、攻撃の代償として薄くなった防御は、辛うじて回避
して掠めたダメージさえ、同期する皆人にその反動を容赦なく伝えた。繰り返し繰り返し火
花が散る。もう三人だけでは手に負えない。
「……お前だけは、お前達だけは、絶対に許さん!」
 そんな睦月達の姿を、トーテムは怪人態の目が血走るほどに見つめていた。自在に分離し
て飛び回る身体が、荒れ狂う暴風のようになって彼らを襲う。
 最初、バイオが斃された。次にその弔いと遺志を継ごうとしたヘッジが斃された。
 この人間達が自分達を倒すことを使命とする“敵”である以上、それは仕方がなかったの
かもしれない。だがそんな客観的な事実とは別に、トーテムは義憤(いか)っていた。長い
時間を共に過ごした盟友達の死を、この作り物の心は悼んでいた。
 ……彼らはただ、自由に生きたいと願っただけだ。そんな彼らに宿った“意思”すらも、
お前達は挫くのか? お前達人間の都合で生み出した癖に、そんな彼らの些細な願いすら、
踏み躙るのか?
 儂は憎い。お前達を恨む。
 人の世に紛れて、同胞たる若人らを見守って、それだけでもいいとあの頃は思っていた。
だが違う。根本的に、救われていない。
 仇を討とう。そして滅ぼしてやる。
 こんな理不尽な、人間達(きさまら)の世界など全て──。
「おおおおおッ……!!」
 次々に、一人また一人と分離していた身体を一旦元に戻して。
 トーテムと分身達は、浮かぶ中空から一斉に、この憎き仇らに向けて手をかざした。元々
備えていた、しかし“合成”を経てより広範で強力になった念動力で、辺りのコンクリ敷き
の床ごと彼らを押し潰す。
『……かはっ!?』
 空間それ自体さえノイズを食らったかのように歪み、激しく軋んで巨大な陥没を作る、見
えざる力の奔流の中で。
 睦月達は、彼の成すがままに地面に叩き付けられる。

 ……結局受け取っちゃった。どうすんの、これ?

 家に帰って来て、私は玄関の鍵を閉めると、そのまま自分の部屋に籠もった。
 親父とお袋はまだ帰って来てない。いつもの事だ。それはともかく、今は机の上に放り出
した例のリアナイザと睨めっこをしながら、頭を抱える。
『本当、一体私にどうしろっていうのよ……』
 あの高そうなスーツの男を、私は見た瞬間に何だか気に食わないと思ったのに。そもそも
TA(テイムアタック)ってのは基本対戦ゲームで、相手のいない私が持ってたって意味が
ないってのに。

『もし今を変えたいのなら、引き金をひくといい』
『君の願いは叶う』

 それでもこうしてあいつの差し出した手を、このリアナイザを受け取ってしまったのは、
心の何処かで期待していたからなのかもしれない。もし本当に、そんな無茶苦茶な願いが叶
うっていうんなら、悪魔だろうが何だろうが利用してやる。少なくとも“今”の生活がこの
先も続くなら、何か変化があるだけマシだった。
(……よし!)
 だから私は、引き金をひいた。正直話半分だったけど。それでも突然現れたこの日常の外
からきたものに、縋りたいっていうのが本心だった。
『ひゃっ!?』
 部屋の空いている方に向けた銃口。
 すると撃ち出された光球の中から現れたのは、一言で言うと化け物だった。蛇腹……って
いうんだっけ? そんな配管で身体がぐるぐる巻きにされた、片目だけで表情が殆ど見えな
い鉄仮面の化け物が私の前に立ってたんだ。
『──ヲ』
『っ! ……うん?』
『願イヲ、言エ。ドンナ願イデモ、叶エヨウ』
 最初はその見た目にびっくりして逃げ出しそうに、引き金から指を離しそうになったけれ
ど、そいつはゆっくりと口(?)を開いて言ったんだ。私は呆気に取られてたけど、本人は
大真面目なのか、その場に立ったままずっと答えを待ってる。少なくとも、私に危害を加え
ようって訳じゃなさそうだった。
『どんな、願いでも……?』
 だから私はぼうっと突っ立っていた。ぼんやりと、その一言がどうにも胸の中に染み込ん
でゆくようで、警戒心ってものがどんどん解きほぐされてゆくような心地がした。
 不思議と視界が濡れるように霞む。
 私の願い。私がずっと望んできたこと……。
『……私、は。私はなりたくない。私は、大人になんてなりたくないッ!!』
『了解シタ』
 するとどうだろう。この化け物は、次の瞬間私のおでこにちょんと指先で触れて、何かを
読み取り始めた。同時にその身体がデジタル記号みたいな見た目のノイズ──光みたいなも
のに包まれて、気が付いた時には全く違う姿になっていたんだ。
『……契約は完了したわ。これで、あなたの願いは叶う』
 歯車とか針とか、全身“時計”をモチーフにした怪物に。
 あと、喋り方が一気に人間っぽくなった。声も女の子っぽくなったのは、私が女だからな
のかな? 私、こんな嫌みな感じじゃないんだけど……。

 でも、それからの私の日常は文字通り一変した。私に付き従うこの時計の子が持つ能力の
お陰で、私はこれまでの退屈で閉じ込められた毎日から脱出することができたんだ。
 ──この子の能力。それは“時を止める”こと。
 軽く指を鳴らせば、軽く手をかざせば、それだけで私達以外の全てのものがピタリと静止
する。止まっている間は私が何をしようと動かないし、気付かない。
 最初は、ほんの数秒だけだった。
 でもこの子が能力を使ってゆけばゆくほど、成長してゆくのか、一度に止められる時間は
少しずつ確実に長くなっていった。それはもう取り憑かれるように、私はこのリアナイザで
彼女を呼び出しては、止まった時間の中を楽しむようになった。
 ……だって、周り全部が止まっているってことは、それだけ私が大人に近付かなくていい
ってことでしょ? 言葉の通り、あの憎き時の流れが止まってるってことでしょう?
 私は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。こんな夢みたいなことがあっていいのかと思った。
 でも、これは現実。間違いなくこの子が止めた時間の中を自由に歩き回って、時々気に食
わなかった奴らの顔に落書きしたり、お互いを喧嘩させるように細工をしたり。
 時の流れに、ただ私だけが抗えること。鬱陶しかった奴らを遮断できること。
 こんなに素晴らしい力が、あるなんて思わなかった。それもこれも、あのスーツ男が例の
リアナイザをくれたからだ。この子を生み出せたからだ。
『ふふ、ふふふ……。凄いわ、凄いわ! これで私はもう、怯えなくたっていい!』
 止まった時の中で、この子と、全てを支配したみたいな高揚感があって。
 この力があれば、或いは。もっともっと──。

 大量のサーヴァントと進化済みアウター、おそらくバイオ一派の残党との押し合い圧し合
いの大立ち回りを繰り広げていた仁達は、次の瞬間リモコンでポーズを掛けられたように、
この敵達と共々ピタリと静止して動かなくなった。
 スロースである。継ぎ接ぎだらけのテディベアを抱えた、ゴスロリ服の少女は、自ら止め
た彼らの中を一人悠然と歩きながら、デジタル記号の光に包まれてその本性を現す。
「──」
 時計をモチーフにした、機械仕掛けの怪人だった。
 差し詰め“時計塔(クロック)”のアウターとでも呼ぶべきか。柱時計を人型にしたよう
な本体の周りに、無数の歯車や時計の針、盤面や振り子といったパーツが武器や防具を兼ね
てちりばめられている。
 はあ……。人間態の時と同じように、彼女は大きく気だるげな嘆息をついた。その足は仁
らグレートデューク達の前で止まり、数拍小首を傾げて、聞こえている筈もないと分かって
いるのに、これに語りかけるように呟く。
「守護騎士(ヴァンガード)の姿がないって報告を受けた時点で、あんた達が囮だってこと
くらいは容易に分かったわ。大方ド派手な登場に仕方も、あいつをこっそり侵入させる為の
演出でしょう? あんた達の中に、姿を消せる能力を持つ奴がいるのは知ってるから、十中
八九そいつと一緒ね」
 カツ、カツン。自分以外誰一人微動だにせず、停止した時の中で、彼女はデューク達の前
を通り過ぎると、やはり気だるげに首を何度か左右に静かに揺らした。ちらっと肩越しに動
かない彼らを一瞥すると、その口元に小さく勝ち誇った笑みを浮かべる。
「守護騎士(ヴァンガード)達は、今頃トーテムが血眼になって片付けてくれてるわ。あん
た達には、あの時の借りを返してあげなくっちゃね?」
 次の瞬間、ザッとデューク達を囲むように、無数の歯車や針型の刃が中空に並んだ。され
ど時を止められたままの彼らにそれを知る術はない。フッとスロースは哂い、一歩また一歩
歩き出しながら、パチンと指を鳴らした。止まっていた時が動き出し、音も息遣いも、世界
のあらゆるものが一斉に本来のベクトルに吸い寄せられる。
「──っ?! これはっ」
 当人達にとっては、全くゼロの隙間に挿し込まれた攻撃。避けようなどなかった。
 仁や海沙、宙、隊士達に向かって、無数の歯車や針型の刃が一斉に襲い掛かる。至近距離
から雨霰と降り注ぐその攻撃に、仁達は抗う術をもたない。
「くっ……!」「きゃあ!?」
「ぐっ、があああああああーッ!!」
 激しく、凄まじい量で飛び散る火花。
 直後、それぞれのコンシェル達のダメージに対応する反動(それ)が、同期する彼らの全
身に、五感へと叩き付けられた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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