日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔96〕

 それぞれの講義の合間に。或いは放課後に皆で集まって。
 アルスやエトナ、ルイスにフィデロ、シンシア、及びゲドとキースの護衛コンビら解読班
は、梟響の街(アウルベルツ)のエイルフィード家別邸に避難させていた文献を、修理の終
わったルフグラン号に再び運び込む作業をしていた。
 現在のシンシアの住居である別邸内には、既に技師組らにより『陣』が敷設されている。
転送リングで荷物ごと船内に移り、設備棟の転移装置を経由して、解読の終わった文献達を
翠風の町(セレナス)の大書庫へ返却するという流れだ。
「ほいさっ」
「ほい。よっ、と……」
 面々の中で大柄なゲドとキース、或いはフィデロを中心として、箱詰めした文献達を一つ
また一つと手渡しでリレーしてゆく。船内には団員達が待機してくれており、そのままある
程度纏めた都度、同じく転送装置を起動させて大書庫へと転移・返却に向かう。
「しかし、何だな。こんな二度手間三度手間するんなら、始めっから向こうの執政館で作業
してた方が良かったんじゃねえか?」
「あはは……。ご、ごめんね? フィデロ君達にもいっぱい迷惑を掛けちゃって……」
「謝ることはないさ。僕もフィデロも、エイルフィードさんも、好きで手伝っていただけな
んだから」
「好きっ?! ……ま、まぁそうですわね。アルスの頼みですし、お兄さん達──“結社”
との戦いの助けになるのなら、是非もありませんもの」
「フィデロの言いたいことも分かるけどねー。結局解読は、こっちで終わったんだから」
 そうしてルフグラン号から戻って来たフィデロが、また次の箱を持ち上げながらごちた。
アルスが苦笑(わら)い、ルイスが力仕事に難儀しつつ、シンシアやエトナがそれぞれに妙
に焦ったり、宙に浮かんで皆を応援したりしている。
「だが実際問題、向こうに出ずっぱりって訳にゃあいかんだろう」
「館の地下に『陣』は敷いてあるがのう」
「そう……ですよね。部外者をほぼ毎日のように上げる格好になっちゃいますし。アルノー
さんは気にしなくても、その事を知ったら、町の人達がいい顔をしないでしょうし……」
 故に、同じように船内と邸内を往復するキースが、そう何の気なしで言った。アルスや他
の面々も、とうにそういった事情は理解している。
 すっかり自分達イコール“結社”に絡む疫病神扱いされることもままある点に加え、かつ
ては一度、翠風の町(セレナス)は実際に天瞳珠(ゼクスフィア)を巡って使徒達と戦闘に
なったことがある。その一件もあって、領民感情が悪く働くであろうことは容易に想像でき
たからだ。
「また攻めて来られても、困りますものね」
 そう肩を竦めるシンシアも、結局は何処が被害を被るかの違いでしかないとは内心解って
はいたが。事実──文献を狙ったとは言い切れないものの、作業拠点であったルフグラン号
が襲撃に遭ったのだ。なるべく“他者”を巻き込みたくはない。
「ま、それも今日で終わりだ。解読作業も済んだし、これを全部返し終われば、ミッション
コンプリートってな」
「ああ。来月には定期試験だし、間に合って良かった」
「うん……」
 言って、彼女やルイス、フィデロ達がちらっと横目を遣る。小さく首肯するアルスの横顔
が、先程からどうも暗く感じられていたからだ。
 いや、彼の様子の変化はそれ以前、リュノーが残した暗号の全文が明らかになってからの
ことだ。大量の文献の中に隠されていた暗号、先祖の意図が判明し、アルノーこそ『これで
僕達は役目を果たせたんですね……』と何処か安堵し、感慨深げだったが、それ自体と暗号
の“重さ”とはまた別の問題である。
 アルスはぎこちない笑みを繕いながら、終始複雑な表情だった。フィデロ達も、そんな友
の姿に、自らが解き明かしたメッセージに、場が気分がゆっくりと沈み込んでゆくのを抑え
切れないでいる。
(アルス君……)
(まぁ、無理もねえよなあ)
 ひそひそと、学友達は小声で囁き合う。
 解読の結果は先日、ヨーハンの下にも送った。まさかあんな事が書いてあるだなんて思い
もしなかった。自分達も、にわかには信じられなかった。

 ……もしかしたら自分達は、とんでもないものをこじ開けてしまったのかもしれない。


 Tale-96.聞け、内側の者達よ

『──とは言うものの、その為には先ず、順番を追って私の事から話さなければならない。

 もう後世には伝わっているかもしれないが、私はこの世界の人間ではない。もっと別の、
此処とは異なる世界から来た人間だ。こちらの人々の言葉では異界人(ヴィジター)と呼ぶ
らしい。ある時、目の前に現れた渦に呑み込まれて、気付けば此処に流れ着いていた。元の
世界に帰る方法も、その存在すらこちらではほぼ確認されていないと知った時、私は此処で
骨を埋める覚悟を決めた。幸い、水面下には私のような者達のコミュニティ──互助組織の
ようなものもあって、こちらの言語や文化など、日常生活を送るのにもう支障はなくなって
いる(神竜王朝とは実に善政だったのだなと思い知った一つだ)

 そんな“余所者”であるからだろうか。私はこの世界に来てからというもの、ずっとある
種の違和感を抱いてきた。それは視線──ずっと誰かに見られている、とでも言うべき感覚
である。しかし周りの、元々この世界で生まれ育った大多数の人々は、探ってみる限りその
ような心当たりはないようだ。そもそもそんな「疑問」を呈すること自体、発想として無い
のだと思われる。

 行く当てのない中、我が友ヨーハンと出会い、帝国から人々を守る為の義勇軍を結成し、
更に将軍──元帝国将校ハルヴェート・R(レイ)・バベルナ率いる解放軍に加わって。
 この世界における“正義の戦い”に身を投じることになっても尚、この違和感はずっと私
を見つめ続けてきた。いや寧ろ、無数の人々の声──剥き出しの感情行き交う戦場に長く身
を置いてきたからこそ、余計に研ぎ澄まされていったのかもしれない。少なくともこれは、
私がこの世界に流れ着いた後から始まったものだ。

 だが違和感は、実はもう一つある。
 それは「神」の存在だ。元々私のいた世界において、それはあくまで人間が自らを救う為
に生み出した概念に過ぎなかった筈だ。しかしこちらの世界において「神」とは、現実に存
在する者達である。神格種(ヘヴンズ)──遥か天上層に住み、この世界の創造に関わった
とされる古の民。人々から“信仰”される存在という点に関しては、元いた世界とそう違い
はない。実体として認知されているか否か、それだけの差と言ってしまえばそれだけだとも
言えなくはないが……。

 始まりの地とされる生命の源泉・霊界(エデン)から始まり、神界(アスガルド)を中心
に古界(パンゲア)と仙界(レムリア)の天上層、地上こと顕界(ミドガルド)から更に下
って魔界(パンデモニム)、器界(マルクトゥム)、幻界(アストラゥム)の地底層。そこ
から深淵に降りてゆくことで、生命の終点とその再生を担う冥界(アビス)へと至る──。

 実に九つもの「世界」から成るのが、この世界だ。巨大な樹を逆さにして、そこに多層の
空間が広がっているとイメージすれば分かり易いだろうか。
 最初、この世界のそんな“常識”を知った時、私は酷く衝撃を受けた。いわゆる異世界と
いう概念は向こうでもあるにはあったが、これもまた「神」と同じくあくまで空想上のもの
に過ぎなかった。単に私が元々いた世界では、観測できる技術がなかっただけなのかもしれ
ないが──それでも自明互いが繋がっているというさまは驚嘆に値するだろう。

 私は思う。このような構造は、予めそうなるように仕組んだ誰かがいると考えた方が自然
ではないのか? もしそんな存在がいるとすれば、まさに「神」だ。実際こちらの世界では
それを為したという「神」──神格種(ヘブンズ)達がいる。彼らは普段、天上に籠もって
人々と接触することは殆どないというが、それは何故か? 仮にも「神」と名乗る者達は、
世界を傍観こそせど、基本的に干渉してはならないというのか?
 ……そもそも妙な話である。彼らがこの世界を創ったというのなら、干渉云々以前の話だ
というのに。自身の抱く違和感と延々向き合っていると、いつもこのような袋小路にぶつか
ってしまう……。

 だからこそ、私は一つの仮説に行き着いた。私達が、人々が当たり前と思っているこの世
界そのものすらが、何者かにとっては観察対象──所詮「箱庭」でしかないのでは? と。
 異世界などという空想が現実にあって、私がそこへ迷い込んだという事実が何よりの証明
ではないか? 幾つもの世界──「箱庭」が大小に広がる。それは自然偶発的なものでは決
してなく、人々が「神」と呼ぶ上位の存在による“世界の製造実験”だとしたら? ならば
私達は所詮、フラスコの中を「世界」と呼んでいるに過ぎないのではないか? 尤も私のよ
うな異界人(もの)は、彼らにとってはある種の不純物のようなものかもしれないが……。

 何よりも、ここで根本的な問いが生じる。ではその「神」は何処から来たのか?
 私は考え続けてゆく中で、少なからず恐ろしくなった。もしかしたら彼らもまた、更に別
の上位存在によって造られたに過ぎないのではないか? 世界の始まりを遡らんと「神」の
領域に辿り着こうとも、その先に延々と“上”が在るのだ。或いはそこから更に並列分化が
在るかもしれない。延々と、始まりを求めるイメージは繰り返す……。

 正直言って、絶望しかない。
 どれだけ「異世界」に流れ着いて、その地の人々と共に一時代の為に戦って「英雄」など
と持て囃されようとも、本当に救いなど無いではないか。酷く虚しいだけではないか』


 もう随分と昔の話だ。魔人(メア)になる前、俺はボクサーだった。
 自分で言うのも何だが、破竹の勢いという奴だ。得意の剛拳を武器に、連戦連勝。一時は
チャンピオンに挑戦する一歩手前まで登り詰めていた。
 ……だがあの頃の俺は、解っちゃいなかった。ヒトの悪意も、やっかみという奴も。
 忘れもしない。それはタイトル戦がすぐ近くまで迫った、ある日の夜の事だった。日課の
走り込みをしていた俺の前に、武器を持った見知らぬ集団が現れたのだ。
 暴力沙汰は拙い。いや、正当防衛? しかし実際に殺意を込めて襲ってくる奴らに、俺は
拳を振るわざるを得なかった。本気で掛からなければ、やられる……。
 それこそ、最初の内は返り討ちにしていたのだ。だがその油断が結果的に、俺を引き返せ
ない所まで叩き落した。
 連中の仲間と思しき奴が、鋼車を飛ばして俺達の戦う中に突っ込んで来たのだ。これも作
戦の内だったのか、一転して散り散りになった奴らとは対照的に、俺はこの猛スピードで迫
り来る金属の塊に跳ね飛ばされた。
 ……だが、それだけじゃない。
 そいつは俺を跳ねただけじゃあ飽き足らず、もう一度Uターンして来たかと思うと、仰向
けに倒れていた俺の右腕をグチャグチャに轢き潰して行きやがったんだ。
 死んだかと思った。物理的にって言う以上に、心が。
 ボクサーにとって、拳は最大の商売道具だ。その片方が潰されたって事は、つまりその人
生を絶たれた事に他ならない。
 ……悔しくて、悔しくて、俺は倒れたままの姿で泣いた。奴らが去った後、ざあざあと雨
が降り始めたお陰で、少しはマシに見えたかもしれない。
 だがもう、俺は“絶望”していた。目の前が真っ暗になった。
 これは後々判った事だが、連中を差し向けた黒幕は大会の主催とチャンピオン側の者達だ
ったらしい。考えてみればあり得た話だ。とにかく馬鹿の一つ覚えに殴って、勝ち続けてい
た俺は、大会を“演出”する主催側からすりゃあ面白くなかっただろうし、チャンピオンの
周りの連中も、タイトルを奪われることを怖れていたのだろう。尤も、手段は論外だが。
 異変は……ちょうどそんな失意の中で起こった。
 “この世界は、既得権を握った奴らのもの”──雨の中、奴らを、ひいてはこの世界全て
を恨み始めた俺に引き寄せられるように、夜闇から大量の黒い靄が迫って来た。
 あれは間違いなく瘴気だったのだろう。そいつらはまるで意思を持つように俺を包み込む
と、気付いた時には俺の身体を魔人(メア)に変えていた。
 最初、その事実をすぐには受け止められなかった。確かにその再生能力でグチャグチャに
なっていた右腕も身体中の怪我も、全部元通りに治ってはいたが、それ以上に失ったものが
多過ぎた。
 ……表向きには、俺は事故で死んだことになっていた。それも予め連中の計画の内か、或
いは慌てて揉み消しに走ったか。
 だが、もうどうでもいい。少なくとも魔人(メア)と化した俺は、もう表舞台では活躍で
きなくなったのだから。
 そうして裏社会を彷徨うようになって暫くした頃だ。
 ある日“結社”が、俺をスカウトしに来たのは。

『──では、轟雷鎚(ミョーニル)を回収して来い。今度こそは……しくじるなよ?』

 求められたってことが嬉しくて、つい伸ばされた手を取ったってのもある。
 でも結局は、此処も自分の居場所にはならなかった。組織いう形である以上、上位の存在
が俺を縛ってくるという現実には、変わりなかったんだから。
 でも、もう元には戻れない。地下礼拝堂から戻って来た俺達に、“武帝”がそう命じて向
けてきた眼が、今でも脳裏の中からチラついて剥がれない。
 ……どうなんだろうな?
 戦い続ければ、大命が果たされれば、世界はひっくり返る。そうすれば、少しは俺もあの
頃よりは救われたと思えるんだろうか?
 そう信じて、進むしかない。戦い続けるしかない……。

「──おおおおッ!!」
 ボナロの廃坑道地下、破壊された封印廟内部。
 自らを聖浄器・ミョーニルの化身と名乗る筋骨隆々のゾンビに、グノーシュとガウルは戦
いを挑んでいた。繰り出された斬撃を、死者の身体とは思えない分厚い腕が受け止める。
 ダン達南回りチームからはグノーシュ、使徒三人組からはガウルが代表としてそれぞれ手
を挙げ、自らの力を示すべくこの化身との戦いを繰り広げる。
 仲間達はそれぞれ、はらはらしながらこの激しい攻防のさまを見つめていた。武器に全身
にオーラを滾らせ、繰り返しミョーニルに向かってゆく二人だが、それらを彼は全てその屈
強な肉体と雷を纏う大鎚で防ぎ、尚且つ電撃を込めたカウンターを打ち込んでくる。
「クッソ!」
 そんな得物故、大振りになりがちな一撃を、ガウルは敢えて懐に飛び込んでかわしながら
の攻勢に利用した。散る電撃の火花が頬や身体を掠めるのを堪え、全力の霞むような拳打を
叩き込む。
『……』
 だがミョーニルには、まるで通用していなかった。致命傷どころかダメージにさえなって
いない。拳の衝撃が靄を上げるのもそこそこに、もう片方の腕で掬い上げられるように反撃
を貰ってしまう。「がっ──!?」ガウルは一瞬白目を剥きかけた。そのパワーは勿論の事
ながら、相手の振るう得物は聖浄器。彼ら魔人(メア)にとっては天敵なのだ。
「どっちを見てんだよ、ゴラァ!」
 そこへ持ち霊(ジヴォルフ)達と、《雷》を纏ったグノーシュが襲い掛かる。
 激しい雷光が辺りに迸り、その風圧に仲間達が思わず手で庇を作った。……しかしそんな
一撃でも、ミョーニルの化身は軽く防御した腕を焦がしたに留まり、ガウルに続いて彼の身
体も、その大鎚でもって豪快に弾き飛ばす。
「あがっ……!」
「邪魔すんな、引っ込んでろ!」
 再度入れ替わるように、ガウルが《双》の分身と共に連携して攻撃を仕掛けるが、ミョー
ニルの屈強な肉体はびくともしない。左右前後から打ち込まれる拳の連打を受けるがままに
されながらも、次の瞬間ぐるんと大鎚を回転させ、これを分身共々吹き飛ばす。
 聖浄器の魔力に中てられ、分身の方が水風船のように弾け消えた。
「っ、グノ!」
「グノーシュさん!」
「ガウル!」
「……拙いな。ただでさえ聖浄器というだけで、こちらが一歩不利だというのに」
 ごろごろと決して足場の良くない──寧ろ骸骨だらけの地面に転がるグノーシュとガウル
に、ダン達やイブキ、フォウといったそれぞれの仲間達が叫ぶ。
 状況は宜しくない。流石は相手は聖浄器そのものと言った所か。同じ電撃の力でもグノー
シュはパワーが不足しているし、ガウルは魔人(メア)故に、相手との相性が悪い。
 壁際近くで大きく息を切らしている二人、傷だらけのガウルを見つめながら、イブキがじ
れったいように言う。
「もう、何であんなに苦戦しているんですか。確かに聖浄器持ちというのは厄介ですが、相
手は所詮ゾンビでしょう?」
「ゾンビだから、とも言えると思いますがね。こちらのように生者ではない分、疲労も感じ
ない。多少の傷では止められない。それに……ふむ」
 目をそっと細めて。応えるように。
 フォウが暫く、ミョーニルを観察するように見つめてから呟いた。
「なるほど。どうやら、大量の電気で全身を活性化させているようです。生体電流の操作、
ですか。あれが轟雷鎚(ミョーニル)の特性のようですね」
「……へえ」
 しかしである。その言葉を聞いていたのは、何も傍らのイブキだけではない。
 幅広剣を杖にしながら、グノーシュがゆっくりとその場から立ち上がった。ガウルと同様
に、その身体は繰り返しのぶつかり合いでかなりボロボロになっている。だがその目に宿る
光は、彼の言葉を受けて寧ろその強さを取り戻したかのようだった。
「グノ……?」
「電気で自分を強化、か。なら俺もそれが出来れば、あいつと同じレベルに立てる訳か」
 ダン達が、イブキや呟いたフォウ当人が怪訝に目を瞬き、或いは見開いている。大鎚を肩
に担いで睥睨してくるミョーニルを正面に、グノーシュは自身の《雷》と化すオーラを大き
く練ってから、一転して自らの内側へと押し込め始めた。
「っ──?!」
「おおっ!」
『……。ほう?』
 はたして、彼の試みは成功したのだった。迸る大量の電撃のオーラが、しかしてその体内
に多く取り込まれ、パンッと拳で拳を握った自身の力を大きく向上させている。
「よし、出来た。……じゃあぼちぼち、第二ラウンドといきますか!」

 切り離されたワーテル島の外郭。
 本体との繋がりを失った黒瘴気や異形の残党達と戦っていたミザリーら北方部隊の前に、
上空から白衣の女ことシゼル・ライルフェルド率いる“結社”の軍勢が現れた。飛行系の魔
獣達に乗って、黒衣のオートマタ兵らや狂化霊装(ヴェルセーク)、かなりの数がこちらを
見下ろしているのが確認できる。
「あれは……」
 ミザリー以下その場にいた面々が、思わず空を仰いだまま身構える。
 直接会ったことはないが、確か彼女は聖都(クロスティア)にて、ジーク達と聖浄器を巡
って争ったという“結社”の上位存在。本来なら二百年以上前、七十三号論文事件の際に命
を落とした筈の、かのライルフェルド博士その人だ。
(本当に、生きていたのね……)
 “聖女”騒動の顛末を聞いた時は、にわかには信じられなかったが、現にこうして軍勢を
率いて目の前に現れた以上、もう否定する必要性は無くなった。ただ確かなのは、彼女が今
や、世界にとっての明確な「敵」となってしまったという事……。
 先制や牽制と言わんばかりに撃ち込まれた攻撃魔導の跡を周りに残しながら、両者は暫し
互いに睨み合った。『どうした? 何があった?』『また新しい“結社”が出てきたよー』
通信の向こうでセキエイやリリザベートが、交戦の剣戟や爆音を背に話し掛けてくる。
『──』
 だがしかし、先に動いたのはシゼル達の方だった。
 ついっと、まるで先程まで睨み合っていたのが嘘──実際、時間にして数秒──だったか
のように、軍勢を率いてその矛先を尚も眼下で蠢く黒瘴気達に向けたのである。
 やりなさい。そして次の瞬間、そう合図するかのようにバッと片手を振るい、飛行系魔獣
とその上に乗る面々から、再び大量の攻撃魔導が発射された。
 轟、轟と着弾の度に衝撃と爆音が上がる。あんなに四苦八苦していた黒瘴気の残党達が、
いとも容易く吹き飛ばされてゆく。
 加えてその空爆よろしい攻撃の中に、灰色の光線──反魔導(アンチスペル)が交ざり始
めた。こちら側の戦い、作戦を、予め観察していたのだろうか。
「ミザリー様」
「ど、どう致しましょう?」
「……。そうね」
 すわっ、敵の加勢か。そう思って身構えたものの、どうも彼女らはこちらとやり合う気は
無いらしい。寧ろ歯牙にも掛けず、あくまで黒瘴気の後始末──“痕の魔人(メア)”こと
元使徒・ヘイトの討伐に改めて割り込んできたという感さえある。
「おお……!」
「凄い。あの黒いブヨブヨが、あっという間に片付けられてゆく……」
 文字通り上空からの焼き払うが如き攻撃のさまに、現場周辺の巻き込まれ、避難していた
市民達は、あちこちから徐々に歓喜し始めた。
 この状況を打破してくれるのなら、誰だっていい。意固地になって、なぶり殺しにされて
しまえば元も子も無い……。
「万歳、万歳ー!」
「よっしゃあ、これで助かるぞー!」
「ははは! やっぱ凄ぇや、“結社”ってのは!」
 その中には、さも助けに来てくれたシゼルらに対して、礼賛を始める者まで現れる始末。
 彼らの声はどうしても遠巻きだったが、ミザリー達もその変化には少なからず気が付いて
いた。元よりここ地底層は独立独歩の気風が強いとはいえ……。肩越しにそんな無数の声を
振り向いて見つめながら、一同は正直ドン引きする。
「何を呑気なことを……。相手はテロ組織だろうに」
「自分達が助かりさえすれば、誰でもいいってか? まったく、こっちの苦労も考えて欲し
いモンだよ」
「……」
 ミザリーは周囲の、通信越しの他の仲間達の状況も随時耳で確認しながら、じっとそんな
部下達のぼやきを聞き流すように空を眺めていた。上空からシゼルらが、まだ現在進行形で
黒瘴気の残党達を次々と淡々と処理している。
 敵の敵は味方、という奴か。その実は単に内輪揉め──組織内の“裏切り者”を討伐しに
来たに過ぎないというのに。
『──』
 更に、これらの反応は別にも波及した。
 他でもない、当のシゼルである。彼女は飛行系の魔獣の上で、眼下の礼賛の声に気付いて
こちらを振り向くと、刹那あからさまに眉間に深い皺を寄せていた。一見温和そうな女性と
いう傍目からの印象ががらりと変わる。
「ぎゃっ!?」
「ひ、ひぃぃーッ!?」
「こっ、攻撃が飛んできたー?!」
 よりにもよって、その眼下に放っていた攻撃魔導の一部を、この礼賛を向ける市民達の方
に向けて放たせたのである。
 ミザリーらが思わず驚愕し、青褪めた。彼らが避難していた高台の建物が、いとも容易く
攻撃を受けて掠って、轟音と土埃、瓦礫を撒き散らす。
「……」
 あからさまに不快感を示しながら、上空のシゼルは吐き捨てるように言った。
「勘違いしないで。私達は“世界を救う”者。ヒトを救う者じゃない」
 調子に乗っていた、と言ってしまえばそれまでなのだろうが、思わぬとばっちりを受けた
市民達は少なからずあんぐりと空を見上げていた。ある者は腰を抜かし、ある者は物陰に怯
えて隠れ、唆した者達が誰からともなく非難の眼差しと口撃に遭っている。
「私は決して忘れない。かつて、貴方達が私にした事を」
『……』
 淡々と、一ミリも余地なく突き放すように。
 もくもくと方々で上がる煙。ミザリーらは神妙な表情で、内心だから言わんこっちゃない
と、この今や人類の敵となった才媛を見つめる。

「ヴォ……アァァァァーッ!!」
 ワーテル島、空間結界内部。黒瘴気の迷宮中枢。
 自ら練り出した瘴気を更に纏い、巨大な漆黒の異形と化したヘイトの猛攻が襲う。無数の
鉤爪状の脚が、重鎧の男や使徒達、或いはこの場に突入してきたヒュウガ・ウル以下討伐軍
の面々を巻き込まんと怒涛の土煙を上げてゆく。その姿は、全身を分厚い黒瘴気に覆い尽く
され、最早ヒトだった面影すらない。
「まったく……。破れかぶれとはスマートじゃないね」
「言ってる場合か。エク、リュウゼン、離れてろよ!」
「う、うん!」
「言われずとも」
「過程が良く分からないけど……。どうやら、大分追い詰められているみたいだねえ」
「らしいのう。ならばこのまま、奴の化けの皮も首も、取ってしまうまで!」
 一見すれば、猛烈な速さで叩き込まれ続ける鉤爪の嵐。
 だがそんな中を、使徒達やヒュウガ、ウルといった双方の主力級の面々は、全てをギリギ
リの所でかわし続けていた。
 フェイアンがひらりと舞うように動き、剣を走らせて鉤爪を巧みにいなす。同じく常人を
遥かに越える魔獣人(キメラ)の身体能力で、バトナスがこの相棒の余裕綽々ぶりに苛立ち
つつも、後方のエクリレーヌや“天地創造”を維持するリュウゼンを肩越しに気遣う。
 ヒュウガやウルも、《雨》で集めた赤黒い飛沫を刃に纏わせて強化し、或いは右腕に装着
した大鉈の具現装(アームズ)で何度も身を捌いて弾き返しながら、そうやり取りを交わし
ている。
「ひえっ!?」
「あわわ……!」
 グレンとライナは、双方の部下達を守って二人のフォローに回っていた。ヘイトの射程圏
からやや距離を置き、それでも時折飛び火のように襲ってくる黒い鉤爪達を《炸》を込めた
大剣で爆ぜ返し、或いは《磁》で形成した鉄塊の両腕でガードし、叩き潰す。
「こりゃああんまり、長居はしたくねえなあ」
「そうねえ。徒党を組んで来たのが裏目に出ちゃったかも……」
 “結社”の連中はともかく、兄や首領(ドン)達は容易く避けているように見えるが、生
半可な技や見氣では立ち所に命を絶たれるのがオチだ。
「……“自力”を出したと思えばこの程度か。巨大化すれば勝てるとでも思ったか?」
 その間も、重鎧の男率いる使徒達と、ヒュウガやウルが、まるで競い合うかのようにこの
巨大な異形と化したヘイトに攻撃を加え続けていた。
 雨霰と叩き込まれる鉤爪の連打を避け、瘴気の黒皮を裂く。背面から闇色の追尾弾、牙を
剥く口から極太の光線が放たれるが、皆これをことごとく叩き落し、或いはかわす。真正面
から飛んでくるその一閃も、フェニリアが炎の使い魔達を肉壁代わりにして防ぎ切る。
「兄貴を援護しろ! 数で負けてらんねーぞ!」
「反魔導(アンチスペル)隊、どんどん後ろに回して! あの瘴気を少しでも早く!」
 後方からは、グレンとライナの指揮を受けた討伐軍の面々が、反魔導(アンチスペル)を
中心とした援護攻撃を放ち続けていた。「俺達もいますぜ!」「首領(ドン)、やっちまっ
てくだせえ!」連合という形で彼らと共闘する各門閥(ファミリー)の荒くれ達も、負けじ
とこれに加わっている。
「諦めろ。お前じゃ、俺には勝てない」
「オ……オアァァァァァーッ!!」
 そして、鉤爪の脚達を次々に足場代わりにして、重鎧の男が跳んだ。片手に握った大剣を
大きく振りかぶり、濃密なオーラと《覇》を込める。生じた風圧がヘイトを守る分厚い瘴気
の皮を激しく揺さ振って引き剥がし、その胸元と顔半分を露わにした。
「──!?」
 驚愕する表情(かお)。そこへ重鎧の男の剣閃と、ヒュウガの赤い《雨》の投槍、ウルの
左腕に出現した大砲型の具現装(アームズ)が一斉に狙いを定め、放たれた。
 爆発があった。直後二人分の斬撃と射突が、真っ直ぐにヘイトの本来を捉える。
「ガッ、アアッ……!」
 激しく血飛沫を撒き散らして、大半を、多脚の異形に埋もれさせたその身を大きく仰け反
らせてふらつく。ズズ、ズンッと、何度かその巨体を揺らして、本体も大きく口から大量の
鮮血を吐き出していた。
「……」
 連撃も退き、着地した使徒達とヒュウガ、ウル。
 その中で更に先頭を行き、大剣をゆらりと肩に担いだまま、重鎧の男はこの切り裂かれ串
刺しにされたままの元使徒へと改めて近付いてゆく。
「無様なモンだな。組織の大命にさえ従っていれば、こんな事にはならなかったものを」
 ヘイトはもう、文字通り血塗れだった。虫の息一歩手前と言っても良かった。
 それでも尚立ち続けているのは、彼もまた魔人(メア)である故か。いや、それ以上に、
こちらに向けてくる尋常ではない憎悪が彼を支えているのだろう。キッと見上げてきたその
ボロボロの表情(かお)には、尚も敵対を諦めない感情がありありと覗いていた。
「……。っ──!」
 そんな時である。激しく肩で息をしていたヘイトが、次の瞬間、弾かれたようにまだ残る
鉤爪で目の前を薙ぎ払った。重鎧の男、使徒達やヒュウガらが咄嗟に避け、手で庇を作った
が、どうやら目眩ましだったらしい。その隙にヘイトは、半壊した異形の身体を引き摺り、
こちらに背を向けて走り出していたのだった。
「チッ。逃げやがったか」
「無駄よ。ここはもう結界の中だっていうのに」
「ヘイト……。あんた、一体どこまでそうやって……」
 土埃を払い除け、重鎧の男達がおもむろに駆け出す。
 セシルの舌打ちと、フェニリアの嘆息、アヴリルの神妙な呟き。
「首領(ドン)」
「ああ。儂らも追うぞ。総員、攻撃体勢! これ以上奴らに先を越されるな!」
 ヒュウガが後方のグレン達を一瞥し、ウルが頷きながら指示を飛ばす。ザクザクと、控え
ていた部下達が一斉に動き出す。
 ヘイトは背後の黒瘴気の壁をぐにゃりと開け、そこから逃げて行ったようだ。また場所を
変えられて篭城されたら堪ったものじゃない。両陣営がそれとなく牽制し合いながら、彼の
姿を追って走る。
 ……だがしかし、肝心の本人はあっさりと見つかった。黒瘴気の迷宮中枢の裏手──内裏
に相当すると思われる一角に、彼はこちらを向いて立っていた。辺りは空間結界の石廊にも
混ざり切っておらず、ぽつんと簡素な塔だけが建っている。
「ふふふ……」
 使徒達が、ヒュウガやウル以下討伐軍連合が、これに慎重ににじり寄る。
 にも拘らず、当のヘイトは寧ろ口元に小さく弧を浮かべてさえいた。その外見は半壊した
瘴気の異形と深手を負ったままだが、彼はその黒化した左手をすぐ傍にあった翠の溶液入り
のカプセルへと突っ込んで破壊。中から保存されていたある物を取り出す。
「──!?」
 それを見て、真っ先に明らかに動揺していたのは重鎧の男だった。
 先程までの不敵な威圧感が、少しだけなりを潜めた気がする。だがそれも一瞬で、すぐに
その眉間には深い皺が寄る。それを横目に見ていたルギスらも、数拍じっとこれを確かめる
ように見遣ると「……まさか」と、誰からともなく小さく呟いた。
 ヘイトが握っていたのは、一本の短剣だった。
 柄や刃の腹に緻密な細工が施された、投擲用の小剣のようだった。
「そう、そのまさかさ。『自在鑓ブリュンナク』──かの十二聖が一人“千面”イグリット
が使った聖浄器だよ!」
 あはははは! その宣言に、現実に驚愕する使徒やヒュウガ、ウル達を見渡して、ヘイト
がそう高らかに笑った。重鎧の男が、じっと唇を噛んで押し黙っている。これを睨み付けて
いる。相手はまだ、隠し玉を持っていたのだ。
「お前……」
「ははははは、いい顔だ! そうだよなあ? 忘れる筈ないよなあ? 一度は自分を追い詰
めた連中の武具だもんなあ? こいつを手に入れるのも……苦労したんだぜ?」
 既にボロボロの身なのに、尚も優位に立とうとする執念。そんな彼に、重鎧の男は多く語
る言葉を持たない。だが一方でヒュウガやウル、グレンにライナ以下討伐軍連合の面々は、
彼ら以上に目を見開き、思わずその横顔に目を遣っていた。
 ちょっと待て。その言い方だと、つまり……。
「この投剣は、術者の魔力(マナ)が続く限り半永久的に増殖し、追尾する! その分一本
一本の威力は落ちちまうが……数の力があればどうってことはない!」
 自在鑓(ブリュンナク)は聖浄器だ。魔人(メア)にとってはまさに毒に等しい。
 だがヘイトは、それも承知でこの武具に手を出した。発動すべくオーラを込めた瞬間、溢
れる聖気に手を全身を焼かれそうになるが、それでも纏う瘴気の黒皮を肉壁にしながら握り
締めて、大きく頭上に掲げ、叫ぶ。一同が弾かれたように、引き攣ったように見上げる中、
刹那その本来の力が解放される。
『──』
 無機質な空に、無数の投剣。
 ずらりと並んだ鋭い刃が、一糸乱れずこちらへと狙いを定めている。
「死ねェェェェーッ!!」
 最早狂気に呑み込まれた、ヘイトの振り下ろした手。
 それを合図に重鎧の男──“武帝”オディウスと使徒達、或いはヒュウガやウル以下討伐
軍連合の面々に向かって、数え切れないほどの刃が一斉に、雨の如く降り注いで──。


『さりとて……嘆くだけでは何も進展はしない。だから私は、この命が続く限り、自分に出
来ることを遺すと決めた。

 此処でこのメッセージを読んでいる君に問いたい。君は私と同じ異界人(ヴィジター)だ
ろうか? それともこの世界で生まれ、この世界で育った人間だろうか?
 他ならぬ、この世界における「魔導」についてだ。知っての通りこの不思議な技術体系は
今日、この世界の文明を、人々の暮らしを支えるなくてはならないもの──その存在自体が
“常識”として受け入れられている。

 だが、私が異界の生まれだからとでもいうのか、私は常々疑問だった。
 魔導の力の源は魔力(マナ)だという。ではそれらは“何処から供給されている”のか?
 専門書を紐解いてゆくに、魔力(マナ)とはこの世界に満ち溢れている生命エネルギー、
掻い摘んで表現するなら「魂の奔流」だ。この奔流を、一般に魔流(ストリーム)と呼ぶ。
魔導を修め、魔力(マナ)を視る力を高めた者でなければ、そもそもこれらは視認すること
さえ難しい。
 魔導の歴史は大きく分けて、今──私がこの暗号を残している現在から数えて六千二百年
ほど前に起こった「魔導開放運動」より以前と、それ以降に分かれる。それまで魔導は幾つ
かの魔導使いの一族によって担われていた、独占的な技術だった。それが「魔導開放」運動
によって広く世の人々に伝えられ、より効率の良い術式群に改良された。
 後に“大盟約(コード)”と呼ばれるそれは、今日の魔導の基本、大前提となっている。

 戦友(とも)達と共に、ゴルガニア帝国を倒して早数十年。私は幾許かの財産と己の余生
を使って、これら世界の“常識”について調べ続けた。やはり異界の人間である私は、この
世界に対する違和感を払拭できなかったのだ。
 “大盟約(コード)”、そしてこの世界の成り立ち。私は古今東西の文献を可能な限り取
り寄せては読み漁り、その「答え」を探し続けた。それが私の、多くのものを犠牲にしなが
らようやく軌道に乗り始めた、今の「平和」を造り上げた者のしての償いだと思って。

 そうして少なくとも二つ、判った事がある。
 一つは“大盟約(コード)”とは精霊族との「契約」ではなく、れっきとした「装置」で
あるということ。魔導の運び手である彼らと“共に紡ぐ”のではない。彼らに“紡がせる”
のがその本質だというのだ。……だからこそオディウス──私達が戦った、帝国最後の皇帝
は、国を挙げて足掻いていたのだろうか。魔導に頼らず生きてゆける道を探る。その結果と
しての圧政と、機巧技術の推進だったのだとすれば、一応辻褄は合う。
 そしてもう一つは、この“大盟約(コード)”が、この世界中どころか“外の世界”から
すらも魔力(マナ)を引き込んでいるらしいということ。そもそも「装置」として厳重に運
用されるようになったのは、ひとえにこの作用の為だというのだ。
 ……私の疑問は、ある意味最悪の形で解消された。一体何処から? などという悠長な構
え方ではいけなかったのだ。私達がこうしている間にも、かの古代の装置はこの世界の内外
から大量の魔力(マナ)を引き込み続けている。「魔導開放」によって爆発的に増大した、
魔導師人口とその需要を満たす為に。

 外の世界からも、魔力(マナ)を引き込んでいる。
 それは即ち、私達のような異界人(ヴィジター)を、この世界に迷い込ませている一因で
はなかろうか? 私は戦慄した。何よりそんな無茶をし続けて、何ともない訳がない。この
世界も巻き込まれた外側の世界も、いわば魔流(ストリーム)が外圧によって恒常的に歪め
られていることになるのだから。
 ……もしかしたら歴代の皇帝の邁進も、近年勢力を拡大しつつある“結社”の暗躍も、こ
の為ではないのか? かねてより帝国は魔導に頼らない世界を目指していた。一方“結社”
も、そのやり方はやはり乱暴と言わざるを得ないが、スローガンとして「世界を在るべき姿
に戻す」という名の懐古主義を掲げている。……そういう事なのか? じわじわと、しかし
確実に世界を股に掛けた軋みは将来、途方もなく大きな災いを招く筈……。

 加えて密かに調査を続けた結果、どうやらユヴァンが“結社”と関わっているらしいとの
情報を得た。……やはり生きていたのだ。彼とオディウスの遺体を結局見つけられなかった
のも、にも拘らず二人の「死」を戦いの終結に利用したことも、私の判断だったが、もしか
しなくともこれは、そんな当時の私達に対する復讐なのかもしれない(許せ、友よ)

 私は少なからず迷った。彼を止めるべきかどうか。やっと帝国から解放された人々の享受
する「平和」を、他ならぬ私が水を差してしまってよいものかどうか。
 確かにこの世界は、元いた世界は、上位者(だれか)のフラスコの中でしかないのかもし
れない。だが、そんな此処で息づく命は紛れもなく本物だ。私は、見捨てたくはない……。

 長年の調査活動に反比例して、年老いてゆく身体。
 私に残された時間はあまり長くはなかった。しかし、出来ることはまだ残っている。
 そしてある時、遂にかねてより続けていた粘り強い交渉が実を結んだ。私はとある「神」
から、この世界にまつわる重要な証言を聞くことができたのだ』

 おおおおおッ!! 全身に《雷》のオーラを内包し、白く黄金に発光するグノーシュが、
次の瞬間ぐっと地面を蹴った。
 生体電流を操作した、肉体強化。一瞬その動きを目で追えないほどの速さで、彼はミョー
ニルの化身の懐へと肉薄する。
『──!?』
 それまで悠然と、強者の余裕を浮かべていたミョーニルが、明らかに焦って見えた。咄嗟
に大鎚をかざしてグノーシュの幅広剣を受け止めるも、今度は弾き返し切れずにズズズッと
その場で踏ん張ったのだ。
 拮抗し始めていた。二人はお互いに生体電流の強化を纏いながら、二撃目三撃目と次第に
加速をつけながら激しく打ち合い出す。そんな中で、グノーシュは吼えていた。
「てめぇはよ……戦う為に戦うっつってたがよ……。そんなの、論外だろうが!」
 剣と大鎚というモーションの差を利用し、更には持ち霊(ジヴォルフ)達の援護攻撃を受
けながら、最初弾き返される一方だったこの化身から優勢を取る。
「──」
 非難だった。彼の戦いを求めるというその姿勢を、激しく詰っている。
 出遅れる格好で、ガウルがその場からよろよろと立ち上がった。自分を置いてより高みの
戦いを始めている彼の後ろ姿を、横顔を、半ば呆然とした様子で眺めている。
『ふん……。笑止。それを承知で、彼奴(きゃつ)は我と契約したのだぞ?』
「分かってらあ! だからそれを解っててでも、テュバルや他の十二聖達は、聖浄器っつー
ハイリスクな力を借りたんだろうが! 守りたいものがあったんだろうが! あの頃の閉塞
感をぶち破って、平和を実現したかったんだろうが!」
 拮抗──押された始めた状況に思わず小さく目を見開きつつも、ミョーニルはそれでも鼻
で笑った。だがそれが、グノーシュの剣撃と雷光を、更に研ぎ澄ます結果となる。
 眩しい残像を描きながら、彼の剣閃が上下左右から次々に叩き込まれた。或いは大鎚の反
撃をいなしたり、かわしたり。彼の吐き出す思いと連撃の勢いは止まらない。
「だったら何で……戦いの後、器界(こっち)に来た? 地底の人達を守り続けた?」
 グノーシュ曰く、解放戦争が終結した後も、テュバルが各地で仲間達と共に転戦していた
のは、他でもないその平和への願いだった筈だと。
 彼はあくまで人々を“守る”為にその力を振るい続けたのだ。
 やがて轟雷鎚(ミョーニル)を封印し、手放したのも、万が一の悪用を防ぐ為であったろ
うし、何より自分達が道筋をつけた平和な時代に、もう使われるべきではないと考えたから
ではないのか? と。
「確かに、てめぇを手に取った際の“契約”を反故にしたのはアレかもしれねぇがよ……。
だが、戦って戦って……その後に一体何が残るっていうんだ!」
 バキンッ! 幾度目かの弾き合いが起こり、互いの雷光が辺りに散った。互いにふわりと
軽く宙を舞い、やや距離を置き直して着地する。
 そう語るグノーシュの横顔は、何処か寂しげだった。辛そうだった。「グノ……」かつて
の相棒であったダンが、同じくハラハラした様子でこれを見守っている仲間達の中で、そう
小さく呟いている。
 おそらくそれは、自分達がまだルーキーだった頃、血の気の多さからあちこちで暴れ回っ
ていた経験を指しているのだろう。若気の至り、と言ってしまえば詮無いが、少なくともそ
の所為で、ダン自身は愛した人と別れざるを得なかった。要らぬ殺生と、戦友達の死を増や
してしまった。
『……易い陶酔だな。臆して、何が戦士か!』
「うるせえ! てめぇこそ何も解っちゃいねえだろ! 自覚しろって話だ。お前自身は満足
かもしれねぇが、その為に巻き込まれたり傷付いたり、失われたりするものがある!」
 されどミョーニルの化身は改めない。もう一度、グノーシュは雷光を纏ったままダンッと
地面を蹴る。
「たとえ避けられなくても……そうしたものを一顧だに出来ないような奴が、強くなんてな
れるか! 高みになんて登れるか!」
 生体電流で限界まで強化された互いの肉体がぶつかり合う。再び激しい雷光の迸りと、数
度の打ち合いが二人の周りで弧を描いた。ぶつかり合って、空間を大きく揺るがす。
「──っ」
 そんな彼らのやり取りを見ていたガウルが、密かに独りハッと目を見開いていた。見開い
て、次の瞬間ギュッと自らの唇を強く結んでいた。
『ぐっ……!?』
「おお、おおおおおーッ!!」
 グノーシュとミョーニル。両者の鍔迫り合いが、はたしてその頂点を迎えた。幅広剣に大
鎚に、それぞれ雷のオーラを蓄えたまま、互いに相手を押し出そうとする。
 だが、それは次の瞬間、グノーシュに軍配が上がった。一瞬の力の引きを見逃さず、雷剣
と化した一閃が、この化身の身体を真っ二つにしたのだった。
「や──」
『やったあ!』
 どうっと、元亡骸(ゾンビ)の肉体が上下に分断されて地面に転がる。言い掛けたダンを
余所に、ステラやマルタ、リュカといった仲間達が一斉にこの勝利したグノーシュの下へと
駆け出してゆく。
「……」
 当のグノーシュは、大きく肩で息をつきつつ、まだ帯電の余韻を残しながら、この地面に
転がった轟雷鎚(ミョーニル)を拾い上げていた。依り代だったゾンビの目から徐々に光が
失われてゆく中、化身の声がグノーシュ達に呼び掛ける。
『見、事……。何と強き者よ……。約束だ。我は汝に、力を貸そう……』
 そうして完全にゾンビの肉体は動かなくなり、手元には大鎚型の聖浄器が残った。
 轟雷鎚ミョーニル。“巨侠”デュバルが使ったとされる雷の聖浄器だ。
 出遅れたダンやクロム、サフレなども加わって、グノーシュは仲間達に囲まれていた。共
に戦い抜いた持ち霊(ジヴォルフ)達も、甘えるような鳴き声を発しつつ、この主に擦り寄
ってくれている。
「くっ……。またしても……」
「こんなの無効よ! 今からでも力ずくで──」
「止めねぇか!」
 そんなダン達南回りチームの姿を、フォウとイブキは憎々しげに眺めていた。もう化身は
依り代を失ったし、相手も消耗した状態。強奪するなら今がチャンスと足を踏み出そうとし
たのだが……それを一喝して止めたのは、他でもないガウル本人だった。
「止めねぇか。勝負はあいつの勝ちだ。俺は……負けたんだ」
 自身も、仲間達に囲まれるグノーシュもボロボロの姿。
 だがそれでも彼の方がより一層、惨めに見えたのは気のせいだろうか。予想外からの制止
に驚く二人、そして異変に気付いたダン達の眼差しを受けつつ、ガウルはそっと視線を逸ら
した。小さく口の中で舌打ちをしたように見えた。
「ガウル? 何を言ってるの?」
「そうですよ。僕達はあれの回収を命じられて……」
「じゃあもう一戦やり合うってのか? 頭数も状況も、こっちの方が圧倒的に不利だぞ?」
 怪訝に、或いは若干の苛立ちを見せる二人に、ガウルは妙に饒舌な様子で言った。ついっ
と背中を向けて、既に彼は歩き始めている。
 見ての通り彼自身はグノーシュと同じくボロボロ、分身の方も回復するにはまだ時間が掛
かる。何より当の轟雷鎚(ミョーニル)は、ブルートバードの側を選んだ。約束通り、自ら
を破った者に従うと決めたこれを力ずくで奪い取っても、肝心の“協力”を得ることは難し
いだろう。大よそでは、もう“常夜殿”の二の轍だ。
「……俺は退く。先に帰るぞ」
 そうしてガウルは、半ば一方的に言い放つと、黒い靄と魔力の迸りを纏いながら一人先に
姿を消してしまった。数拍イブキとフォウは戸惑っていたが、やがて一旦こちらを睨むよう
に一瞥すると、同じくして黒い転移の光を纏って消え去ってゆく。
「……どうやら、諦めてくれたようだな」
「らしいな。妙にあっさりしてたのが気にはなるが」
 ダン達も、数拍の緊張を解いて、ホッと安堵の息をついた。正直あのまま彼らと第三ラウ
ンドに突入していれば、自分達もこの廃坑道もどうなっていたことか。クロムが相変わらず
無愛想な視線を、ガウル達の消えた先に向けていたが、ダンは小さく肩を竦めて踵を返し、
ボロボロになりながらも轟雷鎚(ミョーニル)を手に入れてくれたこの相棒の肩を軽く叩い
て労をねぎらう。
「やったな、グノ」
「ああ。まぁ……正直ギリギリだったけどよ」
 当のグノーシュも、そう大きく苦笑(わら)って嘆息。
 かくしてボナロ廃坑道の戦いは、良くも悪くも異例ずくめで終わったのだった。


『この世界においても、大よそ「神」と直接話せるというケースは稀だろう。そんな対話の
機会を設けることができたのも、ひとえに私がアイリスの盟友且つ、異界人(ヴィジター)
としてのコネクションを持っていたからこそだ。

 求めに応じてくれた「神」──神格種(ヘヴンズ)の一人は、その名と内容を口外しない
ことを条件に証言をしてくれた。そして彼が語った創世の真実は、概ね私の立てていた仮説
と符合していたのである。

 曰く、彼ら創世の民──後の神格種(ヘヴンズ)は、元々こことは別の、上位世界に生き
ていた人間達だった。かつて彼らは“科学”と呼ばれる技術体系を究め、世界のありとあら
ゆる不可能を可能にしていったという。
 そして、その果てに彼らが挑んだ集大成とは……創世。即ち世界の成り立ちそのものを研
究し、再現しようという試みであった。
 膨大な時間と予算、労力を費やして進められた研究の果て。はたしてそれは遂に成功した
のだという。魂のエネルギーを梃子とし、新たな世界を創り出す。一度力を与えて動き出し
たバイオリズムに乗って、世界群は現在の九つにまで拡大していった。

 ……だが、彼曰く、それが「終わりの始まり」であったというのだ。
 理由は気付いてしまったから。自分達がこうして持てる技術の粋を集めて世界を創り出せ
たということは、逆説的に自分達もまた、他の上位者(だれか)のフラスコの中の実験体に
過ぎないでのはないか? と。事実、新たに世界を創ることは出来た。しかしその為には、
大前提として創造者を創造した者がいなければならない……。
 延々とループする「絶望」。
 果て無き、決して辿り着けないと確信してしまった「根源」への距離。
 寧ろ自分達は、そこへとは逆の方向(ベクトル)へと進んできたのではないか? 多くの
ものを犠牲にし続けて得た成果も、結局本来目指したものとは根本的に違っていた……。

 そして彼らを取り巻く事態は、更に悪化することとなる。
 度重なる創世の研究、何よりこれまで栄華を極めてきた文明の代償として、汚染され尽く
した世界の病状。
 ──“閉界(エンドロォル)”。
 それは彼らが、元のいた世界で見舞われた最凶の厄災。汚染された大地と貧富の差、科学
が袋小路に行き着いた先で溜まりに溜まった人々の「絶望」が引き金となり、舞い降りてし
まった終焉。その世界を丸ごと巻き込み、始めから“なかったこと”にされてしまう現象。
 世界に属する、肉体的な生死を問わぬ膨大な魂──構成員らの激しい「絶望」が、そんな
文字通りの世界の終わりをもたらしたのだと、彼は言った。他ならぬ世界の大多数の声によ
る、防御不可能な幕引き。その時の禍々しい惨状を、この「神」は今もトラウマとして記憶
しているという。
 天が地が、無彩色の闇へと侵されてゆき、そこに在ったものを全て無に還す。
 故に彼ら創世の民は、元の肉体を捨てて魂と精神だけの存在になりながらも、こちら側に
逃げて来た。結果、彼らが元いた上位世界は“閉界(エンドロォル)”によって完全に消滅
し、生き残った自分達は神格種(ヘヴンズ)と名乗り呼ばれて、今日まで生き長らえてきた
のだと。

 ……絶句する私を余所に、彼は更に付け加えた。他ならぬ今私達がいる、この九つの世界
群についてだ。
 曰く、同じ事が起こるかもしれないのだと。“大盟約(コード)”が捕らえ続ける大量の
内外の魂(エネルギー)達は、これまで永い間、この世界に軋みを与えてきた。加え各地で
進む開拓は貧富の差を生み出し、人々の「絶望」を強めるだろうと。巡り巡ってこの世界の
生と死の両側に在る魂達が、この世界を恨み、その破滅を望んでゆけば?
 ……確かにこのままでは、再びこの世界でも“閉界(エンドロォル)”が起こってもおか
しくはない。しかしそんな事実を、彼ら「神」もまた、人々に明かせずにいたのだ……。

 今回実現した彼との対談で、私の分析・予想は確固としたものとなった。何よりも私が想
定していた以上に事態は複雑で重く、喫緊であることを知った。
 世界という大きな箱庭においては、時の流れとは非常に緩慢に感じられるものだが、この
世界にも他の如何なる世界にも、私達は本質的に何処にも逃げ場など持ち得ないのである。
 “大盟約(コード)”による不自然な魔流(ストリーム)──魂の束縛。開拓の拡大が、
生死のどちらにおいても大量の軋み──人々の絶望を生んでいるという事実……。

 この世界にも、かの“閉界(エンドロォル)”は発生しうる。
 つまり“結社”の目的は、“大盟約(コード)”の消滅によって世の魔流(ストリーム)
を正し、世界の崩壊を防ぐこと? たとえその結果、現在のヒトの文明が衰亡してしまった
としても。

 ……だとすれば、真っ先に滅ぶことになるのは、魔力(マナ)に最も近しい種族たる精霊
達である筈だ。
 まさか。ユヴァンはその為に? マーテルを、自らの持ち霊を守る為に組織に接触、加担
しているというのか……?

 何とかしなければ。私はこれまでになく焦った。
 しかしこの一連の事実と可能性が判明した時点で、私はもうかなりの老齢だ。あの頃のよ
うに戦うなどもっての外であるし、何より当のユヴァンの所在も分からない……。

 だから私は、後世に託すしかなかった。この暗号が解かれる必要がないことを、それまで
に解決していればという希望的観測を含めながら。
 何よりも、本来“外側の人間”たる私が、またもやこの世界の命運をどうこうしようなど
ということに躊躇いがあった。また現在、世界はようやくゴルガニアの時代を越え、復興の
只中にある。水を差したくはなかった。
 ……無責任かもしれない。綺麗事に過ぎないかもしれない。だがこれらの問題は、他なら
ぬこの世界に生きる人々によって決められるべきだ。今はまだ、広く報せるには早過ぎる。
自分達が起こした戦いとはいえ、あの戦争そのものも、この巨大な宿命の前にはあまりにも
小さい。なのに、大義の為に逝った友らに、私は一体何と詫びれはいいのだろう……?

 だからせめて、私はこのメッセージを、事実を遺す。知ってどうするかは、これを最初に
手に取った君に任せよう。

 できる事ならば、これが真に、必要とされないことを願う──』

 ***

 そう長い文面を読み上げたセイオンの声が止み、辺りはしんと静まり返った。
 竜王峰、白咆の街(グラーダ=マハル)。執政館・ディノグラード邸の奥深く。
 セイオンや数名の側近達が見守る中、ヨーハンは最初、じっと黙っていた。パチパチと暖
炉の火が鳴る中、ロッキングチェアに揺られながら、俯き加減で押し黙っている。
「──ぜ、だ?」
『っ!?』
「何故だ、リュノー? 何故そんな事を……そんな大事なことを、どうして儂らに相談して
くれなんだッ!?」
 一様に青褪めたまま、ハッと目を丸くして硬直するセイオン達。
 次の瞬間、顔を上げたヨーハンは、顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れていた。亡き親友が
その最期の時まで封じ続けていた秘密を知り、苦悩を想い、涙が止まらなかったのだ。知ら
なかったとはいえ、自分は友として、その苦しみを分かち合ってやることさえ出来なかった
のだから。
 メッセージが本当ならば、ユヴァンは生きている。それは二年前の大都の一件でも示唆さ
れていたことだ。千年前のあの時、彼の死を偽ったことへの報いか? シゼル・ライルフェ
ルドも然り。長い時を渡りうる──魔人(メア)でもなく、尚且つ彼らをも凌ぐ存在……。
「……セイオン」
 暫くの間泣き腫らした後、ヨーハンはゆっくりと居住まいを正した。対する当のセイオン
達も、そんな一族の祖に、これまで見た事のない只ならぬ“覚悟”を感じる。
「ジーク皇子達は、アゼルの弓を手に入れたのだったな?」
「はい」
「次は、絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マルフ)を求めるのじゃろうな」
「……はい」
 ヨーハンは確認するように呟く。そのニュアンスは以前、定期報告をしていたセイオンに
向けられたものと、酷く似通っているような気がした。
 少し躊躇って、されど肯定するしかないセイオン。
 不安そうに、そっと表情を歪めて立ち尽くしている場の側近達。
「……例の物を、持って来てくれ」
 一旦考えるように目を閉じ、しかしヨーハンは何か振り払うように再び目を開いて、先ず
側近達にそう指示を出した。……もうあまり、時間は残されてはいない。彼らが皆、一様に
悲壮な面持ちを浮かべつつも恭しく頭を垂れ、部屋を去ってゆく。
「セイオン」
 そして今度は、神妙な様子で、眉間に深い皺を寄せながら。
「お前に……頼みがある」
 ヨーハンは、そう目の前に一人残って立つ彼を真っ直ぐに見上げて、告げるのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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