日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔13〕

 そこは、地上の何処とも形容しがたい場所だった。
 一見すると仄暗く、しかし視界全体に強烈に飛び込んでくるもの。
 刻一刻、淡々とその色彩を変え続けている光の柱だった。……いや、厳密には非常に高濃
度のマナの流れ(ストリーム)であるらしい。
 それらが縦横無尽に複雑に入り組み、遥か天上へ、或いは底知れぬ深淵へと延びている。
 ヒトの営み、有象無象な雑踏のノイズ。
 それらとは明らかに一線を画す空間、静謐な世界の拡張。
『──そうか。元・七星が潜んでいたとはな』
 そんな中に彼はいた。
 青紫のマントを纏った気障な青年・フェイアン。
 隆々とした体躯を持った荒々しい大男・バトナス。
 継ぎ接ぎだらけのパペットを抱いた少女・エクリレーヌ。
 彼らは点在する分厚い硝子のような足場の上で、その静かに響いてくる声に跪いて耳を傾
けている。
「申し訳ありません。よもやあのような伏兵だとは斥候役の兵だけでは把握できず……」
『構わぬ。少なくとも六振りの内半分を回収できたのだ。上々とするがよい』
「はっ……」
 そんな低頭するフェイアン達に相対するのは、巨大な光球だった。
 マナの束が支柱の如く周囲を巡る中に鎮座するようにそれは中空に浮かんでおり、淡い紫
の光を揺らめかせながら静かに瞬きつつ、一人の男性──耳にする限りは老年らしき──声
を発している。
「ですが、どうします? もう一度体勢を整え直して残りを奪取に向かいましょうか? 今
度こそ邪魔な奴らは全員ぶっ潰して」
『その必要はない。目的は護皇六華であってそれを所有している者達ではないのだぞ』
「……す、すいません」
「そーだよ? “教主”様の言う通り。バトちゃんはいつも突っ走っちゃうんだもん」
「ぬぅ。任務ほったらかして遊ぶような奴に……あぁっ、止めだ止め! 埒が明かねぇ」
 予期せず退く形になったことが気に入らないままだったのだろう。バトナスは光球の主に
向かってそう進言しようとするが、彼はその言葉を遮り静かに諫めた。
 バトナスのような荒々しい好戦者すらも従える者。
 その光球の主──“教主”は暫しやり取りを交わすバトナスらを無言で眺めているかのよ
うにも見える。
『……ところで、レノヴィン一行のその後はどうなっている?』
「はい。目下残存の兵で追尾させておりますが、どうやら皇国(トナン)へ向かうつもりの
ようです」
「らしいな。でもそうなると色々面倒だぜ? あっちは……」
『うむ。護皇六華の出所に手掛かりを求めるつもりなのであろうが、そうなると我らの務め
に支障を来すやもしれぬ』
「ですよねぇ。でも生憎、俺達のとこには今充分な人形がいませんぜ? 竜帝の野郎にごっ
そりもっていかれちまったんで……」
 バトナスがごちるのを合図にするように、フェイアン達は暫し黙り込んだ。
 しんと静謐な空間にマナの色彩が変遷する。三人は目して漂う“教主”の応答を待つよう
にしてやや上目遣いに視線を送る。
『……ルギス。オートマタ兵の生産状況はどうなっている?』
「はいですねェ。現在発注数のおよそ五割になっておりますよォ?」
 すると次の瞬間、“教主”のそんな問い掛けを待っていたかのようにフッと薄暗さの中か
ら一人の人影が現れて答えた。
 痩せぎすの長身に撫で付けた褪せた金髪。ヨレヨレの白衣を引っ掛け、分厚い眼鏡の眼光
を怪しく光らせて笑うその声色は「奇人」のそれと言って差し支えないだろう。
 ふへへと、不気味な引き攣り笑い。
 そんな彼・ルギスにバトナスが片眉を若干しかめつつ悪態をつく。
「まだ半分なのかよ。もっと早く用意できねぇのか? “博士”の称号は飾りかよ?」
「はははァ、あまり無茶を言わないでくれたまェ。いくら無尽蔵に製造可能であるとはいえ
被造人(オートマタ)もまた魔導の産物なのだよォ。これでもラインをフル稼働させている
のだがねェ」
「……つまり、まだバトナスの言ったような兵力に物を言わせて強襲するという手は使えな
いと考えた方がいいね」
「んー。何なら他の連中から分けて貰うか?」
「冗談を。そんな真似、スマートじゃないじゃないか。任務といえど常に優雅に、だよ?」
 フェイアンが気障ったらしく髪を撫でて言ってみせるのを、バトナスは横目で鼻で笑って
いた。その間にも、時折ルギスは何やら腕に巻いた端末を操作している。
 そしてそんないがみ合う二人を制するかのように、やがて“教主”は静かに告げた。
『そうだな。できる限り各方面での計画に綻びが出るのは避けるべきだろう』
 フェイアン達がはたと彼に向き直り、低頭してその言葉を受ける。
 静かに濃淡と共に瞬く紫の光球。
 数拍の間を置いて、
『使徒フェイアン、バトナス、エクリレーヌ。それでは改めて命じる。レノヴィン一行から
の残り三本の回収を図り、その行動を阻害せよ。併行して皇国(トナン)方面の“使徒”ら
と合流し此度の計画の成就を図るのだ』
 厳粛な声色で告げられる“教主”の命。
「はっ」「了解です」「任せて~」
 フェイアン達は更なる低頭を以ってその指令を承っていた。
 同じく数拍、深々と下げた頭を垂れると、三人は勢いよく立ち上がり出立しようとする。
「そうだ。エクリレーヌ」
「? な~に?」
 だが颯爽と踵を返そうとしたちょうどその時、フェイアンはふと何かを思い巡らせたかの
ように不敵に微笑むと、
「……ちょっと君には別な“お遣い”を頼みたいんだけど、いいかな?」
 そうこのパペットを抱いた魔なる幼女にそんな言葉を向けたのだった。


▼第Ⅱ部『皇国(トナン)再燃』編 開始

 
Tale-13.真実の後、嵐来る前

 初め、皆が見せた反応は紛れもない驚愕や当惑のそれだった。
 無理もない。まさか帰省から戻ってきた冒険者仲間の兄弟が一国の皇子だったなんて土産
を誰が予想していただろう。
「……ほ、ほほ、本当に本当なのか?」
「お前らがお、王子様だなんて……」
 サンフェルノを発ってほぼ一日。ジーク達はアウルベルツのホームに帰還すると、すぐに
全団員を宿舎のロビーに集めて明らかになった事実の全てを話して聞かせていた。
「……ああ。わざわざホラを吹く為に呼び出すと思うか?」
 予想できていた反応とはいえ、どうにも恥ずかしいというか申し訳ないというか……。
 おずおずと仲間達から問い返され、当のジークはそう何処か他人事のようにぶっきらぼう
に呟きつつ、ポリポリと頬を掻いて視線をそれとなく逸らしてしまっている。
「そ、それもそうだよなぁ。いやぁ……びっくりだぜ。まさかジークが」
「おいおい。この場合“ジーク様”とか皇子とかなんじゃね? タメ呼びしていいのか?」
 そんな当人の態度もあって、団員らは互いにあれこれと言い合いつつ困惑を多く混じらせ
た表情(かお)を見せる者が殆どだった。
「あ、その事なんですけど。僕達のことは今まで通りに接して下さるとありがたいです。正
直言って僕達もまだ全然実感がなくて……」
 とはいえ、このままではお互い恐縮し合うままになってしまう。
 アルスは苦笑交じりで、そう皆の緊張を解すように微笑んでペコと頭を下げて言った。
「そうだな。私からも頼む。皆には協力して欲しくて打ち明けたということもある。周囲の
他の者達に不審がられない為にも、今後ともこれまで通りにしてくれると助かる」
「……まぁ、そういう事なら」
「りょ、了解ッス」
 加えてリンファ──元・皇国近衛隊の隊士からもそう請われれば否とは言えない。
 団員らはまだぎこちなさが抜け切れなかったものの、互いに顔を見合わせると小さく頷い
てくれた。それに併せて皆の真剣な表情も少しずついつもの“仲間”に対する気安さへと変
わっていく見える。
「んじゃあ、ま。改めて。お帰りなさいです。団長、皆」
「こっちは特段異常はありませんでしたよ」
「そう……。ありがとう。ご苦労さま」
 神妙な話はここまで、とでもいった所か。
 場の空気を切り替えるように団員の一人が言うと、一同がビシッと即席の敬礼で以ってそ
う留守中の報告へと代えた。
 イセルナがフッと笑い、ダン以下クランの中核メンバーらも互いに顔を見合わせてようや
く人心地といった感じで静かな安堵の息をついている。
「……ふふっ。貴方達もいい仲間(おともだち)を持ったじゃない」
 そんな中でまた一人、ジーク達に新たな仲間が増えていた。
 サンフェルノ村の教練場の教師にして、レノヴィン兄弟とは家族ぐるみの付き合い、更に
アルスにとっては魔導の師でもある竜族(ドラグネス)の女性・リュカである。
 少々弄くるように静かに微笑んでみせる彼女。
 だが、対するジークの表情はむすっとした、気の進まない表情のままだ。
「……なぁ、本当に俺達について来るつもりかよ? まぁホームにまでこうして来てるんだ
からその気なんだろうけど」
「分かっているならよろしい。嫌だって言っても駄目よ? シノブさんやお父さん、皆から
頼まれてるんだから。これから色々大変だろうから、二人の事宜しくねって」
「でもなぁ。旅行じゃねぇんだぞ? 冒険者でもねぇリュカ姉を連れてくのは……」
「兄さんは先生が苦手なだけじゃない。それに僕だって厳密には冒険者じゃないよ?」
「……」
 要するにお目付け役といった所か。
 村の代表として同行する。そう自分達に言って来たのはまだ村の修復作業が途中だった頃
だった。夕食の席に珍しく厭世的なクラウス──リュカの父であり、ジークの剣の師からの
招待があったと思えばそんな申し出がついてきたのである。
 確かに幼い頃から勉学や諸々のことを教えて貰ってきた相手だ。何より魔導師としての力
量は確かなものがある。これからの旅の中、戦力としては申し分ない……のだが。
(リュカ姉は俺の事を何かにつけガキ扱いするからなぁ。なんつーか、やりにくい……)
 個人的には幼い頃からの諸々を知られている故のそんな苦手意識じみたものがある。
 もどかしいような、こそばゆいような。
「……。ったく、分かった。好きにしろよ……」
 ジークはついそうぞんざいな言い方で呟くと、ため息混じりに髪を掻く。
「ええと、それでジーク。今度はその」
「ゴコーリッカだっけ? お前の持ってたあの剣。あれを取り返しに行くんだよな?」
「ああ。このままやられっ放しじゃいられねぇからな」
 そうしていると、団員らが話を次の段階に振ってきた。
 その声色や様子は先程よりもずっと気楽──いつも通り“仲間”に接するそれに変わって
いる。
「連中の目的が何かは知らねぇが、あれは母さん達の刀だ。何が何でも取り戻す」
 理解ある仲間達でよかった。
 そんな事は恥ずかしくてとても口にできないが、ジークは代わりにこれからの方針につい
て、そう“結社”への対抗心を吐露するとギリッと拳を握り締めた。
「にしても皇国(トナン)ねぇ。現状、東方随一の強国だな」
「で、ジークやリンさんみたいな女傑族(アマゾネス)の国でもある、と」
 次なる目的地、トナン皇国。
 東方のトナン大陸群一帯を領有し、豊かな水と緑を湛えるアマゾネスの民族国家である。
 古くから良質の傭兵である彼女らの出稼ぎを主な収益源としていたが、アズサ皇──レノ
ヴィン兄弟の大伯母の代になってからは、所謂“開拓派”──開放改革的な政治手腕で以っ
てその国力を強化していると聞く。
 ロビーのテーブルの上に地図を広げて、ジーク達は各々がそんな一般的な今日の皇国につ
いての概要を脳裏に再生しつつ、暫し黙り込んだ。
 “結社”に奪われた残り三本の護皇六華(ごこうりっか)。
 少なくとも出元である此処なら何か分かるのではないか? そう踏んでいるのだが……。
「でも、大挙して皆で潜入するのは拙いでしょうね」
「だろうな。“結社”の方も俺達がこう来ることは予想の範囲内だろうしな」
 イセルナとダン。クランの代表二人が最初に口を開いた。
 リンファやハロルド、シフォン、中核メンバー以下面々もその見立てには賛成のようだ。
皆一様にコクリと首を縦に振って二人を見遣っている。
「何より、連中はこっちの情報はとっくに把握してる筈だ。ホームを丸裸にしたらそれこそ
奴らに攻め込まれちまう可能性が高い。……だから向こうには、人数を絞って向かう」
「賢明な判断だね。じゃあその振り分けはどうする?」
「ん。イセルナ、お前は残って皆を指揮しててくれるか? あっちでの代表は俺が務める。
で、連れて行くのはジークに先生さん──」
「あ、あのっ。僕も行きます!」
 結社(てき)の動きも気になる。
 だが早速メンバーの選定をダンを中心に話し合い始めると、不意にアルスが己の内気を振
り払うように声を張り上げ手を挙げた。
 その挙手に、ダンら一同は思わず目を遣ったのだが。
「……駄目だ。お前はここに残れ」
 代わりに答えた──その志願を却下したのは、他ならぬジークだった。
「どうして!? 僕だって兄さんと同じトナンの血を……」
 堪らずアルスは両手を握り締めて叫んでいた。
 少なくとも彼自身は同行するものだとばかり思っていたのかもしれない。
「足手まといだ。俺達は旅行に行くんじゃねぇんだぞ」
 しかしジークの眼は一切の妥協を許さない拒絶だった。
 その鬼気迫る様子は左右にいた団員らをビクリと心持ち退かせるほど。
 それでも尚「でも……!」と食い下がろうとするアルスと、背後で漂いつつ眉根を寄せて
いるエトナを睨むように見返すと、ジークは言い放つ。
「これからの旅は間違いなく“結社”が邪魔をしてくる筈だ。自分の身を守れなきゃきっと
死ぬぞ? お前に、他人を殺す用意があるのか?」
「ッ……。ぼ、僕は……」
 アルスの声色が震え始めていた。
 それは何も覚悟を問われて戸惑っているからではないのだろう。その言葉がかつて兄が犯
さざるを得なかったあの日のことを指していると、すぐに気付いたからだった。
 お前は“こっち”に来るんじゃねぇよ──。
 兄はそう自身の古傷を抉りながらも自分の同行を諫めようとしている。その、目の前の大
きな心の壁に震えて。
「お前はホームに残ってろ。お前は勉強さえしておけばいいんだ。……いいな?」
「……。うん……」
 暫し睨み合った(実際は一方的にジークが、だったのだが)後、アルスは折れていた。
 しゅんと大きく気落ちしたように肩を落とし、横目で強い眼差しを向け続けている兄を一
瞥すると、とぼとぼとその場を後にしていってしまう。
 そんな兄弟の、言い争いじみたやり取りに視線を往復させていたエトナも、少し遅れてそ
の後についてゆく。
「……。ジーク、少し言い過ぎじゃないか?」
「そうだぜ。いくらアルスを巻き込みたくないからといってもよぉ……」
 後ろ姿がロビーの向こうに消えてしまってから、シフォンやダン、団員らは少々気まずい
と、おずおずとした声色で遠回しな諫めの言葉を掛けていた。
「……あいつは、あくまで学生なんだよ。俺達みたいに危ない橋を渡せられるかっての」 
 だがジークはそんな仲間達の言葉を素直に聞くことはしなかった。
 ふんと小さく息をつくと、あらぬ方向を向いて上着のポケットに両手を突っ込むと呟く。
「もしあいつの“理由”が俺の予想通りなら、尚の事だろうが……」
 殆ど彼自身にしか聞こえない程の、小さな声で。

「…………」
 ふらふらと部屋に戻ったアルスはどうっとベッドに身を投げた。
 仰向けから見える天井の模様をぼんやりと見つめながら、アルスはじわじわと込み上げて
くる悔しさのような、哀しさのような想いに胸を締め付けられる気がした。
「アルス、大丈夫……?」
 そんな彼の様子を心配して、エトナはふよふよと傍らで漂っている。
「……うん。僕なら、平気」
 正直言うとそんな事はないのだが、それでもアルスはフッと無理に彼女に微笑んでみせる
と答える。いや、むしろ自分を鎮める為の言葉だったのかもしれない。
「嘘。そんなにぐったりした顔してよく言うよ」
 だが、対するエトナの方はそんな相棒ほど相手(ジーク)への気遣いを払うつもりはなさ
そうだった。ずいっと心なし至近距離に詰め寄ると、彼女は苛立ちを吐くように言う。
「ジークもあんな言い方することないじゃない。いくらアルスを巻き込みたくないからって
あんまりだよ」
「……。でも兄さんの言っていたことは間違ってないよ。僕はあくまでアカデミーの学生で
あって冒険者じゃない。魔導は使えても、僕らは誰かを傷付ける為に学んでいるんじゃない
んだから」
「それはそうだけど……。ぬぅぅ、釈然としないなぁ」
 アルスはあくまで冷静に──諦観気味に淡々と言い聞かせたが、それでもエトナは不服な
表情(かお)のままだった。
 自分の気持ちに素直であれる彼女に少なからぬ羨ましさを覚えながらも、アルスは同時に
理屈が優先しがちな自分には中々真似のできないことだという理解も持ち合わせていた。
 同時併行的な思考、或いは感情。
 そんな諸々をひっくるめて押し込めるようにもう一度フッと苦笑交じりの微笑を浮かべる
と、アルスはぼんやりと仰向けの視線を真っ直ぐに遣り直す。
(エトナの言うように、間違いなく兄さんは僕らを巻き込みたくないんだろうな……)
 分からない訳ではない。
 これまでは仕掛けられる側だったが、ある意味今後はこちらから“結社”との接点を作っ
ていくことになる。奴らの目的──そもそも聖浄器を手に入れることが彼らにって何の得に
なるのか──がはっきりしないとはいえ、兄達は護皇六華を奪い合う関係になろうとしてい
るのだ。だとすれば、少なからず“結社”との対立は今後避けられなくなるだろう。
 そんな時、果たして自分にどれだけの事ができるのか。
 サンフェルノで彼らが襲撃を掛けてきた時ですら、自分はただ皆が追い詰められていくの
を見ていることしかできなかった。幸いクラウスさんや先生が加勢に来てくれて難を逃れた
とはいえ、二度目三度目の保障はない。
 ──足手まとい。
 兄は自分を押し留める為に敢えてああいった強い言い方をしたのだろうが、少なくともそ
の指摘は否めない事実でもある。
 “皆を救う為に魔導を身につける”──目標自体は合致しているが、お世辞にも自分がそ
の理想に到達できているとは思えない。だからこそあの場で自分は反論できなかったのだ。
(でも……)
 もぞもぞと。アルスは大きくため息をつきながら数度身をよじらせた。
 視界は天井からベッドの横の壁に変わる。心配そうに漂って見守ってくれているエトナの
視線を背中にひしひしと感じる。
(そうやって、兄さんはまた一人で全部を背負い込もうとするつもりなの……?)
 意識するとまたギリッと痛むかのような胸元を掻き抱いて。
 アルスはそのまま静かに目を閉じ、暫しの眠りに就き始める。

「──よし。それじゃあ、このメンバーでいいな?」
 一方、ロビーのジーク達は皇国(トナン)に赴くメンバーの選定を終えようとしていた。
 当地への代表役を買って出たダンを筆頭にして、彼は皆に了承を取りつけている。
 話し合いの結果、トナンに向かうと決まったのはジーク、リンファ、リュカ、マーフィ父
娘、サフレとマルタ、レナ、ステラの九人。
 イセルナ達残りの面々はホームに残り、適宜──サンフェルノ(厳密にはシノブら)への
連絡役などをこなして留守を守ることになった。
 既にダンが述べている通り、クランを“結社”を襲ってくるかもしれない。その備え。
 そしてこの街に居を構えている冒険者クランの一つとして、長く営業を疎かにする訳にも
いかないという事情もあったりもする。
(九人、か……)
 正直言えば、自分達が束になってもあの魔人(メア)の連中に歯が立たないかもしれない
のに戦力を分散させてしまうのはどうなのだろうという思いはあった。
 しかし実際問題として、サンフェルノでイセルナとダンというクランの二強が彼らに押し
負けた姿を目の当たりにした手前、ジークの心の中の天秤は『できるだけ危ない目に遭う仲
間は連れて行かない』という方向へと大きく振れている。
「……なぁ。レナ、ステラ。お前ら本当に来るつもりかよ」
 だからこそ、ジークは気乗りしないといった表情(かお)で振り返っていた。
 私達もメンバーに加わる。
 そう志願してきた鳥翼族(ウィング・レイス)と眞法族(ウィザード)の少女達。
 正直言えば二人は今まで多くが裏方だった。
 だからこそ、ジークは彼女達は弟と同じくホームという拠点の中で守られていて欲しいと
思ったのだが……。
「うん。一緒に行くよ。私達もジークの力になるって決めたんだから」
「……だ、駄目ですか?」
 二人の意気込みはどうやら思いの外固いようで。
 何だかすっかり肝の据わってきたメアのステラと、断われば今にもしくしくと泣きそうな
顔で上目遣いに見上げてくるレナ。
 ジークは「うっ」と小さな声を漏らし動揺をひた隠しにしようとしつつ、どうにもバツが
悪く視線を逸らしてしまう。
「ア、アルスにも言ったろ? 間違いなくこの旅は危ないものになるんだ。そんな所に女を
ホイホイ連れてくのはなぁ……」
「大丈夫。身を守るくらいの力なら持ってるつもりだよ。それに魔人(メア)の私がいれば
途中で魔獣に出くわしても無駄に戦わずに済むし」
「危ないからこそです。皆さんがもし怪我をしても、私がいればすぐ治療もできます」
「……。でもなあ」
 それでも二人はそれぞれにそうアピール(?)をしてくるものだから余計に扱いづらい。
 途中で耳に「あれ? これってもしかして女の子扱い?」とはたと気付いて呟くステラや
「ボクだって女なのに……」とぼやくミアの声が届いていたが、殆ど直感に近い判断でその
辺りには突っ込まないことにする。
「いいんじゃないかな? 実際あの“結社”のメア達と再び戦う事になるかもしれないし、
二人の力があって損することはないだろう。……それに、こう見えてうちの娘は一度決めた
ら結構頑固だしね」
「……養父(ちちおや)らしからぬ放任ッスね」
 結局、ハロルドのその一言で二人の同行は容認される形となっていた。
 ジークは苦笑交じりにため息をついたが、父親公認とされれば口を挟む訳にもいかない。
 少しだけむくれたレナだったが、次の瞬間には普段の穏やかさを取り戻し、ステラと共に
ハロルドに小さく頷いている。
「……。ジーク」
 そうしていると、今度はシフォン──留守番側に回ることになった友が口を開いてきた。
「やっぱり僕も同行した方がいいんじゃないか? ハロルドの言うように“結社”の手の者
と出くわす可能性は高い訳だし、そっちの戦力を集中させた方がまだ」
「いや、お前は団長達と残っててくれ。奴らは俺達じゃなくここを狙ってくる可能性だって
あるんだ。その時……俺が戻ってくるまで、アルスを誰が守るんだ?」
 思案顔になっていた彼に、ジークは向き直るとそう言う。
 敢えてクランの中核メンバーであるこの友を残して貰うように頼んだのは他でもない。自
分が不在の間の弟の身を案じてこそだったからだ。
「改めて頼む。俺達がトナンに行ってる間、アルスとエトナを護ってやってくれ。別に絶対
隠れないといけないってことはねぇけど、できるだけこっそりと」
 静かに頭を下げて、再度の懇願。
 始めから護衛ですと言ってしまえば、いくら面識のある仲間相手でもアルスが気を揉むで
あろうことは目に見えている。あいつはそういう奴だ。
 だからこそ信頼のおける友にそのポストに居て貰いたかった。……随分と、手前勝手な頼
みではあるとの自覚はあっても。それでも。
「……分かった。アルス君とエトナの事は任せておいてくれ」
「ああ。……ありがとよ」
 そんな友の姿を見て、シフォンは頷いてくれた。
 物腰穏やかな友の声色。ジークもまた礼を言うと小さく苦笑して真面目な己を濁す。
「話はまとまったみたいだな」
「ええ。ホームは私達に任せておいて。ダン?」
「おうよ。じゃあ次は具体的な日程だな」
 そしてイセルナ達も頷く中で、ダンは再び皆に語り出した。
「サンフェルノから帰って来てすぐにこう言うのもなんだが、トナンへの出発は極力早い方
がいいだろう。既に村の修復作業を手伝ってた分、奴らは体勢を整え直している筈だ」
「そうですね。だとすれば、明日にでも飛行艇の予約を取らないと……」
 だがリュカがその言葉に頷きそう返すと、ジーク達は思わず押し黙ってしまった。
 リュカは知らないのだ。ジーク達がサンフェルノへ向かう鉄道を利用していた最中、他な
らぬ“結社”からの襲撃を受けたことを。
 ジークも、また仲間達も同じその時の映像(ビジョン)が脳裏に浮かんだのだろう。
 互いに顔を見合わせつつも、さて誰が話すかといった感じで暫しの躊躇いをみせている。
「……リュカ姉。その正攻法はマズいんだ」
「? でも大陸を渡るっていうと普通飛行艇に乗るものでしょう?」
「まぁそうなんだけどな……。あのさ、これは母さん達を心配させたくないから言わなかっ
たんだけど、実は俺達、サンフェルノに行く途中の列車ごと“結社”に襲われてんだよ」
 結局その空気の理由を説明する役目はジークが負った。
 そもそも奴らは自分(の持つ六華)を狙っていたのだから。
 そう内心で、チクチクと自責の言葉を己に投げながら。
「だから、流石に同じような方法で動くのはマズいと思うんだ。列車は地面の上だったから
こうして生きて戻って来れてるけど、空中で襲われたらそれこそお終いだろ?」
「……。ええ、確かに危険過ぎるわね……」
 髪をガシガシと掻きつつの弁。
 リュカは最初その告白に驚いたようだったが、すぐに平素の知性で以って状況を把握して
くれたようだった。そっと口元に手を当てながら、彼女は思案をしつつ呟く。
「だとすると、もっと別な方法を採らないといけないけれど……」
「大丈夫。それなら代替案は用意してありますよ。“導きの塔”を使います」
「ミチビキ……? ああ、あのよく分かんねぇ塔か」
 しかし既に策は練っていてくれたらしい。
 リュカが呟くのに応えるようにして、ダンが言った。ジークもまた、おぼろげなその記憶
を辿りつつも何とか話について来ている。
 ──導きの塔。
 その起源は遥か太古『神竜王朝』時代に遡り、当時自由に大陸同士を渡る術を持っていな
かった人々を見た時の王の命により、世界各地に建立されたという塔型の神殿である。
 内部は大規模な空間転移術の設備が整えられており、これにより人々や物資の行き来が可
能となった。更に王朝直々の命による建造物という点も相まって地域の祭礼場としても機能
していたらしい。
 しかし王朝の消滅とその後の帝国時代に飛行艇が発明された事で、その存在価値は大きく
削ぎ落とされてしまっており、今日では歴史を物語る遺跡として保存されるかどうか程度の
存在というのが現状だ。
「この辺りにもいくつか残っている所があるからな。あそこの転移機能でトナンに飛ぼうと
思う。古いからちと不安だが、掛かる時間だけを見れば実際飛行艇よりも早い」
「そうですね。でも大丈夫でしょうか? 飛行艇を使わずにというのは“結社”側も予想し
ているかもしれません。だとすれば主だった塔はマークされてる可能性が高いですよ?」
 それでもリュカはあくまで冷静な分析だった。
 数秒目を瞑ってから開き、そうダン達に同じくリスクがある旨を問い返してくる。
「流石は先生さんだ。頭がよく回りなさる。でも、その点は俺達も対策は考えてますよ」
 しかし、ダンは既にその点も折り込み済みであったようだ。
 リュカの聡明さにほぅと感心の表情をみせながらも、ニッと口元に孤を描いて言う。
「そもそもこの話は帰りの列車の中で考えてたことでもあるんですがね。そしたらシフォン
が解決策を持ってたんですよ」
「シフォンが?」「それは一体……?」
 ジークとリュカが、他の仲間達も顔を見合わせていた。
 そんな中で、ダンに促されるようにしてシフォンはコクと頷くと、
「簡単なことだよ。導きの塔は、何も一般に知られている場所ばかりじゃないってことさ」
 そう、何処か遠い眼差しを中空に投げつつ答えたのだった。


「──とまぁ、自分達が聞き耳を立てた分はそんな具合です」
 梟響の街(アウルベルツ)の一角にあるエイルフィード家の別邸。
 その地下室で、伯爵令嬢の護衛──お目付け役を任されている従者二人組はそう専用回線
を用いた導話越しに雇い主への報告を行っていた。
 人族(ヒューネス)の密偵・キースは憶音器(ボイスレコーダーのようなもの)を片手に
受話筒からブルートバードの面々が話していた内容を伝え、隣で覗き込んできている相方で
巨人族(トロル)の戦士・ゲドとちらと顔を見合わせる。
 ブルートバードの面々が遠出していた事は既に把握していた。
 しかしその理由と持ち帰ってきたという成果には正直、キースも驚かざるを得なかった。
(まさか、あの兄ちゃんと弟クンがトナンの皇子さまだとはねぇ……。お嬢も色々ややっこ
しい相手をライバル視しちゃったもんだぜ……)
 ただ彼自身、その事実に驚くというよりはむしろ、自分の周りによからぬ事が起きるらし
いという危惧──いや面倒臭さの念が強かったのだろう。
 だからこそ彼は、小さく嘆息をつきながらも淡々と報告を済ませられたのだとも言える。
『……そうか。あいつらがトナンに。血は、争えないんだな……』
 対して導話の向こう、エイルフィード伯爵・セドの声色は硬かった。
 まるで望まない予想が的中してしまったかのような、そんなじわりとした嘆きがそこから
は読み取れる。
「……伯爵。いい加減、そろそろ自分達にも話してくれませんかね?」
 そして互いにそんな心持ちの温度差があったからこそ、
「何でまたブルートバードの連中──いや、レノヴィン兄弟の事をそこまで自分らに追わせ
るんです? お嬢が弟の方を目の仇にというか、勝手にライバル視しているからって訳でも
ないんでしょう?」
「やはり“結社”との関わりですかな……? 私どもがクラン近くの夜闇であの時のオート
マタ達を見つけたのも、奴らが彼らを狙っているからに他なりますまい」
 キースとゲドは問い質せていた。
 以前より──シンシアがアルスと私闘を演じてみせた旨を報告をしてから──この雇い主
が折に触れ、彼ら兄弟とその仲間達の同行を自分達に調べさせ、報告させる、その訳を。
『……』
 暫くセドは黙っていた。
 躊躇いか、或いはそれよりも先の算段か。
「……まぁこちとら雇われの身です。答えたくないと仰るのならば無理強いはしませんが。
ただ申し付けられたこと以上の“始末”もやる羽目になった分、それ相応の対価を貰ったと
してもいいんじゃないかなと。そう思うんですけどねぇ……」
 受話筒をずらしゲドの発言も届けられるようにしながら、キースはそう彼の応答を待つ。
『……シンシアには気付かれてないな?』
「ええ。お嬢なら今風呂に入ってますよ。女中たちにもそれとなく時間を稼いでおいてくれ
と言ってありますし、暫くは戻ってこないかと』
『そうか』
 最初、セドが訊いてきたのはそんな確認だった。
 それは即ち娘に聞かれるのは宜しくない事情なのだろう。しかしそれは予想できていた事
でもある。だからこそ自分もホーさんも細心の注意を払って、今までこっそりと密命をこな
してきたのだ。
『……簡単な事さ。シノブの言う“仲間”達の中には、俺も含まれてるんだよ』
 受話筒を手にしたキースが、隣で聞き耳を立てるゲドが静かに目を見開いていた。
 次いでゆっくりと互いの顔を見遣り、返す言葉のない驚きのままこの雇い主の告白の続き
に耳を傾ける。
『まだ爵位を継ぐ前の話だ。俺は冒険者をやっていた。社会勉強っていう口実だったが、実
際は堅苦しい貴族の社交界が嫌で出奔していた。まぁそれでも柵や何やらがあるのは何処に
行っても同じではあるんだがな。それに気付くにはまだ青かったってことさ。……で、ガキ
の頃から教え込まれた魔導の力で気の向くまま魔獣やらならず者やらをぶっ飛ばし、依頼を
こなす、そんな毎日を送っていた中で出会ったのがコーダス・レノヴィン──シノブの後の
夫に、ジークとアルスの父親になる男との出会いだった』
 導話越しに、部下二人が黙して耳を傾ける気配が分かる。
「面白い奴だったよ。剣の腕は立つ癖に、他は信じられないくらいすっからかんでさ。人の
言うことを簡単に信じ過ぎて何度も痛い目に遭って。それでも絶対挫けない変な奴で。終い
には『騙されたのが僕でよかったよ』なんてのたまう、お人好しの大バカ野郎だったんだ。
……だけどもう、その時には俺はあいつを見捨てるなんて考えなくなってた。何だかんだで
あいつのフォローをして、だけど同時に色んな大事なことを教わって……俺達は間違いなく
親友(マブダチ)になっていたんだ」
 普段の回線とは別の受話筒を引っ張り出して耳に当てつつ、セドは一人執務室のデスクに
ゆたりと腰掛け、そう在りし日々をしみじみと思い出していた。
「暫く、俺達は面白おかしくやってたよ。でもある時、転機が訪れた」
『……それがシノ皇女との出会い、ですか』
「そうだ。たまたま俺達は故郷をクーデターで追われたシノブ達と知り合ったんだよ」
 つながる過去の記憶。
 キースが呟くとセドは静かに頷き、先刻までの懐かしむ声色を神妙なそれに変える。
「その時既に追っ手に何度も襲われて護衛はリン──ホウ・リンファを含めて数人って状態
にまで追い詰められていた。ま、そんな状況を見て普通は分が悪いと退いちまうもんなんだ
ろうが……そこはお人好しのコーダスだ。あいつは迷うことなく彼女達に手を差し伸べる道
を選んでいた」
『……』
「その後、何が──政治表面的に起こったのかは情報通のお前なら俺よりも詳しいかもな。
俺達仲間は紆余曲折の後、シノブの身分を偽らせることにした。それはあいつ自身の望みで
もあったんだがな。力のない自分が国に舞い戻って政情を掻き混ぜるよりも、早く政権を落
ち着かせ民の暮らしにできるだけ傷跡を残さないようにしたい……そんなことを言って」
 それは。キースは口を開きかけたが、反論をすることはできなかった。
 もうあのクーデターからは二十年の歳月が経っている。今更自分が「それは逃げだ」と責
めた所でどうにもならないし、そもそもその言葉を向ける相手も違う。
 何よりも、導話の向こうの伯爵──かつての当事者の一人が声色の端に漏らす悔しさの念
は、外野の自分の一朝一夕の言葉で慰められるものではないからで……。
「結局、シノブは権謀術数に立ち向かうよりも、愛する人(コーダス)との平穏を選んだ。
その選択が正しいかどうかは……俺も分からないし、俺が語るべきことじゃない。それでも
あいつらの望んだ平穏を認めない奴らはごまんといる。……自分の欲の為に、他人を平気で
陥れて当然だとするような、下衆どもだ」
 セドが空いた片方の拳をギリッと握っていた。
 導話越しのキース達にも、その音は微かながら耳に届いてくる。
『……これが俺の理由だよ。どんなに理想があっても、夢があっても、力がなきゃ有象無象
の悪意に簡単に潰されちまう。だから俺はこうして爵位を継いだ。地道に人脈を築いて味方
と呼べる力も蓄えてきた。……全てはあいつらの為だ。コーダス、シノブ、リン、ハルトや
サラにアイナ、それとクラウスのおっさん。俺はこの権力(ちから)を仲間達の為に使うと
誓って今此処にいる──』
 暫くの間、セドもキースもゲドも、お互いがじっと黙り込んでいた。
 一方は遠い昔に結んだ誓いを、もう一方はその秘め続けた想いをしっかりと受け取るよう
にして。
 重いと思った。だが、それでも。
「……そうですか。まぁただ単にくだけた方じゃないとは思ってましたがね」
「ガハハ! 何という仁義! 私、感服致しましたぞ!」
 一つだけ確かなことが──この人には、忠節を尽くすべき価値がある。それは間違いない
と思えた。
 二人なりの賛辞がこそばゆいのだろう。導話の向こうのセドは暫し返す言葉を口にしあぐ
ねているようだった。
『そんな誇ることでもねぇさ。ただ俺は俺なりの考えで動いてる。それだけだ』
 それでも暫し、ポリポリと頬を掻いてから彼は言う。
『……で、だ。これで心置きなく頼める。シンシアのついでって形でも構わねぇ。これから
はお前らのその眼を力をあの兄弟にも向けてやってくれ。あいつらは戦友(ダチ)の大事な
忘れ形見、俺にとっても息子みたいなもんなんだ。……頼めるか?』
 だからこそ。
「勿論! その任、喜んでお受け致しましょうぞ!」
「断わる選択肢があると思ってんですか? ま、しっかりその分の報酬は貰いますけどね」
 請われて、キースとゲドは互いに顔を見合わせて笑って──。

 
 帰省──というよりもその中で知った多くのことによる疲労が溜まっていたのか、気が付
けばアルスは何時の間にか深い眠りの中に落ちていた。
 兄の「お前は残れ」という言葉。
 その理由も心情も分からなくはなかった。それでも、やはり兄弟として哀しかった。
「……」
 結局、異議を認めて貰えることなく夜が明けようとしている。
 部屋のカーテンから朝の光が漏れ注いで瞼の裏を、眠気の意識をじわじわと揺さ振ってく
る感覚がする。
 のそりと。アルスは寝惚け眼を擦りつつ寝間着の身体を起こした。
 隣の中空では、エトナがいつものように器用に浮かんだまま眠りこけている。
 いつも通りだった。
 ここに下宿を始めて三ヶ月ほどだというのに人の慣れというのは妙なもので、そんな外の
活気が遠くから耳に届いてくる、朝のゆったりとしたこの静けさが普通に思えるのが何だか
微笑ましくなる。
「エトナ。朝だよ~?」
「うぅん? むにゃ……」
 今度は自分が相棒(エトナ)を。
 しかし彼女はまだ夢の中で舟を漕いでいるらしい。もぞもぞと寝返りを打ち、ただでさえ
薄着な衣装がだらしなく肌蹴る。
(昔はもっとお姉さんって感じだったと思うんだけど……。僕がそれだけ成長したって事な
のかなぁ?)
 家族、仲間。そんな親愛の情で以ってそっと目を逸らしつつふとそんなことを思う。
 時は確実に流れている。始めは故郷の近くに棲む精霊と近所の子供でしかなかった自分達
の関係も、兄と弟が歩み始めた道も。気付けば、もう「昔」は遠退いてしまっている。
 だというのに、兄さんはいつも僕のことを──。
「……兄さん。起きてる?」
 二段ベッドの上から覗き込んでみる。だが既にそこにジークの姿はなかった。
 もう起きているらしい。時間はまだ早朝だが、朝稽古などをこなしている兄にすれば別段
珍しいことという訳でもない。
「……。僕も起きなきゃ」
 むくと覗き込んだ身体を起こして、アルスは一人言い聞かせるように布団から抜け出す。
 身支度を済ませ、教材諸々を詰め込んだ鞄を手に部屋を出て手洗い場へ。
 だがそこにも兄の姿はなかった。
 そこで訊いてみると、居合わせた団員ら曰く。
「ああ。何だかいつにも増して早く出掛けてるみたいだよ」
「団長達もだぜ? 大方、皇国(トナン)に出発する準備を急いでるんだろうな。“結社”
の連中は待ってくれないし、早いとこ体勢を整えるべきなのは確かだしな」
「それにしたってジークもああまできつく言うことなかったろうに。ごめんな? 見かけた
ら俺達からも釘刺しとくから」
 既に兄ら出立組がトナンへ向けて動き始めていることを知って。
「……ありがとうございます」
 それでもアルスは気遣ってくれる団員──仲間の皆の優しさが嬉しかった。
 自分達兄弟が皇子だと知っても、たとえその場では戸惑いこそはしても、変わらぬ親交を
約束してくれる。振る舞ってくれる。その“壁”の無さに。
「でもお構いなく。僕らなら、大丈夫ですから」
 冷水で洗った顔をタオルで拭い終わった後で。
 エトナが横で「無理しちゃって……」と小声で呟くのを敢えて聞き流しつつ、アルスは彼
らに小さく頭を下げると手洗い場を後にする。
「──やぁ。おはよう、アルス君」
「おはようございます。ハロルドさん」
「昨夜は、眠れたかい?」
「ええ。旅の疲れがあったみたいで、結構ぐっすりと」
「……そうか。それはよかった」
 ホームの食堂を兼ねた酒場にはこれまたいつも通りに団員らが思い思いに席に着き、食事
を進め、談笑を交わしていた。
 宿舎側の裏口から足を踏み入れ、カウンターの中でいつものように料理を振る舞っている
ハロルドに微笑で挨拶を返して通り過ぎる。厨房内では当番の団員ら数名に加え、エプロン
姿のレナやステラまでもが動き回っており、束ねられた綺麗な金髪と銀髪が揺れている。
 今までは魔人(メア)であることに気兼ねして籠っていたのに……。
 皮肉な結果なのかもしれないが、彼女もまた“結社”との対峙の中で精神的な成長を遂げ
つつあるらしい。
「すぐに用意するよ。適当に座っていてくれ」
「はい。お願いします」
 そんなクランの“日常”を瞳に映して、アルスは安息を感じている自分に気付かされた。
 何処か似ているのだ。故郷(サンフェルノ)の皆の、緩くもそれでいて密に結びついた仲
間意識とでもいうべきものが。
(何だか、僕まで嬉しくなっちゃうな……)
 これもまたいつものやり取り。
 アルスはハロルドと厨房の中の面々に肩越しで応えると、空きテーブルに腰掛ける。
「……おまたせ」
 すると程なくしてトレイ──二膳手にしているので、一方は彼女自身の分だろう──に乗
せた朝食をミアが運んで来てくれた。
「それと、お弁当……」
「あ、はい。いつもありがとうございます」
 そしてそっと一緒に差し出される彼女お手製の弁当。
 そういえば気付けばこれも“日常”になっていた。
 アルスがにこと微笑んでありがたく受け取ると、ミアはほうっと赤く頬を染めて若干俯き
加減になる。だがすぐに「相席、いい?」と呟くように訊いてきたため、当のアルス自身は
そうした挙動にさして注意もせずに勿論と頷いていた。
「いただきます」
「……ます」
 何ともなくミアとの相席で始まる朝食。
 礼儀正しく手を合わせてから、ちみっとパンを千切って口の中へ。
 向かい側に座るミアはそんなアルスの様子を時折ちらちらと見遣りつつ、静かに咀嚼を続
けていた。
 緊張。一見すると感情表現に乏しい筈の彼女が、何処かぎこちない。
 アルスは気付いていなかったが、傍らでふよふよと浮かぶエトナは僅かに眉間に皺を寄せ
むすっと唇を尖らせていた。そんな二人(と一体)の様子を、レナとステラがこっそりと厨
房の奥から覗いている。
「……その。アルスはボクの弁当を食べてて平気?」
 そうしていると、ふとミアがそんな事を訊ねてきた。
 その彼女の視線の先には、テーブルの脇に置かれたままの先程の弁当包み。
「? 平気も何も毎回美味しく頂いてますけど……?」
 何を妙なことを言っているのだろう? 
 アルスはツナ和えのサラダを口の中で咀嚼して飲み込んでから、そう頭に疑問符を浮かべ
て小首を傾げながら答える。
「なら、いいんだけど。アルスが皇子さまなら下手な料理は出せなくなると思って」
「あ~……」
 少し恥ずかしそうな逡巡を経て、ぽつりと一言。
 その言葉でアルスはようやく彼女の意図に合点がいった。
 心持ちは分からなくはない。いくら今まで通り接してくれと言われても、そういう所で気
を遣わせてしまっていたらしい。
「それは大丈夫ですよ。僕も兄さんも生まれてから今までずっと庶民の暮らしをしてきた訳
ですし。今更貴族ぽい生活を~とか言われても合わない気がするんですよねぇ。兄さんなら
きっと『堅苦しくてやってらんねぇ』とか言って放り投げちゃいます」
 だからこそアルスはふふっと穏やかな笑顔で笑っていた。
「それに……僕はミアさんみたいな味付けの方がずっと好みですから。何というかオフクロ
さんの味みたいな感じがして」 
 本当に気を遣うことなんてないんです。そう心から言いたくて。
「……。ありがと……」
 ミアは先程よりも一層ボッと顔を赤くして俯いていた。
 アルスは「照れなくてもいいのに」とニコニコ。背後ではエトナが半眼を。
 故に、当の彼は彼女の赤面するその本心を悟ることはなくて。
「……」
 しかし暫しの沈黙の後、ミアは羞恥以外の感情に目を向けたらしかった。
 再び食事に戻ってから長く間を置いて、彼女は再びぽつと切り出す。
「ジークのことは、ごめん」
 小さくぺこりと下げられた頭。
 アルスが静かに目を丸くしたのにも構わず、彼女は戦友(とも)が彼に向けた邪険さを代
わって詫びていたのだった。
 アルスもまたその意図を数拍の後に理解すると、あたふたと両手を振って言う。
「い、いいえ。ミアさんが謝ることじゃないですよ。頭を上げて下さい。ね?」
「……でも、あれはボクも言い過ぎだと思う。皆もぼやいていた」
 手洗い場での団員らの言葉が蘇った。皆、自分のことを気に掛けてくれている。
 でもそれが守られているようで嬉しくて……申し訳なくて。
 だからアルスはもぞっと居住いを正すと、そっと顔を上げた彼女の目を見て言った。
「兄さんが不器用なのは昔からですから。別に僕は怒ってませんよ。……でも、哀しかった
かな。もっと頼ってくれてもいいのになって。そんなことは思いましたけど」
 苦笑いの中に微笑みを残そうとするアルスに、ミアは一瞬押し黙っていた。
 それでも彼の吐露に何か思う所があったのだろう。
 暫し目を細めた後、彼女は少し焦点をぼかすような眼をしつつ口を開いていた。
「……ジークは、アルスを失うのが怖いんだと思う」
「僕を、ですか?」
 反芻された言葉に、コクリと首肯。彼女は心持ち落とした視線のまま続ける。
「ジークにとってアルスはかけがえのない弟、肉親だから。だからトナンについて行きたい
と言ってきても止めさせようとしたんだと思う。頼られるのが嫌だとかじゃなくて、心配の
気持ちが強いんだとボクは思う」
「それは……。ええ……そうですね。兄さんは昔から僕のことになると心配性でした」
「……ジークは、ボクに似てるから」
「えっ?」
 だが途中でその推測は、ミア自身の吐露に変わっていた。
 アルスが思わず聞き返す。彼女は一度ちらと彼を見返すと数拍間を置いてから言った。
「ボクのお母さんは、ボクが小さい頃にお父さんと離婚した」
「……。そういえば奥さんの話は聞いたことなかったです」
「元々一般人だったから。冒険者(このぎょうかい)が肌に合わなかったんだと思う。だけ
ど、お母さんが家を出て行くって言って離婚が決まるまでの間、お父さん、凄く悲しそうに
見えた」
 話の繋がりを問う事もできず、アルスはただ耳を傾けることしかできなかった。
 淡々と彼女は語るが、幼い頃の彼女自身にとってはとても大きな出来事だったに違いない
と思った。自分だって父や村の仲間達があの日、魔獣によって失われて、それで──。
「……だからボクはお父さんと一緒にいる事にした。あんな哀しい背中は嫌だった。少なく
ともボクが一緒にいれば、お父さんは一人ぼっちじゃないと思った」
「ミアさん……」
 つまり失いたくない肉親がいる。その点がジークと自分が似ていると言いたいのだろう。
 なるほどとアルスは思った。今まで話してくれなかったから知らなかったとはいえ、彼女
が何だかんだで兄と戦友(とも)として共闘している理由がおぼろげだが分かったような気
がした。
「皇子さまにお説教なんてとんでもないかもしれないけど。でも覚えておいて欲しい。絶対
に守りたい誰かがいるって、強いけど、弱いの」
「……。はい」
 心を支える理由にもなれば、逆に衝かれると大きな弱点にもなるということ。
 アルスは頭の中で整理してそう解釈を整えていた。
 だからこそ、ただ兄(ジーク)を邪険だと子ども扱いばかりする奴だと反発しないでやっ
て欲しい。そう彼女は言いたかったのだろう。
「ミアさん」
 故にアルスは言った。
「トナンに行っても、兄さんの事を宜しくお願いします。勿論、ダンさん達も」
 フッと笑い、不満を吐くのではなく、小さく頭を垂れて仲間に託す言の葉を。
「……うん」
 故に対するミアもまた、
「ボクも、ずっと初めからそのつもり」
 猫耳をピクリと、数度目を瞬かせて、ややあって口元に僅かな笑みを描くとそう応える。

 ──その場に居合わせた者全てが驚愕と震撼の中にいた。
 場所は貸切られたとある酒場。そこに集まっていたのはアウルベルツを拠点とする冒険者
クランの代表的な頭目、ないし幹部クラスといった面々ばかり。
 本来、一度束になれば怠惰な官製の衛兵くらいは軽く圧倒できる彼らの視線が、眼差しが
この時ばかりは大きく見開かれ、或いは凝視の類で細められ、ある一点に集まっている。
「それは本当、なのか……?」
「ええ。嘘を吐く為にこれだけの人数にわざわざ来て貰ったと思う?」
 そこに立っていたのはイセルナだった。左右にはダンとリンファも控えている。
 面々の動揺は尤もなことでもあった。
 何故なら、わざわざイセルナらに大事な話があると呼び出され何事かと集まってみれば、
彼女達ブルートバードがあの“楽園(エデン)の眼”と対立関係になっているというのだ。
 それですら──触らぬ神に祟りなしとでもいうべき余計な真似をと思うのに、加えてその
そもそもの対立化の原因が、彼女らが『とある王族を仲間として護り、匿っている』という
ものであった事から、驚きは容赦なく二段重ねに襲ってくる。
「偽りではないことは私が保証しよう。かつての近衛隊の一人としてな」
 言って、リンファが改めて皆にかざして見せたのは革のホルダーに収められたとある一枚
の紋章(エムブレム)。トナン皇国王宮近衛隊のものであるという。
 冒険者という職業柄故に各国の国旗・文様には皆、多少なりとも知識がある。
 ざわざわと小さく、しかし明らかに動揺の気色を濃く滲ませて、この場に集まった冒険者
らは互いの顔を見合わせて戸惑いの様子を隠せない。
「……確かに以前にお前らが“結社”のアジトを叩いたって話は聞いてたが。まさかなあ」
「しかし、何故俺達にそこまで詳しく話す? 一体何が目的なんだ?」
「分からねぇか? 薄々勘付いてるとは思うんだがな」
「簡単なことよ。皆にも、いざという時には協力して欲しいの。同盟要請って所かしら」
 ダンが、イセルナが戸惑いの中で打ち明けた要請。
 だが出席した多くの同業者達は、そのざわめきを強く批難的に変えてぶつけてきた。
「なっ……! 俺達まで巻き込むつもりか!?」
「今まではそっちの揉め事として手を出さなかったんだぞ? 相手は“結社”だぞ? どれ
だけリスクが高いか分かってんのか!?」
 当然といえば当然の反応だったのかもしれない。
 たとえ冒険者、荒くれの最前線に立っているといえる彼らにとっても“結社”の持つ異常
性と謎多きしかし確実に強大な力は周知の事であった。そんな連中と誰が好き好んで巻き込
まれたいと思うのか。
 一言でいってしまえば、保身。
 そもそもお前達ブルートバードの起こした揉め事だろう……?
 一挙に批判の声をぶつけてきた面々の抱いた思いは、おおよそそんな内容だった。
「ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇら。それでも冒険者(プロ)か」
 どよめく面々。
 だがそんな彼らをそう一喝の下に鎮めたのは、同じく出席していた蛇尾族(ラミアス)の
男性、バラク・ノイマンその人だった。
「サンドゴディマの“毒蛇”……」
「何でそんなに落ち着いてんだ。こいつらは俺達を巻き添えにしようとしてるんだぞ?」
 キリエ、ロスタム、ヒューイの腹心三人と共に場の席の一角に陣取っていたバラクへ面々
の視線が集中する。
 その威圧感ある丈夫に大半の者らは押し黙ったが、それでも何人かはいい顔をせずに心持
ち食ってかかろうとする。
 だがバラクはふんと口角を吊り上げると、眼をイセルナらに向けて言った。
「ここでイセルナ達を批難して何が変わるってんだよ。分からねぇか? 呼び出されて応じ
た時点で俺達は一蓮托生なんだよ。こいつらの隠してたでっかい事実を知っちまったんだか
らな。……だろう?」
「流石ね、バラク。話が早くて助かるわ」
「はん。そこで褒められてもちっとも嬉しくもねぇや」
 彼の言う通り、敢えてイセルナらがこの街の同業者らを呼び出したのはその時点で策だっ
たのである。秘密の共有。それは言い換えれば“共犯”関係であるとも言える。
「それに、たとえ私達が皆にこのことを話さなくても“結社”の魔の手はそう遠くない先に
伸びていた筈よ。……これまで私達は四度、奴らとの交戦をしている。内後半二度は向こう
側からの奇襲だった」
「いい加減分かるよな? もう奴らは確実に俺達を狙いに定めてる。既にホームの場所も、
この街のことも把握済みだろう。次は、直接ここに攻め込んでくる可能性が高い」
 イセルナから引継ぎ、ダンが言い切ったその言葉に面々が再び大きくざわめいた。
 中には現状にまで引き摺った彼女達を詰る声や、その王族とやらを摘まみ出さないのかと
いった言葉も飛んだが、それでも結局は不毛な言い分に他無からなかった。
 仮にその“王族”を爪弾きにしても彼の者を知ってしまった以上、それ以前の状態には戻
れないし、そもそも“結社”が攻撃の矛先を引っ込める保証とはならない。
 根本的解決では──ないのだ。
「ここまで至った不徳についてならいくらでも誹りは受けよう。だがそれを繰り返すだけで
は何も変える事はできないとも思う。……あの方々を護り抜く為にも、どうか皆の力を貸し
て欲しい」
 それでもリンファは誠意を尽くした。
 深々と頭を下げて場の面々に助力を求めようとする。ワンテンポ遅れてイセルナとダンも
そっと頭を垂れる。
『…………』
 先程よりは過激ではなくなってきたものの、それでも面々は戸惑っていた。ざわざわと互
いのクラン、その反応を窺いつつ即座に返答に詰まっている。
 限定された選択だったのだ。
 協力を拒み、トナン皇国という東方の強国を遠回しに敵に回すか。
 協力を受け入れ、徒党を組んで“結社”の魔の手に対抗するのか。
 だとすれば、どちらにせよ絶対の「安全策」はないようにも思える。だとすれば後者とい
う選択で大きな徒党を組めさえすれば、個々のリスクという面では前者よりもずっと軽減で
きるかもしれない。だけども、好き好んで“結社”を刺激したくもない。
 そんな内心の打算の中で面々は揺れていたのだ。
「ふん……。面白いじゃねぇか」
 だが次の瞬間、そんな皆の戸惑いを取りまとめるように呟いたのはまたもバラクだった。
 テーブルの上に片肘を突き、哄笑。
 面々の視線が集まってくる中で、彼は言った。
「どのみち“結社”が何かしらお前らを狙ってくるのは間違いないんだろう? 今は関係な
いと俺達が関わらずとも、長引けばそれだけ奴らの矛先は周りの俺達や、或いは街の一般人
にも飛び火しかねない訳だ。それなら早くに体勢を固めておいた方が憂いも断てる」
 正論というよりも、個々の利を揺さ振るニュアンスでの言葉。
 それ故に面々への説得力は大きかったようだ。彼の言葉を受け、クランが一つまた一つと
頷き、協力関係の受諾を示し始める。
(やられたぜ、イセルナ。お前は王族(あのきょうだい)すら手札(カード)にした訳だ)
 哄笑の後、バラクは内心で思う。
 既に自分達は乗せられた後なのだ。現実的といえば聞こえはいいが、彼女は置かれた状況
を逆に利用して自分達に有利な状態を作ろうと街中の同業者らを集めたのである。
「それに、以前から“結社”の暴れっぷりは尋常じゃない。ここいらで奴らに一泡吹かせら
れれば冒険者としての株もぐっと上がるだろうよ」
 先程よりも頷くクランの面々がぐっと増えている。
 誘導はこんなものか。バラクがちらとイセルナの方へと眼を向けてみると、彼女が小さく
こちらに頷いてみせているのが確認できた。
 ──ありがとう。ご苦労さま。
 大方そんな感じの、労いという態の隠したほくそ笑みを。
(はん。やっぱり食えねぇ女だぜ、お前はよ……)
 バラクはどかっと椅子に座り直して皆を見渡すと、彼らから承諾の首肯を取り付ける。
「……決まりだな。だがよイセルナ。報酬(もらえるもの)はしっかり貰うぜ?」
 そして静かに口角を吊り上げてみせると、彼はそう不敵な表情と共に言った。

「う~ん……」
 鞘から抜き放った愛刀の刀身を陽の光の下ためつすがめつしつつ、ジークは眉根を寄せて
小さく唸っている。
 場所はアウツベルツの郊外。人気のない空き地の一角だった。
 廃材などが詰まれたその場にはジークにサフレ、マルタ、そしてリュカの四人がいる。
「なぁ、リュカ姉。これで本当に六華(こいつら)の封印とやらが解けたのか? どう見て
も普段と大して変わらない気がするんだが」
「ええ。でも今は魔導具としての効果を発動してないから。装飾品型の待機状態と同じよ」
 ジークが刀──護皇六華を片手に下げたまま問うと、リュカは穏やかな声色で答える。
「シノブさんから六華の術式は教わってるわ。だから私はそこから逆算して施された封印の
密度を緩めただけ。あとはジーク、貴方のマナと意思で発動できるようになっている筈よ。
流石にマナを注ぐくらいはできるわよね?」
「ああ。錬氣みたくマナを移せばいいんだよな? それなら普段からやってるさ」
 ジーク達が朝早くから人気のない場所に来ていたのには理由があった。
 それは、特訓。
 遠からず起こるであろう“結社”──あの時手も足も出なかったメアの面々との対峙に備
え、彼らに対抗しうる力をつける為にジークは手元に残った護皇六華を少しでも使いこなせ
るようにとリュカの指導の下、それらに施されていた封印を解いて貰っていたのである。
「ならいいんだけど。だけど気をつけてね? 六華はただの魔導具じゃない。力が強い分、
消耗も大きいからジークの導力だと連発は辛い筈よ。いざという時の奥の手──それぐらい
のつもりでいるといいわ」
 とはいえ、六華は普通の魔導具ではない、対瘴気特化な「聖浄器」の一つ。
 故に、魔導の知識や制御術に乏しいジークには非常にピーキーな代物でもあるらしい。
「ん……。分かった」
 リュカに言われて、ジークは脳裏にサフレと戦った時のことを思い出していた。
 その時の話を聞いた彼女曰く、あの時六華が見せたものは一種の暴走状態になっていたの
だそうだ。
 術式展開──効果の発動に要するマナが足りない場合、術者から構築式の側へとマナが強
制的に流れてしまう。その結果、魔導を“使う”筈が“使われる”結果になるのだと。
 今は彼女が構築式を調整してくれたので、よほど無理をしない限り同じ事が起きはしない
らしいが……それでもやはり、あの時の自分を思い出すと正直不安は残る。
「よろしい。じゃあ早速試してみましょうか。ジーク、サフレ君。そこに立ってくれる?」
 すると一人うんと頷いて、リュカがそう指示を出してきた。
 言われるまま、ジーク、そして魔導具使いの一人として今回フォロー役に回ってくれるサ
フレの二人は彼女から少し距離を置いた位置に立ち直す。
 周囲、空き地一帯はしんと静かだった。
 街中心部の喧騒も風に乗って微かに聞こえるかどうかといったところである。
 すると、心なし不安そうに二人を見守っているマルタを傍らにして、リュカはそっと二人
に向けて手をかざすと呪文を唱え始めた。
「空(くう)を闊歩する藍霊よ。汝、我の描く箱庭を今ここに現出させ給え。我は夢想の箱
庭にて興じることを望む者。盟約の下、我に示せ──夢想の領(イマジンフィールド)」
 次の瞬間、藍色の魔法陣が二人の身体をスキャンするように通り過ぎていった。
 それと同時に目の前が眩しい白光でくらむ。
 そして思わず瞑った目を開けた時には……二人は見知らぬ場所に立っていた。
 そこ無色でだだっ広い、緩やかな丘陵が延々と続く空間。
 空を見上げてみれば雲の一つもなく、代わりに呪文(ルーン)の文様が延々と連なり揺ら
めいている。
 ジークは暫くそんな現実味のない空を見上げると、ぽつりと呟いていた。
「……何処だ、ここ?」
「空間結界だな。万が一君の剣の力が暴走しても周囲に被害が及ばないようにというリュカ
さんの配慮だろう」
『ご名答。どう? 私の声、届いているかしら?』
 すると何処からともなく──気持ち中空からリュカの声が聞こえた。
 しかし姿を探してみるが彼女の姿はない。
「ええ、聞こえますよ。流石ですね。これは界魔導ですよね? 空門の術式は扱いが難しい
というのに」
 ジークが頭に疑問符を浮かべて辺りを見渡しているその横で、サフレは落ち着いた様子で
その呼び掛けに答えている。
『ふふ……ありがとう。どうやら上手く結界内に移送できたみたいね。こっちも貴方達の様
子はしっかり確認できているわ』
 ふっと微笑んでお愛想を。
 一方でリュカ達の目の前からジークとサフレの姿が消えていた。代わりに二人の姿は彼女
の掌に浮かんでいる光球の中に確認できる。
 マルタがそ~っと横からそんな様子を覗いているのを横目にしつつ、彼女は言う。
「これからジークにはその中で模擬戦闘をこなしてもらうわ。さっき教えた通りに六華を解
放してみてね。手順は、ちゃんと覚えたわね?」
『お、おう……。どんと来いだ』
「オッケー。じゃあ早速使い魔を出すわよ」
 中空からのリュカの声に応えてジークは視線を戻した。
 するとそのタイミングに合わせたかのように、少し離れた位置に多数の魔法陣が現れ、白
い甲冑を纏った、しかし中身のない人影が次々と姿をみせる。
「よし……」
 要は彼らを倒すのが、六華を使って倒すのが今回の特訓の内容だった。
 ジークは手に下げたままの刀をぎゅっと握り締めると、錬氣の時の感覚で以って己のマナ
を刀身へと流し込む。
「──薙ぎ払え」
 次いで、シノブから教わっていた愛刀らの──長らく存在する事すらも知らなかった銘を
以って呼びかける。
「紅梅(べにうめ)!」
 変化が起きたのは、その瞬間だった。
 刀身を中心に突如として瞬き輝きだした紅い光。
 ジークの脳裏にあの時の、サフレとの戦いで窮地に陥ったあの時に見た灰色の空間とそこ
に佇むおぼろげな人影達の姿がフラッシュバックのように過ぎる。
 そして同時に身体中で感じたのは、マナごと自分自身を持っていかれそうになるかのよう
な強烈な力。
「ぬぅッ……!?」
 思わず柄を両手で握り直し、意に反する身体のぐらつきに耐える。
 そうして顔をしかめ暫くその威力に抗っていると、やがて暴れていた力のベクトルが徐々
に収まっていくのが分かった。
「……。これでいい、のか……?」
「みたいだな。とりあえず第一関門突破といった所だろう」
 煌々と刀身が紅く光っている。
 ジークが疑問系で傍らのサフレに問うと、彼はフッと肩をすくめて一応の肯定をみせた。
 大方発動自体にそう手間取っていては使いこなせたとは言えない。そんな所なのだろう。
 静かに眉根を寄せ「そうかよ……」と呟くと、改めてリュカの聞こえてくる。
『じゃあ使い魔達を迎撃してみせて? さっきも言ったけれど、消耗には気をつけてね』
「ん……。分かった」
 頷き、刀を構える。
 するとそれまでぼんやりとその場に立っていた抜け殻甲冑らがはたと動き始めた。
 盾と剣。おぼろげな靄でできた身体を震わせ、彼らは一斉にジークに襲い掛かってくる。
 だが、そこは冒険者としてならしてきたジークだった。
 相手の動き出すよりも早く、強く地面を蹴って駆け出すと、彼らが斬撃を繰り出さんとす
るモーションよりも素早くその刀を振るう。
『──!?』
 六華の持つ力は絶大だった。
 刀身を振り抜いた瞬間、一撃で粉微塵になる抜け殻の甲冑。その衝撃の余波は凄まじく、
その立っていた地面すらも巻き込んで大きな抉れた陥没を作り出してしまう。
 六振りの一つ、紅梅。その特性は『増幅する斬撃』。
 威力に所有者自身が押される感覚を伴うが、その分一撃の破壊力は爆発的に増加する。
「ははっ、こいつは凄ぇや!」
 ジークはその紅い軌跡を残しながら甲冑らの間、モーションの間隙を縫い、次々と彼らを
薙ぎ倒していった。
 元より真っ直ぐで鋭い一撃を持ち味とする彼にとって、この特性は相性が良いらしい。
(……ぬぅ?)
 だが一瞬忘れかけていた。導力がさほど高い訳ではないジークにとって、六華という刀剣
はピーキーな得物であるということを。
 踊るように切り結んでゆく、調子付き始めたその最中、ジークは突然身体が重くなるのを
感じ取ったのだ。
 しかし肉体的な疲労というにはどうにも違う。
 これはまさに心身の力が抜き取られていくかのような──。
「一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
 するとジークの傍をサフレの槍が駆け抜けていた。
 ちょうど位置としては、ジークの死角を狙う格好で剣を振り上げていた甲冑を突き倒すよ
うな格好。
「やはりな。どうだ、身体の芯が疲れてきただろう? それがマナを使うということだ」
「……らしいな。サンキュー、助かった」
 砕かれて崩れ落ちるその使い魔と、そのフォローしてくれた彼を交互に見遣って。
 ジークは身に感じた変化を隠す訳にもいかず、思わず苦笑する。
 そして残った数体を、疲労する身体に鞭打って斬り伏せると、リュカの繰り出した使い魔
達はようやく全滅をみたのだった。
「…………ふぅ。こいつは、思ってた以上にしんどいな……」
 刀に込めていたマナを、使うという意思を引っ込めると紅梅は静かにその光を収めた。
 元に戻った普段の愛刀。ジークは大きく肩で息を吐くと、そうしみじみとした実感で以っ
て呟く。
『お疲れさま。でもまぁ初めて意識的に使ったにしては上々よ。剣自体を普段使っているの
が大きいんでしょうね』
「ですね。今後の改善点を挙げるとすれば、ペース配分でしょう。本当の実戦で使うには正
直これではもちません」
「そう言われてもなぁ……。具体的にどうすればいいんだよ? 何というか、使ってる間も
ずっと力をもぎ取られてるような感覚だったんだぜ? 配分ってのがこっちで出来るもんな
のかよ、そもそも」
 刀を鞘に収めて半ば嘆息気味に。
 口調は強気だが、それでも口にする内容は教えを請うものに他なからなかった。
 自分は剣士であって魔導師ではない。知らない知識や技術が“結社”との戦いで必要とな
るのならば、ここで聞き惜しむことはしたくない。そんな思い。
『勿論できるわよ。そもそもね、ジーク。錬氣というのはあくまでマナ制御法の一つでしか
ないの。それも“身体の中のマナを移し変える”っていう全体からすれば初歩的なものよ。
だけど魔導具を含めた魔導の行使はそんなエネルギーの移動じゃない。文字通り“消費”す
る行為なのよ』
「だから今ジークは疲れているだろう? マナは精神から僕ら生命を潤すエネルギーだ。空
腹になると力が出ないように、マナも枯渇に近付くほど活動能力に大きな支障を来すんだ」
「……ふぅむ?」
 分かったような分からないような。
 少なくとも、今まで通りにマナを使うのではこの力は扱いあぐねるらしい。
 ポリポリと頬を掻きながら、ジークは半眼を作り足りない頭をフル回転させようとする。
『だ、大丈夫ですよ~。マナも休んでいれば溜まってきますし、ご要望があればそこから出
た後にでも私の音楽でジークさんの中にマナを呼び込んで回復させる事もできます~』
「そうか。じゃあ、後で頼めるか」
『了解しました~』
 とりあえず大体の感触は掴めてきた。後は練習あるのみだろう。
 ジークは中空から降ってくるマルタの気遣いをありがたく頂戴しながら、ぎゅっと何度か
自身の掌を握ったり閉じたりすることを繰り返していた。
「……やっぱ俺も、アルスみたいに導力が高くないと駄目って事なのかねぇ」
「そうだな。ただでさえ君のそれは消耗が大きい代物だ。術者の基礎体力という意味では導
力が高いに越したことはない」
『…………』
 そして思い出したのは、魔導に通じた弟(アルス)のこと。
 剣は使えるが学問はからっきし。
 学問には優れているが武芸はからっきし。
 無いものねだりと言われればそれまでだが、中々上手くいかないなとジークは思う。
『……ねぇ、ジーク』
 だが同じく彼のことを脳裏に過ぎらせたのは、何もジークだけではなかったらしい。
 ふと、声色を神妙なそれに落として呼び掛けてくるのはリュカの声。
『どうして貴方は、あそこまでアルスの同行を押し止めたの? もっと他にも言い方はあっ
た筈じゃない。どうしてあそこまで強く……』
 ジークがその声にふっと視線を上げ宙を仰ぐと、彼女の声色は静かな批難となっていた。
「……。ちゃんと否定しなきゃあいつは諦めないだろ。トナンへ行くのは単純な里帰りなん
かじゃねぇんだ。何事もない旅になるわけがねえ。少なくとも俺と六華があいつから離れて
いれば“結社”の連中の矛先はこっちに来るだろうしさ」
 静かに眉根を寄せ、ジークは言う。
「あいつを巻き込むわけには、いかねぇんだよ……」
 暫く、場の皆が黙っていた。
 弟の身の安全を想うからこその敢えて突き放した言葉。分からなくはない。でも。
『それは……エゴよ。ジーク、貴方はあの子の意思を認めないとでもいうの?』
「……ッ」
 しかしリュカの静かな反論に、今度はジークが押し黙る番だった。
 顔をしかめ、しかし言い返す言葉が見つからず。ただバツが悪く視線を逸らして黙ってそ
の場に立ち尽くすだけの兄。
 だが、だからといって彼女の言い分通り、弟の意思を受け入れる気にはなれなかった。
 サンフェルノへ向かう列車の中で吐露された彼の言葉、想い。
 もしあの時に汲み取ったものが間違っていなければ、弟が魔導を学んでいる理由は自分と
同じ筈なのだ。
 罪滅ぼし。あの日の悔しさから“力”を求めてきた自分という存在。
 だったら尚の事、俺はあいつを自分と同じ道に走らせる訳にはいかない──。
「……」
 そしてリュカもまた、思っていた。
 本音を言えば言葉通りに彼を責めた訳ではない。しかしあの頃からこの兄弟は変わってい
ないのだなとも思った。
 “自分を殺して”でも誰かの力になる。救いを成す。そんな負い目とでもいうべきもの。
 彼らの優しさなのだろう。そして責任感なのだろう。
 だが必ずしも、その動機を貫くには「正しい」とは思えなかった。
 義を成すことを否定するつもりはない。
 だけど、姉同然の間柄として、一人の人生の先輩として思う。そこまで、自分を追い詰め
なくてもいい筈だと。
(それに……貴方は分かっていない。自分達が“皇子であること”がどういう事なのか)
 心苦しい。私自身では変えられないけれど、どうして。
 血筋がそれであるというだけで、今の貴方達は“一人で己を擲つ”ことすら──。
「ッ!?」
 だが、ジーク達の沈黙は次の瞬間、文字通り破られることとなった。
 リュカが先ずその異変──空間結界への干渉を感知したのとほぼ同時に、展開していた訓
練用のフィールドが砕け、ジークとサフレが彼女の目の前に放り出されてきたのである。
「マスター、ジークさん!」
 慌ててマルタが地面に倒れこんだ二人に駆け寄っていった。
 だが幸い二人に結界破壊による後遺症の類はなかったようで、すぐに「何事?」といった
様子でマルタと共に辺りを見回している。
 リュカはすぐさま気配を辿った。
 自分の空間結界を掻き消した誰かがいる。
 その人物は間違いなく腕利きの魔導師だろう。そうでなければ亜空間に干渉するという真
似すらできないし、二人を何事もなくこちらに引き戻すこともできないのだから。
「……見つけましたよ」
 そしてその張本人は、リュカ達のすぐ向こう側に立っていた。
 マルタを含めた三人と共に、じっと視線を向ける。
「アルス・レノヴィン君のお兄さん、ジークさんですね? 一先ずはお久しぶりですとでも
言うべきでしょうか」
「……あんたは、確か」
 静かな淡々とした声色で。
 そこに凛として立っていたのは、他ならぬ学院の教員・エマ女史その人で……。

「はい。休んでいた間のノート」
「あ、うん。ありがとう。助かるよ」
 時は前後してお昼時。場所は学院の食堂、テラスの一角。
 アルスは例の如くルイス、フィデロと落ち合い昼食を共にしていた。
 弁当を、トレイの上の献立を広げてすぐルイスが鞄から数冊のノートを取り出し、差し出
してくれる。帰省の前に頼んでおいたものだった。アルスはありがたく拝借し、いそいそと
自身の鞄の中に収めて礼を述べる。
 サンフェルノに帰省していた約一週間のブランク。
 正直を言うと学院の講義がどれほど進んでしまっているか気になってはいたが、軽く彼が
まとめてくれた講義ノートを見る限りは何とかなりそうに思えた。
 僕なんかにも、ちゃんと友達ができたんだよね……。
 心なしほっこりとして、アルスはこの学友二人と暫しの会食に興じる。
「……で? どうだったのよ、里帰り」
「えっ?」
 そしてフィデロがふとそんな事を口走ったのは、その最中の事だった。
 ちみちみとフォークでこま切れにしたハンバーグを口に入れた格好のまま、アルスは数秒
彼の言葉の意図を量るように硬直する。
「ど、どうって。普通だよ? まぁ兄さんにとっては五年ぶりの帰省だったから、村の皆は
随分騒いでたけれど……」
「そういう意味じゃねーよ。訊いたんだろう? お袋さんに。お兄さんの剣のことをさ」
 ごくんと、ハンバーグの塊が喉を通っていった。
 少し咽てお茶を一杯。アルスはぐるぐると焦る思考の中で笑みを繕って言う。
「そうだけど……。母さんも知らないみたい、だったよ? うん。知らないって」 
「ふぅん……? そっか」
 もしゃっと焼きベーコン巻きのパンを齧りつつも、幸いフィデロはそれ以上の追求はして
こなかった。あっさりとしている性格故か、それとも配慮をみせてくれたのか。隣のルイス
もまた、特に何かを言い出すわけでもなく微笑のままその様を見つめている。
 何とか誤魔化せたかな……?
 アルスは苦笑を漏らしながら内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
 まさか事細かに話す訳にはいかなかった。
 自分たち兄弟がトナンの皇子で、且つ兄の剣がその国宝でもあるだなんて。……言える訳
がない。隠すことへの後ろめたさはあった。だがそれ以上に真実を知ってこの二人から友と
いう位置から遠ざかってしまうのではないかという怖さが強かった。
「……」
 ちらとテラスの柵の向こう、キャンパス内の植木へとそれとなく目を遣る。
 そこには木の幹にもたれかかってこちらを静かに見つめているシフォンの姿があった。
 彼曰く、兄(とも)に留守中の自分の護衛を頼まれたのだそうだ。
 別に嫌という訳ではない。信用できる仲間がついていてくれるのなら安心ではある。
(言えない、よね……?)
 だがこの時ばかりは……下手な発言を監視されているかもしれないという猜疑心がちらり
と顔を出してくるようにも思えた。
「ここにいましたのね。アルス・レノヴィン」
 そんな時だった。
 ふと向いていたのと逆方向から聞こえてきたのは、聞き慣れた、しかし何かとトラブルの
種になりがちな少女の声。
 振り向くと案の定、そこには腰に両手を当ててシンシアが立っていた。
 すぐ後ろには例の従者二人組が待機し、何事かと怪訝と好奇の眼を向けてくる他の学生ら
に「すまねぇな」「失礼するぞ」と何気に侘びを入れつつ彼女のフォローに回っている。
「シンシア、さん……?」
 嫌な予感がした。
 だがこの場から一人勝手に逃げ出せる筈もなく、アルスは席に着いたままつかつかと近付
いてくる彼女達を見遣るしかない。
「やっと戻ってきましたのね。いい加減教えて貰いましょうか。一体、貴方達は何をしよう
としているの? この前だってそう。あの野蛮──貴方の兄が“結社”とやり合う理由も、
全て聞かせて頂きますわよ」
 にわかに周りが動揺の声でざわついた。
 無理もない。事情はさっぱりだっただろうが、彼女の口から“結社”の名が出た事で只事
でないらしいということは十二分に伝わっていたのだから。
「し、シンシアさん!? こ、ここでその話は」
「やはり何か隠してますのね? 教えなさい。私だけ除け者なんて……認めませんわ!」
 アルスは慌てて場を収めようとした。彼女をやんわりとでも追い返そうとした。
 しかし対するシンシアは何故かすっかりご立腹らしく、捲し立てるようにアルスに詰め寄
ってくる。
 そんな感情を沸騰させた主にキースとゲドの二人も流石に手を焼いているようで、彼らは
何処かバツが悪そうに控えているようにも見える。
「……これは初耳だね」
「アルス、お前“結社”と何が……?」
「あう。え、えっと……」
 静かな驚嘆と強い疑問符と。友人二人もアルスに問い掛けていた。
 拙い。シンシア達と彼ら、両者に視線を往復させながらアルスは思わず言葉に窮して狼狽
する。遠巻きに様子を見遣っていたシフォンもまた、そっと身を起こして何か対応に打って
出ようかとしている。
 喋る訳にはいかない。僕達のことを知ってしまえば、何が降り掛かるか分からない。
 しかし、そう直感的に思うと同時にアルスはそんな己を哂う自分にも気付いていた。
(……これじゃあ、まるで兄さんと同じじゃないか……)
 眉間に皺を寄せて小さな嘆息を。
 しかしその飛び火した思考が、彼を結果的に落ち着かせることになった。
 とりあえず彼女を人気のない所へ。昂ぶっているようだから落ち着かせなければ。それと
この場のフォローはルイス君とフィデロ君に頼もう……。
 そしてそう狼狽から冷静さを取り戻し、アルスは早速事態の収拾に動こうとする。
 だが、その時だった。
「──アルス・レノヴィンさんですね」
 ふと、今度は黒スーツの男達が数人、アルス達を取り囲むように近付いて来たのである。
 シンシアを含めた場の面々が一斉に視線を向けた。
 追求を逃れられた、のか……?
 アルスの内心に過ぎったのは、乱入者の登場によって断たれたそれまでの詰問状態からの
解放、そんな一抹の安堵の念。
 だがそれも、結局は束の間のことでしかなった。
「私達と一緒に来て頂きます。学院長がお呼びです」
 じっと束ね向けられた黒服達の視線。
 彼らはアルスを見据えると、そう粛々と告げてきたのだった。

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  1. 2011/12/11(日) 20:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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