日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔30〕

「ぐがッ!!」
 数度目の殴打を食らい、由良は大きく吹き飛ばされた。肺の中の空気が根こそぎ乱暴に押
し出され、口から大量の血を吐く。
 夜闇が伝う路地裏の一角。由良はコンクリの壁に背を預け、荒く肩で呼吸をしていた。
 スーツ姿の全身は既にボロボロで、口元や脇腹、手足などあちこちが血で汚れている。奔
る痛みと共に身体の芯が軋んでいた。どうやら、肋も何本かやられたらしい。
「──」
 そんな彼へと、ゆらり迫って来る影がある。
 怪物だった。寸胴な肉柱のような身体に巨大な唇を貼り付けた醜い怪人──本性を現した
杉浦こと、詐欺師(ライアー)のアウターである。
「……まさか、あんたが化け物だったなんてな」
「ふん。その割には随分落ち着いているようじゃないか」
 やっとの事で絞り出した声に、ライアーが哂う。由良も必死の苦笑いを浮かべていた。
 だが一方で、その内心では猛烈な勢いで思考を回している。ボロボロの身体に鞭打って、
自分に何が出来るのかを懸命に探ろうとしていた。
 ……この事を、兵(ひょう)さんは知っているのだろうか?
 いや、そんな筈はない。だってこれは核心なのだから。今目の前には、一連の不可解事件
の答えと言ってもいい存在が迫って来ている。
 あの人は、騙されていたんだ。こいつとは長い付き合いだと言っていたから、多分何処か
で入れ替わっている。元から化け物なら、そもそも捕まるようなヘマはしないだろうから。
少なくとも数年、こいつはあの人を騙してきたんだ……。
「ま、伊達に何度も目撃して(みて)きてはいねぇか」
「……?」
 何故それを──。だが由良のそんな思案は、次の瞬間ライアーが呟いた一言に中断させら
れた。一歩二歩、扁平な足を踏み出して近付いて来る巨体。由良が眉を顰めて問う前に、彼
はおもむろにその両手を大きく広げた。パァンと、自身の目の前で音を鳴らして合わせる。
「“この場の俺達に、誰もが気付き、足を止める”」
 最初、一体何をしているのか解らなかった。ただ手を合わせた直後、そうライアーが言葉
を紡いだだけだ。
 その内容とは打って変わって、やはりしんとしている路地裏。
 だが何故だろう。今ちょうど、奴が喋った直後“周囲が歪んだ”ような……?
「これで、よし」
 サッと合掌のように合わせた手を解き、ライアーは呟いた。由良が目を瞬いている間にも
彼はその巨体を揺らし、こちらのすぐ目の前へと近付いて来る。ガシッ。胸元を掴まれて、
由良は彼に片手で軽々と持ち上げられた。じたばたと、反射的にもがくが、相手は全くもっ
て微動だにしない。
「あんたに恨みはねぇが……。ここで死んで貰う」
 もう片方の手が、ギチギチと自分の身体に向かって狙いを定め始めている。由良はいよい
よ終わりかと覚悟した。何でこんな事に。一体誰の差し金なんだ? 何が一番の理由となっ
たのだろう? いや、それよりも──。
「……一つ、訊いてもいいか?」
「あん?」
「守護騎士(ヴァンガード)は……お前達の味方か?」
 だから最期の最期で訊ねた由良の一言に、ライアーは一瞬止まった。止まって、逆上する
ように肉塊な全身に血管が浮き出る。
「はあ!? 何を寝惚けたことを言ってる? 同胞達を殺して回ってる奴だぞ!?」
「……」
 嗚呼、上手く引っ掛かってくれた。由良は酷く安堵したが、同時に酷く自分が可笑しくな
ってしまった。息を詰まらせながらも、フッとその口元には乾いた自嘲(わら)いが込み上
げてくる。血の痕が伝っている。
 嗚呼、そうか。つまりは自分の杞憂だった訳だ。
 我ながら馬鹿だな。そうなると自分は、結局そんなことの為に死ぬのか……。
(すみません……兵さん……。未熟な俺を、許し──)
 そして次の瞬間、由良の身体をライアーの手刀が貫いた。内蔵から口から、ごぼっと大量
の血が溢れ出る。瞳の色から生気が褪せ始める。「……何が可笑しい」ライアーがそうチッ
と、不機嫌に舌打ちをしながら手刀を引き抜いた。そのまま由良の身体はどうっと壁際の地
面へと崩れ落ちる。
「まぁいい。心配するな。すぐにお前の相方も、後を追わせてやるからよ」
「──っ!?」
 だが、その一言がいけなかった。流れ出る血と共に失せようとしていた由良の命を、内な
る炎を、再びその一言が火を点けたのだった。
「や、めろ……。兵さん、に……手を、出すな……ッ!!」
 地べたを這いつくばりながら、ライアーの脚にしがみ付く由良。
 その最期の抵抗に、ライアーはキッと怒りを露わにした。既に相手は瀕死の重傷で、たか
が人間という侮りがあった。「うるせえ!」すくい上げるように、その拳が由良の胸元から
顔にかけてヒットした。その身体は大きく吹き飛ばされ、近くの立てかけられた鉄パイプを
崩しながら転がり込む。
「……」
 血が止まらない。由良はボロボロになった身体と意識を自覚していた。崩れて転がった鉄
パイプの中に塗れながら、彼はずざり、ずざりと血塗れの腹を押し付けながら進もうとして
いた。……知らせなくては。兵さんに、こいつの正体を。答えは、自分達のすぐ近くに潜ん
でいたのだということを……。
「おっと」
 だが、そんな由良の悪あがきをライアーが見逃す筈もなかった。力の入らない手で懐に伸
ばした手。それをパシッと取って遮り、彼は由良からそのデバイスを取り上げた。取り上げ
て画面をその場でタップし、慣れた様子で操作し始める。
「悪いが、させねえぜ? 時間稼ぎに利用させて貰う」
 操作している様子までは見えなかった。というより、もう身体を起こして見上げる余力す
ら残っていなかった。
 く、そ……。由良はそれでもじり、じりっとその場から這いつくばる。血に塗れた指先を
伸ばし、暗がりに一層隠れた、建物の隙間と隙間に向かってその指を走らせる。
「……」
 伝えなくては。
 朦朧とする意識の中、ライアーが自身のデバイスを弄っている隙を狙い、由良は震えの止
まらないその手で、血の文字を書き始めた。

続きを読む
スポンサーサイト



  1. 2018/01/16(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

12 | 2018/01 | 02
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (190)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (109)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (47)
【企画処】 (463)
週刊三題 (453)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (398)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month