日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔85〕

 二人にとって、これほどの長旅は初めてだった。
 カインとクラリス──レナの実の両親・セディナ夫妻は、この日遠路遥々ジークとアルス
の故郷・陽穏の村(サンフェルノ)を訪れていた。
 両手にはどっさりと旅の荷物。持ち切れない分は、後ろから小さめの馬車を連れた数名の
神官兵達──クリシェンヌ教団から派遣された護衛役が運んでくれている。
 聖都での騒動、娘(レナ)を巡る一件で、二人は散光の村(ランミュース)にいられなく
なった。中にはこれまでの事情を理解してくれ、庇ってくれる村人達もいたが、現実として
そうではない村人達との軋轢は今も尚続いている。そんな環境の中で、間違いなくその元凶
である自分達が暮らし続けるなど無理だった。引き留めてくれる者達もいたが、二人は身を
引くことに──村を出る決意をしたのだった。

『本当に、すみませんでした。あの時もっと周囲を警戒しておけば……』
『いえ。私達も、村の皆に嘘をつき続けていた非がありますし……』
 騒動が片付いた後、ハロルドやイセルナ、レナが訪ねてきた事もあった。その時に二人は
村を出る心積もりを打ち明けた。彼らはやはりというべきか、罪悪感に襲われていたが、こ
うなることは何処かで予感していた節もある。
『それで、行く当てなどはあるのですか?』
『いえ。それがまだ』
『私達の事も知られてしまいましたから、あまり近場では意味がないでしょうし……』
 故に、二人の相談を受けて「ふむ」とハロルドは思案顔をする。イセルナも横目で彼の様
子を見ていた。するとぼーっと何度か目を瞬いていたレナが、はっと弾かれたように顔を上
げる。
『だったら、陽穏の村(サンフェルノ)はどう? ジークさんとアルス君の故郷なの。ここ
からも充分遠いし、条件を満たせると思う』

 それから、話はトントン拍子で進んだ。場所はアトス領内の北東内陸。あのジーク皇子が
生まれ育った場所らしい。最初ハロルドは目を丸くし、本人不在のまま決めていいのかと眉
を顰めたが、後日本人達からも快諾があった。二人が村に居られなくなってしまったのも、
元を辿れば自分達が原因だという思いがあったのだろう。クランの面々と共に村に、トナン
本国にいる母(シノ)らにも連絡を取り、移住計画はクラン・ブルートバードとクリシェン
ヌ教団が全面的にバックアップする形となった。こと教団にすれば“聖女”の生みの親らを
心苦しい環境──寒村の中に縛り付けていると批判されるのは避けたかったのだろう。
「……」
 陽穏の村(サンフェルノ)は地理的にもずっと北にあり、現在の季節も合わさって少し肌
寒いくらいに感じる。
 しかしカインとクラリスは、それ以上に不安だった。事前に移住したいという旨と事情は
伝えて貰っている筈だが、馴染めるだろうか? ジーク皇子とアルス皇子、あのレノヴィン
兄弟出生の地というだけで既に名が知れ渡ってしまっているであろうに、これ以上村の人達
に負担を掛けてしまいはしないか……?
『ようこそ、陽穏の村(サンフェルノ)へ!』
 だが、二人がおずおずと村の門へと近付いて行った瞬間、そんな心配は文字通り吹き飛ん
でしまうことになる。それまで穏やかに、しんとしていた場にパァンと幾つものクラッカー
の紙吹雪が舞い、重なる歓迎の言葉が響いたのだ。
 え──。カインとクラリスは目を真ん丸にしたまま立ち止まる。そこには物陰から颯爽と
現れ、お手製の横断幕を掲げた村人達が大集合していたのだった。皆一様ににこにこと、紙
吹雪がゆっくり地面に落ちてゆく中でこちらを見つめている。
「あれ? 反応がない」
「おかしいなあ。この二人で間違いないよな?」
「ああ。写真も見せて貰ったし、荷物からしてそうだろ? えっと、カインさんとクラリス
さんで合ってるよな?」
「あ。はい」
「そ、そうですが……」
「やっぱり! いやいや、よかった。もしかして全然関係ない旅人さんだったりしたらどう
しようかと思ったよ」
「改めて、陽穏の村(サンフェルノ)へようこそ。話はイセルナさん達やハウゼン王の使い
の人達から聞いてるよ。レナちゃんのご両親だそうで」
「いやあ、まさか、あの時のお嬢ちゃんが“聖女”様だったなんてなあ。まぁ結構複雑な事
情だったみたいだし、もし俺達が訊いてても答えはしなかったんだろうけど」
「とりあえず、後ろの騎士さん達も含めて荷物を運ぼうか。急ごしらえだけど、二人の家も
もう建ってるよ。必要があればまた改築するから。あー、そんな縮こまらなくたっていいん
だって。土地なんか無駄に余ってるからさあ」
 正直言って、大分呆気に取られていた。その間にも村人達はやたらフレンドリーに話し掛
けてきてはカインとクラリスを囲み、手にしていた荷物を預かってゆく。まるでお祭りだ。
いや実際、小さな村にしてみれば、移住者がやって来るなどそれだけで充分ビッグイベント
なのかもしれないが。
「家はあそこの青い屋根の平屋だ。ベッヂん家とサムソン家の間だな。困った事があったら
何でも言ってくれ。ここは田舎で何かと不便っちゃ不便だが、住めば都ってな」
「それに、この村も色々あって、今じゃあ正規軍の詰め所がある。その辺の村よりはよっぽ
ど安心して暮らせる筈だぜ?」
 邪気はない。まるでなく、本当に心から自分達を歓迎してくれているようだった。
 カインとクラリスはちらりと互いに顔を見合わせ、破顔する。先程までの心配など無用だ
ったのだ。そもそも、嫌だとか面倒だと彼らが思っているなら、ここまでトントン拍子に移
住の話が進む筈もない。
「レナちゃんはジークとアルスの仲間。で、その家族となりゃあ、俺達にとっても家族みた
いなもんさ」
「散光の村(むこう)じゃ色々苦労したみたいだけど、もう大丈夫。私達は貴方達を歓迎す
るわ。一緒に、娘さんの活躍を見守りましょう?」
『……』
 じわり。半ば無意識に涙が出てきた。袖で拭うクラリスにそっとカインが寄り添う。そん
な二人を囲みながら歩き、笑みを向けながらあーだこーだと喋り続けている村人達の中で、
ふと別の質問を投げ掛けてくる者があった。
「……ジークは、元気そうだったか?」
 何だか気難しそうな竜族(ドラグネス)の男性だ。村人達曰く、クラウスさん。皇子が村
にいた頃の剣の師匠であり、今は彼らと共に旅をしている仲間の一人・リュカの父親だそう
だ。現在は別パーティーで行動中だという。
 二人は殆ど迷う事なく首肯していた。初めて会った時──聖都での一件が本格化する前は
流石に険しい面持ちだったけれど、それは全て娘の自由を勝ち取る為だったことは自分達に
も解っている。それだけ強く激しく、闘ってくれた。心が萎えていない証拠だ。
「……ハウゼン王も、ご自身が大変な時なのに配慮してくださって……」
「そうだね。でも、あまり私達が卑下してしまっては失礼だよ?」
 ずっと思いが溜まりに溜まっていたのだろう。クラリスは感涙に咽んでいた。カインはそ
っとそんな妻の背中を擦ってやりながら、静かに言う。幸運に、差し伸べられた手に色々と
理由をつけてしまうのは止めよう。これからはもっと幸せになるんだ。
「改めてよろしくのう。カインさん、クラリスさん」
「よーし、皆、さっさと荷物を運んじまうぞ。今夜は宴だー!」
『おおーっ!』
 杖を突いた老人──村長と名乗ってくれた村人が皺くちゃの顔に笑みを浮かべて言う。そ
の横でまだ若い、中年盛りの男達が、二人や神官兵から受け取った荷物を手に快哉の声を上
げている。気持ちのいい人達だ。

 卑下しなければ、ひっそりと生きなければならなかったこれまで。だがそれも、今日この
日から変わろうとしている。秘密が解かれ、咎められることがなくなり、やっと自分達の人
生にも温かな光が差し込んできたように思う。
『……』
 嬉しい(あたたかい)。
 カインとクラリスはそっと、どちらからともなく互いに肩を寄せ合って歩く。
 そうか。こういった理解者(ひとびと)が、娘を暫く見ぬ間に強くしてくれたのだろう。
守ってくれたのだろう。
 改めて。二人の胸奥にはもう、只々感謝の念しかなかった。

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  1. 2017/07/05(水) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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