日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔22〕

 握り締め、振り上げた神像を叩き付ける。
 直前、瞳に映った男の驚く表情(かお)。だが来栖の身体は既に命じられたままに解き放
たれ、人気のない教会内に鈍い音を立てた。
「ガッ?! 何(なん)──」
 人間らしい抵抗があったのは最初だけだった。
 何で。突然の出来事に男は思わずくぐもった悲鳴を漏らし、理解できずに問うてきたが、
勿論答えなど返ってはこない。
「あがっ……! や、止め──」
 殴る。殴る、殴る、殴る。殴打する。
 手の中の神像が真っ赤に染まっていこうとも、見開いた眼鏡越しの視界が次々に汚れてい
こうとも、来栖は振り上げる手を止めなかった。
 止められなかった。目の前に映るのはただこの男──あの善良なる愛しき母子(おやこ)
を殺めた犯人の姿、憤怒の対象だけだった。
 ……憎い。何故このような理不尽が許される?
 幸せになれた筈だ。彼女達には、その資格があった筈なのだ。
 それをこの男は奪った。その浅薄で身勝手な理由で、二人の未来を。可能性を。
 何よりも……自分が許せなかった。こんな結末を防げなかった自分が許せなかった。
 結局、自分は逃げていたのだ。心は彼女達を愛していたのに、神父と信者という枠組みか
ら外れることを恐れ、ただ見守るだけに終始した。苦しくとも祈りを捧げることを忘れなか
ったその強さに惹かれながら、自分は都合よくその姿だけを愛でていた。苦しんでいる現実
があると知っていたのに、打ち明けられたのに、実際に手を差し伸べることをしなかった。
 ……許さない。この男も、自分の偽善ぶりにも。
 来栖の中に込み上げた無力さは、まるでこの期を逃さぬとするかのように全て“怒り”と
なって沸き上がった。
 最早止められぬその衝動。ちょうどその時、憎き仇が目の前にいる。
 彼の視界(セカイ)はただ、そんな目の前の一点に狭まっていった。振り上げた凶器は繰
り返し繰り返し、執拗に男の頭部を狙い、赤黒い飛沫を辺り一面に撒き散らし続ける。
「はあ……はあっ! はあっ、はあっ……!!」
 故に、ようやく気付いた時には全てが終わっていた。
 酷く息切れした身体。手や全身に残る生温い感触。かつて信仰の依り代であった像は今や
真っ赤に濡れて滴り、落とした視線の先にはかつて男だった者の肉塊が大きな血だまりの中
に突っ伏している。
「……」
 サァッと、冷静さが戻ってきた。つい先程までの激情は何だったのか。
 確かめる必要もない。死んでいる。自分でも数え切れないほど殴り続けた男の頭部は最早
原型を留めないほどにぐしゃぐしゃに歪み、破け、まだ何処の何ともつかない液体達が零れ
続けている。
 震え出す手。ゆっくりと見つめ返した自身のそれは赤黒く汚れ、更に握られていた神像は
全身だけでなく、まるで哀しみを向けているかのように、目の下からもどろどろと赤い涙を
垂らし続けている。
「あ、ああ……」
 殺した。私が、殺したんだ。
 赤黒いイメージが目に焼きつく。これは、罪だ。私は罪を犯したんだ。
「あ……あアアアアアーッ!!」
 次の瞬間、来栖の脳裏が爆発する。一瞬にして過ぎるのは、これまでの日々で鬱屈してき
た自身の記憶だった。
 寂れた教会、すっかり見知った地元の信者達。
 その中で出会ったあの母子(おやこ)と──苦笑いを零すその優しい面影。
 彼女達は死んだ。殺された。イメージは、自分はまだその面影を追っていたいのに、その
像を教会に押し寄せる人々が掻き乱す。
 憤怒に包まれる自分が視えた。法衣に身を包みながらも、その本質は悪魔だった。
 来栖は叫ぶ。ギリギリッと強く頭を抱え、一人その場に崩れ落ちながら雄叫びを上げる。
 ひび割れは瞬く間に広がった。広がり、砕け散った。
 信仰の徒としての自分、絶対だった筈の自負。
 しかしそんなものは何と脆いものだろう。自分はずっと偽り続け、罪を抱え、遂には人を
殺めてしまったのだ。何より頭を抱えるこの掌の感触には大量の血のぬめりがあり、頬にも
眼鏡にも全身にも、今や赤い烙印が無数に飛び散っている。
「アアッ、アア、アアアアーッ!!」
 締め付けてきたからこそ、それは苛烈を極めた。
 締め付けてきたからこそ、それは許されなかった。
 来栖は自らもまた血塗れになり、枯れ果ててしまいそうな程に悲鳴を上げ、天を仰いだ。
 そうするしかなかったのだろう。これまで信じてきたもの──拠り所の全てが音を立てて
崩れ去ったこの瞬間、彼に残された道は一つしかなかった。

 全てを棄てて、狂うことしか。

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  1. 2017/02/22(水) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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