日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブル〔1〕

 そこは薄暗い、やけにだだっ広い一室だった。
 内装は酷く殺風景のようだ。暗くて全体までは見渡せないが、調度品の類は一切置かれて
いないように見える。
 代わりに、幾つもの機材が置かれていた。
 竿状の器具の先に付いた観測機、ただ一ヶ所に集められた心許ない照明、淡々と電子音を
立てながら画面にグラフを描き続けるノートパソコン。それらを、何人もの白衣の人物達が
操作してその時を待っている。
「……」
 そんな彼らに囲まれるように、一人の男性が立っていた。
 白衣こそ引っ掛けているが、下に着たワイシャツはネクタイも無く比較的ラフなものだ。
年齢は三十歳半ばくらいだろう。彼はやや俯き加減で表情を隠し、照らされる照明や種々の
機材からのフォーカスをただ一身に浴びていた。
 ガチリ。ややあってその彼が動く。
 そうしてゆっくりと持ち上げ始めた右手には、一つの奇妙な装置が握られていた。
 形容するならば──銃身が極端に短い拳銃。或いは寸胴なメリケンサックのような。その
全体はメタリックな銀色で統一されており、唯一上面の一部だけが半透明のスライドカバー
で覆われてこの複雑そうな内部構造を守っている。
『TRACE』
 男性は、銃身の底に取り付けられた小さなボタンの一つを押した。
 室内にその機械的なコールが鳴り響く。白衣を羽織った人々が静かに固唾を呑んでいた。
 手首を返し、この拳銃型の装置を左手方向へ。
 ピンと。平たく開いた左手は、この凹んだ中に埋まる銃口へ。
「……っ!」
 押し付ける。すると瞬間、バチバチッと青白い電流が彼の掌と銃口の間で迸り、彼を銃口
から引き剥がそうとする。
 周囲を囲む計器が一斉にざわつき始めた。ディスプレイ上のグラフが激しく上下しながら
交わらぬ二曲線を描いていく。
「ぬ、うぅ……がぁッ!!」
 だがそこまでだった。彼は暫くこの見えない力に必死に抗ったが、結局弾かれるようにし
て装置もろとも吹き飛び、大きく床に叩き付けられてしまう。
「──大丈夫か!?」
 白衣の面々は慌てた。それでもこうした事態は想定済みだったのだろう、彼らは急いで周
りから飛び出し、床に倒れたこの男性の下へと駆け寄る。
「……はい。大丈夫、です」
 彼は息を荒げていたものの無事なようだった。それでも肉体的な、いや精神的なダメージ
は否めないのか、口元に浮かべる苦笑には力がない。
 白衣の皆が彼を抱き起こし、介抱していた。
 そんな中でリーダー格らしい恰幅のいい男性が、独りこの輪の外で沈痛に佇むとある女性
にそっと歩み寄ると、言う。
「あまり一人で抱え込まないでくれよ。君が倒れでもしたら、我々の計画はその途端に中断
を余儀なくされるからね」
「ええ……。分かっています」
 飾り気のない、首筋から少し下まで伸びた髪。落ち着いた、しかし同時に既に熟考が始ま
っていると思しき半ば上の空な声。
 彼女はこのリーダー格の男性を一瞥すると、また先の倒れた男性の方を見ていた。彼は支
えられながらも起き上がろうとしている。まだ、やれます──。本人はそう言ったのだが、
周りの面々が必死になってそれを止めに掛かっていた。
「……また失敗しちゃいましたね」
「そのようだな。……なぁ、もっと出力を下げて発動させられないものなのか? このまま
続けていては、彼の身体も……」
「無茶言わないでください。これでも計算上ギリギリの性能値と戦ってるんです。彼には悪
いですけど、これ以上妥協すると……本末転倒になってしまいます」
 そうか……。リーダー格の男性は気落ちした様子で顎鬚を擦り、暫しその場に立ち尽くし
ていた。女性の方も押し黙り、皆の輪の向こうで辛そうにしている彼を申し訳無さそうに見
つめている。
 もう一度お願いします! 駄目だ!
 適合値はどうなった? 今の所、前々回が最高ですね……。
 白衣の面々が彼を落ち着かせたり、わたわたと機材の方に戻ってああでもないこうでもな
いとチェックをしている。
 暫くざわめきが続いていた。集められた照明だけが変わらず同じ方向を向け続けており、
弾かれてその位置が大きくズレたこの彼の足元を照らしている。
「くそっ。一体どうすれば……」
「彼で無理だっていうなら、もう……」
『……』
 そんな時だった。先程のリーダー格が、そう弱気になる皆を励ますようにパンパンと手を
叩くと、進み出ながら言ったのだった。
「諦めるな! もう一度頑張ろう。この研究は人類を守る為のものだ。我々が投げ出してし
まったら、一体誰が奴らを止められる?」
「──っ」「所長……」
「今日はここまでにしよう。だが後日、また実験を再開する。……すまないが、それまでに
もう一度再調整を頼むよ」
「……。はい」
 やがて、このリーダー格の男性の一言で、面々が撤収作業に入り始めた。機材の電源を落
し、配線や部品を片付け、ぱたぱたと彼らは慣れた手際で室内を本来の殺風景でだだっ広い
それへと戻していく。
「……」
 皆に支えられて出て行く彼と視線を交わらせて見送り、リーダー格の男性達があれこれと
議論をしながら立ち去るのを横目に、彼女は一人部屋に残っていた。
 ゆっくりと靴音を鳴らして部屋の奥──彼が弾き飛ばされた場所に歩み寄り、床に落ちた
ままの先の拳銃型装置を拾い上げる。
『──』
 すると次の瞬間、スライドカバーの下から立体映像(ホログラム)が現れ、そこに金属の
六翼を持った小さな少女が姿を見せた。
 脇腹や手足首など、随所に金属質のフレームや輪を備えた空色のワンピース。
 若々とした白銀色のおさげ髪に、胸元に取り付けられている茜色の球体。
 そんな彼女の表情は今しゅんとし、申し訳なさそうな上目遣いでこちらを見ている。
「……大丈夫」
 しかし白衣の彼女は、そう呟くように言った。たとえ辛くとも、彼女はこの電子の少女を
努めて優しい微笑みで見つめ返す。
『……』
 ゆっくりと、二人は振り向きながら辺りを見渡した。
 室内は変わらず薄暗い。皆が撤収した事で、先ほどまであった各種機材も自分達の研究の
痕跡も、今はすっかり隠されている。こなれたものだ。

 再実験。これでもう何回目になるだろうか。
 再実験。やはり彼では駄目なんだよと思う。

 人気の無い静寂。秘匿されたその部屋で。
 二人は暫く、じっと文字通り暗がりの中に立ち続けていた。

続きを読む
スポンサーサイト



  1. 2015/03/19(木) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

02 | 2015/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (190)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (109)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (47)
【企画処】 (463)
週刊三題 (453)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (398)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month