日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅴ〔57〕

 悪意はなかった。ただ奇しくも同じ場所に居合わせただけだったのだ。
「……暑ぢぃ」
 彼はその日、一人とぼとぼと堤防道を歩いていた。
 季節は夏本番を迎えんとする頃。日々強くなる日差しもあり、スーツの上着はとうに脱ぎ
捨て片腕に引っ掛けている。
 その首から下がっているのは写姿器だ。彼はとある雑誌社所属の撮影技師(カメラマン)
だった。
 尤もその会社自体はお世辞にも大手とは言えない。はっきり言って零細中小の部類だ。故
に会社自体も、必然的に彼も、ここ暫くは大きな儲けを得られずにいた。
 ネタだけなら……転がっている。このご時世だ。きな臭い事件の一つや二つ、叩けば幾ら
でも出てこよう。
 だがそんな中でも特に世間を騒がす──大口の狙い目は、基本的に大手の連中が掻っ攫っ
ていってしまうものだ。自社で抱えるオリジナルの情報というのは乏しい。かといってある
事ない事を書き並べてセンセーショナルを演出した所で、昨今は訴えられるリスクが高いと
きた。各国の司法も、表現の自由より、国益の側に立っている感を個人的には覚えている。
 ……確かに、煽り立てるだけの報道を健全と呼ぶべきかどうかは、疑問だとは思う。
 しかし現実は稼がねばならない。そして少なからず、人々は日々の不平不満をぶつける事
のできる“敵(ダシ)”を求めている。
 彼は揺れていた。何もそれはこの降り注ぐ日差しの所為だけではない。
 俺達が“正義”を標榜した(かいた)って、どうなるものさ。
 馬鹿正直に王侯貴族・豪商様の機嫌を損ねたって、デメリットの方が多い。
 なら無難に、こっちも“ニーズ”に合わせた商売をしようじゃないか──。
 そんな何時かの、先輩達の含み笑いが脳裏を過ぎっては消えていく。
「何か……いいネタねぇかなぁ」
 堤防道の上で、ぼうっとそんな嘆きにも近い呟きを。
 彼は眩しさに半目になりながらも軽く空を仰いだ。清々しい。青く、時々むくむくとそそ
り立っている雲。
 スキャンダラスな記事作りがどうにも厭で、結局取材に飛ばされたのは近隣の村々。
 夏に向けた農夫らの姿や、所々で始まる祭りの気配など。彼はここ数日各町村を回っては
取材の許可を取り、そんな──きっと紙面の片隅にしか載らないであろう風景を撮るばかり
であった。
 かつての志。内側と外側の、現実。
 降り注ぐ陽光が、かくも忌々しい。
(ん……?)
 そんな時だった。何となく眺めていた、川を挟んだ向こう岸の一角に、彼は誰かがいるの
を見つけたのだ。
 微かに耳に届く水音。嬉々とした若い声。
 彼はじっと目を凝らした。向こう岸の堤防道、その途上にある木々に囲まれた辺り。
 そこに何人か──水浴びをしているらしい者達がいる。
「呑気なもんだな」
 内心悪態はつきつつも。されど職業からか自身の癖か、彼は次の瞬間にはフッと笑い、首
に下がった写姿器を持ち上げるとレンズを覗き込んでいた。
(……ッ!? ちょっと待て。あれは、もしかして……)
 故に、ようやく気付く。気付いてしまったのだ。
 川辺で涼を取っていた少年達。
 そのレンズ越しにズームしたその中に、見覚えのある少年──トナン皇国第二皇子アルス
の姿があるのを。
 彼は思わず目を丸くしていた。レンズの向こうで、同じく見覚えのある翠の少女精霊と共
に川辺で足を浸している皇子を見つめ、彼は殆ど衝動的にシャッターを切っていた。
(おいおい、マジかよ……。確か皇子は、暫く療養するって話じゃなかったのか……?)
 そっとレンズから顔を上げ、おずおずと周りを確認するように見渡す。
 こちら側の堤防道には他に誰も居なかった。
 だが向こう岸、アルス皇子達のいる側はそうはいかないだろう。たとえプライベートな場
であっても、随伴の武官の一人や二人、近くに潜んでいると考えるのが普通だ。
(……こりゃあ、ずらかった方がよさそうだ)
 皇子達の姿を捉えた写姿器を首に下げ、彼は駆け足になり堤防道の坂を滑り降りていく。
幸いにも追っ手は来なかった。おそらく川を隔てていた状況に救われたのだろう。
 人気もそう多くない田舎町を、彼は息を切らして駆けていった。
 こいつは──スクープだ。
 内心の興奮を隠し切れず、彼はぎゅっとこの愛器を握り締める。
 ようやく自分にも運が向いてきたのかもしれない。まさか皇子の静養先が、この町だった
なんて。
(急いで戻ろう。こいつを、社に持ち帰れば……)
 興奮。にわかに揺さ振られ始める功名心。
 だがこの行動が、後に大きな事件を招くことになろうとは、彼は未だ知る由もなく──。

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  1. 2014/11/08(土) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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