日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔48〕

 それはまるで、深く深く沈んでいく泥濘(ぬかるみ)のような。
 其処はどうやら想像していた以上に暗いようだ。目を開いている、という自覚は持てない
のだけど、知覚できる範囲は鼻先十数小往(スィリロ)(=十数センチ)にも満たない。
 ただ……この中にいると、何というか、嫌な記憶ばかりが想いばかりが、勝手に揉み出さ
れていくような気がして。

 私に父はいない。いや、いる筈なのだろうけど会った事すらなく、故に顔も知らない。
 少なくとも、物心ついた頃には二人だった。
 母と私。いわゆる母子家庭、シングルマザー。サムトリアの田舎ではごくありふれた、周
囲を豊かな自然──もとい田畑ばかりに囲まれた家の軒先で、ぼうっと私が土の風の香りを
いっぱいに浴びているその向こう側で、母が日がな黙々と家事や畑仕事をこなしていたのを
私は今も覚えている。
『いいのいいの。ロゼッタ、貴女は勉強に集中しなさい。これから先、きっと貴女を支えて
くれるものになるんだから』
 何度も手伝おうと思った。実際何度もその手伝いをした。
 だけどもその度に、母は決まってそう私に言い聞かせていたのを覚えている。
 優しく諭す声色、私を撫でてくれる温かい手。でも幼心に私は知っていた。そう語る母が
哀しみ──諦めのような感情をひた隠しにしていたことを。
 あの頃は幼く、その言葉が意図することを正直解ってはいなかった。
 でもそれは事実なのだろう。貧乏から抜け出すには、それこそこの身一つから立身出世を
果たすくらいしかないのだから。
 負担は決して少なくなかった筈だ。だけど母は言葉少なげに、でもいざという時はまるで
我が子を見透かしているように支えてくれて、私は勉学に励むことができた。
 社会学の博士号を取り、研究者の道へ。
 それはひとえに母──自分達のような割を食うような人々を極力出さない、穏やかで均整
のとれた社会を実現する為。私は仲間達と日々、そんな制度設計のプランニングとその提唱
に没頭し続けていた。
 だけど……世の中はそう簡単に変わってくれる訳がない。
 積み重ねた研究の成果、働きかけた政治家の数。いつか私達はオブザーバーでしかない事
に飽き足らず、自ら政治の世界へと飛び込んでいた。
 世界を変えるには、皆が笑顔で暮らせるようになるには──この想いがその中枢に届かな
ければならない。
 当然というか予想通りというか、先達、いわゆる政界の重鎮と呼ばれる連中からは白い目
で見られた。夢見がちな若造……そんな評を陰で叩かれていたことくらい知っている。
 それでも私達は進んだ。馴れ合いと慣習に塗りたくられた「大人」よりも、論理的に時に
情緒というものを冷静に分析した私達の「理想論(こども)」は徐々に領民らの支持を得る
ことに成功していった。
 統務院議員に出馬、当選したのはそれから何年もした頃である。
 私達は歓喜した。改めて意気込んだ。これで──夢に、願った世界に大きく近付く。
 だが……不幸はそんな最中に起こった。母が、突然の病に倒れたのだ。
 その報せを聞き、私は大慌てでその枕元へと飛んで行った。スケジュールに少しでも余裕
があれば、どんなに労があっても厭わなかった。
 お母さん。私、やっとここまで来たんだよ……?
 なのに母は眠ったままで、機械に繋がれて、断続的な電子音の中で微動だにしなくて。
 死んだ。私達の看病と祈りも虚しく、母は一年ともたずに逝ってしまった。
 相当無理をなさっていたようですね──。そう主治医から聞かされた時には、私は危うく
発狂しそうになった。
 やっぱりそうなのか。お母さんはずっと、私の為に……。
 世界ががらりと色彩を薄めたような感覚に陥った。仲間達は繰り返し私を励まし、慰めて
くれたが、一度覚めてしまった夢はもう二度と同じそれを見せてくれないのかもしれない。
 後悔と責任が、私を両側から挟み撃ちにしていた。
 そしてそれはただ、私個人の感情の問題、精神的なダメージという話ではなかったのだ。
 統務院議員──正義の秤(ヴァランサ)の常任審査官。世界の中枢、間違いなくその筈だ
ったのに、蓋を開けてみれば何と変わらぬことか。
 出身地域や己が支持基盤への利益誘導、国代表としてのパイの取り合い──上っ面は笑顔
でも、その実テーブルの下では互いに足を蹴りあっているようなさま。
 延長線上だった。単なる政争の二次会場でしかなかったのだ。
 けだし政治とは闘争であるのだろう。その少なからずは始めこそ志を持っていたのかもし
れない。だが時が経つほどに、思惑渦巻く世界に呑まれるほどに、その想いはきっと他なら
ぬ自身を含めた彼らという全体によって希釈・分解させしめられる……。
 励ます声はあった。仲間達もいた。
 だけど私はこれ以上は無理だと思った。三期目の選挙が始まるその前に、私は立候補を諦
めて国に帰る事にした。
 そんな時だ──地元の有志の方々から次期大統領選へ出てみないかと打診があったのは。
 確かに以前は州議員を務めていたこともあった。だが、いきなりそれはどうなのだろう?
正直言って「勝てない」だろうと思った。
 しかし……傷心した私を迎えてくれたのは、他ならぬ祖国(サムトリア)の人々だった。
 理想を掻き抱く改革の女性(ひと)。私はそう呼ばれ、尚も慕ってくれる人が少なからず
いたのだった。
 ……泣きそうになった。そうか。もっと近くに、仲間はいたんだなって。
 このまま心を折ってしまっては、道を閉ざしてしまってはならないと自分でも思っていた
のだろう。世界規模のトップダウンが難しいのならば、先ず祖国から。何よりもこんな私の
為に半生を捧げてくれた母の為にも、逃げ出すなんて真似は出来なかった。
 そうして決心し、仲間達や支持者に担がれ、私は大統領選に臨んだ。
 当初は経験の浅さを口撃されたものだが、とうに想定済みな私達はこれまでの社会モデル
という具体的なプログラム、州議員や統務院議員時代の自分をアピールすることで巻き返し
を果たすことができた。
 そうして──私は今この国、顕界(ミドガルド)南方の盟主と呼ばれるサムトリア共和国
の大統領として日々の政務をこなしている。
 それも全ては皆の支えがあるからこそだ。そうでなければ、私はあの時、完全に心が折れ
てしまっていただろう。
 だけど……本音を言えば今が満たされている、とは言い難い。政権基盤の磐石さに難を抱
えている、その点は否定しようがない事実なのだから。
 仮にも改革を謳い、権力サイドよりも民衆の力に依り立って就いたこの身だ。水面下では
重鎮達とその取り巻きは非協力的で、論理的な呼び声よりも自分達が長く積み重ねてきた政
治慣習──歴史と伝統を重んじる。その点では一国だろうが世界だろうが、変わりはない。
 だからこそ……しばしば思ってしまう。襲われてしまう。
 私は、本当にこの国に必要だったのだろうか?
 政治的発言力とその歴史ならば連邦(アトス)、軍事力ならば王国(ヴァルドー)、財力
なら都市連合(レスズ)がそれぞれ抜きん出ている。我が国がそれ以外で誇れるものといえ
ば肥沃な農地と自然くらいだ。導都(ウィルホルム)──魔導の聖地があるじゃないか、と
言う人も少なくないけれど、あそこは自治都市だ。いくら領内に所在するとはいえ、厳密に
は私達からは独立して存在している。
 これで、本当に良かったのだろうか? 自分が大統領にならずとも、国自体は変わらず回
っていたのではないか?
 尤もそんなことを公に口走れば無責任だし、私の夢に改革に賛成を示してくれた皆を裏切
ることになる。少なくとも消極的な現状維持という態度は、発展的な世界に資するものでは
ない筈だ。

(お母さん……)
 嗚呼。なのに、何故こんなにも思い出してばかりなのだろう? 何故こうも後悔ばかりが
揉み出されているのだろう? 涙が出そうになるのだろう?
 この闇の所為か。この光の見えない暗がりが、私の中の闇を深めようとしているのか。
 そうか……だから泥濘(ぬかるみ)、と思ったのか。
 深く深く沈んでいく、心と体。
 だがそれは他でもない。私自身の心の闇が、そうさせるのかもしれない……。

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  1. 2014/03/01(土) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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