日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅳ〔40〕

 母の戴冠式から、一週間弱の日数が経っていた。
 夜の帳はとうに下りている。今、室内を照らしているのは机の上のスタンドランプだけで
あり、暗がりの頭上──中空ではむにゃむにゃと寝息を立て丸まったエトナが眠っている。
「……」
 そんなクラン宿舎の自室で、アルスは灯りの下で一人本を読んでいた。
 本格的に眠気がやってくる前の、そう長くはなくとも何気に持て余す一時。
 そうした時間すら惜しいと活字を追うのは、もうアルスにとっては長く習慣となっている
一日最後の光景だ。
 といっても、目を通すのは魔導書ではない。
 予習復習をしていた時分もあったが、今読んでいるのは娯楽小説。物語の世界だ。
 ひたすら事実(リアル)を吸収するだけでは疲れてしまう。時には虚構(フィクション)
という形で知識を、思考を積んでいく。……どのみち活字だらけじゃないかと苦笑いされれ
ば確かにそうなのだが、実際好きなのだからしょうがない。
 暫くの間、じっと物語の中。
 やがて区切りのよい──丸一章分を読み終えた所で、アルスは栞をその頁に挟んでからそ
っと本を閉じた。
 机の横にある本棚の空きに几帳面に納め、カーテン越しの外を見遣る。
 外は言わずもがな闇色だ。そんな黒の中にぼやっと他の家屋の灯りが点々と落ちているの
が辛うじて分かる。
 外はおおよそしんと静かだった。村(サンフェルノ)のような山間とは違う、街が故の音
がそっと聴覚の傍を小走りで駆け去っていく。
「……」
 少しだけ、ほんの少しだけ故郷を懐かしみ、頬が緩んだり可笑しくなったり。
 だけどもそう呑気に構えていられないのだということを、アルスはよくよく理解している
つもりだった。
 待ち構えている。
 今は文字通り暗がりで視えないけれど、窓を開けた向こう側には自分達にとっての善意も
悪意も、厭気が差すほどに溢れかえっている。
 ……戴冠式のスピーチ、本国(ホーム)の優位な条件を利用して、母はあの時語った。
 皇国(トナン)の共和政構想。
 本人も今すぐにという訳ではないと語っていたが、案の定、翌日にはもう一斉に報道が出
ていた。自分も導信網(マギネット)でそれらの記事を読んだ。

 “改革派新女皇の爆弾発言”
 “共和政国家、また一つ誕生か”

 社によって見出しは違うが、概してその趣旨は母の性急さを暗に批判するものだった。
 中には“王位に就いた直後に政治を投げ出さんが如き”と中傷してくる所さえあった。
 ……違う、そうじゃない。
 自分は分かっているつもりだった。反論したかった。だけどこの手の煽りに引っ掛かるの
は「負け」である。皇子としての身分が明らかになってからというもの、侍従らにも口酸っ
ぱく説かれた心得の一つだ。
 母はただ、また王位というものが大乱の元にならぬようにしたいのだ。
 兄はただ、結社に奪われた父の帰還をその手で手繰り寄せたいのだ。
 それだけなのに、それだけなのに……人はあれこれと邪推する。何もよく知らないのに、
さも知っていると言わんばかりに吹聴する。
 怒りか? いや──これはきっと己への情けなさだ。
 悪意(ごかい)が生むよどみに足を取られる大事な人たちを、自分はどれだけ救うことが
できただろう? 救うことができるのだろう?
 闘いがイコール悪ではないけれど、それらをバラバラな解釈で語られ、嘘を真実に塗り替
えられてしまうのであれば……それはきっと“悪意”であると言っていい。
 では……自分達を「正しく」受け止めてくれる人だけが“善意”の人、なのだろうか?
 本当に自分は……「正しい」思いを伝えぬまま、貴重品扱いされていていいのだろうか?
「──っ」
 ぞわわっと、心の中が汚泥に沈むような錯覚があった。
 アルスは冷や汗をかき、慌ててそれまでの思考を放り出すようにぶるぶると首を振る。
 駄目じゃないか。
 “味方”になってくれないから“敵”だなんて、決めつけが過ぎる。
 自分の思いが「正しい」かなんて、決めようがない。
 たとえ母や兄、仲間達の思いを貶める“悪意”であっても、もしかしたら彼らなりの思う
正しさがあるのではないか?
 そう考えられなければ──誰も歯止めを掛けられなくなってしまう。
(僕にしか。僕には僕の、闘いがあるんだ……)
 そっとローブの袖で冷や汗を拭い、にわかに跳ねた鼓動を落ち着かせる。
 それはこれまで何度も自分に言い聞かせてきた文句。
 呑まれちゃいけない。僕らの為に、一緒に闘ってくれている皆を裏切ることにならない為
にも、僕らは進むんだ……。
 しかし、とアルスはまたもはたと思う。
 闘い。そう云っている時点で、自分達は既に敵味方を作っているじゃないか──。
 ごくりと唾を飲んだ。まだ冷や汗が治まらずつぅっと顎を伝った一方で、相棒(エトナ)
は変わらず気持ち良さそうに眠っている。
 もう一度、ゆっくりゆっくり深呼吸。息遣いだけが深夜の室内に漏れ、消えていく。
 机の上の時計を見た。
 既に日付は変わってしまっている。カチカチと刻まれる秒針の音が、一人煩悶する自分に
冷笑を向けているかのような錯覚さえ味わう。
(……。もう寝よう)
 正直言って、今夜はあまりよく眠れない気がする。
 それでも少なからず重くなった身体を引きずり、アルスはランプの灯を消してからベッド
に倒れ込んだ。

 闘わずに争わずに済めば嬉しいけれど、それが「理想」であることも理解はしている。
 だけど、願わずにはいられない。
 様々に苦しむ人々がいるのを実際に見てきたから、知っているから、その現実を否定した
くて堪らなくなる。
 
 ──願わくば、少しでも争うことなき、穏やかな世界を。

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  1. 2013/07/15(月) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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