日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔36〕

 定期試験後という余熱は、数日も経つと静かに引いていった。
 即ちそれは、従来の学院生活が戻ってくるということ。
「来るよっ、アルス!」「うんっ!」
 その日もアルスとエトナは演習場(アリーナ)の利用許可を取り、ブレア指導の下、魔導
の実践訓練に励んでいた。
 何度目かの、障壁の束を破った煌(オーエン)とその咆哮。
 紅蓮を纏った一つ目の巨体が片腕を振りかぶり、アルス達に襲いかかる。
「……!?」
 だがその一撃は当たらなかった。オーエンがその一つ目を大きく見開いている。
 彼の放った拳。その接する一点に、アルスは群成す意糸(ファル・ウィンヴル)──無数
のマナの糸で編んだ手術刀(メス)や鉗子を重ね、この一撃を受け止めていたのだ。
「ふ、防いだ……」
「まぁあいつらも、伊達に何度もオーエンと練習して(やって)きてないからな。以前に比
べて導力も上がってきている。オペ具自体の耐久力を高めてきた、ということだろうが」
 そんな訓練のさまを、同アリーナ内の一角からブレアとリンファが見ている。
 彼女は彼──皇子の成長に素直に驚いていたが、一方のブレアはあまり大きな揺らぎを見
せてはいない。
 護衛に彼女が就く、その以前からアルス達の修練を見てきているということもある。
 だが何よりも、ブレアは知っていた。
「パワーに劣る意魔導で、俺の使い魔(オーエン)を止められるとは──」
 彼の理由、抱き続ける願い。
 そして……直接口にこそ出していないが、その動機が持つ“歪み”の深さを。
「エトナ、残りに強化を!」
「オッケー!」
 しかし見守る二人のそうしたやり取りと内心を余所に、アルス達は新たな動きをみせ始め
ようとしていた。
 束ね重ねたマナで編んだオペ具。
 それを以ってオーエンと力比べを演じる中で、アルスは頭上の相棒(エトナ)にそう指示
を出したのだ。
 そして次の瞬間、ブレア達──とオーエンが心なし同時に目を見開いていた。
 エトナが力を滾らせたのと同時に、地中から無数の植物が突き破るように出現、アルスが
操作するマナのオペ具へと次々に巻き付き覆っていったのだ。
「せいっ!」
 それはさながら、濃い緑にコーディングされたかのようで。
 オーエンがその拳を除けるには数拍遅かった。
 拳を突き出し、真正面で重ねられたオペ具と向き合っていたが故にガラ空きとなっていた
その両脇腹。そこへ強化(コーティング)された、残りのオペ具が一斉に凶器となって叩き
込まれる。
 短い呻き声を漏らし、オーエンの一つ目が大きく見開かれ──そして瞳を小さくしながら
痙攣するようにぐらぐらと揺らぐ。
 拳の力が大きく弱まった。アルスはその隙を逃さず指先から伸びるマナの糸を操作し、足
払いから突き上げと腹への一斉打撃。強化オペ具を再びオーエンに叩き込み、遂にその巨体
を転倒させることに成功する。
 アリーナ内に響く轟音。
 リンファと、流石の召喚主(ブレア)もこれには驚きを隠せない。
「──」
 紅蓮の身体に叩き付けた故、コーディングは早くもあちこちで焼け落ち始めていた。
 だが炎が時に再生のシンボルとなるように、この植物の皮膜もまた自己再生──随時生え
直すという特性を備えていた。
 大地から供給されるエネルギー。その恵みが、エトナの呼び起こしたこれら緑の蔦の群れ
を活発な新陳代謝で以って、炎熱にも負けない強さに組み上げてくれる。  
「領域選定(フィールド・セット)!」
 先日、アルスらの下に兄達からの導話が届いた。
 曰く彼らは今、鋼都(ロレイラン)にいるらしい。何でも道中で見つけた、珍しいキジン
の損傷を直す(けがをなおす)為だという。
 正直言うと、その報せを受話筒越しから聞いてアルスは何処かホッとしていた。何かにつ
けて戦うばかりではない、困った誰かを放っておけない兄の優しさが嬉しく思えた。
 ……風都(エギルフィア)での一件が、まだ脳裏に焼き付いている。
 ただ、失いかけた父を救い出したい。父を攫っていった“結社”を追う。
 兄の思いはそれだけなのに、どうしてあんなにまで大事になってしまうのだろう? 皇子
という立場から逃げたくはないし逃げられないが、映像器越しに見たあの世の悪意なるもの
らにはどうしても気が塞いでならなかった。
 力が、足りないと思った。学び知性を尊んでいるだけでは足りないのではと焦った。
 暴力は振るいたくない。だけど、せめてセカイを蝕む理不尽を振り払えるように。そんな
心の毒から、何とか人々を救い出したくて。
 “そういったことは俺がやる事だから気にすんなよ──”
 多分兄さんは、そう言って苦笑する(わらう)んだろうけど。
「施術、開始(オペレーション・スタート)!」
 大きく地面に倒れ込んだオーエンに、アルスとエトナはすかさず中和結界を仕掛ける体勢
に入った。両手の五指に大量のマナの糸を伸ばしたまま、この紅蓮の巨人を重ねたドーム状
の障壁で包み、間髪を入れず彼に繋がる魔流(ストリーム)を切断していく。
「オ、オォォォ……!?」
 一つ目を驚きで大きくして、オーエンはよろり起き上がりながら唸っていた。
 しかし気のせいだろうか。彼はかつて初戦でそうしたように、何としても自身の腕力で障
壁を破ろうという素振りをみせない。
 アルス達によって次々にストリーム──魔力が供給される経路が断たれて力が抜け、身体
が少しずつ赤い粒子となって蒸発し始めていたことも大きい。
(……?)
 だがそれよりも。
 アルスには、まるで彼のゆっくりと細められていく眼が、自分に「よく成長したな」とで
も語り掛けているように思えて……。
「よし、そこまで!」
 オーエンの炎の外皮がほぼ全て剥がれ落ちたのを見計らって、ブレアは叫んだ。
 それを合図にオーエンは渦を巻きながら収縮し、姿を消す。アルスとエトナもそれまで張
っていた結界とマナのオペ具を解除し、中空で塵になって消えていくコーティングの植物達
を見上げながら大きくその荒くなった呼吸を整える。
 ……ちなみに、中和施術の最終工程である聖気注入は、オーエンのような使い魔──マナ
で出来た存在にはむしろ元気を与えるだけであるため割愛されている。
「お疲れ様です。アルス様」
「やったな。遂に煌(オーエン)相手にオペが上手くいくようになったじゃないか」
「……ありがとうございます。でも、多分二度目は同じようにはいかないんでしょうね」
 ブレア、そしてリンファが二人の下へ近付いていき、そう労をねぎらってやった。
 だが当のアルスは、静かな苦笑いを浮かべるだけ。
 彼の頭上中空でエトナが「そんなに追い込まなくたって……」と心配げに呟いていたが、
やはりその表情は何処か硬いままだ。
(もしかしたら、この訓練自体も実際には役に立たないのかもしれない……)
 確かに以前に比べればずっとスムーズに手術刀(メス)や鉗子を操れるようになった。加
えてこれらオペ具自体も強化を施し、ある程度なら自分達単身での戦闘もこなしうる。
「……」
 だけども、とアルスは思う。
 力とは……何なのだろう?
 守ること救うことの意味はあるのだろうか? 何より、本当に可能なのだろうか──。

「──ただいま~……」
『おっ? おかえり~』
『お、おかえりなさい……ませ』
 そしてこの日もまた、アルス達は一日の講義と訓練を済ませて帰宅する。
 ホーム──酒場『蒼染の鳥』に一歩足を踏み入れると、こちらも一日の働きを終えて一息
を入れ始めていた団員達が口々に顔を上げて言葉を返してくれる。
 一方では気心の知れたといった気さくな、一方ではまだまだ硬さの残る遠慮がちな。
 新旧の団員らの反応がおもしろいほど奇麗に分かれていた。
 だがアルス自身、そこに何か文句をつけるつもりは毛頭ない。日暮れの中、店内を照らす
灯りの下、アルスは努めて分け隔てなく微笑を返す。
「おかえりなさいませ、アルス様。あ、あとリン」
「うん?」
「昼間に送ったメール、ちゃんと読んだ? 空メールばかり返信されてくるから気付いてな
かった訳じゃなさそうだけど……」
「ああ、それなんだが……。すまない、まだ操作に慣れなくてな……」
 仲間達との日常、帰宅後の緩やかな時間がアルス(とエトナ)を包み込んでくれる。
 だがその傍らでふとイヨが友(リンファ)に何やら話して──軽く問い詰めているのが目
に入った。
 言いながら苦笑し、リンファが取り出したのは携行端末だった。
 アルスの復学と彼女の護衛役着任、ちょうどその少し後日から支給された代物である。
 ただ根っからの武人である故か、彼女はまだその扱いに苦戦しているようだった。イヨに
弁明しながら画面を操作してみせるそのさまは、やはりどうにも覚束ない。
「……あの。メールって、何かあったんですか?」
 だからかアルスは、何となくイヨに振り返り訊ねていた。
 自分に気を遣ってわざわざメールにしてくれたのだろうか? 基本的に講義中、彼女には
外で待機して貰っているからそんなに気にしなくてもいいのに……。
「は、はい。その、本国より連絡がありまして。まだ確定ではないのですが……」
「……?」
 だが訊ねられた彼女は、心なしか言いよどんでいるように思えた。
 アルス、そして遅れて振り向いてきたエトナが小首を傾げる。そんな二人に、彼女は一度
リンファと顔を見合わせると、
「陛下──シノ様の戴冠式です。日程調整等がありますので、本国よりアルス様のご予定を
確認したいとの連絡がありまして……」
 コホンと一つ、咳払いをしてから言ったのだった。

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  1. 2013/03/27(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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