日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)死に損いのデッドレス〔4〕

 意識の視界を、強い眩しさが真っ白に染め上げる。
 そんな中で聞こえてくるのは、懐かしいあの頃の声だった。懐かしい下町の匂いだった。
 ……そうだ。化け物になってしまう前は、自分もごく普通の人間だったのだ。
 決して裕福ではない、間違いなく持たざる者の側。
 それでも自分達は毎日のようにつるんでは笑い、喧嘩もし、そしてまた笑う。
 あの頃は口癖のように、自分達ごろつきを腫れ物扱いする世の中をクソッタレと蹴り飛ば
していたものだが、むしろそんな日々が──きっと永遠ではないけれどそんなあり余るほど
の「日常」が──本当は一番の宝物だったと、今の自分ならばはっきりと解る。
 何より出会うことができた。愛する人がいた。
 彼女は自分達のような、下町──スラム側の人間ではなかった。むしろその出身は正反対
の富裕層で、世間の“常識”の中では先ず接点を持つことはない筈だった。
 なのに、彼女は自らの意思で自分達の側へと訪れてきた。何度も……何度も。
 出会いの切欠になったナンパ男達からの撃退の時も、放っておけなくて必死に助けてやっ
たというのに開口一番が「ちょっと、余計なことをしないでよ」ときたもんだ。
 後々聞いた話では、彼女にとってはゴロツキ達の生の声を聞くことすらもシャカイガクと
やらの実地調査の一環だったそうなのだが……彼女はとかく、あの頃から男顔負けの負けん
気の強い女性だった。
『だっておかしいでしょう? 世の中はこんなにも豊かさで満ちているのに、それを受け取
れる人と受け取れない人がいる。……おかしいのよ。間違いなく政治の怠慢じゃない?』
 だからか、自分は彼女をどうにも放っておくことができなかった。
 最初の出会いを始め、幾度となく。
 いつしか自分は、地元に彼女が──曰くフィールドワークを行う為に訪れたのを見つける
度に、このスラムに不案内な彼女のフォロー役を務めるようになっていた。
『ん? まぁねー。父さんとかにはいい顔されないけど……。でも机の上で、金持ちばかり
が集まって口喧嘩したって誰も救われないんだよ』
『はん。随分とキレイな言い分だな。どのみち上から目線だろうに』
『……だからだよ。本当にあたし達が手を伸ばさなきゃいけないのは、あんた達みたいに燻
って不満を溜め込んでる人間なんだ。周りの大人達は、まるであんた達を──こういった街
をさも無いかのように扱ってる。こうやって、ちゃんと生身の心を持ってる人間がいっぱい
いるのに……』
 最初は仲間達も、もしかしなくても自分自身も、彼女を偽善者的に見ていた気がする。
 だけど案内が恒例の役回りになって、何度もめげずにスラムに足を運ぶ彼女の、その胸の
内に抱えている思いを聞いて、自分達はそれまでの認識を改めざるを得なくなった。
『あたし達が──貴族や取り巻きの金持ちがそんな体たらくだから、人が人をモノみたいに
使い捨てるようなことが罷り通っちゃうんだよ……』
『……』
 彼女は本気だったのだ。馬鹿馬鹿しいほどに、だけど間違いなく。
 そして自分達はハッと胸奥を鋭く突き刺される思いがした。
 ずっと恵まれている筈の彼女が、本気で自身の人生を生きようとしている。賭けに躊躇い
を見せず突っ切ろうとしている。
 なのに……自分達はどうだ?
 持たざる者。むしろ自分達は、そのレッテルを言い訳に使ってはこなかったか? 彼女の
ように、本気で自分をセカイを変えてやろうと生きてきたのだろうか……?
 ──それからというもの、自分達は彼女を“仲間”として迎え入れた。
 奇特な余所者ではなく、同じ時代を生きるダチとして。
 そして……自分にとっては、やがて恋人として。
 手前勝手な脳内補正が入っていたかもしれないが、自分達と一緒にいる時間が増えるに従
って、彼女の表情(かお)には光が溢れるようになった。
 勝気で活動的であるという点では同じ。だが最初のようなギラギラとした正義感は徐々に
丸くなり、純粋に今という生を楽しんでくれているように思えた。
 だがそれは彼女だけのことではない。自分もまた、彼女の明るく強い光なるものに惹かれ
ていたのだ。
 それは、突然の別離を経て化け物になってしまった現在(いま)も──。

「──さん。デトさんっ!」
 現実の経過は数秒で、きっと記憶は永遠で。
 デトは咽びを帯びた少女の声でハッと我に返った。
 次の瞬間、全身の感覚が伝えてくるのは、自分を抱きしめるエリスの重みと体温。つい先
刻濡れそぼった服と肌に、彼女がぎゅっと押し付けてくる涙の水気が染みるのも感じる。
「駄目じゃないですか……。こんな、無茶を……私なんかの為に……」
「……当たり前だろ。お前がいなきゃ、何の為の遠出だよ」
「でもっ、だからって……! 私だって、デトさんがいなきゃ……泣いちゃいます」
「……。すまん」
 ササライ傭兵団、リノンら輝術師の一団が呆然と様子見で立ち尽くしている中、デトは暫
くの間、エリスを泣きじゃくるままにしてあげていた。
 心細かったろうとばかり思っていたのに、この娘はむしろ自分の取った行動を心配してく
れていたというのか。
 何とも……真っ直ぐというか、お人好しというか。
「……それで? あんたらは一体何なんだ? 俺達を引っ張り出したって事は何か企みがあ
ってのことなんだろうが」
 だがそんな内心の苦笑を、安らぎを、デトは自戒するようにぎゅっと閉じ込めた。
 見据えて訊ねた先には、見知らぬ術師らの一団──リノン達。
 訊ね、答えが返ってくるよりも早く、デトは心持ちエリスを抱き寄せつつも、足元に転が
っていた剣を足で浮かせると再び手に取り直す。
「そんなに身構えないで。私は貴方の味方……の筈よ。それにこっちは必死になってエリス
ちゃんを貴方に引き合わせてあげたのよ? もうちょっと感謝して欲しいんだけど」
 リノンが少々茶目っ気を込めて言い、デトが片眉を上げた。
 ちらと胸元のエリスに視線を落として眼で問うてみると、彼女はコクンと偽りのない旨を
首肯してくる。
「あの……剣を向けないであげてください。この人──リノンさん達は私とチコを助けてく
れたんです。エクナートの人なのに兵隊さん達にも伝えずに、こうして送り届けてくれたん
ですよ?」
「……。まぁ、お前がそう言うんなら」
 デトは解消されぬ疑問に眉根を顰めつつも、他ならぬエリスの言葉で向けていた切っ先を
下ろした。エリスがようやくそっと自分から離れ、チコもぴょんと彼女の肩に飛び乗って辺
りをすんすんと嗅いでいる。
(一先ず、間一髪って認識でいいのかね……?)
 夜闇が冷たい風をかき混ぜていた。
 遠く眼下の討伐軍の本営内ではまだ篝火の灯りと兵らの気配がざわめている。
 崖側に突っ立っている傭兵達にもう戦意はない。だとすれば、やはり警戒すべきこの突然
の加勢なのだが……。
「君が、死に損い(デッドレス)──デト君よね?」
 すると先んじて口を開いたのは、リノンの方だった。
 エリスが証言した手前、もう剣は向けていない。
 だがこの女は、一体何のつもりで……?
「初めまして。私はリノン・パーシュ。元エクナート軍傘下中央輝術工房主任よ。そして彼
らは私の我がままについてきくれると誓ってくれた同僚──仲間達。私達は、貴方の協力者
になりに来たの」
「な……に?」
 思わずデトが、背後のカミナ達が目を見開いていた。
 だが当のリノンとその同胞達は(彼女の言い口はともかく)至って真面目で、エリスも肩
にチコを乗せてニッコリと微笑んでいる。
「なんで……。なんで俺だと分かってて……?」
 やっぱり訳が分からなかった。
 やたら自分をいい人だと言って懐いてくるエリスに加え、今度は味方を名乗る一団とは。

 ……可笑しな話だ。
 自分はもう、独りであるとばかり思っていたのに。

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  1. 2013/02/15(金) 18:00:00|
  2. 死に損いのデッドレス
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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