日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔15〕

 魔流(ストリーム)の束の曲線が幾重にも流れ、その果ても天上も深淵も底を知らぬ静謐
の空間が広がっている。
 その中に散在するガラス質の足場にとんっと着地をし、継ぎ接ぎだらけのパペットを抱え
た一人の少女──“使徒”エクリレーヌは一仕事を終えて帰還を果たしていた。
「む~……」
 しかしそのあどけない子供の表情(かお)は不機嫌のそれだった。
 同胞フェイアンからの指示でサンフェルノに「お友達」を向かわせたのに、あの人達は彼
らを嬲り殺して言う事を聞かなかった。
 ……魔だからと忌み嫌う、攻撃することに熱を上げて憚らない、忌々しいヒトの眼そのも
のだった。
「おやおや。ご機嫌斜めのようですねェ」
 すると、見慣れた仲間の一人が姿を現した。
 “使徒”ルギス。教主から「博士」の二つ名を与えられているマッドサイエンティストで
ある。先日からのオートマタ兵の生産も追いついてきたのか、周りには黒衣に全身を包んだ
この結社“楽園(エデン)の眼”の雑兵達がじっと彼の傍らに控えている。
「そうだよぉ。魔獣達(みんな)が、皆が……いっぱい、苛められて……」
 しかしルギスが問うたその声に、エクリレーヌはアウルベルツでの敗退を改めて思い出し
てしまったようだった。
 魔人(メア)の自分が負けた──のではなく、魔獣(とも)らを殺された悔しさだった。
 ぐすんと見た目こそ年相応の幼女の涙。その様子を見て、白衣と淡い金髪の使徒はそっと
彼女に屈み込むと、そのふわふわした頭を髪を撫でて慰め始める。
「報告は既に受けているのですヨ。貴女には辛い思いをさせてしまっタ。未だにヒトは自分
達の領分を知らぬ者が多過ぎるのデス。嘆き悲しむ気持ちは私も痛い程に分かるのですヨ」
「うん……」
 袖で涙を拭い、エクリレーヌは小さく頷く。
 ちょうどそんな時だった。ストリームの群れの中に、コウッと巨大な淡い紫の光を湛える
光球──結社の頂点“教主”が二人の前に姿を見せたのだ。
 その出現に気付き二人は傍らに控えていた黒衣の兵らは一斉に彼に向き直ると、低頭の体
勢を取る。
『……こちらにも報告は届いている。フェイアンが仕掛けた揺さ振りの一手とはいえ、どう
やら我々の予想以上にかのレノヴィン兄弟は厄介な相手やもしれぬ』
「そのようですねェ。まだまだ発展途上のようですが、兄の方は護皇六華の力を活用し始め
ておるようですからなァ」
「うん。剣の方のお兄ちゃん、皆をいっぱい殺してた……」
 教主の言葉は、踏み込んだ警戒感にも聞こえた。
 ルギスも六華の力を理由にその意見に同意し、エクリレーヌも唇を尖らせて呟いている。
 暫く、教主は黙っていた。
 普段から直属の配下である自分達“使徒”にすら彼はその生身の姿を見せたことはない。
 それは結社という組織の性質からなのかもしれないが、時折こうして次の指示を待つまで
しんと淡紫の光球が浮遊しているのを気配で捉えているのは、些か不気味で、尚且つそれ故
に神秘的でもある。
「……」
 だが、少なくともこの方は魔人(わたしたち)の居場所を、この力を正当に認めて下さっ
ている方だ。ルギスは常々そう思っていた。
 そしてそれは他の“使徒”らも少なからず抱いている思いの筈だった。
 ヒトのセカイの常識では、魔人や魔獣は忌むべき「悪」とされて久しい。
 しかし──それは果たして真実なのだろうか?
 その疑問を科学的に証明した七十三号論文はあまりにも有名だろう。しかしそんな真実を
明 らかにしようとした声すら、多くのヒトは拒絶した。真実よりも都合の良い虚実に浸る事
を選んだのだ。
 あの時は、本当に悔しかった。
 一介の学識者として、真理が衆愚に敗北するなど決して赦せないことだった。
 そして今はどうだ? 実際に人々は開拓への邁進というセカイの破壊に勤しんでいる。
 止めなければ。奴らを正しい方向に導かねば。その為に……私はこの不死の身となっても
尚、多方面からのアプローチで研究を続けているのだから。
「教主様。バトちゃんとフェイちゃんはもう皇国(トナン)に行ったの……?」
 そんなぐるぐるとしたルギスの追想は、はたと顔を上げて教主へ訊ねるエクリレーヌの声
によって中断させられた。
 眼鏡のブリッジを押さえ、ルギスは心なし乱れた撫で付けの髪を整え直す。
『うむ。フェイアンは既に現地の使徒らと合流すべく発った。バトナスには先刻、補給した
手勢と共にレノヴィン一行の追討へと向かわせた』
「……飛行艇という逃げ場のない移動手段を採るほど馬鹿ではないだろうからねェ。おそら
くは導きの塔を利用する筈サァ。そこを狙い、六華を回収できれば上々……だけど、なまじ
数が多いから実際は気休めだろうがネェ」
『だろうな。しかし、こちらとしてもおめおめと渡らせるつもりはない』
 教主が言って、ルギスは改めて言葉なく低頭し直していた。
 ゆらゆらと揺れている淡い紫の光。
 静謐な世界の中で、数拍の後、教主は二人に告げた。
『では使徒エクリレーヌ。朋友の喪失に悲しむ所を承知で命じる。皇国(トナン)へ向かい
現地の使徒らと作戦遂行の連携を取れ。バトナスもじきに合流する手筈だ。使徒ルギス。お
前は先の指示通り、オートマタ兵の生産と自身の研究に注力するがよい。……お前のその頭
脳には期待している』
「うん……。分かったの」
「はは、勿体無いお言葉デ。これはますます精進せねばなりますまいなァ」
 最大限の敬礼。そして二人は立ち上がるとそっと踵を返した。
 エクリレーヌはパペットを抱えたまま赤紫の魔法陣と共に一瞬にして空間転移をし、一路
皇国(トナン)へ向かう。
 ルギスはひひっと肩を震わせて、狂気じみながら笑い拝承すると、指で弾いて発生させた
青白い奔流共に姿を消す。
 静謐な空間が、より本来のヒトの俗世からかけ離れた世界に戻っていた。
 ストリームの束が複雑に絡まり、流れている。
 それらが奏でる静かな光、その陰に紛れるようにして黒衣の兵士らが音もなく姿を消す。
「……。ヒトの子らよ」
 配下達が一通り去っていったその“理の領域”の中で、教主はつうっと光球の中の紫を移
動させると、
「お前達は一体、どれだけセカイを蹂躙すれば気が済むというのだ……?」
 何処となく天を仰ぐような印象のまま、誰にともなく呟いていた。

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  1. 2012/01/13(金) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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