日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)神様達の初詣

 初詣。それは知っての通り年が明けてから初めて神社ないし寺院に参拝する行事である。
 神前仏前で一年の感謝を捧げたり、或いは新年の平穏無事などを祈願したりする。
 この国では宗教の厳密さにそれほど頓着しないケースが多く、元々の起源や作法が時代と
共に多く変遷を遂げてしまっている。……だが、私はそれを一概に不信心だとは思わない。
 形こそ代わっていってしまってもその時代ごとに、人は願う。
 自分の、大切な誰かの何かの、或いはもっと大きな存在対象に対しての幸せを。
 時は流れても、人の変わらぬ営みは確かにある。
 だからこそ、私達も毎年懲りずにこうして彼らの願いに耳を傾けてるのだろう──。

「ふむ……今年も中々の参拝客が来ておるな」
「ですねぇ。やっぱり今の人達はこういう機会でないと中々来てくれませんし……」
「だのぅ。だからこそこの機にしっかり稼いでおかねばな」
 そこはぼやっとした靄の中に設えられた和室のような場所に見えた。
 大きめの卓袱台を囲み、六人の古風な和服に身を包んだ男女が語り合っている。
 その内のリーダー格は壮年の男性、その言葉に答えるのは小柄な女性と丸々とした恰幅の
よい男性だ。
「……流石は商売のだな。しかし我々ができることはあくまで因果を操作するだけ。実際に
どうなるのかは個人の縁に──他人に対する行動にも拠るというのに」
「ま、細かいことは気にすんなって。神(おれたち)を頼ろうとするなら応えるまでだ。そ
れが俺達の仕事だろうがよ」
 更に別の怜悧な男性が目を細めて静かに自嘲すれば、それに対し少々鬱陶しいくらいの快
活さで隆々とした体格の男性が呵々と笑う。
「確かにね。あ、ほらまた参拝客(おきゃくさん)が来たわよ?」
 そうして皆の注意を向けさせるのは、如何にも妖艶といった感じの女性で。
 六人の男女──文字通りの“神様”達は、中空に映し出された、自分達の社殿に参拝して
くる人間達の姿を映す映像画面(ディスプレイ)へと一斉に視線を遣る。
『よっしゃ。やっと番が回ってきたな』
『えっと、お賽銭……』
『五円でいいんじゃない? ご縁がありますようにって云うしね~』
『……まぁ、神社側の収入に五円玉というのもちゃちな気もするんだが』
 姿を見せたのは、男三人女三人の計六人の若者達の集団だった。
 ガッシリと体格の良い青年を筆頭に、和気藹々とした雰囲気。見た所どうやらそれなりの
付き合いの長さを持つ面子であるようだ。
 その内、いかにも現代っ子らしい緩さと寒空にも関わらずファッションだけはやたらに拘
ってキメてきている朗らかな女性の一言で、彼ら六人は財布から各々五円玉や十円玉といっ
た硬貨を賽銭箱へ投げると、鈴を鳴らしてゆく。
「結局小銭であるか。人の俗説とは面倒だのぅ」
「そう嘆くでない。賽銭自体は我らのものではないのだしな」
 丸々とした神が笑顔のままそうこっそり愚痴るのを、壮年の神は横目で一瞥して諫める。
 二礼二拍手一礼。
 この若者達が拍手(かしわで)を打つ中で願ったのは、このような内容だった。

(今年はもっと、この筋肉美に磨きが掛かりますように……。そして、モテモテになる!)
 一人目は、先程のがたいの良い青年だった。
 ぱしんと打つ拍手にも力が入り、両腕の隆々とした筋肉──いや鍛えられたその身体全体
についた多くの筋肉全てが彼の願いと共にぴくぴくと蠢く様子すらある。
「ほう。すなわち武勇だな。良きかな良きかな」
「……動機がお前とは違う気がするんだが」
 勿論とでもいうべきか、たとえ彼ら参拝者が頭の中で願い事をしても、ここで詰める神様
の面々にはしっかりと心の声が音声として届いている。
 気性が合うのか、隆々とした“武芸”の神は嬉しそうに笑っていた。そんな彼にじとっと
鬱陶しいといわんばかりの眼を遣るのは、怜悧な面持ちをした“学問”の神である。
「……どうかな? 彼の恋路は上手く行きそうか?」
「うーん。そうねぇ……」
 少し間を置いて、壮年の“健康”の神は妖艶な“恋愛”の女神に問うた。
 長い髪をサラリと手ぐしで梳き、彼女は暫し画面の向こうの青年の姿を見遣る。
 同時に彼女の周囲に現れたのは、無数の漢数字が並び並れる因果律の調整パネル。
「……。残念だけど、女子(あいて)のニーズと絶望的なまでに噛み合ってないみたいね。
ご愁傷様って所かしら」
 暫らくそのパネルを操作し、何かのシュミレーションを重ねてから、彼女はそう肩をすく
めてみせる。
 ああ、やっぱりか……。
 その回答に、残りの五柱の神々はこの画面の向こうの青年へ哀れみのような眼を投げた。
(今の職場で伸し上れますように~……いや、別に今の職場に拘る事はないかなぁ? じゃ
あいっぱい稼げますように~。それが叶ったら欲しいものがいっぱいあるのよねえ。今度出
た新作のコートにネックレスに──)
 二人目は、寒空なのにバッチリ流行のファッションをキメている朗らかな女性だった。
 彼女の拍手が無駄に多かったのは何も気のせいではない。
 名声、というよりもそれに伴う収入の向上。それを前提にあれこれと欲しいもの(その大
半はブランド物の服やアクセサリーの類だった)を列挙し始めたからである。
「ず、随分とこれは……」
「ふふっ、構わんよ。経済とはすなわち欲望無しには動かぬて。求め求められ、互いにその
身の力で以って補い合う。それこそが何よりの財であろうよ。……とはいえ、少々この女子
は欲に忠実過ぎるきらいがあるようだがのぅ」
 小柄な“豊穣”の女神の戸惑いの横で、丸々とした“商売”の神はうんうんと頷き微笑ん
でいた。一応貪欲さを指摘してはるが、基本的に欲望に進む人の子を愛でるらしい。先程と
同じようにパネルを呼び出すと、彼は鼻唄を軽く歌いながら因果を診る。
「良かろう。良い商機が巡ってくるよう、少し後押ししてやろうかの」
 直接金銭を与える訳ではなく、あくまでその切欠を。
 生かすも殺すも──全ては当人次第。
 商売を司る神からの、ささやかな新年の贈り物であった。
(えっと……)
 三人目は、清楚な感じの長髪の女性だった。
 印象はまるで違うが、その顔立ちは先程の女性とよく似ている。もしかしたら姉妹、或い
は血縁者なのかもしれない。
(……。こ、今年こそはタケシ君に告白できますようにっ)
 内心からですらの躊躇い。
 しかし二度目の拍手と共に込めた彼女の願いに、六柱の神達は思わずお互いを見合わせて
しまっていた。
 その胸の内の願い、祈りを自分達に捧げた後、こっそりと遣った彼女の視線は間違いなく
最初のあの筋肉質な青年に向けられていたのだから。
「おおぅ? 何だよ、既に思われ人がいるんじゃねぇか」
「ですけど、先程の祈願を聞く限り、彼本人は気付いていないようですね」
「……先刻はご愁傷様と言ってたよな?」
「ええ……。でもさっきは彼から辿って因果を計算してみただけだから」
 学問の神の白い眼からバツが悪そうに顔を背けると、恋愛の女神はもう一度パネルを操作
し始めた。今度は、この彼女から繋がる可能性の糸を分析してみることにする。
「ふむふむ、なるほどね。これは完全に空回りな片思いねぇ……お気の毒に」
 そして導かれたのは、面々が想像していた通りの因果の糸。
 噛み合わない想いだった。
 すぐ傍に想ってくれている相手(ひと)いるのに、空振りの恋を求める。
 すぐ傍に想う相手(ひと)がいるのに、いや傍らだからこそ、伝えられない戸惑い様。
 神々らは画面に映る彼女を暫し見つめていた。静かに、しかし真剣に祈るその姿に皆何と
か応援してあげたいと思った。
「……どうにかならないんでしょうか?」
「できなくはないけどね。でも、男(あいて)の方が明後日の方向ばかり向いてるしねぇ。
一応操作は加えてあげようと思うけど、最終的にはあの娘が実際に告白に打って出られるか
が肝になるわ」
 心配そうに顔を上げ、問い掛けてくる豊穣の女神に恋愛の女神はパネルを再度忙しげに操
作しながら答える。
「想いが消えなければ大丈夫。伝える事ができればぐっと糸も結ばれるわよ、きっと」
 妖艶な容貌にウィンクを一つ。
 微笑ましく見守る、お姉さんのような表情で以って。
(お願いしますっ。今年こそ、どうにかウチや皆の畑が生き返りますように……っ!)
 四人目は、そう強く切実に祈りを捧げてくる温和そうな青年だった。
 畑、という言葉からおそらく農業関係者なのだろう。最初の青年ほどではないが、背丈も
あり比較的丈夫そうな身体つきをしているように思える。
「ふむ……。これは」
「はい。人間達の起こした例の災いの事でしょうね」
 健康の神が口元に手を当てて呟きかけた言葉を、豊穣の女神が引き継いでいた。
 数年前、この国で“神の火”が暴発する事故が起きた。
 人の手に余ったその目に見えない災禍は広く各地に飛び火し、多くの人々を今も苦しめて
いる。その事情は神々であっても知らない訳ではない。
「とはいえ、人間が己の力を過信し、奢った結果だと見れば何も珍しいことではない」
「んー。しかし実際その影響は何も商売だけではなかろうて。むしろこの者のような農夫ら
の方が深刻であろうよ?」
 学問の神の淡々とした批評眼と現実的な人間らの現状を観る商売の神の眼。
 この願いに関しては言わずもがな、担当は決まっている。
「は、はい。これは私達としても捨て置く訳にはいかない懸案に違いありません」
 一同が豊穣の女神に視線を遣った。
 その眼差しに、少し内気な故に思わず緊張気味に息を呑むも、
「勿論、彼の言葉は聞き入れます。近い内に他の豊穣神達(みなさん)とも会合があります
から。必然的に対応を話し合うことかと思います」
 きゅっと胸元を掻き抱き、彼女は一柱の豊穣神としての責務を自認していた。
(……願い事、か。とりあえず世の中の平穏とでもしておくか。こんな時だけ神頼みという
のも無責任な気がするんだが……)
 五人目は、他の面々とは少々違っているらしかった。
 眼鏡の奥に忍ばせた知性。そして簡易な西洋礼装(スーツ)とも取れる薄黒の上下に身を
包んだこの青年は、そんな自他に向けた冷笑と共にそんな内心を神々らに届けていた。
「そうだがよぉ……それを言っちゃあお終いだろ」
「いや、まだこうして参拝に来てくれるだけマシだと考えるべきだろう。形式的であっても
我々に信仰の姿を届けてくれるのであれば、な」
 斜に構えた、と反発できたかもしれない。
 しかしそれは自分達神々にとって痩せ我慢でしかないことは、何よりも自分達自身が一番
よく分かっていた。
 時が移ろうにつれ、人が科学という力を己の拠り所としていくにつれ、自分達神々や創世
の眷属の居場所は失われてきた。
 ……正直、思い出してみるのも辛い。これまでどれだけの神々(どうほう)が信仰を失っ
た結果、その存在そのものを滅されてきたか。
『…………』
 六柱らは暫く押し黙った。だが、思いを巡らせている内容は似通っているだろう。
 古はまだ人と自分達が間近にいた。
 だが、時の流れの中で人は変わっていった。それは彼らの幸福を願い、実現する存在であ
る(ことが大半である)自分達にとっても望むことであった筈だ。
 しかしその実現は、果たして真の意味で叶ったのだろうか?
 このまま、ただ自分達は時の流れと共に忘れ去られ、静かに消えゆくだけなのだろうか?
「……皆、頭を上げよう。まだまだ参拝者は残っている」
 しかしそんな面々の沈んだ気持ちを励ますように、健康の神は次だと皆を導いて言う。
(願い、事……)
 六人目は、これまた特徴的といえば特徴的だった。
 前髪で隠れた表情、独特の白黒を基調とした服装──人間達のいうゴスロリファッション
といういでたち。
 それだけで周囲からは浮いてるのだが、加えて何処かおどおどとした暗い印象が彼女を余
計に、その意思とは関係なく目立たせているように思える。だが──。
(一緒が、いいな。これからもずっと、皆と一緒に仲良くしていたい……)
 多数派を名乗るの人間達が個性的と哂うであろうその姿であっても、そんな彼女が願った
思いははたと神々の胸すらも打つ素朴さと、優しさで。
「……ほほう?」
 武芸の神がにかっと笑っていた。
 商売の神も、学問の神も、豊穣の女神も、恋愛の女神も、哄笑や微笑といった違いこそあ
ったが、皆間違いなくこの人の子に抱いた好感は等しく同じであったことだろう。
「ふむ。どうやら皆、異存はないようだな」
 健康の神が殆ど形式的に面々の首肯を取り付け、六柱全員が因果律のパネルを展開する。
無数に延びてゆく縁の糸、可能性の枝葉。それら神々の領域である調律作業を、彼らは嬉々
としてこなし始める。
 
 時として人は業深く醜くある。だがしかし同時に、こうして時を経ても変わることのない
優しい想いもまた、確かに散在しているのだ。
 因果のパネルが手元で無限の可能をシュミレートし、繋がり離れるを繰り返す。
 神々は静かに、穏やかに笑う。
 ──これだから、良しも悪しきも、人の子を愛することは止められない。
                                      (了)

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  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
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(短編)いつか見た夢

 僕は夢をみているらしい。寝ている時にみる方の夢だ。とはいえ、今意識の下で起きてい
る内容を思えば願望としての夢と言ってもあながり間違っていないような気はするが。
 神経生理学的にこの夢は何かといえば、レム睡眠という状態の時に脳内でそれまでの記憶
映像が再生され、整理されている途中であるものなのだそうだ。
 だから、夢だから荒唐無稽なものだと哂って済ませるつもりは、僕はなれない。
 だって過去の記憶は、確かに僕の頭の中に埋まっていて。
 普段は思い出したくても中々引き出せないあの頃を、呼び出してくれるから──。

「せんせー」「あそぼ~?」
 僕は普段、地元の保育園で保育士として働いている。
 その為か時期に関わらず、僕の見る夢の大半はその職場での──子供達との触れ合いの記
憶が蘇っているらしいことが多い。
「うん。ちょっと待っててね。今ちょっと手が離せなくて……」
 一昔前は“保母さん”なんて呼ばれていた職業。
 男女の平等が謳われている今日においては、そういう性別分業的なニュアンスはちょっと
過激なくらいに嫌われている。とはいえ、だからこそ僕という男性がこうした職種に就く事
も可能になっている部分があるので一概にそれが悪いとも言えない。
 ざっくり言ってしまえば、僕自身の曖昧さなり優柔不断さでもあるのだけど。
 だからなのか、それとも幼さ故の無邪気さがそうさせるのか、園の子供達は結構僕には容
赦なく絡んでくる。
 僕が雑事にあくせくしていても、何処からともなくトテトテと近寄って来ては、こちらの
都合などお構いなしに袖を引っ張ってきたり、くっ付いてきたり、乗っ掛かってきたり。
 要は彼らに遊ばれているのが茶飯事なっている我が身。
 それは哀しいかな、現実でも夢の中でも毎度毎度同じことで……。
「ふふっ。相変わらず人気ですね、里見先生」
 だけどそんな僕を温かく見守ってくれる人もいる。
「……単に遊ばれているだけな気もしますけどね」
 雪村先生。ふんわりと穏やかな印象の同僚の女性だ。
 年齢が近く、且つ僕よりもこの業界での経験が豊富であるようで、気付けば僕は何かと彼
女に助けてばかりいるように思う。
 僕は子供達におもちゃにされながら苦笑していた。
 それでも彼女は、ふふっと口元に手を当て上品に微笑んでくれる。
「それだけ子供達が先生に心を許しているという証拠じゃないですか。もっと自信を持って
もいいと私は思いますよ?」
「……。ありがとうございます」
 当人に何も他意はないお世辞なのだろう。
 だけど、そんな言葉を掛けてくれる度に僕は恥ずかしくて……嬉しくて堪らなかった。
 子供が好きで、女手一つで僕を育ててくれた母の後ろ姿に憧れて就いたこの職業。
 でもそれも平坦な一本道であった訳では決してない。
 たとえ男女平等を謳っても、この業界はまだまだ“女の世界”という各々の自負が強いよ
うに僕は思う。だからこそ雪村先生のような理解者(と僕が勝手に思っているだけかもしれ
ないのだが)がいてくれるだけで、どれだけ救われている事か。
 子供達自身はいい意味悪い意味でも無邪気だ。守りたいと思う。育てたいと思う。
 でも……そんな一方で、僕ら大人はそんな性質とはどうにも縁が薄くなっていくらしい。

「聞いていますよ。随分と雪村先生と仲良くやっているそうじゃないですか」
 それが苦言、説教であると気付くのに、僕はたっぷり十数秒の時間を要していた。
 ある日呼び出されたのは、園長室。
 撫で付けた白髪交じりの髪と厚めのレンズの奥で静かに目を開かせている眼鏡の壮年男性
の──園長の言葉に、僕はすぐに返す言葉を見つけられない。
「は、はい。お恥ずかしながら、確かに彼女には色々と助けて貰っていますが……」
「そういう意味ではありません」
 ようやく喉から出た僕の言葉を、園長はピシャリと突っ撥ねていた。
 外見は普段通りの沈着冷静な壮年紳士。
 だけど、その声色はやはり苛立ちや不機嫌のそれであって。
「……単刀直入にお聞きします。里見先生は、雪村先生と交際をしていますか?」
 そして眼鏡のブリッジを押さえて少しだけ俯き加減になると、彼はそんなことを訊いてき
たのだった。
「交っ!? い、いえ。彼女とはそんな関係ではない……です」
 ものの見事に奇襲を受けたような格好だった。
 僕はまるで背後から金槌で打たれたような衝撃で頭の中が混乱で大きく揺らぐのを感じつ
つも、何とかその誤解を解こうと思った。
 雪村先生と、僕が? 確かに彼女は魅力的だとは思うけど、現実は別にそうでは……。
 しかし園長はそれでも訝しさを収めてはくれていないように見えた。
 彼は眼鏡の奥の瞳を一層静かに細めて睨みを利かせると、ハァと一つあからさまなため息
をついてみせ、僕により直球な苦言をぶつけてくる。
「困るんですよ。職場恋愛をされるのは。別段内規で禁止している訳ではないですが、なに
ぶん、女性職員の比率が圧倒的な職種ですからね。里見先生にはその辺りの事をしっかりと
認識しておいて貰いたい」
「……は、はい」
 誤解だと言ったつもりなのに、結局僕が悪者であるような言い方だった。
 しかしこれ以上食い下がった所で、かえって園長の心証を益々悪くするだけだろう。
 何よりも、こんな話が出ているということはその相手方と名指しされた雪村先生にも迷惑
を掛けてしまっている推測を強くするものでもあって。
 そんな打算もあって、僕は実際には──そして自身の弱気から──その場で頭を下げるし
かなかったのだ。

 だけど、結論から言えば既に事態はもう遅かったと言ってよかった。
 もしかしなくても、以前よりそう見られていたのかもしれない。それを園長に指摘された
ことで、ようやく僕自身が気付けたという鈍い側面もあったのかもしれない。
 その翌日から頻繁に感じるようになったのは、じりじりと焦がし壊す同僚達(園の男性保
育士は僕だけなので、必然女性の先輩後輩ばかりになる)からの視線だった。
 一言で表現することを許されるのならば、嫉妬だった。
 ただ表面上では皆、子供達に囲まれて笑顔を作っている。
 しかし、時折自分に向けられる彼女達の眼は間違いなく“敵意”のそれだと思った。
「里見、先生?」
「ッ!?」
 だが、僕はまだ生温い方だったのではないか。
 何故なら本来嫉妬とは、同列に思っていた者が抜き出ることへの憎しみもその中の一つに
含んでいるであろうから。
「あの……大丈夫ですか? 何だか最近元気がないみたいですけど……」
「い、いえ。そんな事ないですよ? ちょっと疲れてるだけでしょう。いつもの事です。雪
村先生こそ無理はしないで下さいね?」
 なのに、きっとその嫉妬の眼を僕よりも一層強く受けている、いやそれ以上に実際的な嫌
がらせも受けているかもしれない彼女はあくまで僕の事を気遣ってくれて。
「そう……ですか? ならいいんですけど」
「ええ。そ、それじゃあ僕はこれで……」
 辛かった。いや……そう思って自分を慰めることすら卑怯なのだと思う。
 これは後々で耳に挟んだ話なのだが、やはり彼女は実際に同僚の皆に遠回しに嫌がらせを
受けていたらしい。
 彼女も分かっていた筈だ。その元凶が僕がいたからだという事くらい。
 なのに……彼女は今まで通りの接し方を変えようとはしなくて。それが自分を一層苦しめ
る結果を招くと分かっている筈なのに僕を庇い立てしようとしてくれているようで。
 だから、だからこそ。
 僕はもう……。

(──んぅ?)
 ぼんやりとしたセピア色の世界がフッと立ち消え、身体中に寒さという現実が圧し掛かっ
てきた。
 もそりと被せていた布団を除けて起き上がる。まだ眠気はこびり付いていた。
 殺風景な見慣れた我が部屋だった。使い古して薄くなったカーテンから静かに陽の光が室
内に差し込んできている。
「……十一時半、か」
 手を伸ばし、ヘッドボードの棚の上から沈黙している目覚まし時計を引き寄せる。
 デジタル式に表示されたその液晶には一月一日の日付が鎮座している。
 やはり、あれは夢だったようだ。そもそもゴタゴタし始めたのは最近という訳ではない。
(新年早々、あまりいい夢じゃなかったな……)
 髪をポリポリと掻きながら、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
 初夢ですら職場での日々が蘇ってくるという事は、よほど自分の中でこの懸案が心身を参
らせている証拠であるのかもしれない。
 だとすれば、これが初夢となるのなら。
「……」
 のそりとテーブルへと足を運び、鞄の中を弄る。
 取り出したのは──辞職願の白封筒。辞表。
 この案件に一応の解決策はある。ある意味簡単な事だ。僕があそこから出てゆけばいい。
 なのにとうとう年末という節目にすら園長に出せずに、こうして鞄の中に忍ばせ続けてし
まっていたのは……きっと未練だ。
 自分でも哂い飛ばしたくなる。あれだけ迷惑を掛けておいて、まだ彼女を巻き込み続けよ
うという自分の身勝手さが酷く醜く思えた。
 でも、この初夢が“正夢”であるのなら。今度こそ、次の出勤で踏ん切りをつけろという
何者かの──僕自身の奥底からの思し召しなのかもしれない。
「……ッ!?」
 ちょうど、そんな時だった。
 突然、それまで酷く静かだった部屋に響いた着信音。携帯電話が僕の好きなクラシックの
メロディを奏で始めていた。
 少しビクッと身を震わせてしまいながらも、僕は踵を返しその相手先の表示を見て思わず
凍り付く。
「雪村先生……」
 表示されていた名前は、間違いなく彼女だった(誤解のないように付け加えておくが、園
や同僚の連絡先は子供達の万が一の時に備え、一通り電話帳に登録してある)。
 元日から何の用だろう。
 僕は先程まで見ていた夢のせいでナーバスになっていた部分もあって、思わず携帯を握り
締めたまま眉根をひそめていた。
 いや待て。そう変に勘繰るべきじゃない。単に年始の挨拶かもしれない。
 何よりこのまま無視する訳にもいかず、少し呼吸を整えた後、僕はようやくその呼び掛け
に応えることにする。
「……もしもし」
『あ、あの……。おはようございます。里見先生、起きてらっしゃいますか?』
「ええ。少し前に。どうしたんですか? わざわざ直接年始のご挨拶ですか?」
 電話の向こうの彼女はおどおどとした声色のように思えた。
 だけど、かといって自分まで動揺していては彼女に悪かろう。
 少し婉曲気味に。挨拶くらいならメールでもいいのにと僕は二言目には口を開いていた。
 しかしそれは別に謙遜でも恐縮でも何でもない。……怖かったのだ。
『……それも、ありますけど……』
 だが、そこで僕もようやく彼女の様子がおかしい事に気付いた。
 何故か緊張しているらしい。職場でやり取りしている時はまた別なのだろうか。
『その……。さっき夢を見たんです。里見先生が、園を辞めちゃう夢を』
 だからこそ、彼女の次の言葉に、僕は目を見開いて二の句を告げなかった。
 何か電話の向こうでぶつぶつと彼女が話している。大方見た夢の詳細だったと思う。
 念の為に言っておくが、僕はまだ辞意を園長にも同僚達にも伝えてない。ましてや彼女本
人になど伝えられている訳がなくて。
『……あの。やっぱり、お辞めになるつもりなんですか』
 ぐわわんと頭の中が揺れている中で、彼女は訊ねていた。
 やっぱり、という事は彼女も僕が居心地の悪さと彼女自身への負い目を抱いていることに
気付いていたのだろうか。今更謝っても謝り切れないが、ズキリと胸が痛む思いがする。
「はい。……園長からもそれとなく言われてきていましたから」
 普段ならたかが夢だと一蹴し合っていただろう。
 だけど、もう僕も彼女も、積み重ねてきたこれまでが夢と現の区別を曖昧にしていた。
 だから僕は正直に認める事にした。
 園長から苦言を呈されたこと、そして僕の所為で貴女に迷惑を掛けた、その謝罪を。
『いいえ、いいんです。里見先生が気に病む事はないですよ。それに私も……これから辞表
を書こうと思っていますから』
「えっ……」
 しかし彼女は次の瞬間、思わぬ言葉を口にしていた。
 彼女も、辞める? それでは自分の辞意はどうなるんだ。僕は貴女にこれ以上迷惑を掛け
まいと決めたのに、そんな事をしたら陰口は一層貴女を狙い撃ちしてしまう……。
 僕は驚きつつも何とか彼女を慰留させようとした。
 だけど、結局彼女は首を縦には振ってくれなかった。私も辞めます。こんな事になったの
は自分にもたくさん非があるからと。
 正直、僕は戸惑った。
 しかしそもそもの元凶である僕に今更引き止める資格なんてあるのだろうか。
 そう思うと、結局僕は彼女の説得を諦める他なかった。
『それに私、先生が辞めるかもしれないと思って、どうしても話しておかないといけない事
があって……。それで、迷惑を覚悟で電話させて貰ったんです』
「別に僕の方は迷惑ではありませんが……。それは、どんなお話でしょうか?」
『……はい。大切なお話、です』
 言って、彼女は電話の向こうで一層言葉を詰まらせているように聞こえた。
 何かに激しく緊張しているような、そして何度も呼吸を整え直しているような、そんな繊
細な息遣いがこちらにも届いてくるような。
『その、は、恥ずかしくて……直接言えなくて、電話越しになってしまってすみません』
 そしてやがて彼女は訥々と前置きを設けると、
『わ、私、ずっと前から里見先生……悠馬さんのことが──』
 僕の目を更に見開かせるように、そう叫び気味に言って……。
                                      (了) 

  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
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(短編)真夜中の御二柱

「やべぇ……蕎麦買い忘れてるじゃねぇか」
 俺はその日、そう誰にともなく呟き、小さく舌打ちをしてから我が家(ボロアパート)の
部屋を後にしていた。
 理由は簡単だ。大晦日だというのに、年越し蕎麦が台所になかったのだ。
 食生活は普段からカップ麺を中心に済ませているので、どうせ年越しもそれの一つで事足
りるだろうと早々に意識から追い出していたのが拙かった。
 いざ食料保存用の段ボール箱を開けてみると……見事なまでに空っぽ。
 別に年越し蕎麦を食べなければならないという意識がある訳ではないのだが、今夜はろく
に食事も摂っていない。無情にも腹はぐぅと鳴ってくれやがるのだ。
(寒ぃな……。当たり前だが)
 厚手のコートを羽織って新年のカウントダウンが着々と始まる近所を進み、コンビニへと
向かう。
 とはいえ、ここはお世辞にも都会とは言えない田舎町だ。最寄のコンビニといってもそれ
なりに歩かないといけない。
 しんとした田舎の無音と人気の無さ、夜闇の中を俺はとぼとぼ歩いていく。
 そしてやはり街の中ではもっとたむろしているのかもしれないが、最寄のコンビニは田舎
よろしく閑古鳥だった。時間帯が、というよりも土地柄だと俺は思う。大方、年寄りばかり
が無駄に多いこの辺りでは今頃炬燵に潜って、某○白○合戦に張り付いている連中が大半で
そもそもこの時間に外出している人間などそうそういないのだ。
「一点、八十九円になります~……」
 そんな気だるさはこんな時間にシフトに入れられているバイト君も同じらしい。
 唯一の客として入ってきた俺がややあってレジに持ってきたカップ麺の蕎麦をリーダで通
すと、彼は間延びした声でようやくの仕事らしい仕事を終わらせる。
「ありがとぅござましたァ~……」
 大変だよな。こんな時まで誰かが詰めてないといけないなんて。
 自分のバイトのシフトが入っていない事にこっそりホッとしつつ、俺はバイト君の気だる
い声と入口の自動ドアが鳴らす少々甲高い効果音を背に店を出て行く。

 ──そいつらに出会ったのは、ちょうどその帰り道だった。
 カップ麺の入ったビニール袋をカシャカシャと揺れらしつつ俺が一人舗装されていない道
に入ると、確かにその音が聞こえてきたのだ。
(……ん?)
 夜闇の中から、ぶつかり合うのは何かしらの金属音らしきもの。
 目を細めてその方向を見つめてみるが、如何せん辺りはすっかり暗く、田舎の畦道に外灯
などがある訳もなく、広がっているのはただただ夜の黒と、辛うじて判別できる雑木林の緑
の光沢くらいだ。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
 まさかこんな年の瀬に幽霊でしたーなんてオチは止めて欲しい。季節外れもいい所だ。
 とすれば、こんな時期時間に誰かがとち狂っているのだろうか? それはそれで嫌な場面
に出くわした事になってしまうが。
 だが、それでも結局こっそりその茂みの先にそっと忍び寄って覗き込んでいたのは、間違
いなく好奇心だろう。いや刺激が欲しかったのか。
 ふらふらとバイトを右から左へと渡り歩き、部屋に戻ったらシャワーを浴びて寝るだけ、
そんな味気ない生活がずっと続いていて「違う何か」が欲しかったのかもしれない。
 しかし……今なら言える。
 “馬鹿止せやめろ、俺”と。
「──とわぁッ!」
「──ぬぅんッ!」
 一つ一つ話していくことにする。
 先ず、金属のぶつかり合う音は聞き間違いではなかった。実際俺が目の当たりにしたのは
剣(といっても見た感じ相当使い込まれくたびれていたようだったが)を片手に鍔迫り合い
を繰り広げている戦闘の光景であったからだ。
 次に、その剣を振るう主達が変てこな格好をしていたことも付け加えておく。
 何というのだろう。学があまりないので分からないが、大昔の貴族みたいな──ゆたりと
した白い和服に、突起みたいなものが付いた黒い小さな帽子を頭のてっ辺に乗せているとい
う格好。少なくとも普通じゃない。
 そして、何よりも。
「ククク……。譲らぬな、相も変わらず」
「ふふふ……そちらこそ。いい加減我に負ければ楽になるぞ?」
「はんっ、笑止!」
 その二人がやけにちんまくて、なのにどう見ても人間じゃない動きで立ち回ってひたすら
お互いに剣を交えていたというこの超展開な光景に、俺自身が呆然としていたことで。
 だから、俺がそれまでそっと添えていた木の枝がガサリと揺れ戻って物音を立ててしまっ
たのは俺の所為じゃない。
「ッ!?」
「何奴……!?」
 だから、決して俺は別にこのちんまい二人に剣を向けられる謂れなんてある訳がない。
「ちょ……っ!? 待てって! いきなり振り被ってくんな! 俺は別に邪魔しに来たとか
じゃねぇから、ただ偶々通り掛っただけだから!」
 なのにこの変てこな格好の二人は俺がいるのを認めると呼吸ぴったりにそれまで打ち合っ
ていた剣を、一気に間合いを詰めてから突きつけてきて。
 当たり前だが俺は必死に弁明した。敵意はないと。
 というよりも、さっさと帰りたいと思った。
 どう見てもこの状況は化かされたかのような非日常だし、いくら何でもそんなウルトラC
な刺激までは欲していない。
「む……? そうなのか?」
「しかし怪しいのう。そんな珍妙な格好」
「お前らが言うな。何だよ、そのダボダボなの。それに剣なんて振り回していたら危ないだ
ろうが。年の瀬だからって羽目外すのにも限度があんだろ?」
 さっさとこの場を後にしたかったが、つい突っ込んでしまっていた。
 見た目が何だかちんまい所為もあって、気付けば俺はちょっとしたお説教の口調になって
いた。……バイト先のとろい後輩を思い出した。
「何を言うか! これは紅原家に伝わる──」
「貴様、我が蒼崎家の束帯を愚弄するか!?」
「わわっ、止めろって! ストップストップ! もういいよ、その格好については突っ込ま
ないから!」
 またガチャリと二人が剣を振り上げようとした。
 仕方なく俺は折れる形でそう叫んでいた。そこでようやく二人も落ち着いてくれたのか、
暫く互いの様子を見てそっと剣を腰の鞘に収めてくれた。
 サーッと走り収まる金属の音。やはりあれはおもちゃではないらしい。
「……お主何者だ?」
「随分と見慣れぬ格好をしておるな。唐の者か?」
「カラ……? 俺は生粋の日本人だっての」
 そして、俺は眉根を寄せながらそこでようやく気付いた。
 この場所が、雑木林の中にぽつんと佇む古びた神社──いや規模的に社というのが正確な
表現だろうか──である事に。
 自分達の足元に広がる、ちょっと褪せた色の白砂と、古い木造の小屋(見た目は雨露のし
のげるバス停留所みたいな)が一つ。その奥には御神体らしい彫像を祭った網目格子の窓が
あるのが見える。
「……。あんたら、一体何者なんだ?」
 退けずに結局俺は踏み込んでいた。彼らが何者なのか、知りたくなった。
 すると二人はふふんと胸を張り、小さな身体を高らかに言う。
「我が名は紅原右近之介。ここ紫ヶ野を治める領主なり!」
「我が名は蒼崎兵左衛門。ここ柴ヶ野を治める領主なり!」
 だが、その声は内容をほぼ同じにして重なっていた。
 そして俺が「え?」と小さく聞き返すのもそこそこに、二人──右近之介と兵左衛門は再
びお互いを睨み合って剣を抜く。
「領主は私だ!」「何を言うか、私が領主だ!」
 ガキンッと目の前で打ち鳴らされる剣戟。
「待った待った待ったー! ストーップ! だから止めろって!」
 流石に俺は堪らずそんな二人を止める。
「引っ込んでおれ、若造。これは我らの戦いだ」
「然様。それに貴様、やはり邪魔立てする気ではないか」
 二人はむすっと、いや殺気を込めて俺を睨んでいた。
 しかしだ。もしこの状況から判断──その前提が既にもう“日常”じゃない事は百も承知
の上で──するとすれば、この二人はおそらく……。
「戦いってなぁ……。あんたら、ちなみに聞くが今の年号は?」
「治承であろう」「治承だが?」
「……」
 やはりか。俺は思わず手を顔を覆い、夜空を仰いだ。
 そんな俺に二人は頭に疑問符を浮かべている。
 話さなくては駄目だろうか。もう後戻りできる状況でもないが、自分はどんどん余計な事
に首を突っ込んでいるように思えてならない。
「……。いいか、よく聞けよ? 今は平成ってんだ。あんたらは──とっくの昔に死んでる
身だ。領主なんていうものも今じゃ一切無い。この国はな」
 それでも一応言ってみる。
 だが当然の反応か、暫く二人は「お前こそ何を言っているんだ?」という反応で見返して
くるだけだった。
(まさかこんなオカルトに出くわすとはねぇ……)
 荒唐無稽過ぎてこっちがおかしくなりそうだった。
 しかし実際に見えているものを否定しようがない。
 だから俺は……暫くの間、この“死んだまま生きている”二人を説得する時間を半ば取ら
ざるを得なかったのだ。

「──我らが、もう死んでいる……」
「もう、それほどの歳月が流れておったのか……」
 それから、どれだけの時間が経っただろう。
 社の中に腰を下ろし、俺は二人の酷く落胆した様子を見つめる他なかった。
「ああ……。お前らはずっと、死んだことにも気付かず戦い続けてたんだろうよ」
 話を整理するとこうだ。
 この右近之介と兵左衛門は当時、この辺り一帯の領有権を巡って対立していた名士の長同
士であったらしい。二人曰く、この土地神を祭る場で雌雄を決する為に決闘をしたのだそう
だが、とうとう決着はつかなかったのだそうだ。
 ここからは俺の推測だが……おそらく決着は何処かの時点でついていたのだろう。
 だが二人ともその事に気付けなかった。何故なら“相討ち”に終わったから。
 ぐるりとこのボロ社を見て回ったのだが、どうやらここは今ではその二人を守り神として
祭る場所に変えられたらしい。天井の札に二人の名前らしき文字が書かれているのだ。
 ……しかしそれは表向きの文言かもしれない。
 決着がついた時、二人の死体が出来上がった筈だ。それを当時の連中がすぐに“英霊”だ
と祭り上げたとは思えない。
 大方、実際は「魂を鎮める」という意味合いだったのかと思う。
 そして時は流れ、現在。
 そんな二人の決闘を伝える者もいなくなり、そもそもここに社がある事すら忘れられて、
辺りはすっかり草木が生えていよいよ他人から忘れられた。
 なのに、この当人達はずっと戦い続けていた。
 自分達が死んだことすら気付かず、ひたすら何百年も意味のない戦いを続けていたのだ。
「……」
 だから、居た堪れなくなった。
 俺が今夜ここに来なければこいつらはその事実に気付かずにずっと“死につつも生きて”
いられたのではないか。俺のちっぽけな好奇心が長い、停まったままの時間を無遠慮に元に
戻そうとしているのではないか。そう思ってしまって。
「……すまんな。若造」
 でも、二人は怒らなかった。もしかしたらそんな気力すらなかったのかもしれない。
 項垂れた姿。だけど自分に向けてきた表情(かお)は何処かホッとした様子で。
「もう、いいんだな。我らが争わずとも、この地の民草は平和に暮らせておるのだな?」
 ハッとした。そうだ。きっとこの二人は死ぬ間際までこの土地を平穏に治められる世の中
が欲しかった筈で。
「……ああ。今は戦争も起きてない。一応平和っちゃ平和だよ。もうそんな剣を振り回して
喧嘩するこたぁないんだ」
 俺は不器用に笑っていた。でも確かにホッとしていた。
 そうさ。世知辛いのは変わらないかもしれないけど、こいつらの頃に比べればずっと恵ま
れてる。定職がないのが何だ、とりあえず食えてるだけまだいい方じゃないか。
 不思議と、そう思えてくる自分に気付いて更に苦笑いが濃くなる。
「……あ」
 遠くで鐘の音が、除夜の鐘が鳴るのが聞こえてきたのは、ちょうどそんな頃だった。
 しんとした夜闇の中に溶けてゆく新年を告げる音。
 俺達三人はその場で顔を上げ、暫くその遠くの音色に耳を澄ませる。
「……。また一つ、時が流れたか」
「そのようだな。我らはもうとうに古の者となっていた訳だ」
 すると、二人はそっと立ち上がった。
 酷く落ち着いた声。そして俺に振り向いてくる心底穏やかな笑み。
「丁度良い。この機と共に我らも“逝く”としよう」
「戦の炎も消えた。もう、思い残す事はない……」
「お、おい……」
 思わず俺は立ち上がっていた。
 いきなりそんな。だけど確かにこの世(こっち)にいる理由はもうなくて。
 二人はもう一度晴れやかに安堵の息をついて、
「礼を言うぞ。若造」
「さらばだ。良く生きろ、柴ヶ野の子孫よ」
 スッと、ゆっくりとしかし確実にその姿を透明に変えて夜の黒の中に溶けてしまう。
「……。おっさん……」
 暫くその場に立ち尽くしていた。
 ほんの小一時間程度の出会いだったのに、何でここまで胸が苦しくなるんだろう。
 可哀相だと思ったからか? いや、多分きっと……祖先から今という血のリレーというも
のを脳裏に描いて同胞意識のようなものを持ったからなのだろう。
 風が吹いていた。鐘の音がまだ遠く、断続的に聞こえている。
 辺りはもう灯りらしい灯りはない。武者二人の気配もすっかり消えてなくなっていく。
「……」
 それでも、俺は独りだと思うことはなかった。
 おっさん達がいる。いやいた。だけどその生きた証はきっと何処かで自分達と繋がってい
て現在(いま)を作ってくれている。
「……。帰るか」
 気恥ずかしかったけれど、ぽつりと一言を吐いて俺は社から足を踏み出した。ガサリと片
手にぶら下げたビニール袋が揺れる。
 いつもなら独り身の気分で年越しのカップ麺を啜る年と年の境目の日だけれど。
 今年からは──そんな思いを抱かずに済みそうな気がした。
                                      (了)

  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
  2. 真夜中の御二柱
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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