日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)線を曳く町

 その青年は使い込んであるとみえるバックパックを背負い、肩にはもう一つ小振りな鞄を
たすき掛けにした格好で、その町へと足を踏み入れていた。
 天気は晴天。日差しも暑いほどではない温かさの良好具合。旅にはもってこいだった。
 そんな穏やかな陽気だからか、それとも青年自身の性分だからなのか、彼は鞄を揺らしな
がらにっこりと微笑んだ表情を宿したまま町の中を進んでいる。
(……う~ん?)
 しかし暫くこの町を歩いていて、一つ気付いた事があった。
 とはいえ此処は特にこれといったものもない閑静な田舎町でしかない。かくいう今でさえ
左右には田園が広がり、その緑の絨毯の中にひょろひょろと延びていく土道や点在する家々
が確認できるような場所なのだから。
(線、かな……?)
 だがそんなのんびりした風景の中にどうにもおかしいものが混ざっている。
 それは確かに「線」と表現する他ないようにも思えた。
 穏やかな周囲の大気にその身を任せるようにして、白や黒系の色合いを帯びた細長い布の
ようなものが何本もふよふよと浮かんでいるのだ。
 青年は暫くの間、その静かにたなびく「線」達をぼんやりと眺めていた。
 違和感──疑問はないわけではない。
 だがそれよりも、この詳細も分からない風景自体の方が彼自身には興味があった。
 鞄の中を弄り玄人仕様な一眼レフのカメラを取り出す。構えて、最良な切り取り画になる
空間を探す。ややあって、のんびりとした田園の中にぱしゃりと控えめな音が染み入る。
 一瞬フラッシュの光に揉まれたものの、それでも「線」達にこれといった変化は見られな
かった。相変わらず何処か場違いに、でも其処に在るのが自然なように、ただふよふよと緑
と青で二分された背景の中に佇んでいる。
「ふぅむ……?」
 青年は数枚、その場でこれらの風景を写真に収めると、その微笑は崩さないままカメラを
しまいつつ辺りをもう一度見渡していた。
 田舎だからというのもあるのだろうが、見る限りこの道を来る人──この町の住人の姿は
認められないようだった。
 もしかしたら誰もいなかったりして……。そんな思考も少し過ぎる。
 しかしかといって別段青年は焦る様子はない。むしろこのようなのんびりとした雰囲気と
時間を楽しんですらいるように見える。
「……とりあえず、辿ってみようかな?」
 そして背中の鞄を一度ゆさっと揺らして体勢を整えてから、
「この線が何処に繋がっているのかも気になるし……」
 青年はフッと笑って歩き出す。

 案の定とでもいうべきか。
 「線」達は町の中へと続いていた。
 いや……正確には“この町の人々”へと繋がっていた。
 昔ながらの風情の残る家屋が、緑と土の狭間でぽつぽつと佇んでいる。その中をゆったり
と歩いていく中ですれ違うご老人や子供達の背中から、無数の「線」が延びてゆらゆらとな
びいているのである。
「……」
 そうして「線」に動きの軌跡をなぞらせ、遠ざかっていく町の人々の姿を何度か見送り、
青年はぼんやりと思う。
 彼らは自分から延びている「線」に気付いているのだろうか。
 或いは“それが普通である”として気にも留めていないのか。
 直接訊いてみない事には分かる筈もなかったが、青年は面白いと思った。どちらにしても
これは中々他に見られない被写体になるのではないか。のんびりした町の雰囲気に加えられ
るアクセントとして、彼はそんな目の前の物言わぬ違和感にすら愉しみを抱く。
 そうして暫く穏やかな空気の中を歩いていると、ふと嗅覚を刺激するいい匂いが鼻をくす
ぐってきた。青年はすんすんと鼻先に意識を向けた後、立ち止まる。
「あぁ、ラーメンか……」
 視線の少し先にあったのは、一軒のラーメン屋。いや中華料理屋か。
 ついっと澄んだ青空を見上げると、太陽は今や天頂に届こうとしている。次いで視線を落
とした腕時計も時刻が正午を四半刻ばかり過ぎていることを告げていた。
 ちょうどいい。そろそろお昼にしよう……。
 青年はそう思い、そのラーメン屋の引き戸を開いて足を踏み入れる。
「らっしゃい」
 店の中は時間帯もあってか中々の客入りだった。
 もわっと先程よりも鼻をくすぐる中華な食の匂い。カウンター席で、座敷席で思い思いに
食事を摂っている先客達。カウンター越しから見える厨房では、店主らしきがっしりした体
格の男性を含めた四人の従業員が立ち回っている。手作り感の漂う店の外観からも予想でき
ていたが、やはりここは個人経営な店のようだ。
 ──だがやはり、どうしても目についてしまう。
 店内の客達の背中からは、外で見かけた人々と同じく多数の「線」が延びていた。それに
よく見てみると、この場の面々がたなびかせるその色合いは座っている場所によってまるで
棲み分けがされているように見える。
 濃いめ白と薄めの白、濃いめの黒と薄めの黒。
 それぞれに彼らが食べているのは豚骨と塩、味噌と醤油ラーメン。
 そしてそんな周囲にばかり意識を向けていたからか、青年は彼らから自分に向けられた何
処か圧迫感のある視線にややあって気付いた。
 じっと投げ掛けられている視線。言葉こそないが間違いなくそれは見定める眼だ。
「お客さん、何にしやす?」
「あ、はい……」
 だがぼうっと入口に突っ立ったままでもいられない。
 青年は店主の声に促されるように歩を進め直すと、カウンター席の一角──おそらく“豚
骨派”と“塩派”の客の境目へと腰を下ろして鞄を置く。
 それにしても気のせいだろうか? 注文を聞かれた瞬間、彼ら客達の視線の力がより強く
なった感じがする……。
 ──お前はどっちに付く気なんだ? はっきりしろ。
 まるで、そういった意思表明を迫られているかのように。
 青年はそんな視線を感じこそはしていたものの、のんびりと、厨房横の壁に張り出されて
いるメニューをざっと眺めてから言った。
「じゃあ、麻婆定食で」

 昼食を済ませて再び町に出る。
 町の中は、昼下がりの穏やかな空気に包まれていた。
 のんびりと軒先に腰掛けて語らうご老人達、屈託無い笑い声を振りまいて駆け抜けていく
子供達。青年は都会では味わえないそんな豊かな時間の流れを楽しみながら、折につけて目
につくこの田舎の町の風景と人々をカメラに収めていった。
(……?)
 そんな時だった。
 ふととある家の軒先に、二人の男性が話し込んで──論議をしているのが見えた。
 一人は如何にもといった甘いマスクの、もう一人は対照的にがたいの良い厳つい漢といっ
た印象の男性だった。
 そしてやはり彼らの背中にも「線」がたなびいている。一方は白でもう一方は黒だった。
 カメラを片手に提げたまま、青年はゆるりと近付いて行ってみる。
 彼らの交わしていた会話は、大体こんな内容だった。
「──だからさぁ、お前は女を甘やかし過ぎなんだって」
「そうかな? 女性に優しく振る舞うのは紳士の嗜みだろう?」
「気持ち悪い冗談は顔だけにしとけよ色男。大体、そうやってヨイショばっかりしてるから
美味しい所だけ持って行かれるんだろうがよ」
「別に後悔は無いさ。女性であれば僕は来るものは拒まず、去るものは追わずだからね」
「……はぁ、ついてけねぇな。俺には真似できねぇよ。そんな女に媚びるようなのはさ」
 どうやら断片的に聞き取る限り、二人はそれぞれの女性観について意見を交わしているよ
うだった。青年は少し彼らと距離を取った位置で立ち止まり、続くその会話に耳を傾ける。
「もっと世の中を見ろっての。女ってのは厄介なんだ。すぐに感情的になって一度癇癪を起
こせばこっちの言葉なんて聞く耳も持たねぇ」
「ふふっ。それは君の女性の扱いが上手くないからじゃないのかい?」
「カ、カミさんの事じゃねーよ! 一般論だよ、一般論……。かといって力づくなんかで応
じればDVだとか男の横暴とか言うしよ。全くよぉ……普段は男よりも偉いんだって顔して
る癖に、ああいう時だけは女の方が弱いのにって言い張りやがる。……女は男に虐げられて
いるってのたまってるが、実際は逆じゃねぇのかって思うんだよな」
「う~ん。でも、そうやって顔を使い分けるのが女性なんだよ?」
「……だとしてもやり切れねぇよ。男女平等なんて云う癖にさぁ……」
 少なくとも厳つい男性の方は妻帯者らしい。
 それでも女性──いや妻か──に持つ不満はあるようだった。それを二枚目の男性の方は
余裕ぶった様子で微笑みながら応じている。
「だけど実際、歴史的に女性は社会の中で虐げられてきた訳だしね。今その報いを僕達男性
が受けているのだと思えば納得できない?」
「できねぇよ。結局やってる事はやったらやり返すのと同じだろー? そりゃあ俺だって額
面通り男と女が平等(いっしょ)だなんて思わねぇさ。見てくれも能力も違うんだ。お互い
できる事とかやるべき事は違ってて当たり前なんじゃねぇのって話なんだよ。それを無理に
同じ土俵に立たせようとするからこじれるんだと思うんだがなぁ……」
「でも女性(あいて)の意思は尊重するべきだと思うよ。同じ事をしたい女性がいたって別
に不思議じゃないさ。……もしかしなくても君って、思った以上に封建的なのかな」
「またそのフレーズかよ。女を立てなきゃ古いってか? そっちこそ媚び過ぎだって」
「そうかなぁ……? 僕は喜ぶ彼女達の顔が見られればそれで満足だよ?」
 彼らの主張は平行線──フェミニストと男気嗜好の差異なように見えた。その背中から延
びている「線」もまた、白と黒に別れているかのようだった。
 とはいえ、彼ら自身はあまり犬猿の仲という風には見えない。あくまで女性に対する態度
が違うだけとも考えられた。
「そうやって女をとっかえひっかえしてるから、未だに腰を落ち着けられねぇんだろ……」
「落ち着けられないんじゃなくて、落ち着けていないだけさ。いつまでも僕は沢山の女性の
味方でいたいからね」
「……はいはい。言ってろ言ってろ」
 何よりもその口ぶりから、両者が相応の友人関係にある事が窺えたのだから。
『……?』
 青年がそうしていると、ふと彼らがこちらの存在に気が付いた。
 眉根を上げる厳つい男性と微笑んで小さく会釈する二枚目の男性。青年はコクリと小さく
頭を下げると改めてゆっくりと二人の下へと歩み寄っていく。
「誰だあんた? 見かけない顔だが」
「はい。ちょっと相棒(こいつ)と一緒に旅をしている最中なんです」
「へぇ……これはこれは。中々いいセンスをしてるね」
 厳つい男性に先ずといった感じで訊ねられ、青年は答えながら手にした一眼レフを掲げて
みせる。その玄人仕様が分かるのか、二枚目の男性はその機体を見つめながら言う。
「旅行者か。……悪いな、みっともない所を見せちまってよ」
「いいえ、とんでもない」
 ポリポリと頭を掻いて厳つい男性は言ったが、青年は特に気に止めてもいなかったので正
直に言った。すると、そんな様子を暫く見遣っていた二枚目の男性は、
「……そうだ。ねぇ君、良かったら君の意見を聞かせてくれないかな? もっと女性を大事
にするべきかそれとももっと男としての威厳に拘るべきか」
 はたと思いついたように微笑むとそんな事を訊ねてくる。
「おお。そりゃいい。他所の土地の人間なら客観的だろうしな。どうだ、どっちなんだ?」
「……」
 青年は少し黙り込んだ。
 君はどちらなのか? 白か黒かはっきり決着をつけてくれ。そんなデジャヴな場面に気付
いた時には巻き込まれていた形。
 だが青年はのんびりとした様子は崩さなかった。
 う~ん……と少しばかりの思案した後、
「それなら……お二人の奥さんと恋人さんを一度試しに取り替えてみてはどうですか? 僕
がどうこう言うよりも、お互いの体験しているものがよく分かるんじゃないでしょうか」
 彼は“どちらか”には言及せずに、そんな提案をする。

 そうして町の風景を写真に収めている内に、青年はまた別の場所に行き着いていた。
 少なくとも民家ではない。周りに駐車場スペースらしき空き地がある事や、大きめの構造
をしている事から考えて公民館──集会所の類なのだろう。
 ただそれよりも、青年にとってはこれが何の建物かというよりはその佇まいの方に興味が
あった。外観は少し古風な屋敷といった装いをしており、この田舎の町並みと風景によく調
和している。青年はこれはいいものを見つけたと言わんばかりに、暫く周りをぐるりと巡り
ながら何枚かアングルを変えて写真に収めていく。
(……あ。開いてる)
 そして一回りして再び正面口まで戻ってくると、そこで青年はようやく先程からこの集会
所の入口が開け放たれているのに気付いた。
「入っても、いいのかな……?」
 青年は少なからず興味をより刺激されていた。
 外観がこれだけ雰囲気が良いのだから、中は一体どうなっているのだろう?
 多少戸惑いもあったが、結局その足はゆっくりと集会所の中へと向かっていく。
(──普通だった……)
 だが、内装は割合近代的だった。
 あまり雰囲気ばかりでも建築基準には合わないのだろうか。青年は内心少ししょんぼりと
しながらも、とりあえずギャラリーに飾られている絵や壷などに目を通して、てくてくと独
り廊下を歩いてゆく。
 ちょうど、そんな時だった。
「──駄目だ。絶対認められない!」
「何故です、貴方はこの町を良くしたくは無いんですか!?」
 ふと耳に届いた複数の声、いや怒声。
 青年は思わずビクリと身を縮めるとその場で立ち止まっていた。
(……何だ?)
 声がするのは廊下の先にある部屋の一つからのようだった。
 幾つも並んでいる同じ見た目の出入り口の部屋。その頭上には「第一会議室」だの「第二
会議室」だのとのプレートが突き刺さっているのが見える。どうやらこの辺りは、集会所と
して使われているスペースの本丸部分になるらしい。
「誰もそんな事は言っていない。私達の今までの生活が脅かされては元も子もないだろうと
言っているんだ!」
「そうよ。いきなりそんな大手のデパートが来たら、ますます商店街が閑古鳥になっちゃう
じゃない!」
「ではどうするつもりなのですか? このままでは若者もこの町を出て行くばかりです。周
辺の人々に来て貰えるし、従業員に採用して貰えれば雇用も確保できるんですよ」
「ふん。どうせその余所者連中の懐に金が溜まるだけじゃろう? 儂らが得する事なんぞ無
いに決まっとる」
「……ッ。そうやって、そうやって変わろうとしないから……この町は疲弊したのですよ。
この期に及んでまだそれが分からないんですか……!?」
 数名の若者と年配者。漏れ聞こえる熱の篭ったやり取りからは、どうやら何かの店舗誘致
に関してこの町の人々が揉めているらしいという事が窺える。
 ガンッ!と机を叩く音と共に項垂れたような嘆きを漏らす男性の声が聞こえる。
 青年は、暫しその会議室のドアの前で引き寄せられたように立ち尽くす。
「話すだけ無駄だよ。私達は認めない。……失礼するよ」
「ま、待っ──」
 だがそうしていると、不意にそんな声と同時に青年の目の前のドアが開かれてしまった。
 途端に視覚としての彼らの様子が飛び込んでくる。
 事務用の長机を四角形にして合わせ、おそらくは誘致推進派(若年層中心)と反対派(年
配層中心)に綺麗に分かれて座っている面々。そして何よりも……彼らの背中から延びてい
る「線」も、今まで見てきた中でも一二を争うほどに明確に、白と黒に別れてそれぞれに室
内を静かになびいていた。
「……誰だね、君は?」
 数拍の間の後、ドアを開けた初老の男性があからさまに不審な眼でこちらを見下ろしなが
ら訊ねてきた。
「あ、はい……。通りすがりの、旅行者です。中々興味深い建物だったのでつい……」
 その無駄に偉そうな雰囲気に圧されそうになったものの、青年は内心で押し留まり、そう
苦笑を交じらせて小さく会釈を返してみせる。
 その場の面々は怪訝を隠さずにじっと青年を睨むように見つめていた。
 やはり拙かっただろうか。
 そのどうにも嫌な感じの沈黙を一心に受けた事で、青年は心持ちその場から後退りしよう
とする。だが……。
「そうだ。彼にも加わって貰いましょう」
 そんな行動も、ふと思いついたように言いながらその場から立ち上がった男性──先程の
説得をしていた声の主のその一声で妨げられてしまう。
「……どういう事だね?」
「多数決です。ご覧の通り、今この場にいる自治会のメンバーは意見が真っ二つに分かれて
います。このままでは議決もできない。ならば、そこの彼にも一票を投じて貰ってはどうで
しょうか。旅行者だと仰いましたね? 他所の土地の方なら、私達の問題についても客観的
な目で判断を下して貰えるかもしれない。……皆さん、どうでしょう?」
 会議室の──この町の自治会の面々は彼の提案に思わずざわついていた。
 何故余所者を? そんな声も漏れ聞こえてきたように思えた。だが彼の言う通りこのまま
では埒が明かないというのも事実だったのだろう。やがて彼らはそれぞれに顔を見合わせて
から、おずおず不承不承といった感じでぎこちない首肯を返してくる。
『…………』
 ザッと。今度は訝しがる眼から迫る眼へ。面々の眼差しが青年に注がれる。
「実は今度とある大手デパートをこの町に招き入れる計画があるのですが、ご覧の通り誘致
に賛成と反対で割れていまして……。旅の方、もしよければ貴方の意見も聞かせて頂けない
でしょうか?」
「は、はぁ……」
 またデジャヴだった。彼らは眼で語っている──白黒をつけてくれと。
 青年は流石に苦笑を隠しきれずに今度こそじりじりと後退りをしていた。ちょっとずつ、
でも気持ちは既にこの場から離れようとして。
「…………。ええっと、すみません。僕は余所者ですので皆さんで決めて下さ~い!」
 そう叫びながら、青年は驚きそしてまた再び火花を散らし始める彼らから逃げるように、
次の瞬間その場から背を向けて駆け出していく。

 気付けば……夕暮れになっていた。
 青年は鞄を傍らに下ろして、茜色を帯びる川の流れを堤防の一角に座りながらぼんやりと
眺めていた。
 遊びに行った帰りなのだろうか。わいわいと声を上げながら子供達が──やはりその背中
に多数の白や黒の「線」をたなびかせながら──背後を走り去っていく。その姿が遠退くの
を暫し見遣ってから、青年は深く静かな息をついた。
 違和感はあった。妙だなとは思った。それでも、この穏やかな町の雰囲気は好みだと思っ
てあまり考えないようにしていた。それは何時もの事だった。それなのに……気のせいか、
どうもこの町の人々はやたら「白黒をつける」事に拘っているような気がする。
「……おう、此処におったかい」
 そうしていると、ふと背後から声が聞こえた。
 振り向いてみるとこちらに杖を突いた一人の老人が歩み寄ってくるのが見える。
 誰だろうか。知り合いだっただろうかと記憶に検索を掛け始める青年にフッと微笑み掛け
ると、老人はごくごく自然な感じで彼の横へとゆっくり腰掛けた。
「そんなに気にせんでええ。儂とは初対面じゃよ。昼間、ラーメン屋に来とったじゃろ? 
勝手にすまんが様子を見させて貰っておったよ」
「……そうですか」
 数拍の間。夕暮れの空には巣に帰るのであろう鳥の群れが点々となっている。
「どうじゃ、この町は? 変わっておるじゃろう?」
「……自覚はあるんですね。それも」
「そりゃそうじゃろう。こんなものが四六時中延びていれば嫌でも思うわい」
 老人はまるで青年の思っていた事を代弁するかのようにそう言った。
 その片手は、自身の背中から伸びる黒や白の「線」へと。見えているのは自分だけではな
かったのか。静かに目を丸くした青年に老人はフォッフォッと陽気に笑った。
「でものぅ……生まれてこの方ずっとこれじゃからもう慣れたわい。少なくともこの町を出
れば見えなくなるしのう」
 そういうものなのだろうか。だが少なくとも、彼らが日常生活で「線」そのものに困らさ
れているという事はなさそうだった。
「あの……。一つ、訊いてもいいですか?」
「何かの?」
「……どうしてこの町の人は皆、やたらと白黒をつけたがるんでしょう?」
 だから今度はと、青年は老人にその質問をぶつけてみた。
 何故彼らに「線」が延びているかではない。むしろこの問いとその謎は一体であるように
彼には思えていた。
「ほほ、そっちかえ。普通なら何故これが儂らから延びておるのかを訊くかと思うたがな」
 だが老人はむしろ好感を抱いたように笑うだけだった。
 何故か妙に愉しんでいるような、そんな皺だらけの表情で青年を見つめながら、彼はもそ
もそと白い顎髭をしごいて代わりにこう切り返す。
「……むしろ、儂が訊きたいのぅ。何故にお前さんはあそこまで“どっち”を決めようとせ
なんだ? ラーメン屋でも、西野と熊田の何時もの痴話話でも、あぁ……あと集会所で今度
の誘致について意見を訊かれた時もお前さんはどちらの立場も採らなかったそうじゃの」
「ああ……。その事ですか……」
 しかし青年は、あまりその問いにうろたえる様子はなかった。
「何というか、僕のちょっとした信条みたいなものなんですよ。自身、色々あちこち旅をし
ているものですから。下手に誰かに肩入れすることは、控えるようにしているんです」
 むしろ今更と言わんばかりの、それこそ何度となく自分や誰かに言い聞かせてきたように
苦笑を滲ませた微笑みを漏らしている。
「それに……」
 そして彼は、ほぅと聞き入っている老人に向かって続けたのだった。
「何でもかんでも白黒つけることが、本当に“正しい”とは思えませんから」
                                                (了)

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  1. 2011/05/10(火) 00:00:00|
  2. 線を曳く町
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(短編)夢視の宿

 その男性は住み慣れた自宅のリビングにいました。
 相対するのはまごう事なき彼の妻。彼女はリビングの木製テーブルに片肘を預ける形で、
なよなよとその場に崩れ落ちていました。
「…………」
 彼は目を丸くしていました。ですがその表情は何処か嬉々とした、恍惚とも言える類のも
のです。振り抜いた平手をだらりと下げ、パシンと小気味良い殴打の音が室内に一瞬反響し
て消え失せます。
 ──事前の私の見立てが正しければこの直後、本来彼は猛烈な反撃を受けた事でしょう。
 ですが彼の目の前の光景はそうではありませんでした。
 彼女は、彼の妻はその場に崩れ落ちるように尻餅をついていただけでした。じんと沁みる
叩かれた頬が僅かに赤くなり、その両の瞳からはうるうると涙が零れています。
(も、もしかしてか、勝った……のか? 俺はこいつに一泡吹かせてやれたのか?)
 しおらしく弱さを見せる妻。
 こちらから危害を加えた筈なのに、彼はそんな彼女の様子を一抹の感動と共に見下ろして
いたのでした。
 無理もありません。彼は普段、自身の妻に恐怖しながら暮らしていたのですから。
 昔はもっと可憐だった、自分を愛してくれていたと思っていた。
 なのに、いざ結婚してみればこの有様。自分勝手で機嫌が悪くなればすぐに手が出る世間
知らずのじゃじゃ馬女。でもそれに気付いた時にはもう下手に別れる事すらできない状況に
陥っていたのです。
 彼はこれでも有名企業に勤めるいわばエリートであります。
 ですので、まさか外で「妻が怖い」などとは漏らせませんし、ましてやそれを理由に離婚
などしてしまえば自分の顔に自分で泥を塗る事になりかねません。
 ですから、彼はずっと家の中では──いえ実は内でも外でも妻に掌握させられた生活を余
儀なくされていたのでした。
「はっ、ははっ……!」
 でも今は違う。やっと妻が妻らしくなったんだ。
 彼はまだちょっとぎこちない乾いた笑いを漏らします。
 まだ心臓はドキドキしていました。でも今なら普段の立場を逆転できる──この時の彼に
は本人自身何故か分からなくとも、そんな確信のような感覚が全身を覆っていたのでした。
「どうだ、痛いだろう? でもこんなもんじゃない。お前の我が侭はもっともっと俺達を苦
しませて来たんだ。分かるか、この痛みをっ!!」
 こうなると、彼はもう止まりませんでした。
 ザワザワっと身体中に漲ってきたある種粗暴な力。でも彼はそれを受け入れる──流され
る選択をしたようです。
 大股で妻に詰め寄ると、彼は荒っぽく彼女の襟元を掴んで持ち上げると、また一発二発、
いや三発と続けざまの平手打ち。その殴打に抵抗することもなく、彼女はドサリと再び床の
上に倒れ込んでしまいます。
 それでも彼は攻撃の手を止めませんでした。
 今度は床の上でふらつく彼女に、ぎゅっと拳を握り締めて振り下ろし始めたのです。
 一発や二発ではありません。最早連打とでも形容すべきでしょうか。彼は荒ぶる感情に任
せてひたすら妻を殴り続けていました。
「がはっ!? ぶぐっ! や、やめ──」
「五月蝿いッ! 黙れ、お前はそれだけの事をしたんだよッ!!」
 血が流れていました。それでも彼は拳を振るうのを止めませんでした。
 そこにもうかつての愛情などありません。
 今彼を支配していたのは鬱積に鬱積を重ねた自身と妻、両者が綯い交ぜになった強烈な憎
悪の念であったのです……。

 その女性は上機嫌で街を闊歩していました。
 身に纏うのは煌びやかな衣装や装飾品の数々。それらは彼女自身の美貌と相まってその輝
きを一層増しているように思えます。
 更に彼女の周囲を囲むのは、皆美形──イケメンというものでしょうか──揃いで、まる
で彼女をエスコートするように付き従っています。
 彼らの手には大量の買い物袋。どれも高級ブランドの名を冠しています。
「あ、あれも欲しいな~。入るよ~?」
『はい喜んで!』
 高級ブティックや貴金属店の建ち並ぶ街の中を進む彼女は、また一軒目に付いた店に彼ら
を引き連れて入っていくと、思う存分のショッピングを続けます。
 しかし……。
「う~ん、迷っちゃうな……。まぁいっか。店長さん、この店の商品全部頂くわ」
「はい。ありがとうございます~」
 でも最終的には絞る事すら面倒臭がりそんな台詞を残します。
 こうして彼女は、これでもう何軒目になるかすらもう私にも分からないほどに高級店を梯
子しているようでした。
 大量の収穫品。なのに彼女自身はアクセサリとしての小鞄を手に提げる以外は、全く荷物
を自分で持とうとはしません。そして店の人々が急ピッチで品物を梱包して運び出し、お付
きの美形達がそれらを受け取っている時間すらも待てないようで……。
「も~う、何ちんたらしてるのよ。ほらそこ、私のコレクションに傷がついてるぅ」
「あ。はい……申し訳ございません……ッ」
「ふんだ。あんたクビ」
 そうあっさりと軽微なヘマをしでかした一人の若い美形にそう告げます。
 彼は深々と頭を下げたままその場に立ち尽くしますが、彼女はそんな彼にはもう興味すら
存在すら見ていないかのように通り過ぎると、他の美形達と共に歩き出します。
「──……んぅ?」
 その時です、ふと彼女の耳に携帯電話の着信音が聞こえてきました。
 ちらりと振り向くと美形の一人がポケットから取り出したそのディスプレイに目を通して
います。自然と止まりかけた面々の足並み。彼は彼女にそっと近寄ると言います。
「旦那様からのようですが」
「そう。出なくていいよ? どうせ鬱陶しい用件だろうし」
「はぁ……。本当に宜しいので?」
「い・い・の!」
 念を押されてむっと不機嫌になる彼女。
 この美形は慌てて頭を下げて引っ込みました。着信音が鳴る電話も、応答される事なく切
られてしまいます。
 ……無理もないでしょう。あのまま食い下がってしまえば、彼もまた即座に首を切られて
いた筈でしょうから。
「ふんっ……」
 再び彼女は取り巻き達を連れて歩き出しました。美形達も満杯の収穫品を抱えたまま、文
句を言える筈もなくただその後ろ姿についていくしかありません。
 彼女は間違いなく信じて疑っていないのです。自分の権力とその栄華が続くことを。
 財産も地位も名誉も、欲しいものは全て手に入れる。いや……手に入って当たり前。それ
が私の特権であり、意味である。世界は私を中心に回っており、そうならなければならない
のだと。
 間違いなく、彼女は栄華の花道を闊歩していたのでした……。

 その少年は薄暗くなった室内をゆっくりと歩いていました。
 聞こえてくるのは夜の静寂の中に混じる小さな雑音。その中を息を殺しながら彼は歩を進
めてゆきます。
「……」
 ですがその様子は異様でした。
 暗闇の中に浮かんでいるのは静かに血走り殺気立った眼。更にその手にはだらりと台所か
ら取り出した包丁が握られています。
 ゆっくりと歩を進めるにつれて床板がキコキコと小さな音を立てます。
 それでも家人が目を覚ます様子はないようです。少年はぎらつく眼を最大限に見張って暗
闇の中を見据えて一歩一歩と目的の場所へと向かっていました。
 ──はたと足を止めたのは、二階の一室。
 彼は一度そこでぎゅっと包丁を握り直すと、空いたもう一方の手でそっとドアを開けまし
た。ギギッと小気味良い音がします。
 でも中にいた当人は気付いていないようでした。
「ZZZ……」
 いかにも高級そうなベッドの中に身を預けて眠っているのは一人の女性。少年からみれば
ちょうど“母親”世代の年格好でしょうか。その割には若々しいような気もしますが……。
「…………」
 その傍らに近寄った少年の殺気が一層研ぎ澄まされたように見えました。
 ゆっくりと、起こさないように布団をはだけると、もぞっと女性は身を丸めこそしたもの
の起きる気配はありません。まだ意識は夢の中にあるようです。
 ギチギチと。滾る力と憎悪と。
 スゥっと深く静かに息を整えて。
「──ギャッ!?」
 少年は、遠慮など一切無しに手にしたその包丁を彼女に向かって振り下ろします。
「なっ、何──がぁっ!!」
 流石に女性は飛び起きようとしました。
 ですが少年はそれを許しません。ひたすらその動きすら封殺するように、血走った眼で刃
を彼女の身体のあちこちに突き立て続けます。
 断続的に彼女からあがるくぐもった声にならない悲鳴。
 深々と刺される度にその寝間着からは真っ赤な血が滲み、小奇麗に整えられたベッドが、
寝室が汚されていきます。
「お前の……」
 少年は、突き立てる度に血塗れになっていく彼女を睨みながら呟きます。
「お前の所為で、皆めちゃくちゃになったんだ!」
 ドスッと突き刺す刃の感覚。
 でもそんな感覚すらも今の彼には届きません。
「お前さえいなければ! お前さえいなければ……ッ!!」
 ただ彼を支配していたのは目の前の“敵”の息の根を止めること。ただそれだけでした。
「──……ハァ、ハァ」
 そして、どれだけその刺突行為が続いた後でしょう。
 血みどろの海となった寝室とその中でぐったりと息絶えた彼女を見ろ下ろし、少年は荒く
息をついていました。
(……これで、いいんだ)
 血走った眼は開きっ放しになったまま。握られた包丁も服も血塗れで。
 少年は、危うい壊れた表情(かお)で笑うのでした……。

 その青年は、深夜の自宅をじっと見上げていました。
 時刻は真夜中を過ぎてすっかり丑三つ時です。勿論というべきか、辺りには彼以外の人影
も部屋の灯りもありません。
「……よし」
 小さな声。彼はじっと見上げていた視線を下ろすとおもむろに歩き始めます。
 すると家の裏手に向かった彼が物置から運んできたのは、手押し車に載せられた幾つもの
大きなポリタンク。
 それらを手押し車から一個一個取り出すと、彼は黙々とその中身を自宅の壁──新聞や古
紙を束ねて重ねられた位置へと重点的に撒いていきます。
 ボチャボチャと、流れ落ちて辺りを濡らしていく無色の液体。
 それらからは臭気がします。私の見立てが間違いでないのなら……ガソリンです。
 黙々とそれらを全て撒き散らすこと数分。
 彼は念入りにその状況を確認するともぞもぞと上着のポケットを弄り始めました。
 取り出したのは、何の変哲もないマッチ箱。
 ……もうこの青年が何をしようとしているのか言うまでもないでしょう。
 彼がマッチを擦り、火の灯ったそれをガソリンでたっぷりと塗れた壁面に投げつけた次の
瞬間には、炎は猛烈な勢いで目の前の家屋を包み込んでいました。
「次……」
 しかし青年は自宅が燃えている──いや燃やしたにも関わらず、不気味なほどあっさりと
した様子で踵を返すと、今度は勝手口の方へ回ります。
 しかし既に彼によって準備されていたのか、そこには多数の重い角材が格子状に立て掛け
てありました。それを再確認し、彼が次に向かった玄関にも同じような“封鎖”が施してあ
るのを確認した頃には、彼の自宅はその大半が炎に包まれようとしていました。
 僅かにですが、家の中から騒ぎ声が聞こえます。無理もないでしょう。
「……チッ」
 でも、彼はその声を耳にした瞬間、静かな表情に明らかな不機嫌を滲ませて舌打ちをして
いました。そして念を押すように残りのマッチを一気に擦ると、粗雑に火の中に投げ入れて
しまいます。
 辺りはこの青年の放った火の赤で染まっていました。
 近い内にこの様子に気付き、辺りは騒ぎになることでしょう。
「…………消すんだ。」
 それでも青年は暫し、燃え盛る我が家である筈その家屋を。
「消し去るんだ……。全部……」
 いえ、その中にまだ取り残されているであろう自分の家族を見つめて呟きます。
 その両の瞳は感情に乏しいようでしたが、今は燃え盛る赤色の光に染められるように異様
な明るさを帯びているようにも見えます。
「……全部、リセットするんだ……」
 何処か危うい達成感に静かに悦としながら。
 青年は暫く燃え盛る炎が勢いを増していくのを眺め続けたのでした……。

「──あの~、すみません」
 その朝、フロントに顔を出したのは二人の息子を連れた一組の夫婦だった。
 その内の一人は生意気盛りな少年。もう一人は学生らしき青年だった。
「はいはい。ただいま~」
 父親の呼び掛けに答えて、ややあって奥から主人らしき和装の中年男性が姿を見せた。
 全体的に丸みを帯びた小柄な体躯に、一ミリも崩れない営業スマイル。彼は無意識なよう
に揉み手をしながらこの一家を迎える。
「大木です。チェックアウトをお願いします」
「はい。かしこまりました~」
 父親から鍵を受け取ると、主人はもそもそとフロントの中で作業を始めた。
 その様子を見守りながら彼はふっと後ろに立つ家族らに、間を取り持つように話し掛けて
いた。
「……で、どうだった? この宿は」
「ん~? 普通かな」
「おい。あまり直球で言うなよ」
「でもねぇ、確かに風情はあるけど……何ていうか、しょぼいわよねぇ」
 だが家族らの反応は芳しくはなかったようだった。
 弟が愛想なく返答するのを窘める兄の横で、母親は更に辛辣な批評をのたまってみせる。
「おいおい……。折角の家族サービスなのにそれはないだろ……」
「ん? 何よ、私が言う事に文句でもあるわけ?」
 そもそも彼女自身、この場所にそぐわないのだ。
 場所は閑静な民宿──つまりは和風な空間であるのに、彼女はこれでもかと言わんばかり
の洋風な着飾りをしている。
「いや、別に文句という訳じゃないんだが……」
 そんな妻を夫は扱いあぐねているのか、ただ気弱に応えるしかない。
「……でも、皆昨夜はよく眠れたんじゃないか?」
 すると彼はふっと苦笑いを浮かべると、批評の連打を止めようとするかの如くそう違う話
題を振ってみせる。
「まぁ、そうね……。寝心地は最高だった、かも」
「うん。何ていうか安眠って感じだったな~」
「……ああ。夢を見れるぐらい眠れたみたいだ」
「だろう? 此処はな『快眠の宿』なんて呼ばれてるくらい、充実した休息の取れる事に定
評がある所なんだよ」
 すると家族らは一様に渋々と肯定の反応を見せていた。
 そんな返答に、夫はようやくホッとしたようで揚々とそう説明を口にする。
「おやおや。ではお客様もそのお話を聞いて当宿に?」
「ええ。ちょっと人伝に聞きましてね。どうせなら皆に疲れを取って貰える休暇の方がいい
だろうと思いまして……」
「そうなの。だけど、休むだけなんて退屈よ~」
「……だ、だから面と向かってそういう事を」
「何よ? 私に意見する気?」
「……。いや、いいよ。何でもない……」
 それでもまだ尻に敷かれるやり取りをする彼らに、主人はのんびりと遠巻きに目を遣りつ
つも微笑んでいた。夫が「すみませんね」と苦笑いを見せても、お気にせずにと静かな微笑
を崩さずに応えるだけだった。
「……さて。じゃあ行こうか」
 そしてチェックアウトの手続きも滞りなく済み、彼らは宿を後にしようとする。
 何処か気だるい感じの妻子達。
 そんな面々を連れて彼が踵を返そうとした、その時だった。
「……。どうか、お気をつけて」
 ふとフロントの主人がそう何処かぐっと力を込めて言ったような気がした。
「大丈夫ですよ。ぐっすり寝ましたから、途中の運転も平気ですし」
 夫は一瞬怪訝が過ぎるのを感じたが、すぐにその違和感は立ち消え、次の瞬間には苦笑で
誤魔化すという何時もの反応で振り返って言う。
 コツコツとカーペットを歩く音を奏でて、四人はフロントを、宿を後にしていった。
 その場に残されたのは主人一人だけ。
「……。まぁ、そういう意味じゃないんですけどね」
 そして自分以外誰もいなくなったフロントの中で、彼はたっぷりと間を置いてから呟く。
「────気をつけるべきは、貴方達の不和にあると思うのですが」
 そんな彼の背後、フロントの奥の部屋には、鈍重な配線が張り巡らされた無数のディスプ
レイ──まるで何かの監視画面のような装置──が不気味に鎮座していたのだった。
                                                     (了) 

  1. 2011/05/10(火) 00:00:00|
  2. 夢視の宿
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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