日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)レディ・ルーン-Bonds of RU'MALE-〔5〕

 光の在る所に闇は在り、そして光が強ければ闇もまた深くなる。
 それはこの星峰という街も例外ではなかった。
 十六年前の“血の遭遇”以降、政府の権力が介入する特区として開発とルーメルの囲い込
みが続く星峰市。それは彼女達のオーバーテクノロジーを背景にしたこの国のV字復活劇の
縮図であるとも言える。
 だがその一方で、忘れられた場所も存在する。
 開発を拒み続けた、或いは開発の初期段階で見通しが甘かった事で次第に放置されるよう
になった、今ではすっかり不気味な廃ビル群と化した中心街より遠く離れた郊外の一角。
 そんなある種のゴーストタウンとなっている廃ビルの一室に、彼らは潜んでいた。
『…………』
 元々は何かのオフィスだったのだろう。室内には多数の事務机や古くなった型のパソコン
などが埃を被りながら点々と放置され、最早主もなく鎮座している。
 それら過去の遺物の傍らに、彼らは腰掛け、或いは身を預けてじっと押し黙っている。
 ──その面々は間違いなく二度に渡り妃翠を、そして陽を狙った紋女狩り(ハンター)の
一団に他ならかなかった。
 しかし、彼らの表情は一様に沈痛の気色のようだった。
 事務机に両足を乗せて沈黙したままのリーダー格の男を筆頭に、メンバー全員が重苦しい
雰囲気の中で雑談を交わす事もなく、ただただ廃墟の中に漂う時間に身を任せている。
「……これはこれは。随分とブルーなようで」
 そうしていると、ふと足音が近付いて来た。
 ややあって申し訳程度のノックの後、ガタの来つつある扉を開けて姿を見せたのは一人の
スーツ姿の男だった。
 簡単に形容するならば、何処ぞのセールスマン風。
 ハンター達を始めアウトローな雰囲気の漂うこの場にあって、彼の風体は明らかな場違い
のようにも思える。
「ああ。何だ、あんたか」
 しかしハンター達にとってはどうやら顔見知りの人物であったらしい。
 事務机の上で脚を放り出して座ったまま、リーダー格の男は姿を見せたこの男をちらりと
見遣ると、そう気だるく呟く。
「で、何の用だよ? わざわざ俺達を哂いにでも来たのか」
「そんな性悪なつもりはないのですが。……この前の一件、聞かせて貰いました。どうやら
思いもよらぬ邪魔者が入ったようで」
「……まぁな。確かにあいつの所為でこちとら大損害だ」
 苦々しい失敗の記憶を思い起こして、リーダー格の男は不機嫌に表情を歪ませた。
「手間取っちまったおかげでサツも、特保も来ちまった。俺達は何とか逃げ切ったが、それ
でも仲間の半分近くが捕まっちまったよ……」
「……ふむ。私どもの事を吐かれては困るのですがね」
「心配すんな。俺達だってあんたらディーラーあっての商売だ。どいつもそう簡単に口を割
るようなタマじゃねえさ。……まぁ、相手は政府の狗どもだ。拷問の一つ二つ、もうやって
いるのかもしれねぇけどよ」
 しかしその言葉も後半は徐々にトーンダウンしているように思えた。
 ふてぶてしいような格好こそ崩していなかったが、彼は内心気を揉んでいるのだろう。
 スーツ姿の男は、被った幅広に若干表情を隠しながら言った。
「では紋女(しょうひん)を卸せる状態には無い、と……?」
「当たり前だろ。戦力自体が半減しちまってるからな。それにこの前の失敗で特保の警戒も
強まってるようだし……ほとぼりが冷めるまでは引っ込んでいた方がいい」
「かもしれませんが。しかし、あまり悠長に居られても私どもとしても困るのですよ。それ
でも卸して頂けないというのなら……上が現在の契約関係を考え直す可能性もあります」
 リーダー格の男、そして他の生き残ったメンバー達が一斉にこの男を睨み付けるように見
遣った。それでも彼はフッと口元に弧を描いて余裕の様子をみせる。
「西岡さん」
 そして彼はリーダー格の男・西岡に改めて向き直り近付くと、手にしていた鞄の中から何
かを取り出し、ポンとそれを机上に投げて寄越した。
「……これは?」
「リストですよ。この街に潜伏しているルーメルのね。尤も、私どもも全てを網羅している
訳ではないのですが」
 西岡はぎろりと彼を一瞥し、そのやや分厚いカタログ状の冊子に手を伸ばすと頁を捲り始
めた。確かに見る限り、中には少なからぬルーメルの情報がまとめられている。
(こんな物持ってるなら始めから見せろっての。この前は自前で下調べしたんだぞ……)
 情報にざっくりと目を通しながら西岡は思ったが、すぐにそれも意味が薄いと思った。
 こいつらはあくまでルーメルという商品を欲しがっているだけ……。自分達ハンター自体
は態のいい使い捨ての駒程度にしか思っていない。
「……それで? 俺達にまた仕事をしろって言いたいのか?」
「ええ。理解が早くて助かります」
「そりゃあ下調べの手間はこれで省けるだろうがよ……。だがさっきも言った通り、こっち
は戦力も大幅に落ちてるんだ。そんな状態じゃあ前みたいな策は取れねぇぞ」
 言い訳ではなく、仲間を助け切れなかった自責として。西岡は言った。
 だがスーツ姿の男はそれすら意に介さなかったようだった。再びフッと口元に弧を描いて
静かに笑うと、彼はゆったりと紡ぐ。
「ならば別の方法を取ればいいのですよ。少ない人数であっても確実に標的を無力化できる
方法を、ね……」

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  2. レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL-
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(長編)レディ・ルーン-Bonds of RU'MALE-〔4〕

 そこに居たのは一人の幼子だった。よく笑う、明るく元気な女の子だった。
 穏やかな午後の日差し。そんな温かさが漂う部屋の中で、彼女はお気に入りのデフォルメ
なウサギのぬいぐるみを片手に一人嬉々として御飯事をして遊んでいた。
「──ただいま~」
 そうしていると、ふと玄関の方から戸を開く物音と優しげな男性の声が聞こえてきた。
 聞き慣れた穏やかなその声。少女はその声を耳にすると、パアッと表情に満面の笑みを咲
かせて振り返る。
「おとーさん♪」
「はは。ただいま、美月」
 近付いて来る足音。そしてドアを開けて姿を見せたのは、優しい雰囲気を漂わせている一
人の男性──真崎星太郎だった。
 父の姿を認め、その娘である幼子・美月は未だ舌足らずさの残る声でそうトテトテと駆け
寄ると、そっと屈み込んだ彼の胸元へ飛び込んでいく。
「ふふっ。美月ってば、すっかりお父さんっ子になっちゃって……」
 そんな父娘の姿を、珠乃は彼の背後から微笑ましく眺めていた。
 その両手には彼の物と思しき大きめの鞄が抱えられている。
「……そうだね。僕は、仕事で中々家に帰ってやれていないっていうのに」
 そっと抱きしめて頭を撫でてやると、きゃっきゃと笑いながら美月は笑う。
 だが屈託無い笑顔を振りまく我が子とは裏腹に、星太郎はフッと表情を曇らせていた。
 星峰の自衛隊駐屯地に配属されている電子通信関係の特技兵である星太郎は、その職業柄
中々家に帰ってくる事はできなかった。今日という日も、任務の合間を縫って取った束の間
の休暇の初日であったりする。
 抱えていた鞄をそっと夫の傍に下ろして、珠乃は問うた。
「……。次に基地に戻るのはいつなの?」
「予定では週明け火曜日の朝一。だけど、状況によってはもう少し早く戻らなくっちゃいけ
なくなるかもしれないね……」
 その問い掛けに彼の声色は寂しそうだった。まだ幼い愛娘がこうして自分に懐いてくれて
いる姿を目の当たりにしているのだから、その気持ちは尚更なのだろう。
「また最近、大陸の方がきな臭くなっているから。西も北も、武力に物を言わせて何度も圧
力を掛けてきている。今月だけでも領海侵犯の類が三度もあっただろう?」
「ええ。それは私もニュースで見たけど……。星君は海自じゃないじゃない」
「それはそうだけどね。でも、危機感は共有しているつもりだよ」
 記憶を思い返し、そしてきょとんとして言う珠乃に星太郎は苦笑した。
 穏やかな微笑。だがそれでも何を思うのか、その表情は綺麗に晴れている訳ではない。
 彼は抱きついてくる美月をそっと引き離すと、わしゃっと再び頭を優しく撫でてやりなが
ら続ける。
「僕らの仕事は、この国や世界の人達の平和に貢献する事だ。何よりも大切な家族や、大切
な人達を守れる役目だと僕は思ってる。だから中途半端な知識や心積もりで臨みたくはない
んだよ。……たとえこの仕事に就く切欠が成り行きであってもね」
「……そっか」
 優しい眼差し。だがその裏側には一抹の決意があった。
 珠乃は敢えて多くの言葉を返さなかった。夫が末尾に若干の自虐を漏らしても、せめて自
分だけはそっと彼の味方でありたいと思った。
「…………。でもね」
 だが、星太郎の瞳は静かに揺れているようだった。
 無邪気に自分を見上げてくる愛娘の笑顔。静かに寄り添い理解してくれている最愛の人。
 だからこそ、彼はつい漏らしていたのかもしれない。
「僕は思うんだ。……僕は、軍人に向いていないんじゃないかって」
 視線はやや俯き加減に固定したまま、星太郎は何処か力なく言う。
「何も今に始まった事じゃない。ずっと前から感じていたものなんだと思う。自分達が盾に
剣になって人々を守る。それがこの役割に就いた者の使命なんだって事は分かっているつも
りだ。だけど……僕は今も迷ってる。そのいざという時に、僕は本当に“敵”を討てるのか
なって……。正直な所、そんな事態になって欲しくないとさえ思ってる」
「……それが普通の感覚なんじゃない? 誰でも戦えるって訳じゃないもの。それに貴方は
特技兵科なんだし」
「そうかな……。でも僕が敢えてその方向を選んだのだって、実は“逃げ”かもしれない」
 夫の言葉を暫し待ってそう言葉を挟んでも、彼は弱気なままだった。
 叱るつもりは無い。だが見ていて辛く思う。
 珠乃の何とも言えぬ少なげな言葉と表情、視線の先で、星太郎は背中を見せたままじっと
佇んでいた。
「……珠乃さんは」
「うん?」
「……。珠乃さんは、僕に今の仕事を続けて欲しいと思う?」
 話の流れから予想できていた投げ掛けではあった。
 しかしいざその言葉が向けられると、すぐに返事はできなかった。珠乃はふと生じたこの
雰囲気に小首を傾げている娘を見遣ってから、一度深く呼吸を整えて言った。
「私は、星君の意志を尊重するわ。確かに中々帰って来れないというのは寂しいかなって思
うけど……貴方の皆を守りたいって願いはとても素敵だと思うから」
「……。ありがとう」
 礼。だがその声色には間違いなく揺らぎ──迷いが混じり込んでいた。
 窓から差し込む穏やかな日差し。その光を浴びるように、星太郎はスッと視線を上げる。
「でもね。やっぱり僕はこのままこの仕事を続ける事には迷いがあるよ。誰かを守れるのな
ら自分一人くらい──確かにそう思ってた。でも、今は違うのかな。誰かじゃなくて、珠乃
さんと美月と……もっと身近な人達の存在が僕の中で大きくなって来ているんだ」
 その言葉は珠乃にとっては嬉しく思えた。
 だがすぐにその嬉々なせり上がりは収まってしまう。理解できたからだ。彼の中で自分達
が大きくなっているという事は、彼自身の自衛官としての任務とある意味矛盾を生み出す。
「怖くなっているんじゃないかと思う。もし、何かの切欠で大きな戦闘に関わる事になった
ら……僕は“身を粉にして国民を守る”ことよりも“家族の為に生き残る”方を選んでしま
うんじゃないかと思えてならないなんだ」
「…………」
 矛盾なんかじゃないわ──。
 そう言いたかったが、珠乃は安易に言葉を紡げなかった。
 苦悩している。表情こそ一見穏やかに見えたが、夫は揺らぐ決意に困惑している。
「だからなのかなぁ、中々昇進がすんなりといかないのは。押しが弱いっていう性格もある
のかなとは思うんだけど……軍人としての軸が定まっていないからなのかなとも思う。もし
このままこの仕事を続けるのなら、これからの美月の成長も考えてちゃんと稼ぎを確保して
いかないといけないのにね」
 返す言の葉に窮していた妻に、星太郎はフッと苦笑いを向けてそう漏らした。
 何処か逸れ始めた話題。それは多分彼の配慮、優しさなのだろうと思う。珠乃はきゅっと
胸の奥が刺激されるのを感じながらも、同じく静かに微笑を返すしかできなかった。
「うーん……やっぱり僕は軍人向きじゃないのかも。押しが弱いというかさ。もっとこう、
組織の中でぐいぐい伸し上がっていこうっていう気概が足りないのかなぁって」
「伸し上がるって……。それって兵藤さんのこと?」
「う、うん……。まぁ具体的に言っちゃうと」
「うーん、別にいいんじゃない? 私は今の生活でも充分過ぎるくらい幸せだけど」
「はは。そう言って貰えるとありがたいけど……。でも、同期がああもどんどん力をつけて
いっているのを見ると流石にね……」
 それでも星太郎は穏やかさを纏い続けた。
 ちょっと自虐的、でもその声色は優しさを。何処かおどけたようにも見える彼に、珠乃は
気付けば一緒になってくすくすと笑っていたのだった。
 穏やかな笑い声が響き、消えていく。
 再び差し込む日差しがそっと自分達を見下ろしてくれるように思えた。
 愛娘を撫で、妻と寄り添い。暫し星太郎はその場に屈んだままで静かに佇む。
「…………珠乃さん」
「? なぁに?」
 それから、どれだけの沈黙を経てからだっただろうか。
「……。やっぱり僕、自衛官を辞めるよ」
 穏やかな日差しを眩しげに眺めたまま、星太郎はぽつとそう言った。
「え。辞めるの?」
「ん? あぁ、いや別に今すぐって訳じゃないよ。生活もあるし。……そうじゃなくてこの
先、もっとこの国が平和になったら退官しようかなって。何時になるか、分からないけど」
 フッと破顔して。星太郎はちらっと珠乃を見遣るとそう補足を加えた。
 希望的観測を前提としたプラン。それはあやふやだった。軍事には素人の珠乃でも今の世
の中がそう簡単に“平和”になるとは正直言って思えなかった。
「そっか……。いいんじゃない? その後はどうするの? 何処かの技術職でも探す?」
 だが不思議とその未来の話を、二人は穏やかに明るく語り合う事ができた。
「うーん、どうだろうなぁ。その時の景気にもよるし、やっぱり家族で一緒にいられる時間
が欲しいし……。そうなると自営業の類なのかな……?」
 そっと軽く目を閉じて思考を巡らせる星太郎。
 その腕には頭に疑問符を浮かべながらも、父にじゃれつくのを止めない美月がふらふらと
身体を揺らして戯れている。
「……そうだな。宿とかはどうだろう? 星峰(ここ)は年中登山客や観光客が来ているか
ら、そういった人達とも一緒に平和な時間を共有できたら……なんて」
「宿……」
「うん。あ、でもあまり大きいのは無理かなぁ。せいぜい民宿レベル?」
 夫の未来の地図に、珠乃は驚きと淡い希望を同時に抱いていた。
 その場で組み立てていくように。星太郎は時折思考を整えるように頭上に眼をやっては、
指先をぴこぴこと動かす。
「守る、守られるじゃどうしても“一緒”にはいられないから。だから落ち着いた後はそん
な関係の中で穏やかに暮らせていけたらなぁって思う。……ちょっと年寄り臭いかな」
「ううん、そんな事ないわ。素敵じゃない。家族とお客さんと皆で穏やかな一時、か……」
 正直嬉しかったのかもしれない。
「間違いなく料理の担当は珠乃さんだね。何せ元プロ、調理師免許持ちだし。後は僕も経営
ノウハウとか資格とかの勉強をしたりして……」
「うんうん♪」
 たとえ皮算用と言われても、夫が自分達をこうも大切に思い、静かな生活を思い描いてく
れているなんて。断片的に発せられる彼の構想。珠乃もまたそんな青写真を聞きながら、自
分なりのイメージを膨らませていく。
「本当にそんな生活ができるといいわねぇ。……でも、そんな日が来るのかしら」
 だが、そんな中でも現実は非情なことに変わりは無い。
 暫しうっとりと希望の未来を抱いても、珠乃の心の中にそんな不安は襲ってくる。
「来るさ」
 しかし、星太郎は迷いなくそう言い切っていた。
「きっと来る。明けない夜は無いんだから」
 キリッと強い意志の瞳で。だけどその表情はとても優しくて。
「きっと大丈夫さ。僕たちが“諦める”ことをしなければ、きっと──」
 穏やかな日差しを背後にしたその笑顔は、きっと未来を信じる者のそれだった。

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(長編)レディ・ルーン-Bonds of RU'MALE-〔3〕

 特別保安庁──通称「特保」。
 それは“血の遭遇”以降、紋女(ルーメル)に関する政策の実務執行を担うべく強力な権
限と共に創設された、内閣官房直属の特務機関である。
 いち行政機関としてその本庁は他の省庁同様、首都に置かれているものの、実質の本部は
各地に設けられた実働支局──特にその元締め的存在である星峰本局に在った。
「──以上が、今回宮座町で起きた紋女狩り(ハンター)達による騒ぎの経過報告となりま
す。今回身柄を確保できたホシの身元は、お手元の資料の十三頁より掲載しております」
 薄暗い会議室の空間の中に浮かび上がる複数のディスプレイ。
 そこにはビルの屋上と思しき場所から眩い発光が起こる様子や、その中で逃げ惑う武装し
た男達の姿の映像が映し出されていた。
 長方形に設置されたテーブルに腰掛け、そんな映像や他のデータを表示した画面、手元の
紙の資料を見比べながら、暫し出席者達はめいめいに状況の整理に努める。
「……この街にもハンターどもが出没するようになったか」
「此処だけではありませんよ。ここ数年、各地で彼らの活動が活発している模様ですし」
「全く……。目先の利益に躍らせれて国益(たいきょく)が見えていないのか。嘆かわしい
限りだな」
「無理もないでしょうな。彼の中には“血の遭遇”による被害者やその関係者も少なくない
ようですし。差し詰め自分達なりの復讐も兼ねているのでしょう」
「……愚かとか言いようが無いですね。ヒステリーな愚者ほど扱いに困る者はない……」
 席上での面々は皆、神妙な面持ちだった。
 集まっているのは全て局のリーダー級の者達ばかり。そんな彼らが一様に嘆くのは、今尚
続く紋女(ルーメル)に対する敵対感情の存在であるように見えた。
 ある者は国益の為、ある者は距離取った達観さを、またある者は個人的な嘲笑を含めて、
この度起こった事件の顛末の報告に目を通しながら各々に言葉を漏らしている。
「……ふぅむ」
 そんな中で、一人の男性がゆたりと口を開いた。
 するとそれまで点々とざわめいた声がピタリと止んでいた。同時に彼らの視線はその声の
主──テーブルの最上座に陣取るこの男へと向けられる。
「確かに、この所の反ルーメル勢力の台頭は目に余るねぇ。警戒レベルを今よりも高めに設
定するべき場面かな? レベルC+に再設定するとしよう」
 面々が同意の下に頷く。
 テーブルに両肘を着いて手を組んだまま、一見すると温厚そうな中年男性にしか見えない
この上座の男は何処かのらりくらりとした様子で呟いていた。
 だがその発言は単なる呟きでは澄まないようだった。ちらと彼が視線を向けると、傍に控
えていた秘書風の男性がサッと無線で何処かに指示を送り始めている。
「……ま、今最優先にするべき事は分かっているね? 確保した容疑者達からは可能な限り
情報を引き出し、裏づけを取ること。同時に逃げた連中の捜索・逮捕も併せて進めてくれ。
藤野、蒔田、それと竜崎、四條班。頼むよ」
「了解致しました」
「ええ。任せておいて下さい」
 男は微笑んでこそいたが、そこには穏やかさ以上のえもいわれぬ威圧感があった。
 ちらと幅の広い顔に奔った線目が開き、奥底の見えない眼差しが面々を捉える。
「……さて。それとあとはもう一つの案件だが。今回ハンター達が狙っていた当のルーメル
は逃走したのだったね?」
「はい。通報を受け、所轄警察が先遣として現場に急行しましたが、その時には既に現場か
ら姿を消していたようです」
「ふぅむ……」
 上座の男は少し思惟するように黙った。
 薄らと線目から開けた眼差しを目の前に展開する複数のディスプレイに向ける。画面に表
示された多くの資料、映像のデータ。そこには無数の光の球を従えたルーメルと、その傍ら
で驚きを宿して立っている少年の姿が映し出されている。
「しかし誓約者(リンカー)持ちとなると、少々面倒な事になるねぇ……」
 ぐっと背を伸ばし、男は誰とも無く言った。
 その口調こそはのんびりとしたものだったが、そこには暗に画面に映る彼女達に対する批
難の感情が篭っているようにも受け取れる。
「ルーメルの保護──これは我々にとって大きな使命の一つだ。こうして実際に脅威に曝さ
れた彼女を、このまま看過するわけにはいかないな」
 ちらと。男は席上の面々を見渡した。
 何処か緊張したように佇む彼ら。
 そんな面々を暫しの間見遣ってから、彼はその内の一人──生真面目そうなスーツ姿の女
性へと視線を移すと言った。
「門倉君、頼めるかな? このルーメルの調査と保護は、君達の班に任せよう」
 面々が同じく彼女を見た。
 一瞬重くしんと静まり返った場。
 その中で、改めて身を引き締めるようにビシッと背筋を伸ばすと、
「……了解致しました。お任せ下さい、局長」
 この女性エージェント・門倉はそう淀みなく答えていた。

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(長編)レディ・ルーン-Bonds of RU'MALE-〔2〕

 それは、もう随分と昔の出来事になってしまった。
 まだ幼かった私。何の力もなかった私。
 そして……まだ目の前で起こってゆく出来事が何を意味するのかを知りえなかった私。
 だけど、どれだけ時と共に風化されてしまおうとも、あの日の光景は今でも私の記憶の中
に、心の中に確かに刻み込まれている。
「──星(しょう)君っ!」
 あの日、まだ小さな子供だった私は、母さんに手を引かれて市立病院の中のとある一室へ
と駆けつけていた。
 母さんは私に何があったのかは詳しく話してくれなかった。
 だが家で電話を受けた時に見せたあの表情(かお)と動揺ぶりを見れば、只事ではないら
しい事くらいは子供心でも分かっていたのではないかと思う。
「? 貴女は……?」
 私達が飛び込むように病室に入ると、中では多くの医者達と看護士達が忙しく動き回って
いた。するとその内の医者の一人が私達に気付き、真剣な面持ちで眼鏡のブリッジを持ち上
げながら確認するように呼びかけてくる。
「ま、真崎珠乃(たまの)──真崎星太郎の妻です」
「真崎……はい、こちらです。どうぞ」
 母さんが焦りのままそう答えると、医師は小脇に抱えていた名簿らしき書類に目を落とし
て確認を取ってから私達を病室の奥へと促してくれる。
(怪我してる人がいっぱい……。何で……? 少し前の地震のせい……?)
 訪れた病室は一度に多人数を収容できる、いわゆる大部屋だった。
 そこには身体中に包帯が巻かれ、各種医療機器に繋がれた男の人達が何人もベッドの上で
苦しんでいる姿があった。そんな彼らの周りを、たくさんの医者や看護士達が休む間もなく
動き回っている。対照的に、自分達と同じく男の人達の家族など思しき人々は彼らに泣きつ
いたり、或いは何をすべきかも分からず呆然としていた。
 緊迫した、明らかに異様な光景と雰囲気。
 私は無意識の内に、母さんに引かれた手をぎゅっと握り締めていた。
「…………珠乃、さん。美月……」
 だが、何よりも私の記憶に強烈に刻み込まれたのは、そんな人達の中に父さんがいたとい
う事に他ならなかった。
 はだけた、そして大きく切り裂かれた迷彩服。しかしそんな日常的な服装でない事よりも
目を引くのは、その身体に大きく巻かれた包帯から滲む真っ赤な色。
「お父、さん……?」
「星君……」
 明らかに酷い怪我。
 にも拘わらず、機器に繋がれて横たわる父さんは、酸素マスク越しに笑みをこぼして私達
を見遣るとそう名前を呼んでくれたのだ。
 しかしその息遣いは荒く、そんな姿は子供でも今目の前の人物が瀕死に近い重症を負って
いる事を知らしめるにはあまりにも十分過ぎた。
「……ごめん、ね。元気に、家に帰るって言葉……嘘に、なっちゃったね……」
「いいのよ。いいから、そんな事……いいからっ! 無理して喋らないで。ねっ!?」
 絶句に近い形で立ち竦む私の横で、初め母さんは口元を抑えていたが、父さんの無理をし
た優しさにやがて表情を崩し、ボロボロと涙を流して傍らに詰め寄る。
 酸素マスク越しの絶え絶えで不規則な父さんの息とは対照的に、周りを取り囲む機器が刻
む電子音のリズムは淡々として無機質だった。
 気のせいかもしれない。いや、気のせいのままであって欲しい。
 そうした対比が、刻一刻と父さんの命を奪おうとしているなんて……。
「……奥さん」
 そうしていると、先程の医者が他の医者数名と共に静かに進み出てくる。
 涙をこぼしながら振り向く母さんに、彼らはやり切れない、悔しそうな苦々しい表情を一
様に浮かべている。
「あの……。主人は、主人は……!?」
「……申し訳ありません。私達も手を尽くしているのですが、ご覧の通り同様の“被害者”
が多過ぎ、尚且つ何より私どもも全く見た事のない症状も併発しておりまして……」
「…………そん、な……」
 何処か引っ掛かる言い方。
 でもそれよりも母さんは医師達から突き付けられた事実に愕然としていた。普段、穏やか
な夫婦で通っている母さんが、この時ばかりは強く強く打ちひしがれたようにその場にガク
リと膝を突いて崩れ落ちてしまう。
「お母、さん……。う、ぐっ……!」
 理由などもうどうでも良かったのかもしれない。
 そんな母さんの痛々し過ぎる姿を目の当たりにして、私は自然と同じ様に瞳を潤ませて泣
き出していた。
 お父さんが──死ぬ。その言葉がまるで鋭利な刃物のように私達を狙う。
「……美月」
 そんな時だった。
 ふっと、頭を撫でる優しい感触。私が涙目で見上げると父さんが静かに私の頭を撫でてく
れながら微笑んでくれていた。
(お父、さん……。何で……? 何で……?)
 その温かい感触に触れて呼び起こされる記憶の数々。
 仕事であまり家には帰って来れなかったけど、その分休みが取れた時には私にも母さんに
も溢れんばかりの愛情を注いでくれた、軍務に関わる人とは思えないほど優しいお父さん。
「……泣かないで。お母さん譲りの美人が、台無しになるよ……?」
「う、っぐ……。で、でもぉ……」
 だけど、この時ばかりはそんな父さんの温かさが余計に心を刺すような錯覚がした。
「……ふふ。珠乃さん」
「? な、何……?」
 それでも父さんは何故か苦しさを訴える事よりも、私達に微笑む事を選んでいた。
 そっと手で私を抱き寄せながら、泣きじゃくっていた母さんの名も呼ぶ。
 少しの間、父さんはこれでもかと顔を近づけてくる私達に微笑んだままだった。だが、
「……最期に、伝えたい事があるんだ」
 不意に、一瞬真剣な表情(かお)をしてそう言う。
「先ずは……ごめんね。こんな形で……お別れに、なるなんて……」
「そう、よ……。そう思うなら、戻ってきて……? 星君がいなくなったら、私……。それ
に子供達はどうするの? どうすればいいの? 美月も、陽も……」
 母さんは咽び上手く喋れなくなりながらも、何とか父さんを引き止めようとしているよう
だった。私の肩を、そしてだいぶ膨らんできたお腹──あと数ヶ月ほどで生まれてくる筈の
私の弟の輪郭を撫でながら、母さんは訴えるように声を漏らす。
「……大丈夫さ。君なら、きっと。だって、君は僕が選んだ女性(ひと)なんだから……。
もっと、自信を持っていい。もっと、もっと素敵になれる筈だよ……」
「星、君……っ」
 更に泣き崩れる母さん。その手を、父さんは私から離した手をそっと優しく包む。
「……大丈夫だよ。大丈夫……」
 どうして、この人はこんなに笑っていられるのだろう?
 きっととんでもなく痛い筈なのに、苦しい筈なのに。それでも私達に笑い掛け続けている
のはどうしてなんだろう……?
 それから暫く──いや、実際は十数秒程度だったかもしれない──の間、私達家族は互い
に寄り添い無言で時を刻んでいた。合わさり混ざるすすり泣く声。無機質に淡々と刻まれる
電子音のリズム。動き回る医者や看護士達の物音。全てがスウッと遠くに感じられる。
「…………珠乃さん、美月。それに……陽も」
「?」「な、何……?」
 そして、そんな沈黙を破るように父さんは口を開いた。
 纏う微笑みと空気は優しく暖かく。だけど、その声色は今までになく真剣そのもの。
 私も、母さんもまるでその静かな迫力に気圧されるように押し黙って耳を傾ける。
「……これから、皆は……色々大変な経験をいっぱいするだろうと、思う」
 そう言い始めた父さんの視線は、だんだん定まり難くなっていた。
 それでも、どうしてもこれだけはとでも言わんばかりに、父さんは時折ぐっと訪れる期限
の足音に耐えながら続ける。
「だけど、挫けないで。皆には、笑っていて欲しいんだ……。いや……僕らだけじゃない。
僕らの周りの人達全て……できうる限り全ての人々を、幸せにしたい……笑っていて欲しい
んだ……。それが、理由、なのかな……。だから僕は自衛隊に……力で保てる幸せがあるの
なら、僕の身の一つくらいって……、ぐっ!」
「!? 星君っ!」
「お父さんっ!」
 そこまで言って、父さんは流石に耐えかねて一瞬苦痛に顔を歪めた。
 思わず叫ぶ私と母さん。
「だ、大丈夫……」
 だけど、父さんはあくまでギリギリまで耐えようとする。笑おうと努め続ける。
「だから……ね。この言葉だけは……、この事だけは、忘れないで欲しいんだ……」
「……?」「それは、何なの?」
 それは懇願に限りなく近い願望。
 そしてきっと、私達に向けられた──いや全ての人へ向けた遺言だったのだろうと思う。
「…………彼女達を、憎まないでくれ」

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(長編)レディ・ルーン-Bonds of RU'MALE-〔1〕

 その来訪者達に対し、我々はあまりにも無慮な対応を取ってしまったのかもしれない。

「──こちら第八中隊。対象区域に到着しました」
 星峰(ほしみね)山系中腹。
 都心からも離れ、面積こそ広いが比較的なだらかな稜線の山々として一年を通して多くの
登山愛好家が訪れる山々であり、ここ星峰市のシンボルともなっている場所である。
 しかし、その山中を進むこの一団はどう見ても登山客には見えなかった。
『こちら司令部。そちらの映像は送れるか? 状況報告を併せて現状を確認したい』
 一言で形容するのなら、軍隊。
 そんな迷彩色の服と装備に身を固めた男達は、一様に山中からある一点を凝視しているよ
うにも見える。
「了解。今準備をさせていますので五分以内にはそちらに送信を開始できるかと思います。
できるかと、思うのですが……」
 そんな大半の面々の後ろで、通信装置の前に屈み込んでいる兵士が言葉を濁して言う。
『どうした、何か問題が起きているのか?』
「問題……というべきかまだ分かりません。ですが、異変には間違いないでしょう」
 通信機の向こうからは、じれったいといった感じを漏らしつつ疑問符が飛んで来ている。
 だがその問い掛けにもこの兵士は再び困ったように言い淀んだ。無言のまま他の仲間達と
互いに顔を見合わせて苦々しい表情を浮かべると、ゆっくりと視線を背後の山中の景色へと
向ける。
 ──そもそも自分達がこの場に赴く事になった発端は、ほんの数時間前に遡る。
 星峰が……揺れた。強烈な威力の地震が、全ての始まりを告げたのだ。
 そして、この揺れを感じ取ったのは何も市民だけではない。自分達、自衛隊星峰駐屯地の
面々も同じだった。突然の天災。急ピッチで始まった復旧作業。
 しかし、突如としてもたらされた衝撃はそれだけに留まらなかったのである。
『本日〇六四七時、星峰山東部中腹に国籍等不明の飛行体が墜落した。大至急、現地へ向か
い詳しい調査を開始せよ──』
 こういった事件がいつもの事である、とは言わない。
 だが自分の仕事──自衛官としての任務が世間一般の職業よりも特殊なものであることは
重々分かっているつもりだった。
 だからこそ自分達は粛々と命令を受け取ると、ある意味で馴染みのある緊張感と共にここ
まで星峰山を登ってきた、のだが……。
(一体、あれは何なんだ……?)
 視界の先に広がる現場の光景は、大方の予想の遥か斜め上を行っていた。
 見る限り確かに何か──詳細不明な飛行体と聞かされている──が墜落しているらしい。
 しかしその姿形はどう見てもヘリや旅客機、或いは戦闘機の類ではない。
 ガラスのような質感で統一された滑らかなフォルムの、とてつもなく巨大な……構造体。
そんなその場で見上げるだけでは到底把握できないほどの巨体が、斜めに傾いた格好で所々
で煙を上げながら大地に突き刺さっていたのである。
「……まるで高層ビルが丸々一つ落ちてきたって感じだな」
「で、でもあれってビル……なのか? 話じゃ正体不明の飛行体なんだろ?」
「さぁな……。とんでもなく馬鹿でかいって何かって事は確かだろうが……」
「お、俺達あんな得体の知れないものを調べるのかよ……?」
 何故、山岳救助隊ではなく自衛隊(じぶんたち)なのか。
 その理由が、何となく分かったような気がした。
『…………』
 非常事態にはそれなりに慣れている筈の仲間の隊員達も、それぞれに驚きや戸惑いの声を
漏らしつつ距離と保っていた。僕はその場から立ち上がると、そんなにわかにざわめく隊伍
の方へと歩み寄る。
(……やっぱり、不自然だ)
 勿論異変の発端であるこの飛行体(構造物?)の見慣れなさに驚きはする。
 だが、脳裏にはもっと別の事が過ぎり僕を混乱させていた。
 それは──被害が何故この程度で済んだのか? という点。
 確かに、墜落現場周辺は巨大なクレーターとなって一面が即席の荒地と化している。
 しかしこれほど巨大な構造物が直撃したのなら、本来なら星峰一帯が吹き飛んでしまって
いてもおかしくなかった筈だ。だが自分達は、星峰の街は幸い壊滅するような被害は受けて
おらず、現にこうして自分達が現場の様子を見に来てさえいる。
 だとすれば……考えられる可能性は一つしかない。
(ギリギリまで減速しようとしていたのか? 星峰への被害を……最小限に抑える為に)
 そう思うとにわかに身体中に緊張が駆け巡った。
 思わずもう一度、大地に突き刺さったままの、天まで届くかのような巨体を見上げる。
「準備完了しました。送信、開始します」
 そうしていると、通信機材の周りの面々が映像送信の準備を整え終えていた。
 専用の機材で録画・録音をしつつ、リアルタイムで現場の様子を司令部に送る。
『何だ……これは……』
 間もなく、司令部の上官達からも驚きと戸惑いの声が聞かれた。
 駐屯地の幹部クラスでも事態を厳密に把握していなかったというのだろうか?
 僕達現場の面々は、静かにざわつく通信の向こうの意思決定をじっと待つ。
『そこからは、何か先方に動きは見えるか?』
 そしてたっぷり数十秒の沈黙があった後、司令部からそう質問が飛んできた。
「いいえ。特に誰かが出てくる様子はありません。もしかしたら中の乗員は既に……」
『……そうか』
 こちらからの返答に、司令部側は再び何やら相談を始めたようだった。
 その間も僕達はちらりと墜落したままの巨体に注意を配り、事態の変化に備える。
 こんな事例は他に例がないのだろう。指示を出す側も困惑しているようだった。そういう
意味では、彼らもまた現場の所謂制服組に変わりはないのだなと漠然と思う。
『……こちらが受けている情報以上に事態は予断を許さない状態のようだ。そちらは墜落体
の調査を開始してくれ。様子は既に飛ばしたヘリ部隊からも確認する。そちらからは大き過
ぎて全体像は見えないようだからな』
「了解しました。ではこれより調査行動を開始します」
 そして、僕達は動き出した。
 通信の向こうからのそのゴーサインに頷き、隊伍を整え直して即席の荒地へと足を踏み入
れていく。途中空を見上げてみると、遠くに数個の機影が見えた。おそらくあれが派遣され
てきたヘリ部隊なのだろう。
 クレーターとなった現場の地面は大きく陥没して長い急斜面となっていた。僕達は用心の
為、ロープを使って降下する事にする。
 その境を過ぎると、頭上を覆っていた木々はなくなり全方位に視界が開ける格好となる。
 墜落時の威力で薙ぎ倒されたのだろう、辺りには大きな倒木がゴロゴロとしている。
 同心円状に陥没したクレーターの痕も然り。その光景はそれらと共に墜落時の衝撃の大き
さを物語っていた。
「改めて近づいてみると……でかいな」
「あぁ……。下手したら星峰自体、吹き飛んでたかもしれないな……」
「気を抜くなよ。少なくとも一般の航空機などではないんだ、何が起こるか分からないぞ」
「おい、支援要員は下がれ。武装要員はもっと前衛に出るんだ」
 張り詰める緊張。否、それ以上に漠然とした不安が皆を包んでいるように見えた。
 少しずつ、しかし一歩一歩確実に。
 小銃を手にした仲間達を先頭にして、僕達は沈黙したままの墜落体へと近づいていく。
「…………ん?」
 ちょうど、そんな時だった。
 突如として、それまで継ぎ目すら見えなかった墜落体の表面にサッと線が走るとその一部
がさながら飛行機のハッチのように開いたのだ。驚いた僕達は、残り数十メートルの距離で
思わず立ち止まる。
 開いた部分はそのままゆっくりと九〇度以上傾いて地面に接地し、昇降口らしき渡り廊下
になる。ただその裏側は階段ではなくどうやらスロープ状になっているようだった。
『──俺達が様子を見てくる』
 そして数秒の沈黙の後、先頭にいた数名が無言で振り返りそう後方の僕達を片手で制して
押し留めると、そのままゆっくりとハッチの方へと近づいていく。
 ひとりでに扉が開いたという事は、内部に誰か生存者がいる可能性が高い。
 僕達は固唾を呑んでその様子を見守ろうとした。だが──。
「! 誰か出てくる……」
「生存者か!?」
 変化は続けざまにやって来た。
 ハッチから墜落体の内部を覗き込もうとした隊員の一人が近づいてくる人の気配に気付い
て短く声を上げる。走る緊張。僕達も、身を乗り出して近づいてくる足音に耳を傾ける。
『……??』
 やがて姿を見せたのは、数名の女性だった。
 しかしすぐに妙な事に気付く。その服装──ローブのようないでたちが明らかにおかしい
のだ。世間一般の服飾というよりも、何処かの民族衣装のような……そんな格好に近い。
 だがそれがこれほどの巨大な飛行物体のクルー(?)が着る服だとも思えない。
 それに何よりも──彼女達は一様に激しく疲労しているように、僕には見えた。
「おい君達、大丈夫か!?」
「いや、それよりも……。君達は何者なんだ? この馬鹿デカいのは一体……?」
 そんな彼女達の様子に慌てて駆け寄ろうとする隊員、先ずは現状を把握しようと質問を投
げ掛けようとする隊員。
「……テ、ル」
「ん?」「え、何だって?」
 だが彼女達は、
「エ……、エーテル……ッ!」
「イル……。イッパイ……イルッ!」
「! なっ!?」「うわぁっ!?」
 あろう事か、僕達の姿を見ると突如として猛烈な勢いで襲い掛かってきたのだ。
 上がる隊員達の悲鳴。それらに覆い被さるように次々と飛び掛ってくる彼女達。見ればそ
の顔つきは荒々しく血走りさえしている。
 突然の事に、僕達は思わず顔を引き攣らせていた。
「エーテル……、エーテルッ!」
「ぬわっ! 何をす──」
 そして、僕は見た。
 彼女達が仲間達の首元の傍まで顔を寄せて大きく口を開けた次の瞬間、彼らの身体から何
か靄のようなものが勢いよく彼女達の口の中へ吸い込まれていくのを。
「る、ん……」
 まるで何かを取り込むよう飲み込む動作をする彼女達。それと連動するように急に力を失
いどうっと地面に倒れる仲間達。
 何が起こったのか理解できない者が殆どだっただろう。
 だが少なくとも今この瞬間、目の前で仲間達が死んだのだ。まるで生気を失ったかのよう
に青ざめた顔色で、彼らはピクリともせずに倒れていた。
「……足リ、ナイ」
「渇ク……渇、ク……」
「マ、ダ……エーテル、ヲ……」
 そして言葉も出ずに目を丸くして立ち尽くす僕らを、血走ったままの彼女達が見据えた。
 ゆたりとした動き。だが僕達は恐怖と驚愕の余り中々そこから動き出す事もできない。
「………ば、化け物だぁー!!」
 そして仲間の内の誰かが堪え切れずに叫んだ、その一言が合図となった。
 震えて力が入らない身体に鞭を打って一斉に逃げ出そうとする面々。そんな僕らに彼女達
はあり得ない身のこなしで飛び掛ってくる。
 最早統制など崩れていた。てんで散り散りに逃げ出そうとした仲間達は次々と彼女達に追
いつかれると組み倒され、そして何か生気を抜き取られるようにして事切れ、倒れていく。
(何なんだ、一体……!?)
 僕は一気に少なくなった仲間達に混じりながら必死に逃げた。
 背後で次々と仲間達が死んでいく。なのに逃げる事で精一杯だった。
 何故。恐怖の感情と共にそんな想いが胸を過ぎった。
 ただ僕達は墜落したあの飛行体が何なのかを調べに来ただけなのに。それだけで殺されよ
うとしている。
(いや……違う?)
 だがそんな想いにふと違和感を覚えた。
 相手の敵意。目の前の事実を見ればそうなのかもしれない。
 だが僕にはそれが本当だと思うには引っ掛かりを感じたのだ。
(彼女達の様子は敵意というよりはむしろ……。これは……飢え?)
 ややあってピンと来た厳密な表現。僕は走り続けながらも振り返る。
 改めて見てみれば彼女達は、一様に捕らえた仲間達の首元に口を近づけては何かを大きく
吸引するような仕草をしていた。その血走った眼も、敵意という怒りというよりは飢餓感に
よる発作のようなものから来ている印象を受ける。
「ウ、アァァァ……ッ!」
「! しまっ──」
 だがその思考が隙になっていた。緩んだ歩を見逃すまいと、一人が僕に飛び掛ってくる。
 しかし次の瞬間、彼女は僕の頭上で爆音と共に吹き飛ばされていた。
「……?」
 瞑りかけた目を恐る恐る開く。
 するとそこには硝煙を上げる小銃を構えた仲間の一人・兵藤が荒く肩で息をついていた。
「……大丈夫か、真崎?」
「あぁ……。助かったよ」
「ぼうっとしてんな、殺られるぞ」
「だ、だけどいきなり銃なんか……」
「そんな事言ってる場合か! 見て分からないのか!? あれは人間なんかじゃねぇ、女の
皮を被った化け物だ!」
「それ、は……」
 兵藤の激しく強い口調。
 だがその言葉に、僕は躊躇いを自覚しながらも言い返す事ができなかった。
「無事だったか! 真崎、兵藤!」
 そうしていると兵藤を皮切りに生き残っていた攻撃要員達が集まってくる。
 良かった、まだ全滅はしてない。少しだけ安心するがすぐにまた不安が心を塗り潰す。
 ちらと向けた視線の先、墜落体の周囲ではまだ彼女達が仲間達に襲い掛かっていた。
「くそ、一体何なんだよ、あの女達は?」
「こっちが聞きてぇよ。畜生ッ……佐伯、中川、大野……」
 小銃を構えながらも迂闊に手を出せない面々。
 それでも当の彼女達はお構いなしに“飢え”をしのぎ続けている。
「……!? しまった、囲まれた!」
 そして彼女達は残った僕達も逃すつもりはないらしかった。
 ふと気付けば四方八方からぞろぞろと、文字通り飢えた眼の女性達が迫って来ていた。
「ぬぅ……」「くそっ……」
 じりじりと。僕達はその包囲網の中で徐々に後退させられる。
 見れば墜落体から開いたハッチの奥から飢えた眼の女性達が次々と現れていた。
 その数はあっという間に膨れ上がり、既にこちらの兵力を上回りつつある。
(ここまで、か……)
 到底、敵う訳がない。
 自分が持っているのは小銃ではなく拳銃が予備を併せて二丁だけ。そもそも僕達は調査の
為に来たのであって、武装も護身用を除けば比較的簡易な物しか持ち合せていないのだ。
(……すまない。珠乃さん、美月……。それに、陽……)
 そうして最期に家族の顔を浮かべて覚悟を決めようとした、そんな時だった。
 突如として次々と地面が抉れて爆ぜた。
 その破壊に、彼女達が巻き込まれて吹き飛ばされていく。
 僕達は反射的に背後の上空を見上げていた。
『第八中隊、聞こえるか?』
 空中には数機の哨戒ヘリがホバリングをしていた。先刻、司令部が派遣したという部隊だ
ろう。するとその内の一機から緊迫した声で通信が飛んできた。仲間の一人が慌てて通信機
を取り出すと応答を開始する。
「こちら第八中隊、助かりました。現状は──」
『承知している。空(こちら)から見てもまるで地獄絵図だ』
 それは正直な感想だったのだろう。聞こえてきた重苦しい声色がそれを物語る。
『それよりも司令部より伝令だ。すぐにここを脱出しろ。先程本隊全軍を以って墜落体ごと
その女(アンノウン)どもを殲滅するとの決定が下された』
 その言葉が飛び込んできた瞬間、僕達は一瞬固まっていた。
 殲滅──彼女達を皆殺しにする……だって?
「わ、分かりました。すぐに撤退を──」
「待て、西岡」
 すると返答しようとした彼を兵藤が止めた。
 彼を見遣る面々。だが当の兵藤はじっと彼女達の跋扈する姿を睨み付けている。
「……その本隊が到着するのにどれだけ掛かる?」
『正確な時間は分かりかねる。十分程度ではないだろうか』
「そうか……」
 淡々と上空の友軍と交わされた言葉。
 そしてその質問で何かを確認すると、兵藤は小銃を構え直して独り前進を始めたのだ。
「ま、待て兵藤、どうする気だ!?」
「伝令を聞かなかったのか、撤退命令だぞ!」
 勿論僕達は彼を止めようとした。命令──いや、その建前以前に目の前の彼女達に勝てる
気などしなかったというのが大きいかったのだろう。
「馬鹿野郎! ここで退いたら街はどうなる!」
 だが兵藤はそんな弱気を吹き飛ばすように怒声を張り上げて振り向いた。
 ビクリと固まる面々。兵藤は今にも誰かを撃ち殺しそうな殺気立った眼で言う。
「本隊が来るまで多少なりとも時間が掛かる。それまでに奴らがここを離れられたら麓の街
が狙われる筈だ。あいつらはどうやら人間(おれたち)を──いや、俺達の何かしらを喰お
うとしているようだからな」
 それは否定できなかった。目の前で実際にそうして多くの仲間がやられているのだから。
「もし奴らが街に降りてみろ、被害は俺達程度じゃ済まなくなる。街には……嫁さんと子供
だっているんだ。俺達がここで食い止めなきゃ……全部失っちまう」
 兵藤の、その静かでいて強烈な言葉が引き金だった。
 始めは立ち向かう事に及び腰になっていた皆が、一人また一人と頷くと銃を構えて兵藤の
傍らに並び始めたのである。
『…………』
 前方では、次々と現れる彼女達が倒れ伏した隊員達に群がっていた。
 周囲では、哨戒ヘリの機関銃で撃たれた筈の彼女達がボロボロになりながらもよろよろと
起き上がろうとしていた。
「お、おい。嘘だろ……?」
「直撃してたよな? 何で生きてんだよ……」
「……文字通り、化け物だという事だろうな。お前ら……死ぬ気で殺さないと、死ぬぞ」
 その姿にたじろぐ面々。それでも兵藤だけは殺気を纏ったまま静かに言い放っていた。
 隊伍を整え、目配せで皆に合図を送る。ガチャリと銃が揺れる音がする。そして、
「掛かれぇ!!」
 その叫び声と共に、兵藤ら生き残った攻撃要員達は半ば自棄に近いと言えなくもない決死
の雄叫びを上げながら彼女達に向かって突撃していく。
「…………」
 僕は他の加わらなかった者達の中で、呆然と兵藤達の背中を見送っていた。
 どうして退けと言われたのにどうして戦おうとするんだ……。自分が死ねば、守りたいと
思う人達の笑顔を見ることもできないのに……。
「こちら第八中隊! 兵藤陸佐達が再び交戦を開始しました! 本隊が到着するまで奴らを
食い止めるつもりです! どうか早く、早く応援を──」
 傍らで別の隊員が必死に通信機から助けを求めていた。
(どうする? このまま兵藤達を置いてここにいる面子と逃げるのか……?)
 心が、迷った。グラグラと、揺れている。
 撤退せよとの命令は出ている。だがどうしてだろう? 自分という心と体が、思うように
言う事を聞いてくれない。
「──くっ……!」
「ま、真崎?」
「おい、待て! 早まるな!」
 だけど、気がついた時には僕は、駆け出していた。
 軍人としては甘いなのかもしれない。だけど、見捨てたくなかった。まだ間に合うんじゃ
ないかと思った。思いたかったから。
 何よりも僕は思った。感じる。この戦いは……僕らも、彼女達も本意ではない筈だと。
(止めなくっちゃ……こんな戦いは……!)
 数多の銃声が聞こえる。悲鳴が響き渡る。撤退しろとの怒声が通信機から放たれている。
 何故僕達はこんな事になってしまったのだろう。
 これから僕達は一体どうなってしまうのだろう。
 ただ一つだけ確かなのは、今僕達が歴史の大きな転機の最中にいるという事だけだった。

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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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