日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)Amethyst League〔6〕

 ──あの夜は、何度目の「私刑」を下した日だったか。
 夜闇にネオンの光が僅かに注ぐ路地裏の一角に私はいた。足元には何度も殴られて昏倒し
動かなくなった、いかにも柄の悪そうな男が一人。私は、その男の胸倉に当てていた左手を
そっと離し、大きな息を一つついた。
 夜でも止まない街の喧騒、そこから独り切り離されたような感覚。
 掌にじっと目を落とす。身体の節々が痛んだ。途中、激しく抵抗されて私自身も少なから
ず傷を負ってしまったが、今回は結果的に成功といったところか。
『──三枝正義さん、ですね?』
 そうして暫しの余韻の中にいた時だった。
 ふと、背後からの気配と、同時に私の名を確認する声がした。当然のように警戒しつつ、
私は振り返っていた。まさかこの「私刑」を知り、裁きに来た酔狂な人間でもいるのか。
 路地裏の入口に、一組の男女が立っていた。
 一人はにこにこと笑っている──だが、何となくそれは本心ではない、油断を誘う演技の
類である事が滲み出ている陰湿な感じの──青年。もう一人は逆に感情の一切も読み取れな
いような鉄面皮な女性。私は無意識的に先刻倒した男を隠すように立っていた。
『……何者だ、君達は?』
 私の問いに、青年は更に小さくふふっと笑った。
 とんっと片手を壁に当てる。その瞬間、彼の掌を中心に壁が一瞬で凍り付いたのである。
思わず目を見張っていた。こんな真似が可能な心当たりを、私は一つしか知らない。
『能力者か……』
 自然と、私は左手を握り締めていた。まさか相手から接触してくるとは思わなかったが、
今夜は思った以上の執行ができるらしい。だが、
『待って下さいよ。僕達はあなたとやり合うつもりはないんです』
『……何?』
 その言葉に手が止まる。油断させる口実なのだろうか。しかし、彼の張り付けた笑みから
ではその本心を探る事は難しかった。代わりに女性の方が言葉を続ける。
『あなたが能力者を狩っている事は調べがついています。私達は、そんなあなたに協力を申
し出る為にやって来ました』
『……力を得て増長した連中が、この街に少なからず潜んでいる。いずれは大きな問題を起
こす輩も増えるでしょう? そうなると困りますよね。同じ、能力者としては』
『…………』
 最後のフレーズは気に食わなかったが、それは事実だった。
 だが、言葉尻通りに彼らを信用するには早過ぎる。要するにこいつらはライバルを潰そう
とでも考えているのか。
『同じ、そういう連中を狩るなら徒党を組んだ方がいいでしょ? あなたも毎度事を起こす
度にそうやって怪我を負わずともいい。奴らをシメるのは僕らが請け負います』
 青年は私の全身を眺め、方々の傷を確認するようにしながら言った。
 確かに、独りでは限界があるのは薄々分かっていた。元より私の力は直接に戦闘向けでは
ない分、事を起こすにはずっとリスクが伴っている状態だ。
 しかし、このまま彼らの言葉に従う事に躊躇もあった。
 そもそもいきなり現れたこの二人(おそらく共に能力者なのだろう)を急に信用するのは
難しい話だ。何より……こいつらにも奴らと同じ「臭い」がする。そう直感が伝えていた。
 しかし、その迷いも彼女の放った一言で大きく揺れた。
『……能力者を一日でも早く消し去りたいのでしたら、手段を選んでいられますか』
 何故それを。喉下に出掛かった声が掠れて、ただ口をパクパクとさせるだけに留まってし
まった。彼女はそれだけを呟いて、じっと私を見ている。調べがついていると言っていたの
は少なくとも本当らしい。躊躇の念が、ぐらぐらと揺れて崩れかける感覚が襲ってきた。
『まぁ、立ち話も何でもすし。ちょこっと場所を変えませんか?』
 青年が相変わらずの笑顔で促してきた。
 つまり手を組むのか、否か。私は暫く黙り込んで二人を見ていたが、
『…………いいだろう』
 返事を受けて満足そうに歩き出す二人についていった。
 思えば、それは私にとって大きな分岐点であったのだろう。そう思う。

続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. Amethyst League
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)Amethyst League〔5〕

 ──父さん、母さん、先立つ不幸をお許し下さい。
 貴方達がこれを読んでいる時は、既に僕はこの世にはいないでしょう。
 自殺なんて愚かだと、罵られるかもしれません。貴方達が謂われない周囲の誹謗中傷に苦
しむ可能性だってあるでしょう。ええ、分かっています。
 でも、僕にはもうこうするしなかった。こうするしか……なかった。
 全ては僕の弱さにあります。決して自分の思い通りにならない存在を、無理矢理にでも僕
の主張の通りに治めてしまおうとする高慢さ。それに気付き、歯止めを掛ける事を考えなか
った為に、僕は際限なく不可能を可能にする事を望み続けてしまった。
 お願いです。原因や理由を、貴方達自身に、ましてや他の誰かに求めないで下さい。全て
は僕が、自身の弱さの為に陥ってしまった、己の不徳の所為なのですから。
 決して誰かを、ましてや貴方達自身を責めないで欲しいのです。
 父さん。貴方はずっとたくさんの人々の為に頑張ってきた正義の人だと思います。報われ
なかった人達に代わって、悲しさや悔しさを遺された人々から肩代わりして、罪を償うべき
者を追いかける……。だけど、今だから言えるけど、僕はもっと自分の足元をじっくりと見
ても良かったんじゃないかなと思います。貴方は、本当は優しいから、よく厳しい人だと間
違われてしまうから。遠くに手を伸ばすよりも、大事な事が近くにある筈です。
 母さん。仕事で忙しい父さんとよく喧嘩をしていましたね。
 私だって、家庭を守ってきたのよ。そんな台詞をよく耳にしていた記憶があります。
 だけど、一言言っておきたい。苦労は誰もがしている事です。少しきつい言い方かもしれ
ないけれど、世界は貴方だけでできているのじゃない。もっと、自分の苦労を語る前に他人
の苦労を受け止めてあげられる広さを持って下さい。貴方は、僕をここまで育ててくれた。
自分以外の存在を受け止められない筈など、ないのですから。
 父さん、母さん、今までありがとうございました。旅立つ僕が言えた言葉ではないかもし
れないけれど……これからの貴方達が、どうか今よりも幸せでありますように。

続きを読む
  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. Amethyst League
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)Amethyst League〔4〕

 ……苦しい。身体中が内側から今にもはち切れそうに燃え滾っている。
 これは憎しみだ。憤怒だ。明らかに自分のものではないそれら。だけど今それらは確かに
僕の中で燃えている。謂れのない苦しみだ。確かに僕は、父さんと母さんを恨んでいたのか
もしれない。ずっと、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたから。お互い相手の言っている事
を、思っている事に耳を傾けようとはせずに自分の理屈ばかりを相手に振り翳す。
 そんな醜い争いに、僕自身が辟易していたのは間違いない。お前には関係ないんだと目を
ぎらつかせながら突っ撥ねてくるその態度にも。
 結論から言えば、それが僕にもたらされたこの力の始まりとなったんだ。
 二人を何としても止めたい……否、ただ僕自身が二人の「騒音」を嫌っていただけなのか
もしれない。だって、暴力に訴えてでも二人と黙らせたい衝動がずっと僕を揺るがし続けて
いたのだから。
 その結果、僕は力を手に入れた。消すのではない、相手の感情を肩代わりする力を。
 この事にもっと早く気付けば良かったのかもしれない。いや、本当は何処かで勘付いてい
たのかもしれない。でも気付かぬ振りをしていた? この力に溺れていた?
 それでも感情という見えない脈動は消えない。消化し切れずに溜まっていった。それも、
人が一番醜くなる類の感情ばかりを僕は引き受け続けたんだ。だからこの苦しみは、単なる
消化不良だけではない気がする……。僕自身の弱さが、何倍も重くしているのではないか。
 これが、他人(ひと)の痛みなのか。
 ……熱い。焼けるように苦しい。ここまで二人を追い詰めていたのか。なのに、僕はその
僅かな表面だけしか見ていなかった……ずっと、ずっと。自分の弱さを正当化して。
 ごめん……父さん、母さん。

続きを読む
  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. Amethyst League
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)Amethyst League〔3〕

 ……これは、どういう事だろう。
 父さんと母さんの喧嘩が止んだ。僕が二人に触れた瞬間。あれほど激昂していた二人が何
事もなかったかのようにその場から離れていった。
 また別の場所で喧嘩を再開するのかも知れない。だけど、やっぱり奇妙だ。
 この珍事は今日だけじゃない。前にも起きた。どういうことなんだ?
 原因は皆目見当もつかないが、これじゃあまるで二人の怒りや憎しみが、その場で綺麗さ
っぱり抜け落ちてしまったかのような。そう言えばあの瞬間の二人にはまるで生気の様なも
のが見えなかった。感情が抜け落ちたようだった。
 つまりは、僕は二人の激昂を止めたのか?
 でもどうして? これじゃあまるで……。神の奇蹟か? それとも悪魔との契約?
 でも、これはいいかもしれない。どちらにしてもあの二人を止められる。あの地獄の喧騒
を止められる。僕には、その力がある? そうだ、そうなんだ。僕は選ばれたんだ。
 何故? 理由は分からない。だけどもしそうならば、これは好機だ。この地獄から抜け出
す事のできる絶好の好機となる筈だ。
 今は大人しくなったけど、あの二人はまたいずれ喧嘩を始めるだろう。どうやら感情を消
すことができるのは一時期だけみたいだから。
 その時だ。確認してやろうじゃないか。これが本物なのかを。
 この奇妙な僕への贈り物の正体を、明らかにするんだ。

続きを読む
  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. Amethyst League
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)Amethyst League〔2〕

 ……まただ。また始まった。
 部屋の向こう側、階下から聞こえるのは父さんと母さんの怒号。距離とドア越しでその内
容自体までは聞き取れない。だが、そこから溢れ出す感情の胸糞悪さだけははっきりと僕の
直感が教えてくれる。
 これで何度になるのだろう。
 かつては愛し合って僕を生むまでに至った筈なのに。どうして。そんな疑問ばかりが頭の
中に次々と湧いては駆け抜けていく。どす黒く渦巻いて僕自身の闇の中に。その中に放り込
まれた思考はゴウッと真っ赤な火となって燃え、静かに燻り続けるもが分かる。
 それは、苛立ちや憎しみといったものだろう。
 本来は自分ではない別の人間のものだったのに、気付けばそんな溢れ出す感情は僕自身に
伝播している。気にしないように、気にしないように努めても、気付けば奴らは僕の中でじ
りじりと燻り、僕を苦しめようと侵略の手を緩めようとはしない。
 仮に僕が怒鳴り込めば、二人は怒号を止めるだろうか。
 否、多分そんな事はないだろう。きっと僕がいない場所でまた同じ事を繰り返すだけだ。
もしくはそもそも、そんな配慮をする余裕すらも、もうあの二人には無くなっているので
はないかとも思ったりする。
 結局の所、僕も二人も、生き地獄にいるんだ。自分の、相手の感情という名の火に焼かれ
続ける生き地獄に。
 どうすれば、どうすれば抜け出せる?
 怒りや憎しみなんか……消えてしまえばいいのに。

続きを読む
  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. Amethyst League
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (140)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (83)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (23)
【企画処】 (310)
週刊三題 (300)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (299)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート