日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔42〕

 偽の筧騒動の混乱も収まり切らぬ内に、中央署上層階の一角が突如として吹き飛んだ。
 耳に飛び込んできた轟音に、騒動の前後のままその場に居合わせていた人々は、思わず弾
かれたように頭上を仰ぐ。
 瞳に映ったのは──空中に散らばってゆく幾つもの瓦礫だった。
 ぐっと抑えつけられるような意識のスローモーション。更に目を凝らしてみれば、その中
に何か、人影のような者達が交ざっているではないか。
 それらはゆっくりとこちらに、近付いて来るようにも見える。
「……何だ?」
「誰か、落ちて……」
「に、逃げろぉぉぉぉーッ!!」
 しかし悠長にもしていられない。頭上から降ってくるということは、このまま突っ立って
いれば、自分達も巻き込まれるということなのだから。
 そう面々の内の何人かが、理解して叫んだ次の瞬間、彼らは途端に散り散りになって逃げ
出した。重なる悲鳴。直後ドスンッと、寸前まで立っていた辺りに大きな瓦礫群と分厚い西
洋甲冑の人影が叩き付けられる。
「あいっ、たあ……」
 先ず落ちてきたのは、グレートデュートもとい仁だ。生身の身体ではなく、コンシェルと
同期した姿なお陰で、まだじたばたと地面の上でもがく程度で済んだが、本来なら間違いな
く即死する高さだろう。その周りで同じく少なからぬ衝撃──落下ダメージを引き摺りなが
ら、朧丸と同期した國子や他の隊士達数人、仁と共にライノの突進に巻き込まれた面々が起
き上がり始める。
「……あうあ」
「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」
「私なら平気です。それよりも、来ますよ」
 更に彼らを追って、また別の新しい怪人がこちら側に降ってきた。
 鎧のような硬皮を纏った黒サイ──角野ことA(アーマー)・ライノだ。仁達をその突進
で屋内から吹き飛ばし、自身もその勢いのまま飛び降りて着地。衝撃で大きくひび割れたア
スファルトの地面をもろともせずに、数拍の残心を溜めた後、文字通り獣のような激しい怒
気を込めた咆哮を上げる。
「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」
 そして大穴の空いた件の上層階から、白鳥こと怪人態(ほんしょう)を現したプライド達
もまた降りてくる。ジークフリートの風を纏い、一足先に仁達の下に駆け付けた皆人ら残り
の面々と、今にも第二ラウンドに突入しようとしている。
「な、何がどうなってるんだ……??」
「知るかよ! 走れ!」
 はたして両者の激突は直後始まり、最早“日常”とはかけ離れた光景、甲高い金属音と火
花が辺りに響き渡った。居合わせ、逃げ惑う人々の中には、この不可解極まりない──まる
で漫画や映画のワンシーンのような現実に狼狽する者も少なくなかったが、それでも大半の
者・連れは今この場から逃げることを優先した。怒鳴って促し、他に余分な思考を差し挟む
暇(いとま)さえなかった。
「一体何なの……? 何かの撮影、って訳じゃないよね?」
「ドッキリなら明らかにやり過ぎだろ……。つーか、あそこにいるのって筧兵悟じゃね?」
 そうして散り散りに、一方で見も知らぬ隊士達に避難誘導を受ける彼らは、視界一杯に広
がるこの異常事態の中で、何とか“現実”を理解しようと試みていた。頼みの綱は常日頃持
ち歩いている自身のデバイスである。トタトタと走りながら、少なからぬ面々がこの画面を
タップし始める。或いは十分距離を取ったと判断し、路地などの物陰からこの戦いの一部始
終に再び目を凝らして、尚も場に留まろうとする者達もいる。
「そういや、例の配信は?」
「駄目だ。真っ暗だ。止まっちまってる」
 先刻まで何者かが配信していた、筧兵悟と中央署幹部・白鳥らとのやり取りは、気付けば
完全に画面ごと沈黙してしまっていた。
 言わずもがな、自らの正体を暴かれた白鳥ことプライドが筧を攻撃した際、彼が持ってい
たデバイスも破壊されてしまったからなのだが……勿論そんな細かな事情など彼らは未だ知
る由もない。幾つもの疑問符ばかりが先行する。
 結果人々は、この途絶えた一次情報にうずうずとしていた。
 幸か不幸か現場に居合わせた人々と、そうではない大半の外側の目撃者。一分一秒と時間
が経つにつれて、両者の情報差は開いていったが、抱いた戸惑いと事の重大さに対する認識
はそこまでかけ離れてはいない。
 ──あれは一体、何だったのだろう? 夢だったのか、確かな現実なのか。
 ──何の予告も無しに始まって、こちらがわらわらと視始めた頃になって途絶える。一体
何をどうしたかったのだろう?
 怪人達同士の戦いが現在進行形で続いている現場、そこに居合わせてしまった人々の側こ
そ、自身の目に映るこの光景を一切合切否定する訳にもいかなかったが、二次・三次的に事
件を知った大半の者達はより半信半疑だった。
 映画の撮影やドッキリ? 質の悪いイタズラ?
 それにしては大袈裟過ぎる。第一そんな“ふざけた”仕業に、あの容疑者・筧兵悟が絡む
とは考え難い。或いは怪人は本当に居たんだ、都市伝説は本当だったんだと、その手のマニ
ア達はそれぞれの画面越しで狂喜する。
「み、皆さん! 落ち着いて!」
「急いで、ここから避難を……!」
 中央署前の広場では、戦う面々の中にあの瀬古勇の姿が加わった。
 一度は死んだ筈の少年殺人鬼。それだけでも人々は驚愕したというのに、更に彼はそこか
ら真っ黒なリアナイザを取り出すと、漆黒のパワードスーツに身を包んだではないか。
 散り散りに、我先にと逃げて行ったかと思えば、あちこちでそんな目まぐるしい状況を動
画や写真に収めようとする。同じく現場に居合わせた警官達は、自身の危険も顧みずに彼ら
を逃がそうと必死に呼び掛けていた。
 だがデバイスを掲げてこちらに目を見張っている彼らの、一旦火の点いてしまった群衆の
好奇心を、ほんの一部の官憲だけで止められる筈もない。現場だけではなく、街の内外でこ
の怒涛の展開を目撃したであろう人々のそれと様々な憶測は、最早誰か一人の意図の下に御
し切れるものではなく……。

「──」
 故に自宅の彼女もまた目撃して(みて)いた。失意の中にあった七波も、閉じ籠っていた
部屋でデバイス越しに、一連のゲリラ配信の存在とその内容を知った。尤も実際に視聴した
のは、同時刻の目撃者達有志による、拡散目的に複製(アップ)されたそれだったが。
 切欠は、カーテンを閉め切っていた自室に響いた、友人からの電話。
 そこから筧と白鳥の対峙、何より自分が彼に残した留守番メッセージ──SOSが白日の
下に晒されていることを知った。
 正直、直後は混乱した。何故あの人のデバイスを、白鳥という男が持っているのか?
 だがそれ故に、彼女は程なくして理解する。つまり映像の中で言われているように、由良
の死を含めた一連の黒幕こそが、この……。
(筧さん……)
 自らの恐れでいっぱいっぱいで、閉じ籠ってしまった部屋の中で、七波は思わずぎゅっと
胸元を掻き抱いた。胸の内側、手の届かない深い部分から、まるで締め付けられるかのよう
な思いだった。
 心配、不安。ごくりと息を呑んで、そっと閉じっ放しだったカーテンの隙間から外の風景
を見遣る。一見すれば普段と変わり映えのしない、物静かな住宅街が広がっている。
(私、もしかしなくても、とんでもない事を……?)
 一人盛大に、眉をハの字に下げて。
 彼女はそう再び、今にも泣き出しそうな表情(かお)を浮かべた。

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  1. 2019/01/22(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔41〕

 飛鳥崎中央署の前は、その時にわかに騒然となっていた。
 ただでさえ連日の警戒態勢でピリピリとした空気が流れていたのに、そこへ突如として闖
入者──容疑者・筧兵悟と思しきコート姿の男が現れたのだ。居合わせた者達が皆、激しく
動揺してしまったのは無理からぬことだろう。
「お、大人しくしろ!」
「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
「おい、もっと人呼んで来い! 上にも知らせろ!」
 暴れ始めた筧らしき男に、辺りで警戒に当たっていた警官達が次々に覆い被さる。通り掛
かった市民を守るように──いや、それ以前に、容疑者確保の為に必死になって。
 その数、結果数十人。
 中には直接男に組み掛かっていった者もいたが、多くはその外側を囲む者達だ。騒ぎを聞
きつけて、辺りに詰めていた記者達や野次馬の類が集まって来ている。
「は、離せェ!!」
 さりとて手を貸す訳でもなく、彼らは取り憑かれたようにカメラのレンズを向けていた。
或いはめいめいがデバイスの画面越しに、事の一部始終を動画に収めようとしている。
「大人しくしろ!」
「確保! 確保ォ!」
 それでも一対多数、数の多さで押し切って、居合わせた警官達はようやくこの筧と思しき
男を取り押さえることができた。組み付いて押し倒し、力ずくでねじ伏せて関節を取る。
 やっと捕まえた……かなり抵抗されてしまった。
 騒ぎになり、周りには既に野次馬や記者達がわらわらと集まっているが、一先ずこれで大
丈夫だろう。警官達は安堵する。それでも逃げられないよう、最後まで気は抜かぬよう注意
しながら、男からコートやら帽子やらをひっぺがした。何につけても、その顔を確認してお
かなければならない。
「……おい。こいつ、筧じゃないぞ」
『えっ?』
 だからこそ、場に居合わせ駆け付けてきた刑事の一人がそう呟いた瞬間、彼らは思わず戸
惑いの声を漏らしたのだった。
 目を瞬き、困惑する。それは口にした刑事──多少の面識がある同僚も同じで、警官達は
このアスファルトの地面に組み伏せられた見知らぬ男の姿を見ていた。尚も必死に抵抗し、
何か訴えようとしていたが、彼らはもうその辺りにまで意識が向かないでいる。
「ってことは……。偽物?」
 或いは盛大に誤認確保してしまったのか。だがそれでは何故、この男は突然現れて暴れ出
したのだろう?
「──」
 答えは簡単だ。実の所彼は、司令室(コンソール)から送られた工作員だったのだから。
 場に居合わせた警官・刑事達に取り押さえられ、多少なりとも顔に擦り傷がついたり筧に
扮した服装がボロボロになってしまっていたが、その表情には何処かぐったりとしつつも達
成感のようなものが滲んでいた。黙して、自らの役割が果たせたと安堵していた。
「ど、どういうことだ?」
「じゃあ、本物は何処に……?」
 故に辺りをキョロキョロと見渡しつつ、狼狽えている警官達。
 普段ならばそんな“弱さ”など市民には見せられなかっただろうが、今回は状況が状況だ
けに、そうした彼らのさまを含めた一部始終も、集まった記者や野次馬達はしっかりとその
カメラなりデバイスに収めていたのだった。
 そもそも彼は一体何故、こんなことを……?
 ざわざわと、何重にも人だかりを作りながら、人々は予想だにしない出来事に戸惑う。
「……うん?」
「? どうした?」
 ちょうど、そんな時である。自らこの人ごみを形成していた野次馬の一人が、先程から手
の中で弄っていたデバイスの画面に、ふと見知らぬ妙なページを見つけたのだった。
 すぐ傍に立っていた彼の連れが、その小さな怪訝に気付いて視線を返す。
 そしてこの小さな異変への気付きは、程なくして彼以外の野次馬達──内外でデバイスを
弄っていた人々の中に、一人また一人と広がってゆく。
「あ、いや……。もしかしてこれ、中央署のお偉いさんじゃないかって。ほら、例の会見の
時、引き延ばした写真を出してた……」
 連れに促される形で、この野次馬の一人が、そう自身のデバイスに映したとあるページを
見せてくる。
 それは何処かの室内を映したライブ配信のようだった。配信者の名義などは不明で、だが
そう戸惑っている間にも、画面には現在進行形で緊迫する内部の様子──刑事と思しき厳つ
いスーツ姿の男達が、撮影者らしきこちら側に銃口を向けて身構えているさまがありありと
流されている。
『そうだろう? 白鳥。いや──幹部プライド』
『……いつからだ? いつからお前らは、入れ替わっていた?』
 筧だった。配信映像は全て彼の視点から映され、その単身決死の覚悟で臨んだ暴露合戦の
一部始終を記録し続けている。
『それは、そんなに重要な事かな?』
『……七年くらい前かな。長かったよ。一度にゴロッと変わってしまえば怪しまれるから、
少しずつ少しずつ、取り換えてゆく必要があった』
 そして彼と対峙しているのは、白鳥や角野以下、当局上層部の刑事達。

 静かに驚愕する画面の内側と、外側の人々。
 まさしくそれは、今回の一連の事件の真相に迫る、決定的瞬間でもあって──。

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  1. 2018/12/18(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔40〕

 今思えば、由良が『二手に別れましょう』と言ってきた時、俺はあいつを止めるべきだっ
た。勝手な親心を利かせ、こいつも先ず俺を頼ることから離れて一人前の刑事(デカ)にな
ろうとしているんだなと、その心中を察せなかった事がそもそもの間違いだったんだ。

 一体どういう経緯で、どれほどの事実を知ったのかは分からない。
 だが少なくとも、あの時点であいつは越境種(アウター)や当局について怪しんでいたの
ではないか? その確証を得ようとしていたのではないか?
 つまり、わざわざ一人で調べようとしたのは──俺を巻き込まない為。
 ……馬鹿野郎。要らない所ばかり似やがって。先輩よりも先に逝ってどうする。
 白鳥達に消されたのは、十中八九蝕卓(れんちゅう)と当局の繋がりに、あいつが勘付い
てしまったからなのだろう。或いはもっと踏み込んで、触れようとしたからか。
 ……何てことはない。敵は始めから、すぐ傍にいたんだ。
 もし当局自体がクロ──白鳥や幹部連中が染まっているのなら、これまでの不自然なほど
の隠蔽や性急さにも合点がいく。というより、その為に奴らが組織内に入り込んだと考えた
方が妥当だろう。少なくとも、昨日今日の話ではない筈だ。
(すまねえ、由良。俺のせいで、お前は……)
 悔しくて悔しくて、何度だって唇を噛み締める。
 相棒(あいつ)がいなくなってから、一体何度、俺は自分の不甲斐なさに己をぶちのめし
たくなっただろう? いっそ暴発し、何もかも吐き出してしまいたかった。
 だけども出来なかったのは……ひとえにそれが刑事(デカ)の誇り以上に、あいつの犠牲
を無駄にする事だと、頭の何処かで解っていたからだ。
 あいつが自身の血を使ってでも俺に残そうとした『ASU』──杉浦が連中の仲間だとい
うメッセージ。俺にはその意思を、受け継ぐ義務がある。あいつに代わって白鳥達を、この
街のど真ん中で踏ん反り返っている奴らの鼻っ柱をへし折らなけらばならなかった。
 尤もその為に、そんな事実に俺自身が行き着く為に、対策チームなんていう外野の集まり
に借りを作ってしまうことにはなったが。
「……」
 全くどいつこいつも、他人を馬鹿にしてやがる。
 連中に捕まって、あっちこっちを引っ張り回されて。
 俺自身が表向き容疑者にされちまったことは、正直どうでもいい。それよりも今は、奴ら
をあの場所から引き摺り降ろすのが先だ。
 大よそ身体の傷は癒えた。一体あれから、どれだけ時間が経ったのだろう? 相変わらず
でたらめな技術だが、今は都合が良い。元よりじっとなんざ──大人しく怪我人なんざして
られない。
(……もう少し待ってろよ。由良)
 だから俺は一人歩いてゆく。目指すべき場所ならば決まっている。
 全ては由良(あいぼう)の弔いの為。あいつの信じた、正義の為だ──。

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  1. 2018/11/13(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔39〕

『兄ちゃん──』
 黒いリアナイザの拳鍔(ダスター)を打ち込む寸前、勇の目には亡き弟・優の姿が映った
ような気がした。
 生前の記憶そのままに、心優しくはにかんだ笑顔。その姿に、勇は思わずハッとなる。
 故にそんな一瞬の迷いが、結果として七波を、粉砕の運命から逃れさせた。
「先、輩……?」
「──っ」
 咄嗟に身を屈めたすぐ頭上の、激しく抉られた背後の壁。
 どうやら攻撃が外れたらしいと判り、彼女は混乱している。勇もそこでようやく、事の重
大さに気が付いたのだった。
(俺は一体、何を……?)
 少し手元が狂った、と言うにはあまりにもお粗末。少なくともこの女が筧兵悟から自分達
のことを聞き及んでいる以上、始末しなければならない。
 なのに──身体が思うように動かない。理屈では今やるべきことは解っているのに、まる
で自分の中で別の力が働いているかのように、もう一撃という動作を踏み留まらせる。
 まさか、こいつの「謝罪」を真に受けたとでもいうのか? 今更優(あいつ)が戻ってく
る訳でもないのに。こんな涙に自分が騙されかけた? そんな「弱さ」など、とうに捨てて
来た筈なのに。
 大体こいつも、あいつを見殺しにした“仇”じゃないか……。
「……ご、ごめんなさい」
 するとどうだろう。怯えて震えの止まらない七波は、再びそう勇に謝り始めた。
「そう、ですよね。今ここで謝ったって、優君はもう戻っては来ないのに……」
 但し今度は、自らが見て見ぬふりをしてしまったことへの詫びではなく、勇へそう安易に
謝ってしまったこと、それ自体へのものだ。ぎゅっと目を瞑り、声色を抑えながらも、その
姿はまさに命乞いそのものだ。
「私達が死なせたんです。なのに謝ったらどうにかなるだかなんて──自分勝手ですよね」
「……」
 彼女を見下ろしたまま、勇はゆっくりと黒いリアナイザを壁から離した。数拍、ほぼ無音
の反応となって何が起こったのかと、七波がおずおず目を開けようとするが、勇は次の瞬間
そんな彼女を至近距離の真上から見下ろすと呟く。
「もう、喋るな」
「えっ?」
「これ以上誰かに話してみろ……。本当に死ぬぞ」
 思わず目を瞬いて戸惑う七波。彼が刺すような眼光と鬼気を纏っているさまは相変わらず
だが、その言い方は、まるで他人事のようにも聞こえた。
「──うーん。確かこっち辺りから聞こえたような……」
「本当かあ?」
「気のせいじゃねえの? 今この辺、ポリ公やら何やらで騒がしいし……」
 ちょうど、そんな時である。二人が居た路地裏の、更にもう一区画向こうの通りから、通
りすがりと思しき男達の声が聞こえたのだった。三人分の足音が近付いてくる。おそらくは
壁を抉った際、その物音に気付いたのだろう。
「おーい、誰かいるのか~?」
『……』
 カツ、カツンと、靴音がやけに鳴り響きつつ、そんな何処か間延びしたやり取り。
 警戒と動揺。勇と七波は、それぞれにハッとなって身構えていた。どちらからともなくそ
の場で息を殺し、何とか彼らが立ち去ってくれるのをじっと待つ。
「──ちっ」
 だが先に痺れを切らしたのは、勇だった。まだこの邪魔者らが視界に入って来ない内に、
さっさと逃げてしまうことを彼は選択したらしい。他人に目撃され(みられ)てしまっては
元も子もない。舌打ちをして自分からあっという間に離れ、反対側の横道へと消えてゆく彼
とこの乱入者の影を交互に見遣りつつ、七波も迷う。
「……っ!」
 そして出した答えは──逃走。
 故に彼女は次の瞬間、思わず慌てて、この場から駆け出していたのだった。

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  1. 2018/10/16(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔38〕

「……ッ?! 由良!」
 目覚めた廃屋の広間で、筧はようやく行方を眩ませていた相棒の姿を目の当たりにした。
逆光の日差しの中、窓際の位置に倒れている──血に汚れ、仰向けになっているのを見つけ
て、咄嗟に駆け寄ろうとする。
 ──やっと見つけた。
 ──すぐに助けなければ。
 だがしかし、そんな身体の衝動的な反応とは裏腹に、その思考は辛うじて冷静だった。
 切欠は、彼の周りに広がる血だまりを、ぐちゅっと踏み締めたその直後だ。
(これは……血糊?)
 逆流するように溢れてきたのは、違和感。筧は思わず足を止め、そのすぐ真下に転がる由
良の姿を見つめ直す。
 ……そもそも、この状況はおかしい。
 こいつは何日も行方知れずになっていたのに、これじゃあまるで「今し方」殺されたかの
ようじゃないか。それも自分が連中に捕まって、また知らない場所まで移された──目を覚
ましたのと、ぴったりタイミングを合わせるように。
 いくら何でも、出来過ぎている。
 筧はそう直感していた。しかし実際目の前で眠っている、死んだように倒れたまま微動だ
にしない由良の顔は、やはり当の本人にしか見えなくて……。
「──!?」
 ちょうど、そんな時だった。思考の中の違和感と、目の前に映っているものとの齟齬にじ
っと眉間に皺を寄せていた筧の背後から、パシャリとある意味で場違いな音が聞こえてきた
のである。
 筧は半ば反射的に振り向く。だが時既に遅かった。いつの間にかこの広間の出入口の壁際
に、自分以外の第三者の姿があり、こちらにデバイスのカメラレンズを向けて静かに嗤って
いたのだった。
「……」
 にいっと、憎悪とねちっこい嗤いを浮かべてしたり顔をしている杉浦、もといライアー。
 故に筧は次の瞬間、自らの身に起きた状況の拙さを悟る。青褪める。
 由良の死体。血だまり。その前で古びてはいても、ナイフを片手に突っ立っていた自分。
その三つのさまが、今奴に撮られた……。
「っ、てめえ!」
 嵌められた。そう理解して思わず叫んだ直後、背後で更にあり得ないことが起きた。
 由良がむくりと立ち上がったのだ。まるでゾンビ映画のワンシーンにでも遭遇したかのよ
うに、杉浦に向き直った筧の背後を、この血に汚れた由良の姿をした何か──偽物が、逆再
生を掛けられたかの如く取ったのだった。
「!? そうか、やっぱりお前は──」
 完全に前後を挟まれた、退路を塞がれた格好。
 肩越しに全てが仕組まれたものだったのだと理解し、この由良の皮を被ったアウターらし
き化け物を睨もうとしたその時、ふと杉浦は何かをこちらに投げて寄越してきた。筧は反射
的に顔にぶち当たる寸前に掴み取ると、怪訝な眼でそっと確かめてみる。
「……これは」
 それは短銃型をした独特なツール。いわゆるリアナイザだった。
 不快──今までの経緯から蓄積してきた悪感情と、目の前に次々と投入される出来事に未
だ頭がついて来れないが故の混乱。
 ニヤリと、杉浦はそんな戸惑う筧の表情を見て哂っていた。先程よりも、彼に向ける憎し
みの類は、一層顕著になっているようにもみえる。
「もう逃げられねえぜ? 此処でお前を殺っちまうのは簡単だが、そうはしねえ。たっぷり
と……“利用”してやるよ」
 限界まで張り詰めるように緊迫する、見知らぬ廃屋の中。
 罠に嵌められ為す術なく身構える筧に、ライアーはその姿を撮ったデバイスをひらひら片
手にちらつかせたまま、言う。

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  1. 2018/09/25(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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