日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔46〕

 集積都市が一つ、飛鳥崎の郊外。
 先端インフラの檻(ゆりかご)から距離を置く──取り残されたとある集落の入り口で、
筧はふいっと肩越しに振り返った。警戒心で寄った深い眉間の皺は、今やその標準装備と化
して久しい。
(……何だ?)
 かつてスーツの上にコートを引っ掛けていた刑事の姿は、もう見られない。
 彼はハンチング帽を目深に被り、袖なしベストにズボンといった、変装用の服装に身を包
んでいた。言わずもがな、自らの正体を隠す為である。普段はかけもしない伊達眼鏡もその
一環だ。
 中央署の一件以来、自分を尾けていた冴島達に動きがあったのだ。彼が部下の半分を連れ
て、何処かへと去って行った──遠巻きに潜んでいた気配が、明らかに減ったのを感じ取っ
たのだった。
(まあ、目障りな連中が減ってくれるのはいいが……)
 されど、内心のそんな憎まれ口とは裏腹に、実際に貼り付けていた表情は渋いままだ。
 何の理由もなく、対策チーム(やつら)があの男を下げる事はしないだろう。となると、
それ相応のトラブルが起きたと考えるのが自然だ。……嫌な予感しかしない。街の方に──
七波君(かのじょ)の身に、何かあっただろうのか?
「……」
 しかし筧は、そのまま街の方へ引き返す事はしなかった。
 先日当の本人に、今後の心積もりを留守電に残したばかりだし、何より未だ面と向かって
話せる気がしなかった。心の整理がついていなかった。
 それでも……失意のまま閉じ籠もってしまえば、この視界はどんどん暗く狭くなる。だか
らこそ多少無理矢理にでも、己を“外”に向けていた方がまだ建設的だろうと考えたのだ。

 越境種(アウター)もとい、改造リアナイザの被害者を巡る旅。
 筧が独り足を運んでいたのは、かつて飛鳥崎を震撼させたテロリスト・井道の住んでいた
集落だった。由良と生前、一度聞き込みに訪れた地区でもある。
 司令室(コンソール)の資料によると、爆弾魔(ボマー)のアウターの召喚主。
 彼は急病に倒れた妻を、すぐに搬送に来てくれなかった集積都市に対し、強い恨みを抱い
ていたらしい。
 ……つまりは復讐だった。あの事件は大上段なテロリズムなどではなく、井道個人の復讐
劇と表現するのが正確であった。救命措置が遅れた結果、息を引き取った妻。井道はその無
念を、やがて集積都市の医療だけではなく、街そのものへの敵愾心として膨らませていった
のだろう。
 その為に、違法なリアナイザを?
 最初に資料を読んだ時は、正直そんな風に思ったが、今なら解る気がする。事実かねてよ
り飛鳥崎の水面下では、こうしたアウター達の力に取り憑かれた人間達が、多くの事件を引
き起こしてきたのだから。
 自身も井道以前──対策チーム(れんちゅう)による一度目の記憶操作を受ける前に、期
せずしてその一端に触れようとしていたらしい。
 尤も、これらが明るみに出た切欠が、井道の一件である点に変わりはないのだが。
(……あんまりじゃねえか。恨み辛みに付け入られた挙句、散々利用されてポイなんざ)
 独り筧は集落の一角にある、かつての井道の自宅前に立っていた。事件以降、主のいなく
なった古い一軒家は、どうやら売りに出されてしまったようだ。
 街に子供達がいるとの話も聞いているから、その内の誰かが厄介払いよろしく処分しよう
としたのだろう。ただ事の経緯もあってか、買い手がついている様子はなく、でかでかと地
面に打ち込まれた『売り物件』の看板の後ろで順調に廃屋化が進んでいる。
「……」
 暫くの間、筧はじっと、この見捨てられた空き家を眺めていた。
 あんまりじゃないか。
 言っておいて、思い直す。そもそも自分だって当時は、井道(かれ)が恨んでいた飛鳥崎
当局側の人間だったというのに。
「──誰だい、あんた? この辺りじゃ見かけない顔だな?」
 ちょうどそんな時である。その場に縫い付けられたように、旧井道家を前にしてこれを見
上げ続けていた筧の背後から、ふと少なからず険のある声がした。眉間もろとも皺くちゃの
顔をした、集落の住民らしき老人だった。
 ……拙い。気配に振り向いた筧は、内心焦っていた。
 こちらの正体がバレてしまったのではないか? 何せ自分は以前、由良と共にこの集落で
聞き込みを行っている……。
「え、ええ。市内から来ましたから」
「やっぱりか。てーことは、記者さんか何かかい?」
 ええ、まあ……。だがどうやら、その心配はなさそうだった。この近付いて来た老人は、
変装した筧の姿をざっと眺めると、勝手に勘違いしてくれる。筧は下手に自己紹介する訳に
もいかず、はぐらかすように応じておいた。
 もし自分が元刑事だと知られれば、間違いなく恨み節をぶつけられるだろう。「今更調べ
に? もう遅いよ……」老人は何処か遠い場所を見るような目をすると、おもむろに嘆息を
ついて話し始めた。
「この家に住んでた人のことは、もう知ってるんだろうが……。井道さんといってね。心臓
に病気のあった奥さんと二人で住んでたんだが、その奥さんを亡くしてからというもの、す
っかりおかしくなっちまった。かれこれ半年──いや、八ヶ月前くらいに行方知れずになっ
てそのままだったんだ。で、街で死体になって見つかった」
「……」
「二人とも、飛鳥崎に殺されたようなモンだよ。儂ら郊外の人間は、医者にもすぐに掛かれ
ない。本人にはもう訊けやしないが、井道さんも恨んでたんだろうよ。……街の方じゃあ、
デンノーセイメータイって化け物がうろついてるんだってな? 出元が街の連中らしいし、
もしかしたらとは思うが……。あんたらも精々、痛い目に遭えばいいのさ」
 声色はあくまで淡々とした冷たいものだったが、老人が時折向けてくる一瞥は、間違いな
く筧こと街側の人間への憎しみだった。
 井道ももしかしたら、その化け物によって命を落としたのかもしれない。それでも彼らが
同様にその牙を剥けられるなら、多少は留飲も下がろうものだと言わんばかりに。
「……」
 筧は老人を直視する事が出来なかった。郊外民、集積都市の恩恵を受けられない者達の、
街に対する憎しみは、かくも依然として燻り続けている現実。
 確かにアウター達は、蝕卓(ファミリー)──街の者達が生み出した“罪”だ。
 怪しいのは、リアナイザの製造・販売元たるH&D社だが……はたして人が取り締まる事
が出来るのだろうか? 相手はその内部まで、自分達当局に侵入を果たせるほどの組織力を
も兼ね備えている。今だって、どんな悪だくみを進めているか分かったモンじゃない。
 老人の恨み節は、“新時代”に乗らなかった各々の自業自得と行ってしまえばそれまでな
のかもしれない。だがそうバッサリと、全てを切り捨ててしまうのはあんまり過ぎる……。
(……法を犯してでも、叶えたい“願い”……)
 井道を始めとした、これまでの様々な召喚主達の背景を念頭に、筧はそんなフレーズを脳
内で復唱する。
 悪イコール蝕卓(ファミリー)。その点は間違いない。
 だが筧は改めて、この一連の問題の根深さを思い知ることになったのだった。

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  1. 2019/08/27(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔45〕

 憎しみは何も生まないとは云うが、人は自尊心を痛めつけられたり実害を被ったり、何よ
り大切なものを失った時、容易に絶望からそちらへと流れ得る。
 そもそも溝(ドブ)に顔を押し付けられ、起き上がることすらしない人生など、はたして
生きていると言えるのだろうか?
(畜生……ッ!!)
 即ち、事件は終わってなどいなかったのだ。表面上、中央署を巡る一連の騒動は沈静化に
向かっていたものの、こと玄武台関係者(かれら)は密かに憎悪を再燃させていた。めいめ
いが街の中に潜んでいたのである。
(あいつが……。あいつが、ゲロっちまえさえしなければ……!!)
 事の始まり、瀬古兄弟が絡む内情を告発(リーク)した“裏切り者”の名は、七波由香。
野球部の元マネージャー見習いだ。
 確かに彼女は、結果的に中央署解放の立役者となったが、彼らにとっては敵視の対象でし
かなかった。加えて守護騎士(ヴァンガード)の実在──巷がいわゆる正義の味方と賞賛す
る向きに包まれても、彼らにとっては事を大きくした“疫病神”に過ぎない。
(……いや。どのみち瀬古勇の暴走は、止まらなかったのか?)
 或いは一周回って、はたと冷静に考える。
 尤もそれは、同じく結果論だ。当時から季節が移ったことで、ようやく過去の惨状を振り
返られるようになったというだけである。事実彼らの意識の内の占めるのは、尚も罪悪感で
はなく、各々の悔しさや保身──巻き戻る気配のない事態への苛立ちだった。
 故に水面下では七海や勇、こと“抵抗する相手”ではない彼女へと、その鬱憤は捌け口を
求め続けていた。

「引き金をひけ。そうすれば、お前の願いは叶う」
 そしてそんな彼らに目を付け、接近する影があった。他でもない“蝕卓(ファミリー)”
である。人間態のプライド、グリードとグラトニー、或いはスロースがそれぞれ改造リアナ
イザを投げ渡し、街の片隅に潜んでいた彼らへと魔手を伸ばす。
『──』
 行き交う人並みや物陰の奥。
 ただ当の彼らも、この出会いに欲望よりも困惑する向きの方が多かった。年頃の少年達や
学生と思しき少し年上の少女。唖然と、戸惑うように見上げた表情が、全く違った場所にて
重なる。
 改造リアナイザ。
 それは先の中央署の一件以来、アウターこと電脳生命体に繋がる代物として、知る人ぞ知
る禁制の品となっていた。「でも……」仮に望みが叶うとしても、そのような危険物に手を
出して良いものなのだろうか?
「……何を迷う事がある?」
 しかし対するプライド──白鳥は、淡々と彼らを見下ろしたまま言う。静かに眉間に皺を
寄せてから促す。
「力が欲しいんじゃないのか? 今を変えたいんだろう?」
 所変わって同じく、グリード及びグラトニーが言う。尻込みする目の前の関係者に、その
欲望を焚き付けんとするかのように。
「何? 今更“善人面”しようっていうの?」
 とりわけスロースは、そのゴスロリ服姿の少女という見た目からは想像出来ないほど、面
と向かって冷たい眼差しと毒を向けていた。そもそも苛めの末、瀬古優を死なせた“前科”
があるではないかと、暗に詰って刺激しようとしている。
「……手間を掛けさせるな。早く握れ」
 だが元より、プライド達はそんな彼らの心情を一々汲んでやる心算などなかった。必要な
どなかった。無駄な面倒が増えるだけだ。
 プライドはそう、迷うままの彼らを転げ堕とすように、改造リアナイザを半ば無理矢理押
し付けて──。

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  1. 2019/07/23(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔44〕

「に、逃げろおおおーッ!!」
「くそっ! 一体何なんだよ!? 何でこんな……!」
 自分には関係ない、何処か遠いセカイの出来事だとの思い込みに“否”を突き付けられた
時、人はその本性を露わにするのだろうか。或いは元より保身(それ)は、皆誰しもに備わ
った反応(もの)なのか。
 アウターと思しきミサイル型怪人からの襲撃を受け、現場に居合わせた学園(コクガク)
生や職員達は、大わらわになって逃げ出していた。直接大穴の空いたクラス教室近隣から始
まり、恐怖は間を置かずして波紋のように伝染してゆく。
『──』
 そんな学内の一部始終を、密かに見つめている者達がいた。少し上階の廊下側、窓際の一
角に立ち、生徒達と破壊された現状を見下ろしている。
「ねえねえ、見えた?」
「ああ。視た」
 人影は二つ。先ずは少女らしき人物が口を開き、もう一人が応える。彼女に比べるとひょ
ろっとした背丈で、やや気の弱い印象を受ける男性だった。共にその顔は逆光と物陰に隠れ
ており、口元から上は窺い知ることが出来ない。
 校舎内には先ほどから、緊急を知らせる警報が鳴り響いている。
 そういった状況も手伝って、生徒や職員達は避難一辺倒だったのだが……この二人はそん
な他人の波には呑まれていない。寧ろ自ら取り残されるように、その場に立ったまま、事の
推移をギリギリまで観察しているかのように見えた。

『よし、誰もいないな。ここで一旦奴を迎え撃つぞ』
『あ、貴方達は、一体……?』
『ナナミ、ユカ……コロス!』
『やっぱり、あれぐらいじゃあ死なないか……。皆、七波さんをお願い!』

 変身!
 そして二人の“眼”には、一連の騒ぎの中で全くの別行動をしていた、ある人物達の一部
始終もまた映っていた。
 七波を庇いながら屋上へと逃げ、更にそこへミサイル型の怪人が追いついて来る。これを
面々の一人──睦月が守護騎士(ヴァンガード)となって迎え撃とうとし、残る面々もリア
ナイザらしき装置を片手に身構える。
「よりにもよって、あの子が学園(うち)に来た矢先にねえ……。少なくとも転入するって
話は、対外的には発表されてない筈なんだけど……」
 一旦フッと瞳を閉じて、彼女は一人しみじみと呟いた。尤もその内容とは裏腹に、肝心の
声色の方は寧ろ弾んでいるように思える。ワクワクと。そんな彼女の、良くも悪くも旺盛な
好奇心に、一方で男性の側は半ば呆れた様子を見せている。
「……面白くなってきた」
 ふふふ、と口元で微笑(わら)う声と、やれやれと肩を竦める気配。
 爆音轟く非日常にあっても、事態(とき)は変わらず構わず進んでゆく。

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  1. 2019/06/25(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔43〕

 先の飛鳥崎中央署の一件以来、ネット上ではその一部始終──守護騎士(ヴァンガード)
達とプライドこと白鳥涼一郎らとの戦いの映像が、次々に投稿・拡散されていた。連日祭り
のように取り上げていた各種メディアの報道も、政府が件の怪人──越境種(アウター)こ
と電脳生命体の存在を公式に認め、本格的な対応に乗り出したことで下火になっていたが、
その後も尚有志達による検証と憶測は繰り返されている。
 それはひとえに──人々の理解欲(リテラシー)が故だったのだろうか? いやその実、
単純な好奇心だったのかもしれない。
 “繕われた(オフィシャルな)声明を鵜呑みにしない”。
 かねてより積み上げられていた、公権力への不信。或いは全幅には程遠い信頼。
 それらはことネット民を中心として、執拗なまでの疑義と攻撃性を孕んでゆく……。

「──全く。やってくれたな」
 事の発端は、事件のあったすぐ後にまで遡る。
 飛鳥崎の地下、南部ポートランドの一角に潜む“蝕卓(ファミリー)”のアジトに、人間
態のプライドこと白鳥を始めとした幹部達が一堂に会していた。薄暗い室内、やや楕円形の
円卓に着いた彼らに詰るような眼差しを向けられているのは、同じ七席の一人のエンヴィー
こと勇である。
「すみません……」
 つい先刻、彼ら“蝕卓(ファミリー)”は敗北──大きな痛手を負った。これまで自分達
の存在を揉み消すのに好都合だった、飛鳥崎当局内への掌握を、守護騎士(ヴァンガード)
とそのシンパらによって破られてしまったのだ。
 こと現場に居合わせ、指揮を執っていたプライドにとっては許せない出来事だった。実力
も兵力も間違いなくこちらの方が上だった筈なのに、猪口才な人間どもの再三の抵抗に遭っ
た挙句、自身の正体さえも暴かれてしまったのだから。
「謝って済んだら警察は要らないわよ。で、どうすんの? これまでプライドが色々手を回
せてたルートも、これでパァよ? これまでみたいに、他の個体達に好き勝手やらせるのは
厳しくなるんじゃない?」
「だろうなあ。まぁ今までだって、ちょいちょい悪目立ちする奴は出てたけどよ」
「それとこれは別ですよ。拠点を一つ潰されたというのが大きい。第五研究所(ラボ)の件
もありますしね」
「む……。あれは奴らが……。いいでしょ? データは全部持ち出したし、後始末も済ませ
たんだから」
「その“合成”個体も、守護騎士(やつ)にやられた訳だがな。以前にも増して、明らかに
強くなってやがる」
「……むう」
「ねぇねぇ、ラストは? シンも来てないみたいだけどォ~?」
「召集は掛けましたよ。面倒なお供を振り切らないといけませんし、その内来るでしょう。
シンは……今回の件で、既に方々へ手を回しに行っているようです」
 プライドら残りの五人にじっと睨まれ、見つめられて、勇は只々そう頭を垂れて謝るしか
なかった。動揺で頭の中が幾度となくグチャグチャになり、焦点が合わずに揺れている。何
よりも怖かった。今回の失態で、行く当てを失くした自分を拾ってくれた、プライドに見捨
てられてしまうのではないか? と。
 ただ……確かに七波由香を逃してしまったことは、結果的に今回全体の撤退を招いてしま
ったが、彼女の留守電を再生したのは他ならぬプライドさんだ。直接の切欠はそれで、自分
もまさか、あんなメッセージをぶち込まれているとは予想もしていなかった。
 しかし言えない。そんな反論というか、言い訳じみた抵抗など……。
「今度こそだ。今度こそ、あの女と筧兵悟を始末しろ。私達に歯向かう人間どもは、骨の髄
まで解らせてやらねばならん。障害となるものは排除せねばならん」
 分かったな? 故に勇は、改めてそうプライドから厳命されたのだった。報復と排除、今
回の失態をぶち込んできた七波由香と筧兵悟には、何としてでも消えて貰わねばならない。
「忌々しいが、私の方は暫く表立って動き辛くなるだろうからな。この人間──白鳥涼一郎
の顔は割れてしまったし、本来の姿は言わずもがなだ」
「……はい。必ず」
 敢えて頭を垂れたまま、勇はギュッと唇を結びつつ静かに答えていた。遠回しに非難され
ていると思しきその捨て台詞を、踵を返して全身──背中で受け取り、一人薄暗いアジトを
後にする。
 そうして暫く彼の姿が見えなくなるまで見送った後、扉が閉まるのを見計らうようにして
から、スロースが気だるげに言った。
「……よかったの? てっきりあんたのことだから、この場であの子の首を飛ばすかと思っ
てたんだけど」
「私を何だと思ってる……。勇も私達七席の一人だ。それに、龍咆騎士(ヴァハムート)の
装着者をまた見繕ってくるのも面倒だしな」
 ふーん? 彼女の言いように、プライドは若干眉根を寄せたが、それでもあくまで彼自身
は冷徹を貫くようだった。スロースもスロースでそれ以上特に追及はせず、そもそも興味は
ないようで、他の面々と同様自分の席で手持無沙汰にしている。
「それよりも……。お前達に、頼みがある」
 だが次の瞬間、プライドはおもむろに立ち上がると、残る彼女らにそう言ったのだった。
 スロースやグリード、グラトニー。普段“売人”を務める三人は勿論、七席の司令塔を自
任するラースも、じっとその眼鏡の奥からこの言葉と動きを見つめている。
「何ですか?」
「もしかして……私達まで尻拭い?」
「例のアレがあるし、あんまし時間はねえぞ?」
「構わんさ。念の為の保険だ」
 やや面倒そうな、彼らの声。
 それでも当のプライドは、尚もそう淡々としていた。冷静に冷徹に、次に取り得る自分達
の手を、着実に打ってゆくという強い意志が感じられた。
 いや──実際その“感情”には、激しい苛立ちが含まれていたのかもしれない。

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  1. 2019/05/28(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔42〕

 偽の筧騒動の混乱も収まり切らぬ内に、中央署上層階の一角が突如として吹き飛んだ。
 耳に飛び込んできた轟音に、騒動の前後のままその場に居合わせていた人々は、思わず弾
かれたように頭上を仰ぐ。
 瞳に映ったのは──空中に散らばってゆく幾つもの瓦礫だった。
 ぐっと抑えつけられるような意識のスローモーション。更に目を凝らしてみれば、その中
に何か、人影のような者達が交ざっているではないか。
 それらはゆっくりとこちらに、近付いて来るようにも見える。
「……何だ?」
「誰か、落ちて……」
「に、逃げろぉぉぉぉーッ!!」
 しかし悠長にもしていられない。頭上から降ってくるということは、このまま突っ立って
いれば、自分達も巻き込まれるということなのだから。
 そう面々の内の何人かが、理解して叫んだ次の瞬間、彼らは途端に散り散りになって逃げ
出した。重なる悲鳴。直後ドスンッと、寸前まで立っていた辺りに大きな瓦礫群と分厚い西
洋甲冑の人影が叩き付けられる。
「あいっ、たあ……」
 先ず落ちてきたのは、グレートデュートもとい仁だ。生身の身体ではなく、コンシェルと
同期した姿なお陰で、まだじたばたと地面の上でもがく程度で済んだが、本来なら間違いな
く即死する高さだろう。その周りで同じく少なからぬ衝撃──落下ダメージを引き摺りなが
ら、朧丸と同期した國子や他の隊士達数人、仁と共にライノの突進に巻き込まれた面々が起
き上がり始める。
「……あうあ」
「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」
「私なら平気です。それよりも、来ますよ」
 更に彼らを追って、また別の新しい怪人がこちら側に降ってきた。
 鎧のような硬皮を纏った黒サイ──角野ことA(アーマー)・ライノだ。仁達をその突進
で屋内から吹き飛ばし、自身もその勢いのまま飛び降りて着地。衝撃で大きくひび割れたア
スファルトの地面をもろともせずに、数拍の残心を溜めた後、文字通り獣のような激しい怒
気を込めた咆哮を上げる。
「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」
 そして大穴の空いた件の上層階から、白鳥こと怪人態(ほんしょう)を現したプライド達
もまた降りてくる。ジークフリートの風を纏い、一足先に仁達の下に駆け付けた皆人ら残り
の面々と、今にも第二ラウンドに突入しようとしている。
「な、何がどうなってるんだ……??」
「知るかよ! 走れ!」
 はたして両者の激突は直後始まり、最早“日常”とはかけ離れた光景、甲高い金属音と火
花が辺りに響き渡った。居合わせ、逃げ惑う人々の中には、この不可解極まりない──まる
で漫画や映画のワンシーンのような現実に狼狽する者も少なくなかったが、それでも大半の
者・連れは今この場から逃げることを優先した。怒鳴って促し、他に余分な思考を差し挟む
暇(いとま)さえなかった。
「一体何なの……? 何かの撮影、って訳じゃないよね?」
「ドッキリなら明らかにやり過ぎだろ……。つーか、あそこにいるのって筧兵悟じゃね?」
 そうして散り散りに、一方で見も知らぬ隊士達に避難誘導を受ける彼らは、視界一杯に広
がるこの異常事態の中で、何とか“現実”を理解しようと試みていた。頼みの綱は常日頃持
ち歩いている自身のデバイスである。トタトタと走りながら、少なからぬ面々がこの画面を
タップし始める。或いは十分距離を取ったと判断し、路地などの物陰からこの戦いの一部始
終に再び目を凝らして、尚も場に留まろうとする者達もいる。
「そういや、例の配信は?」
「駄目だ。真っ暗だ。止まっちまってる」
 先刻まで何者かが配信していた、筧兵悟と中央署幹部・白鳥らとのやり取りは、気付けば
完全に画面ごと沈黙してしまっていた。
 言わずもがな、自らの正体を暴かれた白鳥ことプライドが筧を攻撃した際、彼が持ってい
たデバイスも破壊されてしまったからなのだが……勿論そんな細かな事情など彼らは未だ知
る由もない。幾つもの疑問符ばかりが先行する。
 結果人々は、この途絶えた一次情報にうずうずとしていた。
 幸か不幸か現場に居合わせた人々と、そうではない大半の外側の目撃者。一分一秒と時間
が経つにつれて、両者の情報差は開いていったが、抱いた戸惑いと事の重大さに対する認識
はそこまでかけ離れてはいない。
 ──あれは一体、何だったのだろう? 夢だったのか、確かな現実なのか。
 ──何の予告も無しに始まって、こちらがわらわらと視始めた頃になって途絶える。一体
何をどうしたかったのだろう?
 怪人達同士の戦いが現在進行形で続いている現場、そこに居合わせてしまった人々の側こ
そ、自身の目に映るこの光景を一切合切否定する訳にもいかなかったが、二次・三次的に事
件を知った大半の者達はより半信半疑だった。
 映画の撮影やドッキリ? 質の悪いイタズラ?
 それにしては大袈裟過ぎる。第一そんな“ふざけた”仕業に、あの容疑者・筧兵悟が絡む
とは考え難い。或いは怪人は本当に居たんだ、都市伝説は本当だったんだと、その手のマニ
ア達はそれぞれの画面越しで狂喜する。
「み、皆さん! 落ち着いて!」
「急いで、ここから避難を……!」
 中央署前の広場では、戦う面々の中にあの瀬古勇の姿が加わった。
 一度は死んだ筈の少年殺人鬼。それだけでも人々は驚愕したというのに、更に彼はそこか
ら真っ黒なリアナイザを取り出すと、漆黒のパワードスーツに身を包んだではないか。
 散り散りに、我先にと逃げて行ったかと思えば、あちこちでそんな目まぐるしい状況を動
画や写真に収めようとする。同じく現場に居合わせた警官達は、自身の危険も顧みずに彼ら
を逃がそうと必死に呼び掛けていた。
 だがデバイスを掲げてこちらに目を見張っている彼らの、一旦火の点いてしまった群衆の
好奇心を、ほんの一部の官憲だけで止められる筈もない。現場だけではなく、街の内外でこ
の怒涛の展開を目撃したであろう人々のそれと様々な憶測は、最早誰か一人の意図の下に御
し切れるものではなく……。

「──」
 故に自宅の彼女もまた目撃して(みて)いた。失意の中にあった七波も、閉じ籠っていた
部屋でデバイス越しに、一連のゲリラ配信の存在とその内容を知った。尤も実際に視聴した
のは、同時刻の目撃者達有志による、拡散目的に複製(アップ)されたそれだったが。
 切欠は、カーテンを閉め切っていた自室に響いた、友人からの電話。
 そこから筧と白鳥の対峙、何より自分が彼に残した留守番メッセージ──SOSが白日の
下に晒されていることを知った。
 正直、直後は混乱した。何故あの人のデバイスを、白鳥という男が持っているのか?
 だがそれ故に、彼女は程なくして理解する。つまり映像の中で言われているように、由良
の死を含めた一連の黒幕こそが、この……。
(筧さん……)
 自らの恐れでいっぱいっぱいで、閉じ籠ってしまった部屋の中で、七波は思わずぎゅっと
胸元を掻き抱いた。胸の内側、手の届かない深い部分から、まるで締め付けられるかのよう
な思いだった。
 心配、不安。ごくりと息を呑んで、そっと閉じっ放しだったカーテンの隙間から外の風景
を見遣る。一見すれば普段と変わり映えのしない、物静かな住宅街が広がっている。
(私、もしかしなくても、とんでもない事を……?)
 一人盛大に、眉をハの字に下げて。
 彼女はそう再び、今にも泣き出しそうな表情(かお)を浮かべた。

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  1. 2019/01/22(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
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