日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)死に損いのデッドレス〔5〕

 ロッチの加勢が、商会(ヒュー)の意思じゃない……?
『あいつなら暇(いとま)を取っている最中ですが。デトさんとエリスちゃんがこっちを出
て二・三日ぐらいでしたかねぇ。“身内に不幸が出たので数日暇を頂きたい”と言ってきた
ので、それで──』
 通信機を耳に当てたまま、デトはヒューゼが口にしたその事実に身を硬直させていた。
 小首を傾げるような口ぶりからして、友は本当に知らなかったようだ。
 最初打ち明けるか迷ったが、先程からの嫌な予感に従って、これまでの経過──サヴル隊
と共にロッチが商会の代表として合流・同行していたことを伝える。
『ロッチが……そちらに? どういうことです? ズル休み、という訳ではないですよね』
「……ああ。正直認めたくはないが、どうやら俺達はまんまと嵌められたらしい」
 眉を顰めるヒューゼの顔が想像できるかのようだった。
 返ってくる声色、その少なからずは戸惑いの色。彼もお人好しではあるが、豪商の一人と
して頭は切れる。こちらが何を言いたいのか、考えているか、長年の付き合いもあって既に
察し始めているらしい。
「は、嵌められたって……」「どういう事です?」
「つまり、ロッチ氏は“本当の仲介役ではなかった”ということね」
「……そういうことだ」
 周りにはサヴル隊とササライ父娘及び傭兵団の面々、リノン一派に商会からの助っ人達が
ぐるりとデトを取り囲んでいた。
 口々に漏れる怪訝と不安。
 その中で口元に手を当てて目を細めていたリノンが呟くと、デトは皆がこれまでになく動
揺するのを横目に見ながら首肯する。
 始めから偽るつもりだったのだ。
 ロッチはヒューゼに嘘の忌引きを申告して一旦商会から距離を取り、その上でサヴルらを
騙し、自分達と合流した。
 そこには間違いなく、何か目的がある筈だ。
 ……それも綿密かつ執拗な、大きな企みの類という名の。
「言われてみれば、俺たちロッチさんが実際に商会と連絡を取ってるの見てないな……」
「じゃ、じゃあ今までの手筈はどうなってんだ? 事実こうして傭兵達が援軍に来てくれて
るんだぜ?」
「そこはどうともなる。ロッチは商会内でも地位が高いからな。大方、金を掴ませて代理の
使いを囲っておいたんだろう」
『ええ……。確かに今回の件でロッチ自身から連絡が来たことはありませんでした』
 デトの推測はヒューゼによって確信に変わり、一同のロッチに対する心証は急速に白から
灰に、灰から黒へと変わっていく。
「ロッチは──あいつは、裏切り者だったんだ」
 そもそも、とデトは苦々しい面持ちで語る。 
 先ずもって聖教国(エクナート)と帝国(ガイウォン)の両国が同時期に自分の旅立ちを
知ったという点が妙だと思っていたのだ。
 最初はエル・レイリーでの一悶着が予想以上に尾を引いたのかと思ったが、違う。
 おそらく密告されていたのだろう。そう、ロッチに。
 複数の大国に情報をリークしたのは大方互いを競争させつつ、自分をより効果的に追い詰
めていく為。そしてそんな状況を作った上で味方を装って合流し、彼らと鉢合わせになるよ
うに誘導する。
 思えばトーア連峰に進路を移したのも彼の発案だ。となれば、あの時の賞金稼ぎ達は同じ
く彼の用意した刺客なのだろう。……背後を、エリスを狙えば虚を突けるとあたかも知って
いたようなあの伏兵も、十中八九奴の入れ知恵だと考えていい。
「卑劣な……。紳士のような佇まいは偽りだったのですね」
「……しかしデト殿。そうなると」
「ああ」
 生真面目な性格もあるのだろう、語られる推論にアヤがあからさまな嫌悪感で拳をぎゅっ
と握り締めていた。
 少なからず似た思いを抱く、旅の中で出会った仲間達。
 その一方で、父(カミナ)の方はあくまで冷静だった。エリス云々の件が出た辺りから眉
間に深い皺を刻み始め、まるで確認するかのようにデトに語りかける。
「嵌められたんだ。俺達は、ここで殆ど意味の薄れた戦いをやってたんだよ」
 ざわざわと、面々の動揺は最高潮に達しようとしていた。
 無駄な戦い──そう他ならぬ彼が言ってしまうほどの、そもそもの理由。そこに思い至っ
た者達は次々と戦慄した。
 デトが静かに悪寒で震えている。それをリノンがそっと、肩を取って宥めている。
「身柄を確保しないとはっきりとは言えないけれど……ロッチ氏の目的がもしデト君、貴方
だとすれば、エリスちゃんは」
「……」
 彼女の手をそっと除けて、デトはゆっくりと立ち上がった。
 通信機を商会の傭兵に返し、半壊した古城、その遥か山向こうを仰ぎながら、彼は搾り出
すような声で呟いていた。
「──エリスが、危ない」

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  1. 2013/03/14(木) 18:00:00|
  2. 死に損いのデッドレス
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(長編)死に損いのデッドレス〔4〕

 意識の視界を、強い眩しさが真っ白に染め上げる。
 そんな中で聞こえてくるのは、懐かしいあの頃の声だった。懐かしい下町の匂いだった。
 ……そうだ。化け物になってしまう前は、自分もごく普通の人間だったのだ。
 決して裕福ではない、間違いなく持たざる者の側。
 それでも自分達は毎日のようにつるんでは笑い、喧嘩もし、そしてまた笑う。
 あの頃は口癖のように、自分達ごろつきを腫れ物扱いする世の中をクソッタレと蹴り飛ば
していたものだが、むしろそんな日々が──きっと永遠ではないけれどそんなあり余るほど
の「日常」が──本当は一番の宝物だったと、今の自分ならばはっきりと解る。
 何より出会うことができた。愛する人がいた。
 彼女は自分達のような、下町──スラム側の人間ではなかった。むしろその出身は正反対
の富裕層で、世間の“常識”の中では先ず接点を持つことはない筈だった。
 なのに、彼女は自らの意思で自分達の側へと訪れてきた。何度も……何度も。
 出会いの切欠になったナンパ男達からの撃退の時も、放っておけなくて必死に助けてやっ
たというのに開口一番が「ちょっと、余計なことをしないでよ」ときたもんだ。
 後々聞いた話では、彼女にとってはゴロツキ達の生の声を聞くことすらもシャカイガクと
やらの実地調査の一環だったそうなのだが……彼女はとかく、あの頃から男顔負けの負けん
気の強い女性だった。
『だっておかしいでしょう? 世の中はこんなにも豊かさで満ちているのに、それを受け取
れる人と受け取れない人がいる。……おかしいのよ。間違いなく政治の怠慢じゃない?』
 だからか、自分は彼女をどうにも放っておくことができなかった。
 最初の出会いを始め、幾度となく。
 いつしか自分は、地元に彼女が──曰くフィールドワークを行う為に訪れたのを見つける
度に、このスラムに不案内な彼女のフォロー役を務めるようになっていた。
『ん? まぁねー。父さんとかにはいい顔されないけど……。でも机の上で、金持ちばかり
が集まって口喧嘩したって誰も救われないんだよ』
『はん。随分とキレイな言い分だな。どのみち上から目線だろうに』
『……だからだよ。本当にあたし達が手を伸ばさなきゃいけないのは、あんた達みたいに燻
って不満を溜め込んでる人間なんだ。周りの大人達は、まるであんた達を──こういった街
をさも無いかのように扱ってる。こうやって、ちゃんと生身の心を持ってる人間がいっぱい
いるのに……』
 最初は仲間達も、もしかしなくても自分自身も、彼女を偽善者的に見ていた気がする。
 だけど案内が恒例の役回りになって、何度もめげずにスラムに足を運ぶ彼女の、その胸の
内に抱えている思いを聞いて、自分達はそれまでの認識を改めざるを得なくなった。
『あたし達が──貴族や取り巻きの金持ちがそんな体たらくだから、人が人をモノみたいに
使い捨てるようなことが罷り通っちゃうんだよ……』
『……』
 彼女は本気だったのだ。馬鹿馬鹿しいほどに、だけど間違いなく。
 そして自分達はハッと胸奥を鋭く突き刺される思いがした。
 ずっと恵まれている筈の彼女が、本気で自身の人生を生きようとしている。賭けに躊躇い
を見せず突っ切ろうとしている。
 なのに……自分達はどうだ?
 持たざる者。むしろ自分達は、そのレッテルを言い訳に使ってはこなかったか? 彼女の
ように、本気で自分をセカイを変えてやろうと生きてきたのだろうか……?
 ──それからというもの、自分達は彼女を“仲間”として迎え入れた。
 奇特な余所者ではなく、同じ時代を生きるダチとして。
 そして……自分にとっては、やがて恋人として。
 手前勝手な脳内補正が入っていたかもしれないが、自分達と一緒にいる時間が増えるに従
って、彼女の表情(かお)には光が溢れるようになった。
 勝気で活動的であるという点では同じ。だが最初のようなギラギラとした正義感は徐々に
丸くなり、純粋に今という生を楽しんでくれているように思えた。
 だがそれは彼女だけのことではない。自分もまた、彼女の明るく強い光なるものに惹かれ
ていたのだ。
 それは、突然の別離を経て化け物になってしまった現在(いま)も──。

「──さん。デトさんっ!」
 現実の経過は数秒で、きっと記憶は永遠で。
 デトは咽びを帯びた少女の声でハッと我に返った。
 次の瞬間、全身の感覚が伝えてくるのは、自分を抱きしめるエリスの重みと体温。つい先
刻濡れそぼった服と肌に、彼女がぎゅっと押し付けてくる涙の水気が染みるのも感じる。
「駄目じゃないですか……。こんな、無茶を……私なんかの為に……」
「……当たり前だろ。お前がいなきゃ、何の為の遠出だよ」
「でもっ、だからって……! 私だって、デトさんがいなきゃ……泣いちゃいます」
「……。すまん」
 ササライ傭兵団、リノンら輝術師の一団が呆然と様子見で立ち尽くしている中、デトは暫
くの間、エリスを泣きじゃくるままにしてあげていた。
 心細かったろうとばかり思っていたのに、この娘はむしろ自分の取った行動を心配してく
れていたというのか。
 何とも……真っ直ぐというか、お人好しというか。
「……それで? あんたらは一体何なんだ? 俺達を引っ張り出したって事は何か企みがあ
ってのことなんだろうが」
 だがそんな内心の苦笑を、安らぎを、デトは自戒するようにぎゅっと閉じ込めた。
 見据えて訊ねた先には、見知らぬ術師らの一団──リノン達。
 訊ね、答えが返ってくるよりも早く、デトは心持ちエリスを抱き寄せつつも、足元に転が
っていた剣を足で浮かせると再び手に取り直す。
「そんなに身構えないで。私は貴方の味方……の筈よ。それにこっちは必死になってエリス
ちゃんを貴方に引き合わせてあげたのよ? もうちょっと感謝して欲しいんだけど」
 リノンが少々茶目っ気を込めて言い、デトが片眉を上げた。
 ちらと胸元のエリスに視線を落として眼で問うてみると、彼女はコクンと偽りのない旨を
首肯してくる。
「あの……剣を向けないであげてください。この人──リノンさん達は私とチコを助けてく
れたんです。エクナートの人なのに兵隊さん達にも伝えずに、こうして送り届けてくれたん
ですよ?」
「……。まぁ、お前がそう言うんなら」
 デトは解消されぬ疑問に眉根を顰めつつも、他ならぬエリスの言葉で向けていた切っ先を
下ろした。エリスがようやくそっと自分から離れ、チコもぴょんと彼女の肩に飛び乗って辺
りをすんすんと嗅いでいる。
(一先ず、間一髪って認識でいいのかね……?)
 夜闇が冷たい風をかき混ぜていた。
 遠く眼下の討伐軍の本営内ではまだ篝火の灯りと兵らの気配がざわめている。
 崖側に突っ立っている傭兵達にもう戦意はない。だとすれば、やはり警戒すべきこの突然
の加勢なのだが……。
「君が、死に損い(デッドレス)──デト君よね?」
 すると先んじて口を開いたのは、リノンの方だった。
 エリスが証言した手前、もう剣は向けていない。
 だがこの女は、一体何のつもりで……?
「初めまして。私はリノン・パーシュ。元エクナート軍傘下中央輝術工房主任よ。そして彼
らは私の我がままについてきくれると誓ってくれた同僚──仲間達。私達は、貴方の協力者
になりに来たの」
「な……に?」
 思わずデトが、背後のカミナ達が目を見開いていた。
 だが当のリノンとその同胞達は(彼女の言い口はともかく)至って真面目で、エリスも肩
にチコを乗せてニッコリと微笑んでいる。
「なんで……。なんで俺だと分かってて……?」
 やっぱり訳が分からなかった。
 やたら自分をいい人だと言って懐いてくるエリスに加え、今度は味方を名乗る一団とは。

 ……可笑しな話だ。
 自分はもう、独りであるとばかり思っていたのに。

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  1. 2013/02/15(金) 18:00:00|
  2. 死に損いのデッドレス
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(長編)死に損いのデッドレス〔3〕

 少女(かのじょ)の姿が落ちていった。
 振り向き叫び、手を伸ばしても、阻む残党らにその距離すら埋めることができなかった。
「……ッ」
 殆ど無意識のままに、デトは深く眉間に皺を寄せていた。
 賊達にとってもこの事態は想定外だったようで、少なからぬ面子が思わずエリスの落ちて
いった崖の方に眼を遣っている。
「──せろ」
 だがそれは、彼らにとって決定的な隙となった。
「失せろ、この賊どもがッ!!」
 刹那の怒声と同時に視界を染めたのは、文字通り焼けるような赤。
 炎が渦巻いていた。デトを包囲しようとしていた彼らの隙間を縫うように、真っ赤な炎が
生き物のように幾重にも奔り始める。
「ひっ……!?」
「これは、輝術? まさか……そんな」
 賊達が思わず後退る。その退きを突くように、デトは一歩二歩と足を踏み出していた。
 炎は彼の掌から生み出されていた。
 明らかに自然発生的なものではないそれ。術の心得がある賊が震え声で呟くが、その表情
には驚きと畏怖が混在しているように見える。
「……」
 嗚呼、そうだ。
 何を躊躇うことがある? これまでも自分は“自分達”の為にこの力を振るってきたじゃ
ないか。今更「化け物を見せたくない」だなんて、温い……温いんだよ。
 守れなきゃ、意味が無い。
 あの娘(こ)一人を守れないようで、何が不死身の男だ──。
 バチンと炎を纏った指先を弾く。
 するとそんなデトの意思に操られるかのように、生み出された猛火は一斉に明確な攻撃と
為って賊達に襲い掛かった。
 《火炎》の輝術。
 本来は火を熾す効用だけのそれも、術者の力量次第では一発逆転の攻撃力へと変貌する。
「ぎゃあッ!?」「熱っ、焼け──」
「に、逃げろっ! 死に損い(デッドレス)の本気だ!」
 炎に巻かれ──実際に三人ほどがそのまま消し炭になって、賊達は逃げ出していた。
「今更……ッ!」
 その撤退を、炎が両者を分断したのを確認して、続いてデトは後ろへ振り向きざまにもう
一発と《火炎》を放った。
 一時はサヴル達に迫ろうとしていた伏兵達。
 しかし彼らもまた炎に巻かれ、これは敵わぬと言わんばかりに散り散りになりながら逃げ
ていく。
「……た、助かったみたいですね」
「ああ」
 暫くして、賊達の姿は完全に見えなくなった。
 ホッと胸を撫で下ろすサヴル隊と、細剣(レイピア)を鞘に戻しそっと眼鏡のブリッジを
押えているロッチ。
 だがそんな仲間達の反応もそこそこに、デトは一人真っ直ぐエリスの落ちた崖の際に立つ
とその眼下を覗き込む。
「……下は森か」
 限界線を隠す茂みを掻き分けた視線の先。そこには眼下に遠く、辺り一面に広がる森林が
映っていた。
 その様子を見て、デトは内心静かに希望を見出す。
 下が森なら地面に叩き付けられて即死、という可能性は随分と減る筈だ。……とは言って
もこの高さだ、全くの無傷で済むとも思えない。
「エリスちゃん、大丈夫ですかね?」
「上手く森がクッションになってくれていればいいんだけど……」
「……」
 やや遅れて倣うサヴル達も同じことを考えたらしい。
 しかしデトは真剣な表情を緩めない。心配そうに呟き覗き込んでる彼らを余所に、今度は
ゆっくりと後退して軽く助走を取り始める。
「デ、デトさん?」
「エリスを捜してくる。お前らは別のルートを見繕っておいてくれ」
 何をしようとしているのか、サヴル達にはすぐに分かった。
 思わず留めようとする複数の声。だがそれでもデトは止まらず、ぽつとそれだけを言い残
すと彼らの横を駆け抜ける。
「──」
 収まった炎の臭いと風を切る音、仲間達が呼ぶ声。
 それらをあっという間に背後に置いて、デトは躊躇いもなく眼下の森へと跳び出した。

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  1. 2013/01/16(水) 18:00:00|
  2. 死に損いのデッドレス
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(長編)死に損いのデッドレス〔2〕

 妙なことになったなと、デトは思った。
 しんと、夜闇の冷たさと月明かりがすぐ横の窓から差し込んでいる。
 ヴァンダム商会本店敷地内の一室、いつもの宛がわれる部屋のベッドの上で、彼はぼんや
りと仰向けになったまま中々寝付けぬ夜を過ごしていた。
 先日、自分が気まぐれで声を掛けた、お上りの少女・エリス。
 行方知れずなままの祖父を捜しに来たという彼女の話は、思いもかけぬ名を自身の記憶に
呼び起こすことになる。
 かつて失ったもの。それでもまだ生きていて欲しいと、少女は願った。
 だからだろうか……自分は柄にもなく、彼女の困った顔を放っておかないことを選んだ。
 まったく、らしくない。
 今更自分が「贖い」をしてみせた所で、一体何が戻ってくる?
 真実を伝えたところで、あの娘に一体何が生まれるというのだ?
 面倒──困惑。
 今まで掘り固めてきた溝を、まるで不意に埋められたかのような気分。床に就いてみてか
ら小一時間、そんなもやもやとした心地が胸奥をしつこく撫で回している。
(何でこんなことになっちまったのかなぁ……)
 月明かりの覚束ない灯りの中、そっと片手を真っ直ぐに伸ばしてみる。
 いっそのこと、今からでも情けなんぞ掛けずにここから追い出してしまおうか。
 この街の悪意にやられる奴はごまんといる。でもそういう経験を経て、この街の住人は良
くも悪くも強かになっていくのだと思っていた。それが当たり前だと思っていた。

『デトさんは──きっとホントはいい人です』

 先日、あの娘がスリどもと一戦交えた自分にそう言い切った。満面の笑みで言っていた。
 普段なら馬鹿だの甘っちょろいだのと一笑に付していたろうに、彼女にはその罵声を浴び
せる気が起こらなかった。
 多分……あまりにも真っ直ぐだったからだ。
 眩しいなと思った。とうの昔に自分が棄てたものを、あの娘は大事に持っている。疑問を
抱くよりもきっと無意識の内に誇りにしている。
 自分だって、本当はああ在れればと思っていたのだろう。
 だが伝染する悪意(げんじつ)の中で、日和らざるを得ないこの世の中にあって、その志
は往々にして大きな枷になる。
 喰えぬ誇りよりも、腹を膨らせる利を──。
 それに頷けぬ者は弾かれ、場合によっては惨めに死ぬことになる。それが、現実だ。
(……エリス・ハウラン、か)
 伸ばした掌をぎゅっと握り、心の中であの娘が名乗った姓名を呟いてみた。
 彼女は、まだ若い。きっとこの先あの子も少なからぬ悪意と出会うことだろう。自分を可
変させ、現実と折り合わなければならない時が訪れるだろう。
 それが五年後になるか、十年後になるか、自分には分からない。
 だがそんな頃、そんな未来、この世界は今よりも良くなっているのだろうか──?
「……。らしくねぇな」
 そうして自問自答しながらデトはフッと自身を、その思考の詮無さに哂った。
 今更、良くなって欲しいなどと願っている自分がいる。あの娘のために、あの娘が絶望し
ないような未来であって欲しいと想起している自分がいる。
 馬鹿馬鹿しい。
 でも──これはきっと、長らくしまい込んでいた感情だと思った。
 ポスンと、伸ばしていた腕をベッドの上に下ろした。気のせいか差し込む月明かりが少し
眩しいくらいに感じられる。デトはもう片方の手を持ち上げて庇を作り、そっと夜闇の中で
目を顰めた。
 面倒なことになった。
 だがこれも、縁という奴なのだろう。
 どちらにせよあの子の故郷まで行って帰ってくれば全て終わる。ゆったりと旅程を組んで
おけば、戻ってくる頃にはスラム街での一件もほとぼりが冷めているだろう。
 彼女──エリスはヒューが宛がってくれた別室にいる。もう夜も遅いから今頃はぐっすり
と眠っているだろう。あのチコとかいう仔狐と寄り添い合っているかもしれない。
(……なんてことはねぇさ。いつも通り、巧くやればいい)
 それだけのことだ。
 そっと目を瞑り、デトはそう自分に言い聞かせた。
 絶望させないようにとか、そんな気遣いは二の次でいい。二の次で……いい。
(いつも通り、巧く──)
 夜は、深く静かに只々更けていく。
 そんなデトの手に、磨き直されたと思しきロケットが一つ、月明かりに淡く照らされ、提
げられたまま。

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  1. 2012/11/30(金) 18:00:00|
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(長編)死に損いのデッドレス〔1〕

 キセキとは、通常ではおよそ起こらない事象を指して云う。
 という事は……言い方を変えてやれば、起こりうる状態へとそれらを導き出すことが出来
れば、キセキは人の手中に収まるとも解釈できる。
 
 ──そんな理屈を、ある時実行に移した者達がいた。

「準備は整ったか?」
「はい、配置完了しました。いつでも発動可能です」
 そこは薄暗い、窓一つないだだっ広い密室の中であるようだった。
 床一面には巨大な六芒星(ヘキサグラム)を囲む円、それらの隙間にびっちりと書き込ま
れた複雑な文字列らしきものが石灰で描かれている。そんな陣の外周で、ローブを目深に被
った者達が作業を終えて集合しつつあった。
「ならば、早速始めよう。いつ嗅ぎ付けられるか分からん」
 リーダー格らしき男のしゃがれた声が場に響いた。他のローブ達も拝承と言わんばかりに
頷くと、ぐるりと円陣の外周へと立ち位置を変えて広がる。
 彼らが焦る理由は、この部屋の中央──六芒星(ヘキサグラム)の中心部にあった。
「お、おい……。お前ら何をする気だ?」
「此処は一体何処なの? 貴方達は誰なの……?」
「くそっ! 離せっ、ここから出しやがれ!」
 人だった。
 厳密に表現するならば、両手足を縛られて枷と錘を付けられた無数の人間だ。
 目を覚まし、口々に不安や怒りを撒き散らしている者、或いはまだ気を失ったままの者。
少なくとも彼らとローブの一団との間にに面識はないようだ。
 更に付け加えるなら、外界と隔絶されてると見えるこの部屋でどれだけ叫ぼうとも、もう
彼らの訴えは届くことはないという点か。
 ローブの一団は誰一人として彼らの叫びに応じなかった。
 ただ在るのは、静かな狂気だ。
 ──彼らは“人間”じゃない。これは皆“要素”だ。
 そう言い聞かせなければ、自分達の側から脱落者が出る。チカラが乱れる。もし失敗して
しまえば、これまでの苦労が全て水の泡になってしまう。それは一団の共通理解だった。
「……始めるぞ。全ては、人類永遠の夢の為だ」
 感情の失せたリーダー格の声色が密室に響いた。
 その一言を合図に、ローブの一団は懐から一斉にある物を取り出す。
 手にされたそれらは、杖だった。
 木材と思しき本体に艶のある塗料を被せ、黒や焦げ茶など各々の杖が申し訳程度の個性を
演出している。
 だが何よりも目を惹くのは、それらの杖先全てに宝石……のようなものが取り付けてある
ことだろう。赤や緑など色彩は様々だが、共通して受けるその印象は──“何処となく宝石
自体に見返されている”ような、そんな錯覚にある。
 その杖を掲げ、ローブ達が精神を集中し始めた。
 円陣中央内の人々が怪訝に押し黙ったのは、ほんの数秒の事。
『──がっッ!?』
 訴える叫びが、次の瞬間苦痛の雄叫びに変わる。
 床一面に描かれた文様が、余す所なく強い光を放ち始めていた。
 同時、生まれるのは巨大なエネルギーの渦。
 囚われの人々から、まるでもぎ取られるように発生する血色の奔流。
 目には見えない、しかし確実にこの場に生まれ、蓄積されていくエネルギーの膨張に密室
が不気味に震えていた。
 白目を剥き、渇いたように喉を掻き毟りながら次々に床に倒れていく人々。
 重なり合っては断続的に響く、最早人間のそれではない断末魔の叫び声。
 それでも、ローブの一団はかざした杖を下げる事はしなかった。むしろこの阿鼻叫喚の様
を推し進めるように口元を結び、自身の人間性を封じ込めるが如く押し黙っては“儀式”に
ひたすら集中する。
(今更、怖気づく必要はない……我々は古くから“犠牲”を払って今の世を作ってきた)
 リーダー格の男の表情(かお)が僅かに見えた。
 奔流に煽られはためき続けるローブの下から覗くのは、ギラギラとした眼。
 だがそれは野心──私利と言うには違うと印象付けられる。
 むしろ、他益。自分が無数の他の為に礎と為ろうとする、その歪んだまでの決意だ。
「──もう少しだ。もう少しで、奇跡(かみ)はヒトの前に跪くのだ!」
 狂気。叫ぶ声。一層力を込める面々の力。唸るように強く輝く杖先の宝石達。
 
 その日、巨大なエネルギーの奔流が彼らの視界全てを血色の紅に染め上げた。

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  1. 2012/10/21(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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