日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)神様達の初詣

 初詣。それは知っての通り年が明けてから初めて神社ないし寺院に参拝する行事である。
 神前仏前で一年の感謝を捧げたり、或いは新年の平穏無事などを祈願したりする。
 この国では宗教の厳密さにそれほど頓着しないケースが多く、元々の起源や作法が時代と
共に多く変遷を遂げてしまっている。……だが、私はそれを一概に不信心だとは思わない。
 形こそ代わっていってしまってもその時代ごとに、人は願う。
 自分の、大切な誰かの何かの、或いはもっと大きな存在対象に対しての幸せを。
 時は流れても、人の変わらぬ営みは確かにある。
 だからこそ、私達も毎年懲りずにこうして彼らの願いに耳を傾けてるのだろう──。

「ふむ……今年も中々の参拝客が来ておるな」
「ですねぇ。やっぱり今の人達はこういう機会でないと中々来てくれませんし……」
「だのぅ。だからこそこの機にしっかり稼いでおかねばな」
 そこはぼやっとした靄の中に設えられた和室のような場所に見えた。
 大きめの卓袱台を囲み、六人の古風な和服に身を包んだ男女が語り合っている。
 その内のリーダー格は壮年の男性、その言葉に答えるのは小柄な女性と丸々とした恰幅の
よい男性だ。
「……流石は商売のだな。しかし我々ができることはあくまで因果を操作するだけ。実際に
どうなるのかは個人の縁に──他人に対する行動にも拠るというのに」
「ま、細かいことは気にすんなって。神(おれたち)を頼ろうとするなら応えるまでだ。そ
れが俺達の仕事だろうがよ」
 更に別の怜悧な男性が目を細めて静かに自嘲すれば、それに対し少々鬱陶しいくらいの快
活さで隆々とした体格の男性が呵々と笑う。
「確かにね。あ、ほらまた参拝客(おきゃくさん)が来たわよ?」
 そうして皆の注意を向けさせるのは、如何にも妖艶といった感じの女性で。
 六人の男女──文字通りの“神様”達は、中空に映し出された、自分達の社殿に参拝して
くる人間達の姿を映す映像画面(ディスプレイ)へと一斉に視線を遣る。
『よっしゃ。やっと番が回ってきたな』
『えっと、お賽銭……』
『五円でいいんじゃない? ご縁がありますようにって云うしね~』
『……まぁ、神社側の収入に五円玉というのもちゃちな気もするんだが』
 姿を見せたのは、男三人女三人の計六人の若者達の集団だった。
 ガッシリと体格の良い青年を筆頭に、和気藹々とした雰囲気。見た所どうやらそれなりの
付き合いの長さを持つ面子であるようだ。
 その内、いかにも現代っ子らしい緩さと寒空にも関わらずファッションだけはやたらに拘
ってキメてきている朗らかな女性の一言で、彼ら六人は財布から各々五円玉や十円玉といっ
た硬貨を賽銭箱へ投げると、鈴を鳴らしてゆく。
「結局小銭であるか。人の俗説とは面倒だのぅ」
「そう嘆くでない。賽銭自体は我らのものではないのだしな」
 丸々とした神が笑顔のままそうこっそり愚痴るのを、壮年の神は横目で一瞥して諫める。
 二礼二拍手一礼。
 この若者達が拍手(かしわで)を打つ中で願ったのは、このような内容だった。

(今年はもっと、この筋肉美に磨きが掛かりますように……。そして、モテモテになる!)
 一人目は、先程のがたいの良い青年だった。
 ぱしんと打つ拍手にも力が入り、両腕の隆々とした筋肉──いや鍛えられたその身体全体
についた多くの筋肉全てが彼の願いと共にぴくぴくと蠢く様子すらある。
「ほう。すなわち武勇だな。良きかな良きかな」
「……動機がお前とは違う気がするんだが」
 勿論とでもいうべきか、たとえ彼ら参拝者が頭の中で願い事をしても、ここで詰める神様
の面々にはしっかりと心の声が音声として届いている。
 気性が合うのか、隆々とした“武芸”の神は嬉しそうに笑っていた。そんな彼にじとっと
鬱陶しいといわんばかりの眼を遣るのは、怜悧な面持ちをした“学問”の神である。
「……どうかな? 彼の恋路は上手く行きそうか?」
「うーん。そうねぇ……」
 少し間を置いて、壮年の“健康”の神は妖艶な“恋愛”の女神に問うた。
 長い髪をサラリと手ぐしで梳き、彼女は暫し画面の向こうの青年の姿を見遣る。
 同時に彼女の周囲に現れたのは、無数の漢数字が並び並れる因果律の調整パネル。
「……。残念だけど、女子(あいて)のニーズと絶望的なまでに噛み合ってないみたいね。
ご愁傷様って所かしら」
 暫らくそのパネルを操作し、何かのシュミレーションを重ねてから、彼女はそう肩をすく
めてみせる。
 ああ、やっぱりか……。
 その回答に、残りの五柱の神々はこの画面の向こうの青年へ哀れみのような眼を投げた。
(今の職場で伸し上れますように~……いや、別に今の職場に拘る事はないかなぁ? じゃ
あいっぱい稼げますように~。それが叶ったら欲しいものがいっぱいあるのよねえ。今度出
た新作のコートにネックレスに──)
 二人目は、寒空なのにバッチリ流行のファッションをキメている朗らかな女性だった。
 彼女の拍手が無駄に多かったのは何も気のせいではない。
 名声、というよりもそれに伴う収入の向上。それを前提にあれこれと欲しいもの(その大
半はブランド物の服やアクセサリーの類だった)を列挙し始めたからである。
「ず、随分とこれは……」
「ふふっ、構わんよ。経済とはすなわち欲望無しには動かぬて。求め求められ、互いにその
身の力で以って補い合う。それこそが何よりの財であろうよ。……とはいえ、少々この女子
は欲に忠実過ぎるきらいがあるようだがのぅ」
 小柄な“豊穣”の女神の戸惑いの横で、丸々とした“商売”の神はうんうんと頷き微笑ん
でいた。一応貪欲さを指摘してはるが、基本的に欲望に進む人の子を愛でるらしい。先程と
同じようにパネルを呼び出すと、彼は鼻唄を軽く歌いながら因果を診る。
「良かろう。良い商機が巡ってくるよう、少し後押ししてやろうかの」
 直接金銭を与える訳ではなく、あくまでその切欠を。
 生かすも殺すも──全ては当人次第。
 商売を司る神からの、ささやかな新年の贈り物であった。
(えっと……)
 三人目は、清楚な感じの長髪の女性だった。
 印象はまるで違うが、その顔立ちは先程の女性とよく似ている。もしかしたら姉妹、或い
は血縁者なのかもしれない。
(……。こ、今年こそはタケシ君に告白できますようにっ)
 内心からですらの躊躇い。
 しかし二度目の拍手と共に込めた彼女の願いに、六柱の神達は思わずお互いを見合わせて
しまっていた。
 その胸の内の願い、祈りを自分達に捧げた後、こっそりと遣った彼女の視線は間違いなく
最初のあの筋肉質な青年に向けられていたのだから。
「おおぅ? 何だよ、既に思われ人がいるんじゃねぇか」
「ですけど、先程の祈願を聞く限り、彼本人は気付いていないようですね」
「……先刻はご愁傷様と言ってたよな?」
「ええ……。でもさっきは彼から辿って因果を計算してみただけだから」
 学問の神の白い眼からバツが悪そうに顔を背けると、恋愛の女神はもう一度パネルを操作
し始めた。今度は、この彼女から繋がる可能性の糸を分析してみることにする。
「ふむふむ、なるほどね。これは完全に空回りな片思いねぇ……お気の毒に」
 そして導かれたのは、面々が想像していた通りの因果の糸。
 噛み合わない想いだった。
 すぐ傍に想ってくれている相手(ひと)いるのに、空振りの恋を求める。
 すぐ傍に想う相手(ひと)がいるのに、いや傍らだからこそ、伝えられない戸惑い様。
 神々らは画面に映る彼女を暫し見つめていた。静かに、しかし真剣に祈るその姿に皆何と
か応援してあげたいと思った。
「……どうにかならないんでしょうか?」
「できなくはないけどね。でも、男(あいて)の方が明後日の方向ばかり向いてるしねぇ。
一応操作は加えてあげようと思うけど、最終的にはあの娘が実際に告白に打って出られるか
が肝になるわ」
 心配そうに顔を上げ、問い掛けてくる豊穣の女神に恋愛の女神はパネルを再度忙しげに操
作しながら答える。
「想いが消えなければ大丈夫。伝える事ができればぐっと糸も結ばれるわよ、きっと」
 妖艶な容貌にウィンクを一つ。
 微笑ましく見守る、お姉さんのような表情で以って。
(お願いしますっ。今年こそ、どうにかウチや皆の畑が生き返りますように……っ!)
 四人目は、そう強く切実に祈りを捧げてくる温和そうな青年だった。
 畑、という言葉からおそらく農業関係者なのだろう。最初の青年ほどではないが、背丈も
あり比較的丈夫そうな身体つきをしているように思える。
「ふむ……。これは」
「はい。人間達の起こした例の災いの事でしょうね」
 健康の神が口元に手を当てて呟きかけた言葉を、豊穣の女神が引き継いでいた。
 数年前、この国で“神の火”が暴発する事故が起きた。
 人の手に余ったその目に見えない災禍は広く各地に飛び火し、多くの人々を今も苦しめて
いる。その事情は神々であっても知らない訳ではない。
「とはいえ、人間が己の力を過信し、奢った結果だと見れば何も珍しいことではない」
「んー。しかし実際その影響は何も商売だけではなかろうて。むしろこの者のような農夫ら
の方が深刻であろうよ?」
 学問の神の淡々とした批評眼と現実的な人間らの現状を観る商売の神の眼。
 この願いに関しては言わずもがな、担当は決まっている。
「は、はい。これは私達としても捨て置く訳にはいかない懸案に違いありません」
 一同が豊穣の女神に視線を遣った。
 その眼差しに、少し内気な故に思わず緊張気味に息を呑むも、
「勿論、彼の言葉は聞き入れます。近い内に他の豊穣神達(みなさん)とも会合があります
から。必然的に対応を話し合うことかと思います」
 きゅっと胸元を掻き抱き、彼女は一柱の豊穣神としての責務を自認していた。
(……願い事、か。とりあえず世の中の平穏とでもしておくか。こんな時だけ神頼みという
のも無責任な気がするんだが……)
 五人目は、他の面々とは少々違っているらしかった。
 眼鏡の奥に忍ばせた知性。そして簡易な西洋礼装(スーツ)とも取れる薄黒の上下に身を
包んだこの青年は、そんな自他に向けた冷笑と共にそんな内心を神々らに届けていた。
「そうだがよぉ……それを言っちゃあお終いだろ」
「いや、まだこうして参拝に来てくれるだけマシだと考えるべきだろう。形式的であっても
我々に信仰の姿を届けてくれるのであれば、な」
 斜に構えた、と反発できたかもしれない。
 しかしそれは自分達神々にとって痩せ我慢でしかないことは、何よりも自分達自身が一番
よく分かっていた。
 時が移ろうにつれ、人が科学という力を己の拠り所としていくにつれ、自分達神々や創世
の眷属の居場所は失われてきた。
 ……正直、思い出してみるのも辛い。これまでどれだけの神々(どうほう)が信仰を失っ
た結果、その存在そのものを滅されてきたか。
『…………』
 六柱らは暫く押し黙った。だが、思いを巡らせている内容は似通っているだろう。
 古はまだ人と自分達が間近にいた。
 だが、時の流れの中で人は変わっていった。それは彼らの幸福を願い、実現する存在であ
る(ことが大半である)自分達にとっても望むことであった筈だ。
 しかしその実現は、果たして真の意味で叶ったのだろうか?
 このまま、ただ自分達は時の流れと共に忘れ去られ、静かに消えゆくだけなのだろうか?
「……皆、頭を上げよう。まだまだ参拝者は残っている」
 しかしそんな面々の沈んだ気持ちを励ますように、健康の神は次だと皆を導いて言う。
(願い、事……)
 六人目は、これまた特徴的といえば特徴的だった。
 前髪で隠れた表情、独特の白黒を基調とした服装──人間達のいうゴスロリファッション
といういでたち。
 それだけで周囲からは浮いてるのだが、加えて何処かおどおどとした暗い印象が彼女を余
計に、その意思とは関係なく目立たせているように思える。だが──。
(一緒が、いいな。これからもずっと、皆と一緒に仲良くしていたい……)
 多数派を名乗るの人間達が個性的と哂うであろうその姿であっても、そんな彼女が願った
思いははたと神々の胸すらも打つ素朴さと、優しさで。
「……ほほう?」
 武芸の神がにかっと笑っていた。
 商売の神も、学問の神も、豊穣の女神も、恋愛の女神も、哄笑や微笑といった違いこそあ
ったが、皆間違いなくこの人の子に抱いた好感は等しく同じであったことだろう。
「ふむ。どうやら皆、異存はないようだな」
 健康の神が殆ど形式的に面々の首肯を取り付け、六柱全員が因果律のパネルを展開する。
無数に延びてゆく縁の糸、可能性の枝葉。それら神々の領域である調律作業を、彼らは嬉々
としてこなし始める。
 
 時として人は業深く醜くある。だがしかし同時に、こうして時を経ても変わることのない
優しい想いもまた、確かに散在しているのだ。
 因果のパネルが手元で無限の可能をシュミレートし、繋がり離れるを繰り返す。
 神々は静かに、穏やかに笑う。
 ──これだから、良しも悪しきも、人の子を愛することは止められない。
                                      (了)

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  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
  2. 神様達の初詣
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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