日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)いつか見た夢

 僕は夢をみているらしい。寝ている時にみる方の夢だ。とはいえ、今意識の下で起きてい
る内容を思えば願望としての夢と言ってもあながり間違っていないような気はするが。
 神経生理学的にこの夢は何かといえば、レム睡眠という状態の時に脳内でそれまでの記憶
映像が再生され、整理されている途中であるものなのだそうだ。
 だから、夢だから荒唐無稽なものだと哂って済ませるつもりは、僕はなれない。
 だって過去の記憶は、確かに僕の頭の中に埋まっていて。
 普段は思い出したくても中々引き出せないあの頃を、呼び出してくれるから──。

「せんせー」「あそぼ~?」
 僕は普段、地元の保育園で保育士として働いている。
 その為か時期に関わらず、僕の見る夢の大半はその職場での──子供達との触れ合いの記
憶が蘇っているらしいことが多い。
「うん。ちょっと待っててね。今ちょっと手が離せなくて……」
 一昔前は“保母さん”なんて呼ばれていた職業。
 男女の平等が謳われている今日においては、そういう性別分業的なニュアンスはちょっと
過激なくらいに嫌われている。とはいえ、だからこそ僕という男性がこうした職種に就く事
も可能になっている部分があるので一概にそれが悪いとも言えない。
 ざっくり言ってしまえば、僕自身の曖昧さなり優柔不断さでもあるのだけど。
 だからなのか、それとも幼さ故の無邪気さがそうさせるのか、園の子供達は結構僕には容
赦なく絡んでくる。
 僕が雑事にあくせくしていても、何処からともなくトテトテと近寄って来ては、こちらの
都合などお構いなしに袖を引っ張ってきたり、くっ付いてきたり、乗っ掛かってきたり。
 要は彼らに遊ばれているのが茶飯事なっている我が身。
 それは哀しいかな、現実でも夢の中でも毎度毎度同じことで……。
「ふふっ。相変わらず人気ですね、里見先生」
 だけどそんな僕を温かく見守ってくれる人もいる。
「……単に遊ばれているだけな気もしますけどね」
 雪村先生。ふんわりと穏やかな印象の同僚の女性だ。
 年齢が近く、且つ僕よりもこの業界での経験が豊富であるようで、気付けば僕は何かと彼
女に助けてばかりいるように思う。
 僕は子供達におもちゃにされながら苦笑していた。
 それでも彼女は、ふふっと口元に手を当て上品に微笑んでくれる。
「それだけ子供達が先生に心を許しているという証拠じゃないですか。もっと自信を持って
もいいと私は思いますよ?」
「……。ありがとうございます」
 当人に何も他意はないお世辞なのだろう。
 だけど、そんな言葉を掛けてくれる度に僕は恥ずかしくて……嬉しくて堪らなかった。
 子供が好きで、女手一つで僕を育ててくれた母の後ろ姿に憧れて就いたこの職業。
 でもそれも平坦な一本道であった訳では決してない。
 たとえ男女平等を謳っても、この業界はまだまだ“女の世界”という各々の自負が強いよ
うに僕は思う。だからこそ雪村先生のような理解者(と僕が勝手に思っているだけかもしれ
ないのだが)がいてくれるだけで、どれだけ救われている事か。
 子供達自身はいい意味悪い意味でも無邪気だ。守りたいと思う。育てたいと思う。
 でも……そんな一方で、僕ら大人はそんな性質とはどうにも縁が薄くなっていくらしい。

「聞いていますよ。随分と雪村先生と仲良くやっているそうじゃないですか」
 それが苦言、説教であると気付くのに、僕はたっぷり十数秒の時間を要していた。
 ある日呼び出されたのは、園長室。
 撫で付けた白髪交じりの髪と厚めのレンズの奥で静かに目を開かせている眼鏡の壮年男性
の──園長の言葉に、僕はすぐに返す言葉を見つけられない。
「は、はい。お恥ずかしながら、確かに彼女には色々と助けて貰っていますが……」
「そういう意味ではありません」
 ようやく喉から出た僕の言葉を、園長はピシャリと突っ撥ねていた。
 外見は普段通りの沈着冷静な壮年紳士。
 だけど、その声色はやはり苛立ちや不機嫌のそれであって。
「……単刀直入にお聞きします。里見先生は、雪村先生と交際をしていますか?」
 そして眼鏡のブリッジを押さえて少しだけ俯き加減になると、彼はそんなことを訊いてき
たのだった。
「交っ!? い、いえ。彼女とはそんな関係ではない……です」
 ものの見事に奇襲を受けたような格好だった。
 僕はまるで背後から金槌で打たれたような衝撃で頭の中が混乱で大きく揺らぐのを感じつ
つも、何とかその誤解を解こうと思った。
 雪村先生と、僕が? 確かに彼女は魅力的だとは思うけど、現実は別にそうでは……。
 しかし園長はそれでも訝しさを収めてはくれていないように見えた。
 彼は眼鏡の奥の瞳を一層静かに細めて睨みを利かせると、ハァと一つあからさまなため息
をついてみせ、僕により直球な苦言をぶつけてくる。
「困るんですよ。職場恋愛をされるのは。別段内規で禁止している訳ではないですが、なに
ぶん、女性職員の比率が圧倒的な職種ですからね。里見先生にはその辺りの事をしっかりと
認識しておいて貰いたい」
「……は、はい」
 誤解だと言ったつもりなのに、結局僕が悪者であるような言い方だった。
 しかしこれ以上食い下がった所で、かえって園長の心証を益々悪くするだけだろう。
 何よりも、こんな話が出ているということはその相手方と名指しされた雪村先生にも迷惑
を掛けてしまっている推測を強くするものでもあって。
 そんな打算もあって、僕は実際には──そして自身の弱気から──その場で頭を下げるし
かなかったのだ。

 だけど、結論から言えば既に事態はもう遅かったと言ってよかった。
 もしかしなくても、以前よりそう見られていたのかもしれない。それを園長に指摘された
ことで、ようやく僕自身が気付けたという鈍い側面もあったのかもしれない。
 その翌日から頻繁に感じるようになったのは、じりじりと焦がし壊す同僚達(園の男性保
育士は僕だけなので、必然女性の先輩後輩ばかりになる)からの視線だった。
 一言で表現することを許されるのならば、嫉妬だった。
 ただ表面上では皆、子供達に囲まれて笑顔を作っている。
 しかし、時折自分に向けられる彼女達の眼は間違いなく“敵意”のそれだと思った。
「里見、先生?」
「ッ!?」
 だが、僕はまだ生温い方だったのではないか。
 何故なら本来嫉妬とは、同列に思っていた者が抜き出ることへの憎しみもその中の一つに
含んでいるであろうから。
「あの……大丈夫ですか? 何だか最近元気がないみたいですけど……」
「い、いえ。そんな事ないですよ? ちょっと疲れてるだけでしょう。いつもの事です。雪
村先生こそ無理はしないで下さいね?」
 なのに、きっとその嫉妬の眼を僕よりも一層強く受けている、いやそれ以上に実際的な嫌
がらせも受けているかもしれない彼女はあくまで僕の事を気遣ってくれて。
「そう……ですか? ならいいんですけど」
「ええ。そ、それじゃあ僕はこれで……」
 辛かった。いや……そう思って自分を慰めることすら卑怯なのだと思う。
 これは後々で耳に挟んだ話なのだが、やはり彼女は実際に同僚の皆に遠回しに嫌がらせを
受けていたらしい。
 彼女も分かっていた筈だ。その元凶が僕がいたからだという事くらい。
 なのに……彼女は今まで通りの接し方を変えようとはしなくて。それが自分を一層苦しめ
る結果を招くと分かっている筈なのに僕を庇い立てしようとしてくれているようで。
 だから、だからこそ。
 僕はもう……。

(──んぅ?)
 ぼんやりとしたセピア色の世界がフッと立ち消え、身体中に寒さという現実が圧し掛かっ
てきた。
 もそりと被せていた布団を除けて起き上がる。まだ眠気はこびり付いていた。
 殺風景な見慣れた我が部屋だった。使い古して薄くなったカーテンから静かに陽の光が室
内に差し込んできている。
「……十一時半、か」
 手を伸ばし、ヘッドボードの棚の上から沈黙している目覚まし時計を引き寄せる。
 デジタル式に表示されたその液晶には一月一日の日付が鎮座している。
 やはり、あれは夢だったようだ。そもそもゴタゴタし始めたのは最近という訳ではない。
(新年早々、あまりいい夢じゃなかったな……)
 髪をポリポリと掻きながら、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
 初夢ですら職場での日々が蘇ってくるという事は、よほど自分の中でこの懸案が心身を参
らせている証拠であるのかもしれない。
 だとすれば、これが初夢となるのなら。
「……」
 のそりとテーブルへと足を運び、鞄の中を弄る。
 取り出したのは──辞職願の白封筒。辞表。
 この案件に一応の解決策はある。ある意味簡単な事だ。僕があそこから出てゆけばいい。
 なのにとうとう年末という節目にすら園長に出せずに、こうして鞄の中に忍ばせ続けてし
まっていたのは……きっと未練だ。
 自分でも哂い飛ばしたくなる。あれだけ迷惑を掛けておいて、まだ彼女を巻き込み続けよ
うという自分の身勝手さが酷く醜く思えた。
 でも、この初夢が“正夢”であるのなら。今度こそ、次の出勤で踏ん切りをつけろという
何者かの──僕自身の奥底からの思し召しなのかもしれない。
「……ッ!?」
 ちょうど、そんな時だった。
 突然、それまで酷く静かだった部屋に響いた着信音。携帯電話が僕の好きなクラシックの
メロディを奏で始めていた。
 少しビクッと身を震わせてしまいながらも、僕は踵を返しその相手先の表示を見て思わず
凍り付く。
「雪村先生……」
 表示されていた名前は、間違いなく彼女だった(誤解のないように付け加えておくが、園
や同僚の連絡先は子供達の万が一の時に備え、一通り電話帳に登録してある)。
 元日から何の用だろう。
 僕は先程まで見ていた夢のせいでナーバスになっていた部分もあって、思わず携帯を握り
締めたまま眉根をひそめていた。
 いや待て。そう変に勘繰るべきじゃない。単に年始の挨拶かもしれない。
 何よりこのまま無視する訳にもいかず、少し呼吸を整えた後、僕はようやくその呼び掛け
に応えることにする。
「……もしもし」
『あ、あの……。おはようございます。里見先生、起きてらっしゃいますか?』
「ええ。少し前に。どうしたんですか? わざわざ直接年始のご挨拶ですか?」
 電話の向こうの彼女はおどおどとした声色のように思えた。
 だけど、かといって自分まで動揺していては彼女に悪かろう。
 少し婉曲気味に。挨拶くらいならメールでもいいのにと僕は二言目には口を開いていた。
 しかしそれは別に謙遜でも恐縮でも何でもない。……怖かったのだ。
『……それも、ありますけど……』
 だが、そこで僕もようやく彼女の様子がおかしい事に気付いた。
 何故か緊張しているらしい。職場でやり取りしている時はまた別なのだろうか。
『その……。さっき夢を見たんです。里見先生が、園を辞めちゃう夢を』
 だからこそ、彼女の次の言葉に、僕は目を見開いて二の句を告げなかった。
 何か電話の向こうでぶつぶつと彼女が話している。大方見た夢の詳細だったと思う。
 念の為に言っておくが、僕はまだ辞意を園長にも同僚達にも伝えてない。ましてや彼女本
人になど伝えられている訳がなくて。
『……あの。やっぱり、お辞めになるつもりなんですか』
 ぐわわんと頭の中が揺れている中で、彼女は訊ねていた。
 やっぱり、という事は彼女も僕が居心地の悪さと彼女自身への負い目を抱いていることに
気付いていたのだろうか。今更謝っても謝り切れないが、ズキリと胸が痛む思いがする。
「はい。……園長からもそれとなく言われてきていましたから」
 普段ならたかが夢だと一蹴し合っていただろう。
 だけど、もう僕も彼女も、積み重ねてきたこれまでが夢と現の区別を曖昧にしていた。
 だから僕は正直に認める事にした。
 園長から苦言を呈されたこと、そして僕の所為で貴女に迷惑を掛けた、その謝罪を。
『いいえ、いいんです。里見先生が気に病む事はないですよ。それに私も……これから辞表
を書こうと思っていますから』
「えっ……」
 しかし彼女は次の瞬間、思わぬ言葉を口にしていた。
 彼女も、辞める? それでは自分の辞意はどうなるんだ。僕は貴女にこれ以上迷惑を掛け
まいと決めたのに、そんな事をしたら陰口は一層貴女を狙い撃ちしてしまう……。
 僕は驚きつつも何とか彼女を慰留させようとした。
 だけど、結局彼女は首を縦には振ってくれなかった。私も辞めます。こんな事になったの
は自分にもたくさん非があるからと。
 正直、僕は戸惑った。
 しかしそもそもの元凶である僕に今更引き止める資格なんてあるのだろうか。
 そう思うと、結局僕は彼女の説得を諦める他なかった。
『それに私、先生が辞めるかもしれないと思って、どうしても話しておかないといけない事
があって……。それで、迷惑を覚悟で電話させて貰ったんです』
「別に僕の方は迷惑ではありませんが……。それは、どんなお話でしょうか?」
『……はい。大切なお話、です』
 言って、彼女は電話の向こうで一層言葉を詰まらせているように聞こえた。
 何かに激しく緊張しているような、そして何度も呼吸を整え直しているような、そんな繊
細な息遣いがこちらにも届いてくるような。
『その、は、恥ずかしくて……直接言えなくて、電話越しになってしまってすみません』
 そしてやがて彼女は訥々と前置きを設けると、
『わ、私、ずっと前から里見先生……悠馬さんのことが──』
 僕の目を更に見開かせるように、そう叫び気味に言って……。
                                      (了) 

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  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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