日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)真夜中の御二柱

「やべぇ……蕎麦買い忘れてるじゃねぇか」
 俺はその日、そう誰にともなく呟き、小さく舌打ちをしてから我が家(ボロアパート)の
部屋を後にしていた。
 理由は簡単だ。大晦日だというのに、年越し蕎麦が台所になかったのだ。
 食生活は普段からカップ麺を中心に済ませているので、どうせ年越しもそれの一つで事足
りるだろうと早々に意識から追い出していたのが拙かった。
 いざ食料保存用の段ボール箱を開けてみると……見事なまでに空っぽ。
 別に年越し蕎麦を食べなければならないという意識がある訳ではないのだが、今夜はろく
に食事も摂っていない。無情にも腹はぐぅと鳴ってくれやがるのだ。
(寒ぃな……。当たり前だが)
 厚手のコートを羽織って新年のカウントダウンが着々と始まる近所を進み、コンビニへと
向かう。
 とはいえ、ここはお世辞にも都会とは言えない田舎町だ。最寄のコンビニといってもそれ
なりに歩かないといけない。
 しんとした田舎の無音と人気の無さ、夜闇の中を俺はとぼとぼ歩いていく。
 そしてやはり街の中ではもっとたむろしているのかもしれないが、最寄のコンビニは田舎
よろしく閑古鳥だった。時間帯が、というよりも土地柄だと俺は思う。大方、年寄りばかり
が無駄に多いこの辺りでは今頃炬燵に潜って、某○白○合戦に張り付いている連中が大半で
そもそもこの時間に外出している人間などそうそういないのだ。
「一点、八十九円になります~……」
 そんな気だるさはこんな時間にシフトに入れられているバイト君も同じらしい。
 唯一の客として入ってきた俺がややあってレジに持ってきたカップ麺の蕎麦をリーダで通
すと、彼は間延びした声でようやくの仕事らしい仕事を終わらせる。
「ありがとぅござましたァ~……」
 大変だよな。こんな時まで誰かが詰めてないといけないなんて。
 自分のバイトのシフトが入っていない事にこっそりホッとしつつ、俺はバイト君の気だる
い声と入口の自動ドアが鳴らす少々甲高い効果音を背に店を出て行く。

 ──そいつらに出会ったのは、ちょうどその帰り道だった。
 カップ麺の入ったビニール袋をカシャカシャと揺れらしつつ俺が一人舗装されていない道
に入ると、確かにその音が聞こえてきたのだ。
(……ん?)
 夜闇の中から、ぶつかり合うのは何かしらの金属音らしきもの。
 目を細めてその方向を見つめてみるが、如何せん辺りはすっかり暗く、田舎の畦道に外灯
などがある訳もなく、広がっているのはただただ夜の黒と、辛うじて判別できる雑木林の緑
の光沢くらいだ。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
 まさかこんな年の瀬に幽霊でしたーなんてオチは止めて欲しい。季節外れもいい所だ。
 とすれば、こんな時期時間に誰かがとち狂っているのだろうか? それはそれで嫌な場面
に出くわした事になってしまうが。
 だが、それでも結局こっそりその茂みの先にそっと忍び寄って覗き込んでいたのは、間違
いなく好奇心だろう。いや刺激が欲しかったのか。
 ふらふらとバイトを右から左へと渡り歩き、部屋に戻ったらシャワーを浴びて寝るだけ、
そんな味気ない生活がずっと続いていて「違う何か」が欲しかったのかもしれない。
 しかし……今なら言える。
 “馬鹿止せやめろ、俺”と。
「──とわぁッ!」
「──ぬぅんッ!」
 一つ一つ話していくことにする。
 先ず、金属のぶつかり合う音は聞き間違いではなかった。実際俺が目の当たりにしたのは
剣(といっても見た感じ相当使い込まれくたびれていたようだったが)を片手に鍔迫り合い
を繰り広げている戦闘の光景であったからだ。
 次に、その剣を振るう主達が変てこな格好をしていたことも付け加えておく。
 何というのだろう。学があまりないので分からないが、大昔の貴族みたいな──ゆたりと
した白い和服に、突起みたいなものが付いた黒い小さな帽子を頭のてっ辺に乗せているとい
う格好。少なくとも普通じゃない。
 そして、何よりも。
「ククク……。譲らぬな、相も変わらず」
「ふふふ……そちらこそ。いい加減我に負ければ楽になるぞ?」
「はんっ、笑止!」
 その二人がやけにちんまくて、なのにどう見ても人間じゃない動きで立ち回ってひたすら
お互いに剣を交えていたというこの超展開な光景に、俺自身が呆然としていたことで。
 だから、俺がそれまでそっと添えていた木の枝がガサリと揺れ戻って物音を立ててしまっ
たのは俺の所為じゃない。
「ッ!?」
「何奴……!?」
 だから、決して俺は別にこのちんまい二人に剣を向けられる謂れなんてある訳がない。
「ちょ……っ!? 待てって! いきなり振り被ってくんな! 俺は別に邪魔しに来たとか
じゃねぇから、ただ偶々通り掛っただけだから!」
 なのにこの変てこな格好の二人は俺がいるのを認めると呼吸ぴったりにそれまで打ち合っ
ていた剣を、一気に間合いを詰めてから突きつけてきて。
 当たり前だが俺は必死に弁明した。敵意はないと。
 というよりも、さっさと帰りたいと思った。
 どう見てもこの状況は化かされたかのような非日常だし、いくら何でもそんなウルトラC
な刺激までは欲していない。
「む……? そうなのか?」
「しかし怪しいのう。そんな珍妙な格好」
「お前らが言うな。何だよ、そのダボダボなの。それに剣なんて振り回していたら危ないだ
ろうが。年の瀬だからって羽目外すのにも限度があんだろ?」
 さっさとこの場を後にしたかったが、つい突っ込んでしまっていた。
 見た目が何だかちんまい所為もあって、気付けば俺はちょっとしたお説教の口調になって
いた。……バイト先のとろい後輩を思い出した。
「何を言うか! これは紅原家に伝わる──」
「貴様、我が蒼崎家の束帯を愚弄するか!?」
「わわっ、止めろって! ストップストップ! もういいよ、その格好については突っ込ま
ないから!」
 またガチャリと二人が剣を振り上げようとした。
 仕方なく俺は折れる形でそう叫んでいた。そこでようやく二人も落ち着いてくれたのか、
暫く互いの様子を見てそっと剣を腰の鞘に収めてくれた。
 サーッと走り収まる金属の音。やはりあれはおもちゃではないらしい。
「……お主何者だ?」
「随分と見慣れぬ格好をしておるな。唐の者か?」
「カラ……? 俺は生粋の日本人だっての」
 そして、俺は眉根を寄せながらそこでようやく気付いた。
 この場所が、雑木林の中にぽつんと佇む古びた神社──いや規模的に社というのが正確な
表現だろうか──である事に。
 自分達の足元に広がる、ちょっと褪せた色の白砂と、古い木造の小屋(見た目は雨露のし
のげるバス停留所みたいな)が一つ。その奥には御神体らしい彫像を祭った網目格子の窓が
あるのが見える。
「……。あんたら、一体何者なんだ?」
 退けずに結局俺は踏み込んでいた。彼らが何者なのか、知りたくなった。
 すると二人はふふんと胸を張り、小さな身体を高らかに言う。
「我が名は紅原右近之介。ここ紫ヶ野を治める領主なり!」
「我が名は蒼崎兵左衛門。ここ柴ヶ野を治める領主なり!」
 だが、その声は内容をほぼ同じにして重なっていた。
 そして俺が「え?」と小さく聞き返すのもそこそこに、二人──右近之介と兵左衛門は再
びお互いを睨み合って剣を抜く。
「領主は私だ!」「何を言うか、私が領主だ!」
 ガキンッと目の前で打ち鳴らされる剣戟。
「待った待った待ったー! ストーップ! だから止めろって!」
 流石に俺は堪らずそんな二人を止める。
「引っ込んでおれ、若造。これは我らの戦いだ」
「然様。それに貴様、やはり邪魔立てする気ではないか」
 二人はむすっと、いや殺気を込めて俺を睨んでいた。
 しかしだ。もしこの状況から判断──その前提が既にもう“日常”じゃない事は百も承知
の上で──するとすれば、この二人はおそらく……。
「戦いってなぁ……。あんたら、ちなみに聞くが今の年号は?」
「治承であろう」「治承だが?」
「……」
 やはりか。俺は思わず手を顔を覆い、夜空を仰いだ。
 そんな俺に二人は頭に疑問符を浮かべている。
 話さなくては駄目だろうか。もう後戻りできる状況でもないが、自分はどんどん余計な事
に首を突っ込んでいるように思えてならない。
「……。いいか、よく聞けよ? 今は平成ってんだ。あんたらは──とっくの昔に死んでる
身だ。領主なんていうものも今じゃ一切無い。この国はな」
 それでも一応言ってみる。
 だが当然の反応か、暫く二人は「お前こそ何を言っているんだ?」という反応で見返して
くるだけだった。
(まさかこんなオカルトに出くわすとはねぇ……)
 荒唐無稽過ぎてこっちがおかしくなりそうだった。
 しかし実際に見えているものを否定しようがない。
 だから俺は……暫くの間、この“死んだまま生きている”二人を説得する時間を半ば取ら
ざるを得なかったのだ。

「──我らが、もう死んでいる……」
「もう、それほどの歳月が流れておったのか……」
 それから、どれだけの時間が経っただろう。
 社の中に腰を下ろし、俺は二人の酷く落胆した様子を見つめる他なかった。
「ああ……。お前らはずっと、死んだことにも気付かず戦い続けてたんだろうよ」
 話を整理するとこうだ。
 この右近之介と兵左衛門は当時、この辺り一帯の領有権を巡って対立していた名士の長同
士であったらしい。二人曰く、この土地神を祭る場で雌雄を決する為に決闘をしたのだそう
だが、とうとう決着はつかなかったのだそうだ。
 ここからは俺の推測だが……おそらく決着は何処かの時点でついていたのだろう。
 だが二人ともその事に気付けなかった。何故なら“相討ち”に終わったから。
 ぐるりとこのボロ社を見て回ったのだが、どうやらここは今ではその二人を守り神として
祭る場所に変えられたらしい。天井の札に二人の名前らしき文字が書かれているのだ。
 ……しかしそれは表向きの文言かもしれない。
 決着がついた時、二人の死体が出来上がった筈だ。それを当時の連中がすぐに“英霊”だ
と祭り上げたとは思えない。
 大方、実際は「魂を鎮める」という意味合いだったのかと思う。
 そして時は流れ、現在。
 そんな二人の決闘を伝える者もいなくなり、そもそもここに社がある事すら忘れられて、
辺りはすっかり草木が生えていよいよ他人から忘れられた。
 なのに、この当人達はずっと戦い続けていた。
 自分達が死んだことすら気付かず、ひたすら何百年も意味のない戦いを続けていたのだ。
「……」
 だから、居た堪れなくなった。
 俺が今夜ここに来なければこいつらはその事実に気付かずにずっと“死につつも生きて”
いられたのではないか。俺のちっぽけな好奇心が長い、停まったままの時間を無遠慮に元に
戻そうとしているのではないか。そう思ってしまって。
「……すまんな。若造」
 でも、二人は怒らなかった。もしかしたらそんな気力すらなかったのかもしれない。
 項垂れた姿。だけど自分に向けてきた表情(かお)は何処かホッとした様子で。
「もう、いいんだな。我らが争わずとも、この地の民草は平和に暮らせておるのだな?」
 ハッとした。そうだ。きっとこの二人は死ぬ間際までこの土地を平穏に治められる世の中
が欲しかった筈で。
「……ああ。今は戦争も起きてない。一応平和っちゃ平和だよ。もうそんな剣を振り回して
喧嘩するこたぁないんだ」
 俺は不器用に笑っていた。でも確かにホッとしていた。
 そうさ。世知辛いのは変わらないかもしれないけど、こいつらの頃に比べればずっと恵ま
れてる。定職がないのが何だ、とりあえず食えてるだけまだいい方じゃないか。
 不思議と、そう思えてくる自分に気付いて更に苦笑いが濃くなる。
「……あ」
 遠くで鐘の音が、除夜の鐘が鳴るのが聞こえてきたのは、ちょうどそんな頃だった。
 しんとした夜闇の中に溶けてゆく新年を告げる音。
 俺達三人はその場で顔を上げ、暫くその遠くの音色に耳を澄ませる。
「……。また一つ、時が流れたか」
「そのようだな。我らはもうとうに古の者となっていた訳だ」
 すると、二人はそっと立ち上がった。
 酷く落ち着いた声。そして俺に振り向いてくる心底穏やかな笑み。
「丁度良い。この機と共に我らも“逝く”としよう」
「戦の炎も消えた。もう、思い残す事はない……」
「お、おい……」
 思わず俺は立ち上がっていた。
 いきなりそんな。だけど確かにこの世(こっち)にいる理由はもうなくて。
 二人はもう一度晴れやかに安堵の息をついて、
「礼を言うぞ。若造」
「さらばだ。良く生きろ、柴ヶ野の子孫よ」
 スッと、ゆっくりとしかし確実にその姿を透明に変えて夜の黒の中に溶けてしまう。
「……。おっさん……」
 暫くその場に立ち尽くしていた。
 ほんの小一時間程度の出会いだったのに、何でここまで胸が苦しくなるんだろう。
 可哀相だと思ったからか? いや、多分きっと……祖先から今という血のリレーというも
のを脳裏に描いて同胞意識のようなものを持ったからなのだろう。
 風が吹いていた。鐘の音がまだ遠く、断続的に聞こえている。
 辺りはもう灯りらしい灯りはない。武者二人の気配もすっかり消えてなくなっていく。
「……」
 それでも、俺は独りだと思うことはなかった。
 おっさん達がいる。いやいた。だけどその生きた証はきっと何処かで自分達と繋がってい
て現在(いま)を作ってくれている。
「……。帰るか」
 気恥ずかしかったけれど、ぽつりと一言を吐いて俺は社から足を踏み出した。ガサリと片
手にぶら下げたビニール袋が揺れる。
 いつもなら独り身の気分で年越しのカップ麺を啜る年と年の境目の日だけれど。
 今年からは──そんな思いを抱かずに済みそうな気がした。
                                      (了)

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  1. 2012/01/03(火) 15:00:00|
  2. 真夜中の御二柱
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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