日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔96〕

 それぞれの講義の合間に。或いは放課後に皆で集まって。
 アルスやエトナ、ルイスにフィデロ、シンシア、及びゲドとキースの護衛コンビら解読班
は、梟響の街(アウルベルツ)のエイルフィード家別邸に避難させていた文献を、修理の終
わったルフグラン号に再び運び込む作業をしていた。
 現在のシンシアの住居である別邸内には、既に技師組らにより『陣』が敷設されている。
転送リングで荷物ごと船内に移り、設備棟の転移装置を経由して、解読の終わった文献達を
翠風の町(セレナス)の大書庫へ返却するという流れだ。
「ほいさっ」
「ほい。よっ、と……」
 面々の中で大柄なゲドとキース、或いはフィデロを中心として、箱詰めした文献達を一つ
また一つと手渡しでリレーしてゆく。船内には団員達が待機してくれており、そのままある
程度纏めた都度、同じく転送装置を起動させて大書庫へと転移・返却に向かう。
「しかし、何だな。こんな二度手間三度手間するんなら、始めっから向こうの執政館で作業
してた方が良かったんじゃねえか?」
「あはは……。ご、ごめんね? フィデロ君達にもいっぱい迷惑を掛けちゃって……」
「謝ることはないさ。僕もフィデロも、エイルフィードさんも、好きで手伝っていただけな
んだから」
「好きっ?! ……ま、まぁそうですわね。アルスの頼みですし、お兄さん達──“結社”
との戦いの助けになるのなら、是非もありませんもの」
「フィデロの言いたいことも分かるけどねー。結局解読は、こっちで終わったんだから」
 そうしてルフグラン号から戻って来たフィデロが、また次の箱を持ち上げながらごちた。
アルスが苦笑(わら)い、ルイスが力仕事に難儀しつつ、シンシアやエトナがそれぞれに妙
に焦ったり、宙に浮かんで皆を応援したりしている。
「だが実際問題、向こうに出ずっぱりって訳にゃあいかんだろう」
「館の地下に『陣』は敷いてあるがのう」
「そう……ですよね。部外者をほぼ毎日のように上げる格好になっちゃいますし。アルノー
さんは気にしなくても、その事を知ったら、町の人達がいい顔をしないでしょうし……」
 故に、同じように船内と邸内を往復するキースが、そう何の気なしで言った。アルスや他
の面々も、とうにそういった事情は理解している。
 すっかり自分達イコール“結社”に絡む疫病神扱いされることもままある点に加え、かつ
ては一度、翠風の町(セレナス)は実際に天瞳珠(ゼクスフィア)を巡って使徒達と戦闘に
なったことがある。その一件もあって、領民感情が悪く働くであろうことは容易に想像でき
たからだ。
「また攻めて来られても、困りますものね」
 そう肩を竦めるシンシアも、結局は何処が被害を被るかの違いでしかないとは内心解って
はいたが。事実──文献を狙ったとは言い切れないものの、作業拠点であったルフグラン号
が襲撃に遭ったのだ。なるべく“他者”を巻き込みたくはない。
「ま、それも今日で終わりだ。解読作業も済んだし、これを全部返し終われば、ミッション
コンプリートってな」
「ああ。来月には定期試験だし、間に合って良かった」
「うん……」
 言って、彼女やルイス、フィデロ達がちらっと横目を遣る。小さく首肯するアルスの横顔
が、先程からどうも暗く感じられていたからだ。
 いや、彼の様子の変化はそれ以前、リュノーが残した暗号の全文が明らかになってからの
ことだ。大量の文献の中に隠されていた暗号、先祖の意図が判明し、アルノーこそ『これで
僕達は役目を果たせたんですね……』と何処か安堵し、感慨深げだったが、それ自体と暗号
の“重さ”とはまた別の問題である。
 アルスはぎこちない笑みを繕いながら、終始複雑な表情だった。フィデロ達も、そんな友
の姿に、自らが解き明かしたメッセージに、場が気分がゆっくりと沈み込んでゆくのを抑え
切れないでいる。
(アルス君……)
(まぁ、無理もねえよなあ)
 ひそひそと、学友達は小声で囁き合う。
 解読の結果は先日、ヨーハンの下にも送った。まさかあんな事が書いてあるだなんて思い
もしなかった。自分達も、にわかには信じられなかった。

 ……もしかしたら自分達は、とんでもないものをこじ開けてしまったのかもしれない。

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  1. 2018/06/05(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔95〕

『まさか、これは……』
 ワーテル島の消失。映像越しにその一部始終を見ていたのは、何も一連の戦いを対岸の火
事と決め込んでいた人々だけではない。ようやく万魔連合(グリモワール)と合流──追討
作戦を再開しようとしていた王や議員達も、まるで頭を殴られたかのように大きく目を見開
いている。
『い、一体何が起きたんだ?』
『急いで現地に連絡を! サーディス達は無事なのか!?』
『そ、それだけじゃない。また万魔連合(グリモワール)を巻き込んでしまったら……』
 ざわざわと、ホログラム画面の向こうでこちら側で、面々が状況確認に動き始めた。
 よりにもよって……。その表情が総じて必要以上に険しいのは、既視感──二年前の大都
消失事件の記憶を重ねているからなのだろう。
『……してやられたな。あの時の結界か。それだけ結社(やつら)も、ヘイトの横暴を看過
できなくなったということなのかもしれんが』
『ああ。だが、策としては上出来だ。力の供給元を断てば、奴もいずれはジリ貧になる』
 尤も、それまで待つつもりはねえし、奴も待ちやしないだろうが……。
 そんな中でも、ハウゼン以下四盟主は比較的落ち着いているように見えた。フッとそう嗤
うファルケンに、ロゼとウォルターは横目を遣りながらも、画面の向こうに映る現地の様子
に注意を向け続けている。
『だ、駄目です! 応答がありません!』
『モニター中の映像も途絶えました! おそらくは、機材ごと結界の内側に巻き込まれたも
のと思われますが……』
 通信の端々で、各配下の技師や官吏達が振り向いて言う。案の定、ヒュウガやウル達も結
界の中へと閉じ込められてしまったらしい。
『ど、どうしましょう?』
『くっ……拙いな。突入の最中だったからな』
『ああ。だが彼らは魔人(メア)だし、実力も“七星”クラスだ。そう簡単にくたばるとは
思えん』
『し、しかし……。二年前と違って、今回はレノヴィンがいないんだぞ? 突入口だってあ
の時のように在るとは限らない。こちらと分断されてしまった事実には変わりないんだ』
 実際に二年前、大都消失を生き抜いた本人達ではある。そう易々とやられはしないだろう
と信じたい。
 だが議員の一人がそう口にするように、状況は間違いなく悪い──不透明だ。少なくとも
こちらの兵力も一緒に分断されてしまった以上、ヘイト追討を続けるにしても脱出を優先す
るにしても、リスクが高い。二年前のあの時はジーク達が正面の守りを破ったことで突破口
が開けたが、その当人達は今天上と地底に分かれて聖浄器回収の任に就いている。
『……結社(やつら)の介入があった時点で、想定すべきだったな。緊急事態だ。現地に兵
を増派する。残された万魔連合(グリモワール)の関係者と交渉を行ってくれ。結界で分断
されたとはいえ、まだ外側には大量の瘴気が残っている。先ずはその後始末をしつつ、結界
内部への進入も模索する』
 了解! 暫し思案顔をしていたハウゼンの一言に、配下の者達が動き出した。他の王や議
員達も、特段これに反対はしない。増派については先方と改めて擦り合わせる必要があるだ
ろうが、今自分達にできる事と言えばそんなものだ。またレノヴィン達──部外者ばかりに
頼る訳にもいくまい。何より今回は、こちらが始めた戦争なのだ。
「……」
 どっかりと、自身の玉座に深く腰掛け直し、ハウゼンは人知れず深く息をついた。眼下に
は官吏や将校らに指示を飛ばす臣下達の姿があるし、通信画面の向こうでも各国の王や議員
達が、それぞれに随時部下を動かしたり報告を受けたりしている。
 ファルケンやロゼ、ウォルターがじっとこちらを窺っている事には気付いていた。彼らも
彼らで思う所──戦術の立て直しや自身への心配、或いはこの戦いの後の商機について思い
を巡らせているのであろうが、正直ハウゼンが今胸中に抱く感慨は、ある意味でそれらとは
一線を画すものである。さも目の前の、現実とは違ったベクトルを向いてしまっている。
 ……ここまで戦いが長引くとは、複雑になるとは思っていなかった。
 いや、保守同盟(かれら)と戦うと決心した時点でその内情は入り組んではいたのだが、
兵力差を考えれば、決着は比較的早期だろうとやや楽観的に目算をつけていたのだ。
 それだけに飽き足らず、戦いは地底層──器界(マルクトゥム)の人々まで巻き込んで。
 直接の元凶はヘイトの側であるにせよ、当初想定していなかった広がりを許してしまった
事はれっきとした自分の落ち度である。
 これは、報いなのだろうか? 息子の弔い戦という大義が招いた罪であるならば、やはり
自分は多くの人々にとって悪人なのだろう。或いは身内が関わったことで、冷静な判断力を
欠いていたのかもしれない。
 何より“結社”の介入がここまでとは……。奴らの意図、目的は未だ判然としない部分が
多いが、少なくともこちらに任せていれば、漁夫の利を獲れた筈だ。
(……“共通の敵”とは、こういう事を云うのだな)
 ハウゼンは内心、自嘲っぽく苦笑(わら)う。その皮肉を痛感する。
 多くの兵達が、自分の指示一つで死地に向かう。“結社”は普段から、そんな価値判断を
繰り返しているというのだろうか? 一体何故そこまで、何を目指して……?

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  1. 2018/05/08(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔94〕

 旧ワーテル島、黒瘴気のドームの外縁。
 災いの最前線で、ウルら万魔連合(グリモワール)の面々は、彼らが到着するのを待って
いた。ようやく連絡を寄越してきた統務院側の名代──ヒュウガ達討伐軍である。
「やあどうも。お待たせしました」
 正式に許可を取ってからの、地上からここ器界(マルクトゥム)へ。
 しかし対するウルは、降りた飛行艇からこちらへ歩いて来るヒュウガ達の姿を見つつ、寧
ろ眉間の皺を深くしていた。腹の底に抱えた不快感を隠そうともせずに、淡々と応える。
「ああ、まったくだ」
 ただそれだけ。されど皮肉を多分に含んだ一言。
 ヒュウガ達統務院側、討伐軍と、ウル達の間に何とも言えぬ沈黙──緊張感が横たわって
いた。会談の場とした急ごしらえの掘っ立て小屋の下で、両者は暫し睨み合う。
 厄介事を持ち込んできたのはそっちだろうに……。
 尤もそんな本音は、露骨には口にしない。今日は話し合いに来たのだ。統務院側と、この
状況をどう打破するのか? その対策を話し合う為に。
『……すまなかった、首領(ドン)・ラポーネ。まさか島ごと逃げ出すとは予想だにしなか
ったものでな』
「ふん。済んだ事を言っても仕方ないさ。それにあんたらに振り回されるのは、別に今に始
まったことじゃない」
 数拍の様子見の間にも、周りは動いていた。両陣営の技師達は背後で通信機材を準備し、
向こうでは今もウル以下各門閥(ファミリー)の兵達が、少しでも黒瘴気を押さえ込もうと
悪戦苦闘を続けている。
 ホログラム画面の通信越しに、ハウゼンが皆を代表して口を開いた。ウルもそう売り言葉
な風に返すが、実質ただの挨拶のようなものである。
『そう言って貰えると助かる。……では早速だが、我々統務院は、貴公らと正式にこの一件
に関して共同戦線を張りたい。こうなった責任はこちら側にある』
「当然だ。申し出、受け入れよう。特例として彼らの進入を許可する」
 予め磨り合わせていたように。ウルとハウゼン、両陣営の長達は合意を交わした。ファル
ケンやウォルター、ロゼ、ミザリーにセキエイ、リリザベートなど双方の残る四盟主・四魔
長らも通信越しにコクリと頷き、この合意の場に立ち会う。
 それはひとえに、表面上の利害が一致したが故の決着だった。
 万魔連合(グリモワール)側としては、ヘイトらをこちらに落として来たのは彼ら地上の
面々だし、何とかしろ。責任を取れと投げ返すのが筋だ。だがそれでは、軍事的干渉を是認
する格好になる。ことかつての武力衝突を知っている世代からの、独立志向の強い者達から
の反発はどだい避けられないが、その為にもあくまで「こちらが上」という態度を保ち続け
る必要があった。
 一方の統務院側としては、このまま保守同盟(リストン)もといヘイト討伐を地底の者達
に丸投げしたくはなかった。元より自分達が始めた戦争だ、得る筈だった利益はどうなる?
何より万魔連合(グリモワール)と事を荒立てる心算は毛頭なかった。“結社”にヘイト、
加えて彼らと三方面で戦争をするような真似だけは避けたかった。こちらが折れた云々も、
地上向けの報道を絞れば何とでもなる。
「……まったく。あやつも面倒な事を持ち込んでくれたものだ」
「ええ。ですが奴が梃子に用いた魔導具は、魔銀(ミスリル)を主に使っているそうです。
器界(ここ)でしか採れない筈の、ね」
 咥えた葉巻から一度大きく煙を吐きながら、ウルはそう遠回しに当て擦って言った。する
とその場に対するヒュウガも、にっこりと微笑みながらも一つ事実を持ち出して返す。
 一瞬、場の空気が一層緊張したような気がした。だがお互い、それ以上相手に矛を向ける
ことはしない。今はそれ所ではない。
 向こうの、黒瘴気のドームを見上げる。
 まるで生き物のように蠢くそれは、今も尚器界(マルクトゥム)全土に伸ばした触手から
大地のエネルギーを吸い続けていた。
「正義の剣(カリバー)の。あれは一種の変換器のような物なんだろう? 詳しいカラクリ
は分からんが、あれは不自然なエネルギーの塊だ」
「ええ。人や物、呑み込んだものを片っ端から取り込んで力として蓄えているようですね。
ハーケン王子もその犠牲となりました。こちらにも、ある程度情報は伝わっていると思いま
すが」
「ああ……」
 ヒュウガが軍服を揺らし、グレンとライナ、部下達を引き連れて数歩黒瘴気のドームの方
へと近付いて行った。その中心、分厚く阻まれた先を指差して続ける。
「あれを破壊するには、反魔導(アンチスペル)が効果的です。どれだけ巨大であっても、
所詮は変質した魔力(マナ)──瘴気の塊ですから。ヘイトの居る中枢に辿り着く為には、
どちらにしてもこの塊を片っ端から剥がすか、抉り進むかしかないでしょうね」
「なるほどな……言われてみればそうだ。こちらも至急、使える魔導師達を掻き集めるとし
よう。そちらの頭数はどうだ?」
「一個大隊といった所でしょうか。ここまで膨れ上がられると、正直足りませんがね」
 すぐにウルが指示を出し、部下達が動く。通信越しのミザリー達も、同じく魔導師集めに
掛かったようだ。ヒュウガが合図して連れて来た反魔導(アンチスペル)隊を呼び、地上の
時と同様、攻撃態勢を整えさせる。
 撃てーッ!! そして、統務院・万魔連合(グリモワール)両軍共同による突入作戦が始
まった。時間は経てば経つほどこちらに不利になる。随時召集を掛けた魔導師・兵士らを投
入しながら、一行は黒瘴気のドームをこじ開けていった。
 やはりというべきか、想定はしていたが、内部は侵入者を阻むように多層の迷路構造にな
っているようだ。加えて内壁からはボトボトと瘴気を材料にした異形達が止めどなく生み落
とされ、こちらの攻略に抵抗する。部隊は前衛と後衛、攻撃用兵力と風穴を維持・拡張する
反魔導(アンチスペル)隊に分かれざるを得なかった。
「キリがないな……。一度触手を潰して供給を断つか?」
「数が足りません。それよりは先ず、ドームの中心にいるヘイトを討った方が早い」
 うむ……。それぞれの部下達の指揮を執り、ウルとヒュウガが攻略の様子をじっと見つめ
ていた。互いに合流し、兵力と対策を共有したことで破壊効率自体は確実に上がっている。
だが如何せん相手の瘴気塊はじわじわと肥大化することを止めず、徹底して篭城戦の構えを
崩さないようだ。
『首領(ドン)、そっちにうちの戦士達を送った。使ってくれ!』
『魔導師隊、追加だよー』
『こちらも転送を開始したわ。最寄の塔から半刻ほどね。一旦私達は周りの触手を叩いた方
がいいかしら? 余剰兵力になるかどうかは、そっちで判断して?』
 セキエイやリリザベート、ミザリーといった他の四魔長らの下からも、援軍が時間を置い
て到着してくる。彼女の言葉通り、ウルらはその一部を外壁・触手達を断つ方へと振り分け
ることにした。本来が生きている限り時間稼ぎにしかならないが、弱らせればその分、攻略
も進み易くなる。
「……むっ?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。直後、はたっと辺り一面に何かの波長が拡がってゆくの
をウル達は感じた。
 力場だ。
 そう数拍置いて理解し、一同は思わず空を仰いで──。

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  1. 2018/04/10(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔93〕

 それはまだ、アルヴが遠征軍を組織する少し前に遡る。
 マギリ一派を確保し、ジーク達を見送った霧の妖精國(ニブルヘイム)の面々は、近く攻
めて来るであろうアルヴ側に備えるべく急ピッチで態勢を整えていた。里のあちこちで武器
が揃えられ、土や石材を盛った防壁が築かれてゆく。
「……」
 そんな日常(いつも)とは明らかに違う空気感の中に、ミハエルもいた。忙しなく動き回
る同胞達を横目にしながら、とある廊下を歩いている。
(──うん?)
 ちょうど、そんな最中の出来事だった。彼らが進むその先の一角で、数名のエルフが困っ
たように何やら話し込んでいる。
「やっぱ、もっと上の役の奴に訊いた方がいいんじゃないか?」
「訊くって、誰に? ぶっちゃけ捜すのも手間だぞ?」
「ただでさえ、今は里中が立て込んでるもんなあ」
「……何をしてるんだ?」
 故に、ミハエルは彼らの下へ近付いて行った。コツ、と小さく靴音を鳴らしてこの三人に
声を掛けてみる。
「あ、ミハエルさん。ちょうどいい所に」
「これ、どうしたらいいですかね?」
 彼らも、こちらの姿を認めて振り向いてきた。少しホッとしたように、一人が小さく苦笑
いを浮かべて応じてくる。
 差し出されたのは、幾つかの魔導具だった。
「これ、さっきマギリ達から押収した物の中に入ってたんですけどね? 流石に物置なんか
に置いておくのは拙いんじゃないかって話になって……」
 彼らの手には、指輪型や腕輪型など、先刻のマギリ一派が戦いで使ったと思われる魔導具
が握られている。中にはマギリが岩巨人(ゴーレム)を生成・使役する為に使っていたもの
や、これを硬化させた鋼身法(アイアンコート)の魔導具──黒金色の指輪もある。
「……?」
 その中で、一つミハエルの目に留まったものがあった。藍く色褪せた古い指輪だ。
 彼らから拝借し、手に取ってよくよく検めてみる。どうやら正規品の魔導具ではなさそう
だ。おそらくは使い捨て方式の粗悪なものだろう。汚れが酷いが、辛うじて表面に刻まれて
いる術式を読むことはできた。どうやら転移系の魔導具らしい。
「アゼ、ル……ハイ、デン……?」
 そしてその文様(ルーン)の一部に聞き覚えのある呼称が入っているの見て、ミハエルは
眉根を寄せながら思い出していた。
 確か、ミシェル達“守人”らの隠れ里の名前だった筈だ。ということは、これは自分達へ
の妨害に失敗した際の緊急脱出ないし帰還用か。
「へえ、そんなものが……。押収しておいて正解でしたね」
 読み取った文言を聞いて、この同胞達も小さく驚き、ホッと胸を撫で下ろしていた。もし
あの時使う暇を与えてしまっていたら、事態は今よりももっと難しくなっていただろう。
「確かに、物置(ここ)では不安だな。分かった。これは私が預かっておこう。後で族長達
に指示を仰いでおく」
 了解ッス。この三人は、厄介な代物を引き渡せて正直安堵したようだ。ミハエルもさして
気には留めず、このマギリの魔導具をズボンのポケットに押し込める。
「ミハエルさーん、ちょっといいですかー?」
 すると、また別の方から作業中のエルフ達が小走りで近付いて来ていた。何やら指示を仰
ぎたいことが出たらしい。ミハエルは目の前の三人に軽く挨拶し、そのまま彼らの方へと歩
いてゆく。
「どうした?」
「ええ。図面のここなんですけど──」
 大きめの紙、防御結界を張る為の設計図を片手に、このエルフは訊ねてきた。ミハエルも
図面を覗き込み、一つ一つ曖昧になっている箇所を潰してゆく。
 それ故に、彼は忘れてしまっていった。一人訊ねに、指示を仰いできた者に応えたかと思
えば、また次の者がやって来る。ミハエル自身も、己の用事でそのまま廊下の向こうへと歩
き去ってゆく。
 防衛戦前の忙しなさに掻き消されて。
 彼は、ズボンのポケットに突っ込んだマギリの魔導具の存在を、暫くの間すっかり忘れて
しまうことになる。

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  1. 2018/03/06(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔92〕

 光の妖精國(アルヴヘイム)の一角に、古びた屋敷がある。かつて此処は、幾つもの客室
を備えた迎賓館として使われていた。
 しかし、度重なる人々の地上への流出と、神竜王朝の失敗を見てきた里のエルフ達は、次
第にその態度を硬化させてゆくことになる。かつては緩やかに開かれていた門戸も固く閉ざ
され、今では殆ど使われることもなくなってしまった。
「──そうか。彼らは既に里を出た後か」
 そんな、普段ならもう人気もない筈の屋敷内で、胴着羽織の男──ハザワールは静かに呟
いていた。だだっ広い、年季の入った室内庭園の緑に紛れながら、彼は一見して細目の微笑
を湛えている。
「はい。どうやら彼らも、こちらの狙いに気付き始めたようです。一刻も早く、攻略を進め
るべきかと」
 そう彼の前に跪くのは、影士族(シーカー)の女を筆頭とした部隊の面々だ。
 ウラハ達である。以前古都(ケルン・アーク)にてジーク達と交戦した“結社”の信徒達
だった。
 彼は、彼女達から報告を受けていた。深緑弓(エバーグリス)回収の邪魔をさせぬよう、
部下らを使ってアルヴ・ニブル双方の争いの中に陥れた、その後の経過。即ち時間稼ぎがど
の程度功を奏したかの確認。
 しかし、偵察から戻って来た彼女達からの報告によれば、レノヴィン達は両軍がぶつかる
よりも早くニブルを出発したらしい。加えてこちらから派兵された討伐軍が、ニブル側より
現れたコーダス・レノヴィン達によって退けられたという。
「そうだね。予定よりも早めに私達も動く必要がありそうだ」
 マギリは抑え切れなかったか。まぁそれほど期待はしていなかったが。
 ふむ……と、そっと口元に手を当て、ハザワールは小さく頷いた。レノヴィン達がニブル
を離脱してしまった以上、彼らが“守人”達の里に辿り着くのは時間の問題だ。時間稼ぎも
ここまでのようだ。向こうも、予想外の援軍を出してきたようだが……。そこは今の自分達
にはさして重要ではない。
「クライヴ達に伝令を。急ぎ神樹を攻略せよと」
「はっ」
 ウラハ達が改めて、頭を低くしながら跪いていた。胴着羽織が彼の細かな所作に応じて揺
れている。彼女らが立ち上がり、動き出そうとしていた。長らく普段人気のなかったこの屋
敷は、謀略を進めるには好都合な場所の筈だった。
『……』
 しかし、そんな彼らの一部始終を目撃してしまった者達がいた。ジダンとミッツである。
彼らは軟禁部屋から脱出し、不幸にもこの室内庭園を覗ける外廊下の小窓から彼らのやり取
りをしっかりと見聞きしてしまったのである。
 二人は目を瞬いて、暫し固まっていた。どちらからともなく、おずおずと互いの顔を見合
わせて、この窓の向こうに映った現実に衝撃を受けている。
 これは……どういう事だ?
 ハザワール氏に跪く、黒ずくめの怪しい面々。彼の部下にしては不穏過ぎる。
 もしかして“結社”なのか? だとしたら自分達は、ハザワール氏は──。
「……それにしても」
 そんな時だ。ふと庭園内のハザワールが、スゥッと横目を遣ってこちらを見てきた。
 気付かれていたのだ。ウラハ達もその視線に、気配を認めて倣い、腰の忍者刀にそっと手
を伸ばし始める。
「余計なネズミがいたようだ」
 ひいっ──!? ジダンとミッツは、瞬間弾かれたようにその場から駆け出した。
 や、やばい。見つかった……! 微笑や覆面に隠れてよくは見えなかったが、彼らから放
たれた殺気は間違いなく本物だった。
「ハザワール殿!」
 しかし幸か不幸か、その直後に現れた一団が二人の命運を左右した。里の長老達である。
彼らは幾人かの供の兵を連れながら、こちらに近付いて来ていた。掻き消えるように跳躍し
たウラハ達とは、ちょうど入れ替わりになるような形で。
 ハザワールは羽織りを翻し、この邪魔者(らいきゃく)に向き直った。そんな彼の内心も
正体も知らずに、長老達は酷く焦ったような表情を浮かべている。
「ここにおられましたか」
「大変です! 今し方、連絡兵より報告が!」
「遠征軍が退却させられたと……。レノヴィンです! あの憎き、コーダス達が!」
「……」
 どうやら彼らの方にも、ニブルでの一戦についての情報が届いたらしい。ハザワールは表
向きこそ態度には出さなかったが、静かに「そうですか」と小さく眉間に皺を寄せて、これ
に応じてみせた──いや、半ば寄せざるを得なかった。
 邪魔を。このタイミングで……。
 直前、指示するまでもなくウラハ達が動いたが、これでは自分もすぐには動けない。つい
みせてしまった顰めっ面はレノヴィン達にではなく、この老人達へのそれである。
「ひいっ……ひいっ!」
 かくして、運命の悪戯は数拍の隙を生む。
 ジダンとミッツは、酷く引き攣った表情(かお)を貼り付けたまま、一目散にその場から
屋敷から逃げ出したのだった。

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  1. 2018/02/07(水) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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線を曳く町 (1)
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色眼鏡 (1)
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