日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔116〕

 前死神総長ショウ・アララギ及びその一派との戦いは、土壇場で形勢をひっくり返す事に
成功したジーク達クラン・ブルートバードと東西南、残る三棟の長らを中心とする共同戦線
の勝利に終わった。死者の国・冥界(アビス)全域を、永らく暗躍し続けてきた“結社”の
魔の手から解放する事に成功したのである。
 ただ……“敵”さえ倒せば万事解決、とはならないのが世の常だ。言わずもがなだった。
決戦を経た此処冥界(アビス)の中心地・魂魄楼は、そのあちこちに少なからぬ爪跡を残し
ていた。破壊され、焼け焦げ、或いはそれを悟られぬよう大きな布で覆われている。
「──」
 北棟本部兼裁定所区画。このような楼内復旧の様子を、ヒミコは自身の執務室の窓から眺
めていた。戦いの余韻冷めやらぬ内から迅速に動いてくれているのは、流石は技術者集団・
南棟死神隊と言った所か。トンカンと作業が拡がってゆく光景を、市中の人々は立ち止まり
つつ見上げつつ、通り過ぎてゆく。
『……』
 彼らの眼差しは、総じて強い不安に晒されているように見えた。安堵より不満。一般の魂
達は、先日までの死神隊の戦いなど知らない。只々、死んだ後も怯えて暮らさなければなら
ないのかと、寧ろ事の発端となったジーク・レノヴィン達に怒りすら向けているのだろう。
(やはり、そう簡単に丸く収まる……という訳にはいきませんね)
 だからこそヒミコは、一人静かに嘆息をつき、気持ち眼下の街並みから視線を逸らした。
 いち個人及び、閻魔総長としての不安。これからは物だけではなく、人の復興が重要にな
ってくる筈だ。何より死神衆の後任をどうするか? 人事は先日発令されたが、混乱の収拾
を優先する余り、少々拙速に過ぎたかもしれない──。
「失礼します!」
 ちょうど、そんな時だったのだ。一人物思いに耽る彼女の下へ、この執務室の扉を叩く者
が現れた。ハッと我に返り、出入口の方を見遣る。一度半分開けられた隙間から、数名の部
下と見張り役の死神が顔を出して伺いを立ててくる。
「クラン・ブルートバードの、クロムウェル殿をお連れしました」
「閻魔長にお目通り願いたいとのことです」
 何だろう? ヒミコが最初に思った内容は、そんな純粋な疑問だった。
 先の戦いを経て、少なくとも自分の周囲の者達は彼らに対して協力的にはなったが、未だ
楼内全体として見れば警戒感は根強い。何より彼らは今、戦いの傷を癒す為に大人しくして
貰っている筈だ。何が問題でも持ち上がったのか?
「……そうですか、ありがとう。お通しして?」
 ヒミコは努めて静かに微笑(わら)い、そうこの部下達を一旦人払いするようにして廊下
側へと返した。入れ替わるように入って来た当の客人・クロムとやや距離を置いたままじっ
と向き合い、数拍様子を窺う。
 最初に口を開いたのは、彼女の方だった。
「この度は……本当にありがとうございました。もし貴方達がいなければ、この魂魄楼は、
冥界(アビス)全土はどうなっていた事か」
「いや。元を正せば私達が引き起こしたようなもの。謝らなければならないのはこちらの方
だ。改めてお詫びする。古巣とはいえ、貴女方に多大な迷惑を掛けてしまった──」
 一方のクロムはと言えば、相変わらずいつもの気難しい表情(かお)を崩す訳でもなく。
 何となく間がもたず、先ずは改めて礼をと頭を下げかけた彼女を、彼は淡々と押し留めて
いた。逆に一連の騒動について責任を認め、謝罪する。
「そっ、そんな心算では……!」
 動揺するヒミコ。
 だが当のクロム本人は、至って真面目だった。何よりこうして恐縮される事も予め織り込
み済みだったようで、彼は次の瞬間さらりと本題へと入り、言う。
「閻魔総長ヒミコ殿」
「今日訪れたのは他でもない。貴女に是非、訊いておかねばならない事がある」

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  1. 2020/05/19(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔115〕

「オシヒト機動長! 聞こえますか!?」
「閻魔総長ヒミコ様は、僕達が保護しました! もう大丈夫です!」
 精霊伝令を介し、アルスとエトナ、ハロルド以下冥界(アビス)側に合流したばかりの面
々は、ヒミコら閻魔衆を“結社”の兵達から救い出していた。アララギ・オシヒトとはまた
別の高楼、その内部に籠っていたオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)達を全滅させ、
アルスはそう掌の光球に叫んでいる。
「……ジーク達、何とか間に合ったみたいだね」
「うん。僕達も急ごう。相手は“結社”の大幹部だ。こちらの数が少し増えたぐらいで押さ
えられるとは思えない」
 どうやら兄達は、一先ず作戦通りに動けているようだ。しかし傍らの相棒が小さく哂うほ
ど、彼自身はそこまで楽観視してはいなかった。映像(ビジョン)の向こうでは、兄や味方
達が今まさにアララギとの直接対決になだれ込もうとしている。
 全ては精霊族(スピリット)の始祖・マーテルとの融合──生まれ変わったエトナの力添
えによって可能になった芸当だ。或いは自身に与えられた、想定外の管理者権限(ちから)
の賜物か。
 事実皆がこれほどタイミングよくオシヒトの下へと集結できたのも、自分達がこうして伝
令を駆使して面々を繋ぎ、共闘するよう導いたからに他ならない。だからこそその為に、予
め閻魔長(かのじょ)らを助けに来たのだ。
「ああ……。そうだな」
「これだけ事態が拗れてしまっているからね。いつ結社(やつら)の側から、援軍が来ると
も限らない」
「もしそうなれば、状況は絶望的ですわね」
「……させない。その為に此処にいるんだから」
 ハロルドやリカルド、シンシアにミア以下場の仲間達も、険しい面持ちを崩してはいなか
った。こちらへ踵を返してくる二人に小さく頷き、転移の為に再びルフグラン号へと戻ろう
とする。
「シンシアさん。ルイス君、フィデロ君」
 だが次の瞬間、アルスが呼び掛けたのは、その内の学友及び彼女の従者達だった。息の合
ったような頭の疑問符。ふいっとこちらに視線を返す彼女らに、アルスは尚も真剣な表情の
まま続ける。
「先にヒミコ様達を船へ。中で避難してて待ってて」
「えっ──」
「何言ってんだ! 俺達も戦うぜ!?」
「相手が強敵なら、尚更……」
「だからだよ。もしヒミコ様達をまた失えば、人質として狙われてしまえば、今までの頑張
が差し引きマイナスになる。無駄になる。それじゃあ駄目なんだよ」
 それに……。アルスは加えて、少々口籠る。自分でも次々と指示を飛ばしている、その自
覚はあったのだろう。細める両の目、横顔には心苦しい憂いが宿っていた。
「君達まで、失ったら」
「……アルス」
 こんな時でも、こんな時だからこそ一緒に戦ってくれるのは嬉しい。だがその厚意に甘え
てずるずると、本来“部外者”である彼女達まで巻き込むことはアルス自身、決して好いと
は思えなかった。その果てにもし犠牲にでもなれば、セドさんやご両親、親類縁者の皆さん
に何と詫びればいいのだろう?
 ポンと、そんな言葉を掛けられた当人・シンシアの肩を軽く叩く者があった。彼女の従者
の一人、キースだ。振り返った視線に小さく頷きを見せて促し、もう一人の従者・ゲドも若
干口元を結んで同調している。
「仕方……ありませんわね」
 たっぷりと数拍迷ってはいたが、結局彼女達はこの指示に従うことにした。「絶対生きて
戻って来いよ!」「必要ならば援護する!」フィデロとルイスも、数歩駆け出しながらそう
ギリギリまで心配してくれていた。彼らやシンシア、ゲドとキースが転送リングの効果に巻
き込む為、ヒミコ達の手を取ってゆく。当の彼女は尚も強く困惑したままだった。
「どうして」
『??』
「貴方は、貴方達は……一体何者なのですか? 魂魄楼への侵入、実の兄の蘇生という前代
未聞の事件を引き起こしながらも、一方では私達を助けてくれた……」
 実際の所、半分問いのようで問いにはなっていなかったのだろう。只々彼女やその部下達
は戸惑い、彼らの“矛盾”に混乱していたからだ。少なくとも、自分達魂魄楼をこれまでな
かったほどに掻き乱す革命者。裏切り者のアララギに相対する英雄──。
「……」
 しかし、そんな彼女の揺らぐ眼差しに、対するアルスは只々静かに微笑んでいた。にも拘
らず、本当の感情は見え辛い。徒に打ち明けても、余計に混乱させてしまうだけ。オシヒト
や他の死神達の情報こそ聞き出しはしたが、今はゆっくりと話し込んでいる暇は無い。全て
はアララギ一派をどうにかし終わってからだ。状況はまだまだ好転してはいない。
(僕は)
 一体何者なのか? アルスは自らに問う。
 確かに今回、天上でゼクセムから最高レベルの権限を譲られ、エトナもマーテルと融合。
更なる“力”を手に入れはしたが……。
「ただの人間、ですよ」
 フッと微笑(わら)う。密かに苦笑する。
 それはきっと、目の前の人々を、大切な誰かを救って来れなかったことへの後悔だった。

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  1. 2020/04/14(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔114〕

 真っ白な砂の地面と、真っ黒な虚ろの空間。何度も何度もサラサラと朽ちては再生し、朽
ちては再生してゆくイメージ。
『……』
 目を覚ました時、彼女の記憶は失われていた。
 浄化プロセス、個体としてのリセット。さりとてそれは、この冥界(アビス)ではありふ
れた日常に過ぎない。魂を使い回す為のいち工程でしかなかった。深い檻から引き上げられ
た後も、その姿はうら若きとて虚ろな目をしている。
『──素晴らしい。この者には素質がある』
『おそらくは生前、蓄えていた“穢れ”が少なかったのだろう』
『実に清く正しく生き、愛し愛されたのだろう』
 ただ彼女が他と違っていたのは、ひとえに目を付けられたからだった。当時の魂魄楼上層
部、世界の魂(エネルギー)を管理する神々が、彼女を閻魔にすべく働き掛けたのである。
『私が……裁判官に?』
 詰まる所はスカウト、強引な配置転換であったのだろう。
 尤も彼女自身、そんな事を薄々解ってはいた。しかし記憶──己そのものを失い、乏しく
なった今、激しさを増す空虚さを埋められるのならば何でも良かった。……いや、そもそも
一連の引き抜き自体が、そうした者を狙っての事だったのかもしれないが。

 かくして神々に言われるがままに居留、閻魔として道の歩み始めた彼女は、永い時間を掛
けて着実に出世を果たしていった。閻魔と死神、及び冥界(アビス)の存在理由──生と死
にまつわるシステム、世の理と呼ばれるもの。
 尤も既に在る、与えられた「秩序」であろうと、彼女にとってはそれが全てだった。抱い
た空虚さを埋めてゆく日々の中、自らも気付かぬ内に、それらは己の存在意義そのものと化
していたからだ。真面目に務め上げたが故に、総長にまでなった。
「──ヒミコっ!!」
 時は現在。全く変わり映えのしなかった日常が今、大きく壊れようとしている。これまで
疑うことさえも、暇もなかった根本が揺さぶられている。
 キリシマ以下北棟死神隊の面々に捕らわれていた彼女は、その時突入してきたオシヒト機
動長の姿を見、目を丸くしていた。その叫ばれた呼び捨て(ことば)に、一抹の違和感を覚
えていた。
 脳裏の一角にちらついたノイズ。いわゆる既視感(デジャヴ)。
 ただ彼女自身は全くもって判らない。そもそもこれが自分の記憶だとの実感すら無い。
 故に、反射的に抱いた感慨は、安堵でも捕らわれの恐怖でもなく戸惑いだった。しかし現
実に、目の前の彼は必死で自分を助けようとしている。口論(やりとり)も上の空──対す
るキリシマ達を含め、彼らの声が妙に遠くで響いているように感じる。
(……何なの? 私は一体、何者なの?)
 彼女は不意に息苦しくなった。表情(かお)を歪めて、激しい衝動に駆られた。
 もしかして彼は、“私”のことを知っている──?

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  1. 2020/03/10(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔113〕

 全ての魂はその肉体的死後、冥界(アビス)へと運ばれる。彼らが汚染され、劣化し過ぎ
てしまう前に、再び生のサイクルへと乗せ直す為だ。同界の中枢、魂魄楼に属するエージェ
ント・死神及び閻魔達は、可能な限りこれらの仕組みを担保する使命を帯びている。
 私も──当初はそんな例に漏れなかった。一個の生命として死を迎えた後、こちら側に連
れて来られたことで、初めて世界の真実たるを知った。
 端的に言えば……絶望でしかなかったのだ。私達は所詮、神を自称する(なのる)者らの
“資源”に過ぎない。死した命、私達そのものであり核たる魂は、浄化と呼ばれるプロセス
を経て再び魔流(ストリーム)へと還る。
 即ち生命とは幾度となく再利用(リサイクル)されるものであり、生とは単にその一部、
一過性の現象に過ぎないということだ。加えて当時の魂魄楼上層部が、私を“強い素質”を
持つ魂として、半ば強制的に死神へと転身させた点も大きい。『拒むなら徒に浄化が長引く
ことになる』──刑が延びるぞと、暗にちらつかされて。

 死んでもまだ働かされるのか……。私は大いに辟易した。
 事実生前、私は戦って戦って戦い続けた人生であったと記憶している。尤もこちら側に来
てからの永い歳月の中で、すっかりその仔細はぼやけてしまったが。
 故にそのような押し付けられた役目など、早々に棄ててしまえば良かったのかもしれない
が……裏を返せば他に何もする事が無かったとも言える。本当に己の一切が消失することに
躊躇いがあったのか、結局生来の真面目さで手を抜く事もままならなかった。結果周囲から
は「有能」と認識され、順調に昇進を重ねてきてしまった──永く死神をやらされる羽目に
なってしまった。
 今や私はその最高位、総長の地位にまで登り詰めてしまっている。自身の《滅》の色装、
得物である大鎌も相まって、その象徴的存在と見做されてしまって久しい。

 どうしてそこまで、必死になって働かねばならない?
 あの頃抱いた徒労感は、今も殆ど解消されてはいない。寧ろ歳月を重ねれば重ねるほど、
最早自分では拭い去れないほど頑固にこびり付いてしまった、腫瘍のようでもある。
 私達は知ってしまった。生も死も、全ては魂を再利用(リサイクル)する為の一過程に過
ぎないということを。私達は死んでも生きているし、生きていても、少なからず前世で死ん
でいる。今此処に在ることの意味の、何と希薄なことか。
 何よりも……永い歳月の中、延々と肉体的死を経て送られてくる魂達を処理するという果
ての無さこそが苦痛だった。一人一人は当代、その直前までの生の記憶に縛られているにせ
よ、その事情を全て知った上で呑み込み、気取られぬよう気丈に振る舞い続けることを強い
られるならば、早々に自ら“煉獄”へと身を投げてしまった方が良かった。私が私でなくな
るのなら、徒に魂が使い潰されるのが秩序だと云うのなら、いっそそんな秩序など無くして
しまった方がまだ救いがあるではないか……?

 こと魂魄楼(こちら)へ流入する魂達の絶対量が、ある時を境にして大きく増えた。現世
の歴史ではちょうど、魔導開放と呼ばれた時期と重なる。ただでさえ魔力(マナ)──魂達
を酷使する術を、より多くの人間が行使するようになった。即ち、その代償として瘴気に中
てられる命が増えた。
 全く……余計な事を。
 冥界(アビス)、死神衆としても、以降人員の大幅増を余儀なくされた。私個人の願いと
は裏腹に、救われぬ魂は歳月を経るごとに増えてゆく一方だったのだ。
『──やあ。君がアララギだね? 歴代屈指の総長と誉れ高い』
 彼らが私の前に現れたのは、ちょうどそんな頃だった。個人としてもより強く、加えて楼
内全員のそれを思って疲弊が募る日々の中、二人は私を勧誘しに来たのだった。
 一人は淡い金髪の青年。一見してこの場に現れるのが不自然なほど、若い男だった。
 一人は黒灰の老人。後に古仰族(ドゥルイド)と呼ばれることとなる一派の術師だった。
 曰く、彼らは先の魔導開放の要“大盟約(コード)”を消滅させ、この世界を救おうとし
ていた。その為に私の力を欲し、手を組まないかと交渉しに来たのだった。
 正直な話、私は彼らの目的それ自体にあまり興味はなかった。全ての生命にとってこの世
界そのものが苦痛の苗床であるのなら、そもそも差し伸べるべき対象が違う。
 しかし私は一方で考えた。
 それでもまだ、この延々と続く地獄を、終わらせることが出来るなら──。
『……なら聞かせろ』
『お前達のこと、お前達の知っている、全てを』
 故に私は彼らに対し、逆に“答え”を求めて問うた。同時にその返答次第では、即座にこ
れを斬り捨てて、行動を起こそうとさえ考えたのだ。
『む? それは──』
『ああ、いいだろう。俺達が知っていることなら、何でも』
 一瞬警戒する老魔導師・ハザンと、臆せず寧ろニッと笑ってすらみせる青年・ルキ。
 尤も私は結果的に、彼ら共々“盟約の七人”の一人となった訳だが……。

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  1. 2020/02/11(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔112〕

 時を前後して、摂理宮中枢域。
 苦虫を噛み潰したような様子で戻って来たオディウスとティラウド、及びルキを、魔導の
ホログラム板を背にしたユヴァンとシゼルは迎えていた。二人は神都(パルティノー)での
事の顛末について、彼らから報告を受ける。
「そうか……間に合わなかったか……」
「ま、まさか、御三方でも……」
 曰く、レノヴィン兄弟の片割れ・アルスの“撰出”は防げなかったという。こちらが機先
を制して抹殺を図るよりも早く、その瞬間は訪れてしまった。
「ユヴァン、君の予感は間違っていなかった。彼らは常人(ヒト)の身では届き得ぬ領域を
経て、とうとう私達と同じ高みにまで手を掛けてきたんだ」
「参ったぜ。よりにもよって所長(チーフ)が……。自己犠牲なんてのとは、対極の位置に
居る人だとばかり思ってたのによ」
 特に歯噛みして惜しんでいたのは、他でもないルキだった。
 “結社”の創立に深く関わり、同胞らを敵に回してでも、世界を神々の占有から解き放と
うとした彼だったが──いざ反旗を翻したその途端に、新たな障害が現れた格好だ。
「保身と面子に囚われた最高神、ですか。確かに私も聖都(クロスティア)の一件で、彼が
ヒトの教団よりも自らの威光を取るさまは観ていましたが……」
「それだけあのガキどもが、他人を変えちまう素質を持ってるってことか。業腹だが、認識
を改めねえといけねえな」
 にわかには信じられませんが……。
 シゼルの神妙な面持ちの呟きに、オディウスもぶすっと腕組みをして同意する。
 元々自分達が手を回したこととはいえ、ゼクセムは一度信者らの組織の梯子を外してでも
保身に──乱世による人々の絶望を止めようとした。自分達“神”への不信が拡がることを
恐れた。そんな人物が己の命を擲ってまで、本来いち被造物でしかない少年にその全てを託
したことは大きな意味を持つ。
「一番厄介なのは、所長(チーフ)の第九級管理者権限(レベルナイン)が奴に渡っちまっ
たって点だ。神都(パルティノー)内は勿論、今後俺達に干渉できる度合いが増す可能性は
非常に高い」
 “大命”を果たす際の障害である、ゼクゼム打倒それ自体は叶ったが……結果として新た
な脅威が取って代わって現れてしまった。ユヴァン達は暫し唸るようにして押し黙る。
 よもやあの兄弟が、ここまで迫って来るとは……。どうやら自分達は、あの者らの存在を
過小評価していたらしい。
「……そういや、ハザンはどうした?」
「あ、はい。例の“均し”を指揮しておられます。ただどうしても、本来予定していた戦力
の低下は否めませんが……」
 ややあって、オディウスが辺りをざっと見渡して問う。ユヴァンの傍らに控える秘書よろ
しく、その隣でシゼルが答えた。
 言わずもがな、ジーヴァ達のことだった。先の竜王峰の交戦である種の“痛み分け”──
使徒級こと魔人(メア)達が一部負傷離脱してしまったため、投入できる戦力にはある程度
の制限が出てしまう。
「ハザン殿が直接付いてくれているんだ、問題はないだろう。今回の作戦に関しては、特段
必須のファクターでもないしな」
 それよりも……。そして気を取り直すかのように、ユヴァンは彼女の言葉を引き続きなが
ら言った。オディウスやティラウド、ルキ、場に居る盟友達に向けて、彼は次の指示を出し
た。悠長に感傷に浸っている暇など無い。
「シゼル。ハザン殿にレノヴィン兄弟の抹殺を“第二種大命”に指定するよう、急ぎ伝えて
くれ。じきに奴らは合流するだろう。こちらも末端の隅々にまで、意思を共有させておく必
要がある」
「!! 直ちに……」
 恭しく頭を小さく下げて、シゼルが踵を返そうとした。「じゃあ、俺達も加勢に行くか」
オディウス達も戻って来た足で、再び出撃しようとする。
 状況は決して芳しいものではない。寧ろある意味、最悪のトラブルが起きてしまった。
 しかしながら自分達に、元より撤退の余地などなく──。
「ッ?!」
 だが異変は、ちょうどそんな時に起こった。立ち去る面々の姿を見送ろうとしたユヴァン
が、突如としてその場に片膝を突いて崩れ落ちたのだ。
 右手で顔半分、頭を抱えたその表情は、これまでにないほど苦痛に歪んでいた。盟友達は
思わず弾かれたようにして駆け寄り、口々に叫ぶ。
「……!? ユヴァン!」「ユヴァン様!!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 ティラウドとルキ、シゼル、オディウスの四人に囲まれて支えられて、ユヴァンは暫く激
しい眩暈に襲われていた。すぐに彼らへ応答する事もできない。只々蒼褪めた表情で苦悶の
まま──いや、通り越して強い動揺をみせていた。何かに酷く絶望しているようだった。
「これ、は……。まさか……」
 ようやく、辛うじて絞り出された声。
 はたして彼の全身は小刻みに震え始めていた。そして何故かその頬には、つうっと一筋の
涙が伝ってゆく。

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  1. 2020/01/14(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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