日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔103〕

 北北東の遥か空──“虚穴(うろあな)”の一つに、突如として異変が起こった。
 周囲の空気をも震わせる激しい地鳴り。魂魄楼の人々は、身分の上下を問わず不安に駆ら
れていた。誰からともなくざわつき、じっと黒灰の空を見上げている。
「な、何だ!?」
「地震……? そんな馬鹿な……」
 特にその中枢部──北棟の一角に詰める閻魔達は、突然の事に大わらわになっていた。
「ここは世界の底部ですよ? 一体何が……?」
「た、棚を押さえろお! 資料を守れっ!」
 単調で変化に乏しいとはいえ、これまで冥界(せかい)そのものを揺るがすような事件な
ど皆無だったのだ。
 ある者はビクッと反射的に怯え、ある者はこのような揺れがあること自体を信じられず、
またある者は室内をぐるりと取り囲む、大量の書物に押し潰されはしないかと慌てる。
「落ち着きなさい。……そもそも、棚は全部固定してあるでしょう?」
 だがそんな面々の中にあって、特に冷静だった人物がいた。部下達と同じく黒の法衣に身
を包み、振り向く際に首元の襟飾りへふわりと、そのハーフアップの黒髪を擦れさせる。
 ──閻魔総長ヒミコ。
 死者の国・魂魄楼を取り仕切る二大総長の片割れにして、魂達の裁定を担う閻魔衆の頂点
に立つ妙齢の女性である。
 そ、そうでした……。
 彼女の一声で、サアッと静かになる部下の閻魔達。黒の法衣に身を包んだ彼らは、一旦息
を呑んだものの、次の瞬間には通常業務に戻っていた。室内にぐるりと収められた膨大な資
料は、これまで歴代の閻魔衆が裁定してきた魂達の記録であり、これから裁定するべき新た
な死者個々人の情報も加えられてゆく。
 基本的に閻魔達は、その任務の性質上デスクワーカーだ。故に理論には強いが、突発的な
事態には弱く、往々にして“秩序”というものに対して保守的である者が多い。
「……それにしても、一体何だったのでしょう?」
「揺れの感じからして、北東の辺り……まさか、鬼ヶ領の“虚穴(うろあな)”?」
「現世で、何か起こったのでしょうか?」
 改めて先の出来事を振り返り、今度は冷静に推測を立ててみる。
 楼内でも中枢域に在るため、直接外を覗ける窓はなかったものの、ヒミコ達は行き着いた
その可能性に身を固くしていた。
 場に居合わせた閻魔達が、また少しざわつき始めていた。戸惑いを多分に含んでお互いの
顔を見返し、そのまさかに蒼褪める。
 一体何が起きたのか? 少なくとも一大事ではないか。
 こんな時に、死神衆は一体何をしている──?
「失礼する」
 ちょうど、そんな時だったのである。ヒミコ達が詰める部屋の扉を、そう淡々とした声色
と共にノックする者がいた。閻魔達も聞き覚えがあるその声に、半ば弾かれたように駆けて
行って、迎え入れる。
「閻魔長殿。ご報告申し上げる」
 そこに立っていたのは、一人の死神だった。
 されどその身に纏う黒装束も、風格も、只者ではない。背後に何人か死神の部下達を引き
連れ、彼は至って冷静に第一声を口にし始めた。
 ──死神総長アララギ。
 ヒミコと同じく、魂魄楼を取り仕切る二大総長の片割れにして、魂達の先導を担う死神衆
の頂点に君臨する人物だ。何処か柔らかく物静かな印象のヒミコとは対照的に、くすりとも
笑わない、強面をそのまま人型にしたような男だ。
 死神達が着る、揃いの黒衣の上から、隊長格であることを示す白い羽織を引っ掛けた姿。
 その背中には上側だけが黒く塗られた四方の文様、それらに囲まれた『壱』の文字。肩に
は、他隊士らのそれよりも一回り大きくて豪華な、羽織と同じ文字・文様を刻んだ隊章──
即ち彼が、北棟一番隊隊長、死神達全てを統べる者だとの情報が読み取れる。
 思いもよらず、よりにもよって死神総長自らが。
 一行を迎えた閻魔達は、思わず緊張して身構えていた。その中でも名指しされたヒミコだ
けは、逸早くその意味と事態の深刻さを理解して、ぎゅっと唇を結んでいる。
「緊急事態が起きた。魔界(パンデモニム)北西部──鬼ヶ領内の“虚穴(うろあな)”を
通り、冥界(こちら)側に侵入者が現れた」
『──?!』
 故にアララギが放ったその内容に、一同は数拍、頭が理解を拒んで真っ白になった。
 ヒミコを含めて、場に居合わせた閻魔達がおずおずと、互いに顔を見合わせている。この
冥界(アビス)に“侵入者”? にわかには信じられないが、本当だとしたら前代未聞だ。
 現世の人間がこの死者の国を行き来することは、暗黙の了解──世界のタブーなのに。
 そもそも大半の人間は“虚穴(うろあな)”の存在はおろか、正確な位置さえ知らない筈
だが……。
「本当、なのですか? その者達とは一体……?」
「目下調査中だ。現在楼内の出入口を封鎖、部隊を派遣して確保に向かわせている。先刻の
地鳴りは、彼らが“虚穴(うろあな)”に干渉した影響と思われる。まだそう遠くへは行っ
ていない筈だ。この魂魄楼には、決して近付けさせはしない」
 心配は要らない。
 背丈の差からくいっと見上げる格好のヒミコに、アララギはやはり淡々と事務的な声色で
答えた。既に死神総長として、部下らに魂魄楼全域に厳戒態勢を敷かせ、且つ件の侵入者が
こちらに辿り着く前に捕らえるよう、指示も送ったらしい。
「さ、流石はアララギ総長! 仕事が早い!」
「な……ならば、もう安心ですね」
「ええ。ただ封鎖の措置を取るということで、当面魂の回収が遅れるでしょう」
「その点は事前に、把握しておいて貰いたい」
「う、うむ。分かった」
「仕方がないだろうな……。なるべく早く、通常の体制に戻れればいいのだが……」
 それを聞いて、閻魔達は酷く安堵していた。ホッと胸を撫で下ろし、アララギ以下死神衆
の迅速な対応を讃えつつ、彼らから半ば事後報告的になされる先導の遅延にも大きな苦言を
呈することはなかった。
 理由は単純だ。あくまでそれらは死神衆の仕事であり、自分達の領分ではないからだ。
 寧ろ楼内に送られてくる魂達が、一時的とはいえ抑えられれば、裁定の為の忙しさもその
間は多少なりともマシになる。いつも通りではないが、積極的な意味で自分達の“秩序”を
乱すものではない。
 そんな目まぐるしい打算に自覚的なのか無自覚なのか、閻魔達はようやく落ち着きを取り
戻していた。襲われていた不安から逃れることができた。わざわざ報せに来てくれたアララ
ギ以下死神衆の面々に礼を言い、楼内にいる他の関係者達にも伝えるべく動き始める。
「……」
 しかしそんな中で、唯一ヒミコだけは尚も神妙な面持ちを崩さなかった。部下達にご苦労
と労われ、部屋を辞してゆくアララギらの横顔を眺めつつ、自身の中に芽生えた一抹の違和
感に期せずして戸惑っていたからだ。
(確かに昔から、彼は有能だけど……それにしたって対応が早過ぎる)
 考え過ぎ、かしらね?
 尤もこの時の彼女には、その理由など皆目見当もつかなかったのだが。

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  1. 2019/04/16(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔102〕

 突然のアクシデントから、一体どれだけの時間が経ったのだろう?
 いや、実際はそれほど経ってはいない筈だ。あまり悠長にしていれば、ジークの魂が自分
達の手の届かない場所へと往ってしまう。
「くっ……!」
 半ば無理やり霞まされた意識を奮い立たせるように、イセルナやダン以下クラン・ブルー
トバードの仲間達は、身体を起こした。或いは両脚を踏ん張り、失意の勢いのまま崩れ落ち
そうになる己を守った。
 船内を見渡してみても、あの異常な揺れはすっかり止んでいる。赤と鈍(にび)色に染ま
ったセカイも、気付けば嘘のように元通りになっていた。どうやらルフグラン号自体の大破
だけは免れたらしい。
「皆、大丈夫か? 怪我はないか?」
「……ええ、何とか。それよりもレジーナさん、エリウッドさん。至急現在地と被害状況の
確認を」
「は、はいっ!」
 ゆっくりと頭を振って、体勢を立て直すダンやグノーシュ、リカルド達。蒼い光を静かに
纏ったまま呼び掛けるブルート。
 そんな中イセルナは、すぐさま団長としての思考と次に取るべき指示を面々に飛ばした。
す、すぐに! 弾かれたようにレジーナ以下技師組や団員達が、まだ少しふらつく足取りの
ままで動き出す。
「畜生……。一体あれは何だったんだ??」
「分からん。たくさんの手が、気色悪い小人みたいな奴らが視えたが……」
「声も聞こえました。凄く……哀しそうな……」
「うん……。私も、頭の中がグチャグチャになりそうだったよ……」
 ダン達は混乱している。ことレナやステラ、リュカなど魔導の使い手に至っては、余計に
あの異変に感じてしまう所があったらしい。単純な不快感だけではない、胸を締め付けられ
るような錯覚が、彼女らの表情を複雑なものにしている。
「あ、アルス様は一体何処に? え、エトナさんも巻き込まれちゃいましたし……」
「落ち着け、イヨ。まだ外がどうなっているか分からない。下手に飛び出して、私達も消し
飛んでしまったらどうする?」
 何よりも──深刻な事態はアルスだ。異変の最中、彼と彼を助けようと飛びついたエトナ
だけが、結局あの小人達によって引き摺り込まれてしまった。侍従として気が気でない友人
に、リンファも内心酷く焦っている筈ながら、そう今にも走り出しそうなその肩を軽く掴ん
で押し留めている。
 その間に、ブリッジに他の団員達が慌てた様子で駆けつけてきた。船内別室で寝かされて
いた、負傷中のクロムを看ていた面子だ。互いに事の経緯を伝え合い、彼らもアルスとエト
ナが攫われてしまったことに動揺する。「外は大丈夫みたいだよ! ……凄い陰気だけど」
そうしていると、レジーナらが再びブリッジに顔を覗かせてきた。不時着という形ではあっ
たが、どうやら船は何とか冥界(アビス)に辿り着いたらしい。報せを聞いて他の団員達が
数名、確認の為にタラップへと向かってゆく。
「……とりあえず、全滅だけは避けられたかな?」
「ああ。しかし参ったな。俺達が無事でも、アルスとエトナがいないんじゃ、あいつに申し
訳が立たねえよ」
「助け出そうにも、何処に連れて行かれたのかも分からない……」
「完全に不意を突かれた格好だったからな……。何者かは分からないが、あの小人達の周り
には大量の魔流(ストリーム)が視えた。ということは、彼らも魂……?」
「ま、まさか。ゆ……幽霊!?」
「あながち間違ってはいないだろうな。“虚穴(うろあな)”は、この世とあの世を結んで
いる穴だ。だとすれば、その只中を進んでいた我々に、そのような存在達が干渉してきたと
しても不思議ではない」
 小走りで駆け出す彼らの背中を見送りつつ、呟くシフォンの表情は暗い。どうやら目的地
には降り立てたようだが、まさか仲間を──アルスとエトナを放っておいて進む訳にはいか
ない。ミアやサフレ、マルタ、ブルートなどが口々にごちている。ジーク救出に前のめりに
なっていたとはいえ、もう少し慎重であるべきだったか。尤も今更悔いた所で、状況は一切
好転しないのだが。
「……聖浄器、かもしれないね」
 ちょうどそんな時だった。未だ困惑する仲間達の中で、ハロルドがそう、それまで沈黙し
いていた口を開いた。ダンやイセルナ、場の面々が誰からともなく視線を向ける。
「あの小人達に掴まれていたのは、全員聖浄器を持っていたメンバーだったろう? 聖浄器
は、強い魔力を持つ魂を核にして作られている。クロムも、魔流(ストリーム)とは未だ生
まれぬ魂達の集合体だと言っていた。だとすれば、あの小人達が聖浄器に殺到していた理由
も説明がつく。特に、アルス君は六華を──ジーク君の聖浄器を抱えていたしね」
 あ……。じっと口元に手を遣り、そう淡々と順序立てるハロルドの言葉に、仲間達は軽く
衝撃を受けたように目を見開いた。
 それならば辻褄が合う。自分達よりも多くの聖浄器を持っていたからこそ、アルスだけは
あの小人達の引力を振り払えなかった……。
「マスターヲ想ウオ気持チガ、完全ニ裏目ニ出テシマッタトイウコトデスカ……?」
「何てことだ。では六華を別な形で保管していれば、こんな事にはならなかったのか?」
「可能性は高いだろうね。でも今は、もう起こってしまったことだ。それよりも先ず、私達
は、二人をどうやって助け出すかを考えるべきだよ」
 流石にリンファも自身の配慮不足を痛感したのか、ぎゅっと唇を結んでいた。しかしそれ
でもハロルドは、彼女を含めた場の仲間達全員に向け、そう促す。要するに自分達に課せら
れた条件が増えたのだ。ジークやアルス、エトナの救出も、基本的には時間との戦いだと考
えておいた方がいい。
「……参ったな」
 大体何で、引き摺り込む必要がある? その言い方じゃあまるで、奴らが“道連れ”を望
んでいるみたいじゃないか……。ダンは思わずごちたが、今はそんな感傷に時間を割いてい
る場合ではない。イセルナ以下他の仲間達も、互いに顔を見合わせつつ、次にどう動くべき
かの思案を始めている。
(手分け……するしかねえか)
 ガシガシと、やや乱雑に髪を掻きながら、ダンもそう内心苦悩する他ない。

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  1. 2019/03/12(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔101〕

 再び時を前後し、摂理宮。
 世界樹(ユグドラシィル)に潜むこの浮遊要塞の一角で、ジーヴァ達は眠っていた。他と
同じく静かに明滅を繰り返す明かりの中、ずらりと巨大な回復カプセルが並ぶ区画、その満
たされた溶液の中に浮かんでいる。
『──』
 ジーヴァとヴァハロ。使徒級最高戦力と呼ばれる二人に、クライヴとサロメ、フェルトを
加えた五人。
 彼らは全員、先の竜王峰における戦いに参加していた者達だ。今は重傷を──中には千切
れた手足を繋いだ痕が未だ残っているほど、ボロボロされて目を覚まさないままでいる。
「……」
 そんな彼らを独り、ルギスは言葉もなく眺めていた。
 コポコポと時折生じるカプセル内の泡(あぶく)だけが、辺りに音響として染み入っては
消えてゆくを繰り返す。
「よう。様子はどうだ?」
 そこへ新たに、二人の人影が加わった。ヘルゼルとリュウゼン──同じく使徒級に名を連
ねる魔人(メア)達である。
 彼らが近付いて来るのを認めて、ルギスは肩越しに振り向くと、やや嘆くように肩を竦め
てみせた。何時もの飄々とした風貌も、今回ばかりは深刻そうなそれを宿している。
「見ての通りサ。回復液にぶち込んではおいたものの、こうもボロボロにされるとはねェ」
 曰く、ジーヴァ達はレナの覚醒──解放された聖教典(エルヴィレーナ)の攻撃を受け、
一転して退却を余儀なくされたのだという。聖浄器は、自分達魔人(メア)には特効の威力
を発揮する。その雨霰をもろに食らったのだ。無事で済む筈もない。
「“竜王”殿の、咄嗟の判断のお陰だヨ。あそこで退いてしまう決断をしたからこそ、何と
か連れて帰って来れタ。もしこれがもう少し遅れていたら……死んでいてもおかしくはなか
っただろうネ」
 回復カプセル群を背に、大きくため息をつくルギス。そんな技術担当の彼を、ヘルゼルと
リュウゼンは言葉少なく見遣っていた。ふむ……? 軽く口元に手を当てて、一見深刻そう
ではない前者と、眉間に皺を寄せてカプセルを見上げている後者。自分達使徒級最強とされ
てきたジーヴァ・ヴァハロの両名が、ここまで深手を負った姿など初めて見る。
「……中でも特に、ジーヴァの被害(ダメージ)は深刻だヨ。彼の《黒》は、あくまで相手
の色装(のうりょく)を無効化する能力だからネ。純粋な魔導や、直接的なオーラの攻防ま
では掻き消せない。他の四人に比べて防御の手段に乏しいものだから、一番まともに食らっ
てしまったんダ」
 そう語りながら、眼鏡の奥で思案顔をしているルギス。ヘルゼル達もその辺りは既知の事
実だった。
 たとえ最強と呼ばれる色持ち(のうりょくしゃ)でも万能ではない。能力の相性次第では
不利になるし、場合によっては全くの無力になってしまうこともある。過信すれば己が身を
滅ぼしかねない。色装とはそもそも、そんな極端な二面性を孕んでいるのだ。
「何とか一命は取り留めたものの……これでは全員の復活には、どうしても時間が掛かって
しまうだろうねエ」
「……それは、拙いな」
「ああ。クライヴ達はともかく、俺達の中でもトップクラスの二人が動けないとなると、こ
の先の作戦にも支障が出るぜ?」
 故にリュウゼンとヘルゼルは、共に少なからず眉間に皺を深めた。ルギスも同じく静かに
頷き返している。自分達“結社”の大命は、これからが正念場なのに。
 今回の戦いで、かの“勇者”ヨーハンとレノヴィン兄弟の片割れを始末する事は出来たも
のの、結局その聖浄器は回収出来ず終いだ。
 もしかして……損の方が大きかったのではないか? このままではやはり、自分達は“別
の方向”にシフトしてゆかざるを得ないだろう。
 問題はその際、末端の兵達にどう納得させるかだ。
 単純な欲望(どうき)であれば構わないが、そうでない者達は──。
『見つけたぞ。此処にいたか』
 ちょうど、そんな時である。思わず黙り込んでいた三人の頭上に、見覚えのある紫色の光
球が突如として転移してきたのだった。ルギスを筆頭に、面々は咄嗟にその場で跪く。最高
幹部の一人であり、組織の表の顔役を務める“教主”ことハザンだ。
 光球の向こう、本来の姿である老魔導師の横顔を暗がりの中に潜めながら、彼は通信越し
に訊ねてくる。
『ジーヴァ達の具合はどうだ?』
「はっ。何とか一命は取り留めましたが、皆重症でしテ……。復活には時間が掛からざるを
得ない状況です。特にジーヴァは色装(のうりょく)の性質上、聖浄器の威力をもろに食ら
っておリ……」
 ルギスは組織内の技術担当として、改めて彼に、先日運び込まれたジーヴァ達の経過を報
告した。紫色の光球は暫くじっと、この報告に耳を傾けて明滅していたが、ふむ……と深刻
そうな思案声を漏らすと口を開いた。
『……そうか。仕方あるまい。ならば一刻も早く回復が済むよう全力を挙げろ。必要な資材
や貯蔵魔力(マナ)を、そちらに優先的に回すよう指示しておく』
「はっ! 有難うございます」
『うむ。それと……』
 だが彼の、ハザンの用件はそれだけではなかったのだ。
 謹んで拝命し、更に頭を下げるルギスを通り越して、彼を代弁する光球は心なしかその視
線を持ち上げたような気がした。
 そこに居たのは──即ちルギスの後ろで、同じく跪いていたリュウゼンとヘルゼル。
 小さく頭に疑問符を浮かべ、そんな視線に気付いて顔を上げたこの元鬼族(オーグ)と元
鳥翼族(ウィング・レイス)の部下達に対して、ハザンはもう一つ別の指令を下す。
『リュウゼン、ヘルゼル。その間お前達に、やっておいて貰いたいことがある』

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  1. 2019/02/12(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔100〕

「──っ!!」
 それまでぐったりと、抜け殻のように椅子に身体を預けていたユヴァンが、次の瞬間突如
として意識を取り戻した。
 やや時を前後し、世界樹(ユグドラシィル)内・摂理宮。
 ビクンと弾かれたように仰け反り、何よりも苦悶の表情を浮かべて戻ってきた彼に、ハザ
ンやシゼル、オディウス、金髪の青年といった“結社”を率いる盟友達が、慌てた様子で駆
け寄って来る。
「ユヴァン殿!」
「おい、どうした!?」
 その色装(のうりょく)の性質上、ユヴァンは全力を出して戦うには少なからぬリスクが
伴う。“摂理”に見出され、質・量ともに常人を遥かに超える力を得て久しい今となっては
尚更だ。
 この部屋に限らず摂理宮内の各所に言えることだが、仰ぐ天井や壁は半透明で、一方的に
中から外の様子を見ることができる。飾り気のない無機質なフロアに映るのは、これまでも
これからも延々と繰り返される、無数の魔流(ストリーム)蠢く奔流である。
「……大丈夫。予備の“器”が、やられただけだ」
「やられた……? お前の義体(からだ)がか?」
「ですがあれは、貴方の《罰(ちから)》を補う為の……」
 目を見開く盟友達に、ユヴァンはあまり気が進まないといった様子で答える。
 特注の被造体(オートマタ)に意識を転送した上で、自らも出撃していた竜王峰の戦い。
そこでヨーハンの、文字通り命を賭した抵抗を受けたこと。結果一つ目と予備の“器”を道
連れにされ、何より彼の聖浄器・絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)をも奪
い損ねたことなどを、一通り皆に話して聞かせた。
「僕は……あいつを甘くみていた。あいつは始めから、勝つ心算などなかったんだ」
 何てことを。向こうでの一部始終を知り、ハザンが彼らへの忌々しさとユヴァンへの心配
でギリギリと歯を噛み締める。シゼルは真っ直ぐにこちらを見つめたまま言葉が出ず、同じ
くオディウスは眉間に深く皺を寄せ、腕組みをしたまま黙り込んでいる。金髪の青年も、何
か思案顔になってぼうっと天井から透ける外の魔流(ストリーム)達を眺めていた。
「よ、予備の義体(からだ)は、確か」
「ああ。もう一つだけあるが、今投入するべきではないだろう。本当の本当に、予備がなく
なってしまう」
「新しく造るにも、時間が掛かってしまいますしね」
「向こうにはまだティラウド達がいるんだろう? 絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マルフ)だ
けでも、持ち帰ってくれればいいが……」
 まだ“器”自体はある。だがユヴァンは、自身の色装(のうりょく)の性質上、それらを
全て失ってしまうリスクだけは避けたかった。避けなければならない理由があった。言って
しまえば保身だ。
 ただの被造体(オートマタ)ではないことに加え、あそこにはまだティラウド達が残って
いる。視線をこちらに戻した、金髪の青年の問い掛けにユヴァンは頷き、ここは一旦退いた
上でその可能性に賭けることにした。
 少なくともヨーハンは死んだ──致命傷を負った筈だ。それに意識を戻す直前、ジーク・
レノヴィンが自身のオーラを全開にして、ジーヴァに向かってゆく姿を見た。ジーヴァもは
っきりとこれを捉えていた。諸々を含めて“確認”しようと思うが、おそらく彼も死んだだ
ろう。厄介な二人を始末することができた。その点でみれば、今回の戦いも無駄にはならな
かったと信じたいが……。
「……急いで、援護を」
 ぐっ!? しかしそう椅子から立ち上がろうとしたユヴァンは、直後激しい痛みと眩暈に
襲われ、咄嗟に支えに入ったオディウス達に受け止められた。「ユヴァン殿!」「まだ動い
ては駄目です! 義体(うつわ)とはいえ、貴方の負ったダメージを大きいんですよ!?」
悲鳴にも近い声色で慌てるハザンやシゼル、盟友達は必死にユヴァンを押し留める。物理的
というよりも精神的な意味でだ。とうにヨーハンらかつての十二聖達と袂を分かったとはい
え、彼のこれまでの歩みと苦悩を、自分達とて知らない訳ではないのだから。
「……すまない」
 盟友達に支えられ、暫くしてユヴァンは落ち着きを取り戻した。尚もふらつく身体で再び
椅子に背を預け直すと、大きく深呼吸をする。片掌で隠すように額や目元を覆い、俯き加減
になって呟く。オディウスと金髪の男は、その間に宮内の配下達に通信を繋ぎ、彼の代わり
に取り急ぎ竜王峰(げんち)の状況を確認するよう命じた。
「本当に僕達は、作戦を変えなければならないな」
「……ああ」
 そうして次に漏れたユヴァンの言葉。総じて険しい表情で頷くオディウス達。人々の抗い
は強くなる一方だった。
 激しい精神的倦怠の中で、ユヴァンは思う。最期の最期にやってくれたヨーハンも然り、
レノヴィン達も然り。少なからず真実を“知って”も尚、今在るヒトを諦めない彼らの執念
というものを、今回改めて思い知らされた。元より茨の道を往くと解っていた筈なのに、そ
の覚悟を以って臨んできた筈なのに、ここに来てことごとく彼らの抵抗が当初の計画を崩し
始めている。
(僕もまだ……捨てる覚悟が足りないということなのだろうか)
 迷い。だが心配する盟友達──主にハザンやシゼルを前に、ユヴァンはあくまで気丈であ
ることを貫いた。小さく嘆息する自身、皆をざっと流し目で確認するさまを隠しながらも、
彼は新たな指示を“結社”最高幹部の一人として発する。
「こちらも、次の手を講じなければ。奴らをまだ……倒し切れた訳じゃない」

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  1. 2019/01/08(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔99〕

 刹那、巨大な翼で自らを包んだセイオンは、竜族(ドラグネス)本来の姿を解放した。
 冷え冷えと蒼い全身の鱗──氷竜である。その姿になってちらっとこちらを見下ろしてき
た彼の背中に、ジーク達北回りチームの面々は乗り込んだ。直後、ぐんと上昇し、空高くへ
と舞い上がる。周囲ではセイオンの部下達が竜人態となって飛び、ずっと遠く高くに見えて
いた竜王峰の上層が、次第に大きく近付いてくる。
「──切欠は、君達が大爺様と出会ったことだ」
 そうして何度、ゆっくりと大きな翼をはばたかせた頃だったろう。重ねて謝罪をしてきた
後だったろう。
 竜の姿のセイオンは、その整った横顔に憂いを宿したまま、されど視線は真っ直ぐに山の
頂を見つめ続けて言った。
「尤も君達からすれば、そもそも先に接触してきたのはこちらなのだがな……。最初、大爺
様がそこの彼女──レナ君について調べて来て欲しい、会いたいと頼んできた時、私は何と
なく嫌な予感がしていた。大爺様も、タイミングは違っただろうが、おそらく仔細を聞く内
に懸念を抱くようになったのだと思う」
 曰く、ヨーハンも“結社”との対決に有効だとは解っていても、本音としてはジーク達に
聖浄器を渡したくはなかった──絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マレフ)を再び使わせたくは
なかったのだという。
「大爺様は、英雄になりたかった訳じゃない」
 曰く、若さ故の過ち。良かれと思って突き進んだ道が、偶々良い結果に転がっただけ。
 気付けば十二聖として祀り上げられ、他人びとに囲まれて身動きが取れなくなっていた。
それでも全くこちらに落ち度がなかったと言えば、嘘になるが……。
 だが、そうして増えていった一族と、子孫らの成長を見ることができたのは確かに幸せで
はあったものの、一方でそれまでに犠牲にしてきたものを忘れられた訳ではない。かの大戦
で失われた命と戦友・ユヴァンの死。それらを想う度に、自身の歩んできたこの道は本当に
正しかったのだろうか? と……。
 ジーク達をリュノーの大書庫へ誘った理由は、そこだ。
 生前かの親友(とも)は、早々に隠居こそせど、何やら熱心に資料を集めていた。あの頃
から既に“結社”の不穏な動きに気付いていた可能性が高い。ジーク達に聖浄器の真実を知
って考え直して欲しかったのと同時に、彼の残した資料からもっと詳しいことが判るかもし
れないと考えたのだ。
 だが……そんなヨーハンの心積もりも、アルスがその隠しメッセージを解読したことで大
きく崩れることになる。他でもない“結社”の黒幕が、かつての戦友(とも)だと知ってし
まったからだ。
 セイオン曰く、解読結果を読み終えた後、ヨーハンは今まで見たことがないほどに酷く泣
いていたという。その上で、彼は自分達に足止め工作を頼んできたのだと。
「大爺様は……死ぬつもりだ」
『──っ!?』
 だからこそ、次の瞬間セイオンがぽつりと絞り出すように紡いだ言葉に、ジーク達は思わ
ず言葉を失った。
 戦友(とも)を止めること。それが己に残された責任だと、ヨーハンは考えたらしい。
 たとえ命を賭してでも、彼と戦うつもりなのだと。事実“結社”の側も、既に残る聖浄器
である絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マレフ)を狙っている。
「そこまで知ってて……!」
「ああ。止められなかった。私達では、大爺様を……」
 竜の姿のまま眼を、そっと気持ち細める。
 ジークの掠れそうになる荒げた声に、セイオンは抵抗することもなく認めた。イセルナや
レナ、クレアといった面々が「セイオンさん……」と哀しげな表情を浮かべている。
 なまじ近しい親族だから。現当主として本人の苦悩を知っていたから。
 しかし一時は自らに言い聞かせていたその釈明も、ジーク達と剣を交えた──交えて改め
て、結局は諸々の責任を彼一人に押し付けていただけなのだと痛感した。寒空の音。数拍の
間セイオンは、部下達は黙っていたが、程なくして再び前を見据えて言う。
「……だが大爺様は、もう独りじゃない──させちゃいけない」
「ああ。そうだな……。急ごう、爺さんを助けるんだ」
 静かに目を瞬いてこの跨る巨体を見下ろし、ジークが呟く。仲間達もコクリと、一様に神
妙な面持ちで首肯する。
 風雪の増してゆく空を昇り続け、やがて上層の宝物殿が見えてきた。
 やはり此処までくると地面はかなり白く降り積もっている。山頂に届く岩肌の一角を掘り
込むように造られたそれは、確かに来る者を拒む自然の砦のようだ。
「!? あれは──」
 ちょうど、その時だった。
 ジーク達は眼下に、開いた宝物殿の入り口に立っているヨーハンとその従者らしき数名の
人影を見た。そんな彼らと相対するように、目深にフードを被った人物と胴着羽織の男──
ティラウドと、数名の見覚えある使徒達の姿を見たのだった。

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  1. 2018/09/12(水) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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