日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔114〕

 真っ白な砂の地面と、真っ黒な虚ろの空間。何度も何度もサラサラと朽ちては再生し、朽
ちては再生してゆくイメージ。
『……』
 目を覚ました時、彼女の記憶は失われていた。
 浄化プロセス、個体としてのリセット。さりとてそれは、この冥界(アビス)ではありふ
れた日常に過ぎない。魂を使い回す為のいち工程でしかなかった。深い檻から引き上げられ
た後も、その姿はうら若きとて虚ろな目をしている。
『──素晴らしい。この者には素質がある』
『おそらくは生前、蓄えていた“穢れ”が少なかったのだろう』
『実に清く正しく生き、愛し愛されたのだろう』
 ただ彼女が他と違っていたのは、ひとえに目を付けられたからだった。当時の魂魄楼上層
部、世界の魂(エネルギー)を管理する神々が、彼女を閻魔にすべく働き掛けたのである。
『私が……裁判官に?』
 詰まる所はスカウト、強引な配置転換であったのだろう。
 尤も彼女自身、そんな事を薄々解ってはいた。しかし記憶──己そのものを失い、乏しく
なった今、激しさを増す空虚さを埋められるのならば何でも良かった。……いや、そもそも
一連の引き抜き自体が、そうした者を狙っての事だったのかもしれないが。

 かくして神々に言われるがままに居留、閻魔として道の歩み始めた彼女は、永い時間を掛
けて着実に出世を果たしていった。閻魔と死神、及び冥界(アビス)の存在理由──生と死
にまつわるシステム、世の理と呼ばれるもの。
 尤も既に在る、与えられた「秩序」であろうと、彼女にとってはそれが全てだった。抱い
た空虚さを埋めてゆく日々の中、自らも気付かぬ内に、それらは己の存在意義そのものと化
していたからだ。真面目に務め上げたが故に、総長にまでなった。
「──ヒミコっ!!」
 時は現在。全く変わり映えのしなかった日常が今、大きく壊れようとしている。これまで
疑うことさえも、暇もなかった根本が揺さぶられている。
 キリシマ以下北棟死神隊の面々に捕らわれていた彼女は、その時突入してきたオシヒト機
動長の姿を見、目を丸くしていた。その叫ばれた呼び捨て(ことば)に、一抹の違和感を覚
えていた。
 脳裏の一角にちらついたノイズ。いわゆる既視感(デジャヴ)。
 ただ彼女自身は全くもって判らない。そもそもこれが自分の記憶だとの実感すら無い。
 故に、反射的に抱いた感慨は、安堵でも捕らわれの恐怖でもなく戸惑いだった。しかし現
実に、目の前の彼は必死で自分を助けようとしている。口論(やりとり)も上の空──対す
るキリシマ達を含め、彼らの声が妙に遠くで響いているように感じる。
(……何なの? 私は一体、何者なの?)
 彼女は不意に息苦しくなった。表情(かお)を歪めて、激しい衝動に駆られた。
 もしかして彼は、“私”のことを知っている──?

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  1. 2020/03/10(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔113〕

 全ての魂はその肉体的死後、冥界(アビス)へと運ばれる。彼らが汚染され、劣化し過ぎ
てしまう前に、再び生のサイクルへと乗せ直す為だ。同界の中枢、魂魄楼に属するエージェ
ント・死神及び閻魔達は、可能な限りこれらの仕組みを担保する使命を帯びている。
 私も──当初はそんな例に漏れなかった。一個の生命として死を迎えた後、こちら側に連
れて来られたことで、初めて世界の真実たるを知った。
 端的に言えば……絶望でしかなかったのだ。私達は所詮、神を自称する(なのる)者らの
“資源”に過ぎない。死した命、私達そのものであり核たる魂は、浄化と呼ばれるプロセス
を経て再び魔流(ストリーム)へと還る。
 即ち生命とは幾度となく再利用(リサイクル)されるものであり、生とは単にその一部、
一過性の現象に過ぎないということだ。加えて当時の魂魄楼上層部が、私を“強い素質”を
持つ魂として、半ば強制的に死神へと転身させた点も大きい。『拒むなら徒に浄化が長引く
ことになる』──刑が延びるぞと、暗にちらつかされて。

 死んでもまだ働かされるのか……。私は大いに辟易した。
 事実生前、私は戦って戦って戦い続けた人生であったと記憶している。尤もこちら側に来
てからの永い歳月の中で、すっかりその仔細はぼやけてしまったが。
 故にそのような押し付けられた役目など、早々に棄ててしまえば良かったのかもしれない
が……裏を返せば他に何もする事が無かったとも言える。本当に己の一切が消失することに
躊躇いがあったのか、結局生来の真面目さで手を抜く事もままならなかった。結果周囲から
は「有能」と認識され、順調に昇進を重ねてきてしまった──永く死神をやらされる羽目に
なってしまった。
 今や私はその最高位、総長の地位にまで登り詰めてしまっている。自身の《滅》の色装、
得物である大鎌も相まって、その象徴的存在と見做されてしまって久しい。

 どうしてそこまで、必死になって働かねばならない?
 あの頃抱いた徒労感は、今も殆ど解消されてはいない。寧ろ歳月を重ねれば重ねるほど、
最早自分では拭い去れないほど頑固にこびり付いてしまった、腫瘍のようでもある。
 私達は知ってしまった。生も死も、全ては魂を再利用(リサイクル)する為の一過程に過
ぎないということを。私達は死んでも生きているし、生きていても、少なからず前世で死ん
でいる。今此処に在ることの意味の、何と希薄なことか。
 何よりも……永い歳月の中、延々と肉体的死を経て送られてくる魂達を処理するという果
ての無さこそが苦痛だった。一人一人は当代、その直前までの生の記憶に縛られているにせ
よ、その事情を全て知った上で呑み込み、気取られぬよう気丈に振る舞い続けることを強い
られるならば、早々に自ら“煉獄”へと身を投げてしまった方が良かった。私が私でなくな
るのなら、徒に魂が使い潰されるのが秩序だと云うのなら、いっそそんな秩序など無くして
しまった方がまだ救いがあるではないか……?

 こと魂魄楼(こちら)へ流入する魂達の絶対量が、ある時を境にして大きく増えた。現世
の歴史ではちょうど、魔導開放と呼ばれた時期と重なる。ただでさえ魔力(マナ)──魂達
を酷使する術を、より多くの人間が行使するようになった。即ち、その代償として瘴気に中
てられる命が増えた。
 全く……余計な事を。
 冥界(アビス)、死神衆としても、以降人員の大幅増を余儀なくされた。私個人の願いと
は裏腹に、救われぬ魂は歳月を経るごとに増えてゆく一方だったのだ。
『──やあ。君がアララギだね? 歴代屈指の総長と誉れ高い』
 彼らが私の前に現れたのは、ちょうどそんな頃だった。個人としてもより強く、加えて楼
内全員のそれを思って疲弊が募る日々の中、二人は私を勧誘しに来たのだった。
 一人は淡い金髪の青年。一見してこの場に現れるのが不自然なほど、若い男だった。
 一人は黒灰の老人。後に古仰族(ドゥルイド)と呼ばれることとなる一派の術師だった。
 曰く、彼らは先の魔導開放の要“大盟約(コード)”を消滅させ、この世界を救おうとし
ていた。その為に私の力を欲し、手を組まないかと交渉しに来たのだった。
 正直な話、私は彼らの目的それ自体にあまり興味はなかった。全ての生命にとってこの世
界そのものが苦痛の苗床であるのなら、そもそも差し伸べるべき対象が違う。
 しかし私は一方で考えた。
 それでもまだ、この延々と続く地獄を、終わらせることが出来るなら──。
『……なら聞かせろ』
『お前達のこと、お前達の知っている、全てを』
 故に私は彼らに対し、逆に“答え”を求めて問うた。同時にその返答次第では、即座にこ
れを斬り捨てて、行動を起こそうとさえ考えたのだ。
『む? それは──』
『ああ、いいだろう。俺達が知っていることなら、何でも』
 一瞬警戒する老魔導師・ハザンと、臆せず寧ろニッと笑ってすらみせる青年・ルキ。
 尤も私は結果的に、彼ら共々“盟約の七人”の一人となった訳だが……。

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  1. 2020/02/11(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔112〕

 時を前後して、摂理宮中枢域。
 苦虫を噛み潰したような様子で戻って来たオディウスとティラウド、及びルキを、魔導の
ホログラム板を背にしたユヴァンとシゼルは迎えていた。二人は神都(パルティノー)での
事の顛末について、彼らから報告を受ける。
「そうか……間に合わなかったか……」
「ま、まさか、御三方でも……」
 曰く、レノヴィン兄弟の片割れ・アルスの“撰出”は防げなかったという。こちらが機先
を制して抹殺を図るよりも早く、その瞬間は訪れてしまった。
「ユヴァン、君の予感は間違っていなかった。彼らは常人(ヒト)の身では届き得ぬ領域を
経て、とうとう私達と同じ高みにまで手を掛けてきたんだ」
「参ったぜ。よりにもよって所長(チーフ)が……。自己犠牲なんてのとは、対極の位置に
居る人だとばかり思ってたのによ」
 特に歯噛みして惜しんでいたのは、他でもないルキだった。
 “結社”の創立に深く関わり、同胞らを敵に回してでも、世界を神々の占有から解き放と
うとした彼だったが──いざ反旗を翻したその途端に、新たな障害が現れた格好だ。
「保身と面子に囚われた最高神、ですか。確かに私も聖都(クロスティア)の一件で、彼が
ヒトの教団よりも自らの威光を取るさまは観ていましたが……」
「それだけあのガキどもが、他人を変えちまう素質を持ってるってことか。業腹だが、認識
を改めねえといけねえな」
 にわかには信じられませんが……。
 シゼルの神妙な面持ちの呟きに、オディウスもぶすっと腕組みをして同意する。
 元々自分達が手を回したこととはいえ、ゼクセムは一度信者らの組織の梯子を外してでも
保身に──乱世による人々の絶望を止めようとした。自分達“神”への不信が拡がることを
恐れた。そんな人物が己の命を擲ってまで、本来いち被造物でしかない少年にその全てを託
したことは大きな意味を持つ。
「一番厄介なのは、所長(チーフ)の第九級管理者権限(レベルナイン)が奴に渡っちまっ
たって点だ。神都(パルティノー)内は勿論、今後俺達に干渉できる度合いが増す可能性は
非常に高い」
 “大命”を果たす際の障害である、ゼクゼム打倒それ自体は叶ったが……結果として新た
な脅威が取って代わって現れてしまった。ユヴァン達は暫し唸るようにして押し黙る。
 よもやあの兄弟が、ここまで迫って来るとは……。どうやら自分達は、あの者らの存在を
過小評価していたらしい。
「……そういや、ハザンはどうした?」
「あ、はい。例の“均し”を指揮しておられます。ただどうしても、本来予定していた戦力
の低下は否めませんが……」
 ややあって、オディウスが辺りをざっと見渡して問う。ユヴァンの傍らに控える秘書よろ
しく、その隣でシゼルが答えた。
 言わずもがな、ジーヴァ達のことだった。先の竜王峰の交戦である種の“痛み分け”──
使徒級こと魔人(メア)達が一部負傷離脱してしまったため、投入できる戦力にはある程度
の制限が出てしまう。
「ハザン殿が直接付いてくれているんだ、問題はないだろう。今回の作戦に関しては、特段
必須のファクターでもないしな」
 それよりも……。そして気を取り直すかのように、ユヴァンは彼女の言葉を引き続きなが
ら言った。オディウスやティラウド、ルキ、場に居る盟友達に向けて、彼は次の指示を出し
た。悠長に感傷に浸っている暇など無い。
「シゼル。ハザン殿にレノヴィン兄弟の抹殺を“第二種大命”に指定するよう、急ぎ伝えて
くれ。じきに奴らは合流するだろう。こちらも末端の隅々にまで、意思を共有させておく必
要がある」
「!! 直ちに……」
 恭しく頭を小さく下げて、シゼルが踵を返そうとした。「じゃあ、俺達も加勢に行くか」
オディウス達も戻って来た足で、再び出撃しようとする。
 状況は決して芳しいものではない。寧ろある意味、最悪のトラブルが起きてしまった。
 しかしながら自分達に、元より撤退の余地などなく──。
「ッ?!」
 だが異変は、ちょうどそんな時に起こった。立ち去る面々の姿を見送ろうとしたユヴァン
が、突如としてその場に片膝を突いて崩れ落ちたのだ。
 右手で顔半分、頭を抱えたその表情は、これまでにないほど苦痛に歪んでいた。盟友達は
思わず弾かれたようにして駆け寄り、口々に叫ぶ。
「……!? ユヴァン!」「ユヴァン様!!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 ティラウドとルキ、シゼル、オディウスの四人に囲まれて支えられて、ユヴァンは暫く激
しい眩暈に襲われていた。すぐに彼らへ応答する事もできない。只々蒼褪めた表情で苦悶の
まま──いや、通り越して強い動揺をみせていた。何かに酷く絶望しているようだった。
「これ、は……。まさか……」
 ようやく、辛うじて絞り出された声。
 はたして彼の全身は小刻みに震え始めていた。そして何故かその頬には、つうっと一筋の
涙が伝ってゆく。

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  1. 2020/01/14(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔111〕

 ハロルド及びリンファ──自分達を心配し、遥々捜しに来てくれた仲間が戻って来るのを
待ち、アルスとエトナは彼らと再び合流していた。一体何処に行っていたのだろう? どう
やら一旦連絡に出ていたらしい。
「お帰りなさい」
「もう大丈夫?」
「ああ、待たせたね。行こうか」
 王を失った神都(パルティノー)内部は、一見して相変わらず静まり返っているようで酷
く動揺していた。人工塔群の元から有る無機質さも手伝い、目に見えて怒りをぶちまけると
いうよりは、途方に暮れている神格種(ヘヴンズ)達の方が多かったのだ。
(……何故我々が、こやつらの案内を)
(よりにもよって、我々の領域を突破してきた者達に、このような待遇など……)
(口を慎め。聞こえるぞ。そもそも元を辿れば、ルキどもが叛乱を起こしたからで──)
 ゼクセム亡き後、一部の神々に連れられて、アルス達は再度神都(パルティノー)の奥深
くへと潜って行った。ルキ一派を退けた後、道中も彼らに不満が無い訳ではなかったが、他
ならぬ当のゼクセム自身の遺志もである。無下には出来ず、こうして一行を案内する他ない
といった様子だった。王に命じられた最後の仕事でもあった。
「……こちらです」
 途中、厳重に閉ざされた大扉が何度も立ち塞がったが、それもゼクセムから譲渡された最
高レベルの“管理者権限”が解決する。おずおずとアルスが手をかざすと、周囲の中空に数
式の羅列が浮かび上がり、歯車が一つ一つ外されるようにその封印(セキュリティー)が解
除されてゆく。そんな行程(プロセス)を幾度も繰り返した。
 はたしてその先に在ったのは──とある昇降機。
 かなり昔に造られたのか、或いは元々そういう設計なのか、外観は至極シンプルだった。
只々人を乗せて、何処かしかへ向かう為だけの手段である。案内役の神格種(ヘヴンズ)達
に促され、一行は中へと乗り込んだ。魔導らしき仕掛けも合わせた機構が軋むように駆動し
始め、延々と霊海、世界同士を隔てる壁の中を昇ってゆく。
「一体この先に、何があるっていうの……??」
 昇降機の中で、ぽつりとシンシアが誰にともなく呟く。ルイスやフィデロ、オズといった
面々も、密かな不安や緊張では等しかった。あまり変わり映えのしない周囲の景色を、忙し
なく視線を泳がせたり、茜色のランプ眼をぱちくりと点滅させている。
 いや──エトナの話などで、大よそは判っていた。
 九つの世界の天辺、始源層こと“霊界(エデン)”。全ての魂が生まれ、再び還る、この
世界の生命にとって根本的な場所と言っていい。
 魔導的な円陣が描かれた直後、一行を乗せた昇降機はその一角に現れた。足元にも広がる
白い靄を払いながら、アルス達は開かれた扉からかの地へと足を踏み入れる。
『……』
 眩い生命達の光。霊木・霊草が生い茂る神秘的な世界だった。やはり霊海の靄でその全景
を把握するのは難しいが、辺り一帯はこれらの森として覆われているらしい。
 言葉を失って辺りを見渡している間にも、精霊達が次々と生まれては魔流(ストリーム)
へと流れ、或いは留まって賑わいをみせている。良くも悪くも一行は、そんな目の前の光景
に圧倒されていた。興味深げに目を見張っている仲間達も少なくなく。
「……凄いな」
「うん。とても綺麗」
「“聖域”と称されているのも頷けるな。尤も私のような門外漢には、その価値も引き出せ
ないのだろうが」
 暫く呆然とした後、ようやく言葉を絞り出せたリカルド。小さく頷くミアやゲド、キース
といった戦士側の面々。
 一方でアルス達──魔導師側の面々は、若干その受け取った印象は違うようだ。最初に声
を漏らしたリカルドは勿論、ハロルドやアルス、エトナにシンシア以下学友達。辺りに漂う
精霊達と時折言葉を交わしながら、ことハロルドとシンシアは難しい表情を浮かべていた。
リンファやオズも、怪訝に横目を遣っている。
 一見すればとても平和な“楽園”のようでもあったが、反面浮世離れした感が著しい。
 性質上、仕方ないとはいえ……少なくともこの場所は生気が濃過ぎるのだ。
「あちらです。この聖域の、文字通り中心となります」
 すると案内役の神格種(ヘヴンズ)達がぽつっと、緊張した硬い声色で言う。
 ハロルドやアルス以下一行への警戒心も合わさっているのだろう。彼らが指し示した先に
は、森の中でも殊更巨大な、満天に光り輝く大樹がそびえていた。
「あれは……」
「“世界樹(ユグドラシィル)”です」
『“世界樹(ユグドラシィル)”?!?!』
 驚くのも無理はなかった。彼らは淡々と答えたが、それは紛れもなくこの九つの世界全て
を貫いている央域の魔流(ストリーム)──東西南北の支樹(それ)へと分岐する、文字通
り世界の軛(くびき)だ。
「我々も、普段余程の事が無ければ此処に来ることはありません」
「そもそも、その権限もありませんしね」
「事の重大さをご理解いただけましたか? ゼクセム様が貴方がたに託したというのは、そ
れだけ異例中の異例だということなのですよ」
 口々に説明というか、ほぼ後半は恨み節。
 だがそんな言葉を向けられていた当の一行、アルス自身はと言えば、実際話を半分ぐらい
にしか聞けていなかった。視界の向こう、この大樹の根元に眠る何者かの存在に気付いたか
らだ。
『──』
 とある一人の、精霊族(スピリット)の女性のようだった。
 全体的に碧色の光を湛え、ふんわりとしたローブと長髪が一際目を惹く。妙齢の背格好も
あって、母性の塊といった印象を受けた。
 ただ当の彼女をよく観てみると、その身体はこの“世界樹(ユグドラシィル)”の幹に、
何重もの文様(ルーン)帯によってぐるぐる巻きに──封印されているようだ。
(何で……こんな所に?)
 しかしその答えは程なくして知れる。案内役の神格種(ヘヴンズ)達から受けた説明もそ
こそこに、同じく大樹の根元に眠る彼女の姿を認めて、エトナとカルヴィンが驚愕の反応を
みせたのだ。「な、何!?」「どうしたの、カルヴィン……?」アルスやシンシア、自身の
契約主や仲間達の慌てた問いを受け、二人はぎゅっと一度唇を結んだ。或いは静かに鉄兜の
下で目を細め、改めて一行──立ち会うこの神格種(ヘヴンズ)達の姿も視界に捉えつつ、
答える。
「お母様……」
『えっ?』
「うむ、間違いない。あの方は我らが精霊族の始祖“マーテル”様だ」

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  1. 2019/12/11(水) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔110〕

「──アルス・レノヴィンが?」
『うむ』
 煉獄深層域、監視塔内部。
 西棟の死神衆・獄吏達もただでさえ好んでは近寄らないその一角、人目のつかない物陰に
潜みつつ、死神総長アララギはとある人物から通信を受けていた。掌の光球越しに、ハザン
及びシゼル──同じ“結社”に属し、率いる盟友達から、外界に関する近況を聞かされる。
『ユヴァン殿の見立てでは、あの者達も“撰ばれ”つつあるようだ。先刻ティラウド殿とオ
ディウスが、用心の為加勢に向かった』
 曰く、レノヴィン兄弟の片割れ・アルスが、何の因果か神界(アスガルド)に迷い込んだ
のだという。
 深淵層(こちら)に向かっていた筈なのに? 何故天上層へ? 何故彼だけが?
 アララギは訝しんだが、ハザンからもたらされた情報を基に合点がゆく。
 “虚穴(うろあな)”だ。奴らブルートバードは、鬼ヶ領郊外のそこからこちら側へと侵
入し、魂(ストリーム)の暴風雨の中を進んで来た。状況からして、奴らの持つ聖浄器に惹
かれ、引き摺り込まれたのだろう。そしてアルス・レノヴィンはその時、兄・ジークの得物
でもあるこれらの一つ、護皇六華を預かっていたという。
『そちらも、確実に始末を。障害は早急に取り除かねばならない』
「……分かっている」
 弟が“撰ばれ”つつあるのなら、兄もその可能性は十分にある。ハザン達がわざわざ釘を
刺すように連絡を寄越してきたのはその為だ。アララギは努めて淡々と簡潔に、やや苛立ち
を宿して答えたが、それでも内心現状では“足りない”と感じていた。
 生来の気難しさ故なのか、或いは直感の類か。
 当初はなるべく内々に始末しようとしたのに邪魔が入り、加えてブルートバードの侵入を
許しつつある。第五層・六層の魔獣(しゅうじん)達を解き放ち、念押しの一手を打ちはし
たものの……。
『アララギ総長! 応答してください!』
『こちら煉獄第四層! 脱獄です! ジーク・レノヴィンとアズサ・スメラギが共謀して、
囚人達を……!』
 ちょうどそんな時だった。ふと通信機の向こうから部下達──西棟死神衆からのSOSが
響き、ザザザッと時折ノイズを含みながら現場の混乱が伝えられた。
 静かに目を見開き、アララギがじっと黙っている。光球越しのハザンやシゼルも、これら
声は聞こえていたとはいえ、一旦口を閉じざるを得ない。彼との繋がりがバレてしまわない
ように、通信の向こうで息を潜める。
 そうして暫く応答せずに黙り込んでいると、死神達の声や物音が途絶えた。返事がないと
諦め、向こうから切ったようだ。
『おい。一体どういうことだ?』
『今、脱獄と……』
「……ああ。どうやらまた、しぶとく抵抗を始めたらしい」
 先ほどよりも険しい、驚いたかのような声色になるハザンとシゼル。
 やはり私自らが手を下すしかないのか……? アララギは更に顰めっ面を重ねて眉間の皺
を深くしつつ、絞り出すように二人に答えていた。ギリッと静かに拳を握り締める。
 忌々しい。死んだのだから、さっさと諦めて死んで(きえて)しまえばいいものを。尤も
実際は使徒(ジーヴァ)に殺された訳だが。
 邪魔をするな。“摂理”を知り、成り行きから“結社”の一員として、大命成就の時を今
までずっと待ち続けていたのに……。
『た、大変ではないか!』
『ユヴァン様にも報せます。すぐに対処を』
「……分かっている」
 言われずとも。慌てる光球越しの二人に、アララギは応じた。出来ればその瞬間(とき)
が来るまで正体を晒したくはなかったが……ここまで状況が拗れては致し方が無い。全ては
あの兄弟の所為だ。分不相応に抗うからだ。
 しかしルキのように、“結社”側の兵をこちらに持ってくるのは宜しくない。直接動く前
にバレる可能性があるからだ。尤も、クロムが私の存在に気付いていれば同じ事だが。どち
らにしても、早々に事を終わらせる必要性が増した。
『──ッ?!』
 だが事態は、彼らが次の対応に動くよりも早く、容赦なく進んでいたのだった。まるで連
鎖するように次々と、歯車は加速度を上げて回り始めていた。
 直後、獄内を昇って、何か膨大なエネルギーが吹き上がってゆく感触。足元から大きく揺
さ振られる衝撃。
 その場に居たアララギは勿論、光球越しにハザンやシゼル、摂理宮内にもその異変は時間
差で伝わる。周囲で吹き昇る奔流、輝く魂(ストリーム)達の様子に、アララギは唖然とし
ていた。眉間に皺、怒りを伴い、彼はその表情を歪める。
「まさか……」
 視える者には視える。聞こえる者には聞こえる。
 遥か頭上へと一目散に向かう、魂達の叫び。それはアララギが抱いていた嫌な予感が、最
悪の形で的中した瞬間でもあった。

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  1. 2019/11/04(月) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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