日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔83〕

 顕界(ミドガルド)西方の盟主・ヴァルドー王国。
 その中枢、王都グランヴァールにてとある騒乱が起きようとしていた。現国王ファルケン
に対する大規模なクーデターである。
 玉座の間にて、ファルケンは取り囲まれていた。包囲し、刃を向けているのは、幾名かの
臣下達と見知らぬ黒衣の集団──そして裏切りの元王国武官・グノアだった。
 王を守ろうとする者と、王を倒そうとする者。
 追従勢力と反対勢力が今、文字通り相対している。
「……やれやれ。またお前か」
 城内のあちこちから響く剣戟や銃声。だが当のファルケンは、玉座に腰を下ろしたまま片
肘をつき、あからさまに辟易したようにグノアを見ていた。
 守る側と攻める側が得物を構えて睨み合っている。
 クーデター派を率いるのは造反の臣下達と、今や半人半機の魔人(メア)として“結社”
に下った使徒グノア。加えてそのやや左右後ろに、同じ使徒たるアヴリルとフェニリアが控
えている。
「ようやく、だ。私はこの日の為に結社(かれら)の下に降った。鎧戦斧(ヴァシリコフ)
を渡せ。王から退き、死んで貰う」
 グノアの最早隠さない忌々しい眼。彼の半分機械の視線はギロッと、ファルケンの左腕に
巻かれた文様(ルーン)入りの黒手甲──この国の聖浄器に注がれていた。
 取り巻きの部下達らがギチッと、より一層武器を握る手に力を込める。
 だが当のファルケンは、片肘をついた格好のまま何も変わらなかった。寧ろじっとグノア
ら造反者達を見つめ、小さくため息さえついている。
「はいそうですかと俺が差し出すような人間だと思うか? 少しは学習しろよ。二年前まで
はこの国で働いてた一人だろうが。兵を止めろ。今ならまだ引っ込みがつく」
「五月蝿い! 貴様のような──貴様のような人間がいるから、この世界には要らぬ戦いが
絶えないのだ! 無駄だと知れ。私達はヒトは“摂理”の一部でしかない。屈しろ。無駄な
足掻きは世に混乱を招くだけなのだ!」
 くわっと叫ぶグノア。その声色は間違いなく私怨を含んでいたのだろう。
 ルギスによって改造された義手をぶんっと横に薙ぎ、訴える。自身があの時見せられたも
のの偉大さ、途方のなさ。知ったからこそ、確信を得たからこそ、このかつての主君が突き
進む道に立ちはだかずにはいられない。
「……ふっ」
 にも拘わらず、ファルケンは嗤っていた。まるで取り憑かれたように降伏を迫るグノアを
哂うようにあくまで余裕の態度を崩さず、スッと城内に響く戦いの音に目を細めている。
「な、何がおかしい!」
「何がって……お前のその必死さだよ。お前がこの国を裏切った時にはもう分かってた。ま
さか反発してくる奴がお前一人で終わるだなんて本気で思っていたのか? 一応これでも、
悪役を演じている(にくまれやくの)自覚はあるんだぜ?」
 何を──。嗤って屈する素振りも見せないファルケンの言葉に、グノアや元臣下達が戸惑
いの表情を漏らした、その時だった。それまで乱雑に響いていた戦いの音が、ふとした瞬間
に一挙に定型のリズムを以って刻まれ始めたのである。
 反撃。その事実にグノア達が気付いたのは、数拍後の事だった。だが状況は既に思わぬ形
でひっくり返されることとなる。
「グノア様!」
「て、敵襲です! 城内の各ポイントを制圧していた部隊が、次々と崩壊を!」
「ヴァルドー軍の新手と思われます! 突然、何もない所から現れて……」
「何……?」
 大慌てで、ボロボロになりながら駆け込んできた黒衣の兵士──“結社”末端の兵達。
 その報告にグノアが、そしてそれまで傍に控えていたアヴリルとフェニリアが眉間に皺を
寄せた。そっと口元に手を当て、指先に小さく火を点し、いつでも戦えるように動き出す構
えをみせた。
『──』
 その、次の瞬間だった。ファルケンの周りに新たに十名ほど──紛れもなく空間転移して
きた武官達が突如として現われ、場のクーデター派配下の兵達を蹴散らしたのだった。堅い
鎧に身を包んだ戦士から大太刀を担いだ剣士、スリットの入ったドレスを着た女魔導師まで
その姿は十人十色である。
「!? これは……」
「紹介するよ。俺直属の将達だ。魔人(どうぞく)なのは……視れば解るよな? この二年
で集めた。名前はそうさな……“王の牙”って所か。いつまでもお前らの専売特許にしてお
く理由もねぇだろ?」
 眼を見開くグノア達。彼らは皆、使徒らと同じ魔人(メア)だった。
 斧を太刀を、弓を杖を構えてファルケンを守るように陣形を組む十人の将。少なからずの
味方を弾き飛ばされた黒衣の兵や反乱軍の面々が、じりっじりっと後退する。
 加えて城内──玉座の間以外の戦いの音が更に激しくなった。“牙”達配下の援軍がクー
デター派を押さえ、勢力を盛り返してきたのだ。元より効果的にと、城内の要所へ重点的に
兵力を分配していた作戦が、却って互いの兵力を分断する結果となったのだった。
「ぬぅ……ッ。おのれ、おのれおのれおのれェ!! この期に及んでまだ抗うか!? ファ
ルケン・D(デュセムバッハ)・ヴァルドー!!」
 狂ったようにグノアが叫ぶ。スッと、アヴリルとフェニリアが言葉少なく目を細める。
 ファルケンは嗤っていた。この二年で新たに従えた魔人(メア)部隊“牙”達を率いて尚
も玉座に着く。
 そして彼はパチンと指を鳴らした。予めこうした事態に備えていたのだろう。それを合図
にしたように中空に幾つものホログラム──通信映像が現れ、彼の不敵な笑みを映す。
「あー、あー。世界の皆よ、聞こえるか? 俺はヴァルドー王国国王ファルケン。この映像
が出回ってる頃には、また“結社”が面倒を起こしているだろう。さっさと始末はつけるつ
もりだが、一つお前らに言わせてくれ」
 既に王宮から上がる剣戟と幾つかの火の手。その不穏と実害が少しずつやや同時並行的に
城下町にも及び始め、導信網(マギネット)を通じて領民から世界へと発信され始めていた
その頃、ファルケンは言葉を放った。不安とまだ対岸と。人々のおもむろに上げた顔、瞳に
映るかの王の姿は、まるで対照的に決して折れぬ強さを持っているようにも見えた。
「知っての通り、俺達は“結社”というデカい敵と戦っている。今もちょうど、うちの馬鹿
が面倒を持ち込んできた所だ。この二年、いやもっとそれ以前から、皆はこいつらの影に怯
えてきたと思う。何にしたって関わりたくないだろうと思う」
 映像は二度三度、グノアやクーデター派の臣下達、きょとんとし、或いは訝しげなアヴリ
ルとフェニリアの表情(かお)を映した。もう一度ファルケンに戻り、彼は続ける。
「だが、俺達について来い。ついて来てくれ。ただ強制はしない。結局はお前らの自由だ。
平凡を選ぶならそれに相応しい安穏を、もしリスクを恐れないならその“背中合わせ”にあ
る報酬を用意する。ヒトはヒト以上ではないが、だからといってヒト以下に堕ちるべきでは
ないと俺は考える」
 人々は目を瞬いていた。或いは逃避し、俯き耳を塞いでいた。色んな人々が生きていた。
「──戦い続けろ。俺達は、準備ができている」
 ニッと嗤い、少し間を置いた一言。
 それは多くの人々にとって、彼の強気の発言、改めてのアピールなのだろうと思われた。

続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2017/03/07(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔82〕

 古界(パンゲア)北方を横断する大山系・竜王峰。
 その中腹に居を構える城塞都市・白咆の街(グラーダ=マハル)──自身が治める領地の
屋敷で、ヨーハンは報告を受けていた。
「……そうか。彼女達は無事、翠風の町(セレナス)に着いたんじゃな」
『はい。大よそ一週間ほどになりますか。予め根回しを行ってあったようで、到着後は全員
マルセイユ邸に滞在しています』
 執政館内の赤絨毯の一室。以前、ジーク達が彼と会談した場所だ。
 そこで変わらず彼はロッキングチェアに座り、中空に浮かぶホログラム映像──通信越し
に語るセイオンからの情報を聞いていた。その周りには数人、近しい側近達や普段身の回り
の世話をして貰っている使用人らが控えている。あまり詳しい事情までは聞かされていない
のだろう。彼らは皆、ピンと緊張した様子ながら、少なからず頭に疑問符を浮かべているよ
うにも見える。
「一週間か……。順調にいけば、そろそろあやつの書庫に辿り着いておるかのう?」
『おそらくは。伊達に冒険者ではありませんし、アルノー殿の案内があるのなら既に文献の
解読が進んでいる頃かもしれません』
「うむ。送り出した側とはいえ、あまり近寄って欲しくはなかったがの……」
 キィ……。ロッキングチェアを揺らして、ヨーハンは軽く掌で額を覆いながら天を仰いで
いた。映像越しのセイオンも沈黙している。同家重鎮の一人として、今回彼らが自分達を訪
ねて来て以降の動きを追っていたことは勿論、何より彼らに示唆したものの正体をヨーハン
より知らされていたからだ。
「……」
 具体的に何処まで踏み込んであれが書かれているのか、ヨーハン自身、全てを検めた訳で
はない。だが多少なりとも知っていたから、あの時代を生き、先人より続いてきた想いと真
実に触れた一人だからこそ、あの時自分は安易に聖浄器を渡す気にはなれなかった。
 その誕生に込められた秘密。
 故にその力を狙う“結社”の存在。
 先ずは知るべし──現状彼らは敵よりも本当の事を知らなさ過ぎると感じ、だからこそ友
の書庫へと誘ったのだが、はたして彼らが自分達と同じ結論に至るのかは疑問だ。
 もう使われるべきではない。戦いに酔うべきではない。
 ただ、今だけは……。
 そうやって彼らもあの戦争(ひび)と同じく正当性(りゆう)をつけ、使い続ける選択を
したのなら? 例外が広がり続けるのなら?
 自分の示唆は、はたして正しかったのだろうか。もっと頑なに、きちんと訳を話して諦め
させるべきだったのだろうか。
『大爺様?』
「ん……。すまんかったの。また彼女達に動きがあれば、知らせてくれるか? 七星の務め
に忙しいお前には悪いが」
『いえ……。大爺様の命とあらば、是非もありません』
 そうか。ロッキングチェアに腰を下ろしたまま、ヨーハンはフッと自嘲(わら)った。
 この玄孫が生真面目な人物である事は分かっているが、やはり心が痛み、寂しい気持ちに
なるのは否めない。どれだけ英雄だの、生ける伝説だのと呼ばれようが、誰もその過去の為
に切り捨てた(はらった)もの達のことを想いはしない。
 では、これで──。数拍沈黙があり、やがてセイオンは通信を切った。中空のホログラム
映像はプツンと消えて、室内にはただぱちぱちと暖炉の薪が燃える音だけが聞こえる。傍ら
に控えていた側近達の心配そうな様子・気配が手に取るように分かるようだ。
 十二聖の中でも、当時あまり深く考えなかった自分でさえ、今やこんな有り様だ。
 その代わり、と言っては何だが、あの頃からひたすら思慮の人であったリュノー(とも)
の心中は想像を絶するものであったろう。
 ……あれから、何度悔やんだことか。何度、もっと彼に手を差し伸べてやれなかったのだ
と自責の念に駆られたか。
 他人は自分達を“英雄”だと云う。だがその為に犠牲にしたものは、あまりにも大き過ぎ
たのではないか? 年寄の癇癪と言ってしまえばそれまでだが、自分達はその“大義”の為
に突っ走り過ぎたような気がする。にも拘わらず、奇しくもそのツケが今“彼ら”の逆襲を
生んでいるのだとすれば……。
(リュノー。お前は何処まで知っていた? 知っていて、何処までを墓に持って行った?)
 ギシ。ロッキングチェアに深く、二度三度と座り直す。静かに体重を掛けて長い嘆息をつ
きながら閉じられた空間の頭上を仰ぐ。
 側近達が、その心中を量り切れる筈もなく戸惑っていた。互いに顔を見合わせ、言葉なく
眉根を顰めている。
 遥か遠くの故郷で、これから本格的に雪に閉ざされてゆく天然の要塞の中で、ヨーハンは
ただ煩いの増す余生を迎えるしかなかった。取るべき“清算”に、躊躇い続けていた。

続きを読む
  1. 2017/02/07(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔81〕

 時を前後して、西の大国・ヴァルドー王国の王都グランヴァール。
 その中枢たる王宮内玉座の間では、ファルケンが勢揃いした臣下達を眼下に、次から次へ
と奏上(あげ)られる案件を捌いていた。
「藍寥の街(ラヴィリズ)の北……? まだ黙らせてなかったのか」
「も、申し訳ございません。どうやら夜闇に紛れて友軍と合流していたらしく、現地の兵力
では対処し切れないと……」
「しゃーねぇな。なら周りの手の空いてる部隊を投入しろ。急いで一箇所に集まらなくても
いい、それぞれの方向から退路を塞いで食い潰せ。くれぐれも短期決戦でな。連中が自棄に
なる前に片をつけろ。いいな?」
「はっ!」
 特に気を揉まざるを得なかったのは、この二年で急増した反分子の動向である。“結社”
と直接繋がりを持つような大型の組織は、特務軍という枠の中で各国と連携し、潰してきた
ものの、一度点いた暴力という名の火は今も各地で燃え続けている。
 寧ろ、初期の戦いの方がまだやり易かった。
 国境を跨いで現れる“共通の敵”を前に、自分達は危機感を共有することができた。だが
それが次第に縮小し、散発的になればなるほど、足並みは揃わなくなる。……どんな王でも
一番に優先するのは自国だ。戦いで消耗し、燻る国内の反発に、各国はめいめいに対応せざ
るを得ない。それは此処ヴァルドーでも──いや、四大盟主(このくに)だからこそ、変わ
らない。
 戦いは第二・第三フェイズに入っている。聖浄器を持つ内その所在が明らかになっている
国は大方“結社”の軍勢に攻められたし、中にはそのまま陥落してしまった国もある。
 そんな初期の攻勢を凌いだ残る国々は、今度はじわじわと領内からのゲリラ戦法に苦しめ
られていた。断続的に戦わせることで国力を疲弊させ、付け入る隙を作り出そうという魂胆
なのだろう。
 この日も臣下の一人から、西部内陸戦線への増派を要請された。まるで付け火だ。奴らは
何処からともなく現れては、闘争を掻き立てる。
(小回りじゃあ圧倒的に不利──いや、組織力が尋常じゃねぇんだよなあ。流石は何百年も
暗躍してきた連中だ。困ったもんだぜ……)
 かといって、国中の人間を片っ端から身体検査して牢屋にぶち込むといった荒療治は避け
たかった。長い眼で見れば反分子予備軍を摘む以上に、無数の憎悪の芽を育てる結果となる
だろう。何より手段と目的が逆転してしまう。
 すぐ両脇に置いた長机に官吏が座し、こちらが裁定を下す度に王の金印を公書に押す。
 口にこそ出さなかったが、ファルケンは内心この“結社”との全面戦争(たたかい)を長
引かせてはならないと、強く考えるようになっていた。
「──申し上げます!」
 ちょうどそんな時だった。玉座の間に将校の一人が現れ、低頭した。
 左右に臨席する臣下達が一斉に彼をちらっと見遣り、互いに正面に向き直る。ファルケン
も頭の隅にあった思考を一旦追い払うと、肘をついていた体勢を正してこれに耳を傾けた。
「クラン・ブルートバードの動向ですが、南北二手に分かれて引き続き聖浄器回収の旅を続
けているようです。イセルナ・カートンとジーク皇子、レナ・エルリッシュらは現在アトス
連邦朝王都クリスヴェイルに、ダン・マーフィと元使徒クロム、フォンテイン公子サフレら
はサムトリア共和国翠風の町(セレナス)にそれぞれ滞在している模様です」
「翠風の町(セレナス)、というと……」
「確か“賢者”リュノーの末裔が治めている領地ですね。ということは“紅猫”達は、彼の
聖浄器を目標に?」
「だろうな。それに聖都(クロスティア)でのゴタゴタの前、連中はディグラード公に面会
してる。その時に何か知恵をつけられたのかもしれねえ」
 寄せられたのはこの戦いにおける台風の目──聖浄器回収班ことブルートバードに関する
定期報告だった。彼から発せられたその地名に臣下達が互いに顔を見合わせ、ファルケンも
ふむと口元に手を当てる。
「まぁ、その辺は追々探らせるとして……。ジーク・レノヴィン達はクリスヴェイルか。や
っぱ聖都(クロスティア)での顛末を報告ってことなのかねえ?」
「そのようです。先日ハウゼン王やミルヒ王女、ハーケン王子との会談も行われましたし、
こちらはこちらでアトスの聖浄器も視野に入っているのではないかと」
「ああ、その点におきましては私から。これはまだ確認中の情報なのですが、どうやらハウ
ゼン王は近々その聖浄器を彼らに委譲する式典を開くとか。日程調整の為にも、正式な文書
はすぐにでも届くとは思いますが……」
 ほう? ファルケンは小さく片眉を上げた。
 定かではないからとはいえ、臣下がこの重要な情報を自らの時点で握ったままだったこと
に対して──ではない。彼の言葉をそのまま聞いた上で深く興味思ったからである。
 悪戯小僧のような不敵な笑みであった。ニッと漏れる、この破天荒な王の印であった。
「式典、ねえ。なるほど……。相変わらず食えねぇ爺さんだ」
 ははは! ファルケンは上機嫌に笑う。だが臣下達の多くは、まだそんな彼の思考速度に
追いつけてはいない。
 要するに、厄介払いな訳だ。持っていれば“結社”に狙われるだけとなった代物を、さも
合法的に手放すことが出来る絶好のチャンス。更に式典──公開されることで領民にもその
様子・事実は耳にも目にも明らかとなり、国内で燻る不安や不満の回復にも寄与する。まさ
に一石二鳥という奴だ。……尤も、統務院の実質的リーダーである以上、全く“結社”に狙
われなくなるなんてことはないのだろうが。
「陛下……?」
「メリットを考えりゃ解る。あの人は本当、巧いこと立ち回ってるよ。それに何だかんだで
あいつらを信頼してるってことだしな。……俺には、難しい選択だ。ま、俺達は俺達の政治
をするまでさ」
 疑問符を浮かべる臣下達。しかし、こめかみをトントンと叩いてみせるファルケンに、彼
らもその言わんとすることが解り始めてきたようだ。
 そしてフッと過ぎった、一瞬の陰。元に戻った不敵な笑み。
 一体どれだけの臣下達がその変化に気付けただろう。或いは目を向ける心の余裕すら持ち
合わせていなかったのか。
(爺さんが範を示すことで他の国が続いてくれりゃあいいが……。多分無理だろうなあ)
 だからファルケンは笑っていた。覗く犬歯をそのままに、楽観的な影響を描くも自らそれ
をくしゃっと丸めて捨てる。博愛だとか友愛だからじゃない。自分達が、生き残る為だ。
「ありがとよ。また次の定期報告、宜しく」
 はっ──! 王のざっくばらんな言い方にも拘わらず、この将校は結局最後まで片膝をつ
いた低頭を崩さぬまま立ち去った。少しざわついていた場内も、ややあって再び厳粛に静ま
り直す。皆がこちらを見ていた。ファルケンが鷹揚に頷き「続きを」と促す。
「では、次の案件ですが──」
 国王の御前に跪き、臣下達がまた順繰りに奏上を始める。時折手元の資料や領内の地図を
確認しながら、ファルケンは一つまた一つとこの日の政務を執り行っていく。
『……』
 知ってや知らずか。
 そんな中、自らへ向けられる眼差しに、一抹の陰を宿したもの達が混ざっていることを。

続きを読む
  1. 2017/01/09(月) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔80〕

 遠く高く、果てしない空。
 遠く深く、底知れぬ足元。
 そこはあたかも無限であり、永遠と錯覚するようなセカイだった。ありとあらゆる最果て
から渦を巻いて流れ込む魔流(ストリーム)の宙は、静かに刻一刻と七色にグラデーション
を変えている。
「……」
 そんな濃密な空を見上げて、彼は一人佇んでいた。芥子(からし)色のフードを目深に被
り、周囲に幾つものホログラム画面と、翠色の粒子を漂わせている。
 だだっ広い半透明の石畳が広がっていた。手前にはドーム状の天井が複層的に連なってい
るが、彼の立っている周りは石柱が点在するだけのテラスのようだ。
「ここにおられましたか」
 そうしてじっと静かに佇んでいた最中、ふと建物群の方から一人の人物がこちらに向かっ
て歩いて来た。白衣を引っ掛けた人族(ヒューネス)女性──シゼルだ。その声色は気持ち
トーンを落としてこそいるが穏やかで、目の前の彼との信頼を物語る。
「ただ今戻りました。既に“観て”おられたかもしれませんが」
 報告されたのは、言わずもがな聖都(クロスティア)での騒動とその顛末。教団とジーク
達の衝突という隙を突き、彼女率いる“結社”の大隊がその聖浄器を奪うべく暗躍した一連
の干渉。
「本当に、アイリスだったんだな」
 一通りの報告に耳を傾け、しかしフードの彼はこちらに振り返ることもないまま、ぽつり
とそう最初に言葉を零していた。
 アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌ。かの“聖女”を彼は名で呼んでいた。それはかつ
ての友であり、今では忌々しい邪魔者となってしまった彼女を、改めて認識する一種の儀式
でもあるかのようであった。
「はい。聖教典(エルヴィレーナ)も、彼女達の手に……。申し訳ございません」
「構わないさ。あそこで退いたのは賢明な判断だったと思う。僕達でも、あれだけの力と真
正面からやり合うのは骨が折れるからね。覚醒した瞬間、その現場でとなれば尚更だ。取り
戻せばいい。数ならたくさんある。確かに、質的にはロストだろうけど……」
 シゼルは頭を下げたが、彼は殊更に彼女を叱責しようとはしなかった。
 宙を見つめている。左右正面に浮かぶホログラム画面と、視界に映る魔流(ストリーム)
達を同じ瞳の中で捉えようとし、暫く彼は何かぼんやりと思案していた。シゼルはゆっくり
とそんな彼に頭を上げ、無言のまま次の言葉を待っている。
「……三対一、か」
 ぽつり。そうしてやがて彼の口から漏れたのは、そんな呟きだった。
 十中八九、手に入れた十二聖ゆかりの聖浄器の数だろう。皇国(トナン)では告紫斬華、
大都(バベルロート)ではディムスカリバー、今回の一件でジーク達がエルヴィレーナを確
保し、更にもっと以前に──。
「嫌な傾向だな。どれだけ数を集めても、究極の一と等しくなるのは難しい。それに、測定
値がどんどん傾いてきている。状況は何も好転していない……」
 フードの彼の声色が若干、険しくなった。シゼルもそんな彼の背中をじっと見据え、眉間
に皺を寄せている。
 それはきっと、口にする彼本人への嫌悪ではない。
 もっと別の、もっと広い不特定多数の者達へと向けたそれ。無慮と無理解への怒り──。
「シゼル」
 名を呼んで、彼はようやく肩越しに彼女を見遣った。尤もそれでも目深のフードが被さっ
ていることには変わらず、その素顔は翠の粒子達も邪魔をして見えなかったが。
「皆に伝えてくれ。計画を少し巻きにするようにと」
「……承知致しました。仰せのままに」
 コクと頷いて、シゼルが軽く胸元に手を当て一礼する。白衣を翻して、彼女はそのまま再
び建物の方へと戻ってゆく。
「……」
 フードの彼は、また一人になった。だだっ広い半透明な石畳の上で、またこちらに背を向
けて黙り込む。渦巻く無数の魔流(ストリーム)は、時折そんな彼の衣をばさばさと揺らし
ては過ぎ去ってゆく。

 佇む彼の懐。
 じっと小脇に抱えられたその手の中には、とある一冊の魔導書が収まっていた。

続きを読む
  1. 2016/12/06(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔79〕

 明け方のひんやりとした空間が、不意にぐにゃりと歪む。
 地面に展開する藍色の魔法陣。光の束は角柱の輪郭を作りながら上下明滅し、その中から
とある一団を出現させる。
『──』
 ダン達だった。聖都(クロスティア)での危機を聞き、現地へ飛んでいた南回りチームの
面々が、騒動も無事収まりをみて帰って来たのだった。
 導都(ウィルホルム)市内の一角、ハーヴェンス家の庭。
 ダン達が戻ってくる為の陣は、ここに仮設されていた。出発前、事情を聞いたロイドがな
らば是非使ってくれと申し出たのだ。
 尤も、一行の責任者であるダンは遠慮がちだったが……。それでも状況が状況だけに断り
切れなかったと言ってもいい。
 魔導の光と、風圧。
 明け方とはいえ、流石に空間転移している最中を街の只中で隠すのは難しく、いつもとは
違う外の変化に気付いたのか、寝惚け眼で窓を開けてくる隣人達も少なからずいた。当然な
がら、数拍置いて頭が目の前の光景を理解し、見開きこちらを凝視してくる。
「あっ。おじちゃーん」
 そうしていると、ぱたぱたと家のテラスを開けてサーシャが姿をみせた。後ろからロイド
とアリアもついて来る。店の準備が早いのか、或いは自分達を待ってくれていたのか。
「お、おう。まだ陽も昇らねぇ内から元気だな」
「事情が事情でしたからね。私達も、おちおち寝入ってはいられませんよ」
 朗らかに微笑(わら)うロイド。娘の頭をポンと撫でてやりながら、確かにその目元は少
し眠そうだ。悪ぃな……。ただダンはそう小さくごちることしかできない。
「……じゃあ早速悪いが、陣の撤去を。なるべくご近所さんに迷惑のないようにな。併せて
もう閉じていいって知らせを魔導学司(アカデミア)に」
 だがあまりのんびりもしていられない。ダンはすぐに肩越しに振り向き、船から連れて来
た技師達に指示してこの仮設の陣を取り外させる。ガチャガチャと、明け方の庭に気持ち息
を殺した工具の音が鳴り始める。それを眺めながら、ロイドとアリアは苦笑していた。
「別に、このまま置いてくれても構わないんですよ?」
「そうよ。ロイドもいいって言ってくれてるんだから、甘えておけば?」
「いい訳あるかよ。魔導学司(せんぽう)とも仮の物ってことで話をつけたんだ。今更なし
崩しに置きっ放しにはできねぇよ」
 元妻の言葉に、ダンはやや視線を逸らし、嘆息混じりで言う。
 返答内容は確かに事実だった。だがその実、何よりも、この先彼女達夫婦への隣人達の眼
が心配だったのだ。ちらと肩越しに気配を読む。実際今もひそひそと、塀越しにこちらを観
ている住民達がいる。ただでさえブルートバードは、一部の人々にとって“疫病神”扱いさ
れている節がある。それが分かっていて、彼女達を巻き込む愚策など採れない。
「まあまあ。実際、ロイドさんが今回場所を提供してくれたからこそ、私達も迅速に向こう
へ加勢に行けたのですし……」
「ま、併行して魔導学司(アカデミア)にも協力を頼んでなきゃ、どのみちこの街の結界に
ゴッツンコだったけどな」
 仲間達も、そんな彼の思いやり──苦手意識が解っていたのだろう。リュカやグノーシュ
が宥め、或いは軽くし、この妙に弱腰になるリーダーを支えようとする。
「……」
 ロイドとアリア、二人の申し出は十中八九本心なのだろう。でも、だからこそ余計に周囲
の悪意、人々の白い眼が彼女達の環境をややこしくする。跳ね除けることを困難にする。
 ダンは思う。アリアには幸せになって欲しい。そもそも離婚という形を取ったのは、冒険
者と一般人という両者の差を埋められなかったからだ。当時は自分ももっと荒っぽくて、辛
い思いをさせてしまった。苦々しい記憶だ。
 一方でサーシャはまたミアに構って貰っていた。また会えたのが嬉しそうで、キャッキャ
と笑いながら手遊びをして貰っている。
 娘達の横顔。普段あまり感情を表に出さない子だが、眺めていて微笑ましい。
「……とにかく、おかえりなさい。無事で良かった」
 そしてたっぷりと間を置いて、アリアが言う。それは帰って来た一同全員に向けた言葉の
ようにも聞こえたが、見据えるその眼は真っ直ぐダンを見ているようにも思えた。
「……ああ。ただいま」
 魔導の光も風圧も止んだ。
 夜明け前の導都(ウィルホルム)。ダン達とハーヴェンス一家は、また出会う。

続きを読む
  1. 2016/11/05(土) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (140)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (83)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (23)
【企画処】 (310)
週刊三題 (300)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (299)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート