日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔87〕

 “弓姫”アゼルことアゼル・メルエットは、およそ千年前のゴルガニア戦役において解放
軍の一翼を担った妖精族(どうほう)の女性です。

 森に生まれ、森と共に生きる私たち妖精族(エルフ)の中でも、彼女の弓の腕は抜きん出
ていました。故郷で獲物を追って過ごした狩猟生活の経験は、戦場という環境に変わっても
遺憾なく発揮されたといいます。解放軍の遊撃大隊を任された彼女は、帝国兵の視認の外か
らの遠距離狙撃でもって多くの敵を討ったと伝えられています。
 ……しかし、その後彼女が辿った運命は、大よそ不遇と言ってしまってよいでしょう。
 故郷に戻った彼女は、地上の者達に与したという理由で追放されてしまいました。詳しい
やり取りまでは記録に残っていませんが、彼女は彼女なりに、故郷と天上世界の未来を憂い
て行動を起こした筈です。もし帝国があのまま滅びず、各地への版図拡大を続けていたなら
ば、ここ古界(パンゲア)にもその食指は伸びていたでしょう。事実当時既に、地底世界の
各地が徐々にその勢力下に呑まれつつありました。全ては故郷を守る為だったのです。
 ですがそんな彼女の想いは、結局理解されることはありませんでした。彼女を放逐したの
は、他ならぬ守りたかった故郷の古老達でした。当時から彼らは、じわじわと迫る外の世界
の悪意よりも、連綿と続けてきた“秩序”を守ることに拘泥していたようです。
 そして彼女は、二度と故郷の地を踏むことはありませんでした。
 守ろうとした人々に裏切られ、どれほど失意の旅だったのか。……いえ、或いは古老達が
そうした態度に出ることは、ある程度分かっていての志願だったのかもしれません。
 十数年に及ぶ、放浪の旅が続きました。帰るべき場所を失った彼女は、各地に点在する同
胞らの集落を訪ねて回りましたが、その殆どが彼女を歓迎しなかったといいます。古老達が
手を回していたのでしょうか。或いは風の噂で耳にし、保身に──要らぬトラブルの元を背
負い込みたくないと警戒したのでしょうか。
 しかし……救いはあったのです。長い旅路の末、彼女は一組の同胞夫妻と出会いました。
彼らは彼女の境遇を知り、大変親切に迎え入れてくれたといいます。まだ年若い夫婦だった
ため、それほどしがらみが多くなかったのかもしれません。
 二人の名は、コリン・ランバートとシーナ・ランバート。後に私達のご先祖様となる二人
です。かつての“弓姫”に手を差し伸べた彼らは、その後彼女の生涯の友となりました。長
い放浪の旅の末、彼女もまた、彼らの暮らすこの地を安住の地としたと伝えられています。
 ……唯一彼女が報われたのは、彼ら夫妻との出会いだったのかもしれません。地上ではそ
れこそ英雄的な扱いをされながらも、故郷に戻ってみれば放逐された身。
 一度は得た地位や名声を捨て、その後彼女は静かな余生を送ったといいます。生涯彼女に
は伴侶も、子もできませんでしたが、友であるランバート夫妻の子供達にはまるで実の親族
のように愛情を注ぎ込んだと伝えられています。
 記録によれば、それからおよそ三百年──私たち妖精族(エルフ)は長命なのです──の
後、彼女は亡くなりました。最期を友たるランバート一族に看取られ、そしてその今際にあ
る頼みを遺して。
『この弓を……エバーグリスを頼みます。この戦友(とも)の魂を解放してくれる者が現れ
る、その日まで……』
 これこそが、私達“守人の一族”誕生の瞬間です。
 夫妻は友の最期の願いを快く引き受け、代々守り続けてきました。遺された言葉の通り、
この翠に輝く聖なる弓が、真に解放されるその時まで……。

「──おーい、ミシェルー!」
 どうやら知らぬ間にうとうとと眠ってしまっていたようだった。大樹の枝の上に寝転がっ
ていたミシェルは、ふいっと、そう下から呼び掛けてくる声に起こされて目を覚ました。
 眼下には、妖精族(エルフ)の青年二人がこちらを見上げて手を振っている。大柄な方が
テオで、小柄な方がマギリ。共に彼女と同じ“守人”の一人だ。
 幹に預けていた背を、身体を起こしてミシェルは彼らに向き直って見下ろした。確か二人
には街の方へ買い出しに行って貰っていた筈だ。もうそんなに時間が経ったのか……。
「どうしたー? ぼうっとしてー?」
「……ううん。何でも。少し寝入っていただけよ」
 するりと樹から飛び降り、彼らの前に着地する。二人は両手や背中に買い物の布袋を提げ
ており、何処となく得意げだ。中身を確認したら長旅を労ってやらねば。
「おかえりなさい。一応聞くけど、尾けられたりは?」
「問題ない。その点に関しては最優先で気を付けてるよ」
 テオが苦笑いを零し、布袋を差し出した。ミシェルがそれを検めている横で、同じく仲間
のマギリがふと思い出したように言う。
「ああ、ミシェル。そういえばさ」
「? うん?」
 テオも彼を見遣っていた「ああ、あれな」と思い出したように小さく頷き、二人して彼女
に向かって報告してくる。
「実は情報収集がてら、酒場やギルドにも寄って来たんだがよ」
「そこで、面倒なものを見つけちゃってね……」

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  1. 2017/09/12(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔86〕

 先方からの案内役・ミハエルと合流し、世界樹(ユグドラシィル)の上弦から弧を描くよ
うに東進する。
 古都(ケルン・アーク)を出発してから数日。ジーク達北回りチームは古界(パンゲア)
の鬱蒼とした原生林を進んでいた。辺りには薄くぼんやりとだが、霧も出ている。これほど
までに自然が残っているのは、開拓が進む──使い潰される前に先人達が地上へと出て行っ
たからなのだそうだ。整備された道は少ない。ジーク達はミハエルやシフォン、クレアとい
った土地勘のあるメンバーを先頭にして緑の中を進んでいく。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「平気ー? ちゃんとついて来れてるー?」
 樹から樹へと、トントンと軽快に跳んで渡ってゆく妖精族(エルフ)の三人。
 彼らは時々立ち止まり、こちらの進み具合を心配してくれた。三人にははっきりと草むら
の中に道筋が見えているのかもしれないが、ジーク達には辛うじて所々に掻き分けた痕跡を
見つけられる程度だ。
「何とかな。見失わない程度に頼まあ」
「はは。流石は妖精族(エルフ)だ。水を得た魚だな、ありゃ」
 樹上のクレア達に応えながら、がさがさと掻き分け掻き分け。
 リカルドが少し疲れているようだった。苦笑を漏らしながら、トントンと数歩先を跳んで
ゆく彼女達を見上げている。
(以前は、俺も森だの何だのに分け入って魔獣を狩ってたモンなんだが……)
 冒険者という括りでは自分もシフォン達も同じ筈だ。だが、種族的な差があるとはいえ、
今ではすっかり野に繰り出して魔獣討伐──冒険者本来の仕事をやるということが減ってし
まったように思う。それはひとえに自分達兄弟の為、度重なる“結社”との戦いにシフトし
てくれたからなのだが、こうして久しぶりに人気のない場所を分け入っていると、かつてあ
ったいち冒険者としての日々を思い出す。
(また、鍛え直しとかないと……)
 道なき道を、只々黙々と進む。
 ミハエルが先導してくれているから間違いはない筈だが、里に通じる「道」は依然として
見えない。注意深く見れば、何度か掻き分けられた跡は見つかるが、先ず素人には見分けが
つかないと言ってしまって良いだろう。
「なあ、ミハエルさん。もっときちんとした道ってねえのか? ある程度俺達でも覚えてお
いた方が、後々手間も掛けさせずに済むと思うんだが」
「……すみません。うちはまだ出来て間もないので。いずれ整備に人を回す予定ではありま
すが、それまでは私達が案内させていただきます。それに、この方が光の妖精國(むこう)
にはバレにくいですからね」
 一旦太い枝の上で立ち止まり、肩越しに振り向いて苦笑するミハエル。
 だが対するジークは内心、何とも言えぬ心境だった。思わず渋い表情(かお)をして眉間
に皺を寄せている。
 話によると、彼ら開明派のエルフによる新たな里・霧の妖精國(ニブルヘイム)は、これ
まで古老達の強い影響下にあった光の妖精國(アルヴヘイム)から独立して作られたという
経緯があるらしい。
 故に、隠れ里。出来てまだ日が浅いこともあり、なるべく古老達にはその正確な位置を知
られたくないのだという。
 ……そこまでして、分け隔てなければならなかったのか? ジークはギッと胸奥が小さく
も締め付けられる思いだった。他に方法はなかったのだろうか? 他種族の問題とはいえ、
ヒト同士いがみ合う、解り合えないというのは、まさにこの世界の縮図そのもののようでは
ないだろうか……?
「さあ、見えてきましたよ」
 内心悶々としながら進む。すると暫くして、それまで覆い被さるように広がっていた霧が
はたと捌けていった気がした。同時に視界が開ける。ぐるりと丸く切り拓かれた森の端から
見下ろした段々の凹みの先には、木造と石積みが混在する集落群が見える。
「あれが私達の里、霧の妖精國(ニブルヘイム)です」
 ジーク達はミハエルを先頭に、ようやく整備された道を下って行った。道の先は里の正門
らしき三重の見張り台に繋がっており、そこには二組のエルフ夫婦と子供達──里の面々が
手を振りながら一行の到着を出迎えてくれていたのだった。
「クレアー、シフォン君ー」
「お姉ちゃん、叔父さん、こっちこっちー!」
「おう、シフォン。久しぶりだなあ。元気そうで何よりだ!」
「……父さん、母さん」
 クレアの両親、ハルト・ユーティリアとその妻サラ。ハルトの弟で、シフォンの両親でも
あるカイトとその妻タニア。
 里を率いるのは、そんな仲間達の両親らだった。周りには四人の子供──クレアの弟妹ら
が元気に諸手を挙げている。皆、それぞれにクレアやシフォンと似た面立ちをしているよう
に見えた。尤も兄ハルトは線が細く、弟カイトはガタイが良い。どうやら二人の子らの容姿
は、それぞれに濃い方が違うらしい。
 おーい! 里の皆が、笑顔を向けて手を振ってくれている。
 ぱぁっと笑うクレアと、両親との再会に表情を硬くしたシフォン。ジーク達はそんな二人
に微笑みかけ、残る坂道を駆け下りた。

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  1. 2017/08/07(月) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔85〕

 二人にとって、これほどの長旅は初めてだった。
 カインとクラリス──レナの実の両親・セディナ夫妻は、この日遠路遥々ジークとアルス
の故郷・陽穏の村(サンフェルノ)を訪れていた。
 両手にはどっさりと旅の荷物。持ち切れない分は、後ろから小さめの馬車を連れた数名の
神官兵達──クリシェンヌ教団から派遣された護衛役が運んでくれている。
 聖都での騒動、娘(レナ)を巡る一件で、二人は散光の村(ランミュース)にいられなく
なった。中にはこれまでの事情を理解してくれ、庇ってくれる村人達もいたが、現実として
そうではない村人達との軋轢は今も尚続いている。そんな環境の中で、間違いなくその元凶
である自分達が暮らし続けるなど無理だった。引き留めてくれる者達もいたが、二人は身を
引くことに──村を出る決意をしたのだった。

『本当に、すみませんでした。あの時もっと周囲を警戒しておけば……』
『いえ。私達も、村の皆に嘘をつき続けていた非がありますし……』
 騒動が片付いた後、ハロルドやイセルナ、レナが訪ねてきた事もあった。その時に二人は
村を出る心積もりを打ち明けた。彼らはやはりというべきか、罪悪感に襲われていたが、こ
うなることは何処かで予感していた節もある。
『それで、行く当てなどはあるのですか?』
『いえ。それがまだ』
『私達の事も知られてしまいましたから、あまり近場では意味がないでしょうし……』
 故に、二人の相談を受けて「ふむ」とハロルドは思案顔をする。イセルナも横目で彼の様
子を見ていた。するとぼーっと何度か目を瞬いていたレナが、はっと弾かれたように顔を上
げる。
『だったら、陽穏の村(サンフェルノ)はどう? ジークさんとアルス君の故郷なの。ここ
からも充分遠いし、条件を満たせると思う』

 それから、話はトントン拍子で進んだ。場所はアトス領内の北東内陸。あのジーク皇子が
生まれ育った場所らしい。最初ハロルドは目を丸くし、本人不在のまま決めていいのかと眉
を顰めたが、後日本人達からも快諾があった。二人が村に居られなくなってしまったのも、
元を辿れば自分達が原因だという思いがあったのだろう。クランの面々と共に村に、トナン
本国にいる母(シノ)らにも連絡を取り、移住計画はクラン・ブルートバードとクリシェン
ヌ教団が全面的にバックアップする形となった。こと教団にすれば“聖女”の生みの親らを
心苦しい環境──寒村の中に縛り付けていると批判されるのは避けたかったのだろう。
「……」
 陽穏の村(サンフェルノ)は地理的にもずっと北にあり、現在の季節も合わさって少し肌
寒いくらいに感じる。
 しかしカインとクラリスは、それ以上に不安だった。事前に移住したいという旨と事情は
伝えて貰っている筈だが、馴染めるだろうか? ジーク皇子とアルス皇子、あのレノヴィン
兄弟出生の地というだけで既に名が知れ渡ってしまっているであろうに、これ以上村の人達
に負担を掛けてしまいはしないか……?
『ようこそ、陽穏の村(サンフェルノ)へ!』
 だが、二人がおずおずと村の門へと近付いて行った瞬間、そんな心配は文字通り吹き飛ん
でしまうことになる。それまで穏やかに、しんとしていた場にパァンと幾つものクラッカー
の紙吹雪が舞い、重なる歓迎の言葉が響いたのだ。
 え──。カインとクラリスは目を真ん丸にしたまま立ち止まる。そこには物陰から颯爽と
現れ、お手製の横断幕を掲げた村人達が大集合していたのだった。皆一様ににこにこと、紙
吹雪がゆっくり地面に落ちてゆく中でこちらを見つめている。
「あれ? 反応がない」
「おかしいなあ。この二人で間違いないよな?」
「ああ。写真も見せて貰ったし、荷物からしてそうだろ? えっと、カインさんとクラリス
さんで合ってるよな?」
「あ。はい」
「そ、そうですが……」
「やっぱり! いやいや、よかった。もしかして全然関係ない旅人さんだったりしたらどう
しようかと思ったよ」
「改めて、陽穏の村(サンフェルノ)へようこそ。話はイセルナさん達やハウゼン王の使い
の人達から聞いてるよ。レナちゃんのご両親だそうで」
「いやあ、まさか、あの時のお嬢ちゃんが“聖女”様だったなんてなあ。まぁ結構複雑な事
情だったみたいだし、もし俺達が訊いてても答えはしなかったんだろうけど」
「とりあえず、後ろの騎士さん達も含めて荷物を運ぼうか。急ごしらえだけど、二人の家も
もう建ってるよ。必要があればまた改築するから。あー、そんな縮こまらなくたっていいん
だって。土地なんか無駄に余ってるからさあ」
 正直言って、大分呆気に取られていた。その間にも村人達はやたらフレンドリーに話し掛
けてきてはカインとクラリスを囲み、手にしていた荷物を預かってゆく。まるでお祭りだ。
いや実際、小さな村にしてみれば、移住者がやって来るなどそれだけで充分ビッグイベント
なのかもしれないが。
「家はあそこの青い屋根の平屋だ。ベッヂん家とサムソン家の間だな。困った事があったら
何でも言ってくれ。ここは田舎で何かと不便っちゃ不便だが、住めば都ってな」
「それに、この村も色々あって、今じゃあ正規軍の詰め所がある。その辺の村よりはよっぽ
ど安心して暮らせる筈だぜ?」
 邪気はない。まるでなく、本当に心から自分達を歓迎してくれているようだった。
 カインとクラリスはちらりと互いに顔を見合わせ、破顔する。先程までの心配など無用だ
ったのだ。そもそも、嫌だとか面倒だと彼らが思っているなら、ここまでトントン拍子に移
住の話が進む筈もない。
「レナちゃんはジークとアルスの仲間。で、その家族となりゃあ、俺達にとっても家族みた
いなもんさ」
「散光の村(むこう)じゃ色々苦労したみたいだけど、もう大丈夫。私達は貴方達を歓迎す
るわ。一緒に、娘さんの活躍を見守りましょう?」
『……』
 じわり。半ば無意識に涙が出てきた。袖で拭うクラリスにそっとカインが寄り添う。そん
な二人を囲みながら歩き、笑みを向けながらあーだこーだと喋り続けている村人達の中で、
ふと別の質問を投げ掛けてくる者があった。
「……ジークは、元気そうだったか?」
 何だか気難しそうな竜族(ドラグネス)の男性だ。村人達曰く、クラウスさん。皇子が村
にいた頃の剣の師匠であり、今は彼らと共に旅をしている仲間の一人・リュカの父親だそう
だ。現在は別パーティーで行動中だという。
 二人は殆ど迷う事なく首肯していた。初めて会った時──聖都での一件が本格化する前は
流石に険しい面持ちだったけれど、それは全て娘の自由を勝ち取る為だったことは自分達に
も解っている。それだけ強く激しく、闘ってくれた。心が萎えていない証拠だ。
「……ハウゼン王も、ご自身が大変な時なのに配慮してくださって……」
「そうだね。でも、あまり私達が卑下してしまっては失礼だよ?」
 ずっと思いが溜まりに溜まっていたのだろう。クラリスは感涙に咽んでいた。カインはそ
っとそんな妻の背中を擦ってやりながら、静かに言う。幸運に、差し伸べられた手に色々と
理由をつけてしまうのは止めよう。これからはもっと幸せになるんだ。
「改めてよろしくのう。カインさん、クラリスさん」
「よーし、皆、さっさと荷物を運んじまうぞ。今夜は宴だー!」
『おおーっ!』
 杖を突いた老人──村長と名乗ってくれた村人が皺くちゃの顔に笑みを浮かべて言う。そ
の横でまだ若い、中年盛りの男達が、二人や神官兵から受け取った荷物を手に快哉の声を上
げている。気持ちのいい人達だ。

 卑下しなければ、ひっそりと生きなければならなかったこれまで。だがそれも、今日この
日から変わろうとしている。秘密が解かれ、咎められることがなくなり、やっと自分達の人
生にも温かな光が差し込んできたように思う。
『……』
 嬉しい(あたたかい)。
 カインとクラリスはそっと、どちらからともなく互いに肩を寄せ合って歩く。
 そうか。こういった理解者(ひとびと)が、娘を暫く見ぬ間に強くしてくれたのだろう。
守ってくれたのだろう。
 改めて。二人の胸奥にはもう、只々感謝の念しかなかった。

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  1. 2017/07/05(水) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔84〕

 青年の胴を、炎槍の魔導が貫いた。
 身に纏った部分鎧と結晶のように鋭い剣、結晶のように均一に並んだ楯。それら全ての守
りを縫い、背後から突き刺された穂先が煌々と紅く燃えている。
 ……ごふっ! 腹の中からせり上がってきた大量の血が、彼の口元は勿論胸元までをも激
しく汚した。ゆっくりと後ろを振り返る。そこには肉薄する、今自分が止めを刺そうとした
相手──芥子色のフードの男の姿があった。
「爺さん!」
 風雪の中、ジークは叫ぶ。しかし直後、ジーヴァの繰り出す鋭い斬撃に打ち合わされ、彼
の下へと駆けつける隙もない。イセルナ以下仲間達も同様だった。仰々しく天を仰ぎ、呵々
と笑うヴァハロの《重》の力場に押し潰され、ろくに身動きが取れなかった。
「大爺様!! ……くっ!」
 加えてセイオンもまた、敵の背中越しに起こった惨劇を目の当たりにすれども、駆けつけ
ることが出来なかった。目の前には胴着羽織の──自分と同じ竜族(ドラグネス)の男が立
ち塞がっている。部下達もまた、彼の連れてきた他の使徒達の連携に遭い、少なからずが倒
れて苦戦を強いられていた。轟々と、巨大な龍型のオーラがこの男の手から伸び、さも一個
の生き物かのようにこちらを見下ろしている。
「何故だ……。何故貴方がこんな事を!」
 巨大なエネルギーの塊は、軽く掠っただけでも大きなダメージだ。叫ばれた応えの代わり
に三度この龍型のオーラが襲い掛かり、セイオン達を更に遠ざける。山頂に舞う風雪と彼ら
敵の妨害。それらが合わさって、すぐそこにある筈の命にさえ届かない。
 胴を刺し抜かれた青年は、そのまま手から剣を零し、どうっと崩れ落ちた。白く積もった
地面に赤の広がりがゆっくりと染みてゆく。
「……やれやれ。思いの外、手を掛けさせられたな」
 そんな彼をじっと見下ろし、フードの男は静かに嘆息する。
「それは貰って行くよ。黒星続きもこれまでだ」
 聞こえているかいないのか。しかし彼はそんなことも構わず、ゆっくりとこのかつての友
へと近付いてゆく。
「くそっ! くそぉッ!!」
 一部始終は見えていた。少し駆ければ追いつける筈だった。
 しかしジーク達は阻まれる。一見悠然と立つだけの、だが何処から剣撃を打とうとも即座
に的確に防いでみせるジーヴァの剣技と存在感に。重力の力場によって身体の自由を奪い続
けるヴァハロに。セイオンも鎧が抉れ、服が破け、荒く息をついていた。風雪の一陣二陣向
こうで、今まさに大切な人が奪われようとしている。
『──』
 倒れ伏したまま、青年がフードの男を目で追っていた。何か呟いている。しかし瞼は既に
出血し過ぎたことで重くなっていて、満足に動くことすらままならない。
 幾度目とかもしれぬ剣撃同士が、ジークとジーヴァの間で打ち鳴らされた。一旦大きく後
ろに飛び、瞳にその光景を映す。……出し惜しみなんてしてられない。ジークは再びぶんっ
と剣先で魔流(ストリーム)を自らの身体に挿し込み、右手の紅梅に力を込めた。刹那紅い
炎のような輝きが彼を包み、その姿を変質させる。髪に紅いメッシュと上衣を纏った、完全
開放の姿。加えてそこに自身の《爆》の力を加え、大量の燃え滾るオーラを身に纏う。
「だ、駄目だ、ジーク君!」
 ヴァハロの力場に押し潰されながら、ハロルドがハッとなって叫んでいた。
 しかし当のジークにはもう聞こえていない。目の前の敵に、ジーヴァを突き破って彼を助
けに行くことに、全神経が注がれてしまっている。
「おおおおおおおーッ!!」
 どけぇ! 咆哮し、白い地面を蹴るジーク。まるで紅く巨大な塊が突進してゆくかのよう
だった。それをギチッと剣を構えて見据え、ジーヴァは真正面から迎え撃つ。
 双方互いに滾るオーラ。
 そして振りかぶった、助走からトップスピードに乗って放たれるジークの一閃は、目の前
の光景をその輝きで染め上げて──。

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  1. 2017/06/13(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔83〕

 顕界(ミドガルド)西方の盟主・ヴァルドー王国。
 その中枢、王都グランヴァールにてとある騒乱が起きようとしていた。現国王ファルケン
に対する大規模なクーデターである。
 玉座の間にて、ファルケンは取り囲まれていた。包囲し、刃を向けているのは、幾名かの
臣下達と見知らぬ黒衣の集団──そして裏切りの元王国武官・グノアだった。
 王を守ろうとする者と、王を倒そうとする者。
 追従勢力と反対勢力が今、文字通り相対している。
「……やれやれ。またお前か」
 城内のあちこちから響く剣戟や銃声。だが当のファルケンは、玉座に腰を下ろしたまま片
肘をつき、あからさまに辟易したようにグノアを見ていた。
 守る側と攻める側が得物を構えて睨み合っている。
 クーデター派を率いるのは造反の臣下達と、今や半人半機の魔人(メア)として“結社”
に下った使徒グノア。加えてそのやや左右後ろに、同じ使徒たるアヴリルとフェニリアが控
えている。
「ようやく、だ。私はこの日の為に結社(かれら)の下に降った。鎧戦斧(ヴァシリコフ)
を渡せ。王から退き、死んで貰う」
 グノアの最早隠さない忌々しい眼。彼の半分機械の視線はギロッと、ファルケンの左腕に
巻かれた文様(ルーン)入りの黒手甲──この国の聖浄器に注がれていた。
 取り巻きの部下達らがギチッと、より一層武器を握る手に力を込める。
 だが当のファルケンは、片肘をついた格好のまま何も変わらなかった。寧ろじっとグノア
ら造反者達を見つめ、小さくため息さえついている。
「はいそうですかと俺が差し出すような人間だと思うか? 少しは学習しろよ。二年前まで
はこの国で働いてた一人だろうが。兵を止めろ。今ならまだ引っ込みがつく」
「五月蝿い! 貴様のような──貴様のような人間がいるから、この世界には要らぬ戦いが
絶えないのだ! 無駄だと知れ。私達はヒトは“摂理”の一部でしかない。屈しろ。無駄な
足掻きは世に混乱を招くだけなのだ!」
 くわっと叫ぶグノア。その声色は間違いなく私怨を含んでいたのだろう。
 ルギスによって改造された義手をぶんっと横に薙ぎ、訴える。自身があの時見せられたも
のの偉大さ、途方のなさ。知ったからこそ、確信を得たからこそ、このかつての主君が突き
進む道に立ちはだかずにはいられない。
「……ふっ」
 にも拘わらず、ファルケンは嗤っていた。まるで取り憑かれたように降伏を迫るグノアを
哂うようにあくまで余裕の態度を崩さず、スッと城内に響く戦いの音に目を細めている。
「な、何がおかしい!」
「何がって……お前のその必死さだよ。お前がこの国を裏切った時にはもう分かってた。ま
さか反発してくる奴がお前一人で終わるだなんて本気で思っていたのか? 一応これでも、
悪役を演じている(にくまれやくの)自覚はあるんだぜ?」
 何を──。嗤って屈する素振りも見せないファルケンの言葉に、グノアや元臣下達が戸惑
いの表情を漏らした、その時だった。それまで乱雑に響いていた戦いの音が、ふとした瞬間
に一挙に定型のリズムを以って刻まれ始めたのである。
 反撃。その事実にグノア達が気付いたのは、数拍後の事だった。だが状況は既に思わぬ形
でひっくり返されることとなる。
「グノア様!」
「て、敵襲です! 城内の各ポイントを制圧していた部隊が、次々と崩壊を!」
「ヴァルドー軍の新手と思われます! 突然、何もない所から現れて……」
「何……?」
 大慌てで、ボロボロになりながら駆け込んできた黒衣の兵士──“結社”末端の兵達。
 その報告にグノアが、そしてそれまで傍に控えていたアヴリルとフェニリアが眉間に皺を
寄せた。そっと口元に手を当て、指先に小さく火を点し、いつでも戦えるように動き出す構
えをみせた。
『──』
 その、次の瞬間だった。ファルケンの周りに新たに十名ほど──紛れもなく空間転移して
きた武官達が突如として現われ、場のクーデター派配下の兵達を蹴散らしたのだった。堅い
鎧に身を包んだ戦士から大太刀を担いだ剣士、スリットの入ったドレスを着た女魔導師まで
その姿は十人十色である。
「!? これは……」
「紹介するよ。俺直属の将達だ。魔人(どうぞく)なのは……視れば解るよな? この二年
で集めた。名前はそうさな……“王の牙”って所か。いつまでもお前らの専売特許にしてお
く理由もねぇだろ?」
 眼を見開くグノア達。彼らは皆、使徒らと同じ魔人(メア)だった。
 斧を太刀を、弓を杖を構えてファルケンを守るように陣形を組む十人の将。少なからずの
味方を弾き飛ばされた黒衣の兵や反乱軍の面々が、じりっじりっと後退する。
 加えて城内──玉座の間以外の戦いの音が更に激しくなった。“牙”達配下の援軍がクー
デター派を押さえ、勢力を盛り返してきたのだ。元より効果的にと、城内の要所へ重点的に
兵力を分配していた作戦が、却って互いの兵力を分断する結果となったのだった。
「ぬぅ……ッ。おのれ、おのれおのれおのれェ!! この期に及んでまだ抗うか!? ファ
ルケン・D(デュセムバッハ)・ヴァルドー!!」
 狂ったようにグノアが叫ぶ。スッと、アヴリルとフェニリアが言葉少なく目を細める。
 ファルケンは嗤っていた。この二年で新たに従えた魔人(メア)部隊“牙”達を率いて尚
も玉座に着く。
 そして彼はパチンと指を鳴らした。予めこうした事態に備えていたのだろう。それを合図
にしたように中空に幾つものホログラム──通信映像が現れ、彼の不敵な笑みを映す。
「あー、あー。世界の皆よ、聞こえるか? 俺はヴァルドー王国国王ファルケン。この映像
が出回ってる頃には、また“結社”が面倒を起こしているだろう。さっさと始末はつけるつ
もりだが、一つお前らに言わせてくれ」
 既に王宮から上がる剣戟と幾つかの火の手。その不穏と実害が少しずつやや同時並行的に
城下町にも及び始め、導信網(マギネット)を通じて領民から世界へと発信され始めていた
その頃、ファルケンは言葉を放った。不安とまだ対岸と。人々のおもむろに上げた顔、瞳に
映るかの王の姿は、まるで対照的に決して折れぬ強さを持っているようにも見えた。
「知っての通り、俺達は“結社”というデカい敵と戦っている。今もちょうど、うちの馬鹿
が面倒を持ち込んできた所だ。この二年、いやもっとそれ以前から、皆はこいつらの影に怯
えてきたと思う。何にしたって関わりたくないだろうと思う」
 映像は二度三度、グノアやクーデター派の臣下達、きょとんとし、或いは訝しげなアヴリ
ルとフェニリアの表情(かお)を映した。もう一度ファルケンに戻り、彼は続ける。
「だが、俺達について来い。ついて来てくれ。ただ強制はしない。結局はお前らの自由だ。
平凡を選ぶならそれに相応しい安穏を、もしリスクを恐れないならその“背中合わせ”にあ
る報酬を用意する。ヒトはヒト以上ではないが、だからといってヒト以下に堕ちるべきでは
ないと俺は考える」
 人々は目を瞬いていた。或いは逃避し、俯き耳を塞いでいた。色んな人々が生きていた。
「──戦い続けろ。俺達は、準備ができている」
 ニッと嗤い、少し間を置いた一言。
 それは多くの人々にとって、彼の強気の発言、改めてのアピールなのだろうと思われた。

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  1. 2017/03/07(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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