日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔108〕

 世界樹(ユグドラシィル)内部に浮かぶ要塞・摂理宮。その深部たる中枢域にて。
 奥半分に大穴が空いたフロアの真ん中で、ユヴァンは幾つもの魔導的なホログラム板を操
っていた。ポゥン、ポゥンと。大穴のすぐ手前、大量の魔流(ストリーム)が渦巻く霊海の
気流。眼下にそんな世界の“摂理”を視ながら、彼はじっと自らが為すべき役割に集中を続
けている。
「──そうか。ジーク・レノヴィンはようやく“死んだ”か」
 そうして背を向けたまま、彼はハザンやシゼル、ティラウドにオディウスといった盟友達
から、事の子細について報告を受けていた。先頭に立つのはハザン。彼ら“結社”の表向き
の指導者として辣腕を振るう老魔導師である。
 曰く冥界(アビス)にて、かの兄弟の片割れが“煉獄”に収監されたとのこと。
 途中で色々とすったもんだはあったようだが、これで最大の邪魔者はいなくなる……。
「でもまだ、安心は出来ないな。あの男はしぶとい。それにクラン・ブルートバードの仲間
達が冥界(あちら)に攻め入ったとなれば、また一悶着起きるのは確実だろう」
 ええ……。ハザンは恭しく、シゼルはその補佐的に傍らで。オディウスは斜に構えたよう
に腕を組んで立っているし、ティラウドは沈黙を守ったまま、中空に浮かぶホログラム板達
をじっと見つめている。
「アララギ殿には、確実に消して貰わないと」
「はい。当人も既にその為に動いておられるようです」
「しっかし、あの世まで追っかけて来るとは……。ティラウド、やっぱあん時、ごり押して
でも始末した方が良かったんじゃねえか?」
「……かも、しれないな」
 ユヴァン殿。すると次の瞬間、ハザンが口を挟み始めた。
 まだ何か報告すべきことがあるとみえる。ユヴァンも、ようやくこちらへと肩越しに振り
向き、その眼差しで続きを促す。他の面々が横目を遣って気持ち眉を顰める中、彼はおもむ
ろにもう一人の片割れについて語り始めた。
「その事なのですが……。確かにジーク・レノヴィンは“煉獄”へ放り込めたものの、それ
とは別のトラブルが起こりまして」
「……弟の方、ですか?」
「ええ。面々に同行していたアルス・レノヴィンが、どうやら“虚穴(うろあな)”の中で
暴走した魔流(ストリーム)に呑まれ、はぐれたようなのです。おそらくは聖浄器──兄に
代わり守っていた六華でしょう。加えて彼の流された先というのが、神界(アスガルド)で
ありまして。現在、ルキ殿が動いてくれてはおりますが……」
『──』
 ユヴァンを始めとした他の盟友達は、それぞれに言葉を失って驚愕した。素直に目を大き
く見開いた者もいれば、すぐにその出来事(トラブル)が意味する所を導き出そうとする者
もいる。
 こと盟主たるユヴァンは、後者の側に拠って立ったらしい。
「……もしかしたら、彼らもまた“撰ばれ”つつあるのかもしれないな」
「っ?! 何ですと!?」
「おいおい。それって色々拙いんじゃねえのか?」
「アルス・レノヴィンが神界(アスガルド)に流れ着いたのも、偶然ではない……と?」
「可能性は十分にあります。そもそもあそこは、通常の航行では立ち入れない場所。偶然に
しては出来過ぎている。だから彼個人というよりも、もう“片方の者達”の意思が介在して
いるとしか……」
 そう最後まで言いかけて、ユヴァンは再び熟考モードに入った。口元に手を当て、じっと
何かを懸命に頭の中で計算しているかのように。
 驚き、動揺しているハザンやオディウス、シゼル。そんな中でティラウドだけは、彼と同
じようにそっと口元に拳を当て、薄く目を瞑り始めている。
「オディウス、ティラウド殿」
 そしてユヴァンは盟友の内、武に長けた二人を指名して言った。嫌な予感はなるべく潰し
ておかなければならない。こと自分達と──“摂理”に深い繋がりを持ちうる相手ならば。
「念の為、用意出来る分の兵を連れて神都(パルティノー)へ向かってください。ルキ殿と
合流し、あの二人が本当にそうなってしまう前に始末を」
「お、おう! 任せとけ」
「……了解した」
 重鎧を鳴らし、羽織胴着を翻して。
 ユヴァンとハザン、シゼルが見送る中、二人は直後踵を返すと出撃(ばをあとに)して行
ったのだった。

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  1. 2019/09/10(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔107〕

 時はちょうど、グノアの処刑が中継され、世間の眼差しがそちらへと釘付けにされていた
タイミングと重なる。
「ま、待ってくださいよ~! 先輩~!」
 とある雑誌社に勤める、女性記者と男性撮影技師(カメラマン)のコンビだった。二人は
世間の注目が件の処刑に向かっている中、密かにトナン皇国へとやって来ていたのだった。
「遅い! ネタは待ってくれないわよ?」
 後を追ってくる後輩に、先輩記者である彼女は振り返る。今回の目的は、行方知れずとな
ったジーク皇子及び、クラン・ブルートバードの消息だ。
 古界(パンゲア)・ディノグラード家の葬儀に加え、弟皇子アルスも失意の休学。以降そ
の動静はなく、学院側も秘して沈黙を保っている。今はそっとしておいてあげてくれという
ことなのだろう。
 だが……そこではいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。人々が強く知りたいと望
む時、何者かが風化させようとしている時こそ、自分達ジャーナリストの出番なのだから。
「だからって、俺達がすっぱ抜けるネタですかねえ? 例の処刑の方が、絶対に“撮れ高”
はいいッスよ?」
 一方でこの後輩は、今回の取材(えんせい)にあまり期待していないようだった。首から
下げた写姿器を片手に、普段見慣れぬトナンの和圏建築を時折見回している。
「横並びの記事なんか書いても、変わり映えしないでしょうが。うちみたいな小さな所は、
どうしても大手の報道に埋もれてしまう──独自報道を怠れば、じわじわと沈んでしまうん
だから」
 それでも彼女は、自らが勝ち取った情報に拘っていた。組織としての大きさに劣る分、追
従するだけの記事だけでは、どうしても大手の側に分がある。彼女は意気込んでいた。尤も
実際に記事を手に取る人々は、そのような事情など構いはしないのだが。
「さあ、聞き込みを始めるわよ!」
「はいはい……」
 故に二人は、というよりも主に彼女がぐいぐいと彼を引っ張り、両皇子の祖国・トナンの
地での取材を開始した。自分達が戴くジーク・アルス兄弟の事となれば、領民らも十や二十
思う所はある筈だと踏んだのだが──。

『あんたらも、ジーク様が死んだって言いたいのかい?』
『ブン屋はいつだってそうだ。他人に不幸があると、すぐに飛んで来る……』
『一番哀しんでるのは両陛下だ。俺達が何を言おうと、お二人の痛みに敵いやせんよ』

 滞在から数日、そんなある種の希望的観測は容易に砕かれた。話を聞いて回った限り、大
半の領民が思ったほど不満をぶちまけてはくれなかったのだ。或いは余所者に対して、不敬
を誰かに知られては拙いと暗黙の了解でもあったのか。
 少なくとも、国内情勢は少しずつ明らかになってきた。傷心のシノ女皇は体調不良を起こ
して倒れ、現在は夫・コーダス皇が代理として政務を回しているらしい。
 だが一方で、当のジーク皇子は過去あちこちの世界を旅して来ているため、敗北後も何処
かで身を潜めているのではないか? という憶測も多く聞かれた。二年前のフォーザリア鉱
山での一件から、突如として大都(バベルロート)に現れて、かの“結社”を撃退した先例
を指すのだろう。希望的観測なのか、まだ信じたくないだけなのか『まだ死んだと確定した
訳じゃない』──そう零す領民も、少なからずいたからだ。
「ですが、ディノグラード公の葬儀は行われたのに、こちらはそんな話さえ出ていないんで
しょう?」
「実はもう、治療中だとか? 同家が匿っているとか?」
「それとも……。表に出せないほど粉微塵になっているか……?」
「な、何てことを!」
「他国人だからといって、皇子らを侮辱するのは許さんぞ!」

「──はあ」
 結果、収穫はあまり無し。寧ろこちらが記者だと判ると、多くの領民達は不信の眼差しを
向けてさえきた。先代アズサ皇の治世を知りながら、放置していた事などを今も根に持って
いるのだろう。彼らはまだジーク皇子らの復活を信じているようだった。信じたいようだっ
た。心情としては、無理もないが。
「どうするんですかあ。肝心の皇子達の消息、分からずじまいですよ? まぁここの写真を
切り貼りすれば、繋ぎの記事一つくらいは出来そうですけど……」
「そんなのじゃ駄目よ! 何も獲って来れなかったって白状しているようなものじゃない。
正直、ここまで頑なだとは思わなかったわ」
「……そうッスね」
 参ったな。二人はそう、一しきり取材を終えて街の一角に座り込んでいた。滑らかな石の
ベンチが、ひんやりと尻から背中へと温度を伝える。暫くの間、お互いに掛けるべき言葉を
見つけられずに黙っていた。
 本を正せば、確かに自分達ジャーナリストの取捨選択、被害感情が故の非協力的な態度な
のだろうが……それは別に、直接自分達の仕業という訳でもない。
「こんにちは」
 しかし、ちょうどそんな時だった。
 ニッコリと、妙に紳士的に微笑む男性──トナン領民と思しき装束を着た、見知らぬ人物
が一人、こちらに向かって近付いて来たのは。

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  1. 2019/08/13(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔106〕

 神都パルティノー。其処は街と呼ぶには違和感のある、創世の民・神格種(ヘヴンズ)達
の本拠地兼巨大研究施設だ。この世界の文明とは明らかに異質──無機質を突き詰めた塔状
建造物群の内外は、立ち入った人間(もの)に重暗い“畏れ”を抱かせるに充分ではあった
だろう。
「……ん?」
「あ、ルキさん」
 そんな継ぎ目も見えない研究棟(ラボ)の一角で、居合わせた神々(どうりょうたち)は
彼の姿を認めて振り返った。
 淡い金髪にトーガ風の衣装、引っ掛けた上衣。
 一見して端正な顔立ちと形容して差し支えない青年だった。ただ平常に張り付けたその表
情は、何処となくダウナーなそれを感じさせる。
「よう。見回りご苦労さん」
 遊戯と寓意の神・ルキ。こちらを向いてきた面々と同じく、創世の民の一人である。加え
て彼らからの眼差しと、手に何気なくぶら下げた高レベルのカードキー。それだけでこの人
物が、神都(パルティノー)内でも相当の地位に在ると分かる。
「話は聞いたぜ? 全く、所長(チーフ)はどういうつもりなんだか……」
 自分を一目置いて、若干緊張する神々(どうりょうたち)。
 されど当の彼──ルキ本人はごく気さくに、何時もの気だるげを引き摺りながら近付き、
話し掛けてくる。
「ああ、そっちも情報が行ったんだね?」
「何でも下界の人間が迷い込んで来たらしい。例の、レノヴィン兄弟の片割れだ」
「弟の方だそうだよ。それと、その持ち霊」
「ああ。二人をとっ捕まえた本人達から聞いた。所長(チーフ)に絞られた後で、随分ぐっ
たりしてたけどな」
 曰く、所長(チーフ)ことゼクセムが、件の迷い人らを箱庭(フラスコ)の下へと連れて
行ったとのこと。あそこは自分達にとって最重要のプロジェクトだ。いくら彼が施設内を自
由に行き来できる“権限”を持つからといって、安易に外部の者を入れてしまっては示しが
つかないではないか。せめて事前に、自分達にも知らせておくぐらいはしてくれてもいいだ
ろうに。
「そもそも何故彼が? 常人では、神界(ここ)には近付く事さえ出来ない筈だ。それに彼
の仲間──クラン・ブルートバードは、先日“結社”との戦いに敗北したんだろう? 悠長
に異界観光などしている場合ではないと思うんだが」
 そう言われても……。尤も居合わせた神々(どうりょうたち)もまた、その詳しい経緯に
ついては分からないことだらけのようだった。互いに顔を見合わせて、知らないと小さく首
を横に振る。
 王(ゼクセム)の手前、反抗も出来なかったのか。当人を含めた上層部の判断? それと
も彼らがアイリス転生体の友であり、例の暗号──自分達の正体を知っていること、下界で
はヒトの国のいち皇子である点からも、下手に扱えば後々面倒になると考えたからか?
「……仕方ないな」
 故にルキは大きく嘆息をつきつつ、されど追従するしかなかった。
 何せ自分達は“チーム”なのだから。もう後には戻れない身となって久しい以上、要らぬ
軋轢で神都(ここ)を追い出されては命に関わる。
 俺も様子を見に行って来るよ。ルキは言い、場の面々に深部へと続くゲートを開けて貰っ
た。自身の持つカードキーも使い、あくまで合法的に件の箱庭(フラスコ)へと向かう。
「そう言えば……。アルス・レノヴィンの所持品は、今何処に?」
「? ああ。えっと、確か……」
「B2隔離区だよ。例の凝縮品──兄貴の聖浄器を何故か持ってたらしくてな」
「へえ……。そっか、ありがとう」
 一人扉の向こうへと去って行くルキ。
 その間際、彼からそんな質問をされたが、場の神々(どうりょうたち)は特に疑問も持た
ずに答えた。既に己の持ち場に戻り、保守・点検作業を再開している者達さえいる。
『──』
 より深部へ。こちらに背を向け、通路奥へと消えてゆくその表情(かお)に、不穏な影が
差していたことにも気付かないまま。

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  1. 2019/07/09(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔105〕

 死神総長アララギが現出させた、漆黒の大鎌。
 振り被られるその刃と殺気を前に、ジーク達は絶体絶命のピンチを迎えていた。直感、本
能が、大音量で警報を鳴らしている。
 捕らわれの身から仰ぐアララギの姿は、まさしく禍々しさの象徴としての死神(それ)だ
った。両手で得物を握り締め、冷たく鋭い眼光でこちらを見下ろしている。
 やばい。
 この鎌だけは、本当にやばい──。
「止めなさい!!」
 だが、ちょうどその時だったのだ。他に立ち入る者も望めないと思われた場に、これを止
めんとする人物が現れたのだ。
 黒法衣の部下達──数名の閻魔らを引き連れたヒミコである。扉を挟んだ背後の廊下側で
は、騒ぎに居合わせた楼内の官吏などがこちらを覗こうとしている。
「閻魔長……?」
「どうして、此処に……?」
 事態をイマイチ呑み込めなかったジークよりも早く、マーロウやヨウが動揺をみせて呟い
ていた。他の面々の反応からも、彼女もまた高位の存在らしいと判る。
 振り下ろされた大鎌の刃は、ジークの鼻先寸前で止まっていた。肩越しに視線を遣ったア
ララギないしキリシマ達は、同じくめいめいに硬直している。
「え、閻魔長。これは──」
「一体何をしているのです? 死神総長ともあろう貴方が、こんな所で」
「……例の侵入者の目的が、この魂だ。事実こやつは楼内からの脱出を試みていた」
 咄嗟に繕おうとする、キリシマやヒバリ。
 しかしそんな部下達のフォローを、対するアララギは暗に制しながら答えると、ヒミコら
閻魔衆による“介入”にじっと眉を顰めていた。尤も普段から仏頂面なため、一見すればそ
の微細な変化を見極められる者は限られてはいたが。
「この者達もだ。あろうことか、こやつの脱走に手を貸そうとしていた。当人共々、処分し
ようとしていただけのこと。楼内の治安維持は、死神衆(われわれ)の管轄の筈だ」
 ギョッとする閻魔達。だがあくまで、部下の不始末に得物を振るおうとするアララギに対
して、唯一ヒミコは毅然としていた。立場的に対等であることも背景に、彼女は厳しい面持
ちを崩さない。
「いいえ。私が申し上げているのは、貴方が“独断”で事を済ませようとしている、その点
に関してです。秩序を守ろうとするのであれば、楼民達にも一通りの経緯を知らせるべきで
はないのですか? もっとクリアなプロセスを踏むべきです」
 それに……。加えて彼女は、一旦静かに深呼吸をすると、キッと再び目を見開いた。体格
は他の面々に比べてずっと小柄なのに、その瞳にはこれらを圧倒する意志の強さがあった。
「生前どれだけの事を成した人物でも、魂は等しく取り扱われなければなりません。それが
此処魂魄楼──冥界(アビス)ひいてはこの世界の秩序(ルール)です」
 あくまでも毅然と、目の前で起ころうとしていた“内々”を咎める意図で。
 ヒバリやヤマダ、部下の死神達は、明らかに面白くないといった表情(かお)をしたよう
に見えた。後者に至っては密かに舌打ちすらしている。一方でアララギはといえば、じっと
彼女を肩越しに見つめたまま、反論すらせずに黙していた。
「……」
 いや、生来の寡黙さか。
 少なくともここで下手に食い下がっても、事態が拗れるのは避けられないと考えたのか。
「彼の──魂の移送は、既に済んでいるのです。後は私達の仕事です」
 かくしてジークの身柄は、アララギ以下死神衆から彼女ら閻魔衆へと引き継がれることに
なった。ヒバリ達は渋々といった様子だったが、相手の論理武装と当のアララギが抵抗を得
策としなかった以上、従う他ない。助かったのか……? ジーク達は一先ず安堵の息をつこ
うとしたが、ヒミコはその毅然とした態度をこちらにも向けてくる。
「マーロウ隊長、でしたか。貴方達もですよ。この一件、流石に不問とする訳にはいかない
でしょう」
「うっ……」
「ですよねー」
 内々に片付けないというだけで、基本彼女も“罪人”を処断するというスタンスに違いは
ないようだ。マーロウ達の表情が思わず曇る。ジークも、自分の為に巻き込んでしまった負
い目から何とか擁護しようとしたが、他でもないマーロウ本人からやんわりと止められる。
ポンと軽く肩を叩き、連行されてゆく間際、苦笑しながら小さく首を横に振っていた。

 追加で駆け付けて来た閻魔達とも併せ、二手に分けられて連行。この半ば物置状態の室内
から出て行くジーク達。
『──』
 その去り際、終始黙したまま肩越しにこちらを見つめていたアララギの眼が、異様なまで
に静かな殺気を孕んでいるように感じたのは……気のせいか。

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  1. 2019/06/11(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔104〕

 魂魄楼北棟。同中枢、中層域にて。
 死者の裁定を担う閻魔達は、基本的にこのフロア一帯の大半を占める各法廷を、主だった
職場としている。
 その数──およそ数百。
 現世にて死神達が回収してきた魂もとい幽冥種(ホロゥ)達を、楼内へ入る前に予め専用
の装置で測った、生前の罪業(ログ)を元にして裁定は行われる。その魂が黒く穢れていれ
ばいるほど、浄化のプロセス──収監される“煉獄”の階層は深くなるという仕組みだ。
 故に一連のサイクルにおいて、閻魔個々人の意思が介在する場面は少ない。
 人ではなく、あくまで先例(ほう)による秩序が、長らく維持されてきたのである。
「判決を言い渡します。留置番号七八六〇五、貴方を煉獄第四層へと送致します。浄化完了
までの推定日数は、三万飛んで二十二日です」
 特に閻魔総長ヒミコが裁定長を務める大法廷は、生前大きな事件を起こした魂を専門に取
り扱う。
 しかしそんな個々の背景に、彼女は一切動じない。
 蒼褪めた人魂、白装束、或いは生前の姿形を保ったままの罪人に、彼女は高い壇上の席か
らそう淡々と裁定の結果を告げる。閻魔達の長といえど、基本的な仕事は変わらない。ただ
彼らの魂の記録(ログ)と、継承されてきた基準とを照らし合わせ、手の掛かる一人分とし
て浄化プロセスに送ってゆくだけだ。
 連れて行きなさい。威圧するように睨み返すその眼を努めて淡々と見下ろし、彼女は控え
ていた獄吏達に命じた。鎖で繋がれた封印錠を引っ張り、彼らによってこの罪人は大法廷を
後にする。去り際、罪人の言葉にならない恨み節が響いたが、彼女を含めた閻魔達はちらり
と横目こそやれどその表情を変えることはない。
「……もう大丈夫ですよ。貴女達を陥れた者は、これから永い贖いの時を過ごすことになる
でしょう。貴女達も安心して次なる生に備えなさい。次に出会う時は、あの者の魂はすっか
り真っ新な別物になっている筈です」
 それでも綻ばせる時があるとすれば、その被害を受けた魂達へ語りかける時だ。
 壇上からなれど、ヒミコはそうフッと優しい微笑みを向けて彼女らに言った。先ほどまで
の大法廷を傍聴していた一家が、そんな言葉に思わず感涙に顔を歪める。
「……ありがとう、ございます」
「これでやっと、私達も……」
 他の閻魔らが黙して見守っている中、ヒミコは続ける。あの罪人の魂とは違い、貴女達は
まだ善良なそれだとも。今後それぞれに裁定を受け、浄化のプロセスを経て貰わなければな
らないが、希望さえすれば楼内で暮らすことも出来ると。
 彼女達は、ボロリと泣き崩れていた。自身の死が命を奪われたことによるものだとは解っ
ていても、周りの他の魂達を目の当たりにする中で、全く“罪”を持っていないとは思えな
かったからだ。
「いいのですよ。普通のことです。悔い改め、浄化(ほう)に身を委ねてくれる……それだ
けで十分なのですから」
 悪しき魂にはより多くを。善良なる魂には慈しみを。
 ありがとう、ございます……! 半ば嗚咽し、涙の止まらない彼女らを、今度は別の獄吏
達がそっと優しく促して連れ去ってゆく。

「──んんっ」
 そうした、裁定と裁定の合間。自身の執務室に戻ったヒミコは、束の間の休憩を取ってい
た。ぐぐっと小柄な身体を伸ばし、大きく深呼吸を。室内には数名の部下達が、次の裁定に
向けて準備を整えている。
(資料……彼らの生きた記録……)
 室内に所狭しと収納された、生前の罪業(ログ)と個人情報。
 ヒミコ自身、いち閻魔となってから延々と繰り返してきた日常であり、仕事だ。過去現在
未来と膨大に上るそれを、一個一個検める暇は正直無い。
 では、元々の自分は……? それでも時折こうして自問(と)えど、既にその確固たる記
憶は忘却の彼方だ。現世と冥界(ここ)では、時の流れというものは微妙に違う。
「失礼します」
 ちょうど、そんな時だった。入口の扉をノックし、別の閻魔の一人がヒミコ達の控える執
務室の中へと入って来る。部下達がおもむろに視線を遣る中、何やら資料を抱えたこの女性
閻魔は、ヒミコの前まで進み出ると胸元のそれを差し出してくる。
「総長。頼まれていた資料をお持ちしました」
「ありがとう、ご苦労様」
 失礼します。そうして無事用件──資料を届け終えた彼女は、折り目正しく一礼をすると
部屋を出てゆく。他の部下達がその一部始終を一瞥し、されどすぐにめいめいの職務に戻っ
てゆく中で、ヒミコはこの手渡された資料をぱらぱらと捲って目を通し始めた。先日、アラ
ラギ総長以下死神衆が話していた、この冥界(アビス)へと侵入してきたという者達の来歴
についてである。
 ──ジーク・レノヴィン。顕界(ミドガルド)北方、陽穏の村(サンフェルノ)出身。
 十五の成人直後から故郷を出、梟響の街(アウルベルツ)にて冒険者を始める。程なくし
てクラン・ブルートバードに拾われ、めきめきと頭角を現す。
 当初は本人らも知らなかったことだが、母シノは女傑族(アマゾネス)の国・トナン皇国
より亡命した元王女であると判明。二年半ほど前に同国で起こった内乱により玉座に復帰。
彼らと結社“楽園(エデン)の眼”との確執はこの前後から本格的なものとなる。
 同西方フォーザリア鉱山、同央域大都バベルロートにおける統務院総会(サミット)及び
監獄島ギルニロックにおける攻防を経て、クランの仲間達と共に対“結社”特務軍に任命さ
れ、志士十二聖ゆかりの武具・聖浄器回収の旅を続けていた。その果てに古界(パンゲア)
北方・竜王峰にて戦死。現在に至る。
「……随分と、破天荒な青年だったようですね」
 ざっと内容に一通り目を通した後、ヒミコはそうぽつりと呟いていた。他の部下達も何人
か、差し出されたこれを回し読み、同じく呆気に取られたかのように目を瞬いている。
 彼が亡くなったという話は、かねてより聞き及んでいた。又聞きが主ではあるものの、仕
事柄、現世の情勢は多少なりとも頭には入れている。そもそも裁定は対象者の罪業(ログ)
と先例(ガイドライン)に基づくため、私情を挟むべきではないし、余地もないのだが。
 最初はアララギ以下、死神衆が動いていた。
 だがこと侵入者──この楼内の秩序にも関わること故、彼女も彼女で部下達に情報を集め
させていたのだった。
 報告によると、件の侵入者達は、クラン・ブルートバードの面々。現在死神衆から選出さ
れた討伐部隊が楼外遠方にてその確保に当たっているという。
(まさか……。彼を蘇らせようと……?)
 故にヒミコはその可能性に思い当たり、思わず静かに頭(かぶり)を振った。
 あり得ない。前例がない。そもそもこの世界における、生と死のルールに真っ向から歯向
かう行いではないか。それでも何となく複雑な心境だったのは、彼女自身、先のアララギ達
の迅速さに一抹の怪訝を抱いていたからに他ならない。
「……次の裁定まで、まだ時間がありましたよね?」
「? ええ……」
 だからこそ、ヒミコは一旦ぐっと密かに唇を結ぶと、場の部下達にそう確認するように訊
ねた。懐中時計を取り出し、室内に掛けられている予定表と合わせ、彼女らは若干疑問符を
浮かべたままに頷く。
「分かりました。では、行きましょう」
 するとヒミコは、部屋の外に向かって歩き出した。次の裁定に向けて準備を進めていた部
下達が「えっ?」と驚く一方で、予めその心積もりを聞き及んでいた何人かがスッと彼女に
同伴する。少しスケジュールに空きがあるとはいえ、一体何処へ……?
「ジーク・レノヴィンの所、ですよ。件の侵入者と縁があるとすれば、アララギ達も黙って
はいないでしょうから」
 生前どれだけの大事件に関わろうとも、皆同じ魂だ。その存在自体に貴賤はなく、生前の
それが故に、不平等に取り扱うべきではない。
 戸惑う閻魔に、慌ててついて来る閻魔。
 幾人かの部下を引き連れて、同総長ヒミコは自ら動き出した。

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  1. 2019/05/15(水) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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