日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔99〕

 刹那、巨大な翼で自らを包んだセイオンは、竜族(ドラグネス)本来の姿を解放した。
 冷え冷えと蒼い全身の鱗──氷竜である。その姿になってちらっとこちらを見下ろしてき
た彼の背中に、ジーク達北回りチームの面々は乗り込んだ。直後、ぐんと上昇し、空高くへ
と舞い上がる。周囲ではセイオンの部下達が竜人態となって飛び、ずっと遠く高くに見えて
いた竜王峰の上層が、次第に大きく近付いてくる。
「──切欠は、君達が大爺様と出会ったことだ」
 そうして何度、ゆっくりと大きな翼をはばたかせた頃だったろう。重ねて謝罪をしてきた
後だったろう。
 竜の姿のセイオンは、その整った横顔に憂いを宿したまま、されど視線は真っ直ぐに山の
頂を見つめ続けて言った。
「尤も君達からすれば、そもそも先に接触してきたのはこちらなのだがな……。最初、大爺
様がそこの彼女──レナ君について調べて来て欲しい、会いたいと頼んできた時、私は何と
なく嫌な予感がしていた。大爺様も、タイミングは違っただろうが、おそらく仔細を聞く内
に懸念を抱くようになったのだと思う」
 曰く、ヨーハンも“結社”との対決に有効だとは解っていても、本音としてはジーク達に
聖浄器を渡したくはなかった──絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マレフ)を再び使わせたくは
なかったのだという。
「大爺様は、英雄になりたかった訳じゃない」
 曰く、若さ故の過ち。良かれと思って突き進んだ道が、偶々良い結果に転がっただけ。
 気付けば十二聖として祀り上げられ、他人びとに囲まれて身動きが取れなくなっていた。
それでも全くこちらに落ち度がなかったと言えば、嘘になるが……。
 だが、そうして増えていった一族と、子孫らの成長を見ることができたのは確かに幸せで
はあったものの、一方でそれまでに犠牲にしてきたものを忘れられた訳ではない。かの大戦
で失われた命と戦友・ユヴァンの死。それらを想う度に、自身の歩んできたこの道は本当に
正しかったのだろうか? と……。
 ジーク達をリュノーの大書庫へ誘った理由は、そこだ。
 生前かの親友(とも)は、早々に隠居こそせど、何やら熱心に資料を集めていた。あの頃
から既に“結社”の不穏な動きに気付いていた可能性が高い。ジーク達に聖浄器の真実を知
って考え直して欲しかったのと同時に、彼の残した資料からもっと詳しいことが判るかもし
れないと考えたのだ。
 だが……そんなヨーハンの心積もりも、アルスがその隠しメッセージを解読したことで大
きく崩れることになる。他でもない“結社”の黒幕が、かつての戦友(とも)だと知ってし
まったからだ。
 セイオン曰く、解読結果を読み終えた後、ヨーハンは今まで見たことがないほどに酷く泣
いていたという。その上で、彼は自分達に足止め工作を頼んできたのだと。
「大爺様は……死ぬつもりだ」
『──っ!?』
 だからこそ、次の瞬間セイオンがぽつりと絞り出すように紡いだ言葉に、ジーク達は思わ
ず言葉を失った。
 戦友(とも)を止めること。それが己に残された責任だと、ヨーハンは考えたらしい。
 たとえ命を賭してでも、彼と戦うつもりなのだと。事実“結社”の側も、既に残る聖浄器
である絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マレフ)を狙っている。
「そこまで知ってて……!」
「ああ。止められなかった。私達では、大爺様を……」
 竜の姿のまま眼を、そっと気持ち細める。
 ジークの掠れそうになる荒げた声に、セイオンは抵抗することもなく認めた。イセルナや
レナ、クレアといった面々が「セイオンさん……」と哀しげな表情を浮かべている。
 なまじ近しい親族だから。現当主として本人の苦悩を知っていたから。
 しかし一時は自らに言い聞かせていたその釈明も、ジーク達と剣を交えた──交えて改め
て、結局は諸々の責任を彼一人に押し付けていただけなのだと痛感した。寒空の音。数拍の
間セイオンは、部下達は黙っていたが、程なくして再び前を見据えて言う。
「……だが大爺様は、もう独りじゃない──させちゃいけない」
「ああ。そうだな……。急ごう、爺さんを助けるんだ」
 静かに目を瞬いてこの跨る巨体を見下ろし、ジークが呟く。仲間達もコクリと、一様に神
妙な面持ちで首肯する。
 風雪の増してゆく空を昇り続け、やがて上層の宝物殿が見えてきた。
 やはり此処までくると地面はかなり白く降り積もっている。山頂に届く岩肌の一角を掘り
込むように造られたそれは、確かに来る者を拒む自然の砦のようだ。
「!? あれは──」
 ちょうど、その時だった。
 ジーク達は眼下に、開いた宝物殿の入り口に立っているヨーハンとその従者らしき数名の
人影を見た。そんな彼らと相対するように、目深にフードを被った人物と胴着羽織の男──
ティラウドと、数名の見覚えある使徒達の姿を見たのだった。

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  1. 2018/09/12(水) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔98〕

 白咆の街(グラーダ=マハル)郊外、その道中。
 ディノグラード家からの使者が運転する鋼車に分乗し、その館を目指していたジーク達北
回りチームは、突如して彼らからの裏切りに遭っていた。中からは銃を突き付けられ、外か
らは竜族(ドグラネス)の戦士達に包囲され、為す術もなく一行は両手を上げた状態で鋼車
の外へと──積雪点々とする山道の只中に連れ出される。
「何で。何でだよ……?」
「……」
 そんな面々の中心に立つのは、七星の一人であり、ディノグラード家の嫡子でもあるセイ
オン。冬間近の竜王峰を背後遠巻きに臨み、ジークらが困惑と共に問い詰める中、その顔色
は明らかに浮かないものだった。
「ここから先は……行かせられない。悪いが君達には、このまま留まって貰う」
「えっ……? ど、どういうことですか?」
「おいおい。案内に応じておいてそれはないだろう……」
「そうね。いきなり過ぎるわ。理由を……教えてはくれないかしら?」
 レナやリカルド、そして団長イセルナも口々に問う。だがそれにセイオンは答えようとは
しなかった。代わりに深く眉間に皺を寄せ、静かに大きなため息をつく。
「……思えば、君達とは不思議な縁があるな。皇国(トナン)内乱から始まり、大都消失、
聖都(クロスティア)の一件、そして大爺様の聖浄器──あの頃は、こんな形で君達と相対
することになるとは思ってもいなかった」
 少なくとも、彼の眼差しと纏う雰囲気には、多分に“哀しみ”が含まれているように思え
た。配下の戦士達も同様だ。
 なのに彼らは何故、今こうして自分達に刃を向けようとするのか? それが分からない。
「できれば手荒な真似はしたくない。大人しく、言う通りにしてくれないか?」
『……』
 故にギリッと、しかしはいそうですかと折れる理由も見出せず、ジーク達は寧ろ警戒の気
色を強めていた。ゆっくりと腰の剣や銃に手を伸ばし、物音をも抑えつつオーラを練る。
「断る。俺達は爺さんに“会いに行かなきゃならない”んだ」
 互いに目配せをする隙さえ惜しかった。誰かに言われるでもなく、次の瞬間ジークは困惑
を無理にでも振り切るようにして、そうキッと険しい表情で言い放った。
 どんな理由──事情があるのかは分からない。
 だがもし彼らが、あくまで自分達の行く手を阻もうとするのなら……。
「……そうか」
 残念だ。そしてセイオンも、言外にそう漏らすようにまた嘆息をつくと、自身も腰の剣を
揺らしながら一歩前に出た。周りの部下達も、それを合図とするようにザリザリッと、一行
を包囲する距離を縮め始める。
「ま、待ってください! 私達は、皆さんと戦いたくは……!」
「そうです! 一体何があったというんですか? 何が理由でこんな──」
「シフォン。無駄だ。彼らに聞く耳はない」
「こんな所で消耗するなんて不本意だけど……やるしかないわね。突破するわよ」
 そんな彼らの動きに、レナは尚も必死に説得しようとする。ヨーハンとの面会を通じて、
同家の者達と事を構える気などそもそも持ち合わせていないのだ。シフォンやクレアも、納
得がいかないという風に首を横に振っているが、目の前の状況はそう悠長に構えていられる
ものではないらしい。
「……こんな歓迎は、御免被りたいんだけどね」
「足止め、だろうなあ。わざわざ使いをこっちに送って来ておいてまでだし……」
「うう……。何でこんなことに……」
 あくまでセイオン達は、こちらを阻止する構えのようだ。ハロルドやリカルド、クレアが
心を臨戦態勢に、銃を抜き、ピンを五指の間に構えてめいめいにごちている。ジーク達は仕
方なく応戦する他なかった。動機がいまいち分からないが、このままでは埒が明かない。と
もかくこの包囲網を、何とか突破しなければ。
「……。何でこうなっちまうんだよ」
 呟く舌打ち。それはジークに、仲間達にとって、言外に主語を大きくしたこれまでの旅路
に対する怨嗟のようでもあった。
 二刀を抜き放ち、同時にオーラを全身に巡らせる。同じく竜族(ドラグネス)の戦士達が
一斉に地面を蹴り、攻撃を仕掛けてくる動きがスローモーションのように五感に映る。オズ
がその機械の剛腕を、レナが指に嵌めた魔導具を、シフォンが靄状に変えたオーラを足元に
叩き付ける。イセルナが駆け出しながらブルートを纏い、周囲に冷気を吐き出す。
「──」
 そんなぶつかる寸前、両者の向こうでセイオンはじっとこちらを見ていた。
 同じくスローモーションの世界。その眼差しは、表情は、まるで思い詰めたように深刻な
それのまま、ざらりと腰に下がった長剣を大きく弧を描くように抜き放つ。

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  1. 2018/08/07(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔97〕

 これまでの旅がことごとく波乱含みだっただけに、こうもあっさりと着いてしまうと逆に
不安になる。

 霧の妖精國(ニブルヘイム)を発ってから十五日──およそ一週間と三日。
 古都ケルン・アークに到着したイセルナ以下北回りチームは、市中の一角に宿を取り、先
だって面会を要請したディノグラード家からの返答を待っていた。
 天上層特有のゆったりとした時間の流れと、古く染み付いた匂い。
 だが、そんな時にノスタルジックなこの地の空気も、今のジーク達にはじわじわと焦りを
促す材料にしかならなかった。立ったり座ったり、窓から眼下の風景をぼんやり眺めたり。
スライド式の間仕切りで男女別に分けられる大部屋で、一行は思い思いに過ごしていた。寡
黙が、気鬱が部屋一面に横たわっている。
『……』
 その理由は、単純なことだ。解りきっている。
 先のニブルとアルヴ、新旧妖精族(エルフ)達の争いに翻弄されつつも、何とか聖浄器・
深緑弓(エバーグリス)を手に入れたジーク達だったが、事件が終わって一段落……とはい
かなかったからだ。心中、決して穏やかではなかったからだ。
 体力的にというよりも、精神的に。
 ぐったりとめいめいに沈黙しているのは、その後の人々の評価故だ。保守的で平穏を望む
古界(パンゲア)の者達にとり、先の一件で「どちらが正しかったか?」はさして重要では
なかったのだ。開明派が、ブルートバードが掻き乱した──ただその事実一点をもって不快
なのであり、この市中でも散々その不満や悪評を耳にしてきたのだ。用心のため、外出時に
は変装やほっかむりを被っておいて正解だったと思う。目の前に当の本人達がいると分かっ
たら、はたしてどんな罵声を浴びせられたことか。
 ……自分達は、一体何の為に戦ったのだろう?
 聖浄器を手に入れる為、そして“結社”の脅威と戦う為には違いない。ニブルとアルヴの
対立に関わる形になってしまったのは、ひとえに成り行きだとも言える。
 だが結局、あの戦いで自分達は何を得られたのだろう? 何を守れたのだろう?
 どれだけ特務軍としての大義名分を抱えても、ミシェルら“守人”達を守れなかったのは
紛れもない事実だ。長老達の暗殺という形で一先ずの終止符が打たれたとはいえ、アルヴと
ニブルの対立は解消できなかった──寧ろ溝は深まったままで、その実単に振り上げられた
拳を下ろさざるを得なくなった、というだけに過ぎない。
 その意味では、市民(かれ)らの言う通りなのかもしれなかった。
 こちらがどれだけ“結社”の脅威を説こうとも、結果が伴わねば、ただ“掻き乱された”
という事実・感慨ばかりが残るのである。正直、もやもやした気持ちは否めないが、それが
現実だ。
(……ま、本を正せば俺達の個人的な戦いだったからな。誰かの為ってのは、結局後付けだ
ったのかもしれねえが……)
 そう、ぼんやりとジークが窓際で古都(ケルン・アーク)の静かな街並みを眺めていた時
のことだった。トントンと、部屋の入口が何者かにノックされる。
 一同が誰からともなく顔を見合わせて、ハロルドとレナがこれに応じた。開けた扉の向こ
うに立っていたのは、黒い正装に身を包んだ竜族(ドラグネス)の男性。
「クラン・ブルートバードの皆さんですね? ディノグラード公ヨーハン様より、皆様のお
迎えを仰せつかりました」
 ようやく来たか……。この慇懃な使者の到着に、ジーク達はおもむろに立ち上がった。皆
にイセルナが、纏めてある荷物を運ぶように指示する。それまで物静かだった時間が、にわ
かに緊張し、慌しくなる。
「表に鋼車を停めてあります。どうぞ」
 サッと無駄のない所作で、廊下の先を促す使者。ジーク達は彼の案内のままに、ぞろぞろ
と出発の準備をし始めた。
 僅かに唇を結んで、神妙な面持ち。ようやく彼に、最後の聖浄器に会える。
 リカルドやシフォン、オズなどが荷物をぶら下げ、先ず外に出て行った。その後ろをハロ
ルドやレナ、クレアにジークといった残りの面々が続く。この部屋の主達が減ってゆく。
 そこに、一通の開封済みの封筒が残されていた。備え付けの花瓶を文鎮代わりに、小振り
な丸テーブルの上に置かれている。
 最後にイセルナが、これをサッと花瓶の下から引き抜いて部屋の中を見渡した。忘れ物や
戸締りを確認してから、自身も肩に引っ掛けた荷物を揺らし、踵を返す。
『──』
 アルスからの手紙だった。
 彼が滞在中のジーク達に宛てた、件の解読結果だった。

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  1. 2018/07/03(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔96〕

 それぞれの講義の合間に。或いは放課後に皆で集まって。
 アルスやエトナ、ルイスにフィデロ、シンシア、及びゲドとキースの護衛コンビら解読班
は、梟響の街(アウルベルツ)のエイルフィード家別邸に避難させていた文献を、修理の終
わったルフグラン号に再び運び込む作業をしていた。
 現在のシンシアの住居である別邸内には、既に技師組らにより『陣』が敷設されている。
転送リングで荷物ごと船内に移り、設備棟の転移装置を経由して、解読の終わった文献達を
翠風の町(セレナス)の大書庫へ返却するという流れだ。
「ほいさっ」
「ほい。よっ、と……」
 面々の中で大柄なゲドとキース、或いはフィデロを中心として、箱詰めした文献達を一つ
また一つと手渡しでリレーしてゆく。船内には団員達が待機してくれており、そのままある
程度纏めた都度、同じく転送装置を起動させて大書庫へと転移・返却に向かう。
「しかし、何だな。こんな二度手間三度手間するんなら、始めっから向こうの執政館で作業
してた方が良かったんじゃねえか?」
「あはは……。ご、ごめんね? フィデロ君達にもいっぱい迷惑を掛けちゃって……」
「謝ることはないさ。僕もフィデロも、エイルフィードさんも、好きで手伝っていただけな
んだから」
「好きっ?! ……ま、まぁそうですわね。アルスの頼みですし、お兄さん達──“結社”
との戦いの助けになるのなら、是非もありませんもの」
「フィデロの言いたいことも分かるけどねー。結局解読は、こっちで終わったんだから」
 そうしてルフグラン号から戻って来たフィデロが、また次の箱を持ち上げながらごちた。
アルスが苦笑(わら)い、ルイスが力仕事に難儀しつつ、シンシアやエトナがそれぞれに妙
に焦ったり、宙に浮かんで皆を応援したりしている。
「だが実際問題、向こうに出ずっぱりって訳にゃあいかんだろう」
「館の地下に『陣』は敷いてあるがのう」
「そう……ですよね。部外者をほぼ毎日のように上げる格好になっちゃいますし。アルノー
さんは気にしなくても、その事を知ったら、町の人達がいい顔をしないでしょうし……」
 故に、同じように船内と邸内を往復するキースが、そう何の気なしで言った。アルスや他
の面々も、とうにそういった事情は理解している。
 すっかり自分達イコール“結社”に絡む疫病神扱いされることもままある点に加え、かつ
ては一度、翠風の町(セレナス)は実際に天瞳珠(ゼクスフィア)を巡って使徒達と戦闘に
なったことがある。その一件もあって、領民感情が悪く働くであろうことは容易に想像でき
たからだ。
「また攻めて来られても、困りますものね」
 そう肩を竦めるシンシアも、結局は何処が被害を被るかの違いでしかないとは内心解って
はいたが。事実──文献を狙ったとは言い切れないものの、作業拠点であったルフグラン号
が襲撃に遭ったのだ。なるべく“他者”を巻き込みたくはない。
「ま、それも今日で終わりだ。解読作業も済んだし、これを全部返し終われば、ミッション
コンプリートってな」
「ああ。来月には定期試験だし、間に合って良かった」
「うん……」
 言って、彼女やルイス、フィデロ達がちらっと横目を遣る。小さく首肯するアルスの横顔
が、先程からどうも暗く感じられていたからだ。
 いや、彼の様子の変化はそれ以前、リュノーが残した暗号の全文が明らかになってからの
ことだ。大量の文献の中に隠されていた暗号、先祖の意図が判明し、アルノーこそ『これで
僕達は役目を果たせたんですね……』と何処か安堵し、感慨深げだったが、それ自体と暗号
の“重さ”とはまた別の問題である。
 アルスはぎこちない笑みを繕いながら、終始複雑な表情だった。フィデロ達も、そんな友
の姿に、自らが解き明かしたメッセージに、場が気分がゆっくりと沈み込んでゆくのを抑え
切れないでいる。
(アルス君……)
(まぁ、無理もねえよなあ)
 ひそひそと、学友達は小声で囁き合う。
 解読の結果は先日、ヨーハンの下にも送った。まさかあんな事が書いてあるだなんて思い
もしなかった。自分達も、にわかには信じられなかった。

 ……もしかしたら自分達は、とんでもないものをこじ開けてしまったのかもしれない。

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  1. 2018/06/05(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔95〕

『まさか、これは……』
 ワーテル島の消失。映像越しにその一部始終を見ていたのは、何も一連の戦いを対岸の火
事と決め込んでいた人々だけではない。ようやく万魔連合(グリモワール)と合流──追討
作戦を再開しようとしていた王や議員達も、まるで頭を殴られたかのように大きく目を見開
いている。
『い、一体何が起きたんだ?』
『急いで現地に連絡を! サーディス達は無事なのか!?』
『そ、それだけじゃない。また万魔連合(グリモワール)を巻き込んでしまったら……』
 ざわざわと、ホログラム画面の向こうでこちら側で、面々が状況確認に動き始めた。
 よりにもよって……。その表情が総じて必要以上に険しいのは、既視感──二年前の大都
消失事件の記憶を重ねているからなのだろう。
『……してやられたな。あの時の結界か。それだけ結社(やつら)も、ヘイトの横暴を看過
できなくなったということなのかもしれんが』
『ああ。だが、策としては上出来だ。力の供給元を断てば、奴もいずれはジリ貧になる』
 尤も、それまで待つつもりはねえし、奴も待ちやしないだろうが……。
 そんな中でも、ハウゼン以下四盟主は比較的落ち着いているように見えた。フッとそう嗤
うファルケンに、ロゼとウォルターは横目を遣りながらも、画面の向こうに映る現地の様子
に注意を向け続けている。
『だ、駄目です! 応答がありません!』
『モニター中の映像も途絶えました! おそらくは、機材ごと結界の内側に巻き込まれたも
のと思われますが……』
 通信の端々で、各配下の技師や官吏達が振り向いて言う。案の定、ヒュウガやウル達も結
界の中へと閉じ込められてしまったらしい。
『ど、どうしましょう?』
『くっ……拙いな。突入の最中だったからな』
『ああ。だが彼らは魔人(メア)だし、実力も“七星”クラスだ。そう簡単にくたばるとは
思えん』
『し、しかし……。二年前と違って、今回はレノヴィンがいないんだぞ? 突入口だってあ
の時のように在るとは限らない。こちらと分断されてしまった事実には変わりないんだ』
 実際に二年前、大都消失を生き抜いた本人達ではある。そう易々とやられはしないだろう
と信じたい。
 だが議員の一人がそう口にするように、状況は間違いなく悪い──不透明だ。少なくとも
こちらの兵力も一緒に分断されてしまった以上、ヘイト追討を続けるにしても脱出を優先す
るにしても、リスクが高い。二年前のあの時はジーク達が正面の守りを破ったことで突破口
が開けたが、その当人達は今天上と地底に分かれて聖浄器回収の任に就いている。
『……結社(やつら)の介入があった時点で、想定すべきだったな。緊急事態だ。現地に兵
を増派する。残された万魔連合(グリモワール)の関係者と交渉を行ってくれ。結界で分断
されたとはいえ、まだ外側には大量の瘴気が残っている。先ずはその後始末をしつつ、結界
内部への進入も模索する』
 了解! 暫し思案顔をしていたハウゼンの一言に、配下の者達が動き出した。他の王や議
員達も、特段これに反対はしない。増派については先方と改めて擦り合わせる必要があるだ
ろうが、今自分達にできる事と言えばそんなものだ。またレノヴィン達──部外者ばかりに
頼る訳にもいくまい。何より今回は、こちらが始めた戦争なのだ。
「……」
 どっかりと、自身の玉座に深く腰掛け直し、ハウゼンは人知れず深く息をついた。眼下に
は官吏や将校らに指示を飛ばす臣下達の姿があるし、通信画面の向こうでも各国の王や議員
達が、それぞれに随時部下を動かしたり報告を受けたりしている。
 ファルケンやロゼ、ウォルターがじっとこちらを窺っている事には気付いていた。彼らも
彼らで思う所──戦術の立て直しや自身への心配、或いはこの戦いの後の商機について思い
を巡らせているのであろうが、正直ハウゼンが今胸中に抱く感慨は、ある意味でそれらとは
一線を画すものである。さも目の前の、現実とは違ったベクトルを向いてしまっている。
 ……ここまで戦いが長引くとは、複雑になるとは思っていなかった。
 いや、保守同盟(かれら)と戦うと決心した時点でその内情は入り組んではいたのだが、
兵力差を考えれば、決着は比較的早期だろうとやや楽観的に目算をつけていたのだ。
 それだけに飽き足らず、戦いは地底層──器界(マルクトゥム)の人々まで巻き込んで。
 直接の元凶はヘイトの側であるにせよ、当初想定していなかった広がりを許してしまった
事はれっきとした自分の落ち度である。
 これは、報いなのだろうか? 息子の弔い戦という大義が招いた罪であるならば、やはり
自分は多くの人々にとって悪人なのだろう。或いは身内が関わったことで、冷静な判断力を
欠いていたのかもしれない。
 何より“結社”の介入がここまでとは……。奴らの意図、目的は未だ判然としない部分が
多いが、少なくともこちらに任せていれば、漁夫の利を獲れた筈だ。
(……“共通の敵”とは、こういう事を云うのだな)
 ハウゼンは内心、自嘲っぽく苦笑(わら)う。その皮肉を痛感する。
 多くの兵達が、自分の指示一つで死地に向かう。“結社”は普段から、そんな価値判断を
繰り返しているというのだろうか? 一体何故そこまで、何を目指して……?

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  1. 2018/05/08(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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