日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔92〕

 光の妖精國(アルヴヘイム)の一角に、古びた屋敷がある。かつて此処は、幾つもの客室
を備えた迎賓館として使われていた。
 しかし、度重なる人々の地上への流出と、神竜王朝の失敗を見てきた里のエルフ達は、次
第にその態度を硬化させてゆくことになる。かつては緩やかに開かれていた門戸も固く閉ざ
され、今では殆ど使われることもなくなってしまった。
「──そうか。彼らは既に里を出た後か」
 そんな、普段ならもう人気もない筈の屋敷内で、胴着羽織の男──ハザワールは静かに呟
いていた。だだっ広い、年季の入った室内庭園の緑に紛れながら、彼は一見して細目の微笑
を湛えている。
「はい。どうやら彼らも、こちらの狙いに気付き始めたようです。一刻も早く、攻略を進め
るべきかと」
 そう彼の前に跪くのは、影士族(シーカー)の女を筆頭とした部隊の面々だ。
 ウラハ達である。以前古都(ケルン・アーク)にてジーク達と交戦した“結社”の信徒達
だった。
 彼は、彼女達から報告を受けていた。深緑弓(エバーグリス)回収の邪魔をさせぬよう、
部下らを使ってアルヴ・ニブル双方の争いの中に陥れた、その後の経過。即ち時間稼ぎがど
の程度功を奏したかの確認。
 しかし、偵察から戻って来た彼女達からの報告によれば、レノヴィン達は両軍がぶつかる
よりも早くニブルを出発したらしい。加えてこちらから派兵された討伐軍が、ニブル側より
現れたコーダス・レノヴィン達によって退けられたという。
「そうだね。予定よりも早めに私達も動く必要がありそうだ」
 マギリは抑え切れなかったか。まぁそれほど期待はしていなかったが。
 ふむ……と、そっと口元に手を当て、ハザワールは小さく頷いた。レノヴィン達がニブル
を離脱してしまった以上、彼らが“守人”達の里に辿り着くのは時間の問題だ。時間稼ぎも
ここまでのようだ。向こうも、予想外の援軍を出してきたようだが……。そこは今の自分達
にはさして重要ではない。
「クライヴ達に伝令を。急ぎ神樹を攻略せよと」
「はっ」
 ウラハ達が改めて、頭を低くしながら跪いていた。胴着羽織が彼の細かな所作に応じて揺
れている。彼女らが立ち上がり、動き出そうとしていた。長らく普段人気のなかったこの屋
敷は、謀略を進めるには好都合な場所の筈だった。
『……』
 しかし、そんな彼らの一部始終を目撃してしまった者達がいた。ジダンとミッツである。
彼らは軟禁部屋から脱出し、不幸にもこの室内庭園を覗ける外廊下の小窓から彼らのやり取
りをしっかりと見聞きしてしまったのである。
 二人は目を瞬いて、暫し固まっていた。どちらからともなく、おずおずと互いの顔を見合
わせて、この窓の向こうに映った現実に衝撃を受けている。
 これは……どういう事だ?
 ハザワール氏に跪く、黒ずくめの怪しい面々。彼の部下にしては不穏過ぎる。
 もしかして“結社”なのか? だとしたら自分達は、ハザワール氏は──。
「……それにしても」
 そんな時だ。ふと庭園内のハザワールが、スゥッと横目を遣ってこちらを見てきた。
 気付かれていたのだ。ウラハ達もその視線に、気配を認めて倣い、腰の忍者刀にそっと手
を伸ばし始める。
「余計なネズミがいたようだ」
 ひいっ──!? ジダンとミッツは、瞬間弾かれたようにその場から駆け出した。
 や、やばい。見つかった……! 微笑や覆面に隠れてよくは見えなかったが、彼らから放
たれた殺気は間違いなく本物だった。
「ハザワール殿!」
 しかし幸か不幸か、その直後に現れた一団が二人の命運を左右した。里の長老達である。
彼らは幾人かの供の兵を連れながら、こちらに近付いて来ていた。掻き消えるように跳躍し
たウラハ達とは、ちょうど入れ替わりになるような形で。
 ハザワールは羽織りを翻し、この邪魔者(らいきゃく)に向き直った。そんな彼の内心も
正体も知らずに、長老達は酷く焦ったような表情を浮かべている。
「ここにおられましたか」
「大変です! 今し方、連絡兵より報告が!」
「遠征軍が退却させられたと……。レノヴィンです! あの憎き、コーダス達が!」
「……」
 どうやら彼らの方にも、ニブルでの一戦についての情報が届いたらしい。ハザワールは表
向きこそ態度には出さなかったが、静かに「そうですか」と小さく眉間に皺を寄せて、これ
に応じてみせた──いや、半ば寄せざるを得なかった。
 邪魔を。このタイミングで……。
 直前、指示するまでもなくウラハ達が動いたが、これでは自分もすぐには動けない。つい
みせてしまった顰めっ面はレノヴィン達にではなく、この老人達へのそれである。
「ひいっ……ひいっ!」
 かくして、運命の悪戯は数拍の隙を生む。
 ジダンとミッツは、酷く引き攣った表情(かお)を貼り付けたまま、一目散にその場から
屋敷から逃げ出したのだった。

続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2018/02/07(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔91〕

「三大刻(ディクロ)の方角に狼煙を発見! 霧の妖精國(ニブルヘイム)です!」
 マギリらが燃した赤いそれは、はたして進軍中のアルヴ遠征軍にも知られる所となった。
双眼鏡で周囲を警戒していたエルフ兵の一声に、指揮官を始めとした面々の表情が輪をかけ
て引き締まる。
「ハザワール殿の情報通りだな……。よし、では全軍前進! 目印を見失うなよ?」
 古界(パンゲア)の原生林を、暴力の為の群れが往く。
 木々に覆われた緑を散らすように、革鎧を着込んだエルフ兵達の影がちらつき始めた。や
がてそれらは重なる靴音を響かせ、数を増やし、只一つの標的へと迫ってゆく。
「……来たか」
 そんな動きを、当のハルト達が見落とす筈もない。
 彼らニブルの面々は、既に迎撃態勢──里全体を包む五重の防御結界を敷いてこれを眺め
ていた。ハルトやカイト、サラ、戦える者を除いた里の者達は、一足先にその奥に掘った地
下壕の中へと避難している。タニアやクリス・クララ、クレアの弟妹達も、そんな暗がりの
中皆に交じって身を寄せ合い、じっと息を殺している。
 森の切れ目、ニブル領のすぐ手前にまで遠征軍の姿が迫って来ていた。木々の隙間を埋め
尽くすようにずらりと、兵達は、およそ自分達の前方三方向から合流しようとしている。や
はりと言うべきか、初手からこちらを包囲するつもりのようだ。皆の先頭に立つハルトが、
ぎゅっと静かに唇を結んでいる。その傍らで妻(サラ)が、弟(カイト)が、それぞれに心
配そうな目で見上げ、寄り添ってくる。パキパキと拳を鳴らしている。
「聞け、造反者どもよ! 我々は光の妖精國(アルヴヘイム)評議会より派遣された、遠征
軍である!」
 そうしていると、アルヴ側から一個の小隊が出てきた。こちらからの攻撃を警戒してか槍
先同士を頭上で交差させ、左右に弓兵が並んでいる。その中央で、壮年のエルフ兵が文書を
広げると朗々と読み上げ始めた。
「既に調べはついている。先日、我らが領土に侵入を試みようとし、尚且つ我らが同胞達に
危害を加えた罪は重く、決して許されるものではない。お前達が犯行を主導し、あくまで実
行犯らを匿うのであれば──我々にも相応の報復措置を取る用意がある!」
 これはパフォーマンスだ。ハルト達は思った。どだい向こうは、今回の一件を攻撃の口実
にしたがっている。それでも正当性も何もなしに攻め入るのは“野蛮”だと考えているのだ
ろう。周辺勢力からの非難を警戒したのだろう。
 だからこうして、わざわざ隙を見せてまでも自分達に大義があるとのアピールを先ず取っ
ている。もし今この間にこちらが先制攻撃を加えようものなら、内心嬉々として更なる口実
とするに違いない。元よりハルトら面々にそのつもりは無いし、予め暴走しないようにと彼
から何度も念を押して制されている。
「好き勝手に言いやがって。全部仕組んでるのはてめぇらじゃねえか」
「……」
 実質的な宣戦布告。実弟の小声の不満に、ハルトやサラは唇を結んだまま押し黙るしかな
かった。確証はない。だがジーク達が能力者の罠に嵌められたのも、マギリらの裏切り──
狼煙で此処の位置を知られたのも、十中八九アルヴ側の策だろう。本人達は気付いていない
のかもしれないが、彼らの中に“結社”と繋がっている者達がいる。それが話し合いの中で
確認し合った自分達の仮説だ。ちらっとやや空を仰ぎ、ハルトは目の前の軍勢よりも、数刻
前に送り出した盟友の子らの身を案じていた。
(……大丈夫だろうか? 彼らがここまで来たという事は、何とか鉢合わせだけは避けられ
たようだけど……)
 互いに入れ違いになるように、南へ。
 作戦上、どうしても最短距離を迂回するルートを取らざるを得ないが、彼らにはアゼルの
聖浄器を手に入れて貰わなければならない。件の遠隔操作の術者もだ。自分達の役目は、あ
くまでそれらが果たされるまでの時間を稼ぐこと。目の前の彼らに弁明、衝突を回避できる
のならばそれに越した事はないが、無理だろう。ただでさえこれまで目の敵にされてきたの
に、加えて内部に“結社”が混じっている以上聞く耳はない。揉み消されるだろうし、事実
ジークがアルヴ兵を斬ってしまった失態は取り消せないのだから。
 何より──。
「これが最後の警告である! 里長ハルト・ユーティリア及び、お前達が匿っている犯人、
ジーク・レノヴィンを差し出せ! さもなくば、我ら全軍の総力を以ってお前達とこの地を
壊滅させよう!」
 ガチリ。文書を読み上げる壮年エルフの最後の一フレーズに合わせて、周囲の全ての兵達
が一斉にそれぞれの武器を掲げた。持ち上げて、その切っ先を真っ直ぐにこちらへと向けて
くる。森の切れ目、木々の隙間を埋め尽くす軍勢の奥で、指揮官がじっと腕組みをして睨み
を利かせていた。
『っ……』
 アリバイ作り。戦闘開始。
 拗れ続けた末の敵軍と相対し、ハルト以下ニルブの面々は一様に険しい表情を浮かべた。

続きを読む
  1. 2018/01/03(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔90〕

 それは、ジーク達の出立直前に起きた。
 歓迎から動揺へ、動揺から警戒へ。森の中の霧の妖精國(ニブルヘイム)は、今は一見落
ち着き直したかのようにも見える。
「た、大変です!」
 突然、ミハエルら数人のエルフ達がジーク達のいる部屋へ駆け込んできた。何事かとめい
めいが振り返る。彼らは肩で息をし、酷く慌てているようだ。只事ではない。
「? 一体、どうしたんだ?」
「それが……」
「里の周りに、変な煙が……」
 荷物もそこそこに、ジーク達は部屋を飛び出し、里の中に出た。見れば遠く森のあちこち
から、赤い煙が何本も立ち上っている。
「……これって、まさか」
「狼煙、だろうね」
 それらは、ぐるりと里を取り囲むように確認できた。数拍ジーク達は唖然とこれを見上げ
ていたが、程なくしてその意味と──迫るであろう危機を悟る。
「ま、拙いぞ」
「おい、人を集めろ! 急いで消すんだ!」
 ミハエルら里のエルフ達にも、既に気付き始めていた者がいたのだろう。周りでは赤い狼
煙に向かって森の中へと駆け込んで行く面々の姿があった。一つ、また一つとゆっくり煙が
揉み消されて霧散してゆく。
 だが一方で、ジーク達も彼らも、既に遅いのではないかという予感に苛まれ始めていた。
 少なくとも自然発生するようなものではない。つまりこれは、明らかにアルヴ側の……。
『──っ!?』
 ちょうどそんな時だった。息を呑み、赤い狼煙を見上げたまま固まっていた一行の耳に、
突如として轟音が響く。今度は大きな土煙が上がっていた。あれは……広場の方か。
 即座に目配せをし合って、ジーク達は駆け出した。狼煙の処理は既に散っている里の者達
に任せておけばよいだろう。
 嫌な予感がする。同時に、自分達の判断は“遅かった”のかと悔やむ。
 腰に差した刀を鳴らし、土と石畳を踏む込む靴音が重なる。
「くっ……!」
 広場には、ハルトやカイト、里の戦士達が集まっていた。
 相対しているのは巨大な岩人形の使い魔──ゴーレム。加えてその周りで、武器を抜いて
立ち塞がるように布陣しているのは……口元に覆面をしたエルフ達。
「ハルトさん。あれって……」
「! ジーク君。ああ、そうだよ。どうやら僕らはまんまと嵌められたらしい」
「お前らは下がってな……って言いたい所だが、すまん。手を貸してくれ。このままあいつ
らを進ませちまったら、避難させてる皆を守り切れねえ」
 当然。ジークらは頷いてめいめいに得物を抜いた。今更関わり合いになってはいないと繕
った所で、向こう側にはもうバラされている可能性が高い。ならば、少しでも早く──この
“守人”達を捕らえて無力化すべきだろう。
「マギリっ!!」
 そして、この場にもう一団駆けつける者達がいた。ミシェルだ。テオや他の“守人”達を
引き連れて、まるで鬼のような形相で仲間だった筈の者を睨み、叫ぶ。
 互いに顔を見合わせるでもなく、一同は横一列に並んだ。目の前、里の出入口を塞ぐよう
に展開しているのは、岩のゴーレムを操る、同じ“守人”の戦士が一人だ。彼は彼女の声に
応えるでもなく、じっと暗い熱に浮かされたかのようにこちらを睨んでいる。
『……』
 テオと共に彼女を補佐していた術師のエルフ、マギリ。
 どうやらこの騒動は、他ならぬ彼と、彼に従う一部の“守人”達によって引き起こされた
ものらしかった。

続きを読む
  1. 2017/12/05(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔89〕

 時は一旦、更に遡る。
 顕界(ミドガルド)西方、王都グランヴァールの地下深くに、人知れず広がる監獄。
 光さえ届かない冷たい石室の奥に、グノアは変わらず囚われていた。封印術式の魔法陣や
両手足の枷、そしてその身を縛り付ける全身の鉄杭。幾度となく血を流し、再生を繰り返し
た傷は薄汚れた痕となり、やつれて力なく項垂れたままな彼の姿を一層凄惨に見せている。
「……」
 それでも尚、息があるのは魔人(メア)の不死性故か、或いは結社(そしき)への忠誠心
なのか。
 グノアは、連日のようにヴァルドー軍からの取り調べ──もとい拷問を受けていた。
 国を裏切って“結社”につき、この二年その内情を知る人物となったが故に、ヴァルドー
側としては少しでもそういった情報を引き出したかったのだろう。
 しかし彼は、散々に痛めつけられても尚、決して口を割らなかった。それは頑なと言って
いいレベルの気迫であり、強烈な王国側への敵愾心であった。拷問は日に日にエスカレート
していったが、現場の兵士達はその実「これは駄目だ」と感じていたという。
 尤も……事実として口を割らなかったことと、心身が磨耗しないなどということは必ずし
も共存しない。グノアは殆ど“結社”への縋りつく信仰でもって踏み止まっていた。肉体は
勿論、その精神は内心、エスカレートする拷問と経過する日数と共に壊れてしまう寸前まで
追い詰められていたのだから。
(……あの時、彼らは誰も私を助けなかった。私は、やはり見捨てられたのか……?)
 鉄杭と枷に繋がれたまま、ぼうっとグノアは考えている。繰り返し、徐々に膨らんできた
自身の疑心と闘っている。
 この国へのクーデター作戦、ファルケン王打倒に動いた際、他の使徒らは王の伏兵達に形
勢をひっくり返された自分に一切手を差し伸べなかった。
 まるで、何処かで失敗する(こうなる)と予想していたかのような。かの王を亡き者にす
ることは即ち今回の目的に適うが、失敗したのならそれはそれで仕方ないとでも言わんばか
りに距離を取ったままで。
(何故だ……。何故私が、こんな目に遭わなければならない……?)
 奴らは思い知るべきなのだ。“正義”は我々の側にある。あの厖大な真実を前にすれば、
人一人国一つのエゴなど何とつまらないものか。奴らの拷問に耐えてきたのも、全てはあれ
が絶対の存在だと理解したからだ。ここで負ければ、自分はその為に捨ててきたものさえも
無駄にしてしまう。あれと出会うまでに通り過ぎてきた時間が、無意味になってしまう。
(何故だ……。私は“選ばれし者”ではなかったのか……?)
 身体の痛みはさして重要ではない。魔人(メア)の再生能力という意味ではなく、もっと
大事なことが在るという意味で。
 今、グノアの心を折りかけていたのは、頭をもたげてくる不信であった。自分がこんな目
に遭っているというのに、仲間達は一向に助けに来ない。任務を失敗した者に情けは掛けな
いということなのだろうか。……ならば、何故勧誘した? 半身半機の身体を与え、使徒の
一人に加えておきながら、何故使い捨てた? 忠義と疑心の間で揺れる。身体の痛みよりも
何よりそれが、彼の心と体をミシミシと引き裂かんとしていた。
「──?」
 ちょうど、そんな時である。ふとグノアの耳と視界の端に、ゆらりと一個の松明の灯りと
幾つかの足音が入った。
 見張りの交替のようだ。もうそんな時間か。ずっと時計もない暗がりの中で繋がれている
ものだから、時間の感覚すらあやふやになっている。もう何十回目だろう? 数える余裕も
意味も失った。また取り調べという名の拷問が始まるのだろうか? ……だが、そうじっと
気配を窺っていると、どうも様子がおかしい。交替した獄吏達がカツンカツンと、こちらへ
向かって歩いて来る。
「やあ。酷い目に遭ったな、使徒グノア」
 一見すると揃いの制服に身を包んだ獄吏達だ。リーダー格らしき男が他の者達を従えて牢
の前に立ち、悠然と何処か陰のある声色で呼び掛けてくる。
 何だ……? グノアはゆっくりと顔を上げた。相手の人相は、深めに被った軍帽と暗がり
のせいでよく見えない。
「誰だ。ここの人間では……ないのか」
 絞り出した誰何は、疑問と憤りが半々に混じっている。態度とわざわざ自分を“使徒”と
呼んでくることからして、どうやらヴァルドー側の者でもないらしい。まさか助けが来たの
か? だとしても、遅過ぎる。今更どんな面を下げて鷹揚としていやがる。
「まあ、そう睨むな。七人の一人“黒の盟友”と名乗れば分かるだろう?」
「──ッ?!」
 故に、相手の名乗ったその一言に、グノアは戦慄した。いや、畏怖した。
 組織の中枢にいた者でなければ知らないその異名、統べる者達。“教主”と並ぶ、自分達
が仰ぎ見るべき存在……。
「貴方が……」
「ああ。“武帝”よりも私の方が、こういう仕事には適しているからな」
 目を見開いてグノアが呟いている。獄吏の制服に身を包んだ──変装したこの黒髪の男は
何の気なしにそう答えている。
 驚いたのはそういう意味ではないのだが……。ともあれ、同志である事には間違いない。
 尤も、この時期このタイミングで現れたということは、必ずしも助けに来たという訳では
なさそうだが。
「話は他でもない。面倒な事になった。元使徒ヘイトは知っているな?」
「ええ。奴は愚か者です。大命よりも私心に走った……」
「そうだ。ギルニロックでの一件から二年、奴は今、保守同盟(リストン)を掌握して自ら
の勢力を作り上げようとしている」
 黒髪の男は語り始めた。かつてその資格なしとして切り捨てられ、処分の手を逃れて行方
を眩ませた元使徒のその後。彼が今や、統務院でも自分達でもない第三の勢力を形作ろうと
していること。それが自分達“結社”にとっても、都合が悪いということ──。
「アトス方面の主犯が奴だということは、既に聞いているな? 癪だが、お前達の作戦を利
用して北方を──ひいては統務院全体を掌握しようとしていたらしい」
 グノアは静かに眉根を寄せていた。その話は、拷問の途中で何度か断片的に聞かされた情
報だ。彼らが自分から情報を引き出そうと躍起になっていたのは、そんな事情も加味されて
のことだったのだろう。
「アトモスファイ・ハーケンは死んだ。統務院は、その面子にかけて奴を許さないだろう。
事実奴が使った魔導具から、背後にいる協力者達をあぶり出そうとしている」
 曰く、近い内に全面戦争が始まると。
 黒髪の男は言った。ごく淡々と順を追い、グノアに向かって前置きを並べるように。
「──使徒グノア。お前に、最後の使命を与えよう」

続きを読む
  1. 2017/11/15(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔88〕

「くうっ! 何という事だ……!」
 光の妖精國(アルヴヘイム)の中枢、屋内庭園に囲まれた会議場。
 外界の騒ぎとは一見隔絶され、対照的に見えるその広々とした席に、五人の老エルフ達が
集まっていた。この巨大な里を統べる長老達である。
 内一人がぎりっと杖を握り締めて怒っていた。残る四人も同じく激昂や、寡黙な不機嫌面
をそれぞれに浮かべている。
 先刻、里一帯に警報が鳴り響いた。防御結界に干渉した何者か──侵入者を知らせる鐘の
音だった。
 長らくこんな事はなかった。そもそも自分たち妖精族(エルフ)の一大拠点を、不用意に
刺激して敵に回そうと考える勢力が此処古界(パンゲア)の何処にいるというのか。
 なのに、現在進行形でそれは起きてしまった。森に紛れながら、犯人は逃走。しかも出動
した若い兵が二人ほど、彼らに怪我を負わせられたという。
「その者達の手当てを急げ、このような事で失わせてはならんぞ!」
「意識が戻れば、犯人の顔も覚えているだろうしな……。速やかに状況の整理を進めよ」
「他に被害はないのか? 一体何の為に……?」
 めいめいに腰掛けたまま、困惑している長老達。
 忙しなく報告に駆け込んでくる兵らにその都度指示を飛ばしながら、彼らは一様に渋面の
思案顔をしていた。何故? が多過ぎる。里が誕生してから数百──数千年。近隣の國々と
小競り合いこそあったが、この百年ほどは大きな事件もなく平和だったというのに……。
「目下確認中です。ただ現場の者達からの報告によると、侵入者はジーク・レノヴィンほか
二名だったと……」
『何っ!?』
 だからこそ、戸惑いながら言葉を継いだこの報告の兵に、長老達は一斉に目を遣ると丸く
していた。古界(パンゲア)でも仙界(レムリア)でもない。噂に聞く、地上の人間の名前
が出てきたからだ。
「レノヴィン……。確か地上で暴れているという、例の風雲児か」
「この二年、大人しいと思っていたが、また動き出した訳か」
「しかし何故、そんな地上の者達が此処へ……?」
「──天上(こちら)に来ているのですよ。彼と、クラン・ブルートバードが」
 そんな時である。眉根を顰め合う長老達の下へと、澄んだ一声が投げ掛けられた。ハッと
して彼らが視線を向けると、そこには庭園の入口からこちらへと歩いてくる一人の男──胴
着姿に羽織を引っ掛けた竜族(ドラグネス)男性の姿があった。
「ハザワール殿」
「お取り込み中失礼。ですが、どうやら里の外が騒がしいと聞きましてね」
 衣装もあり、何処となく独特な雰囲気。長老達からハザワールと呼ばれたこの人物は、あ
くまでフッと微笑を浮かべたままこの会議に同席を志願する。少なくとも敵ではない──よ
ほど信頼されているのか、長老達も立ち合っていた兵らも、特に反対などはしなかった。寧
ろ恐縮し、どうぞと席を勧めてさえいる。
「クラン・ブルートバード……」
「ええ。レノヴィンと、彼らと言えば特務軍です。つまり天上(こちら)に来た理由は十二
聖ゆかりの聖浄器でしょう」
「むう……」
「そういう事か。統務院め。地上だけでは飽き足らず、我らが地まで蹂躙するつもりか」
「少なくとも、彼らが与かり知らぬという事はないでしょうね。それに、ハルト・ユーティ
リアはかつてのレノヴィンが盟友の一人。私の掴んだ情報では、レノヴィン達は既に彼に接
触し、身を寄せているようです」
「何……だと?」
「おのれ、ユーティリアめ。やはり碌な事にならなかった……!」
 ハザワール氏──胴着羽織の竜族(ドラグネス)は、そう続けざまに独自に手に入れたと
いう彼らについての動静を伝えた。長老達が一様に悔しさに歯を食い縛り、怒りに身を震わ
せる。ハルト・ユーティリアとその妻サラ。二年前、この里からの離脱と独立を宣言し、長
年の秩序を掻き乱した者……。
「今回の侵入も、おそらく聖浄器──“弓姫”アゼル・メルエットの足跡を辿る為のもので
しょう。大方、目的を果たす為の陽動……。当時の史料は今何処にありますか?」
「む……? 史料? アゼルについての、ですか」
「何処にやりましたかのう。何せ先々代の頃のものですから……。旧書庫だったかの?」
 故に、次の言葉で彼が問うてきた内容に、長老達は数拍怪訝になった。
 アゼルにまつわる史料──それがレノヴィン達の狙い? あのかつての裏切り者を調べて
何になるのだろう? 事実ハザワール殿に訊かれるまですっかり忘れていた。おそらく随分
と埃を被っている筈だが……。
 長老の一人が、そちら方面の担当である別の長老についっと視線を遣って確認を取った。
コクリとこの長老は頷き、まだ控えていた兵とこの胴着羽織の彼を見返す。
「念の為、場所を移しておくことを勧めます。また狙ってくるかもしれませんから」
「……そうじゃな。すぐに係の者に伝令を」
 はっ! 控えていた兵が頷き、駆け出してその場を後にして行った。長老達自身は、裏切
り者の文献の一つや二つぐらいと思いはしたが、実際その為に里の平和が掻き乱されたので
ある。若き兵士が傷付いたのである。やはり開明派(れんちゅう)は信用ならない。改めて
警戒を強める必要があるだろう。
「ユーティリアもだが、やはり外の人間は信用できんな」
「全くだ。このままでは済ますまい。追跡はどうなっている? 例の若い兵と交戦した後、
逃げてしまったそうだが……」
「ああ。急ぎ、追跡要員を増やすとしよう。地の利は我々の側にある。事前に逃走経路を確
保してでもいない限り、そう遠くへは行けない筈だが……」
「くっ……。やはりユーティリアか、レノヴィンまで引き込むとはな……。やはり災いの芽
は早々に摘んでおくべきだった……」
「ご心配なく」
 口々に不信と、苛立ちを露わにする長老達。
 だがそんな面々に、胴着羽織の彼は言った。変わらず静かな笑みを浮かべてそっと胸元に
手を当ててみせる。
「既に私の部下達が、動いてくれておりますので」
 その表情(かお)に何処か不穏な、一抹の影を差しながら。

続きを読む
  1. 2017/10/09(月) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (157)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (92)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (31)
【企画処】 (365)
週刊三題 (355)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (7)
【雑記帳】 (336)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート