日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)詰め替える

「準備できた?」
 玄関先で靴を履き終えると、彼は私に振り向いて言った。
 清涼感の漂うシャツと青いジーンズという出で立ち。私がまだトタトタと部屋の中を右往
左往しているというのに、その様子には苛立ちのような色合いは見られない。
「あ~……うん。オッケー。行こっか」
 だけど何となく彼を突っ立たせたままにしておくのも悪いと思い、私は廊下から顔を出し
ながら手短に髪を手櫛で整えると彼に小走りで駆け寄っていた。
 肩にはいつもの鞄。ブランドものではないが、使い勝手が良く長く愛用している一品だ。
 それに──私だけこんな外出程度で着飾ってもと思う節もある。
 別に面倒臭いからではない。ラフな格好でも違和感の無い彼にそんな豪奢さは不釣合いな
のではないかと思うからだ。
「え~と、メモメモ……」
 チェーンを外してドアを開けてくれる彼のすぐ後ろをついていきながら、私は手にした半
ピラ紙のメモに、確認するように目を通す。
 これがデートならいいんだけど、そうじゃない。
 外出の理由はごく単純。なくなったり足りなくなったりした日用品を買い足しに行く。た
だそれだけの事だ。だけど、そんな些細な理由であっても彼は文句を言う事なくこうして付
いて来てくれるのが実は内心嬉しかったりする。
 洗剤、歯磨き粉、トイレットペーパー、乾電池(目覚まし時計用)等々……。
 日用品というものは思う以上になくなってしまうと不便だけど、かといって補充する手間
が地味に面倒だったりもするから鬱陶しくもあるのだけど。
「ああ、そういえば」
 すると彼がフッと思い出したように振り返った。
 私もつられるようにメモから顔を上げる。その仕草の何か面白かったのか、彼はにこりと
微笑むと言う。
「ボディソープも切れてたけど……。そのメモには書いてる」
「ボディソープ? ううん、書いてないわね。ありがと」
「どういたしまして。でもあるかなぁ、同じ物?」
 彼はうーんと下唇を軽く指先で押さえながら呟いていたが、私は多分間違いなくぞんざい
な応答をしていたのだと思う。
「別に細かい違いはいいんじゃない? どうせ詰め替え用で適当に済ませるしね」

 アパートの部屋から徒歩で数分の所に、私達が普段よく利用しているスーパーはある。
 平日の昼下がりだったが、立地条件がいいのか今日も客入りは中々のようだった。私達は
早速店内をぐるりと回りながら、メモした日用品を見つけては彼が提げてくれている店のロ
ゴ入りの籠の中へと放り込んでいく。
「あ、ちょっと待って。こっちの方が安いよ」
「え? でも量が少ないよ」
「だけどほら……。こっちだと一パック辺り二十円安いよ」
「……。アア、ホントデスネ」
 そしてその間にも、彼は適度な按配で私にそんなアドバイスを送ってくれる。
 ニコニコした表情(かお)をしている割にこういう所は自分よりもしっかりしているとい
うのは何だか自分が情けなくなるが、それ以上に嬉しくてむず痒くなる。
「? どうかした?」
「……ううん。何でもない」
 彼が静かにそんな私を微笑んで見遣っている。
 私は何でもない風を装いながらも、一人内心少し悶々とする。
 やっぱり私には勿体無いなぁと思う。優しくて気配りもできる彼。実はガサツだと自認し
ている私について来てくれているのが不思議なくらいだ。
 いや──それは私が望んだから。
 実際の所、それが単純明快なくらいな理由なのだけど。
 それでも……と思う。ふと胸の奥に差す罪悪感と、同時に顔を出してくる『彼』無しでは
もう成り立たなくなっている今の生活という現実。だからこそ、ふとこうして折に触れて自
分は今のままでいいのだろうかと疑問に思ってしまう。
「あ、あったよ。ボディソープ」
「えっ……? あ、うん。ありがと」
 そうしている中でも彼は目的の品を見つけては声を掛けてくれた。
 ワンテンポもツーテンポも遅れてぼんやりとした思考から引き戻されて、私は曖昧に頷い
くと、手渡された詰め替え用のビニール質な袋を受け取り籠の中へと放り込む。何だか彼に
申し訳なくて、籠は途中から私が持っていた。
「お? 惣菜が値引になってるなぁ……」
 ややあってふといい匂いが鼻をくすぐってきた。
 彼がすんすんと鼻を鳴らしている横で視線を向けてみると、確かにパック詰めされた惣菜
が冷蔵スペースの一角に並べられ始めている。
 そうか……そろそろ夕方の買い時になるのか。少し気が早い気もするが。
「本当だね~。丁度いいや。今晩のおかずに買って行こうかな……」
「うん。あ、でもあまり買い込み過ぎないようにね?」
「ほ~い。分カッテマスヨ~」
 じわじわと寄せては引いていく、だけど彼本人には言い出せない私の中の漠然とした不安
のようなもの。
 だけど、あまり深く考えない方がいいのだろう。元より私の性分ではないのだから。
「ふふっ……」
 ゆっくりと歩を進めてついて来る彼を、タンッと小走りで離して。
 私は再びこの日常を存分に謳歌する事にする。

 買い物を済ませて店を出ると、辺りはすっかり茜色に染まっていた。
 ざわつく喧騒が生活感になって心地良い。多分それはさっき自分の中で言い聞かせた思い
も影響しているからなのだろうけど。
「大分人が増えてきたね」
「まぁ、夕飯の買い物とかもあるしね~」
 スーパーの袋に詰め直した日用品達を手に提げつつ、私は何の気なしに言う。
 実際、目の前で行き交う人の多くは夕飯の準備に備えたオバサンのように見える。
 自惚れかもしれないが、もしかしたらもしかしなくても私達は恋人同士に見られているの
だろうか? ──いや実際にそうなのだけど。
 でも改めてそんな事を意識すると嬉しく思える。
 自分は、一人じゃないんだって……。
「それで今夜は──」
 だが、まさにそんな時だった。
 ドサッと。突然何も前触れもなく彼が崩れ落ちるように倒れたのだ。
「……ッ!?」
 その変化に私は顔を引き攣らせていた。間もなくざわざわと周囲がざわめき始める。
「ねぇ起きて……。起きてよぉ!」
 私は徐々に形成されていく人の輪の中の中心に在って、ただ唖然と力なく倒れてしまった
彼を揺さぶって声をあげる事くらいしかできなかった。
 その瞬間から、全身を駆けてゆく驚きだったり、動揺だったり。
 いや、驚きというよりは恐怖に近い。彼がいなくなる……そんな喪失への恐怖だった。
「おい……。みゃ、脈ないぞ」
「こりゃあ大変だ……。誰か、誰か救急車を!」
 だがそんな状況にあっても的確な行動を取ってくれる人というのはいるようだ。
 心臓がバクバクと胸打っている私の左右で、少し年下らしき青年と小太りの中年男性がそ
れぞれに彼に駆け寄った後、半ば野次馬と化していた周囲に呼び掛けて叫んでいる。
 だけど──私にはもう分かっていた。
 彼は、もう息をしていない。事切れてしまったのだと。
「…………」
 わざめく周囲の声が意識の遠くに聞こえるような気がする。
 私は、横たわって動かなくなった彼の傍らにへたり込んだまま空を仰いでいた。

(──やっぱり私、一人じゃダメだよ……)
 それから数日。彼がいなくなってしまってから数日。
 一人きりになった部屋でぽつねんとしていた私は、一念発起して押入れの中の荷物の山と
格闘していた。
 彼はもう戻って来ない。だけどやっぱり自分は誰かに頼ってやっと一人前なんだって思え
るから。寂しいからというのは身勝手かもしれないけど……それを埋めてくれるのが『彼』
だというのは周りから何を言われようとも揺るぐ事は無いんだ。
「確か、この辺りに仕舞った筈だと思うんだけど……」
 いつもならこういう雑事も彼にやって貰っていた。その方がずっと的確だから。
 ……決して面倒臭いとか、そういう訳じゃないんだよ。ホントだよ?
 それに何よりも、これだけは決して彼にして貰う訳にはいかなかったから。
「あ、あった」
 そうして荷物の山と格闘する事十数分。
 私はようやく目当ての代物が納められた白い厚紙の箱を見つけた。
 早速抱えたまま身を捩って押入れから出て、その蓋を開ける。
「……良かった。まだちゃんと残ってる」
 そこに収められていたのは、金属質のような陶器のようなボトルが数本。
 一見すると何かの除草剤の容器のようにも見えるが、違う。私は逸る気持ちを抑えつつ、
それらの表面に貼り付けてある説明書きに目を通す。
 今度も優しい『彼』にしようか? そう思ったがもう同じものはストックが無かった。
 少し残念に思いながらも、私は残った『彼』候補を選ぶ作業に暫し没頭する。
「……待っててね。すぐに新しい貴方に詰め替えてあげるから……」
 少々散らかった部屋の中で、抜け殻のように──いや正真正銘の抜け殻としてぐったりと
仰向けになっているあの『彼』の横顔を、愛しさと共に見遣りながら。
                                             (了)

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  1. 2011/07/11(月) 22:00:00|
  2. 詰め替える
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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