日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔101〕

 再び時を前後し、摂理宮。
 世界樹(ユグドラシィル)に潜むこの浮遊要塞の一角で、ジーヴァ達は眠っていた。他と
同じく静かに明滅を繰り返す明かりの中、ずらりと巨大な回復カプセルが並ぶ区画、その満
たされた溶液の中に浮かんでいる。
『──』
 ジーヴァとヴァハロ。使徒級最高戦力と呼ばれる二人に、クライヴとサロメ、フェルトを
加えた五人。
 彼らは全員、先の竜王峰における戦いに参加していた者達だ。今は重傷を──中には千切
れた手足を繋いだ痕が未だ残っているほど、ボロボロされて目を覚まさないままでいる。
「……」
 そんな彼らを独り、ルギスは言葉もなく眺めていた。
 コポコポと時折生じるカプセル内の泡(あぶく)だけが、辺りに音響として染み入っては
消えてゆくを繰り返す。
「よう。様子はどうだ?」
 そこへ新たに、二人の人影が加わった。ヘルゼルとリュウゼン──同じく使徒級に名を連
ねる魔人(メア)達である。
 彼らが近付いて来るのを認めて、ルギスは肩越しに振り向くと、やや嘆くように肩を竦め
てみせた。何時もの飄々とした風貌も、今回ばかりは深刻そうなそれを宿している。
「見ての通りサ。回復液にぶち込んではおいたものの、こうもボロボロにされるとはねェ」
 曰く、ジーヴァ達はレナの覚醒──解放された聖教典(エルヴィレーナ)の攻撃を受け、
一転して退却を余儀なくされたのだという。聖浄器は、自分達魔人(メア)には特効の威力
を発揮する。その雨霰をもろに食らったのだ。無事で済む筈もない。
「“竜王”殿の、咄嗟の判断のお陰だヨ。あそこで退いてしまう決断をしたからこそ、何と
か連れて帰って来れタ。もしこれがもう少し遅れていたら……死んでいてもおかしくはなか
っただろうネ」
 回復カプセル群を背に、大きくため息をつくルギス。そんな技術担当の彼を、ヘルゼルと
リュウゼンは言葉少なく見遣っていた。ふむ……? 軽く口元に手を当てて、一見深刻そう
ではない前者と、眉間に皺を寄せてカプセルを見上げている後者。自分達使徒級最強とされ
てきたジーヴァ・ヴァハロの両名が、ここまで深手を負った姿など初めて見る。
「……中でも特に、ジーヴァの被害(ダメージ)は深刻だヨ。彼の《黒》は、あくまで相手
の色装(のうりょく)を無効化する能力だからネ。純粋な魔導や、直接的なオーラの攻防ま
では掻き消せない。他の四人に比べて防御の手段に乏しいものだから、一番まともに食らっ
てしまったんダ」
 そう語りながら、眼鏡の奥で思案顔をしているルギス。ヘルゼル達もその辺りは既知の事
実だった。
 たとえ最強と呼ばれる色持ち(のうりょくしゃ)でも万能ではない。能力の相性次第では
不利になるし、場合によっては全くの無力になってしまうこともある。過信すれば己が身を
滅ぼしかねない。色装とはそもそも、そんな極端な二面性を孕んでいるのだ。
「何とか一命は取り留めたものの……これでは全員の復活には、どうしても時間が掛かって
しまうだろうねエ」
「……それは、拙いな」
「ああ。クライヴ達はともかく、俺達の中でもトップクラスの二人が動けないとなると、こ
の先の作戦にも支障が出るぜ?」
 故にリュウゼンとヘルゼルは、共に少なからず眉間に皺を深めた。ルギスも同じく静かに
頷き返している。自分達“結社”の大命は、これからが正念場なのに。
 今回の戦いで、かの“勇者”ヨーハンとレノヴィン兄弟の片割れを始末する事は出来たも
のの、結局その聖浄器は回収出来ず終いだ。
 もしかして……損の方が大きかったのではないか? このままではやはり、自分達は“別
の方向”にシフトしてゆかざるを得ないだろう。
 問題はその際、末端の兵達にどう納得させるかだ。
 単純な欲望(どうき)であれば構わないが、そうでない者達は──。
『見つけたぞ。此処にいたか』
 ちょうど、そんな時である。思わず黙り込んでいた三人の頭上に、見覚えのある紫色の光
球が突如として転移してきたのだった。ルギスを筆頭に、面々は咄嗟にその場で跪く。最高
幹部の一人であり、組織の表の顔役を務める“教主”ことハザンだ。
 光球の向こう、本来の姿である老魔導師の横顔を暗がりの中に潜めながら、彼は通信越し
に訊ねてくる。
『ジーヴァ達の具合はどうだ?』
「はっ。何とか一命は取り留めましたが、皆重症でしテ……。復活には時間が掛からざるを
得ない状況です。特にジーヴァは色装(のうりょく)の性質上、聖浄器の威力をもろに食ら
っておリ……」
 ルギスは組織内の技術担当として、改めて彼に、先日運び込まれたジーヴァ達の経過を報
告した。紫色の光球は暫くじっと、この報告に耳を傾けて明滅していたが、ふむ……と深刻
そうな思案声を漏らすと口を開いた。
『……そうか。仕方あるまい。ならば一刻も早く回復が済むよう全力を挙げろ。必要な資材
や貯蔵魔力(マナ)を、そちらに優先的に回すよう指示しておく』
「はっ! 有難うございます」
『うむ。それと……』
 だが彼の、ハザンの用件はそれだけではなかったのだ。
 謹んで拝命し、更に頭を下げるルギスを通り越して、彼を代弁する光球は心なしかその視
線を持ち上げたような気がした。
 そこに居たのは──即ちルギスの後ろで、同じく跪いていたリュウゼンとヘルゼル。
 小さく頭に疑問符を浮かべ、そんな視線に気付いて顔を上げたこの元鬼族(オーグ)と元
鳥翼族(ウィング・レイス)の部下達に対して、ハザンはもう一つ別の指令を下す。
『リュウゼン、ヘルゼル。その間お前達に、やっておいて貰いたいことがある』

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  1. 2019/02/12(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔42〕

 偽の筧騒動の混乱も収まり切らぬ内に、中央署上層階の一角が突如として吹き飛んだ。
 耳に飛び込んできた轟音に、騒動の前後のままその場に居合わせていた人々は、思わず弾
かれたように頭上を仰ぐ。
 瞳に映ったのは──空中に散らばってゆく幾つもの瓦礫だった。
 ぐっと抑えつけられるような意識のスローモーション。更に目を凝らしてみれば、その中
に何か、人影のような者達が交ざっているではないか。
 それらはゆっくりとこちらに、近付いて来るようにも見える。
「……何だ?」
「誰か、落ちて……」
「に、逃げろぉぉぉぉーッ!!」
 しかし悠長にもしていられない。頭上から降ってくるということは、このまま突っ立って
いれば、自分達も巻き込まれるということなのだから。
 そう面々の内の何人かが、理解して叫んだ次の瞬間、彼らは途端に散り散りになって逃げ
出した。重なる悲鳴。直後ドスンッと、寸前まで立っていた辺りに大きな瓦礫群と分厚い西
洋甲冑の人影が叩き付けられる。
「あいっ、たあ……」
 先ず落ちてきたのは、グレートデュートもとい仁だ。生身の身体ではなく、コンシェルと
同期した姿なお陰で、まだじたばたと地面の上でもがく程度で済んだが、本来なら間違いな
く即死する高さだろう。その周りで同じく少なからぬ衝撃──落下ダメージを引き摺りなが
ら、朧丸と同期した國子や他の隊士達数人、仁と共にライノの突進に巻き込まれた面々が起
き上がり始める。
「……あうあ」
「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」
「私なら平気です。それよりも、来ますよ」
 更に彼らを追って、また別の新しい怪人がこちら側に降ってきた。
 鎧のような硬皮を纏った黒サイ──角野ことA(アーマー)・ライノだ。仁達をその突進
で屋内から吹き飛ばし、自身もその勢いのまま飛び降りて着地。衝撃で大きくひび割れたア
スファルトの地面をもろともせずに、数拍の残心を溜めた後、文字通り獣のような激しい怒
気を込めた咆哮を上げる。
「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」
 そして大穴の空いた件の上層階から、白鳥こと怪人態(ほんしょう)を現したプライド達
もまた降りてくる。ジークフリートの風を纏い、一足先に仁達の下に駆け付けた皆人ら残り
の面々と、今にも第二ラウンドに突入しようとしている。
「な、何がどうなってるんだ……??」
「知るかよ! 走れ!」
 はたして両者の激突は直後始まり、最早“日常”とはかけ離れた光景、甲高い金属音と火
花が辺りに響き渡った。居合わせ、逃げ惑う人々の中には、この不可解極まりない──まる
で漫画や映画のワンシーンのような現実に狼狽する者も少なくなかったが、それでも大半の
者・連れは今この場から逃げることを優先した。怒鳴って促し、他に余分な思考を差し挟む
暇(いとま)さえなかった。
「一体何なの……? 何かの撮影、って訳じゃないよね?」
「ドッキリなら明らかにやり過ぎだろ……。つーか、あそこにいるのって筧兵悟じゃね?」
 そうして散り散りに、一方で見も知らぬ隊士達に避難誘導を受ける彼らは、視界一杯に広
がるこの異常事態の中で、何とか“現実”を理解しようと試みていた。頼みの綱は常日頃持
ち歩いている自身のデバイスである。トタトタと走りながら、少なからぬ面々がこの画面を
タップし始める。或いは十分距離を取ったと判断し、路地などの物陰からこの戦いの一部始
終に再び目を凝らして、尚も場に留まろうとする者達もいる。
「そういや、例の配信は?」
「駄目だ。真っ暗だ。止まっちまってる」
 先刻まで何者かが配信していた、筧兵悟と中央署幹部・白鳥らとのやり取りは、気付けば
完全に画面ごと沈黙してしまっていた。
 言わずもがな、自らの正体を暴かれた白鳥ことプライドが筧を攻撃した際、彼が持ってい
たデバイスも破壊されてしまったからなのだが……勿論そんな細かな事情など彼らは未だ知
る由もない。幾つもの疑問符ばかりが先行する。
 結果人々は、この途絶えた一次情報にうずうずとしていた。
 幸か不幸か現場に居合わせた人々と、そうではない大半の外側の目撃者。一分一秒と時間
が経つにつれて、両者の情報差は開いていったが、抱いた戸惑いと事の重大さに対する認識
はそこまでかけ離れてはいない。
 ──あれは一体、何だったのだろう? 夢だったのか、確かな現実なのか。
 ──何の予告も無しに始まって、こちらがわらわらと視始めた頃になって途絶える。一体
何をどうしたかったのだろう?
 怪人達同士の戦いが現在進行形で続いている現場、そこに居合わせてしまった人々の側こ
そ、自身の目に映るこの光景を一切合切否定する訳にもいかなかったが、二次・三次的に事
件を知った大半の者達はより半信半疑だった。
 映画の撮影やドッキリ? 質の悪いイタズラ?
 それにしては大袈裟過ぎる。第一そんな“ふざけた”仕業に、あの容疑者・筧兵悟が絡む
とは考え難い。或いは怪人は本当に居たんだ、都市伝説は本当だったんだと、その手のマニ
ア達はそれぞれの画面越しで狂喜する。
「み、皆さん! 落ち着いて!」
「急いで、ここから避難を……!」
 中央署前の広場では、戦う面々の中にあの瀬古勇の姿が加わった。
 一度は死んだ筈の少年殺人鬼。それだけでも人々は驚愕したというのに、更に彼はそこか
ら真っ黒なリアナイザを取り出すと、漆黒のパワードスーツに身を包んだではないか。
 散り散りに、我先にと逃げて行ったかと思えば、あちこちでそんな目まぐるしい状況を動
画や写真に収めようとする。同じく現場に居合わせた警官達は、自身の危険も顧みずに彼ら
を逃がそうと必死に呼び掛けていた。
 だがデバイスを掲げてこちらに目を見張っている彼らの、一旦火の点いてしまった群衆の
好奇心を、ほんの一部の官憲だけで止められる筈もない。現場だけではなく、街の内外でこ
の怒涛の展開を目撃したであろう人々のそれと様々な憶測は、最早誰か一人の意図の下に御
し切れるものではなく……。

「──」
 故に自宅の彼女もまた目撃して(みて)いた。失意の中にあった七波も、閉じ籠っていた
部屋でデバイス越しに、一連のゲリラ配信の存在とその内容を知った。尤も実際に視聴した
のは、同時刻の目撃者達有志による、拡散目的に複製(アップ)されたそれだったが。
 切欠は、カーテンを閉め切っていた自室に響いた、友人からの電話。
 そこから筧と白鳥の対峙、何より自分が彼に残した留守番メッセージ──SOSが白日の
下に晒されていることを知った。
 正直、直後は混乱した。何故あの人のデバイスを、白鳥という男が持っているのか?
 だがそれ故に、彼女は程なくして理解する。つまり映像の中で言われているように、由良
の死を含めた一連の黒幕こそが、この……。
(筧さん……)
 自らの恐れでいっぱいっぱいで、閉じ籠ってしまった部屋の中で、七波は思わずぎゅっと
胸元を掻き抱いた。胸の内側、手の届かない深い部分から、まるで締め付けられるかのよう
な思いだった。
 心配、不安。ごくりと息を呑んで、そっと閉じっ放しだったカーテンの隙間から外の風景
を見遣る。一見すれば普段と変わり映えのしない、物静かな住宅街が広がっている。
(私、もしかしなくても、とんでもない事を……?)
 一人盛大に、眉をハの字に下げて。
 彼女はそう再び、今にも泣き出しそうな表情(かお)を浮かべた。

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  1. 2019/01/22(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔100〕

「──っ!!」
 それまでぐったりと、抜け殻のように椅子に身体を預けていたユヴァンが、次の瞬間突如
として意識を取り戻した。
 やや時を前後し、世界樹(ユグドラシィル)内・摂理宮。
 ビクンと弾かれたように仰け反り、何よりも苦悶の表情を浮かべて戻ってきた彼に、ハザ
ンやシゼル、オディウス、金髪の青年といった“結社”を率いる盟友達が、慌てた様子で駆
け寄って来る。
「ユヴァン殿!」
「おい、どうした!?」
 その色装(のうりょく)の性質上、ユヴァンは全力を出して戦うには少なからぬリスクが
伴う。“摂理”に見出され、質・量ともに常人を遥かに超える力を得て久しい今となっては
尚更だ。
 この部屋に限らず摂理宮内の各所に言えることだが、仰ぐ天井や壁は半透明で、一方的に
中から外の様子を見ることができる。飾り気のない無機質なフロアに映るのは、これまでも
これからも延々と繰り返される、無数の魔流(ストリーム)蠢く奔流である。
「……大丈夫。予備の“器”が、やられただけだ」
「やられた……? お前の義体(からだ)がか?」
「ですがあれは、貴方の《罰(ちから)》を補う為の……」
 目を見開く盟友達に、ユヴァンはあまり気が進まないといった様子で答える。
 特注の被造体(オートマタ)に意識を転送した上で、自らも出撃していた竜王峰の戦い。
そこでヨーハンの、文字通り命を賭した抵抗を受けたこと。結果一つ目と予備の“器”を道
連れにされ、何より彼の聖浄器・絶晶剣(カレドボルフ)と絶晶楯(カレドマルフ)をも奪
い損ねたことなどを、一通り皆に話して聞かせた。
「僕は……あいつを甘くみていた。あいつは始めから、勝つ心算などなかったんだ」
 何てことを。向こうでの一部始終を知り、ハザンが彼らへの忌々しさとユヴァンへの心配
でギリギリと歯を噛み締める。シゼルは真っ直ぐにこちらを見つめたまま言葉が出ず、同じ
くオディウスは眉間に深く皺を寄せ、腕組みをしたまま黙り込んでいる。金髪の青年も、何
か思案顔になってぼうっと天井から透ける外の魔流(ストリーム)達を眺めていた。
「よ、予備の義体(からだ)は、確か」
「ああ。もう一つだけあるが、今投入するべきではないだろう。本当の本当に、予備がなく
なってしまう」
「新しく造るにも、時間が掛かってしまいますしね」
「向こうにはまだティラウド達がいるんだろう? 絶晶剣(ボルフ)と絶晶楯(マルフ)だ
けでも、持ち帰ってくれればいいが……」
 まだ“器”自体はある。だがユヴァンは、自身の色装(のうりょく)の性質上、それらを
全て失ってしまうリスクだけは避けたかった。避けなければならない理由があった。言って
しまえば保身だ。
 ただの被造体(オートマタ)ではないことに加え、あそこにはまだティラウド達が残って
いる。視線をこちらに戻した、金髪の青年の問い掛けにユヴァンは頷き、ここは一旦退いた
上でその可能性に賭けることにした。
 少なくともヨーハンは死んだ──致命傷を負った筈だ。それに意識を戻す直前、ジーク・
レノヴィンが自身のオーラを全開にして、ジーヴァに向かってゆく姿を見た。ジーヴァもは
っきりとこれを捉えていた。諸々を含めて“確認”しようと思うが、おそらく彼も死んだだ
ろう。厄介な二人を始末することができた。その点でみれば、今回の戦いも無駄にはならな
かったと信じたいが……。
「……急いで、援護を」
 ぐっ!? しかしそう椅子から立ち上がろうとしたユヴァンは、直後激しい痛みと眩暈に
襲われ、咄嗟に支えに入ったオディウス達に受け止められた。「ユヴァン殿!」「まだ動い
ては駄目です! 義体(うつわ)とはいえ、貴方の負ったダメージを大きいんですよ!?」
悲鳴にも近い声色で慌てるハザンやシゼル、盟友達は必死にユヴァンを押し留める。物理的
というよりも精神的な意味でだ。とうにヨーハンらかつての十二聖達と袂を分かったとはい
え、彼のこれまでの歩みと苦悩を、自分達とて知らない訳ではないのだから。
「……すまない」
 盟友達に支えられ、暫くしてユヴァンは落ち着きを取り戻した。尚もふらつく身体で再び
椅子に背を預け直すと、大きく深呼吸をする。片掌で隠すように額や目元を覆い、俯き加減
になって呟く。オディウスと金髪の男は、その間に宮内の配下達に通信を繋ぎ、彼の代わり
に取り急ぎ竜王峰(げんち)の状況を確認するよう命じた。
「本当に僕達は、作戦を変えなければならないな」
「……ああ」
 そうして次に漏れたユヴァンの言葉。総じて険しい表情で頷くオディウス達。人々の抗い
は強くなる一方だった。
 激しい精神的倦怠の中で、ユヴァンは思う。最期の最期にやってくれたヨーハンも然り、
レノヴィン達も然り。少なからず真実を“知って”も尚、今在るヒトを諦めない彼らの執念
というものを、今回改めて思い知らされた。元より茨の道を往くと解っていた筈なのに、そ
の覚悟を以って臨んできた筈なのに、ここに来てことごとく彼らの抵抗が当初の計画を崩し
始めている。
(僕もまだ……捨てる覚悟が足りないということなのだろうか)
 迷い。だが心配する盟友達──主にハザンやシゼルを前に、ユヴァンはあくまで気丈であ
ることを貫いた。小さく嘆息する自身、皆をざっと流し目で確認するさまを隠しながらも、
彼は新たな指示を“結社”最高幹部の一人として発する。
「こちらも、次の手を講じなければ。奴らをまだ……倒し切れた訳じゃない」

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  1. 2019/01/08(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔41〕

 飛鳥崎中央署の前は、その時にわかに騒然となっていた。
 ただでさえ連日の警戒態勢でピリピリとした空気が流れていたのに、そこへ突如として闖
入者──容疑者・筧兵悟と思しきコート姿の男が現れたのだ。居合わせた者達が皆、激しく
動揺してしまったのは無理からぬことだろう。
「お、大人しくしろ!」
「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」
「おい、もっと人呼んで来い! 上にも知らせろ!」
 暴れ始めた筧らしき男に、辺りで警戒に当たっていた警官達が次々に覆い被さる。通り掛
かった市民を守るように──いや、それ以前に、容疑者確保の為に必死になって。
 その数、結果数十人。
 中には直接男に組み掛かっていった者もいたが、多くはその外側を囲む者達だ。騒ぎを聞
きつけて、辺りに詰めていた記者達や野次馬の類が集まって来ている。
「は、離せェ!!」
 さりとて手を貸す訳でもなく、彼らは取り憑かれたようにカメラのレンズを向けていた。
或いはめいめいがデバイスの画面越しに、事の一部始終を動画に収めようとしている。
「大人しくしろ!」
「確保! 確保ォ!」
 それでも一対多数、数の多さで押し切って、居合わせた警官達はようやくこの筧と思しき
男を取り押さえることができた。組み付いて押し倒し、力ずくでねじ伏せて関節を取る。
 やっと捕まえた……かなり抵抗されてしまった。
 騒ぎになり、周りには既に野次馬や記者達がわらわらと集まっているが、一先ずこれで大
丈夫だろう。警官達は安堵する。それでも逃げられないよう、最後まで気は抜かぬよう注意
しながら、男からコートやら帽子やらをひっぺがした。何につけても、その顔を確認してお
かなければならない。
「……おい。こいつ、筧じゃないぞ」
『えっ?』
 だからこそ、場に居合わせ駆け付けてきた刑事の一人がそう呟いた瞬間、彼らは思わず戸
惑いの声を漏らしたのだった。
 目を瞬き、困惑する。それは口にした刑事──多少の面識がある同僚も同じで、警官達は
このアスファルトの地面に組み伏せられた見知らぬ男の姿を見ていた。尚も必死に抵抗し、
何か訴えようとしていたが、彼らはもうその辺りにまで意識が向かないでいる。
「ってことは……。偽物?」
 或いは盛大に誤認確保してしまったのか。だがそれでは何故、この男は突然現れて暴れ出
したのだろう?
「──」
 答えは簡単だ。実の所彼は、司令室(コンソール)から送られた工作員だったのだから。
 場に居合わせた警官・刑事達に取り押さえられ、多少なりとも顔に擦り傷がついたり筧に
扮した服装がボロボロになってしまっていたが、その表情には何処かぐったりとしつつも達
成感のようなものが滲んでいた。黙して、自らの役割が果たせたと安堵していた。
「ど、どういうことだ?」
「じゃあ、本物は何処に……?」
 故に辺りをキョロキョロと見渡しつつ、狼狽えている警官達。
 普段ならばそんな“弱さ”など市民には見せられなかっただろうが、今回は状況が状況だ
けに、そうした彼らのさまを含めた一部始終も、集まった記者や野次馬達はしっかりとその
カメラなりデバイスに収めていたのだった。
 そもそも彼は一体何故、こんなことを……?
 ざわざわと、何重にも人だかりを作りながら、人々は予想だにしない出来事に戸惑う。
「……うん?」
「? どうした?」
 ちょうど、そんな時である。自らこの人ごみを形成していた野次馬の一人が、先程から手
の中で弄っていたデバイスの画面に、ふと見知らぬ妙なページを見つけたのだった。
 すぐ傍に立っていた彼の連れが、その小さな怪訝に気付いて視線を返す。
 そしてこの小さな異変への気付きは、程なくして彼以外の野次馬達──内外でデバイスを
弄っていた人々の中に、一人また一人と広がってゆく。
「あ、いや……。もしかしてこれ、中央署のお偉いさんじゃないかって。ほら、例の会見の
時、引き延ばした写真を出してた……」
 連れに促される形で、この野次馬の一人が、そう自身のデバイスに映したとあるページを
見せてくる。
 それは何処かの室内を映したライブ配信のようだった。配信者の名義などは不明で、だが
そう戸惑っている間にも、画面には現在進行形で緊迫する内部の様子──刑事と思しき厳つ
いスーツ姿の男達が、撮影者らしきこちら側に銃口を向けて身構えているさまがありありと
流されている。
『そうだろう? 白鳥。いや──幹部プライド』
『……いつからだ? いつからお前らは、入れ替わっていた?』
 筧だった。配信映像は全て彼の視点から映され、その単身決死の覚悟で臨んだ暴露合戦の
一部始終を記録し続けている。
『それは、そんなに重要な事かな?』
『……七年くらい前かな。長かったよ。一度にゴロッと変わってしまえば怪しまれるから、
少しずつ少しずつ、取り換えてゆく必要があった』
 そして彼と対峙しているのは、白鳥や角野以下、当局上層部の刑事達。

 静かに驚愕する画面の内側と、外側の人々。
 まさしくそれは、今回の一連の事件の真相に迫る、決定的瞬間でもあって──。

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  1. 2018/12/18(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔40〕

 今思えば、由良が『二手に別れましょう』と言ってきた時、俺はあいつを止めるべきだっ
た。勝手な親心を利かせ、こいつも先ず俺を頼ることから離れて一人前の刑事(デカ)にな
ろうとしているんだなと、その心中を察せなかった事がそもそもの間違いだったんだ。

 一体どういう経緯で、どれほどの事実を知ったのかは分からない。
 だが少なくとも、あの時点であいつは越境種(アウター)や当局について怪しんでいたの
ではないか? その確証を得ようとしていたのではないか?
 つまり、わざわざ一人で調べようとしたのは──俺を巻き込まない為。
 ……馬鹿野郎。要らない所ばかり似やがって。先輩よりも先に逝ってどうする。
 白鳥達に消されたのは、十中八九蝕卓(れんちゅう)と当局の繋がりに、あいつが勘付い
てしまったからなのだろう。或いはもっと踏み込んで、触れようとしたからか。
 ……何てことはない。敵は始めから、すぐ傍にいたんだ。
 もし当局自体がクロ──白鳥や幹部連中が染まっているのなら、これまでの不自然なほど
の隠蔽や性急さにも合点がいく。というより、その為に奴らが組織内に入り込んだと考えた
方が妥当だろう。少なくとも、昨日今日の話ではない筈だ。
(すまねえ、由良。俺のせいで、お前は……)
 悔しくて悔しくて、何度だって唇を噛み締める。
 相棒(あいつ)がいなくなってから、一体何度、俺は自分の不甲斐なさに己をぶちのめし
たくなっただろう? いっそ暴発し、何もかも吐き出してしまいたかった。
 だけども出来なかったのは……ひとえにそれが刑事(デカ)の誇り以上に、あいつの犠牲
を無駄にする事だと、頭の何処かで解っていたからだ。
 あいつが自身の血を使ってでも俺に残そうとした『ASU』──杉浦が連中の仲間だとい
うメッセージ。俺にはその意思を、受け継ぐ義務がある。あいつに代わって白鳥達を、この
街のど真ん中で踏ん反り返っている奴らの鼻っ柱をへし折らなけらばならなかった。
 尤もその為に、そんな事実に俺自身が行き着く為に、対策チームなんていう外野の集まり
に借りを作ってしまうことにはなったが。
「……」
 全くどいつこいつも、他人を馬鹿にしてやがる。
 連中に捕まって、あっちこっちを引っ張り回されて。
 俺自身が表向き容疑者にされちまったことは、正直どうでもいい。それよりも今は、奴ら
をあの場所から引き摺り降ろすのが先だ。
 大よそ身体の傷は癒えた。一体あれから、どれだけ時間が経ったのだろう? 相変わらず
でたらめな技術だが、今は都合が良い。元よりじっとなんざ──大人しく怪我人なんざして
られない。
(……もう少し待ってろよ。由良)
 だから俺は一人歩いてゆく。目指すべき場所ならば決まっている。
 全ては由良(あいぼう)の弔いの為。あいつの信じた、正義の為だ──。

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  1. 2018/11/13(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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