日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔23〕

 夜の街を灯す光は、名も知れぬ無数の社畜達そのものだという言葉がある。
 そんな社会の影を象徴するような光景が、そこにはあった。とうに定時を過ぎ日も落ちた
オフィスの一室で、一人邪悪にほくそ笑みながら札束を数えている男がいる。
「ひひひ……。今日も大漁大漁……」
 その男は、このオフィスに入る会社の社長だった。尤も規模自体はそう大きくない。だか
らこそ法の眼は疎かになるし、また彼自身も守る気は更々なかった。
「やっぱり使い潰す奴あ、馬鹿に限る」
 男の経営する会社は、いわゆるブラック企業だった。人を酷使し、物を惜しみ、暴利を貪
る者達の一人だった。
 優遇するのは自分に忠実なイエスマンだけ。その一部の側近の下に、学も浅い下っ端達を
文字通り消耗品のように従える。
 疑問を抱く者、呈する者、いわんや歯向かってくる奴には容赦しない。徹底的に日陰に追
い遣って手前の立場ってものを解らせてやる。辞める事も許さない。せっかく手間を掛けて
採用してやったんだ。余計な真似をしないよう、磨り減って無くなるまで使ってやる。
 一番の無駄金は、人件費だ。なぁに分かりやしない。それぞれの給料をちょろまかすなん
てのは日常茶飯事だった。組合? 誰が許すと思ってる。そんな暇があるならもっと働け。
もっと俺に金を持って来い。ノルマをこなして来い。
 こういう時、馬鹿が大半を占めていると都合がいい。奴らはそこまで頭が回らないし、考
えようともしない。こちらが日頃から働き詰めになるよう仕向けてやれば、そんな余裕すら
持てなくなるだろう。加えて今はそういう“運動”自体を格好悪いものとして避けるような
風潮がある。こっちとしては願ったり叶ったりだ。
「……?」
 だが、そんな時だった。ふと男は背後から気配を感じ、ほくそ笑む口角と札束を数える手
を止めた。目を丸くし、ゆっくりと後ろに振り返る。
『──』
 そこには見慣れぬ、二人の侵入者が立っていた。
 一人は草臥れたスーツの上にフード付きのパーカーを羽織り、ぶらんと片手に奇妙な短銃
型の装置を握っている男。もう一人はその傍に付き従う、金色の騎士甲冑──文字通りの怪
物だった。
「な、何だお前ら! どうやってここに入って来た!?」
 男は黒縁眼鏡がずれ落ちるのも構わぬまま、この二人に向かって叫んだ。さっきまで、ま
るで気配などなかった筈だ。
「大体、警備の奴はどうし──」
 そして言いかけて、止まる。彼らの背後、少し開いた扉の向こうの通路に、その警備員達
が倒れていた。白目を剥き、或いはぐったりとうつ伏せになってぴくりとも動かず、遠目に
も全員が倒された後なのだと解る。
(何だ、こいつらは……?)
 口元から目元へと、表情が引き攣る。彼らは自分が雇っている、荒事専門の男達なのだ。
 にも拘わらずそんな屈強な彼らが、こちらが気付く前に全てやられていた。つまり物音の
一つすら立てずに。極めて短時間で。
「……徳永太一郎だな?」
「ひいっ?!」
 ぽつり。ぐるぐると思考が切羽詰まる中、フードの男が言った。恐怖と驚きと。何故俺の
名を知っている? 疑問は次々に過ぎったが、何かが喉に引っ掛かるようにして中々言葉と
なって出てこない。
「正義の名の下、お前を処罰する。やれ」
 そしてフードの男が命じるままに、金色の騎士甲冑が動いた。ザラリと幅広の両手剣を抜
き放つと、ゆっくりこの社長・徳永に近付いていく。
「ま、待て。待ってくれ! 金ならある。幾ら欲しい? 誰かの差し金だろう? その倍、
いや三倍は払うから、見逃し──」
「……」
 テーブルの上の札束を震える手で掴み取り、見せてくる徳永。
 だがフードの男は、影になったその表情を一切変えず、酷く冷たい眼でこれを見ていた。
心の底から侮蔑し、静かに怒りさえ宿していた。
 変わらず、金色の騎士甲冑が近付いて来る。間合いはやや近距離。徳永はすっかり腰を抜
かして椅子から転げ落ち、涙目になっている。自分のみせた反応がまるで逆効果だと気付い
たのは、これからもっと後になってからの事だった。
 くるり。直前小さく嘆息を吐き出して、フードの男は踵を返す。
 それが合図だった。徳永の絶望した思いは届かない。騎士甲冑の幅広剣が大きく振り上げ
られ、這いつくばって逃げ出そうとするこの男の背中を──。

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  1. 2017/03/22(水) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔83〕

 顕界(ミドガルド)西方の盟主・ヴァルドー王国。
 その中枢、王都グランヴァールにてとある騒乱が起きようとしていた。現国王ファルケン
に対する大規模なクーデターである。
 玉座の間にて、ファルケンは取り囲まれていた。包囲し、刃を向けているのは、幾名かの
臣下達と見知らぬ黒衣の集団──そして裏切りの元王国武官・グノアだった。
 王を守ろうとする者と、王を倒そうとする者。
 追従勢力と反対勢力が今、文字通り相対している。
「……やれやれ。またお前か」
 城内のあちこちから響く剣戟や銃声。だが当のファルケンは、玉座に腰を下ろしたまま片
肘をつき、あからさまに辟易したようにグノアを見ていた。
 守る側と攻める側が得物を構えて睨み合っている。
 クーデター派を率いるのは造反の臣下達と、今や半人半機の魔人(メア)として“結社”
に下った使徒グノア。加えてそのやや左右後ろに、同じ使徒たるアヴリルとフェニリアが控
えている。
「ようやく、だ。私はこの日の為に結社(かれら)の下に降った。鎧戦斧(ヴァシリコフ)
を渡せ。王から退き、死んで貰う」
 グノアの最早隠さない忌々しい眼。彼の半分機械の視線はギロッと、ファルケンの左腕に
巻かれた文様(ルーン)入りの黒手甲──この国の聖浄器に注がれていた。
 取り巻きの部下達らがギチッと、より一層武器を握る手に力を込める。
 だが当のファルケンは、片肘をついた格好のまま何も変わらなかった。寧ろじっとグノア
ら造反者達を見つめ、小さくため息さえついている。
「はいそうですかと俺が差し出すような人間だと思うか? 少しは学習しろよ。二年前まで
はこの国で働いてた一人だろうが。兵を止めろ。今ならまだ引っ込みがつく」
「五月蝿い! 貴様のような──貴様のような人間がいるから、この世界には要らぬ戦いが
絶えないのだ! 無駄だと知れ。私達はヒトは“摂理”の一部でしかない。屈しろ。無駄な
足掻きは世に混乱を招くだけなのだ!」
 くわっと叫ぶグノア。その声色は間違いなく私怨を含んでいたのだろう。
 ルギスによって改造された義手をぶんっと横に薙ぎ、訴える。自身があの時見せられたも
のの偉大さ、途方のなさ。知ったからこそ、確信を得たからこそ、このかつての主君が突き
進む道に立ちはだかずにはいられない。
「……ふっ」
 にも拘わらず、ファルケンは嗤っていた。まるで取り憑かれたように降伏を迫るグノアを
哂うようにあくまで余裕の態度を崩さず、スッと城内に響く戦いの音に目を細めている。
「な、何がおかしい!」
「何がって……お前のその必死さだよ。お前がこの国を裏切った時にはもう分かってた。ま
さか反発してくる奴がお前一人で終わるだなんて本気で思っていたのか? 一応これでも、
悪役を演じている(にくまれやくの)自覚はあるんだぜ?」
 何を──。嗤って屈する素振りも見せないファルケンの言葉に、グノアや元臣下達が戸惑
いの表情を漏らした、その時だった。それまで乱雑に響いていた戦いの音が、ふとした瞬間
に一挙に定型のリズムを以って刻まれ始めたのである。
 反撃。その事実にグノア達が気付いたのは、数拍後の事だった。だが状況は既に思わぬ形
でひっくり返されることとなる。
「グノア様!」
「て、敵襲です! 城内の各ポイントを制圧していた部隊が、次々と崩壊を!」
「ヴァルドー軍の新手と思われます! 突然、何もない所から現れて……」
「何……?」
 大慌てで、ボロボロになりながら駆け込んできた黒衣の兵士──“結社”末端の兵達。
 その報告にグノアが、そしてそれまで傍に控えていたアヴリルとフェニリアが眉間に皺を
寄せた。そっと口元に手を当て、指先に小さく火を点し、いつでも戦えるように動き出す構
えをみせた。
『──』
 その、次の瞬間だった。ファルケンの周りに新たに十名ほど──紛れもなく空間転移して
きた武官達が突如として現われ、場のクーデター派配下の兵達を蹴散らしたのだった。堅い
鎧に身を包んだ戦士から大太刀を担いだ剣士、スリットの入ったドレスを着た女魔導師まで
その姿は十人十色である。
「!? これは……」
「紹介するよ。俺直属の将達だ。魔人(どうぞく)なのは……視れば解るよな? この二年
で集めた。名前はそうさな……“王の牙”って所か。いつまでもお前らの専売特許にしてお
く理由もねぇだろ?」
 眼を見開くグノア達。彼らは皆、使徒らと同じ魔人(メア)だった。
 斧を太刀を、弓を杖を構えてファルケンを守るように陣形を組む十人の将。少なからずの
味方を弾き飛ばされた黒衣の兵や反乱軍の面々が、じりっじりっと後退する。
 加えて城内──玉座の間以外の戦いの音が更に激しくなった。“牙”達配下の援軍がクー
デター派を押さえ、勢力を盛り返してきたのだ。元より効果的にと、城内の要所へ重点的に
兵力を分配していた作戦が、却って互いの兵力を分断する結果となったのだった。
「ぬぅ……ッ。おのれ、おのれおのれおのれェ!! この期に及んでまだ抗うか!? ファ
ルケン・D(デュセムバッハ)・ヴァルドー!!」
 狂ったようにグノアが叫ぶ。スッと、アヴリルとフェニリアが言葉少なく目を細める。
 ファルケンは嗤っていた。この二年で新たに従えた魔人(メア)部隊“牙”達を率いて尚
も玉座に着く。
 そして彼はパチンと指を鳴らした。予めこうした事態に備えていたのだろう。それを合図
にしたように中空に幾つものホログラム──通信映像が現れ、彼の不敵な笑みを映す。
「あー、あー。世界の皆よ、聞こえるか? 俺はヴァルドー王国国王ファルケン。この映像
が出回ってる頃には、また“結社”が面倒を起こしているだろう。さっさと始末はつけるつ
もりだが、一つお前らに言わせてくれ」
 既に王宮から上がる剣戟と幾つかの火の手。その不穏と実害が少しずつやや同時並行的に
城下町にも及び始め、導信網(マギネット)を通じて領民から世界へと発信され始めていた
その頃、ファルケンは言葉を放った。不安とまだ対岸と。人々のおもむろに上げた顔、瞳に
映るかの王の姿は、まるで対照的に決して折れぬ強さを持っているようにも見えた。
「知っての通り、俺達は“結社”というデカい敵と戦っている。今もちょうど、うちの馬鹿
が面倒を持ち込んできた所だ。この二年、いやもっとそれ以前から、皆はこいつらの影に怯
えてきたと思う。何にしたって関わりたくないだろうと思う」
 映像は二度三度、グノアやクーデター派の臣下達、きょとんとし、或いは訝しげなアヴリ
ルとフェニリアの表情(かお)を映した。もう一度ファルケンに戻り、彼は続ける。
「だが、俺達について来い。ついて来てくれ。ただ強制はしない。結局はお前らの自由だ。
平凡を選ぶならそれに相応しい安穏を、もしリスクを恐れないならその“背中合わせ”にあ
る報酬を用意する。ヒトはヒト以上ではないが、だからといってヒト以下に堕ちるべきでは
ないと俺は考える」
 人々は目を瞬いていた。或いは逃避し、俯き耳を塞いでいた。色んな人々が生きていた。
「──戦い続けろ。俺達は、準備ができている」
 ニッと嗤い、少し間を置いた一言。
 それは多くの人々にとって、彼の強気の発言、改めてのアピールなのだろうと思われた。

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  1. 2017/03/07(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔22〕

 握り締め、振り上げた神像を叩き付ける。
 直前、瞳に映った男の驚く表情(かお)。だが来栖の身体は既に命じられたままに解き放
たれ、人気のない教会内に鈍い音を立てた。
「ガッ?! 何(なん)──」
 人間らしい抵抗があったのは最初だけだった。
 何で。突然の出来事に男は思わずくぐもった悲鳴を漏らし、理解できずに問うてきたが、
勿論答えなど返ってはこない。
「あがっ……! や、止め──」
 殴る。殴る、殴る、殴る。殴打する。
 手の中の神像が真っ赤に染まっていこうとも、見開いた眼鏡越しの視界が次々に汚れてい
こうとも、来栖は振り上げる手を止めなかった。
 止められなかった。目の前に映るのはただこの男──あの善良なる愛しき母子(おやこ)
を殺めた犯人の姿、憤怒の対象だけだった。
 ……憎い。何故このような理不尽が許される?
 幸せになれた筈だ。彼女達には、その資格があった筈なのだ。
 それをこの男は奪った。その浅薄で身勝手な理由で、二人の未来を。可能性を。
 何よりも……自分が許せなかった。こんな結末を防げなかった自分が許せなかった。
 結局、自分は逃げていたのだ。心は彼女達を愛していたのに、神父と信者という枠組みか
ら外れることを恐れ、ただ見守るだけに終始した。苦しくとも祈りを捧げることを忘れなか
ったその強さに惹かれながら、自分は都合よくその姿だけを愛でていた。苦しんでいる現実
があると知っていたのに、打ち明けられたのに、実際に手を差し伸べることをしなかった。
 ……許さない。この男も、自分の偽善ぶりにも。
 来栖の中に込み上げた無力さは、まるでこの期を逃さぬとするかのように全て“怒り”と
なって沸き上がった。
 最早止められぬその衝動。ちょうどその時、憎き仇が目の前にいる。
 彼の視界(セカイ)はただ、そんな目の前の一点に狭まっていった。振り上げた凶器は繰
り返し繰り返し、執拗に男の頭部を狙い、赤黒い飛沫を辺り一面に撒き散らし続ける。
「はあ……はあっ! はあっ、はあっ……!!」
 故に、ようやく気付いた時には全てが終わっていた。
 酷く息切れした身体。手や全身に残る生温い感触。かつて信仰の依り代であった像は今や
真っ赤に濡れて滴り、落とした視線の先にはかつて男だった者の肉塊が大きな血だまりの中
に突っ伏している。
「……」
 サァッと、冷静さが戻ってきた。つい先程までの激情は何だったのか。
 確かめる必要もない。死んでいる。自分でも数え切れないほど殴り続けた男の頭部は最早
原型を留めないほどにぐしゃぐしゃに歪み、破け、まだ何処の何ともつかない液体達が零れ
続けている。
 震え出す手。ゆっくりと見つめ返した自身のそれは赤黒く汚れ、更に握られていた神像は
全身だけでなく、まるで哀しみを向けているかのように、目の下からもどろどろと赤い涙を
垂らし続けている。
「あ、ああ……」
 殺した。私が、殺したんだ。
 赤黒いイメージが目に焼きつく。これは、罪だ。私は罪を犯したんだ。
「あ……あアアアアアーッ!!」
 次の瞬間、来栖の脳裏が爆発する。一瞬にして過ぎるのは、これまでの日々で鬱屈してき
た自身の記憶だった。
 寂れた教会、すっかり見知った地元の信者達。
 その中で出会ったあの母子(おやこ)と──苦笑いを零すその優しい面影。
 彼女達は死んだ。殺された。イメージは、自分はまだその面影を追っていたいのに、その
像を教会に押し寄せる人々が掻き乱す。
 憤怒に包まれる自分が視えた。法衣に身を包みながらも、その本質は悪魔だった。
 来栖は叫ぶ。ギリギリッと強く頭を抱え、一人その場に崩れ落ちながら雄叫びを上げる。
 ひび割れは瞬く間に広がった。広がり、砕け散った。
 信仰の徒としての自分、絶対だった筈の自負。
 しかしそんなものは何と脆いものだろう。自分はずっと偽り続け、罪を抱え、遂には人を
殺めてしまったのだ。何より頭を抱えるこの掌の感触には大量の血のぬめりがあり、頬にも
眼鏡にも全身にも、今や赤い烙印が無数に飛び散っている。
「アアッ、アア、アアアアーッ!!」
 締め付けてきたからこそ、それは苛烈を極めた。
 締め付けてきたからこそ、それは許されなかった。
 来栖は自らもまた血塗れになり、枯れ果ててしまいそうな程に悲鳴を上げ、天を仰いだ。
 そうするしかなかったのだろう。これまで信じてきたもの──拠り所の全てが音を立てて
崩れ去ったこの瞬間、彼に残された道は一つしかなかった。

 全てを棄てて、狂うことしか。

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  1. 2017/02/22(水) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔82〕

 古界(パンゲア)北方を横断する大山系・竜王峰。
 その中腹に居を構える城塞都市・白咆の街(グラーダ=マハル)──自身が治める領地の
屋敷で、ヨーハンは報告を受けていた。
「……そうか。彼女達は無事、翠風の町(セレナス)に着いたんじゃな」
『はい。大よそ一週間ほどになりますか。予め根回しを行ってあったようで、到着後は全員
マルセイユ邸に滞在しています』
 執政館内の赤絨毯の一室。以前、ジーク達が彼と会談した場所だ。
 そこで変わらず彼はロッキングチェアに座り、中空に浮かぶホログラム映像──通信越し
に語るセイオンからの情報を聞いていた。その周りには数人、近しい側近達や普段身の回り
の世話をして貰っている使用人らが控えている。あまり詳しい事情までは聞かされていない
のだろう。彼らは皆、ピンと緊張した様子ながら、少なからず頭に疑問符を浮かべているよ
うにも見える。
「一週間か……。順調にいけば、そろそろあやつの書庫に辿り着いておるかのう?」
『おそらくは。伊達に冒険者ではありませんし、アルノー殿の案内があるのなら既に文献の
解読が進んでいる頃かもしれません』
「うむ。送り出した側とはいえ、あまり近寄って欲しくはなかったがの……」
 キィ……。ロッキングチェアを揺らして、ヨーハンは軽く掌で額を覆いながら天を仰いで
いた。映像越しのセイオンも沈黙している。同家重鎮の一人として、今回彼らが自分達を訪
ねて来て以降の動きを追っていたことは勿論、何より彼らに示唆したものの正体をヨーハン
より知らされていたからだ。
「……」
 具体的に何処まで踏み込んであれが書かれているのか、ヨーハン自身、全てを検めた訳で
はない。だが多少なりとも知っていたから、あの時代を生き、先人より続いてきた想いと真
実に触れた一人だからこそ、あの時自分は安易に聖浄器を渡す気にはなれなかった。
 その誕生に込められた秘密。
 故にその力を狙う“結社”の存在。
 先ずは知るべし──現状彼らは敵よりも本当の事を知らなさ過ぎると感じ、だからこそ友
の書庫へと誘ったのだが、はたして彼らが自分達と同じ結論に至るのかは疑問だ。
 もう使われるべきではない。戦いに酔うべきではない。
 ただ、今だけは……。
 そうやって彼らもあの戦争(ひび)と同じく正当性(りゆう)をつけ、使い続ける選択を
したのなら? 例外が広がり続けるのなら?
 自分の示唆は、はたして正しかったのだろうか。もっと頑なに、きちんと訳を話して諦め
させるべきだったのだろうか。
『大爺様?』
「ん……。すまんかったの。また彼女達に動きがあれば、知らせてくれるか? 七星の務め
に忙しいお前には悪いが」
『いえ……。大爺様の命とあらば、是非もありません』
 そうか。ロッキングチェアに腰を下ろしたまま、ヨーハンはフッと自嘲(わら)った。
 この玄孫が生真面目な人物である事は分かっているが、やはり心が痛み、寂しい気持ちに
なるのは否めない。どれだけ英雄だの、生ける伝説だのと呼ばれようが、誰もその過去の為
に切り捨てた(はらった)もの達のことを想いはしない。
 では、これで──。数拍沈黙があり、やがてセイオンは通信を切った。中空のホログラム
映像はプツンと消えて、室内にはただぱちぱちと暖炉の薪が燃える音だけが聞こえる。傍ら
に控えていた側近達の心配そうな様子・気配が手に取るように分かるようだ。
 十二聖の中でも、当時あまり深く考えなかった自分でさえ、今やこんな有り様だ。
 その代わり、と言っては何だが、あの頃からひたすら思慮の人であったリュノー(とも)
の心中は想像を絶するものであったろう。
 ……あれから、何度悔やんだことか。何度、もっと彼に手を差し伸べてやれなかったのだ
と自責の念に駆られたか。
 他人は自分達を“英雄”だと云う。だがその為に犠牲にしたものは、あまりにも大き過ぎ
たのではないか? 年寄の癇癪と言ってしまえばそれまでだが、自分達はその“大義”の為
に突っ走り過ぎたような気がする。にも拘わらず、奇しくもそのツケが今“彼ら”の逆襲を
生んでいるのだとすれば……。
(リュノー。お前は何処まで知っていた? 知っていて、何処までを墓に持って行った?)
 ギシ。ロッキングチェアに深く、二度三度と座り直す。静かに体重を掛けて長い嘆息をつ
きながら閉じられた空間の頭上を仰ぐ。
 側近達が、その心中を量り切れる筈もなく戸惑っていた。互いに顔を見合わせ、言葉なく
眉根を顰めている。
 遥か遠くの故郷で、これから本格的に雪に閉ざされてゆく天然の要塞の中で、ヨーハンは
ただ煩いの増す余生を迎えるしかなかった。取るべき“清算”に、躊躇い続けていた。

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  1. 2017/02/07(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔21〕

「あがっ!」
 そこは飛鳥崎の中心部から遠く離れた、とある廃教会だった。
 這う這うの体で、そんな所へ逃げ込んできたのは、逆さ帽子の生意気そうな少年だった。
以前守護騎士(ヴァンガード)への刺客として召集された三体のアウターの内の生き残りで
ある。
 屋根も大きく穴が空いている堂内へと足をもたつかせながら転がり込み、このアウターは
激しく息を切らせながら怯えていた。震えながら振り返ったその先に、薄眼鏡をかけた神父
風の男──ラースが一人、こちらに向かって歩いてくるのが見える。
「……やれやれ。こんな所にいましたか」
 朽ちた長椅子を後ろ手で掻き分けながらズザッ、ズザッと、ガタガタンと逆さ帽子の少年
はその歩みに押されるように後退る。ラースは言葉遣いこそ丁寧だったが、そこに込められ
た気色は間違いなく“怒り”であっただろう。
「ひっ──!」
 忌々しい。まるでそう言わんばかりに眼前に迫り、見下ろしてきたラース。
 逆さ帽子の少年はその眼光に一ミリとて逆らうこともできず、次の瞬間彼がサッと向けて
きた掌に、飛び出してきた半透明の壁にあっという間に圧し潰される。
「ぐべっ!? つ、つぶ、れる……ッ」
「説明して貰いましょうか、トレード。私は貴方達に、守護騎士(ヴァンガード)の正体を
明らかにし、これを討伐せよと命じた筈です。にも拘わらず貴方達はろくに連携も取らずに
敗れた。そして貴方はそれだけに留まらず、一人逃げおおせようとした」
 言うなれば障壁(バリア)である。ラースの掌から放たれたそれは、尻餅をついていたこ
の逆さ帽子の少年──トレード・アウターを床と共にサンドイッチにし、ミシミシと容赦な
く圧す。淡々と口にされるのは断罪。この、任務を放棄した同胞に対して。
「し……仕方なかったんだ! 兄貴や、ストームまでやられちまって……。あんたも知って
るだろ? おいらは誰かをサポートしてこそ、真価を発揮するタイプだって。直接攻撃する
能力がそうある訳じゃないおいら一人で、どうやって奴らを倒せってんだよ!」
 しかし、当のトレードも必死だった。最早半分そのプライドをかなぐり捨てて、自分一人
だけであることの不利を説く。
 彼の能力は、確かにサポート向けだ。タフネスのある前衛とコンビを組むことで始めてそ
の力が活かされる。だがその相手であり、兄貴分でもあったジャンキーが斃されてしまった
今、ストームまで独断の末にいなくなってしまった今、彼に確実な勝算はなかった。
「……ならば貴方のコアを回収し、せめて守護騎士(ヴァンガード)との交戦データだけで
も確保させて貰うだけですが」
「ッ!? そ、それだけは止めてくれ! 嫌だ、まだ死にたくない!!」
 ミシミシ。障壁(バリア)に圧し潰されながら、それでもトレードは弾かれように叫ぶ。
 ラースからの一言。それは彼ら越境種(アウター)達にとって、事実上の死──廃棄処分
を意味した。なまじ実体を得終わり、一個の個体として完成しているからこそ、そんな宣告
にトレードは激しく抵抗する。
 じたばた。するとラースは、あくまで足掻こうとする彼をじっと見下ろしたまま、不意に
張っていた障壁(バリア)を解いた。
「……では、もう一度だけチャンスを与えましょう。守護騎士(ヴァンガード)を倒してみ
せなさい。力が足りないというのなら、使うといい」
 そしてようやく解放されて大きく息を荒げるトレードの傍に、カシャンと何かが落ちた。
ゆらりと顔を向けると、そこには一枚の黒光りするチップが転がっていた。
「次はありませんよ」
 その間に、ラースは衣を翻して立ち去っていった。
 その言葉に、トレードはまるで雷に撃たれたかのように唖然として震えていたが、やがて
重い身体に鞭打って起き上がると、このチップを手に取り、ごくりと一人静かに息を呑むの
だった。

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  1. 2017/01/17(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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