日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔27〕

 元玄武台(ブダイ)校長・磯崎康太郎は震え続けていた。あの日から、まるで生きた心地
がしなかった。言わずもがな、瀬古勇による同校舎襲撃の一件である。
 一体どんな手段を使ったのかも分からない。だがこのご時世、ネット上には爆弾の製造法
くらい調べれば載っているだろう。事実、千家谷を皮切りにした爆弾魔(ボマー)も元々は
市外のいち住人だったと聞く。
 あの日以来、磯崎はすっかり自宅に引き篭もるようになってしまった。またいつ命を狙わ
れるとも知れぬ状況で、必要外の外出は文字通り自殺行為だ。
 事件を重くみた政府の第三者委から、飛鳥崎の教育委へ。
 結果自分は校長の職を罷免され、直後当局に在宅起訴されてしまった。あたかも始めから
そういうシナリオで、周囲が準備を進めていたとしか考えられない。追い詰められた自分を
見捨てるように、妻は実家に逃げてしまった。子供達とも、全く連絡が取れない──関わり
たくないと避けられているのは明白だった。自分は全てを失ったのだ。
「……ひっく。くそう、くそう、何で私がこんな目に……」
 その日の夜も、磯崎は独り閉め切った部屋の中で酒を煽っていた。連日、気持ちがざわつ
く度に縋って空にした瓶が床のあちこちに転がっている。酔いが回り、身体もフラフラとし
ているものの、彼の心を満たすのは只々“他者”に対する“怒り”ばかりである。
 全てはあいつの──瀬古勇のせいだ。あいつのせいで人生を狂わされた。
 弟ともども、とんだ疫病神だ。こんな事になるなら、入学などさせなかったのに。
 何故自殺した? 何故復讐なんぞに走った? 校長とはいえ、幾つもある部の内情を全て
把握できる訳がないだろうに。いじめがあったというが、なら何故自ら死を選ぶような──
迷惑にしかならない方法を採った? 何故職員らに相談しなかった? 信用できるとかでき
ないとか、そういうレベルの話じゃない。あるべきプロセスを踏んでいるかどうかの問題な
のだ。第三者委での尋問でも、その辺りを突かれた。生徒達に対するケアを、怠っていたの
ではないかと。
 ……ふざけるな。自分達はエスパーじゃない。政府(おまえたち)も常日頃言っていたで
はないか。教育の目的は馴れ合いじゃない。子供達を将来、なるべく多く社会で活躍できる
人材に磨き上げることだと。
 その意味で、瀬古兄弟は不良品だ。多少他人に揉まれた程度で死に、その弱さの責を他人
に転嫁して憚らない傲慢さ。甘えるな。そんな考えで、この世の中は渡っていけない。
 ……大体、警察は何をしている? まだ瀬古勇は捕まらないのか?
 どんな理由があろうと、あいつは人殺しだ。国として許してはならない筈だ。あいつが今
も何処かで逃げ延びているから、自分はこうしてろくに家から出られなくなってしまった。
毎日交代で警官達が家の周りをガードしてくれているが、それは少なくとも根本的な解決に
はならない。さっさと牢屋にぶちこんでくれ。そうでなければ本当に──自分はおかしくな
ってしまう。
「──?」
 こんな筈じゃあ……。
 再三、独りで頭を抱えていた、そんな時だった。
 磯崎はふと部屋の外で、ガタンバタンと何かが倒れる物音を聞いた気がした。ビクッと身
体を震わせ、おずおずと扉の向こうを振り返る。耳を澄ませる。警官達か? じっとその場
で理解が進まないまま見つめていると、やがてトン、トンとこちらへ近付いて来る足音があ
った。半ば本能的に顔が青褪める。警官達じゃない。まさか──。
『……』
 そのまさかだった。現れた、目深に帽子を被ったまま立つ少年は間違いなくあの瀬古勇で
あった。加えて何よりその横には、全身錆鉄色のトカゲ人間──巨大な竜の化け物が控えて
いる。
 ひいっ!? 磯崎は殆ど条件反射的に叫び、後退った。テーブルの上や床に転がった酒瓶
が喧しく音を立ててぶつかり合う。勇は無言のままこちらを見下ろし、一歩また一歩と近寄
ってきた。はたしてその背後、半開きになった扉の向こうには、血だまりの中に沈んで動か
なくなった警官達の姿が見て取れた。
(本当に……本当に来た! 私を、私を殺しにっ……!)
 部屋はさして広くはない。磯崎はあっという間に壁際に追い詰められていた。
 勇と化け物──竜(ドラゴン)のアウターは、暫く何も言わず、じっとこれを見下ろして
いた。酷く冷たい、ゴミ屑を見るかのような眼と狂気そのものの眼だ。抵抗すらままならな
かった。わたわたと、磯崎は両手をばたつかせ、必死に身を守ろうとする。
「たっ、助けてくれ! い、命だけは! もういいだろう、充分だろう?! 何で今になっ
て私なんだ!? 私を殺しても、お前の弟は戻って来ないんだぞ!?」
「……ああ、知ってる。正直お前の命なんかもうどうでもいいんだ。だがよ、お前を殺って
おかなきゃあ、こいつとの契約が完了しない。最後の一ピースが嵌らないんだ」
 何を……?
 勇が竜(ドラゴン)をすいっと指差し、淡々と答える言葉に、磯崎は引き攣った瞼を瞬く
しかなかった。意味が分からない。大体お前、その化け物は──。
「ぐぶっ!?」
 だが磯崎が問い返す事は永遠になかった。次の瞬間、彼の顔面は竜(ドラゴン)の分厚い
片手に掴まれていた。ギチギチと、今にも握り潰されそうになる。指と指の間から眼球が飛
び出しそうになり、くぐもった声と共に血管が赤く浮き上がってゆく。
「やめっ、止めっ……! 潰、れる……ッ」
「やっとここまできたんだ。取り戻せたんだ。今まで生かされていた事をありがたく思え」
 ぷるぷる。がしりと掴まれたままで、磯崎は首を横に振った。圧迫で充血した眼球からは
恐怖の極限に追い詰められた結果、涙が溢れ出している。
「ず、ずまながったっ! 許じ──」
「おせぇよ」
 ザン。刹那、竜(ドラゴン)の手刀が霞む速さで叩き込まれた。
 堰を切ったように噴き出した血飛沫。磯崎の首と胴は、直後完全に切り離された。

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  1. 2017/07/17(月) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔85〕

 二人にとって、これほどの長旅は初めてだった。
 カインとクラリス──レナの実の両親・セディナ夫妻は、この日遠路遥々ジークとアルス
の故郷・陽穏の村(サンフェルノ)を訪れていた。
 両手にはどっさりと旅の荷物。持ち切れない分は、後ろから小さめの馬車を連れた数名の
神官兵達──クリシェンヌ教団から派遣された護衛役が運んでくれている。
 聖都での騒動、娘(レナ)を巡る一件で、二人は散光の村(ランミュース)にいられなく
なった。中にはこれまでの事情を理解してくれ、庇ってくれる村人達もいたが、現実として
そうではない村人達との軋轢は今も尚続いている。そんな環境の中で、間違いなくその元凶
である自分達が暮らし続けるなど無理だった。引き留めてくれる者達もいたが、二人は身を
引くことに──村を出る決意をしたのだった。

『本当に、すみませんでした。あの時もっと周囲を警戒しておけば……』
『いえ。私達も、村の皆に嘘をつき続けていた非がありますし……』
 騒動が片付いた後、ハロルドやイセルナ、レナが訪ねてきた事もあった。その時に二人は
村を出る心積もりを打ち明けた。彼らはやはりというべきか、罪悪感に襲われていたが、こ
うなることは何処かで予感していた節もある。
『それで、行く当てなどはあるのですか?』
『いえ。それがまだ』
『私達の事も知られてしまいましたから、あまり近場では意味がないでしょうし……』
 故に、二人の相談を受けて「ふむ」とハロルドは思案顔をする。イセルナも横目で彼の様
子を見ていた。するとぼーっと何度か目を瞬いていたレナが、はっと弾かれたように顔を上
げる。
『だったら、陽穏の村(サンフェルノ)はどう? ジークさんとアルス君の故郷なの。ここ
からも充分遠いし、条件を満たせると思う』

 それから、話はトントン拍子で進んだ。場所はアトス領内の北東内陸。あのジーク皇子が
生まれ育った場所らしい。最初ハロルドは目を丸くし、本人不在のまま決めていいのかと眉
を顰めたが、後日本人達からも快諾があった。二人が村に居られなくなってしまったのも、
元を辿れば自分達が原因だという思いがあったのだろう。クランの面々と共に村に、トナン
本国にいる母(シノ)らにも連絡を取り、移住計画はクラン・ブルートバードとクリシェン
ヌ教団が全面的にバックアップする形となった。こと教団にすれば“聖女”の生みの親らを
心苦しい環境──寒村の中に縛り付けていると批判されるのは避けたかったのだろう。
「……」
 陽穏の村(サンフェルノ)は地理的にもずっと北にあり、現在の季節も合わさって少し肌
寒いくらいに感じる。
 しかしカインとクラリスは、それ以上に不安だった。事前に移住したいという旨と事情は
伝えて貰っている筈だが、馴染めるだろうか? ジーク皇子とアルス皇子、あのレノヴィン
兄弟出生の地というだけで既に名が知れ渡ってしまっているであろうに、これ以上村の人達
に負担を掛けてしまいはしないか……?
『ようこそ、陽穏の村(サンフェルノ)へ!』
 だが、二人がおずおずと村の門へと近付いて行った瞬間、そんな心配は文字通り吹き飛ん
でしまうことになる。それまで穏やかに、しんとしていた場にパァンと幾つものクラッカー
の紙吹雪が舞い、重なる歓迎の言葉が響いたのだ。
 え──。カインとクラリスは目を真ん丸にしたまま立ち止まる。そこには物陰から颯爽と
現れ、お手製の横断幕を掲げた村人達が大集合していたのだった。皆一様ににこにこと、紙
吹雪がゆっくり地面に落ちてゆく中でこちらを見つめている。
「あれ? 反応がない」
「おかしいなあ。この二人で間違いないよな?」
「ああ。写真も見せて貰ったし、荷物からしてそうだろ? えっと、カインさんとクラリス
さんで合ってるよな?」
「あ。はい」
「そ、そうですが……」
「やっぱり! いやいや、よかった。もしかして全然関係ない旅人さんだったりしたらどう
しようかと思ったよ」
「改めて、陽穏の村(サンフェルノ)へようこそ。話はイセルナさん達やハウゼン王の使い
の人達から聞いてるよ。レナちゃんのご両親だそうで」
「いやあ、まさか、あの時のお嬢ちゃんが“聖女”様だったなんてなあ。まぁ結構複雑な事
情だったみたいだし、もし俺達が訊いてても答えはしなかったんだろうけど」
「とりあえず、後ろの騎士さん達も含めて荷物を運ぼうか。急ごしらえだけど、二人の家も
もう建ってるよ。必要があればまた改築するから。あー、そんな縮こまらなくたっていいん
だって。土地なんか無駄に余ってるからさあ」
 正直言って、大分呆気に取られていた。その間にも村人達はやたらフレンドリーに話し掛
けてきてはカインとクラリスを囲み、手にしていた荷物を預かってゆく。まるでお祭りだ。
いや実際、小さな村にしてみれば、移住者がやって来るなどそれだけで充分ビッグイベント
なのかもしれないが。
「家はあそこの青い屋根の平屋だ。ベッヂん家とサムソン家の間だな。困った事があったら
何でも言ってくれ。ここは田舎で何かと不便っちゃ不便だが、住めば都ってな」
「それに、この村も色々あって、今じゃあ正規軍の詰め所がある。その辺の村よりはよっぽ
ど安心して暮らせる筈だぜ?」
 邪気はない。まるでなく、本当に心から自分達を歓迎してくれているようだった。
 カインとクラリスはちらりと互いに顔を見合わせ、破顔する。先程までの心配など無用だ
ったのだ。そもそも、嫌だとか面倒だと彼らが思っているなら、ここまでトントン拍子に移
住の話が進む筈もない。
「レナちゃんはジークとアルスの仲間。で、その家族となりゃあ、俺達にとっても家族みた
いなもんさ」
「散光の村(むこう)じゃ色々苦労したみたいだけど、もう大丈夫。私達は貴方達を歓迎す
るわ。一緒に、娘さんの活躍を見守りましょう?」
『……』
 じわり。半ば無意識に涙が出てきた。袖で拭うクラリスにそっとカインが寄り添う。そん
な二人を囲みながら歩き、笑みを向けながらあーだこーだと喋り続けている村人達の中で、
ふと別の質問を投げ掛けてくる者があった。
「……ジークは、元気そうだったか?」
 何だか気難しそうな竜族(ドラグネス)の男性だ。村人達曰く、クラウスさん。皇子が村
にいた頃の剣の師匠であり、今は彼らと共に旅をしている仲間の一人・リュカの父親だそう
だ。現在は別パーティーで行動中だという。
 二人は殆ど迷う事なく首肯していた。初めて会った時──聖都での一件が本格化する前は
流石に険しい面持ちだったけれど、それは全て娘の自由を勝ち取る為だったことは自分達に
も解っている。それだけ強く激しく、闘ってくれた。心が萎えていない証拠だ。
「……ハウゼン王も、ご自身が大変な時なのに配慮してくださって……」
「そうだね。でも、あまり私達が卑下してしまっては失礼だよ?」
 ずっと思いが溜まりに溜まっていたのだろう。クラリスは感涙に咽んでいた。カインはそ
っとそんな妻の背中を擦ってやりながら、静かに言う。幸運に、差し伸べられた手に色々と
理由をつけてしまうのは止めよう。これからはもっと幸せになるんだ。
「改めてよろしくのう。カインさん、クラリスさん」
「よーし、皆、さっさと荷物を運んじまうぞ。今夜は宴だー!」
『おおーっ!』
 杖を突いた老人──村長と名乗ってくれた村人が皺くちゃの顔に笑みを浮かべて言う。そ
の横でまだ若い、中年盛りの男達が、二人や神官兵から受け取った荷物を手に快哉の声を上
げている。気持ちのいい人達だ。

 卑下しなければ、ひっそりと生きなければならなかったこれまで。だがそれも、今日この
日から変わろうとしている。秘密が解かれ、咎められることがなくなり、やっと自分達の人
生にも温かな光が差し込んできたように思う。
『……』
 嬉しい(あたたかい)。
 カインとクラリスはそっと、どちらからともなく互いに肩を寄せ合って歩く。
 そうか。こういった理解者(ひとびと)が、娘を暫く見ぬ間に強くしてくれたのだろう。
守ってくれたのだろう。
 改めて。二人の胸奥にはもう、只々感謝の念しかなかった。

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  1. 2017/07/05(水) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔26〕

 それは神父風の男(ラース)が、一人本を読んでいた時のこと。
 アジトの広間、仄暗さの中に灯る明かりの下でじっと時間を潰していると、ゆっくりと近
付いてくる足音がある。
 ゴスロリ服の少女──同じ“蝕卓(ファミリー)”の一角、スロースだった。知らぬ間に
離席していたようだが、戻って来たらしい。
「──プライドが?」
「ええ。既に動いているそうよ。シンも了承済みみたい」
 手にしていた海外小説の原書に、しおり紐を一旦挟んで閉じる。
 答える彼女はいつものように気だるげで、不機嫌を表情(かお)に貼り付けていた。静か
に深く、ラースはため息をつく。
「……また勝手なことを」
 彼女からの話では、先日プライドが守護騎士(ヴァンガード)に対して刺客を放ったのだ
という。
 正直な話、あまりいい気分ではなかった。刺客なら自分も、少し前に腕利きの者達を召集
して差し向けた。だが結果は芳しくなく、全滅。一人は召集前に、残りは連携を取ることを
怠った末に各個撃破されてしまった。現在も新たな人選を進めているが、徒に個体数を減ら
すような真似は本末転倒である。それはプライドも分かっている筈だ。
 ……口に衝いて出たぼやきは、偽らざる本音だった。確かに彼や目の前のスロースは自分
よりも古参だが、実質の司令塔を任されている自分に何の相談なくというのはやはりいい気
はしない。
「奴は、あのストームと競り勝ったほどの相手なのですよ? 何処の誰です? 生半可な力
の個体では、返り討ちに遭うのが落ちですよ?」
「それがねえ……。ミラージュらしいのよ」
「ミラージュ? あの、猿真似しか能のない臆病者ですか?」
 故に、訊ねたスロースから返ってきた答えに、ラースは思わず眉根を寄せた。眼鏡の奥で
険しい眼差しを作る。
 記憶を引っ張り出す。確かに“蝕卓(ファミリー)”が把握する進化体の中にそのような
者がいたなと思い出すが、自分の記憶が正しければあれは戦闘能力は低い──皆無の個体だ
った筈だ。刺客として使うにはあまりにも力不足過ぎる。
「ええ。私も変だなとは思ったんだけどね。でも、調べさせたら間違いないって」
「……」
 という事は、プライドは端から戦いを期待していないということか。もっと別の、戦いで
はない目的があるというのか。
 ふむ? 口元に手を当て、考えてみるがいまいち分からない。ミラージュに化けさせ、敵
の油断を誘おうとでもいうのか? しかしそれなら、他に攻撃用の個体にも声を掛けている
筈だ。だがスロースの話では、そんな素振りはないという。
(一体、何を考えているのだか……)
 顰めた眉間から、ズキズキと鈍い痛みが走るような錯覚さえあった。半ば無意識に眼鏡を
ずらして目頭を摘まみ、このピースの足りない情報に暫し思考を重ねる。
「それで、どうする?」
「どうすると言われましても……。シンが了承済みだというなら、私達に止める謂われなど
ないでしょう。それに元から、プライドは独断専行ではありませんか」
「うーん。まぁそうなんだけどねえ」
 あんたがいいって言うなら、あたしも構わないんだけどさ──?
 継ぎ接ぎだらけのパペットを抱えたまま、そうスロースは気だるげにラースの前から離れ
ていった。そのままゆたりと円卓を回り、自身の席へと腰を下ろす。
「……」
 ラースも暫くその様子を見遣っていたが、程なくして視線を戻し、閉じていた洋書を再び
開いて捲り始める。仄暗い、沈み込むような静かな時間だけが過ぎていった。
(シンもここの所、研究室(ラボ)に篭もっているようですし……。また何か企んでいるの
でしょうね)
 それが何かまでは断定できなかったが、大よそそんな目星をつける。
 だがやはり、頭一つ上で物事が進んでいるというのは、気持ち良いものではなかった。

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  1. 2017/06/20(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔84〕

 青年の胴を、炎槍の魔導が貫いた。
 身に纏った部分鎧と結晶のように鋭い剣、結晶のように均一に並んだ楯。それら全ての守
りを縫い、背後から突き刺された穂先が煌々と紅く燃えている。
 ……ごふっ! 腹の中からせり上がってきた大量の血が、彼の口元は勿論胸元までをも激
しく汚した。ゆっくりと後ろを振り返る。そこには肉薄する、今自分が止めを刺そうとした
相手──芥子色のフードの男の姿があった。
「爺さん!」
 風雪の中、ジークは叫ぶ。しかし直後、ジーヴァの繰り出す鋭い斬撃に打ち合わされ、彼
の下へと駆けつける隙もない。イセルナ以下仲間達も同様だった。仰々しく天を仰ぎ、呵々
と笑うヴァハロの《重》の力場に押し潰され、ろくに身動きが取れなかった。
「大爺様!! ……くっ!」
 加えてセイオンもまた、敵の背中越しに起こった惨劇を目の当たりにすれども、駆けつけ
ることが出来なかった。目の前には胴着羽織の──自分と同じ竜族(ドラグネス)の男が立
ち塞がっている。部下達もまた、彼の連れてきた他の使徒達の連携に遭い、少なからずが倒
れて苦戦を強いられていた。轟々と、巨大な龍型のオーラがこの男の手から伸び、さも一個
の生き物かのようにこちらを見下ろしている。
「何故だ……。何故貴方がこんな事を!」
 巨大なエネルギーの塊は、軽く掠っただけでも大きなダメージだ。叫ばれた応えの代わり
に三度この龍型のオーラが襲い掛かり、セイオン達を更に遠ざける。山頂に舞う風雪と彼ら
敵の妨害。それらが合わさって、すぐそこにある筈の命にさえ届かない。
 胴を刺し抜かれた青年は、そのまま手から剣を零し、どうっと崩れ落ちた。白く積もった
地面に赤の広がりがゆっくりと染みてゆく。
「……やれやれ。思いの外、手を掛けさせられたな」
 そんな彼をじっと見下ろし、フードの男は静かに嘆息する。
「それは貰って行くよ。黒星続きもこれまでだ」
 聞こえているかいないのか。しかし彼はそんなことも構わず、ゆっくりとこのかつての友
へと近付いてゆく。
「くそっ! くそぉッ!!」
 一部始終は見えていた。少し駆ければ追いつける筈だった。
 しかしジーク達は阻まれる。一見悠然と立つだけの、だが何処から剣撃を打とうとも即座
に的確に防いでみせるジーヴァの剣技と存在感に。重力の力場によって身体の自由を奪い続
けるヴァハロに。セイオンも鎧が抉れ、服が破け、荒く息をついていた。風雪の一陣二陣向
こうで、今まさに大切な人が奪われようとしている。
『──』
 倒れ伏したまま、青年がフードの男を目で追っていた。何か呟いている。しかし瞼は既に
出血し過ぎたことで重くなっていて、満足に動くことすらままならない。
 幾度目とかもしれぬ剣撃同士が、ジークとジーヴァの間で打ち鳴らされた。一旦大きく後
ろに飛び、瞳にその光景を映す。……出し惜しみなんてしてられない。ジークは再びぶんっ
と剣先で魔流(ストリーム)を自らの身体に挿し込み、右手の紅梅に力を込めた。刹那紅い
炎のような輝きが彼を包み、その姿を変質させる。髪に紅いメッシュと上衣を纏った、完全
開放の姿。加えてそこに自身の《爆》の力を加え、大量の燃え滾るオーラを身に纏う。
「だ、駄目だ、ジーク君!」
 ヴァハロの力場に押し潰されながら、ハロルドがハッとなって叫んでいた。
 しかし当のジークにはもう聞こえていない。目の前の敵に、ジーヴァを突き破って彼を助
けに行くことに、全神経が注がれてしまっている。
「おおおおおおおーッ!!」
 どけぇ! 咆哮し、白い地面を蹴るジーク。まるで紅く巨大な塊が突進してゆくかのよう
だった。それをギチッと剣を構えて見据え、ジーヴァは真正面から迎え撃つ。
 双方互いに滾るオーラ。
 そして振りかぶった、助走からトップスピードに乗って放たれるジークの一閃は、目の前
の光景をその輝きで染め上げて──。

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  1. 2017/06/13(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔25〕

 夜の路地裏に、怪しく蛾の怪人が浮かんでいた。ゆっくりと二対の羽根を揺らしながら、
心許ない月明かりの下で漂っている。
 そしてその表情は、明らかに焦っているように見えた。
 理由は眼下──自身をここまで追い詰めた刺客達の存在である。
「皆、一気に決めるよ!」
 そこには守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月がいた。加えて冴島と國子、仁及び数名のリ
アナイザ隊士らと、それぞれが操るコンシェル達。総勢十数名。
 マントを翻してジークフリードが、ゆっくりと太刀を斜め上段に振りかぶって朧丸が、盾
を前面に槍を逆手に握り直してグレートデュークが、一斉に次の攻撃に備えた。その中央で
睦月はEXリアナイザを頬元に当て、コールする。
「チャージ!」
『PUT ON THE HOLDER』
 人気のない路地裏に響く電子音。空中の蛾の怪人──モス・アウターは直感的に危険だと
理解したらしい。大きく羽を広げて、大量の鱗粉を撒き散らす。
「おっと」
 だが無数の攻撃が襲い掛かる直前、仁のデュークが睦月達の前に飛び出した。その堅固な
盾でもってこれを防ぎ、激しい火花を散らせながらも無傷を確保する。
 加えてジークフリートも動いていた。その身体を流動する大量の水に変え、鱗粉攻撃ごと
モスに覆い被さる。ずぶ濡れになっていた。水圧に負けてどうっと地面に落ち、よろよろと
起き上がった時にはもう、勝負は決していた。
「どっ……せいッ!」
「はああッ、せいやーッ!!」
 デュークが投擲した、力を纏って輝く突撃槍(ランス)。朧丸からは紅い飛ぶ斬撃が放た
れ、睦月からは円錐状のエネルギーポインタと空中からの蹴りが飛ぶ。
 逃げる暇などなかった。モスは冴島のアシストを受けた、三人の必殺の一撃を次々ともろ
に食らった。槍で片腹を抉られた瞬間にもう片方を斬撃が、睦月の蹴りがグラついた全身を
駄目押しと言わんばかりに吹き飛ばす。
 蟲の鳴き声のような、断末魔の叫び声。
 睦月の蹴りを受けた直後、全身に瞬く間にひび割れをきたし、モスは爆発四散した。夜の
路地裏に一瞬大音量が響き、すぐに無かったかのように消え失せる。ストンと睦月はその場
に着地した。仁達もゆっくりと残心を解き、振り返った睦月に向かって屈託のないサムズア
ップや小さな頷きを。ここ数日の間、追っていたアウターをようやく退治する事ができた。
「やったな。これで奴の被害はなくなる」
「お疲れ様。見事なコンビネーションだったよ」
「あはは……。相変わらずオーバーキルばっかりですけどね」
『それくらいでいいんですよ。倒し損ねたらそれこそ、割を食うのは何の落ち度もない街の
人達なんですから』
『……そうだな。お前は少々、優し過ぎる』
 仁や冴島とハイタッチし、苦笑いを零し、睦月は呟いていた。守護騎士(ヴァンガード)
となってかれこれ三ヶ月が経とうとしているが、正直このアウターを斃す瞬間というものは
未だにいい気分にはなれない。
『ともかく、撤収だ。他人が来る前にそこを離れろ。不必要に目撃者を増やす義理はない』
 了解! インカム越しの司令室(コンソール)で、皆人がそう一同に指示を出す。最初の
呟きはすぐに脳裏から消えていったようだ。リセット──睦月が変身を解き、冴島や仁、國
子達もそれぞれのコンシェル達の召喚を解く。

『……』
 だがこの時、睦月達はまだ気付いていなかった。
 近くの物陰から、戦いの一部始終を覗き見ていたとある人物の存在に。

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  1. 2017/05/16(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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