日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔31〕

 チクタクと、時計の針が動く音ばかりがする。
 その夜、彼は一人自室に篭もって試験勉強を続けていた。カリカリと、シャープペンを走
らせる音が耳に重なる。日付もとうに越し、この夜が明ければいよいよ期末試験本番だ。
「……駄目だ」
 しかしこの眼鏡の少年は、はたっとペンをノートの上に投げ出した。口を衝いて漏れたの
は、差し迫った嘆き──焦燥感だった。
 口の中がカラカラになる。時間が……足りない。
 彼は学園内では、基本優等生として通っていた。それは他ならぬ本人も自負している所だ
ったのだが、成績はここ暫く下降状態が続いている。いや、失速しつつあると言っていい。
 強い焦りの原因は、まさにそこだった。次こそ結果を出さなければ、このまま“落ちて”
ゆく予感さえあった。
 ──空高く飛んでいた姿から、真っ逆さまに墜ちるイメージ。思春期特有の、ゼロサムの
極端な飛躍。
 事実このまま落第などすれば、卒業後に選べる進路は狭まるだろう。そうなれば将来の、
自分の人生そのものが大きくグレードダウンすることは避けられない。……怖かった。社会
のレールから外れることは、彼にとって限りなく絶望に近い。現実のゼロサムも、飛躍した
イメージも、油断すればすぐにでも自分を奈落の底へと叩き落す。
 “新時代”以降、いわゆる弱肉強食や競争原理が肯定され、社会は自己責任の気風を強く
帯びるようになった。彼のような、物心ついた頃にはそれが当たり前となっていた──重圧
の中で生きてきた人間が、怖気づくのも無理はないのかもしれない。少なくとも現実という
ものは、早く動いてきた者がより多くを総取りしてゆく構図なのである。
 少年の両親は、共に手堅い公務員だ。彼の家系は代々、そうした地位に収まって安定した
暮らしを勝ち取ってきた。
 だからこそ、彼に掛かる期待、プレッシャーは目に見える以上のものだった筈だ。なまじ
両親がエリート街道を通ってきたタイプの人間であるが故、泣き言一つ伝えるのも何処か躊
躇われる環境だったからだ。
 彼は今、国立の一貫校・飛鳥崎学園に在籍している。つまりは……そういう事だ。
 彼は独り頭を抱えていた。机を照らす明かり以外はすっかり暗くなってしまった室内で、
髪をガシガシと掻き毟っては焦る気持ちにばかり苛まれている。時間が、足りない。
(せめてもう一日。もう一日あれば……)
 ちょうど、そんな時だった。頭を抱えていた彼は、ふと思い出したかのように机の引き出
しを開けていた。
 一番下の、最も深くてたくさん入る所。そこには短銃型のツール──リアナイザがしまわ
れていたのだった。参考書や教材、整理されたファイルが几帳面に並ぶ中にあって、それは
とても奇異に目立って映る。
「……」
 焦りでやつれた表情(かお)。
 彼はその険しい顔色のまま、この押し黙るリアナイザに手を伸ばして──。

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  1. 2018/02/20(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔92〕

 光の妖精國(アルヴヘイム)の一角に、古びた屋敷がある。かつて此処は、幾つもの客室
を備えた迎賓館として使われていた。
 しかし、度重なる人々の地上への流出と、神竜王朝の失敗を見てきた里のエルフ達は、次
第にその態度を硬化させてゆくことになる。かつては緩やかに開かれていた門戸も固く閉ざ
され、今では殆ど使われることもなくなってしまった。
「──そうか。彼らは既に里を出た後か」
 そんな、普段ならもう人気もない筈の屋敷内で、胴着羽織の男──ハザワールは静かに呟
いていた。だだっ広い、年季の入った室内庭園の緑に紛れながら、彼は一見して細目の微笑
を湛えている。
「はい。どうやら彼らも、こちらの狙いに気付き始めたようです。一刻も早く、攻略を進め
るべきかと」
 そう彼の前に跪くのは、影士族(シーカー)の女を筆頭とした部隊の面々だ。
 ウラハ達である。以前古都(ケルン・アーク)にてジーク達と交戦した“結社”の信徒達
だった。
 彼は、彼女達から報告を受けていた。深緑弓(エバーグリス)回収の邪魔をさせぬよう、
部下らを使ってアルヴ・ニブル双方の争いの中に陥れた、その後の経過。即ち時間稼ぎがど
の程度功を奏したかの確認。
 しかし、偵察から戻って来た彼女達からの報告によれば、レノヴィン達は両軍がぶつかる
よりも早くニブルを出発したらしい。加えてこちらから派兵された討伐軍が、ニブル側より
現れたコーダス・レノヴィン達によって退けられたという。
「そうだね。予定よりも早めに私達も動く必要がありそうだ」
 マギリは抑え切れなかったか。まぁそれほど期待はしていなかったが。
 ふむ……と、そっと口元に手を当て、ハザワールは小さく頷いた。レノヴィン達がニブル
を離脱してしまった以上、彼らが“守人”達の里に辿り着くのは時間の問題だ。時間稼ぎも
ここまでのようだ。向こうも、予想外の援軍を出してきたようだが……。そこは今の自分達
にはさして重要ではない。
「クライヴ達に伝令を。急ぎ神樹を攻略せよと」
「はっ」
 ウラハ達が改めて、頭を低くしながら跪いていた。胴着羽織が彼の細かな所作に応じて揺
れている。彼女らが立ち上がり、動き出そうとしていた。長らく普段人気のなかったこの屋
敷は、謀略を進めるには好都合な場所の筈だった。
『……』
 しかし、そんな彼らの一部始終を目撃してしまった者達がいた。ジダンとミッツである。
彼らは軟禁部屋から脱出し、不幸にもこの室内庭園を覗ける外廊下の小窓から彼らのやり取
りをしっかりと見聞きしてしまったのである。
 二人は目を瞬いて、暫し固まっていた。どちらからともなく、おずおずと互いの顔を見合
わせて、この窓の向こうに映った現実に衝撃を受けている。
 これは……どういう事だ?
 ハザワール氏に跪く、黒ずくめの怪しい面々。彼の部下にしては不穏過ぎる。
 もしかして“結社”なのか? だとしたら自分達は、ハザワール氏は──。
「……それにしても」
 そんな時だ。ふと庭園内のハザワールが、スゥッと横目を遣ってこちらを見てきた。
 気付かれていたのだ。ウラハ達もその視線に、気配を認めて倣い、腰の忍者刀にそっと手
を伸ばし始める。
「余計なネズミがいたようだ」
 ひいっ──!? ジダンとミッツは、瞬間弾かれたようにその場から駆け出した。
 や、やばい。見つかった……! 微笑や覆面に隠れてよくは見えなかったが、彼らから放
たれた殺気は間違いなく本物だった。
「ハザワール殿!」
 しかし幸か不幸か、その直後に現れた一団が二人の命運を左右した。里の長老達である。
彼らは幾人かの供の兵を連れながら、こちらに近付いて来ていた。掻き消えるように跳躍し
たウラハ達とは、ちょうど入れ替わりになるような形で。
 ハザワールは羽織りを翻し、この邪魔者(らいきゃく)に向き直った。そんな彼の内心も
正体も知らずに、長老達は酷く焦ったような表情を浮かべている。
「ここにおられましたか」
「大変です! 今し方、連絡兵より報告が!」
「遠征軍が退却させられたと……。レノヴィンです! あの憎き、コーダス達が!」
「……」
 どうやら彼らの方にも、ニブルでの一戦についての情報が届いたらしい。ハザワールは表
向きこそ態度には出さなかったが、静かに「そうですか」と小さく眉間に皺を寄せて、これ
に応じてみせた──いや、半ば寄せざるを得なかった。
 邪魔を。このタイミングで……。
 直前、指示するまでもなくウラハ達が動いたが、これでは自分もすぐには動けない。つい
みせてしまった顰めっ面はレノヴィン達にではなく、この老人達へのそれである。
「ひいっ……ひいっ!」
 かくして、運命の悪戯は数拍の隙を生む。
 ジダンとミッツは、酷く引き攣った表情(かお)を貼り付けたまま、一目散にその場から
屋敷から逃げ出したのだった。

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  1. 2018/02/07(水) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔30〕

「ぐがッ!!」
 数度目の殴打を食らい、由良は大きく吹き飛ばされた。肺の中の空気が根こそぎ乱暴に押
し出され、口から大量の血を吐く。
 夜闇が伝う路地裏の一角。由良はコンクリの壁に背を預け、荒く肩で呼吸をしていた。
 スーツ姿の全身は既にボロボロで、口元や脇腹、手足などあちこちが血で汚れている。奔
る痛みと共に身体の芯が軋んでいた。どうやら、肋も何本かやられたらしい。
「──」
 そんな彼へと、ゆらり迫って来る影がある。
 怪物だった。寸胴な肉柱のような身体に巨大な唇を貼り付けた醜い怪人──本性を現した
杉浦こと、詐欺師(ライアー)のアウターである。
「……まさか、あんたが化け物だったなんてな」
「ふん。その割には随分落ち着いているようじゃないか」
 やっとの事で絞り出した声に、ライアーが哂う。由良も必死の苦笑いを浮かべていた。
 だが一方で、その内心では猛烈な勢いで思考を回している。ボロボロの身体に鞭打って、
自分に何が出来るのかを懸命に探ろうとしていた。
 ……この事を、兵(ひょう)さんは知っているのだろうか?
 いや、そんな筈はない。だってこれは核心なのだから。今目の前には、一連の不可解事件
の答えと言ってもいい存在が迫って来ている。
 あの人は、騙されていたんだ。こいつとは長い付き合いだと言っていたから、多分何処か
で入れ替わっている。元から化け物なら、そもそも捕まるようなヘマはしないだろうから。
少なくとも数年、こいつはあの人を騙してきたんだ……。
「ま、伊達に何度も目撃して(みて)きてはいねぇか」
「……?」
 何故それを──。だが由良のそんな思案は、次の瞬間ライアーが呟いた一言に中断させら
れた。一歩二歩、扁平な足を踏み出して近付いて来る巨体。由良が眉を顰めて問う前に、彼
はおもむろにその両手を大きく広げた。パァンと、自身の目の前で音を鳴らして合わせる。
「“この場の俺達に、誰もが気付き、足を止める”」
 最初、一体何をしているのか解らなかった。ただ手を合わせた直後、そうライアーが言葉
を紡いだだけだ。
 その内容とは打って変わって、やはりしんとしている路地裏。
 だが何故だろう。今ちょうど、奴が喋った直後“周囲が歪んだ”ような……?
「これで、よし」
 サッと合掌のように合わせた手を解き、ライアーは呟いた。由良が目を瞬いている間にも
彼はその巨体を揺らし、こちらのすぐ目の前へと近付いて来る。ガシッ。胸元を掴まれて、
由良は彼に片手で軽々と持ち上げられた。じたばたと、反射的にもがくが、相手は全くもっ
て微動だにしない。
「あんたに恨みはねぇが……。ここで死んで貰う」
 もう片方の手が、ギチギチと自分の身体に向かって狙いを定め始めている。由良はいよい
よ終わりかと覚悟した。何でこんな事に。一体誰の差し金なんだ? 何が一番の理由となっ
たのだろう? いや、それよりも──。
「……一つ、訊いてもいいか?」
「あん?」
「守護騎士(ヴァンガード)は……お前達の味方か?」
 だから最期の最期で訊ねた由良の一言に、ライアーは一瞬止まった。止まって、逆上する
ように肉塊な全身に血管が浮き出る。
「はあ!? 何を寝惚けたことを言ってる? 同胞達を殺して回ってる奴だぞ!?」
「……」
 嗚呼、上手く引っ掛かってくれた。由良は酷く安堵したが、同時に酷く自分が可笑しくな
ってしまった。息を詰まらせながらも、フッとその口元には乾いた自嘲(わら)いが込み上
げてくる。血の痕が伝っている。
 嗚呼、そうか。つまりは自分の杞憂だった訳だ。
 我ながら馬鹿だな。そうなると自分は、結局そんなことの為に死ぬのか……。
(すみません……兵さん……。未熟な俺を、許し──)
 そして次の瞬間、由良の身体をライアーの手刀が貫いた。内蔵から口から、ごぼっと大量
の血が溢れ出る。瞳の色から生気が褪せ始める。「……何が可笑しい」ライアーがそうチッ
と、不機嫌に舌打ちをしながら手刀を引き抜いた。そのまま由良の身体はどうっと壁際の地
面へと崩れ落ちる。
「まぁいい。心配するな。すぐにお前の相方も、後を追わせてやるからよ」
「──っ!?」
 だが、その一言がいけなかった。流れ出る血と共に失せようとしていた由良の命を、内な
る炎を、再びその一言が火を点けたのだった。
「や、めろ……。兵さん、に……手を、出すな……ッ!!」
 地べたを這いつくばりながら、ライアーの脚にしがみ付く由良。
 その最期の抵抗に、ライアーはキッと怒りを露わにした。既に相手は瀕死の重傷で、たか
が人間という侮りがあった。「うるせえ!」すくい上げるように、その拳が由良の胸元から
顔にかけてヒットした。その身体は大きく吹き飛ばされ、近くの立てかけられた鉄パイプを
崩しながら転がり込む。
「……」
 血が止まらない。由良はボロボロになった身体と意識を自覚していた。崩れて転がった鉄
パイプの中に塗れながら、彼はずざり、ずざりと血塗れの腹を押し付けながら進もうとして
いた。……知らせなくては。兵さんに、こいつの正体を。答えは、自分達のすぐ近くに潜ん
でいたのだということを……。
「おっと」
 だが、そんな由良の悪あがきをライアーが見逃す筈もなかった。力の入らない手で懐に伸
ばした手。それをパシッと取って遮り、彼は由良からそのデバイスを取り上げた。取り上げ
て画面をその場でタップし、慣れた様子で操作し始める。
「悪いが、させねえぜ? 時間稼ぎに利用させて貰う」
 操作している様子までは見えなかった。というより、もう身体を起こして見上げる余力す
ら残っていなかった。
 く、そ……。由良はそれでもじり、じりっとその場から這いつくばる。血に塗れた指先を
伸ばし、暗がりに一層隠れた、建物の隙間と隙間に向かってその指を走らせる。
「……」
 伝えなくては。
 朦朧とする意識の中、ライアーが自身のデバイスを弄っている隙を狙い、由良は震えの止
まらないその手で、血の文字を書き始めた。

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  1. 2018/01/16(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔91〕

「三大刻(ディクロ)の方角に狼煙を発見! 霧の妖精國(ニブルヘイム)です!」
 マギリらが燃した赤いそれは、はたして進軍中のアルヴ遠征軍にも知られる所となった。
双眼鏡で周囲を警戒していたエルフ兵の一声に、指揮官を始めとした面々の表情が輪をかけ
て引き締まる。
「ハザワール殿の情報通りだな……。よし、では全軍前進! 目印を見失うなよ?」
 古界(パンゲア)の原生林を、暴力の為の群れが往く。
 木々に覆われた緑を散らすように、革鎧を着込んだエルフ兵達の影がちらつき始めた。や
がてそれらは重なる靴音を響かせ、数を増やし、只一つの標的へと迫ってゆく。
「……来たか」
 そんな動きを、当のハルト達が見落とす筈もない。
 彼らニブルの面々は、既に迎撃態勢──里全体を包む五重の防御結界を敷いてこれを眺め
ていた。ハルトやカイト、サラ、戦える者を除いた里の者達は、一足先にその奥に掘った地
下壕の中へと避難している。タニアやクリス・クララ、クレアの弟妹達も、そんな暗がりの
中皆に交じって身を寄せ合い、じっと息を殺している。
 森の切れ目、ニブル領のすぐ手前にまで遠征軍の姿が迫って来ていた。木々の隙間を埋め
尽くすようにずらりと、兵達は、およそ自分達の前方三方向から合流しようとしている。や
はりと言うべきか、初手からこちらを包囲するつもりのようだ。皆の先頭に立つハルトが、
ぎゅっと静かに唇を結んでいる。その傍らで妻(サラ)が、弟(カイト)が、それぞれに心
配そうな目で見上げ、寄り添ってくる。パキパキと拳を鳴らしている。
「聞け、造反者どもよ! 我々は光の妖精國(アルヴヘイム)評議会より派遣された、遠征
軍である!」
 そうしていると、アルヴ側から一個の小隊が出てきた。こちらからの攻撃を警戒してか槍
先同士を頭上で交差させ、左右に弓兵が並んでいる。その中央で、壮年のエルフ兵が文書を
広げると朗々と読み上げ始めた。
「既に調べはついている。先日、我らが領土に侵入を試みようとし、尚且つ我らが同胞達に
危害を加えた罪は重く、決して許されるものではない。お前達が犯行を主導し、あくまで実
行犯らを匿うのであれば──我々にも相応の報復措置を取る用意がある!」
 これはパフォーマンスだ。ハルト達は思った。どだい向こうは、今回の一件を攻撃の口実
にしたがっている。それでも正当性も何もなしに攻め入るのは“野蛮”だと考えているのだ
ろう。周辺勢力からの非難を警戒したのだろう。
 だからこうして、わざわざ隙を見せてまでも自分達に大義があるとのアピールを先ず取っ
ている。もし今この間にこちらが先制攻撃を加えようものなら、内心嬉々として更なる口実
とするに違いない。元よりハルトら面々にそのつもりは無いし、予め暴走しないようにと彼
から何度も念を押して制されている。
「好き勝手に言いやがって。全部仕組んでるのはてめぇらじゃねえか」
「……」
 実質的な宣戦布告。実弟の小声の不満に、ハルトやサラは唇を結んだまま押し黙るしかな
かった。確証はない。だがジーク達が能力者の罠に嵌められたのも、マギリらの裏切り──
狼煙で此処の位置を知られたのも、十中八九アルヴ側の策だろう。本人達は気付いていない
のかもしれないが、彼らの中に“結社”と繋がっている者達がいる。それが話し合いの中で
確認し合った自分達の仮説だ。ちらっとやや空を仰ぎ、ハルトは目の前の軍勢よりも、数刻
前に送り出した盟友の子らの身を案じていた。
(……大丈夫だろうか? 彼らがここまで来たという事は、何とか鉢合わせだけは避けられ
たようだけど……)
 互いに入れ違いになるように、南へ。
 作戦上、どうしても最短距離を迂回するルートを取らざるを得ないが、彼らにはアゼルの
聖浄器を手に入れて貰わなければならない。件の遠隔操作の術者もだ。自分達の役目は、あ
くまでそれらが果たされるまでの時間を稼ぐこと。目の前の彼らに弁明、衝突を回避できる
のならばそれに越した事はないが、無理だろう。ただでさえこれまで目の敵にされてきたの
に、加えて内部に“結社”が混じっている以上聞く耳はない。揉み消されるだろうし、事実
ジークがアルヴ兵を斬ってしまった失態は取り消せないのだから。
 何より──。
「これが最後の警告である! 里長ハルト・ユーティリア及び、お前達が匿っている犯人、
ジーク・レノヴィンを差し出せ! さもなくば、我ら全軍の総力を以ってお前達とこの地を
壊滅させよう!」
 ガチリ。文書を読み上げる壮年エルフの最後の一フレーズに合わせて、周囲の全ての兵達
が一斉にそれぞれの武器を掲げた。持ち上げて、その切っ先を真っ直ぐにこちらへと向けて
くる。森の切れ目、木々の隙間を埋め尽くす軍勢の奥で、指揮官がじっと腕組みをして睨み
を利かせていた。
『っ……』
 アリバイ作り。戦闘開始。
 拗れ続けた末の敵軍と相対し、ハルト以下ニルブの面々は一様に険しい表情を浮かべた。

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  1. 2018/01/03(水) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔29〕

 どれだけネオンが眩く点ろうとも、闇はいつもそこに在る。寧ろ光が強ければ強いほど、
それらはより深く執拗に根を張るのかもしれない。
 満たされているが故に、満たされえぬ。
 少なくとも飛鳥崎という街は、そんな数多あるモデルケースの一つと言ってしまってよい
のだろう。
「──どうも、お待たせしました」
 夜の飛鳥崎。街を照らすネオンを遠巻きに、その届かぬ足元を縫うように杉浦が近付いて
来た。心許ない明かりしかないその路地裏の一角へ、妙にヘコヘコしながらするりと身を潜
り込ませてくる。
「用件は? 折り入って報告したい事があると聞いたが」
 そんな彼を一人待っていたのは、丸太のように筋肉質でガタイのよい男だった。
 円谷である。飛鳥崎中央署の警視・白鳥の側近の片割れだ。彼はビル裏の壁にじっと背を
預けたまま、ちらと横目にこの杉浦を見遣ると早速本題に入る。
「ええ。実は先日、うちの事務所に筧兵悟とその連れがやって来ましてね……。自分に瀬古
勇の消息と、例の守護騎士(ヴァンガード)について調べてくれと依頼をしてきたんです」
「瀬古を?」
「どうやら、勘付いてるようで。何かと関連の事件に縁を持っちゃいましたからねえ」
 元から険しい円谷の表情(かお)が、更に厳しさを帯びた。
 それとですね……。彼に向いたまま杉浦は言う。それさえも取っ掛かりに過ぎないという
ように、スッとその瞳が暗い殺気を帯び始める。
「もっと厄介なのは、その連れです。由良──と言っていましたか。実は筧兵悟が帰った後
に、そいつがこっそり依頼をしてきましてね……。三条電機と、そちらの本署との繋がりを
探ってくれ、と」
「……なるほど。お前がわざわざ呼び立ててくる訳だ」
「でしょう? 当人の感じからして、まだ確証は無いようです。ただ何処からか、自分達の
存在を聞きかじった可能性はありますね。そうじゃなきゃあ、先ず自分にそんな頼みをして
きはしないでしょう?」
「……」
 身振り手振り。訴えかける杉浦に、円谷は暫くじっと眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
 確かに、自分達に目を付けられているというのは拙い。彼の相棒たる筧も未だ瀬古勇と、
都市伝説(ヴァンガード)の存在に拘りをみせている。元々から組織の方針に従順ではない
と理解してはいたが、流石にそろそろ目に余ってきたか。
「この事、他には?」
「今夜旦那に話したのが初めてです。直接伝えに行くよりは、お二人のどちらかの耳に入れ
ておく方が、目立たないかと思いまして」
「賢明だな。情報提供感謝する。今夜にでもプライド様に報告しよう。三条電機の方は──
放っておいていい。対抗勢力の存在はとうに把握済みだ。何よりシステムの完成で、瀬古が
エンヴィーの号を得た。今後は奴が対守護騎士(ヴァンガード)の専任となる」
 その意味では、もう価値の半減した情報ではあるのだろう。既に彼らの研究所(ラボ)は
襲撃済みだ。尤も、肝心の目的は果たせなかったが。
「それよりも、問題は二人がそれぞれに嗅ぎ回っているという点だ。もし彼らの疑念が噛み
合ってしまえば、我々にとって非常に面倒なことになる」
「そうですよねえ。お互い、敵の本丸(ふところ)を突いたとしても、大した利益にはなり
ませんし」
「……いつも一言多いのは、お前の悪い癖だぞ」
 ギロリ。杉浦の慎重──否、皮肉に対し、円谷は静かに凄みを利かせてこれを睨んだ。
 あはは……。思わずこの私立探偵は苦笑いを零し、軽く両手を挙げて降参のポースを取っ
ている。そう、面なら割れているのだ。だがそこに踏み込めば相手も同じように行動せざる
を得なくなるだろう。プラマイゼロ、寧ろマイナスなのだ。相手にダメージを与える事こそ
できるが、同時にこちらも失うものが大きい。お互いに、メリットが少ない。
「……そろそろ、あの二人も野放しにはできなくなってきたか」
「ええ。どうします?」
 だからこそ、決断は早かった。問うてくる杉浦に円谷はちらと横目を遣り、命じた。あの
二人は、由良信介は、触れてはいけない領域へと触れた。もう許されない……。
「プライド様を煩わせるでもない。始末しろ。やり方は任せる」
「へへ……。了解」
 言って、円谷はそのまま踵を返していた。杉浦もニタリと口元に弧を描き、影のある不気
味な笑顔を浮かべている。同じように彼もまた、次の瞬間には正面を向いたまま胸元に軽く
手を当て、サッと退くようにして再び街の闇へと消えてゆく。
「“取り繕う”のは──お前の得意技だろう?」
 背を向けたまま、より暗がりの中へと進む円谷。闇はいつもそこに在った。
 一見、繁栄を謳歌しているようにみえる夜の飛鳥崎。だがそこに潜む悪意達は、人々の想
像を遥かに越えて、深く複雑に根を張り続けている。

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  1. 2017/12/19(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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