日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔87〕

 “弓姫”アゼルことアゼル・メルエットは、およそ千年前のゴルガニア戦役において解放
軍の一翼を担った妖精族(どうほう)の女性です。

 森に生まれ、森と共に生きる私たち妖精族(エルフ)の中でも、彼女の弓の腕は抜きん出
ていました。故郷で獲物を追って過ごした狩猟生活の経験は、戦場という環境に変わっても
遺憾なく発揮されたといいます。解放軍の遊撃大隊を任された彼女は、帝国兵の視認の外か
らの遠距離狙撃でもって多くの敵を討ったと伝えられています。
 ……しかし、その後彼女が辿った運命は、大よそ不遇と言ってしまってよいでしょう。
 故郷に戻った彼女は、地上の者達に与したという理由で追放されてしまいました。詳しい
やり取りまでは記録に残っていませんが、彼女は彼女なりに、故郷と天上世界の未来を憂い
て行動を起こした筈です。もし帝国があのまま滅びず、各地への版図拡大を続けていたなら
ば、ここ古界(パンゲア)にもその食指は伸びていたでしょう。事実当時既に、地底世界の
各地が徐々にその勢力下に呑まれつつありました。全ては故郷を守る為だったのです。
 ですがそんな彼女の想いは、結局理解されることはありませんでした。彼女を放逐したの
は、他ならぬ守りたかった故郷の古老達でした。当時から彼らは、じわじわと迫る外の世界
の悪意よりも、連綿と続けてきた“秩序”を守ることに拘泥していたようです。
 そして彼女は、二度と故郷の地を踏むことはありませんでした。
 守ろうとした人々に裏切られ、どれほど失意の旅だったのか。……いえ、或いは古老達が
そうした態度に出ることは、ある程度分かっていての志願だったのかもしれません。
 十数年に及ぶ、放浪の旅が続きました。帰るべき場所を失った彼女は、各地に点在する同
胞らの集落を訪ねて回りましたが、その殆どが彼女を歓迎しなかったといいます。古老達が
手を回していたのでしょうか。或いは風の噂で耳にし、保身に──要らぬトラブルの元を背
負い込みたくないと警戒したのでしょうか。
 しかし……救いはあったのです。長い旅路の末、彼女は一組の同胞夫妻と出会いました。
彼らは彼女の境遇を知り、大変親切に迎え入れてくれたといいます。まだ年若い夫婦だった
ため、それほどしがらみが多くなかったのかもしれません。
 二人の名は、コリン・ランバートとシーナ・ランバート。後に私達のご先祖様となる二人
です。かつての“弓姫”に手を差し伸べた彼らは、その後彼女の生涯の友となりました。長
い放浪の旅の末、彼女もまた、彼らの暮らすこの地を安住の地としたと伝えられています。
 ……唯一彼女が報われたのは、彼ら夫妻との出会いだったのかもしれません。地上ではそ
れこそ英雄的な扱いをされながらも、故郷に戻ってみれば放逐された身。
 一度は得た地位や名声を捨て、その後彼女は静かな余生を送ったといいます。生涯彼女に
は伴侶も、子もできませんでしたが、友であるランバート夫妻の子供達にはまるで実の親族
のように愛情を注ぎ込んだと伝えられています。
 記録によれば、それからおよそ三百年──私たち妖精族(エルフ)は長命なのです──の
後、彼女は亡くなりました。最期を友たるランバート一族に看取られ、そしてその今際にあ
る頼みを遺して。
『この弓を……エバーグリスを頼みます。この戦友(とも)の魂を解放してくれる者が現れ
る、その日まで……』
 これこそが、私達“守人の一族”誕生の瞬間です。
 夫妻は友の最期の願いを快く引き受け、代々守り続けてきました。遺された言葉の通り、
この翠に輝く聖なる弓が、真に解放されるその時まで……。

「──おーい、ミシェルー!」
 どうやら知らぬ間にうとうとと眠ってしまっていたようだった。大樹の枝の上に寝転がっ
ていたミシェルは、ふいっと、そう下から呼び掛けてくる声に起こされて目を覚ました。
 眼下には、妖精族(エルフ)の青年二人がこちらを見上げて手を振っている。大柄な方が
テオで、小柄な方がマギリ。共に彼女と同じ“守人”の一人だ。
 幹に預けていた背を、身体を起こしてミシェルは彼らに向き直って見下ろした。確か二人
には街の方へ買い出しに行って貰っていた筈だ。もうそんなに時間が経ったのか……。
「どうしたー? ぼうっとしてー?」
「……ううん。何でも。少し寝入っていただけよ」
 するりと樹から飛び降り、彼らの前に着地する。二人は両手や背中に買い物の布袋を提げ
ており、何処となく得意げだ。中身を確認したら長旅を労ってやらねば。
「おかえりなさい。一応聞くけど、尾けられたりは?」
「問題ない。その点に関しては最優先で気を付けてるよ」
 テオが苦笑いを零し、布袋を差し出した。ミシェルがそれを検めている横で、同じく仲間
のマギリがふと思い出したように言う。
「ああ、ミシェル。そういえばさ」
「? うん?」
 テオも彼を見遣っていた「ああ、あれな」と思い出したように小さく頷き、二人して彼女
に向かって報告してくる。
「実は情報収集がてら、酒場やギルドにも寄って来たんだがよ」
「そこで、面倒なものを見つけちゃってね……」

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  1. 2017/09/12(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔28〕

「嘘、だろ……?」
 まさにそんな皆の絶望感を代表するように、仁は呟いた。
 西大場、日没後の雑木林。アウターの気配を察知した睦月達は、そこである意味最悪の形
でもって彼との再会を果たす。
『……』
 瀬古勇だった。玄武台(ブタイ)の事件、タウロスとの戦いの後、行方を眩ませていた今
回の尋ね人である。
 しかし三度対峙した今、彼の姿は変貌していた。新たなアウター・ドラゴンをその闇色の
リアナイザに取り込み、一行の目の前で“変身”してみせたのだから。
 黒を基調に統一された禍々しいパワードスーツ姿。ゆっくりと光った両眼はドラゴンのそ
れと同じ錆鉄色を宿し、まるで守護騎士(ヴァンガード)を反転させたかのような意匠で立
ちはだかっている。

「──ふむ。計算通り、装着は成功みたいだね」
 そんな人知れぬ波乱の一部始終を、彼らは観ていた。
 薄暗い地下のサーバールーム。“蝕卓(ファミリー)”の面々である。
 いつものように集まった面々、円卓に着いた六人とは別に立って、白衣の男(シン)はそ
っと眼鏡のブリッジを押さえながら微笑(わら)った。一同が視線を向ける壁面には、勇ら
の様子を映し出す大きなホログラム画面が展開されている。
「守護騎士(ヴァンガード)に対抗する存在、ドラゴンを宿す者──もし名前をつけるのな
らば、差し詰め“龍咆騎士(ヴァハムート)”とでも呼ぼうか」
 くくく。押し殺すように笑うシンは、そう心底愉快そうに呟く。
 円卓の面々が、静かに瞳を光らせていた。彼の発言を記憶する者、この新たな戦力を警戒
する者。口にこそ出さないが、それぞれの思惑が暗がりの中で交錯する。
 ミラージュに密命が下っていたのは、全てこの為だ。
 彼の能力で守護騎士(ヴァンガード)の詳細な構造を把握。その上でこれらを上回るシス
テムを開発する。
 この白衣の男にはそれができた。勇用にドラゴンをチューニングし、かの天敵に対抗する
為の力として生まれ変わらせたのだった。
「さあ、お手並み拝見といこう。運用試験(テスト)開始だ」
 同時、画面の向こうで龍咆騎士(ヴァハムート)──黒い鎧を纏った勇が咆えた。
 シンの二つと、他の面々六人分、十二の揺らいで軌跡を描いた眼光。
 延々と低く、駆動音を鳴らし続ける暗がりの中、彼の狂気を孕んだ喜色がこだまする。

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  1. 2017/08/22(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔86〕

 先方からの案内役・ミハエルと合流し、世界樹(ユグドラシィル)の上弦から弧を描くよ
うに東進する。
 古都(ケルン・アーク)を出発してから数日。ジーク達北回りチームは古界(パンゲア)
の鬱蒼とした原生林を進んでいた。辺りには薄くぼんやりとだが、霧も出ている。これほど
までに自然が残っているのは、開拓が進む──使い潰される前に先人達が地上へと出て行っ
たからなのだそうだ。整備された道は少ない。ジーク達はミハエルやシフォン、クレアとい
った土地勘のあるメンバーを先頭にして緑の中を進んでいく。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「平気ー? ちゃんとついて来れてるー?」
 樹から樹へと、トントンと軽快に跳んで渡ってゆく妖精族(エルフ)の三人。
 彼らは時々立ち止まり、こちらの進み具合を心配してくれた。三人にははっきりと草むら
の中に道筋が見えているのかもしれないが、ジーク達には辛うじて所々に掻き分けた痕跡を
見つけられる程度だ。
「何とかな。見失わない程度に頼まあ」
「はは。流石は妖精族(エルフ)だ。水を得た魚だな、ありゃ」
 樹上のクレア達に応えながら、がさがさと掻き分け掻き分け。
 リカルドが少し疲れているようだった。苦笑を漏らしながら、トントンと数歩先を跳んで
ゆく彼女達を見上げている。
(以前は、俺も森だの何だのに分け入って魔獣を狩ってたモンなんだが……)
 冒険者という括りでは自分もシフォン達も同じ筈だ。だが、種族的な差があるとはいえ、
今ではすっかり野に繰り出して魔獣討伐──冒険者本来の仕事をやるということが減ってし
まったように思う。それはひとえに自分達兄弟の為、度重なる“結社”との戦いにシフトし
てくれたからなのだが、こうして久しぶりに人気のない場所を分け入っていると、かつてあ
ったいち冒険者としての日々を思い出す。
(また、鍛え直しとかないと……)
 道なき道を、只々黙々と進む。
 ミハエルが先導してくれているから間違いはない筈だが、里に通じる「道」は依然として
見えない。注意深く見れば、何度か掻き分けられた跡は見つかるが、先ず素人には見分けが
つかないと言ってしまって良いだろう。
「なあ、ミハエルさん。もっときちんとした道ってねえのか? ある程度俺達でも覚えてお
いた方が、後々手間も掛けさせずに済むと思うんだが」
「……すみません。うちはまだ出来て間もないので。いずれ整備に人を回す予定ではありま
すが、それまでは私達が案内させていただきます。それに、この方が光の妖精國(むこう)
にはバレにくいですからね」
 一旦太い枝の上で立ち止まり、肩越しに振り向いて苦笑するミハエル。
 だが対するジークは内心、何とも言えぬ心境だった。思わず渋い表情(かお)をして眉間
に皺を寄せている。
 話によると、彼ら開明派のエルフによる新たな里・霧の妖精國(ニブルヘイム)は、これ
まで古老達の強い影響下にあった光の妖精國(アルヴヘイム)から独立して作られたという
経緯があるらしい。
 故に、隠れ里。出来てまだ日が浅いこともあり、なるべく古老達にはその正確な位置を知
られたくないのだという。
 ……そこまでして、分け隔てなければならなかったのか? ジークはギッと胸奥が小さく
も締め付けられる思いだった。他に方法はなかったのだろうか? 他種族の問題とはいえ、
ヒト同士いがみ合う、解り合えないというのは、まさにこの世界の縮図そのもののようでは
ないだろうか……?
「さあ、見えてきましたよ」
 内心悶々としながら進む。すると暫くして、それまで覆い被さるように広がっていた霧が
はたと捌けていった気がした。同時に視界が開ける。ぐるりと丸く切り拓かれた森の端から
見下ろした段々の凹みの先には、木造と石積みが混在する集落群が見える。
「あれが私達の里、霧の妖精國(ニブルヘイム)です」
 ジーク達はミハエルを先頭に、ようやく整備された道を下って行った。道の先は里の正門
らしき三重の見張り台に繋がっており、そこには二組のエルフ夫婦と子供達──里の面々が
手を振りながら一行の到着を出迎えてくれていたのだった。
「クレアー、シフォン君ー」
「お姉ちゃん、叔父さん、こっちこっちー!」
「おう、シフォン。久しぶりだなあ。元気そうで何よりだ!」
「……父さん、母さん」
 クレアの両親、ハルト・ユーティリアとその妻サラ。ハルトの弟で、シフォンの両親でも
あるカイトとその妻タニア。
 里を率いるのは、そんな仲間達の両親らだった。周りには四人の子供──クレアの弟妹ら
が元気に諸手を挙げている。皆、それぞれにクレアやシフォンと似た面立ちをしているよう
に見えた。尤も兄ハルトは線が細く、弟カイトはガタイが良い。どうやら二人の子らの容姿
は、それぞれに濃い方が違うらしい。
 おーい! 里の皆が、笑顔を向けて手を振ってくれている。
 ぱぁっと笑うクレアと、両親との再会に表情を硬くしたシフォン。ジーク達はそんな二人
に微笑みかけ、残る坂道を駆け下りた。

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  1. 2017/08/07(月) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔27〕

 元玄武台(ブダイ)校長・磯崎康太郎は震え続けていた。あの日から、まるで生きた心地
がしなかった。言わずもがな、瀬古勇による同校舎襲撃の一件である。
 一体どんな手段を使ったのかも分からない。だがこのご時世、ネット上には爆弾の製造法
くらい調べれば載っているだろう。事実、千家谷を皮切りにした爆弾魔(ボマー)も元々は
市外のいち住人だったと聞く。
 あの日以来、磯崎はすっかり自宅に引き篭もるようになってしまった。またいつ命を狙わ
れるとも知れぬ状況で、必要外の外出は文字通り自殺行為だ。
 事件を重くみた政府の第三者委から、飛鳥崎の教育委へ。
 結果自分は校長の職を罷免され、直後当局に在宅起訴されてしまった。あたかも始めから
そういうシナリオで、周囲が準備を進めていたとしか考えられない。追い詰められた自分を
見捨てるように、妻は実家に逃げてしまった。子供達とも、全く連絡が取れない──関わり
たくないと避けられているのは明白だった。自分は全てを失ったのだ。
「……ひっく。くそう、くそう、何で私がこんな目に……」
 その日の夜も、磯崎は独り閉め切った部屋の中で酒を煽っていた。連日、気持ちがざわつ
く度に縋って空にした瓶が床のあちこちに転がっている。酔いが回り、身体もフラフラとし
ているものの、彼の心を満たすのは只々“他者”に対する“怒り”ばかりである。
 全てはあいつの──瀬古勇のせいだ。あいつのせいで人生を狂わされた。
 弟ともども、とんだ疫病神だ。こんな事になるなら、入学などさせなかったのに。
 何故自殺した? 何故復讐なんぞに走った? 校長とはいえ、幾つもある部の内情を全て
把握できる訳がないだろうに。いじめがあったというが、なら何故自ら死を選ぶような──
迷惑にしかならない方法を採った? 何故職員らに相談しなかった? 信用できるとかでき
ないとか、そういうレベルの話じゃない。あるべきプロセスを踏んでいるかどうかの問題な
のだ。第三者委での尋問でも、その辺りを突かれた。生徒達に対するケアを、怠っていたの
ではないかと。
 ……ふざけるな。自分達はエスパーじゃない。政府(おまえたち)も常日頃言っていたで
はないか。教育の目的は馴れ合いじゃない。子供達を将来、なるべく多く社会で活躍できる
人材に磨き上げることだと。
 その意味で、瀬古兄弟は不良品だ。多少他人に揉まれた程度で死に、その弱さの責を他人
に転嫁して憚らない傲慢さ。甘えるな。そんな考えで、この世の中は渡っていけない。
 ……大体、警察は何をしている? まだ瀬古勇は捕まらないのか?
 どんな理由があろうと、あいつは人殺しだ。国として許してはならない筈だ。あいつが今
も何処かで逃げ延びているから、自分はこうしてろくに家から出られなくなってしまった。
毎日交代で警官達が家の周りをガードしてくれているが、それは少なくとも根本的な解決に
はならない。さっさと牢屋にぶちこんでくれ。そうでなければ本当に──自分はおかしくな
ってしまう。
「──?」
 こんな筈じゃあ……。
 再三、独りで頭を抱えていた、そんな時だった。
 磯崎はふと部屋の外で、ガタンバタンと何かが倒れる物音を聞いた気がした。ビクッと身
体を震わせ、おずおずと扉の向こうを振り返る。耳を澄ませる。警官達か? じっとその場
で理解が進まないまま見つめていると、やがてトン、トンとこちらへ近付いて来る足音があ
った。半ば本能的に顔が青褪める。警官達じゃない。まさか──。
『……』
 そのまさかだった。現れた、目深に帽子を被ったまま立つ少年は間違いなくあの瀬古勇で
あった。加えて何よりその横には、全身錆鉄色のトカゲ人間──巨大な竜の化け物が控えて
いる。
 ひいっ!? 磯崎は殆ど条件反射的に叫び、後退った。テーブルの上や床に転がった酒瓶
が喧しく音を立ててぶつかり合う。勇は無言のままこちらを見下ろし、一歩また一歩と近寄
ってきた。はたしてその背後、半開きになった扉の向こうには、血だまりの中に沈んで動か
なくなった警官達の姿が見て取れた。
(本当に……本当に来た! 私を、私を殺しにっ……!)
 部屋はさして広くはない。磯崎はあっという間に壁際に追い詰められていた。
 勇と化け物──竜(ドラゴン)のアウターは、暫く何も言わず、じっとこれを見下ろして
いた。酷く冷たい、ゴミ屑を見るかのような眼と狂気そのものの眼だ。抵抗すらままならな
かった。わたわたと、磯崎は両手をばたつかせ、必死に身を守ろうとする。
「たっ、助けてくれ! い、命だけは! もういいだろう、充分だろう?! 何で今になっ
て私なんだ!? 私を殺しても、お前の弟は戻って来ないんだぞ!?」
「……ああ、知ってる。正直お前の命なんかもうどうでもいいんだ。だがよ、お前を殺って
おかなきゃあ、こいつとの契約が完了しない。最後の一ピースが嵌らないんだ」
 何を……?
 勇が竜(ドラゴン)をすいっと指差し、淡々と答える言葉に、磯崎は引き攣った瞼を瞬く
しかなかった。意味が分からない。大体お前、その化け物は──。
「ぐぶっ!?」
 だが磯崎が問い返す事は永遠になかった。次の瞬間、彼の顔面は竜(ドラゴン)の分厚い
片手に掴まれていた。ギチギチと、今にも握り潰されそうになる。指と指の間から眼球が飛
び出しそうになり、くぐもった声と共に血管が赤く浮き上がってゆく。
「やめっ、止めっ……! 潰、れる……ッ」
「やっとここまできたんだ。取り戻せたんだ。今まで生かされていた事をありがたく思え」
 ぷるぷる。がしりと掴まれたままで、磯崎は首を横に振った。圧迫で充血した眼球からは
恐怖の極限に追い詰められた結果、涙が溢れ出している。
「ず、ずまながったっ! 許じ──」
「おせぇよ」
 ザン。刹那、竜(ドラゴン)の手刀が霞む速さで叩き込まれた。
 堰を切ったように噴き出した血飛沫。磯崎の首と胴は、直後完全に切り離された。

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  1. 2017/07/17(月) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔85〕

 二人にとって、これほどの長旅は初めてだった。
 カインとクラリス──レナの実の両親・セディナ夫妻は、この日遠路遥々ジークとアルス
の故郷・陽穏の村(サンフェルノ)を訪れていた。
 両手にはどっさりと旅の荷物。持ち切れない分は、後ろから小さめの馬車を連れた数名の
神官兵達──クリシェンヌ教団から派遣された護衛役が運んでくれている。
 聖都での騒動、娘(レナ)を巡る一件で、二人は散光の村(ランミュース)にいられなく
なった。中にはこれまでの事情を理解してくれ、庇ってくれる村人達もいたが、現実として
そうではない村人達との軋轢は今も尚続いている。そんな環境の中で、間違いなくその元凶
である自分達が暮らし続けるなど無理だった。引き留めてくれる者達もいたが、二人は身を
引くことに──村を出る決意をしたのだった。

『本当に、すみませんでした。あの時もっと周囲を警戒しておけば……』
『いえ。私達も、村の皆に嘘をつき続けていた非がありますし……』
 騒動が片付いた後、ハロルドやイセルナ、レナが訪ねてきた事もあった。その時に二人は
村を出る心積もりを打ち明けた。彼らはやはりというべきか、罪悪感に襲われていたが、こ
うなることは何処かで予感していた節もある。
『それで、行く当てなどはあるのですか?』
『いえ。それがまだ』
『私達の事も知られてしまいましたから、あまり近場では意味がないでしょうし……』
 故に、二人の相談を受けて「ふむ」とハロルドは思案顔をする。イセルナも横目で彼の様
子を見ていた。するとぼーっと何度か目を瞬いていたレナが、はっと弾かれたように顔を上
げる。
『だったら、陽穏の村(サンフェルノ)はどう? ジークさんとアルス君の故郷なの。ここ
からも充分遠いし、条件を満たせると思う』

 それから、話はトントン拍子で進んだ。場所はアトス領内の北東内陸。あのジーク皇子が
生まれ育った場所らしい。最初ハロルドは目を丸くし、本人不在のまま決めていいのかと眉
を顰めたが、後日本人達からも快諾があった。二人が村に居られなくなってしまったのも、
元を辿れば自分達が原因だという思いがあったのだろう。クランの面々と共に村に、トナン
本国にいる母(シノ)らにも連絡を取り、移住計画はクラン・ブルートバードとクリシェン
ヌ教団が全面的にバックアップする形となった。こと教団にすれば“聖女”の生みの親らを
心苦しい環境──寒村の中に縛り付けていると批判されるのは避けたかったのだろう。
「……」
 陽穏の村(サンフェルノ)は地理的にもずっと北にあり、現在の季節も合わさって少し肌
寒いくらいに感じる。
 しかしカインとクラリスは、それ以上に不安だった。事前に移住したいという旨と事情は
伝えて貰っている筈だが、馴染めるだろうか? ジーク皇子とアルス皇子、あのレノヴィン
兄弟出生の地というだけで既に名が知れ渡ってしまっているであろうに、これ以上村の人達
に負担を掛けてしまいはしないか……?
『ようこそ、陽穏の村(サンフェルノ)へ!』
 だが、二人がおずおずと村の門へと近付いて行った瞬間、そんな心配は文字通り吹き飛ん
でしまうことになる。それまで穏やかに、しんとしていた場にパァンと幾つものクラッカー
の紙吹雪が舞い、重なる歓迎の言葉が響いたのだ。
 え──。カインとクラリスは目を真ん丸にしたまま立ち止まる。そこには物陰から颯爽と
現れ、お手製の横断幕を掲げた村人達が大集合していたのだった。皆一様ににこにこと、紙
吹雪がゆっくり地面に落ちてゆく中でこちらを見つめている。
「あれ? 反応がない」
「おかしいなあ。この二人で間違いないよな?」
「ああ。写真も見せて貰ったし、荷物からしてそうだろ? えっと、カインさんとクラリス
さんで合ってるよな?」
「あ。はい」
「そ、そうですが……」
「やっぱり! いやいや、よかった。もしかして全然関係ない旅人さんだったりしたらどう
しようかと思ったよ」
「改めて、陽穏の村(サンフェルノ)へようこそ。話はイセルナさん達やハウゼン王の使い
の人達から聞いてるよ。レナちゃんのご両親だそうで」
「いやあ、まさか、あの時のお嬢ちゃんが“聖女”様だったなんてなあ。まぁ結構複雑な事
情だったみたいだし、もし俺達が訊いてても答えはしなかったんだろうけど」
「とりあえず、後ろの騎士さん達も含めて荷物を運ぼうか。急ごしらえだけど、二人の家も
もう建ってるよ。必要があればまた改築するから。あー、そんな縮こまらなくたっていいん
だって。土地なんか無駄に余ってるからさあ」
 正直言って、大分呆気に取られていた。その間にも村人達はやたらフレンドリーに話し掛
けてきてはカインとクラリスを囲み、手にしていた荷物を預かってゆく。まるでお祭りだ。
いや実際、小さな村にしてみれば、移住者がやって来るなどそれだけで充分ビッグイベント
なのかもしれないが。
「家はあそこの青い屋根の平屋だ。ベッヂん家とサムソン家の間だな。困った事があったら
何でも言ってくれ。ここは田舎で何かと不便っちゃ不便だが、住めば都ってな」
「それに、この村も色々あって、今じゃあ正規軍の詰め所がある。その辺の村よりはよっぽ
ど安心して暮らせる筈だぜ?」
 邪気はない。まるでなく、本当に心から自分達を歓迎してくれているようだった。
 カインとクラリスはちらりと互いに顔を見合わせ、破顔する。先程までの心配など無用だ
ったのだ。そもそも、嫌だとか面倒だと彼らが思っているなら、ここまでトントン拍子に移
住の話が進む筈もない。
「レナちゃんはジークとアルスの仲間。で、その家族となりゃあ、俺達にとっても家族みた
いなもんさ」
「散光の村(むこう)じゃ色々苦労したみたいだけど、もう大丈夫。私達は貴方達を歓迎す
るわ。一緒に、娘さんの活躍を見守りましょう?」
『……』
 じわり。半ば無意識に涙が出てきた。袖で拭うクラリスにそっとカインが寄り添う。そん
な二人を囲みながら歩き、笑みを向けながらあーだこーだと喋り続けている村人達の中で、
ふと別の質問を投げ掛けてくる者があった。
「……ジークは、元気そうだったか?」
 何だか気難しそうな竜族(ドラグネス)の男性だ。村人達曰く、クラウスさん。皇子が村
にいた頃の剣の師匠であり、今は彼らと共に旅をしている仲間の一人・リュカの父親だそう
だ。現在は別パーティーで行動中だという。
 二人は殆ど迷う事なく首肯していた。初めて会った時──聖都での一件が本格化する前は
流石に険しい面持ちだったけれど、それは全て娘の自由を勝ち取る為だったことは自分達に
も解っている。それだけ強く激しく、闘ってくれた。心が萎えていない証拠だ。
「……ハウゼン王も、ご自身が大変な時なのに配慮してくださって……」
「そうだね。でも、あまり私達が卑下してしまっては失礼だよ?」
 ずっと思いが溜まりに溜まっていたのだろう。クラリスは感涙に咽んでいた。カインはそ
っとそんな妻の背中を擦ってやりながら、静かに言う。幸運に、差し伸べられた手に色々と
理由をつけてしまうのは止めよう。これからはもっと幸せになるんだ。
「改めてよろしくのう。カインさん、クラリスさん」
「よーし、皆、さっさと荷物を運んじまうぞ。今夜は宴だー!」
『おおーっ!』
 杖を突いた老人──村長と名乗ってくれた村人が皺くちゃの顔に笑みを浮かべて言う。そ
の横でまだ若い、中年盛りの男達が、二人や神官兵から受け取った荷物を手に快哉の声を上
げている。気持ちのいい人達だ。

 卑下しなければ、ひっそりと生きなければならなかったこれまで。だがそれも、今日この
日から変わろうとしている。秘密が解かれ、咎められることがなくなり、やっと自分達の人
生にも温かな光が差し込んできたように思う。
『……』
 嬉しい(あたたかい)。
 カインとクラリスはそっと、どちらからともなく互いに肩を寄せ合って歩く。
 そうか。こういった理解者(ひとびと)が、娘を暫く見ぬ間に強くしてくれたのだろう。
守ってくれたのだろう。
 改めて。二人の胸奥にはもう、只々感謝の念しかなかった。

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  1. 2017/07/05(水) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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