日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)色眼鏡

 近くの堤防の土手を歩いていると、その眼下の斜面の方に一組の男女がいるのが見えた。
 緩やかな斜面の中ほど。そこに彼らは中睦まじげに互いに寄り添っている。
(……黄色、か)
 眼鏡のブリッジを軽く押さえてから改めて目を凝らしてみれば、彼らをやんわりと優しく
覆っている黄色の“オーラ”が見えてくる。
 確か、彼の説明では……この色合いは喜色だったか。
 やはりあの二人はカップルなのだろう。私以外にもちらほらと土手の上を通っていく人々
がいるのに昼間からああしていちゃついているという事は、まだ付き合い始めて日が浅いと
見える。まぁ、だからこそあそこまでお互いに“浅く”寄り添えているのだろうが……。
 そうして暫く土手の上からそれとなく目を遣っていると、ふと女性の方が傍らのバッグの
中から弁当箱を取り出していた。
 手作り弁当。うむ、ありがちだ。今日は休日だし絶好のデート日和な訳なのだから。
 女性は傍らの彼氏と何やら嬉々として語り合いながら、箸で摘んだおかずを彼に差し出そ
うとしている。所謂「はい、あ~ん」という奴だ。
「…………」
 二人は背後の見下ろす私には気付いていないようだったが、何だか見ているこっちが恥ず
かしくなる。思わず正視に困って視線を逸らし気味にしたものの、眼鏡越しに窺える彼らの
色合いはますます優しい黄色に染め上げられていく。
 日差しも穏やか、のんびりとした昼下がり。
 こうして甘い一時を過ごせる若者達がいるというだけでも、この国は何だかんだと言って
も平和なのかもしれないと思う。
(……あまり、長居してもこっちが妙に手痛いだけだな)
 恋は盲目などとも云う。そして私には、彼らの黄色く染め漂う空間が見える。
 じっと見てみても何かある訳でもあるまい。
 もう一度だけ眼下の微笑ましいこの若者達を見遣ると、私は再び足を踏み出していく。

 暫く行くと住宅地の中に入った。
 同じく日差しは穏やかだが、こちらは先程のような自然的な静けさはなりを潜めてしまっ
ているかのように思える。
 変わりに周囲を包むのは何処か──当然といえば当然だが──人工的な淡々とした若干の
冷たさを伴う閑静。
 私は人気もまばらなその町並みの中を、のんびりゆっくりと散策する。
「──このバカ! また凝りもせずに……!」
 するとややあって前方から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
 半ば無意識に注意深く、そして同時に好奇心に押されて、私はそ~っとその声のする方向
へと歩いて行ってみる。
 そこには一組のまだ若いと言っていい年代層の男女がいた。
 一軒の家(周りにも似通った家が並んでいる事からおそらく借家だと思われる)の前で、
二人があるものを挟んで立つ格好で口論になっていたのだった。
 鎮座しているのは一台のオフホワイトの自動車。
 この手の話題には疎いが、少なくともそこら辺の乗用車には見えない。手入れも大事そう
に施されている事もあってその車は中々の高級車種であるようだ。
「やかましい! 素人の癖して俺の趣味にケチつけるんじゃねぇ!」
 エプロン姿の女性がややヒステリックに叫ぶ。それに物怖じすることなく、むしろ逆鱗に
触れられたように如何にもといった遊び好きそうな若年の男性が売り言葉に買い言葉。
 どうやら目の前のこの高級車、彼が買ったもの──趣味の一環であるらしい。
「つけて当たり前でしょう? 他の事ならまだしも、無計画に買い漁るなんて……! どれ
だけ家計が圧迫されてるか分かってるの!?」
「だからお前もパートに出てるだろう? それとも何かよ。俺の稼ぎじゃ不満か? 俺の金
に目が眩んでくっついてきた癖しやがって」
「──ッ!! あ、あんたって人はーッ!!」
 嗚呼……。所詮好きあってもくっつけばこんなものだよなぁ。私は苦笑しながら思う。
 少し離れた位置から眼鏡越しにこの若夫婦を見ると、やはり案の定──特に妻らしき女性
の方の周囲が真っ赤なオーラに染まっている。分かり易い怒りの色だ。
 男を翻弄する女性。男に泣かされる女性。
 昔から男と女、どちらが罪深いかといった語らいは存在するが、正直男だから女だからと
いう理由づけはあまり的を射ないのではないかと思う。世の中には……悪漢と呼ばれる男も
いれば、同じくくらい──往々にしてその多くは男よりもずる賢くこっそりと──悪女と呼
ばれる女もいるものだ。それは人間の善悪であって、男女という線引きでは計れない。
(……さて、巻き添えを食わない内に退散するとしようか)
 まだおそらくあの喧嘩は続くだろう。
 私は苦笑と嘆息を半々に混じらせつつも、その場を後にする。

 そうして住宅地の中を通っていると、ふと私の目に留まったものがあった。
 そこは小さな公園らしきスペース。植木とやや古びたフェンスの向こうで、一人の中年男
性がぽつねんと頭を垂れてベンチに腰掛けていた。
 周囲では若干名のあどけない子供達がワイワイと遊び、駆け回っている。
 しかしそんな元気な様とは対照的に、その男性は陰気に独り佇んでいるように見える。
「……ふむ?」
 私はくいっと眼鏡のブリッジを押さえ、植木の陰とフェンス越しから彼の姿を見つめた。
 すると目に映ったのは、淡く儚い青のオーラ。それらがまるで草臥れたスーツ姿の彼の心
情を体現するかのように静かに周囲に漂っている。
 それは哀しみの色だった。
 休日にもスーツ姿でぽつねんと。しかも真昼間に。
 暫し遠目にそんな彼の姿を見遣ってから、私は幾つかの可能性を思い描く。
(何か仕事に悩んでいるのか。或いは……もう)
 リストラ。私達にとってこれほど身を危うくするフレーズは無いだろう。
 幸い私は脱サラ後、友らと共に興した小さな会社で奮闘し、今でこそ何とかささやかなが
らも食べていけている。だが、世の中の多くの者は自分を商品にして日々の糧を得る選択肢
を取らざるを得ない筈だ。
 しかしそれでも望んだ相手から、或いは漠然とした全体としての世間からその商品として
の自分を拒まれてしまったら……? 
 それは己の人格を傷付けられ、否定されたに等しくなるのではないだろうか。
「……」
 私は、胸が締め付けられる思いだった。
 もしかしたら、あそこで頭を垂れていたのは私だったかもしれない。いや……この先その
ような未来が訪れてしまうかもしれない。未来は不確かなのだ。
 しかし安易な同情や差し伸べる手は残酷である事も知っている。まだ私達の会社が軌道に
乗る前の話だ。人の厚意を逆恨みするのは醜いことと思うが、それでも結果して悪い方向に
転がってしまえば受けた施しすらも憎しみの糧に変わってしまいうる。
 真心と損得が共存することは、難しい。
(……そろそろ、戻ろうか)
 ベンチの彼を責めるつもりは更々無いが、やはり陰気は伝播するなと思う。
 黙して沈んだままの彼に背を向けるかのようにくるりと身を翻した後、私は心なしか重く
なったように感じる足取りで歩き出していく。

 閑静な空気と私の沈んだ空気を掃ってくれるかのように、ふと周囲が賑やかになった。
 商店がぐるりと建ち並び、休日の時間を楽しむ多くの人々が集う駅近くの緩やかな楕円形
状の広場。私はゆっくりと付近を散策して戻ってきたのだった。
(……お?)
 賑やかになった周囲の人の波に、内心正直陰気さが解されるような思いを感じて歩いてい
ると、視線の先に一塊の緩い人だかりを見つけた。
 耳に聞こえてくるのは少々稚拙ながらも活気な歌声と複数のギターの音色。
 人垣の隙間から覗いてみるに、どうやら若いストリートミュージシャンらが演奏をしてい
るようだ。
 すっかり中高年な私に、正直今の若者の音楽は分からない。
 ただそれでもはっきりしているのは、今ここに集まっている彼らとその観衆らが音楽とい
う媒体を通じて良い高揚と愉しさを見ているという事だ。
 眼鏡のブリッジをくいと押さえ、周りの人垣と演奏している若者達をざっと見遣る。
 バラつきはあれど、彼らを覆うのは一様に鮮やかで瑞々しい緑のオーラだった。愉しさの
色彩が視界一杯に満ちていた。
 やはり今の若者の音楽のスタイル、テンポにはついていけないが、その自作らしき歌詞は
断片的に聞こえてくる。
 今を楽しく。ちょっとだけ未来を備えて今を頑張る。それがこの先の自分を作る。
 陳腐ではあるかもしれないと思ったが、若者(かれら)らしいとも思った。何よりも先刻
より陰鬱に呑まれかけていた私にとっては良き清涼剤だった。
 時代は暗く辛い。それでも、次代を担う若者達に元気があればきっと何とかなる。
(……その為にも、先に生まれて生きて、今という時代を作ってしまった私達はきちんとそ
の責任を果たさねばならないのだろうな……)
 フッと賑やかに愉しむ人だかりの中で、ただ一人私だけは苦笑を浮かべる。
 外側と内側の高揚、襟を正す思いを抱きながら、私は彼らの中から抜け出していく。

「──やぁやぁ。どうだったかね?」
 そして私は、広場の片隅でこじんまりと露天を広げているとある老商人の所に足を運んで
いた。よれよれの幅広帽を被り、白い顎鬚を蓄えた彼は私が戻ってきたのを認めると柔らか
な微笑みを向けながら声を掛けてくる。
「ええ……。中々面白い眼鏡です」
 言って、私はそれまでつけていたこの眼鏡を外して軽く手に握った。
 この老商人曰く『人の内面の色を視ることのできる眼鏡』
 休日の散歩で通り掛かり、そう勧められた最初は半信半疑だったが「では一度試してくる
とよかろうて」と彼からこの眼鏡を手渡され、半ば流されるように近場を巡ってみるという
試乗……もとい試着を私はしていたのだ。
 だが、今は大分感想が変わっていた。
 直接相手に何かできるという訳ではないが、何を思っているのかがたちどころに分かると
いうのは、良い意味でも悪い意味でも面白いものなのだなと思ったから。
「そうかい。そりゃあよかった」
「……これも何かの縁です。一つ、買わせて頂きますよ」
「ほほほっ。毎度あり」
 少なくともぼったくりのようなものではない。価格も一般的な安物の眼鏡と大差ない。
 半ば気まぐれに近かったのだろうが、私は今日の散策の手土産にとこの眼鏡を買い求める
ことにした。

「では、私はこれで」
「あいよ。またのお越しを~」
 その男性は、去って行った。
 老商人はその立ち去り遠くなる後ろ姿を静かに見送る。
 広場は活気に満ちている。その中で自分だけはあたかもその喧騒から切り離されたように
ぽつんと片隅で露天を開いている。
 だが、それで充分だと私は思っている。
「…………」
 移ろう時間と、移ろう人々。
 個人的には商売というよりはこうして生の人間達を眺めている方が好きだったりする。
(……ふむ。しかしのぅ)
 カチャリとズレかけた自身の眼鏡を掛け直す。
 そのレンズ越しから見えるのは、広場全体を覆う多彩な色のオーラに包まれた人々。
 そして──先程、この物好きな商品を買っていった中年男性を覆っている不気味などす黒
い色のオーラ。
 老商人は残念だなと思った。中々良い人だと思っていたのに。
 だがこの眼鏡は視えるだけで、彼らを変える事はできない……。
 被り古したよれよれの幅広帽をくいっと片手で軽く掴むようにしながら、
「……あの旦那。近い内に死んじまう、か……」
 彼はそうため息混じりに、俯き加減になって呟いたのだった。
                                          (了)

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  1. 2011/06/26(日) 10:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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