日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(短編)三者三盗噺

 ガタンと大きな音を立ててその部屋の住人は床に尻餅をついた。
 贅を尽くした赤い繊細な刺繍の施された絨毯。それだけを見てもこの家の主が相応の資産
家である事が分かる。現に今、この室内を飾る調度品はどれも高価なものばかりだった。何
よりも、ここが一つの部屋だと言ってもこの広さに庶民は驚くに違いない。
「もたもたするな。早く金庫を開けろ!」
 福本はニット帽にサングラス、マスクという即席の覆面で素顔を隠した上で、目の前で尻
餅をついて震えているこの屋敷の主たる老紳士にせっついていた。
 その手に握り、突き付けているのは刃渡り数十センチはあろう鋭いナイフの切っ先。
 強盗だった。福本は今、現在進行中で犯罪行為を実行していた。
 あたふたと力の抜けた足で部屋の隅にある金庫に齧り付き、震える手で金庫のダイアルを
回し始める老紳士。
(早く……。早く済ませないと……)
 だが震えているのは、福本も同じだった。
 人生初めての強盗。ナイフを握る己の手がガクガクと震えているのがはっきりと分かる。
 まさか自分がこんな事をするなんて思わなかった。だけど……もう時間がない。
 発覚すれば、捕まってしまえばお終いだ。だから素人ながらに入念に下調べをし、警備も
手薄なこの金持ちの隠居老人を狙った。
「い、幾ら出せば、いいんだ……?」
「……あ、あるだけ寄越せ。全部で幾らだ? げ、現金がいい」
「わ、分かった……。こ、ここには七百万ある。だから命だけは──」
「分かってる! それだけあれば充分だ!」
 金庫の中から出てきた、間違いなく人生で初めて見る分量の札束。
 この爺、老い先短い癖してこんなに金を溜め込んでやがったのか……。
 正直妬みと言ってしまっていい舌打ちをしてから、福本は叫んだ。そして同時に空いた方
の手で用意していた黒い大きなバッグにその札束を次々と放り込んでいく。
 ずしりと重い。これが金持ちの重み──いや、これが“人の命を買える重み”か。
 緊張と手の震えの中で全ての札束を押し込むと、今度は同じくバッグから粘着テープと縄
を取り出す。
「な、何を……?」
「悪いな。時間を稼がせて貰うんだよ」
 保険としてのナイフ(ぼうりょく)を突き付けたまま、福本は先ず老紳士の目と口を粘着
テープで塞いだ。次は両手と両脚。そしてその上から縄を巻きつけてきつく縛る。
 老紳士は目隠しされ束縛された形になった。
 福本はそのまま彼を部屋の隅、外からの死角になる位置に押し遣ると、ふぅと革手袋を嵌
めた手の甲で一度汗を拭う。
「む、ぐぐ……」
 老紳士は視覚と身動きを封じられもがいているが、少なくとも暫くの間は満足に動けない
筈だ。福本はテープと縄の残りを札束の詰まったバッグの中に押し込みファスナーを閉める
と、すっくと立ち上がり足早にこの豪勢な金持ちの部屋を後にする。
「……悪く思うなよ。俺には金が必要なんだ。大体、金持ち連中(てめぇら)は余分に持ち
過ぎなんだよ」

 入り口の上の『手術中』の赤ランプが消えた。
 観音開きのドアが開き、手術服の医師ら数名がストレッチャーに寝かされせた女性を運ん
でくるのが見える。
「せ、先生……。妻は……?」
 それを待ち侘びていたかのように、一人の男性がはたと立ち上がって近寄ってきた。
 ガラガラと車輪が転がる音がする。その中で、執刀医らしき男性は眼鏡の奥でややあって
からフッと真剣な表情を緩めてみせた。
「大丈夫ですよ、福本さん。手術は……成功です」
 そう告げられて、その男性・福本の顔に安堵の気色が浮かんだ。
 静かに若干息を荒げながら「そうですか。良かった……」と何処かやつれ気味な身体を、
胸を撫で下ろしている。
「岡部先生」
「ああ、分かっている」
 だがそのやり取りも数分。
 すぐに他のスタッフから声を掛けられて、この執刀医・岡部は彼らに頷いてみせた。
「では福本さん、私達はこれで。もう暫くお待ち下さい」
「は、はい。本当に……本当にありがとうございました……」

「お先です、岡部先生」
「ああ。お疲れさま」
 深夜になり、詰め所には岡部だけが残っていた。
 顔を出してから返っていく看護士に声を返した彼は、その足音が遠退き聞こえなくなるの
をしっかりと確かめるように耳を済ませてから、自身のデスクに納められたファイルを取り
出し、パラパラと捲ってゆく。
 今日は大変な手術だった。あの夫人の腫瘍は中々厄介な場所にできていた事もあり、摘出
には思った以上の時間を掛けてしまった。だがそれでも施術は成功。その後の経過も報告を
聞く限り大丈夫そうに思える。
「ククク……」
 岡部は笑っていた。いや、ほくそ笑んでいた。
 あれだけの手術をこなせたのだ。またこれで私の“点数”は上がった。
 実を言えばあの貧乏そうな男──福本が今回の手術代を用意できるとは思っていなかった
のだが。しかし一度受けてしまえばこちらのもの。予想外の収穫といえるだろう。
(……今回は十三パーセント程度といった所か。この辺りが限界だな)
 だが──本当は彼に告げたほど、手術代は必要ない。
 では何故か? 勿論、その差額をポケットマネーに換える為である。
 表向きは信頼された外科医。これまでのノウハウもある。慢心にも気を配っている。
(本当に、ザルな商売だよ。医者ってのは……)
 トントンと、岡部は眼鏡の下でにんまりと静かに笑いながら“収益”メモを指先でなぞっ
いた。金だけではなく、感謝もされる。患者は命を買うのだ。これくらいの利益、貰っても
罰など当たる筈がないのだ。……それが、医者という職業の特権なのだから。
「──むっ?」
 そうしていると、ふとデスクの上の携帯電話が着信を告げてバイブし始めた。
 こんな時間に一体誰だ? 急患ならば内線が鳴る筈だが……。
 岡部は少々疑問に思いながらもサッと手に取り、ディスプレイの表示を確かめる。

 すっかり暗くなった夜の公園。
 その一角のぽつねんと静かに地面を照らしている外灯の下に、彼女はいた。
 一見するとスーツ姿のキャリアウーマンのような。しかしそうだとしてもこの時間帯にこ
のような場所で佇んでいる理由にはならない。
「……君かな? 私を呼び出したのは」
 暫く彼女が何かを待つように立っていると、ふとこちらへ確認するような言葉が飛んで来
た。白衣こそ脱いだスーツ姿だが、それは間違いなく岡部だった。
「はい。お待ちしていました、岡部先生」
 待ち人が来たらしく彼女はにっこりと微笑みを返した。
 だが対する岡部の表情は厳しかった。逆光で表情を隠す眼鏡の凸面。そこからは生気の篭
った気色を探ることはできない。
「……用件は何かな。私は忙しいのだよ」
 ただ確かなのは、彼が強い警戒心を抱いているという事だった。
「あら、お分かりだと思っていたのですが。でもこうしてちゃんと足を運んでくださったと
いう事は認めてくれるのでしょう? ──貴方の点数稼ぎと手術代のピン撥ねについて」
 そして彼女の放った言葉に、岡部の警戒心は確信のそれへと変わった。
 ギロリと射殺すような眼差しを彼女に向け、そっとポケットに突っ込んでいた片手を動か
そうとする。
「駄目ですよ、先生。お医者さんなのに口封じなんて……。それに今夜私が帰らないと、知
り合い達にこの取材メモのコピーが転送されるようになってますから」
 そう言って取り出してみせた手帳が一冊。
 岡部は反射的にそれを奪おうと駆け詰めたが、彼女はひらりと身を交わしてふふっと笑っ
ていた。憎らしげに振り返る彼を小首を傾げて見つめ、手帳を鞄にしまってから言う。
「取引をしましょう」
「……それは脅迫の間違いではないのか」
「それはただの価値観の相違です。ふふっ、簡単な事です。この事を記事にされたくなけれ
ば毎月、この口座にお金を振り込んで下さい。お金はいっぱいあるでしょう?」
 笑って──いや哂って、彼女は一枚の名刺を岡部に差し出した。
 数秒躊躇っていた岡部だったが、やがてそれをふんだくるようにして手に取る。
 そこには「フリージャーナリスト・小嶋智佐子」の名と幾つかの連絡先(おそらく事務的
な保険の類ものだろう)が書かれていた。
「フリージャーナリスト、か……。道理で胡散臭い女だと思ったよ」
「あら。それはお互い様でしょう?」
「ふん……。女狐め」
 暫く両者は言葉なく睨み合っていた。
 文字通り不機嫌に睨みつけている岡部と、手玉に取るのが楽しくて仕方がないと言わんば
かりにニコニコと艶やかな微笑を浮かべている小嶋。
「……本当に口止め料だけで満足するんだろうな?」
「ええ、勿論。相応の金額を約束して頂ければ」
 岡部はあからさまに舌打ちをすると、数歩進み出た。周囲の木々がざわつく。指折りを使
いながら、暫しの間二人は金額交渉という名の駆け引きを行う。
「──でどうだ。これ以上は出せんぞ」
「う~ん……。分かったわ。それで手を打ちましょうか」
 そしてやがて二人は折衝点を見つけ。
 夜闇の中で、合意ながらも刺々しい契約を結んだ。

 その部屋の中は陰鬱なまでに薄暗かった。
 室内を辛うじて照らしているのは、静かにパソコンのディスプレイから漏れる光だけ。
 そんな暗がりの中で、李は黙々とキーボードの上に指先を走らせていく。
 カタカタと鳴る小気味良い音。それに合わせるかのように、目の前の画面上では無数の数
字や記号の羅列が延々と高速スクロールの下で流れ続けている。
「……」
 それから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
 はたと流れていた羅列の波が止み、ピコンと作業終了を告げる電子音が鳴った。
 静かに唸っている愛機。その羽音のような息遣いにじっと耳を傾けるようにじっと押し黙
ったまま、李は幾つかの操作の後、デスクトップ本体からUSBメモリを引き抜く。
(……。少し早いが、行くか……)
 ちらと画面下の時刻を確認する。
 まだ余裕はあった。だがそれでも早いに越したことは無い。さっさと仕事を済ませてしま
えば要らぬ関わりもそれだけ早く終息する。
 パソコンの電源を落とし、暗がりの中、慣れた手付きでハンガーに引っ掛けていた外套を
引っ張り取ると李は終始寡黙なまま最低限の荷物と“ブツ”だけを持って部屋を後にする。

 外の景色、鬱陶しい人の雑踏は実りの秋から冬へと変わる頃合を示していた。
 多彩に色付き豊かになる時期を終えてただ静かに淘汰され、次へと向けて収斂してゆく間
引きのような季節。人は物寂しいというが、李はこの時期の世界が好きだった。
「──やぁ。L」
「……C」
 そんな晩秋の街の中、ぽつねんとベンチに座って佇んでいた李の下に、暫くして一人の男
が近付いて来た。
 互いに顔を見合わせ、短く取り決めておいたフレーズを──合言葉を交わす。
 何の変哲もないように見えるこのスーツ姿の男は、そのまま目深に被り古したニット帽と
首元を埋め隠すマフラーといういでだちの李の横にそっと座った。
「……ブツは?」
「これだ。……くれぐれも扱いには注意しろ」
「分かっているさ。用済みになれば、こちらで責任を持って物理的に処分する」
 周りには聞こえない程の小声で交わされるやり取り。
 男に促されて李はポケットから先刻のUSBメモリを手渡した。
 ぶっくらぼうに、だが少なくともこの男とは初対面ではないらしい李の喋り口。対する男
は、あくまで一介ののんびりとしたサラリーマンという態を崩す事なく答えるとフッと何処
か不気味にも思える微笑みを返してくる。
 ──李はその界隈では名うてのハッカーだった。
 彼は今回もまた、とある場所(サイト)からごっそり個人情報を盗んできていた。
 そしてこの男はこれまでも何度か顔を合わせた事のある、その依頼主(クライアント)の
部下。いや……使い走りという表現の方が適切だろうか。
 効率を考えればデータ自体を相手側に送れば済むだろうと考えがちだが、実際は盗られる
方も取り締まる方も馬鹿ではない。何よりウェブという媒体を利用すれば何かしらにログは
残るものだ。
 だから敢えてアナクロな手段で授受する方が、時には盲点を衝くことができるのである。
「それで、今回の収穫はどうだった? 何か面白い中身はあったかい?」
 すると個人情報の詰まった小さな機器を指先で弄りつつ、男はそんな事を聞いてきた。
 またこいつの意地悪い好奇心か。
 李は内心こうした問い掛けを面倒臭く思っていたが、
「……妻の手術代を工面する為に強盗に入った男。患者を騙して手術報酬をピン撥ねしてい
る偽善者医師、フリージャーナリストという横文字を名乗っているが実情はネタを強請り集
りに利用しているだけの勘違い女。……腐った人間なんぞ掃いて捨てるほどいる」
 ぼんやりと仕事中の記憶を辿ると、淡々と適当に視界を過ぎった無数の個人達をぶっきら
ぼうに話して聞かせてやる。
「ふふっ。そうか……成る程ね」
 男はその返答に対し、静かにほくそ笑んでいた。
 それがこの業界に関わる者としての彼の愉しみなのだろう。
 性が悪い。まぁ自分もその片棒を担いでいるのだから似たようなものなのだろうが……。
「ま、今回もお疲れ様といった所かな。……でも勿体無い。君ほどの技量があればもっと世
の中を引っ掻き回して自分の意のままにだってできるだろうに」
 やがて男は、ではこれでと言うかのように立ち上がった。
 そしてその間際に、誘うかのようにそんな言葉を漏らす。
「…………」
 暫くの無視に近い沈黙。
 だがようやく、李はきゅっと首元のマフラーを引き上げ直しながら呟いていた。
「……興味が無いな。何処の誰が何をやらかそうが、所詮は全て数キロバイトの零と一の羅
列に過ぎない。どれだけそいつらが悪人だろうが、善人だろうが、意味なんてものは無い。
そんな連中を一々どうにかしようと力を割くなんてのは……暇な阿呆のやる事だ」
                                                      (了)

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  1. 2011/06/18(土) 21:30:00|
  2. 三者三盗噺
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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